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『私がくまもんの上司です』 [書評]

くまもんのことを知りたくて購入したのだが、くまもんの上司である蒲島熊本県知事の話が中心であった。くまもんのことも書いてあったが、本の全体の1/3程度である。実際、このような内容であることを事前に知っていたら買わなかったかと思うが、この蒲島知事は相当、ユニークな政治家であることが分かった。ということで、本自体の感想は、読んでも損でない、というかむしろ面白かった。また、くまもんの上司であるこの知事は、相当の切れ者である、ことも分かった。政治家の自伝書は眉に唾つけて読まなくてはいけないとは思うが、それを踏まえても面白い政治家で、私はちょっと興味を持ちました。




タグ:くまもん
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セブン・イレブンおでん部会 [書評]

 この本は読んでいるとイライラしてくる。まず、タイトルは「セブン・イレブンおでん部会」であるが、おでんの話は9章中、1章だけであった。看板に偽りありだ。基本、この本は、セブン・イレブンがいかに加工食品の商品開発に力を入れているか、ということを手放しで絶賛している。絶賛のオンパレードである。確かにセブン・イレブンはその商品をよくするために一生懸命、努力をしていることは本書からもよく伝わってくる。その企業体としての姿勢は素場らしいものがあるなとも感じる。
 しかし、セブン・イレブンというコンビニエンス・ストアが、そこまで加工食品の商品開発に力を入れる必然性が社会にあるのか、というか、コンビニエンス・ストアに美味しいおにぎり、おでん、パンなどを期待するという社会は圧倒的に非効率で食文化的には貧困な社会なのではないか、という思いを、本書を読めば読むほど、強く抱いてしまうのである。あまり強く思ってしまったので、最後まで読み通すのが苦痛であったぐらいである。
 おでんは、おでん屋がつくればいいのである。美味しいメロンパンはパン屋がつくればいいのである。美味しい蕎麦を食べたければ美味しい蕎麦屋に行けばいいのである。コンビニエンス・ストアが我々の消費生活を豊かにしているのは異論がない。私もよく使う。しかし、おでんもメロンパンも蕎麦もおにぎりも買わない。いや、絶望的にお腹が減った時は、おにぎりは買う時があるのと、登山をする時にもおにぎりを買ったりはする。しかし、それ以外は買わない。
 なぜなら、おでんはおでん屋の方が遙かに美味しいし、家でつくったものの方が美味しいし、蕎麦も遙かに蕎麦屋、もしくは家で茹でた方がはるかに美味しいからである。サンドイッチもそうである。私が家でさささっとつくったサンドイッチは、セブン・イレブンのサンドイッチよりはるかに美味しい。なぜ、冷やし中華を家でつくらないで、コンビニで買うのだろう。いや、外食食べるから、という人がいるかもしれないが、そこらへんの中華料理屋で食べた方が絶対に美味しい。それは、料理を提供するという形態(注文してつくるのと、既製品としてつくられたもの)の圧倒的な越えられない差である。
 私はたまに他の郊外とかにある大学とかの会議や打ち合わせで、コンビニ弁当を食べざるを得ない時があるが、その時ほど食欲がなくなる時は滅多にない。そして、100%不味い。美味しいコンビニ弁当を食べたことは、サンプルは少ないが、一度もない。崎陽軒のしゅうまい弁当の方が遙かに美味しいと思う。
 まあ、他人がコンビニで何を買おうが構わないが、本書を読んで私が強く思ったのは、コンビニエンス・ストアが我々の消費生活を豊かにしようとすればするほど、我々の少なくとも食事のレベルは悪くなっているということである。
 最後にこの本は鈴木敏文会長と取材をしているが、この部分だけは読む価値がある。
最後まで苦痛をこらえて読んだことが、ちょっと報われた気分になった。 

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なぜか中国人を蔑視する大学生 [グローバルな問題]

