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空港内のホテルに泊まるメリット [地球探訪記]

 メキシコ・シティでは空港内のホテルに泊まった。空港内のホテルは都市を楽しめないので、私はあまり好きではなかった。しかし、今回は大正解であったと思う。幾つか、そのメリットを箇条書きで整理したいと思う。
1)まず、メキシコ・シティ空港に到着してすぐ荷物を預けられるのが楽である。メキシコ・シティ空港から都心部までは時間距離が長い。専用バスレーンを走るバスで1時間はかかる。タクシーに乗ればもっと早いだろうが、それでも道路渋滞は大変であるし、タクシーに乗るのがストレスである。
2)他のメキシコ内の都市等に行くのに便利。今回はグアナファトに日帰りで行ったが、空港内のホテルに泊まったこともあって、朝6時20分発、夜22時着の飛行機でも特に問題なく行くことができた。6時20分発だと5時30分には空港にいたいが、その時間に空港に到着しようとすると相当のストレスを覚えると思うのである。空港に着いた時はさすがに披露困憊であったが、着いてすぐホテルに戻れるというのは本当に助かる。
3)メキシコ・シティ空港は空港内施設が充実している。特に為替交換所や銀行があるのは助かる。レストランも割高ではあるし、そんなに美味しいところはないが、とりあえずしっかりと食べることもできる。コンビニもある。よく「都市の中の都市」という形容がなされるが、このメキシコ・シティ空港こそは、「都市の中の都市」であるという印象を受けた。
4)都心との接続も悪くない。タクシーはちょっと面倒くさいし、地下鉄はちょっと歩かなくてはいけないが専用レーンを走るバスであれば空港に直結して停泊してくれるので有り難い。私はほぼこのバスで都心に行き、都心から戻ってきた。
 ということで、メキシコ・シティのような大都市で公共交通の便が(改善は随分とされたが)それほど優れていないような都市においては、空港で宿泊することは相当、便利であると感じた次第である。問題点はターミナルが2つあって、それぞれ離れていることだが、ホテルだとシャトル・バンのサービスもしてくれるのでこれも嬉しい。
 ただし、このように空港内ホテルが便利であるのは、やはり都市的機能が充実しているからだと思われる。さらには、鉄道といった陸上交通が不便で周辺の都市に行くのに飛行機を使わざるを得ない、というか飛行機の相対的利便性が極めて高いから使えるのではないかとも思われる。
 しかし、このように考えるとサンパウロ空港などはホテル利用が便利かもしれない。だけど、サンパウロはホテルに直結したホテルは確か、ないんだよね。こういうところがブラジルの不思議なところである。経済的合理性が働かないのだ。

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フランシスコ・マデロ・アベニュー [都市デザイン]

 フランシスコ・マデロ・アベニューという通りがメキシコ・シティの中心部にあり、そこが最近、自動車を排除して歩行者専用道路にしたらしい。大きくみればコペンハーゲンのストロイエやら、クリチバの花通り、などの流れを汲んではいるが、どちらかというと最近のアメリカの「ニューアーバニズム」などの都市デザインの流れを踏まえた第二の「公共空間の人間化」の文脈に位置づけられると思われる。
 ニューヨークのブロードウェイの歩行者天国化、ハイライン、ロンドンのエクスポジション・ストリート、マドリッドのマンザネラス川沿いの歩行者空間化マドリッド・リオやソウルのチョンゲチョン川、ボストンのビッグ・ディッグといった文脈で捉えるべき事例であると思われる。実際、確認はしていないが、ハーバードのデザイン・スクールが関与したらしい。そういう意味で都市デザインのグローバル化の流れの一環としてつくられた事例であるとも捉えられる。
 さて、ということで、これは観なくてはならないと訪れることにした。「フランシスコ・マデロ・アベニュー」と検索して、地図をみると8号線のIztacalco駅の北側に東西に通じている道がある。こんな都心から離れたところに、歩行者専用同露を整備したのか。しかし、もしかしたらここはお洒落な地区なのかもしれない、ということでタクシーを拾ってIztacalco駅まで行く。周辺は、なんか庶民的なところで、高級住宅地という感じはしない。こんな地区にパイロット・プロジェクトをつくったのか、と興味深く思う。
 さて、Iztacalcoで下ろしてもらったのはいいが、そのような道らしいところは全然、見当たらない。困ってしまったのが、目の前が警察だったので、日本と同じように「道に迷ったら警官だろう」ということで聞いてみたのだが、まず英語が通じない。「そんな道はない」と言われる。これは不味いなあ、と途方に暮れたところ、目の前の地図に「Francisco I. Madero Avenue」と書かれているではないか。私はMaderaと言っていたので通じなかったようで、「マデロね」というような顔をされる。さて、ということで、このFrancisco I. Madero Avenueを目指したのだが、なんか、そのような道が見つからない。おかしいなあ、と何回か行き来したら、普通の別に歩行者専用道路化されていない住宅街の商店街のような通りであった。確かにバンプなどが頻繁に置かれていたり、歩道もちょっとランドスケーピングされていたりするが、これが都市デザイン事業を施した通りであるのだろうか。大いに疑問を抱いたまま、ちょっと写真を撮影したり、また定食屋に入ったりした。定食屋では、トルティージャを油で揚げたうえに、クリームソースをかけたような類のものであり、値段も150円程度のものであったが、実は他の1000円ぐらい取るレストランと比べてもずっと美味しかった。ちょっと水道水のメロンジュースを飲んだりしたこともあって、お腹を壊すかと心配したが、そういうこともなかった(私はお腹がそんなに強くない)。メキシコ庶民の暮らしの豊かさを知る。
 さて、これは期待外れだな、と落胆しつつ、都心部のソカロ地区に行く。そこで、文科省の建物の壁画などを見たりしてうろうろと歩いていたら、素場らしい歩行者専用道路がつくられていた。なんだ、これはと見たら「Francisco I. Madero」と書かれている。そうか、この名前の道は二つあったのか、とすべてが氷解した。
 この通りは700メートル。ソカロの広場とエジェ・セントラルとを挟んでいる。座る場所も多く設置されていて、これはバーリントンのチャーチストリート・マーケットプレイスを彷彿とさせる。チャーチストリート・マーケットプレイスはケビン・リンチがデザインに絡んだことで知られているが、まあMITとハーバードの違いはあるかもしれないが、同じボストンだし、そういう影響を受けているのだろう。ちょっと、現時点ではデザイナーが誰だか不明で書いているが、アメリカ的な都市デザインの匂いがプンプンする。2009年に自動車が排除されて、歩行者専用道路になったようである。
 都心部の目抜き通りであったようで、両側の店舗の多くは賑わっている。ちょっとヒップでバーナキュラー感はない。これは、メキシコ・シティのようにバーナキュラー感溢れる街にしてはもったいない気もする。
 東京もそうだが、メキシコ・シティも自動車を最優先に都市づくりが進展した。その結果、歩行者のアクセスは決して優れていない。特に、その都市のオリエンテーションに明るくない観光客にとってはなかなか厳しい都市である。
 そのような中、この通りは、メキシコ・シティにおいても歩行者がその都市への実権をふたたび取り戻したことを我々に知らしめる効果がある。その人通りの多さからしても、ここが成功したことは明らかであるし、私としてはメキシコ・シティにまで東京は遅れてしまっているのか、とちょっと悔しい気分になる。
 メキシコ・シティは12年前に訪れた時に比べて、ずっと人に優しくなっている。少なくとも空間構造や、アクセスにおいては格段に改善されていると思う。東京はどんどんと遅れを採っている。大阪京都が、国際的な人間中心の都市デザインの流れに乗りつつある中、依然として人ではなく、企業のための都市づくりが展開している。大きくターニング・ポイントを迎えることが、東京の都市競争力を維持するためには重要である。オリンピックをすればどうにかなる訳ではないのは、リオデジャネイロをみても明らかであると思われる。必要なのはイベントではなくてしっかりとした戦略である。

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メキシコ・シティのBRTシステム [都市デザイン]

 メキシコ・シティを12年ぶりに訪れる。12年前のメキシコ・シティも非常にいい印象を抱いたが、今回はさらにいろいろな面で都市がグレードアップされていることを知った。特に随分とよくなったな、と思われるのが公共交通、その中でもバスであった。ということは、以前はバスに乗ろうという気にはまったくならなかったが、今ではクリチバのようなバス専用道路を走るメトロバスが整備されている。バスのルートがしっかりと認識できるので、その都市に不案内のものでも利用しやすい。その結果、地下鉄よりずっと使うようになっている。前回は地下鉄だけで都市探検をしていた。
 どうも2005年に開業したそうだ。私が訪れたのが2004年なので、ぎりぎり間に合わなかったかということか。しかし、そのおかげでビフォア・アフターが印象論ではあるが比較することができる。
 バスのいいところは、街中をみながら移動できることである。そのため、街がどうなっているかが分かる。例えば、サカロの西側は電気街で東側は繊維街であることなどを知ることができるのである。そして、頻度が高い。バスは相当、混んでいて、日本の地下鉄のラッシュアワーを知っている私でも躊躇するぐらいの混み具合である。ただ、頻繁に来るので、2本ぐらい待つと比較的、空いたバスがやってくる。この専用道路を走るバスは車両が大きく、その収容人数が多い。これも嬉しい。
 路線は全部で6本。バス停留所は208。2013年の利用者数は90万人に及ぶそうである。バスの専用道路を整備したことと、車両の改善によって走行速度が向上したことで、所要時間は平均して50%も短縮されたそうである。また、チケットはパスモのようなプリカード。主要停留所ではクリチバのようにプラットフォームに入る前に改札を通る。これだと、停留所での短縮時間が大幅に向上する。実際、扉は客が待っていてもすぐ閉まる。これは日本のバスに乗り慣れている自分からすると驚くが、定時性を維持するためには、そういう判断も必要かなと思ったりする。東京でバスを待っている時、料金を支払うのに時間がかかっている客がいるといらいらする自分がいるからである。
 感心したのは料金の安さ。空港行きだけが30ペソ(160円)だが、それ以外は6ペソ(32円ぐらい)。画期的な安さである。実際、メキシコ・シティは物価が安いのだが、それに比べても低く料金設定されている。これはクリチバのバス・システムが3ヘアイス以上(100円以上)請求しているのとは対照的である。
 ただし、開業してからしばらく経つが、人々がこのバス専用道路をあまりリスペクトしていないことは気になった。そもそも信号無視をするカルチャーがあるが、バスが走っていても平気で道路を横切る。専用道路のバスの前を競争するように自転車で走る若者や、バス専用道路の縁石に座り込む人達が多い。なぜか、バス専用道路が駐車場の出口になっていて、そこからはしょうがないが、自動車が出てきてバスの運行を妨げる。クリチバは、このバス専用道路はバスのものである、ということを啓蒙することに非常にエネルギーを注いだ。メキシコ・シティは、この点についてはまだまだ改善の余地があるとの印象を受けた。
 ケビン・リンチは優れた都市構造の5条件の一つにアクセスを挙げているがメキシコ・シティはこの12年間で確実にアクセスを改善させている。公共空間のデザインも随分と向上されているし、世界第二の都市は随分と上り調子にあるような印象を受けた。

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(バスを挑発するように、バス専用道路を走る自転車)

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(バス専用道路の整備と車両改善で、従来よりも所要時間を50%も削減することに成功した)
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メキシコでは英語が通じなくなっている? [グローバルな問題]

 15年ぐらい前、集中的にラテンアメリカ諸国の仕事をしていたことがある。ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、チリ、ウルグアイなどを訪れた。ほとんどの国で英語が通じなかった。英語は世界の言語とかいっているのは全くおかしいと、その時、知った。特に酷かったのはアルゼンチンで、ブエノスアイレスの比較的まともなホテル(ベスト・ウェスティン)で、私はチェックアウトが遅れることで遅延料金を払わなくてはいけないのかと英語が通じる受付の若い女子に言うと、それはいい、と言われた。しかし、いざチェックアウトしようとすると受付の英語が分からないおじさんに替わっていて、私の話が通じない。そして口論になったら、なんと警察を呼んだりしたこともある。ブエノスアイレスはタクシーの運転手で私の英語が通じたことも皆無であった。そういうこともあって、私は帰国後、スペイン語を勉強し始めるが、全然、ものにならなかった。
 それはともかくとして、そういう経験をした中、メキシコ・シティを訪れて感動した。英語が通じるからだ。さすがアメリカの隣国だけあるな、と感心をしたのだ。ホテルではまったく問題ないし、レストランでも通じる。南米に比べると、いろいろと動きやすいと嬉しく覚えた。それから、12年ぶりぐらいに再訪すると、なんか通じない。レストランでも通じる人もいるが、通じない人の場合が多い。というか、私をみても英語ではなくスペイン語で話しかける人がほとんどである。タクシーなどは、今回は私のなんちゃってスペイン語で多少は通じるので問題はなかったが、このなんちゃってスペイン語がなければ、けっこう困ったかもしれないなと思ったりもする。
 メキシコでは国際免許証で運転できない。一日で売買できるドルも300ドルという極めて少額に限定されている(企業はさすがにあり得ないと思われるが)。まったくいい加減で適当な推測なのだが、アメリカ離れが進んでいるような気がする。
 メキシコは日本の国土の5倍もある大国である。中米では圧倒的な存在感である。そういう大国の誇りのようなものが、ちょっと感じられさえする英語離れ(英語を実際、あまり勉強しなくなったのかは不明だが)である。いや、たまたまなのかもしれないが、メキシコ・シティの公共交通の充実ぶり、公共空間のアップグレードなどを目の当たりにすると、なんかプライド的なものが育まれる背景も充実してきたのかもしれないと思ったりする。
 ブラジルと比べても、まともな国家運営が為されているような印象をちょっと受けたりもするのである。
 まあ、英語離れも印象論にしか過ぎないし、相当、いい加減な感想論ではあるが、覚え書きとして共有させてください。

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グアナファトを訪れて、その色彩の饗宴に心を奪われる [地球探訪記]

 グアナファトという美しい都市がメキシコに存在する。世界遺産にも登録されている。私の周りにはゼミの卒業生を含めて、多くの人がグアナファトを訪れたことがある。行っていないのは私だけだ、という気分である。さらに、この行った人が皆、異口同音に「素場らしい!」という。周りは雲丹を食べたことがあるのに、私だけが食べたことがない悲しい人のような気分である。ということで、今回、キューバに行くのにメキシコ・シティ空港をトランジットで使うので、数日間、メキシコ・シティに滞在して、グアナファトに日帰りで行くことにした。もちろん、都市の勉強のためである。
 さて、しかし、このグアナファトはアクセスが悪い。グアナファト州の州都であるし、人口は8万人ぐらいであるから、そんなに小さな都市ではないと思うのだが、メキシコ・シティからバスで行こうと最初、考えたのだが片道4時間以上かかるのと、またバス・ターミナルが都市から離れていて、そこからもタクシーを乗らなくてはいけないので、飛行機で行くことにした。といっても、グアナファトの飛行場というのが25キロメートルは離れたレオンの飛行場であり、そこからバスはなく、タクシーを使うしか交通手段がないことが分かった。アメリカだったら、こういう場合は100%レンタカーなのだが、なんと、メキシコは国際免許証でも運転はできないらしい。本当、もうタクシーに乗るしか手段はないのだが、メキシコのタクシー強盗(タクシーの運転手に強盗される)の話を聞いたりしていたので、これはもう大変に緊張したのである。
 飛行機は朝6時20分発というべらぼうに早い便であったが、飛行場のホテルに泊まっていたので、その点は大丈夫であった。空港に着いたら、なんとタクシーの会社がしっかりとチケットを売っていた。なんだ、自分で交渉しなくてはいけないのか、と緊張していたので返って拍子抜けである。タクシー代は485ペソであった。
 しっかりと会社のマークが描かれたタクシーに乗って、グアナファトに向かう。運転手はなんかマラドーナを彷彿させるような風貌の人であった。乗ってすぐに、ガソリンがほとんどゼロだということに気づく。これは大変だ、ということで伝えようとするのだが、ガソリンのスペイン語が分からない。ペトロールかガソリン、そのままでいいのか。とりあえず、ファルタ・ガソリンと指摘すると、運転手は笑って「大丈夫、大丈夫」という。よく見ると、エンストのマークが点塔しているのに走っている。つまり、ここらへんは壊れているということなのだろう。しかし、運転手はどうやってガスの過不足を把握しているのだろう。
 とりあえず、そんな適当なタクシーでグアナファトに向かう。タクシーの運転はともかく乱暴で、ちょっと命の危険を感じる。30分ぐらいでグアナファトに入る。有名な地下トンネルに入っていき、なんか気分は高揚する。ラパス広場まで、とりあえず行ってくれ、と伝えたのだが、この地下トンネル内で止まる。ええ!まじですか。この地下道は「地球の歩き方」で「ここを歩くことは安全上おすすめできない」と書かれている。とはいえ、どうも普通に人が行き交っているし、なんと、バス停まである。「安全上」とはいわれてもなあ、ということでタクシーの運転手に有り難うと伝えて、降りて、とりあえず地上に行く階段を上がる。
 まだ8時頃ということで、夏時間なので実質的には7時、さらには曇り空であったのだが、この地下道を上がった時には、そのカラフルな色彩の饗宴に心が躍った。確かに、ここは相当、素場らしい。いや、アルゼンチンのボカ地区や、それこそメキシコ・シティのコヨアカン地区なども建物の住宅を色鮮やかに塗っている。ただ、このグアナファトは盆地であること、そして、その周囲が広く見渡せ、そして、視覚に入ってくる、その圧倒的な色彩の量が他とはまったく違ってユニークなのである。
 さらに、これはしばらく歩いて分かったことだが、教会の類が多いのと、ポケット・パークのような公園があちらこちらにある。さらには、ファレス劇場やイダルゴ市場のような公共建築が圧倒的な質の高さを維持しているのである。しかも大学都市であるので、観光都市というよりかは、普通に人々が生活をしている、その生活感がまだ健在であり、都市という活力がしっかりと維持されているのである。これは、この都市の大きな魅力であろう。
 ということで、とことこ歩いて、地理感を養う。とりあえず、ピピラ記念像のある展望地を目指す。ここもやはり「地球の歩き方」が「道中には強盗もしばしば出没するので、歩く場合には、なるべく日中に大人数で出かけること」と書いてある。そんなことを言っても、私は一人である。そこらへんの人に「一緒に上って下さい」と声をかけたら、かけている私の方がよっぽど怪しい。ということで、一人で歩く。ちなみに、「道中」は普通の住宅地で、ここが歩けなかったら、ここには住めないと思う。普通のおばちゃんが「強盗かもしれない」と疑うような、疑心暗鬼の塊となって、歩いて行く。坂は相当きつく、登山慣れをしているが息が乱れる。坂の途中からも展望が開け、思わず、写真を撮影していた。そうしたら、後ろから英語で声がけされる。「すわっ、泥棒か」と思われたらが、アメリカ人でテキサスから来たナイスガイで、いろいろとグアナファト、そして周辺の町村の見所などを教えてくれた。彼女がグアナファト出身なので遊びに来ているらしい。この疑心暗鬼状態はよくない、と「地球の歩き方」の方が過剰なびびりである、と判断して歩いて行く。
 ピピラ記念像からの展望は絶景の一言。「絵葉書のような光景」そのものである。それぞれの建物の持ち主が好き勝手な色を塗ったと思われるのだが、それが見事に調和している。それは、我々に色彩の素晴らしさを思い知らすが如くの、美しさである。黒を除いて、ほとんどの色がここでは展開している。灰色でさえある。ただ、基調は煉瓦色、山吹色、レンガそのままの薄茶けたレンガ色、白色、そしてサーモンピンクである。これらを基調とするパレットに、インクを垂らしたかのように様々な色彩が自分達の存在をけなげに主張する。それは、色彩による交響曲のようでもあるし、また生物多様性に溢れる森林のようでもある。そして、それを優しく包み込む額縁のようにオリーブ色の山々が枠をつくっていく。さらには、この山の背景をつくる空。生憎、今日の空は灰色であったが、目が覚めるようなスカイブルーのときは、どれだけ、この街が美しく映えるのだろうか、と思う。
 呆けたように見とれて写真を撮影していたが、まだ色々と街中を観ないといけない、と今度はフニクラに沿った坂道を降りていく。ここが強盗が頻出する坂か、と思われたが、ちょっと危ない目つきをした工事作業員に途中、遭ったぐらいであった。拍子抜けである。とはいえ、メキシコだけでなくロスとかでも、強盗とは言わないが恐喝は日常茶飯なので、そういうことが起きる、ということだけなのかもしれない。
 坂を降りるとラウオニオン公園に出る。お洒落なレストランが幾つか公園に面して立地している。座るところが多い。そして、それらのベンチのデザインもいい。優しい公共空間づくりが為されている。中心道路のファレス通りや、また、それと並行するボジトス通りを行き来する。ただ中心通りといっても、ファレス通りの幅は車一台が通るのがやっとという程度である。ほとんどの交通はこの街の下を縦横に走る地下道で処理されている。鉱山都市であるから、こういうつくりが可能だったのかもしれないが、それにしても凄い都市だ。しかし、この交通を地下で処理できているおかげで、地上はまさに「人を中心とした」空間が現出している。
 ラウオニオン公園の前にはファレス劇場。その新古典主義の建物は、とても華麗である。その後、中に入ったが、内部装飾も金を豊富に使い、その絢爛さにはちょっと驚く。
 観光のポイントは、幾つかの博物館とこの劇場、教会群、イダルゴ市場となるが、なんといっても1番は、この街の景観と空間の質、そして空気であろうか。私は、この日、これらのスポットを訪れながら、太陽が顔を出すと、ピピラ記念像の展望台に再び上った。朝とは違った光景がそこでは広がっていた。太陽光がこれら街並みの色彩を賛美するかのように降り注ぎ、そして、これらの色彩は太陽光に感謝するかの如く、まぶしいように輝いていたのである。色彩も光の産物である。そして、その光をもたらすのは太陽である。アステカ人は太陽神を崇めていたことを思い出す。メキシコは、太陽の国なのだ。そして、太陽を崇める気持ちが、この多様なる色彩の街をつくりだした背景にあるのだ。それは日本文化からはなかなか生み出されない色彩であろう。
 そのようなことを考えさせられたグアナファトの日帰り訪問であった。
 帰りは流しのタクシーを街中で拾い、いくらで空港まで連れて行ってくれる?と尋ねると400ペソ、というのでそのまま乗って帰った。飛行機は遅れたのでメキシコ・シティに着いたのは23時近かったが、大変、充実した1日を過ごすことができたが、本当に歩きすぎて足は棒のようになってしまった。

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(地下道)

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(色彩豊かな街並)

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(色彩豊かな街並)

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(ピピラ記念像から)

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(ピピラ記念像から)