 私の学生で、なぜか中国人を蔑視する女子学生がいる。なんか中国人は著作権を無視して、なんでもコピーをしたり、ちょっとずるいことをしたりする人というイメージがあるようだ。私は53年間過ごしてきて、そのうち海外でも8年間ほど過ごしたので、多くの中国人と知り合ったが、当たり前であるが中国人にもいい人と悪い人、正直な人と嘘つきな人がいる。そして、これはいい加減な推測だが、平均的にみると日本人より中国人の方が人がいい、というか信用できるという印象を持っている。どちらかというと、日本にいる中国人は、台湾や本土の中国人より信用できないといった傾向もあるような気がするが、もしそういう傾向があるなら、むしろ日本の社会環境が要因のような気もする。
 そもそも歴史的にみれば、日本人は漢字を始めとして、国家制度やお伽噺(たなばたとか)まで中国の真似をしてきたので、その日本人に「何でも真似しやがって」と言われる中国人はたまったもんじゃないな、と思ったりもする。
 この女子学生はとてもチャーミングで、性格もいい子なので、この歪んだ人種差別はとっても残念なのだ。どうにか、その考え方がおかしいということを教えてやりたいのだが、ストレートに言っても逆効果かもしれないので、ちょっと悩ましいところである。また、どうして、そういう歪んだ考えを持つに至ったのかも気になるところだ。

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メキシコに驚くほどの高峰があることを飛行機から見て知る [地球探訪記]

 メキシコ・シティからハバナまで飛行機に乗ると、航路の南側に8月下旬であるにも関わらず雪に被われたとてつもない高峰が見えた。最初は山のような形状をした雲なのかと思っていたが、飛行機が近づくにつれ、間違いなく雪を被った山であることが分かった。それも富士山のような単独峰であり、凄まじい存在感を放っている。メキシコにこんな高い山があるとは恥ずかしながら知らなかった。
 ハバナに着いてネットで検索すると、それはオリサバ山であることを知る。標高は5636メートルという高さである。原住民は「雲に達した地面」と呼んでいたらしい。メキシコの最高峰であり、北アメリカでもマッキンリー山とローガン山に次ぐそうだから、大した山である。キリマンジャロに次ぐ高さの火山でもあるそうだ。
 こんな立派な山がメキシコにあることを知らなかったのは、無知の誹りを免れない。しかし、旅行をすると、そういう無知を克服する機会がたくさん転がっているので、そういう意味では人間のスケールを大きくさせてくれる。だから、なかなか旅は止められない。

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メキシコの国土は緑色だ [地球探訪記]

キシコ・シティとハバナの間を飛行機で往復したのだが、飛行機からの光景がずっと緑の絨毯のように広がっているので、ちょっと驚いた。こんなにメキシコが豊かな土地であるとは思っていなかったからである。どちらかというと、テキサスやアリゾナの延長線上で、乾燥した土地がずっと広がっているのかと思った。メキシコの国旗の緑色は「民族の運命における国民の希望」を示しているそうだが、この豊かなランドスケープの緑色は、まさに国旗の緑色と同じ色である。
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キューバを訪れた [グローバルな問題]

キューバを訪れた。一番の理由はアメリカと国交が回復したことで、これは相当のスピードで変わってしまうだろうから、その前に見ておきたいというのがあったし、また、世界遺産のオールド・ハバナの建築などをどのように保全しているのか、色彩豊かな建築群のペンキの色とかにルールがあるかなどを調べたかったということもある。さらに、キューバは都市農業が随分と進んでいるので都市のサステイナビリティを考察するには多くの知見を提供してくれるだろうと期待したためである。
 さて、しかしアポを取ることに非常に難儀した。最初は、アメリカの知り合いでキューバ出身の先生がいたので、彼女にメイルを送った。彼女は親戚がキューバの都市デザイン業務のトップであり、すぐ連絡をする、と言ってくれたので大船に乗ったような気分でいた。しかし、彼女が連絡をしてくれたら、この親戚は重病に入院中であり、また、もう1人のその方面の専門家の知り合いは亡くなっていることが分かった。それでも、ちょっと彼女のコネに依存していたのだが、どうも亡命者の彼女に対して、キューバは全般的に冷たいことが判明した。彼女も随分と困惑しており、逆に悪いことをお願いしてしまったと悔やむようなことになってしまった。
 とはいえ、何もアポも取れずに行くのも不味い、ということで、どうにかハバナで留学生をしている人を探し出し、彼女を中心に捜してもらったり、キューバ大使館経由でもお願いしたりしたのだが、そこで判明したのは就労ビザを取得しないといけないということであった。その時は既にツーリスト・カードを申請していたのと、その時点から就労ビザを取得しても、私はキューバに行く前にブラジルやメキシコに行くので、これは日本を出国する日には到底間に合わなかった。
 それでツーリスト・カードでどうにか取材に応じてくれる組織を探そうとしたのだが、国家組織はすべてアウトで、NPOもパスポートコピーなどを送ったりしたのだが、結局断られた。こういうところは、やはり社会主義の国家である。
 そのため、現地に行っていろいろと疑問は湧いたのだが、それらの答えは得られることは残念ながらできなかった。ということで非常に中途半端なキューバ訪問になったが、アメリカ人が多く来る前のハバナを体験できたことは価値があったと思われる。また、そのうち機会があったら、次回はしっかりと就労ピザを取得して行きたいものである。現地の人で知り合いができたのは、ちょっと今回の成果でもあろう。


タグ:キューバ
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ハバナのあるバーに三日、連続して通う [地球探訪記]

 ハバナはバーとカクテルが有名である。ハバナは、革命前はアメリカ人のリゾート地として非常に享楽的な都市と化した。そして、多くのバーが立地したが、そこの常連として最も有名だったのはヘミングウェイである。ヘミングウェイがよく通ったエル・フロリディータ、ラ・ボデギータ・デル・ミディオ。私はハバナに4泊したので、ハバナに着いた時は、これらのバーに行くだろうなと思っていた。
 さて、しかし初日こそ疲れていたのでホテルで食事をしてしまったのだが、それ以外の3夜はすべてバーに行ったにも関わらず、上記のような有名なバーではなく、違うバーに通ってしまった。しかsも、すべて同じバーに行ってしまったのである。というのも、このバーがあまりにもよかったからである。いや、一つのバーにしか行っていないので、比較もできないのだが、我々の期待を十分に満たしていたので、上記のように『地球の歩き方』に載っていて、観光客が多くいて入るのにも苦労するバーに行く気が起きなかったということもある。
 それでは、我々が3夜も連続して行ったバーはどんなバーかというと、『Sloppy Joe』という店である。この店の雰囲気は抜群であり、しかも我々が宿泊していたホテルから近かったということ、また何故か、中心部にホテルから行こうとするとこのバーの前を通らなくてはならず、3日目は知り合いになったマスターと店の前で会ってしまったのでそのまま他店に行くこともできず、この店に入ってしまったということもある。しかし、それも「仕方ない」というよりかは、三度、この店に来られる理由ができて嬉々とした感じで入ってしまった。サービスは日本のバーのようにはよくないが、酒もしっかりしているし、料理もハバナの他の店に比べるとずっとクオリティが高い。後で知ったのだが、ハンフリー・ボガートが通っていた店であったそうだ。確かに、映画『カサブランカ』的な印象がするバーであった。上記のヘミングウェイ関連のバーを訪れた後に、ちょっと余裕があればここに来ることをお勧めしたい。
 まあ、ということで4夜もハバナで過ごしたのに、結局、入ったバーはホテルのバーとここだけであった。

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(ダイキリ、砂糖抜き)

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(三日連続して通った仲間達)
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ハバナ・クラブ博物館 [地域興し]