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(ピピラ記念像から)
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メキシコ人は計算が苦手? [グローバルな問題]

 メキシコのデル・バジオ空港のファストフード店のようなカフェでクロワッサンと珈琲を注文した。146ペソであったので、201ペソを渡した。そしたら、店員をしていた若い女性はパニックをしてしまった。お釣りは55ペソね、と言ったのだが新手の詐欺と思ったのか、まったく私を信用せずに、iPhone取り出して、一生懸命計算機で計算をしたのである。ようやく納得して55ペソを返してくれたのだが、私は50ペソ紙幣を期待したのに、すべてコインで戻ってきて、そもそも何のために1ペソ加えたのかもよく分からない気分になってしまった。この女性は結構、真面目そうで地味な感じであったので、学校でも何となくしっかりと勉強しているような風貌に見える。ということは、勝手な推測だが、学校でちゃんとここらへんの計算を教えていないような気がする。日本だったら、コンビニの店員も務まらないだろう。
 さて、しかし、これはメキシコがダメということなのだろうか。そのように計算ができなくても店員がやっていけるという、このゆるい環境にむしろ価値を見出してしまうような自分がいる。というか、日本は他国に比べて、あまりにも窮屈すぎるのではないだろうか。もうちょっとゆとりが必要であるな、というように解釈してしまっている自分がいる。いかん、ブラジルとメキシコに感化されつつあるのかもしれない。
 というか、ゆとり教育の問題は、社会にゆとりがないのに「ゆとり教育」をしてしまったことに気づいた。ゆとりがない社会で、教育だけをゆとりにしたら、教育機会を奪われた子供達が苦労するだけのことだ。

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ジャイメ・レルネル氏との会話 [クリチバ]

 今回、クリチバを訪れている大きな理由は、クリチバ市民を対象としたアンケート調査を実施するためであるが、クリチバが私を引き寄せているのは元市長であるジャイメ・レルネル氏と会うためである。今回も彼と会うことができ、短い時間ではあったが極めて有意義な会話をすることができた。ここに差し障りのない範囲で、彼の発言を披露したい(会話をしたのは2016年8月18日)

映画について
 25年間、映画監督が私のことを撮影してきたのだが、作品が完成し、ようやく9月に公開される。サンパウロ、クリチバ、リオで公開予定である。そのテーマは「夢」。映像に解説がついただけというちょっと特殊な映画である。私はこの映画に流す曲も作った。二曲ほどつくったのだが、大変楽しい経験であった。
 この映画は「夢」に関するものである。オスカー・ニーマイヤー、中村ひとし、フランシス・コップラも出てくる。フランシス・コップラとは友人である。彼のカリフォルニアの家にもよく遊びに行った。

■ ブラジリアについて
 ブラジリアはある特定の時期につくられた。パイロット・プラン(プラーノ・ピロート)の一部は素場らしい。パイロット・プラン以外は、まったく計画されていないこともあって悲惨である。特に働く場所がパイロット・プランに集中したので、通勤交通は混乱状態にある。交通に関しては出鱈目である。郊外をパイロット・プランと同じようにしようとしていることが問題である。普通の都市のような郊外をつくるべきである。

■ クリチバの道路舗装について
(花通りの写真で、その道路舗装をみながら)300年以上前からこのような舗装をしている。このデザインはポルトガルに由来している。しかし、最近ではこのような舗装をしなくなっている。大変、もったいないことだ。

■ 最近の関心ごと
 椅子のデザインをしている。また、新しい車をデザインしている。これらは、綿イズの人生の新しいプログラムである。ところで君は以前、会った時より若くなったな(おそらく髭を剃ったからだと思われる)。私は現在78歳であるが、すごく快調で若くなった気分である。まるで77歳の時のようだ。25キロも減量していた。よく食べているが、適度に食べている。
 先週、70年来の友人を失った。ジュカという名前なのだが79歳で亡くなってしまった。
 リオのオリンピックのオープニング・セレモニーは素場らしかった。金を使わなかったところが大変、評価できる。

■ 都市について
 都市は常に楽観主義者のものであって、悲観主義者のものではない。

■ ポルト・アレグレのプロジェクトについて
 プロジェクトはウォーターフロントのもので、いかにウォーターフロントに人を再び集めるかというのが課題である。そこに公園と倉庫のリノベーションを行おうと考えている。

■ 交通について
 いつでも、私は新しいプロジェクトを創造しようとしている。公共交通をデザインしようとしているのだ。
 我々(レルネルさんと中村ひとしさん)はビューロクラシーが嫌いである。人々は洗練されたモビリティに乗りたがっている。
 現在、多くの人が将来に見出そうとしているのは、自動運転の自動車であったりするが、それが現行の自動車と同じように空間を占有してしまうのは同じである。
 基本は自動車に乗らなくてもいいような、乗っても距離が短くなれるような、そのような都市構造の創造である。これを、リオで実践しようと考えている。

■ その他
 人々は表面的(スーパーフィッシャル)にしか理解しようとしない。なぜ、それをしたのか。そこを知ることが重要である。多くの人は、何かを始めることをおそれる。とりあえず答えを知りたがるのである。しかし、答えはない。
 人々がなぜ、それをやらないのかと言い訳をしているのを聞いていると、私はとても悲しくなることがある。

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土曜日なのでフェイジョアーダを食べる [B級グルメ雑感]

ブラジルの代表的な料理としてフェイジョアーダがある。これは、豆と豚肉、牛肉を煮込んだ料理であるが、いつも食べられる訳ではなく、クリチバだと水曜日と土曜日に食べられる。ということで、今日、土曜日の昼ご飯はフェイジョアーダにした。クリチバ市内のイグアス通り沿いのBimy’s レストランチに訪れる。ここは日系人が経営している。土曜日の昼ご飯は、ほぼほとんどの客がフェイジョアーダを注文する。最近はインゲン豆が高騰していて、フェイジョアーダの内容も若干、貧弱になっているそうだ。とはいえ、ビールを片手に食べるフェイジョアーダは美味しい。豚の脂身、生ソーセージ、豚の耳や鼻、足、尾、皮などが入っている。これを繊切りにして炒めたケール(コーヴェ。キャベツのような野菜)とベーコンオレンジのスライス、ライス、そしてキャッサバの粉と一緒に食べる。私的にはシュラスコよりも好みかもしれない。ここでは、ビールなども含んで一人あたり45レアルぐらい。日本円で1400円ぐらいか。お得感が素場らしい。

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サンノゼ・ドス・ピニョイスの笠井珈琲を訪れ、珈琲について勉強する [クリチバ]

 クリチバ空港のそばにあるサンノゼ・ドス・ピニョイスにある笠井珈琲(http://www.kassaicafe.com.br)を訪れ、そこのオーナーである笠井さんにいろいろとお話を聞かせてもらい、珈琲のことについて随分と勉強することができた。
 笠井さんは日系三世。50歳まで銀行勤めをしていたのだが、50歳で退職して美味しい珈琲をつくることに専念した。今年で14年目になるそうだ。100ヘクタールの土地を購入して、実際に珈琲豆の栽培をしている。
 私は珈琲が好きなのだが、あまり珈琲豆のことについては詳しくない。まず、笠井さんは珈琲豆についてお話をしてくれた。珈琲豆は大きくアラビカ種とホーブスタ(ローバスト)種がある。アラビカ種の方が高級で値段も高く、ホーブスタ種は安く、またそれほど甘くない。
 また、笠井さんは珈琲豆を枝ごと採るそうだが、コロンビアは木から直接、選別してよい珈琲豆を採るそうだ。彼は、この方法は木に優しくないという。その理由はちょっとよく分からなかったが、まあ、珈琲を採る方法にしても、いろいろなやり方があることが理解できた。
 笠井さんは脱サラしたわけだが、銀行時代に比べてずっと楽しいと言う。珈琲を通じて知り合った人間関係はよいと言う。笠井珈琲は営業をしない。ただ、どのように珈琲を栽培して、つくっているか、そして味をみてもらっているだけだ。それで買いたいという人にだけ買ってもらっている。幸いなことに、どこに行っても笠井珈琲の評判はよいようだ。
 なんで、笠井珈琲は違うのか、ということを尋ねると、ブラジルはきれいな珈琲豆を重視しており、美味しい珈琲豆を重視していないからだと言う。美味しい珈琲豆は蜜が染みこんでおり、見た目はそれほどよくない。笠井珈琲では、この後者を優先しているそうだ。
「悪い珈琲はない。珈琲は悪くなる」という、珈琲豆性善説を笠井さんは何回か繰り返していた。
 笠井さんは敷地にある珈琲の木から豆を幾つか採ってきてくれた。珈琲の豆は私が思っているよりずっと大きく、サクランボぐらいの大きさであった。つまり、我々がコーヒーの豆と思っているのは、サクランボの種のようなもので、実際、珈琲の豆の周りの果肉は甘くて、珈琲豆から連想される苦味は一切ない。私は知らなかったのだが、どうもインドネシアではジャコウネコの糞から未消化の珈琲豆を取り出して、それを飲んでいるらしい。ジャコウネコはどうも美味しい赤味のある珈琲豆を選り好みするらしく、さらにジャコウネコの体内で自然発酵されることもあって、不思議に美味しい豆がつくられるらしい。なんか、世の中、とんでもないものがあるな、と感心する。
 素晴らしい珈琲豆栽培者であるが、日系人ということもあり、日本人も結構、訪れるそうである。私がいた時も遠く、隣国パラグアイから笠井さんの珈琲を仕入れに来ていた業者がいた。自動車でわざわざ来たそうだ。
 笠井さんは「日本人は珈琲の飲み方が1番上手い」と言う。砂糖を入れないで飲むからだそうだ。私も、実は世界で1番美味しいコーヒーは日本で飲めるのではないか、と考えていたので合点がいった。しかし、珈琲豆が育たない日本で、なんでそんなにみんなが珈琲に拘るかは不思議なことである。笠井珈琲では、当然、珈琲を飲ませてもらったが、笠井珈琲専用の自販機から飲んだ。この点に関しては、私はちょっと大いなる疑問を抱いた。日本であれば、私でも自宅、オフィスでも珈琲豆を挽いて淹れる。珈琲豆を購入するところも、皆、焙煎屋で注文してから焙煎してくれる。このプロセスを経ると、日本でも美味しいコーヒーが飲める。
 ここブラジルでは、なぜ、そのプロセスを珈琲を飲む前にしないのか。もし、すれば日本では到底味わえないような、至高の珈琲が飲めるような気がするのである。私もちょっとカフェをまたやりたい気持ちになってきた。

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(笠井珈琲の看板)

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(焙煎した豆をみせてくれる笠井さん)

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(珈琲豆はオリーブぐらいの大きさがあって驚いた)

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(笠井さん)

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(敷地内にあった珈琲の木)

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(私が訪れた時はパラグアイからわざわざ仕入れに来た人達がいた。パラグアイでも笠井珈琲は人気のようだ)

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福島原発作業員の白血病に二例目の労災認定が下された。 [原発問題]