オールド・ハバナ地区にあるハバナ・クラブ博物館を訪れる。ハバナ・クラブとはキューバ製造されているラム酒である。1878年からつくられているのだが、元のオーナーは1959年のキューバ革命で亡命して、国有化される。その後、1994年にフランスの会社との合弁事業を行うこととし、現在はハバナ・クラブ・インターナショナルという会社が経営をしている、2011年の販売総数は380万ケース以上ということだからなかなかのものだ。
 ハバナ・クラブ博物館はオールド・ハバナ地区のウォーターフロント沿いの18世紀につくられたコロニアル・タウンハウスの建物をリノベーションしたところにある。階高のある3階建ての建物で、1階はお洒落な中庭のパティオが印象的である。どのようにラムがつくられるのか、その製造過程の展示と、またラム工場周辺のジオラマはいかに鉄道がラムをつくるのに使われていたかがよく理解できる。
 キューバという風土がラムをつくりだし、ラムが数々のカクテルをつくりだしたことが分かり、キューバとさとうきび、ラム、カクテルといった関係性が見えてくるなかなか有意義な展示が為されている。そして、当然、ハバナ・クラブの商品ラインアップの説明も受け、ハバナ・クラブ通にもちょっとなれる。最後にテースティングもさせてくれるが、ストレートで飲むラムは強烈で喉がカッカする。ガイド英語は非常に流暢であった。キューバ人の英語力は一般的に驚くほど高い。やはり、これも教育レベルが高いことの反映なのだろうか。

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(ジオラマの展示はなかなか迫力がある)

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(若い女性のガイドは英語も流暢)

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(1階のパティオ)

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(博物館の外観)

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ハバナの革命博物館の展示では、CIAはISのようだ [グローバルな問題]

 ハバナに革命博物館がある。キューバがいかに革命を成功させたのか、そのプロセスが分かりやすく、しっかりと展示されている。ここでも二大スターはカストロとゲバラである。そして敵はアメリカだ。特にCIAの極悪非道ぶりがしっかりと説明されていて、展示をそのまま真実だとして捉えると、まるでイスラム国のようである。確かにゲバラなどを暗殺したのはCIA部隊であるから、キューバ側から解釈すると、CIAはとんでもない敵ということになる。最近でも、グラナダ侵攻とかアメリカは本当に自国の利益しか考えていない。このアメリカと同盟を結ばざるを得ない日本というのも随分と因果な国であると、革命博物館の展示をみて思ったりしたが、その是非はともかくとして、国(例えばキューバ)によってはこのように敵対的に思われているというアメリカという国と同盟を結んでいるという事実はしっかりと認識しておいた方がいいと考える。

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(アメリカの大統領などがぼろくそに説明されている)

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(革命博物館)
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ハバナ名物のクラシック・カー [地球探訪記]

 キューバのハバナ名物は、チェ・ゲバラ関連の施設、ヘミング・ウェイゆかりのバー、ハンフリー・ボガートを始めとするハリウッド・スターゆかりのバー、それらのバーにて提供されるハバナ・クラブのラムなどをベースとしたカクテル、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブなどで最近また広く世界的に知られるようになったキューバ・ミュージック、植民地時代の歴史建築物からなる街並み、そしてクラシック・カーであろう。
 このクラシック・カーはほとんどが公営ではなく、個人経営のタクシーとして利用されている。私は2台のクラシック・カーのタクシーに乗った。二台目に乗ったタクシーの運転手は、運転がとても丁寧で、しかもこのタクシーを紹介してくれた現地の人によると、キューバ人としては珍しく時間に正確である、ということなので、それ以降は空港から出発するまで、この運転手のタクシーで移動した。
 この二台にしか乗っていないので、あまり一般論として論じることは気が引けるが、まず言えることは、想像を絶したボロさ加減ということである。まず、ドアを開けるのには相当のコツがいるので、運転手に開けてもらうことになる。窓を上下するのも、ほとんどレンチで回すようにしなくてはいけず、これもコツがいる。メーターの類はほとんど機能していない。また、排ガス規制などをしていないので、乗っているだけでその煙でむせてくる。油の匂いも随分とする。一台目の車は、特に何も聞いたりすることはできなかったが、二台目に乗った車は1955年製のオールドモービルで黒色、テールフィンがついたアールデコ的なデザインの格好いい車であった。スピードは全然、出ない。というか、出したらそのまま分解しそうである。シートベルトの類は一切ない。
 それでも、アートデコのデザインが為された動かない時計、動かないスピードメーターなどは独特な空間をつくりあげていて楽しい。運転手は別にこのような車に乗りたいわけではなく、他に車がないために仕方なく使っているのだが、そういうこともあり、非常に丁寧に、大切に管理をしているそうである。代替することができないということは、人々のその所有物に対しての行動形態を大きく変える。
 居心地も悪く、安全性も低く、燃費も悪い、このようなクラシック・カーに、我々をはじめとした観光客が好感を抱くのは、そのノスタルジックな時代性を感じさせるだけでなく、その運転手達が大切に扱おうとするその心に共感を覚えるからではないだろうか。
 
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キューバの都市有機農業 [サステイナブルな問題]

 キューバの都市有機農業を視察する。最初に訪れたところは、新市街地が西に行ったところにある住宅地内にある農地であった。カーロスさんという方がもう1人とで営んでいる農地で、レタス、数多くのハーブじゃがいもなどを始め、極めて多種多様な野菜をここでつくっていた。キューバの有機都市農業はソ連崩壊に伴う経済危機によって普及をするのだが、カーロスさんはそれ以前から、ここで農業を営んでいたそうである。どこかに卸すのではなく、農地の前に設置された露店で売られている。購入するのはほとんどが近隣の住民である。そして、それで生計を立てることができるそうである。農地の規模はおよそ3ヘクタールぐらいであろうか。
 次に訪れたのは、ローランド・オオエさんという方が営むところで日系二世の人であった。生憎、強い雨が降ってきたので農地ではなくオオエさんの自宅で色々と話を聞かせてもらった。彼はずっとヘリコプター技術士であったが、7年前に農業をすることになる。これは、ヘリコプター技術士では食べるものにも困るからだそうだ。農業をすれば食べることに困らない。ヘリコプター技術士はエリートなのではないですか、と驚く私に通訳をしている方が、「キューバでは医者とか技術者とかのプロフェッショナルが一番仕事とお金がなくて困っているような状況にあるのです」と憤慨するように言った。
 経済が破綻すると、人々は生きていくうえでの最低限の食糧を確保することを優先する。そして、その食糧を提案できるところに数少ない資源が集中される。その結果、ヘリコプター技術士や医者といったプロフェッショナルな人よりも、農家の方がお金を得られることになる。恐ろしく皮肉な事態ではあるが、経済危機というのはそういう状況をもたらすということなのであろう。
 オオエさんの先祖は新潟新発田の出身だそうだ。彼は我々に珈琲と農地で採れたマンゴからつくったマンゴ・ジュースをご馳走してくれた。マンゴ・ジュースは信じられないくらい美味しかった。新鮮であるからだろうが、よくブラジルとか、ここハバナのホテルで出されるマンゴ・ジュースとはまったく別物の味がした。
 オオエさんは、我々が訪れた時、ソ連製のオートバイを自分で修理をしていた。技術者としては相当の腕を持っているのであろうと推察する。いろいろと難しい問題をキューバが抱えているのは確かであるが、経済危機を都市にて農業を行うことである程度は克服することに成功した。その点に関しては肯定的に評価してもいいと思うし、日本も近いうち、似たような経済危機に直面した時、パニックするのではなく、キューバの経験から学ぶべきであるとも考えた。というのも、我々を歓迎してくれたオオエさんが極めて大らかで、なんか泰然自若としているように見えたからである。私も菜園レベルからでも農業的営みをすべきであるな、と強く思わされた。

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(都市農業の農地)