 福島労働基準監督署は8月19日、東京電力福島第一原発事故の収束作業に従事して白血病を発症した50代の男性作業員を労災として認定した。これは昨年10月に続き2例目であるが、最初の例も白血病であった。
 今回、認定された男性は2011年4月から205年1月まで、福島第一原発構内で機械修理作業を行っていたそうだ。事故が起きてほぼ直後からの作業である。被曝量は3年9月で累計54.4ミリシーベルト。これは、年間換算で14.5ミリシーベルトである。一般的に年間5ミリシーベルト以上被曝し、被曝から1年を越えて発症した場合は、他の要因が明らかでなければ労災認定されるそうである。
 ちないに政府は上限として「20ミリシーベルト」を設定しているが、この数値は恐ろしく高い。東京大教授の小佐古先生が、これを設定するとき、涙を流しながら辞任を表明したが、50歳の男性でも、年間換算14.5ミリシーベルトで白血病になってしまうのであるなら、子供達に20ミリシーベルトを安全だというのはほとんど犯罪であろう。現在でも政府は「年20ミリシーベルト未満なら帰還可能」としているが、これは、とんでもないことであることが、今回の労災認定の二例目からも明らかとなったといえるだろう。

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クリチバでは市長の選挙戦が始まった [クリチバ]

 クリチバでは8月18日から市長の選挙戦が始まった。有力候補は現職の市長を含めて6名ほどいる。現職の市長であるフルエ氏は、二代目市長であり、レルネルさんの後援も受けたにも関わらず、レルネル的な都市づくりをなかなか行えずに、国の政権与党である労働党に随分と振り回されてきて、彼に期待した人達を大きく裏切ってきた。彼自信には悪気はないのだろうが、力がなさすぎるという評判のようだ。
 もう一人、私が興味をもっている候補は元市長のラファエル・グレカ氏である。「知識の灯台」や移民をコンセプトとした公園をつくるなど、93年〜96年までレルネル氏を引き継いで市長を務めた時には高い評価を得ていた。当時の彼の口癖は「クリチバの市長は最高の仕事であるので、私は金をもらわずに払うべきだ」というものであった。その後、彼は連邦政府の観光大臣にまでなるが、ある時、その師でもあるレルネル氏に反旗を翻し、レルネル氏のライバルであり、元クリチバ市長でその後、連邦議員となったヘキオン氏へ寝返ったことで、多くの支持者を失望させた。その彼が。「元のクリチバに戻そう」というキャンペーンでクリチバ市長に返り咲こうとしている。彼は昔の政治的裏切りをしている中高年層からは票を集めるのは難しいと思われているが、そのようなことを知らない若い世代からは支持を得る可能性もある。レジュメは申し分ないし、さらにヘキオン氏と同様に口が上手い。
 また、レルネル・ファンとして注目したいのがネー・レポレヴォスト氏である。彼は、以前、レルネル氏が州知事時代に、パラナ州の観光局長を務めたりしており、現在はパラナ州の議員である。その彼も「元のクリチバを戻そう」というのがキャンペーンのコピーである。彼を強く推しているのは、フルエ氏のライバルであるハチーニョスである。ハチーニョスは、前回の市長選挙でフルエ氏と決選投票をした相手である。
 残りの3名だが、マリア・ヴィクトリアは大きな政党のPP(ぺーぺー)であり、今の副知事(母親)の娘であり、父親の連邦政府の保険大臣であるなど名家の出身である。そして、フィーリョ・ヘキオンはあの元市長であり、レルネル氏の宿敵であるヘキオン氏の息子である。タデゥ・ヴェネーリ氏はPT(ぺーテー)のパラナ州の議員である。この3名が当選すると、都市計画的には面白くなく、私としてもクリチバへの興味が削がれる。
 選挙は10月上旬、誰も過半数がとれなかった場合は、1ヶ月後あとぐらいに上位2人で決選投票をする。私は個人的には、東京都知事選の次ぐらいにこの選挙結果が気になっている。

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クリチバの「花通り」の傘売り [クリチバ]

 私がおそらく世界で1番好きな公共空間はクリチバの「花通り」である。その通りは、まさに都市の民主主義的な活動を具体化させたような空間である。ちょっと時間が出来たので、「花通り」を訪れると、突然、雲行きが怪しくなって雨が降ってきた。「花通り」には多くの人がいたが、私を含めて、ほとんどの人が傘を持っていなかったので軒下に雨宿りをすることにした。
 雨が降り始めると、ほとんど同時に数カ所で大きく叫ぶ男達が現れた。何を言っているのか分からない私は、ちょうど今日から10月の市長選の選挙活動が解禁になったので、選挙キャンペーンかと思ったりしていたのだが、その叫ぶ男が、私が雨宿りをしている場所に寄ってくるのをみて、合点がいった。彼らは、なんと「傘売り」であったのだ。何本もの傘を片手にもって、大声で傘を売り歩いていたのである。
 確かにクリチバにはコンビニがないので、傘を買おうと思ったら、こういう人達から買うしかない。これら傘男は、最初は10本ぐらいの傘をもっていたが、結構、需要があったのか、10分ぐらいで全てを売り捌いてしまった。雨は思いの外、激しく、しかも激しい割にはなかなか止まなかった。私は雨宿りの場所からなかなか移動できず、このような事態であるなら、傘男から傘を買っておけばよかったとちょっと後悔した。

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クリチバではリオのオリンピックの盛り上がりが感じられない [クリチバ]

 ブラジルのクリチバに来ている。同国ではオリンピックが開催されているが、クリチバにいるとまったくそのような盛り上がりが感じられない。どうも、家ではテレビに釘付けになっているようだが、それは日本でも同じである。まあ、プールが藻で一夜にして青から緑になったり、汚臭漂うコパカバーナでトライアスロンの遠泳をさせられたり、テレビカメラが会場の建物の上から落下したりと、いろいろと問題の多いオリンピックではあるが、自国で開催しているのだから、なんかこうホスピタリティのようなものがプンプンしてもいいのではと思ったりするが、そういう意識もなさそうだ。リオデジャナイロは盛り上がっているようだが、他の都市は今ひとつ、というのが実態のようである。そもそも、このオリンピックは50%の国民が開催を反対していた。おまけに大統領が罷免させられるという国の緊急事態。オリンピックぐらいで、気分が晴れるか、というのが人々の気持ちなのかもしれない。
 とはいえ、棒高跳びでチアゴ・ブラス・ダ・シウヴァ選手が金メダルを取ったという番狂わせは、結構、ニュースになっているようだ。ファベラ出身の女子柔道の金メダリストの話も人々を感動させているようだ。
 まあ、そのようないいストーリーも多いわけだが、どうも南米最初のオリンピックはあまりうまく行っていないようだ(出所:http://www.sbnation.com/2016/7/15/ 12122676/olympic-games-2016-rio-zika-security-budget-brazil)。最初の大きな問題はジカ熱であろう。そしてヨット・レースなどをするグアナラ湾に安全レベルを越えた廃棄物が存在することが昨年の7月に発覚する。さらに2015年にはブラジルの経済は前年の4%ほど縮小する。また、2015年12月にはオリンピック会場と都心とを結ぶ鉄道整備事業がオリンピックには間に合わないことが明らかとなり、代わりにバスを走らせることになる。今年4月にはルセフ大統領が弾劾され、その後、罷免される。同月にはオリンピックのためにつくられたリオの自転車専用道路が崩落し、2名が死亡する。5月にはサッカーのスター選手のリバルドが「ブラジルにオリンピックに来ることは再考した方がいい」とインスタグラムで発信する。5月になってもオリンピックの試合のチケットは1/3が売れ残っていた。
 ということで、改めてオリンピックを開催することのリスクの大きさを感じる、今回のリオ・オリンピックである。ただ、人々は感動をすると嫌なことを忘れるという傾向がある。長野オリンピックもあれだけの赤字イベントであったが、感動させてくれたからいいや、という気分に人々もなっていた。
 ただ、クリチバではあるが、この盛り上がりのなさは気になる。感動によって、まあ、いいか、という気分になかなかブラジル人はなれないような、そういう印象を受けている。

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メキシコでは通関を通らないで出国できる(驚き) [地球探訪記]

メキシコ・シティの国際空港で出国する際、荷物検査をしてその後、てっきり通関があるのかと思ったら、そのまま通関なしで飛行機の搭乗ターミナルに出てしまった。出国カードも回収されていない。出国しないと次回の入国の際、問題になるのではと思い、航空会社のカウンターの人に尋ねると、飛行機に乗るときに出国カードも回収するので問題ないとのこと。まあ、去るものは追わず、ということかもしれないが、適当である。ルワンダやウガンダでさえ、出国はしっかりと管理していたのに随分と適当だ。実際、飛行機に乗るときには出国カードは回収されたのでよかったが、出国カードを紛失していたら、この時点で出国が許可されなくなるのだろうか。

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メキシコでチップは必要なのか [地球探訪記]

 どこの国に行っても気になるのはチップをどうするかである。アメリカは税金を抜いた金額の15%とほぼ決まっている。サービスがよければ上乗せするし、そうでなければ減額できるが、それほど支払う側の裁量はない。ドイツは10%とかいわれているが、タクシーは比較的その通りであるが、それ以外は適当に10%前後を料金に上乗せして、切りのいい数字にすればいいという印象だ。例えば、床屋とかだと19ユーロなのだが、これは20ユーロを支払えばいいと解釈しているし、実際、他の客もその通りに振る舞っている印象だ。ブラジルでは基本的にはチップはないが、高級レストランなどだとサービス料が加えられて請求されたりする。
 このようにある程度、頻繁に訪れている国だと、その勝手も分かるが、初めての国、もしくはあまり滞在期間が長くない国では困ってしまう。例えば、今いるメキシコ。しょうがないのでグーグル先生に尋ねてみると、メキシコはどうもチップ国のようだ。ということで、レストランにて10%程度のチップを支払ったら、随分とウェイターの愛想がよくなった。
 日本は「地球の歩き方」がその典型だが、とりあえずは疑わしい時はチップを払っておけ、というスタンスであるが、その割合が問題なのだ。ちょっと10%は高すぎたのか(お釣りの切り上げでもよかったのかも?)もしれないな、と思いつつ、現地に知り合いのいない私はちょっと困ってしまっている。

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久し振りにメキシコ空港に降り立つ [地球探訪記]

 メキシコ空港に久し振りに降りた。ブラジルに行くトランジットのためなのだが着いたのが14時。飛行機の出発時間が23時過ぎなので2時間前に通関したとしても8時間は時間がある。まあ、実際荷物を取って、出たのは16時頃なので6時間ぐらいなのだが、トランクはサンパウロまで直通なので手軽だし、本来ならメキシコ・シティに出向くべきなのだが、その気力も体力もない。これは、飛行機でほとんど寝られなかったこともあるが、メキシコ・シティという大都市の喧噪と混乱に神経が堪えられそうもないからだ。それにしても、これからサンパウロを経てクリチバまで行かなくてはいけないのに、道半ばのメキシコ・シティでこんなに疲れているのは不味い。
 それはともかくとして、空港に降りて驚いたのは英語があまり通じないことである。空港の職員も完全、スペイン語のものもいる。流石にフード・コートでは英語がしゃべられる店員がいるが、そこらへんおおばちゃんはスペイン語オンリーである。南米諸国は英語がほとんど通じない。1997年の頃であるが、ブエノスアイレスのホテルの受付のおっちゃんと言い争いになって警察を呼ばれたことさえある。ブエノスアイレスではタクシーの運転手とコミュニケーションをするのも大変であった。
 そしてメキシコはスペイン語圏の国ではもっとも英語が通じる国といった印象を抱いていた。したがって、今回、2004年以来となる12年ぶりのメキシコ訪では、ちょっとこの英語の通じなさは意外である。
 エア・メヒコの機内食が相当、不味かったのでお腹が空いていたこともあり、空港のフード・コートで食事をすることにした。フード・コートには寿司屋をはじめとして中華料理屋、ピザ屋などがあったが、当然、地元のメキシコ料理屋で食事を注文する。興味深いのはこの店のメニューには、アメリカ料理であるブリトーはもちろんのことケサディジャやトスターダなどもなかった。ここらへん、テックスメックス(アメリカでのメキシコ料理)と本場メキシコ料理の違いは興味深い。私は唯一、知っているメニューであるタコスを注文する。タコスは、柔らかい円形のトーティジャの上に基本鶏肉をほぐしたものと豆をすりつぶしたものが乗っているという料理であった。本場で食べているせいか、ちょっとアメリカのタコスより美味しいような気がする。お好みで入れる具として大量の酢漬けの紫タマネギとライム、さらには辛子が3点ほどつく。赤、オレンジ、緑の辛子である。私は緑の辛子をグアカモリと誤解して、大量につけて食べたら強烈な辛さに舌が麻痺をした。それは、グアカモリではなくて、フェラピーノ系の緑唐辛子を潰したものであった。老眼になると、こういう間違いを多く犯すようになる。
 このフード・コートでは充電ができる。飛行機に乗る前にコンピューターが充電されていることは極めて重要なので有り難い。しかし、ワイファイがうまく通じないという問題がある。これは私のコンピューターのせいかもしれない。
 他に空港で発見したこととしては、メゾン・カイザーのイート・インができる店があったことと、セブンイレブンが複数あったことである。空港にセブンイレブンというのは、アメリカではあまり見かけないので、このセブンイレブンは日本系列なのではないかと思ったりする。あと、ファストフードはカールス・ジュニアが複数店舗、立地しているということである。こういうグローバル企業の国によって異なる流通状況は興味深い。