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キューバへの海外観光客が最も多い国はカナダ [グローバルな問題]

 ハバナのホテルの滞在客の多くは英語をしゃべっている。ホテルの従業員も流暢な英語をしゃべる。これは、やはりアメリカ観光客が多いからかと思っていたが、実は私がアメリカ人観光客だと思っていた人達はアメリカ人ではないことが分かった。キューバの海外観光客を国別で多い順に並べるとカナダイギリスドイツフランスとなるらしい。その後はスペイン、アルゼンチンだそうだ。人の話なので、まあ信憑性はそれほど高くはないが、少なくともアメリカ人観光客は相当、少ないようだ。
 しかし、9月1日からはアメリカからの航空便がどどっと入ってくる。なんと、いきなり20便だそうだ。アメリカ大使館も60年ぶりに設置される。我々も新しいアメリカ大使館の前を車で通った。そういう意味では、アメリカ人観光客に侵食される前のハバナを体験することができたのかもしれない。
 

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オールド・ハバナの色は原則4色 [都市デザイン]

オールド・ハバナの街並の色は鮮やかである。しかし、先日訪れたグアナファトとはちょっと違う。グアナファトの方が、はるかに色彩が多様である。グアナファトをフルオーケストラと例えると、オールド・ハバナはジャズ・カルテットという感じか。なぜなら、原則として4色が使われているからだ。
 この4色とは、鮮やかな水色、エメラルド・グリーン、渋い感じのサーモン・ピンク、そして薄黄色である。まるで、パレットの絵の具がこの4色にないかのように、似たような色で建物が塗られている。そして、隣同士は違う色で塗る傾向がある。
 グアナファトでみたような深緑、黄緑、ショッキング・ピンクなどの色はない。また、全般的に色が煤けているように見えるのは、ペンキを最後に塗ってから時間が経っているのだろうか。
 さて、しかしグアナファトを訪れたので、それほど感動はしていないが、それにしても、オールド・ハバナは色鮮やかであるのは間違いない。全般的な街並みは、マイアミというよりかは、ニュー・オリンズのフレンチ・クォーターを彷彿とさせる。おそらく時期的に開発されたのがフレンチ・クォーターに近いからではないだろうか。カリブ海沿いの都市文化を共有しているのではないか、という勝手な憶測をしながら街を見て歩く。
 オールド・ハバナは商業的な活動も盛んのように見受けられる。外国観光客が多いからかもしれないが、資本主義の都市との違いがあまり感じられない。感じられるとしたら車か。確かに車はクラシック・カーが多く走っており、クラシック・カーのマニアには堪らない魅力だろうな、と思ったりする。
 私は旧社会主義の都市、特に東ドイツの都市を研究してきたが、それらの都市の社会主義時代の建物は灰色であった。これは、社会主義というのは人の個性とかを優先しないので、人の色彩の好みとかも非効率であると捉えたからである。それでも、ちょっと色がついた社会主義団地もあったりしたが、それらの背景をきくと、中央政府から離れていたために、あまり管理が行き届かなかったので、その間隙を地元の建築家が突いたのだ、という説明を聞いて、うんざりしたことがある。社会主義はやっぱり嫌だな、とその話を聞いて強く思った。それに比して、ここキューバは社会主義であるのに色彩豊かである。多分、人々の色への憧れ、色への情熱といったものを肯定したからキューバの社会主義はまだ維持されていて、旧東ドイツは失敗したのではないか、と思ったりもした。
 いや、しかし、もっと根源的な風土的な違いもあるかもしれない。この太陽の日照りの強さに灰色はあまりにも似合わない。この日照りの強さを賛美するには、鮮やかな色彩が一番しっくりくる。
 
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キューバでは両替ができるのはドルとユーロだけであった。 [地球探訪記]