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(空港のフードコートのタコス)

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(セブンイレブン)

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(メゾン・カイザーのイート・インができる店)
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旭川の買物公園を訪れ、そのファサード・デザインの不味さに気づく [都市デザイン]

 旭川の買物公園は日本では珍しい人々に使われている公共空間である。道路から自動車を排除し、歩行者専用空間とした道路である。個人的には、そもそものコンセプトも大変好きであったが、1998年にリニューアルをしてさらに空間的には優れて人間に優しいものとなった。
 さて、この買物公園に関してヒアリングを市役所と、この公園(道路)のソフト面での維持管理をしている旭川平和通商店街振興組合さんとにお話をうかがった。私のような専門的立場からすると優れた公共空間ではあるが、実際、旭川市民がそれをどう思っているかが気になったからだ。
 買物公園では、毎年、通行人調査を実施している。そこから分かったことは、ここ数年、通行人は減っていたのだが、去年にイオンモールが平和通りの基点でもある旭川駅前に出来てから、4条の南側の通行人は増えるようになったそうだ。ただ、北側に行くほど通行人が減り、寂しくなるという傾向はさらに強まっているそうだ。
 この買物公園の課題はどのような点があるのか。旭川平和通商店街振興組合の方が非常に鋭い指摘をした。それは、店舗のファサード・デザインが優れていないということだ。せっかく歩行者にとって素場らしく快適な公共空間がつくられているにも関わらず、歩行者が楽しむようなファサード空間がつくられていない。これは、海外の類似の歩行者専用モールなどとは違う、との意見をいただいた。
 早速、その指摘を検証するために買物公園を歩くと、まさにその通りで、ファサードのデザインが歩行者にとって楽しむようなものになっていない。商業空間の楽しさを図る一つの指標としてトランスペアレンシー(transparency)というものがある。これは、道路から建物の内部がどの程度見られるかという指標であり、通常、窓によって建物の内部が見られる(ウィンドーショッピングができる)度合いで評価される。つまり、道路を歩いている楽しみをどの程度、建物側が提供してくれるか、ということなのだが、これが買物公園は劣っているのだ。多くの商店は、ほとんど建物が看板 のようなファサード・デザインとなっており、窓のように建物の中身が見られる部分が少ない。トランスペアレンシーがここまで劣っている、というのは確かに指摘される通りである。しかし、私は買物公園を訪れるのは3度目であるが、それまで気づかなかった。それは、どうしてかというと、公共空間の部分が優れていて、そちらにばかり目がいってしまったからである。
 買物公園の公共空間としての都市デザインは非常に優れていると思われる。ベンチの配置、街路樹、ストリート・ファーニチャー、舗装の素材、どれをもっても極めて考えられていて優れている。そして、私はそちらにばかり目が向いてしまい、商店のファサード・デザインを気にしていなかった。それは、日本の都市はたいていの場合、公共空間のデザインが劣っていることが問題であったからである。それに比して、日本の商店街は歩行者空間を楽しくすることに対しての工夫においては優れている。自由ヶ丘の九品仏緑道は、ほとんど建物がガラス窓でトランスペアレンシーがとてもいい。しかも、それらの建物の二階は九品仏緑道の樹木が映えてとても美しい(http://www.hilife.or.jp/cities/?p=979)。別に窓によるトランスペアレンシーが優れてなくても、エアフルトのクレーマー橋のように窓がないで店の奥までみえることでトランスペアレンシーを演出しているところもある。少なくとも、看板といったポスター的な情報ではなく、視覚的に商品や店内を見せることで歩行者の興味、関心を惹く工夫をしている商店街はたくさんある。そのような事例ですぐ思いつくのは、パリのヴィヴィアンヌ・ギャラリーやアメリカはボルダーのパール・ストリート(http://www.hilife.or.jp/cities/?p=214)、バーリントンのチャーチストリート・マーケットプレイス(http://www.hilife.or.jp/cities/?p=813)、サンタモニカのサード・ストリート・プロムナード(http://www.hilife.or.jp/cities/?p=799)などである。
 そのように考えると、買物公園は公共空間としては優れていても、商店街としてはまだまだ改善の余地があるということだ。というよりかは、こんな素場らしい公共空間に面して立地しているなら、もっとうまくそのポテンシャルを活かせばいいのにと思う。というか、多くがチェーン店なので、そのような工夫をする裁量を有している店が少ないのかもしれないが、結果的に公共空間側も店側も損をしていると思われる。もったいない話である。

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(まったく凡庸な買物公園のファサード)

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(地域性がないファサード・デザイン。チェーン店だからしょうがないですが)

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(せっかく優れたベンチに座っても、その前の店舗の光景がこれじゃあ、目を楽しむことはできない)

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(こんな看板で人を惹きつけようとするのは、これだけの通行量の多い歩行者専用空間においては間違っている)

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(トランスペアレンシー(透過度)がほとんどゼロのファサード)

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(間口が狭くても、ちらしを窓に貼ったら店内が見えずにとても残念)

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(ヴィヴィアンヌ・ギャラリー)

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(ヴィヴィアンヌ・ギャラリー)

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(パール・ストリート)

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(ノードシュトラッセ、デュッセルドルフ)

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(チャーチストリート・マーケットプレイス)

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(ノーウィッチ)

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(ヴェネツィア)

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(クレーマー橋、エアフルト)

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(自由ヶ丘、九品仏緑道)
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雲丹を求めて羅臼を彷徨い、葡萄海老を食す [地域興し]

 知床半島に来ている。知床半島だと羅臼雲丹が美味しいようだ。ということで、ウトロ側に宿泊していたのだが、知床峠を越えて羅臼の漁港まで車で行く。しかし、漁港ではどうも素人は一切、購入ができないようだ。ということで、漁港で働いている職員と覚しき人にどこで上手い雲丹が得られるかと聞くと、羅臼での雲丹の漁期は1月〜6月でもう終わった、ということで、塩水雲丹は羅臼では手に入らないことが分かった。この時期だと、利尻がいいね、と言われたのだが、まさか利尻に行く訳にもいかない。明礬が入った通常の板うにであれば、それほど拘る必要もない。それでは他に、どこで美味しい地元の魚が食べられるかと尋ねると、道の駅の知床食堂でぶどう海老と時鮭(ときしらず)を食べるといいんじゃないの、とアドバイスしてくれたので早速、そこに向かう。
 道の駅は、もう風情がまったくない、デザインセンス皆無の建物であった。一階は、魚売り場。カニと昆布が販売されている。カニは高いものだと1万円はする。これだと東京よりも高いんじゃないか、とそれほどカニに執着しない私は思ったりする。送料を考えたりすると、ここで買うメリットがあまり理解できない。こういう商売をしているお店が美味しいのか、ちょっと不安だが、ぶどう海老というのはおそらく食べたことがないような気がするので二階の知床食堂に行く。
 ぶどう海老は、標準的には「ひごろもえび」と言うらしい。その名前の由来は、葡萄と同じような紫がかったワイン色をしているからだそうだ。その値段は一匹、1700円。べらぼうに高いが、漁港の職員が、そもそも卸値がべらぼうに高いから1000円じゃあ食べられない、と教えてくれたのでこれは想定内である。そして、このぶどう海老は羅臼の名物であるのと、漁期が7月1日〜9月末なので、このタイミングで、ここで食べるのはとても正解なのだ。
 ということで食べてみる。ぼたん海老のような感じだが、より味が濃厚のような気もする。しかし、これは新鮮さにも因るかもしれない。まったく冷凍してない状態で出されているので、まあ美味しさには間違いはない。
 また時鮭も焼いてもらったのだが、これもふんわりとして美味しかった。ここらへんは地のものであるから、新鮮である、というところが大きいのかもしれない。
 あと、雲丹をまったく食べないのも癪なので、うにぎりというおにぎりの具がうにのものを注文したが、これは塩雲丹であり、全然、美味しくもなかった。さらに、雲丹の量も少なく、しかも、通常のおにぎりが150円なのに、これだと600円。こういうぼったくり商売は、以前も稚内で経験しているが、ちょっと消費者を馬鹿にしているのではないか、と思ったりもする。こういうことを繰り返していると、観光客も馬鹿じゃないので、そのうち来なくなるよ、と思ったりもする。
 とはいえ、葡萄海老にしろ、雲丹の北海道の漁のあり方など、色々と勉強にはなった。

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(これが葡萄海老だ!1700円!)
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羅臼岳(日本百名山登頂20座) [日本百名山]

 3日間で日本百名山を3座挑戦する、という無謀に近い企画を実践したのだが、今日は最後の3座目である。1座目は雌阿寒岳、2座目は斜里岳、そして3座目は羅臼岳と、日にちが遅くなるほど厳しさは増してくる。私の持っている本によれば距離にして、3時間30分、5時間20分、7時間10分、累積標高差にして812メートル、1028メートル、1443メートル、ヒグマとの遭遇率にして、ほとんど会わない、ときたま会う、しょっちゅう会う、とどんどんとレベルが高くなっている。しかも、斜里岳の下りで私の弱点である左膝を痛めてしまった。万全の状態でも危ないのに、どうなるのか不安でしょうがない。
 さて、前泊したのは登山口の岩尾別温泉にある「地の涯(ちのはて)ホテル」である。ネーミング的にも、相当、レトロなログ風の宿を想定していたのだが、近代的な3階建ての宿泊施設でちょっと驚いた。私はおそらく25年ぐらい前にこの温泉に来たことがあり、表からも丸見えの露天風呂というおそろしく野趣溢れる環境に、決して高級感のしない宿が隣にあった(泊まってはいない)印象を持っていたからである。ちなみに、この野趣溢れる露天風呂に当時は、おそらくドイツ人と思われる若き男性達が入っており、その景観的インパクトが強烈に記憶に残っている。どうも、それからホテルは建て直しをしたらしい。ホテルに飾られていた昔の写真は2階建てで、もうちょっとこじんまりとしたものであったからである。私が見たホテルはこの昔のものであったのだろう。
 ホテルの温泉で朝風呂にも入り、二日間の筋肉の疲れを取り、スパッツ、膝サポーター、膝のテーピング、さらにはストックという4重の構えで望む。朝食のお弁当をホテルの部屋で取り、朝の6時50分頃に出発する。ヒグマ対策もあり、今回は調理道具をすべて置いていく。食事は乾物系のみである。これは、また荷の重さを少しでも軽減させたいという意図もあった。しかし、出発してちょっと歩いて膝に痛みを覚える。もうこれはあかん、と思い、同行している仲間に私を置いて言ってくれと伝えようとしたが、彼らに私のことで気を遣わせるのも抵抗があったので、我慢して行けるところまで行こうと決心する。
 登山ガイドでは、すぐに急坂、と書いてあったので相当、覚悟をしていたのだが、それほど急ではない坂を登っていく。これまで、大峰山や昨日の斜里岳のように、本当にきつい急坂を登ってきたので、これぐらいの坂だと急に覚えなくなってしまっているのかもしれない。40分ぐらい経つとオホーツク展望地。しかし、名称と異なり、ここではあまりオホーツクを展望できない。とはいえ、飛び抜けた晴天ということおあり、木々の合間から見えるオホーツクの青の美しさが疲れを飛ばしてくれる。海と空がグラデーションのように繋がっており、その境目が分からない。青という色のハーモニーの美しさは感動的だ。また、分厚いサポーターのおかげか、膝の痛みは消えないが、より痛くなるということはない。
 オホーツク展望地からはしばらく緩やかな平らが続く。弥三吉水という水場でちょっと休憩(8時30分)。冷たい水で顔の汗を拭う。また歩き始める。ここは極楽平とよばれる平坦のルートで、本当に楽である。平坦な道だと膝の痛みもちょっと忘れる。ピーカンの天気なので暑さはきついが、ときおり吹いてくる風によって癒される。極楽平の次は仙人坂。この坂はなかなかきついが、昨日の斜里岳に比べれば大したことはない。ただ、頭上に木の枝が覆い被さり、足下の石ころに気を取られていると頭をぶつけ、猛烈に痛い。背が高い人は、ここを抜けるのは相当、気を遣うであろう。さて、仙人坂を登り切ると銀冷水という水飲み場がある(10時到着)。命の泉のような美しい泉である。
 さて、銀冷水を過ぎると大沢という沢をのぼっていく。とはいっても水は流れていない。ただ、ここには雪渓が残っており、そのためにアイゼンを今回は持って来ている。初アイゼンかと緊張したが、雪渓の横にしっかりと登山道は確保されていたために、アイゼンは必要としなかった。雪渓を横切り、振り返るとオホーツク海が美しい。さて、羅臼平に近づくと斜面も緩やかとなり、右手には素場らしい高原植物のお花畑が広がる。
 そして羅臼平には11時頃に到着する。ここはまさに天上の楽園のような場所で、羅臼岳と三ツ峰山に囲まれながら、オホーツク海と太平洋が見渡せるという素場らしき一等地である。ここで昼食休みを30分ほど取り、フードロッカーに細かい荷物を預け、羅臼岳にチャレンジする。羅臼岳は優しいスロープの上にごつごつの岩の塊が乗っかっているような異様な形状をしている。12時頃に石清水を通り抜ける。ここから先は山登りというかはロック・クライビングのような状況になる。ストックを岩陰に隠して、両手を使って登っていく。途中で行き交った中年の男性が「これから山頂に行くの。風が強いよ」と言ったので、猛烈に反発心で燃え上がる。「あと30分ちょっとで山頂までなのに、これまで膝が痛いのを我慢してここまで来たのに帰れるか」と思うと、アドレナリンが出まくって、凄い勢いで登り始めた。ここは、相当の岩崖で高所恐怖症は怖じ気づくようなところで、私も軽度の高所恐怖症なので、何もなければ相当、怖がると思うのだが、このおじさんの言葉のお陰で、奮起した私はハイペースで登っていき、時折膝の痛みも感じたが、それにも打ち勝ち13時前には山頂に着いていた。山頂は岩だらけで、そのスペースも狭く、風も強かったが、そこからの360度の展望はすばらしい絶景であった。北には硫黄山をはじめとする知床連山と巨大なる雪渓、北東から東にかけては国後島の爺爺岳をはじめとした秀峰の雄姿、南は雲海と斜里岳などの山々、そして西はオホーツク海の眩いような青とその手前には知床五湖が広がっている。見飽きない絶景ではあったが、もう時間も遅いのと風も強いので13時15分には下山を始める。
 心に余裕があるのと、また下山は登りに比べると筋力的には優しいので、高山植物を愛でながら降りていく。小さく健気に咲く美しい花々を見られることは、登山の大きな魅力の一つであろう。行きには無視をした石清水も飲む。この石清水の美味しさといったら飛び切りのものがある。羅臼岳登山は水場が多くあるのも魅力だ。重い水を全ルート分、持ち運ぶのはなかなかの労苦である。石清水を発ち、羅臼平にて荷物を回収したのが14時30分。その後は、膝が爆発することがないように、ゆっくりと丁寧に下山をし、18時過ぎに登山口に戻る。理想的には2時間ほど前に戻ってくるべきであり、出発時間が遅かったことを反省する。とはいえ、よく登れたものである。もの凄い達成感を覚えつつ、今後の百名山挑戦に大きな励みとなる登山となった。私のこの登山につきあってくれている卒業生達に感謝をしつつ、今日はゆっくりと休む。
 
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(オホーツク展望地をちょっと行ったところからオホーツク海を展望する。空と海の境目が分からない)

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(弥三吉水で顔の汗を拭う)

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(銀冷水)

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(大沢の雪渓)

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(雪渓を通り過ぎた後、振り返るとオホーツク海が美しい)

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(羅臼平直前の緩やかな坂には高原植物のお花畑が満開で、疲れる気持ちを慰めてくれる)

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(羅臼平から望む羅臼岳。我々の挑戦を迎え撃つかのような圧迫感ある姿)

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(頂上はほとんど岩を積み重ねてできあがったかのよう)

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(硫黄山の知床連山の美しい山容が展望できるのも羅臼岳の魅力の一つであろう)

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(羅臼岳山頂)

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(登頂した証拠写真)

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(そのうち余裕ができたら、高山植物の勉強もしよう)

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(国後島の爺爺岳の雄姿もきれいに展望できた)

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(石清水はどんなミネラル・ウォーターよりも美味しく感じられた)
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斜里岳(日本百名山登頂19座) [日本百名山]

 斜里岳に挑戦する。前日は川場温泉に泊まったのだが、昼ご飯を購入するコンビニが6時オープンなので、6時ちょっと前に宿をチェックアウトして、コンビニでカップラーメン等を購入する。そして、登山口のある清岳荘に向かう。
 清岳荘に到着したのは7時30分。既に駐車場は満車に近い。晴天で日曜日であるので、地元の登山家が多く訪れたのではないだろうか。トイレに行ったり、いろいろと準備をしていたりしたら、出発したのは8時頃。ちょっと予定より遅れる。
 15分ぐらい旧道を歩いていくと、沢の登山道に入る。ここからは沢を右に左に渡りつつ、高さを稼いでいく。この日は比較的温度が高かったので、沢の涼しさ、マイナスイオン効果が身体に優しく、癒される。ただ、結構、ここは沢が深いので石を踏み外すと、足はずぶ濡れになる。私も2度ほどくるぶしほど水に浸かってしまった。
 睡蓮の滝という美しい形状の滝に到着したのは9時。このような美しい滝を観ながら登っていく沢登りはアドベンチャー感覚で、スリリングであるが楽しい。これが斜里岳登山の醍醐味であろう。ただ、沢を左右に行ったり来たりするので、道に迷いやすい。基本、沢から外れることがないので、枝分かれするようにある獣道に入っていかないように注意することが必要である。
 沢を抜けると上二股という下山ルートと合流し、それからはちょっと歩いてからは急坂になる。ただ、このガレ場を我慢して登りきり、馬の背という展望平につく。あとちょっとで斜里岳の山頂であるが、急坂にひるんだ我々は、この馬の背に食べ物等を置き、荷物を軽くして山頂に挑むことにする。山頂に到着したのは12時ちょうど。西側には翌日に挑戦する羅臼岳と雪渓の残る知床連山がみえる。東は摩周湖、南はオホーツク海、そして北は太平洋といった360度の雄大な展望を楽しみ、馬の背に戻る。馬の背では、昼ご飯。カップラーメンなどを食べ、十分に休憩した後、13時30分頃下山を開始。沢を下るのは危険なので、上二股から迂回ルートで降りるが、この迂回ルートはなかなかのくせ者で、熊見峠まで登っていく。なぜ、下山をするのに登るのか。その理不尽さに多少、怒りを覚えつつ、それでもその展望の良さに多少は、心が落ち着く。ただ、熊見峠からの下り坂はほとんど崖のように急である。落ちるようにして降りていくのだが、ここで私の弱点である左膝が痛み始める。ちょっといい気になって、下りの馬の背で膝サポーターを外したのが裏目に出た。これで、大いに下りの時間をかけることになってしまい同行者にも迷惑をかけた。途中でシップ薬を貼り、サポーターを着けることでどうにか下山をしたが、このようなアクシデントもあり、下山できたのは17時ちょっと前であった。
 斜里岳にはどうにか登山することができたが、翌日の羅臼岳に大いなる不安を抱えながら、この日の宿泊先である岩尾別温泉に向かう。

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(登山口の清岳荘)

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(沢を右に左に渡りながら標高を稼いでいく)

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(下二又を越えると、沢は滝となる。これは水蓮の滝)

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(連続した滝を見ながら沢を渡渉して登っていくのはスリリングだが爽快な気分になる)

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(急な坂を登ると馬の背に出る)

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(馬の背から斜里岳を望む)

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(斜里岳の頂上に立つ)

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(斜里岳の山頂からの展望。摩周湖が見える)

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(斜里岳の山頂からの展望。知床の連山、羅臼岳を望む)
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雌阿寒岳(日本百名山登頂18座) [日本百名山]

 雌阿寒岳に挑戦する。宿泊をしていた北見のホテルをレンタカーで8時前に発ち、仲間を女満別空港で9時頃にピックアップ。その後、コンビニなどに寄って、雌阿寒岳の登山口の野中温泉に到着したのが11時30分。登山を開始したのは11時45分と結構、遅くなってしまった。
 登山開始は鬱蒼とした森の中。1合目に到着したのが12時ちょうど。クワガタムシなどにも遭遇。ちょっと子供心が刺激されて嬉しい気分。2合目に到着したのは12時11分。さらに20分ほど歩くと、展望が開けて、緑の絨毯のように広がる森が気持ちよい。さらに20分ほど行くと、低木のガレ場の急坂になる。神秘の湖、オンネトー湖も見られるようになり、それからしばらく我々の目を楽しませてくれる。5合目に着いたのが1時間後の13時。天気に恵まれたこともあって、素場らしい景色を左右に見つつ標高を稼ぐ。7合目に着いたのが13時25分。急坂を頑張って歩き、シリンダー・コーン状の阿寒富士と火口の赤沼がみられるところには13時52分に到着。ほぼ登り始めてから2時間ちょっとほど時間が経った。ここからはオンネトー湖がみられなくなる代わりに、左側に阿寒湖が展望できる。阿寒湖も湖面の色がグラデーションのように変化していて美しい。火口の外輪山を登り、山頂に到着したのは14時05分。2時間20分ほどかかった。
 山頂からは青沼がみられる。青沼の狂気が感じられるような美しい青色に感銘を覚える。相当、美しい自然景観であり、登山をした苦労が報われる気分になる。ここでお湯を沸かし、アルファ米のご飯を食べる。アルファ米のご飯は熱湯を入れてかき混ぜて15分ほどチャックをして浸したままにして食べるインスタント食品である。はじめて食べたが、まあ登山飯ということで美味しく食べられた。1時間ほど休憩をして15時15分頃から下山を始める。
 ここからは、阿寒富士の登山口を経て、オンネトー湖のキャンプ場へ向かうルートを取る。山頂から阿寒富士の登山口までは、噴煙がたっており、そのガスは有毒であるために、急いで通り過ぎないといけない。しかし、相当のガレ場なのでストックがないと降りにくい。ストックはある意味で必須である。とはいえ、降り始めこそ強烈な硫黄臭がしたが、ちょっと通り過ぎるとそのような臭いもしなくなったので、落ち着いて降りていく。オンネトーを観つつ、オンネトーを目指して歩いて行くのは気分がよい。
 オンネトーのキャンプ場に着いたのは17時過ぎ。自動車を駐車した野中温泉まではさらに1時間。ちょっと疲れていたので、体力のある若い男性の中君に一人で自動車を取りにいってもらい、その間、我々はオンネトーの展望所にて彼を待っていた。
 私は4度目のオンネトーであったが、今回ほどオンネトー周辺の自然を満喫できたことはなかった。登山をすることで、その自然環境を身体をもって知ることができる有り難みを実感する。

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(登山口の入り口)

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(くわがた)

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(オンネトーを観つつ、登っていきます)

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(オンネトーの色は神秘的です)

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(阿寒湖も展望できます)

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(赤沼。山頂はもう少し)

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(山頂からは雄大な展望が得られます)

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(山頂)

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(青沼)

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(阿寒富士)

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井堀利宏『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』 [書評]

「1日で学べる」とかいう類の本はほとんどいい加減なのだが、本書は確かに10時間ぐらいの読書時間で、大学教える経済学のエッセンスがざっと理解できる、という構成になっていて、「看板に偽りなし」と言えるのではないかと思われる。もちろん、何も知らないでこれを10時間でよんでも理解できないかとは思うが、ある程度の経済的な素養、教養があれば、さっと理解することができるであろう。もちろん、「コースの定理」とか、言葉は出てきても具体的には一切、説明がされていないような点は不十分だが、これは逆にいえば「コースの定理」は、内容はわからなくても、ざっと経済学を理解するというレベルでは言葉さえ知っておけばいいということなのかもしれない。おおまかに大学で教えるレベルの経済学を概観するのには、無駄がなく、エッセンスが凝縮されている良書であると思われた。

大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる

大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる




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ポケモンGOはバスに乗りながらやるのがちょうどよい [その他]

 私も嗜み程度に、ポケモンGOをしている。モンスターボールを投げるのが下手だったり、電池を猛烈に消耗したりするので、それほど嵌ってはいない。ただ、このゲームは都市をフィールドとしているので、いろいろと発見があったりして興味深い。
 まず、気づいたことは当たり前であるが、東京の歩行環境の悪さである。ポケモンGOを歩道でも歩きながらするのは相当、危険である。私の家内は実は、ポケモンGOに相当、没頭しているが、彼女は自転車に乗りながらもやっている。とても危険で止めさせたいのだが、どうもポケモンGOの魅力には打ち勝てないようだ。私の家内のような危険人物もいるので、またそうでなくても歩行環境はよくないので、実質的にポケモンGOを歩きながら出来るのは、河川を暗渠化させてつくられた緑道ぐらいではないだろうか。ちなみに、このような緑道はポケモンが多く出る(コイキングやコダック等水ポケモン系)ので一石二鳥である。ただ、このような例外的な事例を除くと、なかなか歩いてもポケモンには出会えない。身の危険を賭してまで、歩いてやるだけの価値があるのか。ちょっと疑問である。
 それじゃあ、自転車や自動車に乗りながらやればいいじゃないか、と思うかもしれないが、これは家内がやっている手前、あまり強くは言えないが、ほとんど犯罪に近いと思う。特に自動車をやりながらするような輩は厳しく取り締まるべきだ。実際、取り締まられているそうだが、当然である。
 幸い、東京は公共交通機関が充実している。自分が運転しなくても、歩くより遙かに速いスピードでポケモン探しができる。ただ、電車だとちょっとスピードが速すぎる。GPSのスピードがついていきにくいし、ポケモンやポケモンストップを発見してもあっという間に消え去ってしまう。また、地下鉄はなかなかポケモンが出てきにくい。
 それに比べてバスはちょうどよいスピードで動く。集中していないと逃したりもするが、それがそれほど惜しくないほど次から次へと出てくる。これは、バス路線によっても事情は違うのかもしれないが、私が通勤で使っている目黒通りは、よく出てくる。バスに乗っていても飽きない。
 また、ポケモンストップは、ランドマークに設定されている。したがって、普段、バスで移動していて気づかなかったような神社やお寺、ちょっと面白そうな店などがあることを知ることができる。沿線のちょっとした地理の勉強にもなる。暇な時に訪れてもいいかな、と思ったりもしたりする。東京のバス会社は、お客があまり乗らないシーズンや時間帯は、ポケモンGOとタイアップすることを考えるといいと思う。マクドナルドに寄るよりか、ずっと楽しくポケモンGOを遊べると思われる。
 東京のバス路線ごとに、どんなポケモンが出てくるか、などを解説する本などがあってもいいと思う。歩くのも危険、自転車、自動車は論外、鉄道はスピードが速すぎ。バスこそがポケモンGOを遊ぶのに最も適した移動手段であり、私は、ちょっとこれに気づいてからバスに積極的に乗るようになっている。今日も、蒲田駅から羽田空港までバスで初めて移動したのだが(それまでは京急羽田線を使う場合が多かった)、イーブイをゲットできた。イーブイはそれほど珍しいポケモンであったが、私的には初めてだったのでちょっと嬉しい。

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ちもとの有名なかき氷を食す [B級グルメ雑感]

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都立大学駅のそばに住んでいる。ここには、全国的に有名なかき氷を提供する「ちもと」という和菓子屋さんがある。私は、都立大学に6年前に越してきたのだが、その時からずっと、このかき氷を食する機会を探っていたのだが、なかなか実現できずにいた。これは、このかき氷を提供するのが7月中旬から9月初旬までの短い期間であるということと、私は東京の夏が嫌いなので8月や9月初旬はほとんど東京にいない、ということが最大の理由、さらに付け加えると、ちもとは喫茶スペースが小さいので、もうこのかき氷を食すには、開店前に並ばなくてはいけなく、それがなかなか億劫だったということがある。
 しかし、いつまで都立大学に住んでいるかも分からない。このままだと下手したら一生、ちもとのかき氷が食べられないかもしれないと焦った私は、今年の夏こそは絶対食べてやる、という強い意志を抱いたのである。さて、そして、その決行日を8月3日の水曜日に設定した。前日は早く寝ようとしたのだが、なかなか寝付けなかったのだが、バシッと8時前には起き、開店の10分前の9時50分にちもとに到着した。天気は曇りがちで気温もそれほど高くない。これは、あまりかき氷を食べたくなるような日じゃないよな、という私の予想に反して、店の前には既に50人以上の行列が出来ていた。驚きである。さて、しかし行列の最後尾に並ぶと既に店の人が待ち構えていて人数を確認してくれる。私はどうも36組目らしい。しばらく待つと、他の店員に待ち時間を教えてもらった。なんと15時30分!ということは、もうほとんどぎりぎりだったということである。あと15分ぐらい遅れたら、すなわち開店以降に来たらその日はありつけなかったのかもしれない、ということを知る。平日でもこの人気である。週末だったら何時に来ればいいのだろうか。ちもとの人気恐るべし!である。
 さて、ということで家に戻り、少し仕事をして15時30分に戻る。注文はおまかせ(1000円)である。さて、まず目につくのは、その大きさである。それはETでも有名になったワイオミング州のデビルズ・タワーのように重力に逆らって隆起したかのような形状をしているのだ。なんで、崩れずにこんな形状が維持できているのだろうか。それは、おそらく凍っているからだろう、と推測する。冷温なので、原子が結合しているのであろう、と化学さっぱりな私は当てずっぽうな推測をする。
 この巨大な岩塊のようなかき氷は、ミルクと抹茶が半々に、まるでマジンガーZのあしゅら男爵のように綺麗に二つに分かれてかけられている。このかき氷は最初のスプーン入れで崩壊するのでは、というこちらの心配をよそに、しっかりとその形状はスプーンを入れても維持している。その氷は、まるで原子を発見するために何回も割ったかのように一つ一つが小さく、それらが綿飴のように柔らかになっている。そのせいだろうか、氷だけでも、とてつもなく美味しい。それは、おそらく一般的に人々が抱いている氷とはまったくの別物である。氷の硬さのようなものが一切なく、それは口に入れるとしゅんと溶けていく。ただ、溶けていく瞬間に身体から熱を猛烈に奪っていくので、空調が効いている店内では身体が冷えすぎる。これは特別なかき氷である。さて、しかし、このちもとのかき氷を他店のそれと決定的に違わせるのはこの氷ではなく、この巨大なる興隆するかき氷の麓に、まるで金塊の金のように眠る和菓子群である。巨大なるかき氷を食べたものだけが、それを褒美として口にすることができる。噂には聞いていたが、その和菓子群は寒天、小豆、白玉といったオーソドックスのものの中に、最近、富に有名になった八雲餅や水ようかんが入っている。食べ終わって、身体は冷え切ったが大変満足をした。これからも一年に一度は、食べてみたい。並ぶ価値は十分にある。 
 


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ザブリスキー・ポイント(砂丘) [映画批評]

去年の春にデス・ヴァレーにあるザブリスキー・ポイントを訪れたので、同名の映画『ザブリスキー・ポイント(砂丘)』を観た。『欲望』のイタリア人監督のミケランジェロ・アントニオーニが観た60年代後半のヒッピーカルチャーが全盛期のアメリカ西海岸が見事に映像に収められている。70年代のロスアンジェルスがとても牧歌的であることが印象的である。しかし、映画のストーリーは大したものはなく、あくまでも巨匠による映像美を楽しむといった姿勢で観るといいのではないかと思う。ザブリスキー・ポイントも美しいが、フィナーレのサグアロ・サボテンが林立するアリゾナの夕陽のランドスケープも息を呑むほど美しい。あと、個人的には、主人公の女優ダリア・ハルプリンがランドスケープ・アーキテクトの巨匠ローレンス・ハルプリンの娘であることは驚いた。アメリカ人はヘミングウェイもそうだが、その道の巨匠の娘が女優になるケースが多いような印象を受ける。


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加藤寛『日本再生最終勧告』 [書評]

 慶應義塾大学の名誉教授であり、また日本の経済政策において理論と実践面で多くの貢献をされてきた著者の遺作。「原発即時ゼロ」を見届けない限り、死んでも死にきれないと言う著者が「本書は私の遺言である」というだけあって、その主張は強く、説得力がある。本書は5つの章から成り、1章から4章までは日本の電力政策の歩みを概観し、原子力政策が進められてきた背景を浮き彫りにすると同時に、その非効率性、非民主主義性を明るみにする。そして最後の章では「自立分散型電源社会」をどうすれば実現できるのか、現状の課題とその対処法を提示している。さらに城南信用金庫理事長の吉原毅と東京大学大学院教授の江崎浩との対談、また特別寄稿として曽根泰教慶応義塾大学大学院教授の原稿が付け加えられている。
 本書を読むと、原発がいかに無駄であり、正義がないことがよく理解できる。公共政策を勉強するものにとってもためになる点が多く、お勧めできる。





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キューバ大使館を訪れたら、あまりにも牧歌的で驚いた [地球探訪記]

 キューバを8月に訪れる。キューバに行くのはちょっと面倒だ。まず、ビザはいらないがツーリスト・カードが必要だ。さらに、アメリカ系以外の旅行保険に入っていることが必須である。したがって、例えばATUのような旅行保険に入ってもキューバは入国させてくれない。
 旅行保険はカード会社のものに入っている。したがって、それを証明する英語かスペイン語で書かれた書類を出さないといけない。これは、カード会社に連絡をすると送ってくれるが、そのために日数を要する。ちょっと注意をしないといけない。
 もう一つはツーリスト・カードだ。これはどうもネットからでも申請ができるようなのだが、キューバ大使館は勤務先のそばなので、直接訪れることにした。麻布十番のそば、最寄り駅でいうと赤羽橋駅の東麻布にキューバ大使館はある。さて、住所を頼りに訪れると、そこは、なんか大変しょぼいところであった。みすぼらしい地元の歯医者ぐらいの待ちスペースに、窓を仕切りとして、事務スペースもまた大変狭いものであった。トータルのスペースでも五反田のブラジルの領事館の待ち合わせスペースにも及ばないであろう。それぐらいの小ささである。そして、そこで働いていたのは日本人の高齢の女性であった。
 多くの人が待っているのだが、整理番号も配られていない。適当に待っていなさいという感じである。ここらへんはキューバに行こうと考えるような物好きな日本人は、さすがに鷹揚としていて、皆、順番通りに申請を行っていた。ちょっと日本人が好きになるような秩序のよさがここでは保たれていた。
 さて、話が前後するが、申請書にはパスポートとパスポートのコピー、それに5センチ×5センチの写真が必要だ。写真を持って来忘れた私は、近くの写真屋で撮影しようと大使館を出た。とはいえ、東麻布の商店街には写真屋はなく、麻布十番の写真屋まで行った。大使館に着いたのは11時のちょっと前だったのだが、写真を撮影して戻ったら11時40分ぐらいなのに、もう受付は午後13時でないとしないとのこと。しょうがないので、昼食を取って、喫茶店で仕事をして、13時に戻った。それからも1時間以上は待たされたのだが、キューバに詳しい旅行代理店おじさんがいたので、いろいろと情報を収集できたのがよかった。特に印象に残ったのは次の2点。1)飛行機のチェックインは出発3時間前に終わる。つまり、絶対、出発3時間前には行かなくてはいけない、ということだ。
2)ツーリスト・カードの半券を紛失すると出国できなくなる。
 また、ハリケーンだと平気で飛行機とかが運休になるということだ。私は結構、タイトなスケジュールを組んでいるので結構、心配だ。
 3時間以上かかってできたツーリスト・カードは、本当に粗末なものであった。しかし、これを滞在中に失うと帰ってくることができない。ちゃんと保管をしないと。
 

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東京新聞の社説(7月22日)でのトランプ氏の批判は的を外している [グローバルな問題]

 本日(7月22日)の東京新聞の社説は、トランプ氏を米大統領選候補に指名した共和党が深刻な亀裂をさらけだしていると指摘していた。そして、採択された政策綱領が、「不法移民対策でメキシコ国境での「壁」の建設を支持」したことは、「少数派排除の主張」であると述べている。そして、「共和党は二〇一二年の前回大統領選の主な敗因を、ヒスパニック(中南米)系など少数派の取り込みに後れを取ったと総括した」ことを指摘し、「共和党は前回選挙の教訓を忘れてしまったのだろうか」と締めることで、あたかもメキシコ国境の「壁」は、アメリカで選挙権のあるヒスパニック系の反発を得るかのような解説をしている。
 このようなヒスパニック系の理解は間違っている。というのは、アメリカ人の平均に比べても、アメリカで選挙権のあるヒスパニック系はメキシコ国境に壁をつくることに賛成しているからだ。壁がつくられることに反対なのは、アメリカに住んでいない、将来アメリカに移住しようかと思っているメキシコやニカラグアなどのヒスパニック系であって、移住してしまったヒスパニック系の人達は、むしろ、これらの人に来てもらいたくないと考えている。ちょっと考えればすぐ分かると思うのだが、このような人達は自分の祖国が嫌だから抜け出したのである。祖国に対して多少の感情は有しているかもしれないが、アメリカと祖国でアメリカを選んだ人達なのである。しかも、人によっては命がけで脱出したような場合もあるだろう。
 そして、アメリカで無事、生活できるようになっても、人種差別等でなかなかアメリカに同化することは難しい。その同化の努力をしている中で、同朋とアメリカ人に思われているような人達が、アメリカの顰蹙を買うのは迷惑以外の何物でもない。アメリカで生活しているヒスパニック系にとって、新たに移民してこようとするヒスパニック系の人々は自分達にとって邪魔者以外の何物でもない。もちろん、自分達の家族や親戚、友達などの移住は協力したいと思っているが、それ以外のマジョリティに対しては反対なのである。
 そういう深層が分からずに、トランプを批判しているだけでは、なぜあれほどトランプが支持されているかが分析できる訳がない。

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ル・コルビジェの建築は格好良くない [都市デザイン]

 「ル・コルビジェの建築作品」が、7月17日の世界遺産委員会によって世界文化遺産に登録されることが決定された。日本にも上野に氏が設計した国立西洋美術館があるので、これは東京都23区内で初めての世界文化遺産登録となった。
 地元やメディアは結構、騒いでいるが、私はどちらかというと登録までの運動が始まって15年もかかったことや、2度も落選していることの方が気になっている。デッサウやヴァイマールのバウハウス建築群や、リートフェルトのシュレーダー邸、ミース・ファン・デル・ローエのトゥーゲントハット邸、ブルーノ・タウト等のベルリンのモダニズム集合住宅群、ベルギーのストックレー邸といった近代建築がすんなりと決まったことを考えると、何かル・コルビジェには欠けたものがあるのではないか、と邪推したりしている。もちろん、ル・コルビジェというシステムとして国を越えた世界遺産登録を目指したためにハードルを高くしたということはあるかもしれないが、サヴォア邸単体では難しかったためにシステムとして目指したのではないか、と穿った見方をしている自分がいる。
 日本ではル・コルビジェは神的な位置づけをされているが、私は世界水準では、近代建築を広めた功績は疑う余地もないが、それほど建築家として評価されていないのではないだろうかという極めて不遜な仮説を有しているのだ。それは、日本では建築的なことを一切、勉強せずに90年代にアメリカの大学院で学んだということの影響が大きいかもしれない。アメリカ、というかクリストファー・アレキサンダーのいたバークレイ校では、ル・コルビジェはほとんど過去の人であった。もちろん、その過去の功績は評価されてはいたが。
 さて、しかし、私がル・コルビジェで最も気になるのは、彼のつくる建築が格好良くない、ということである(ああ、書いちゃった)。まあ、こういうことを書くと、あちらこちらから総攻撃、総批判を受けそうであるが、これはボブ・ディランの曲はあまり好きでない、とかカレーうどんはあまり好きでない、というのと同じような極めて感性的なものである。ただ、素直に小脳感覚で格好いいと思えないのだ。
 国立西洋美術館とかは最たるもので、むしろ目の前にある弟子の前川圀男の東京文化会館の方が格好いいと思える。ロンシャン教会もさすがに中に入ると、その光のデザインは素場らしいと感心するが、外観は醜悪なカタツムリのように見える。シュツットガルトのヴァイセンホーフ・ジードルングでも、印象に残るのはJ.J.Pオードとミース・ファン・デル・ローエの集合住宅であり、コルビジェのものではない。
 近代建築の巨匠と比べても、ミース・ファン・デル・ローエの作品群が圧倒的に批判の余地をもたらさない完璧性を備えていることや、フランク・ロイド・ライトのユークリッド幾何学と芸術との融合といった存在感のようなものを有していることに比べると、なんか今ひとつだな、という勝手な素人の感想を抱いているのである。
 素場らしい建築と出会うと、崇高な音楽が流れているような凛とした空気を纏っていると感じることがある。ガウディやドミニク、オットー・ワグナー、I.M.ペイ、ルイス・カーン、ザハ・ハディドなどの建築がまさにそうである。それは、人の内なる詩情をかき立てるような、建築空間が個人の感性を喚起させるような効果である。それは、優れた音楽を聴いていても、美味しい料理を食べても感じるようなインピータスである。そして、ル・コルビジェの建築では、そのような揺さぶられるような感動を個人的にはほとんど受けたことがない。まあ、強いていえばロンシャンの内側に入った時かな。この時は、フランス人の観光客が撮影禁止であるにも関わらず、フラッシュをばんばん炊いて写真を撮っていたのに怒ったことがあることを覚えている。フラッシュでこの光の空間を台無しにするなよな、というのと、フラッシュ焚いたらこの光の美しさが、写真に収められないじゃないかアホ、という怒りを覚えていたからだ(私は規則を守って内部の写真は撮っていないので、その素晴らしさは写真で示せない)。
 とはいえ、このように感じるのは私だけなのだろうか。まあ、ただに主観的な好き嫌いのレベルであるとは思うのだが、私は他の人の多くも大脳でル・コルビジェの建築を好きだと言っているような気がしてならない。それは、英語が聞き取れないのにボブ・ディランの歌が素場らしいと言っているのや、ミシュランの三ツ星の料理の味がよく分からないのに美味しいと言っているようなのと同レベルかもしれないなあ、と思っている自分がいる。つまり、本当はそんなに格好いいと思っていないのに、ル・コルビジェだから格好いい、ととりあえず言っているような、そういう印象である。私の感性は、ル・コルビジェの建築を格好悪いと言わせている。まあ、そういうことを言うと、何も分かっていない、とか素人が偉そうに言うな、とか言われそうなので、あまり言わないのだが、また、世界遺産登録でル・コルビジェの無批判的な絶賛があちらこちらで起きそうなので、とりあえず水を掛けてみる。焼け石に水ですが。

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(ロンシャンの教会で記帳している人の半数が日本人という異常)

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(ヴィッセンドルフ・ジードルングでのコルビジェの作品)

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(同じヴィッセンドルフ・ジードルングでも個人的には、J.J.Pオードの住宅の方が好みである。この写真は今ひとつですが)
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江弘毅『街場の大阪論』 [書評]

「所謂「まち」あるいは「まちづくり」についての話は、そのスタンスが経済軸からのものであるのと、そうでないのではぜんぜん違った内容になってくる。すなわち街を「消費の場」および「ビジネスの場」としてとらえるのか、あるいは「生活の場」や「遊びの場」として見るのかの違いである。」
 伝説的なまち情報誌「ミーツ・リージョナル」の編集長を長年、務めた著者の視点は、圧倒的に後者である。まちを消費の対象として分析し、カテゴライズする世の中の流れで、まちの魅力が分かるないやろ、と言う彼の舌鋒は鋭い。消費の記号といった表層論では捉えられないまちの魅力を、論理的に解説する彼の考えに触れていると、自分もまちで何かしたくなるような気分にさせられる。本書は、まちを消費の場、ビジネスの場にさせてなるものか、といった気持ちを高揚させるアジテーション的な役割も果たしていると思う。


街場の大阪論

街場の大阪論




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