 キューバに来た。事前にネットで調べると、キューバで両替できるのはユーロ、カナダドル、メキシコペソ、米ドルであることが分かった。そのネットの記事では、米ドルはレートが悪いと書いてある。メキシコからキューバにアクセスしたこともあり、メキシコペソを買い込んだ。そのうち、半分をメキシコ空港で両替した。3万円ちょっと相当である。残りの3万円はキューバで両替をしてレートの比較をしようと思った。ハバナの空港に着いたら、なんと両替をしてくれる場所がなかった。これは、ちょっと計算違いだし、私が事前に調べていたネット情報とも異なる。まあ、昔あったのが現在はなくなったのかもしれない。とにかく、なかった。どうしよう、と思っていたらホテルで両替してくれるわよ、とインフォメーション・センターのおばさんに言われる。ということで、ホテルに向かった。ちなみに、メキシコでキューバCUCを買っておいて本当によかった。タクシー代にも困るところだった。
 さて、ホテルは英語が完全に通じる国際的なホテルであったが、なんとメキシコペソは買ってくれないと言う。アメリカドルかユーロ。なんとカナダドルもダメなのだ。どうも、メキシコペソは最近、随分と下落したので見放されたようなのだ。しっかりして欲しい、メキシコペソ。それは大変、困った。そもそも3万円近くもこのためだけにメキシコペソを持っているのに、まったく無駄なことだ。途方に暮れていると、銀行だったら買ってくれるかも、というので銀行の場所をきき、そちらに向かう。しかし、18時までやっていると言われた銀行は17時前だったが既にしまっていた。
 幸いなことは明日は土曜日だが銀行はやっているそうだ。ということで、まだ希望は捨ててはいないが、キューバに行く人はこの点はよほど気をつけた方がいいかと思う。


民芸品市場でメキシコペソで両替ができた


タグ:キューバ
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キューバのオールド・ハバナで葉巻詐欺に遭いそうになる [地球探訪記]

 キューバオールド・ハバナを歩いていると、親しげな顔をして英語で話しかけてきたおじさんがいた。ちょうど、両替所を探しているというと、こっちにあるから教えてあげる、と言う。一緒に行っていってやろう、というので、これは有り難いとついていく。歩きながら、彼は「葉巻に興味はないか」と聞いてくる。我々は、「興味はないことはない」といったら、「それはいい。今日は月に二回だけ、安く卸す日だ。そこに連れて行ってやろう」という。まあ、葉巻はともかく両替所は重要なので一緒に歩いていたが、私は連れの人に「ちょっと怪しいかもね」などと言うと、この彼は日本語が理解できるかのように、我々を振り返って「私は全然、怪しくない。私は、ホテルで働いているし、そこまで連れて行ったら私はすぐ別れるから。」という。お金も持っているし」と言って丁寧に財布の中身まで見せてくれる。そして、「今日は家族と一緒にビーチに行くんだ」と言って、財布の中の娘の写真までみせてくれる。ヴィクトリアというらしい。
 ホテルで働いているから英語が流暢であるのか、とこちらも納得して、信用する。さて、300メートルぐらい歩くと、「あそこの市場のようなところに両替所がある。こっちで葉巻が買える」と言って、番人が立っている建物に連れて行く。この彼は、番人とちょっと話をした後、別れを言って去っていった。番人が立っているというだけで、これはめちゃくちゃ危険である。我々は、ホテルマンという彼がちょっと離れた後、番人に「ちょっとお金を両替したらまた来るから」と言って、そこを去ろうとすると、番人は「いやいや、とりあえず中に入りなよ」と言ってくる。これはますます怪しいと思った我々は「いや、お金を両替したら戻ってくるから」と返して、その場を立ち去った。
 市場に行くと、確かにそこには両替所があって、ようやくメキシコペソをCUCに両替することができた。これに関して、彼は嘘をついていなかった。
 あの場所に入ったら何が起きたのだろうか。まあ、結構怖い思いをさせられたであろう。少なくとも劣悪な葉巻を法外な値段で買わされたであろう。今、振り返ると、いきなり「私は怪しくない」と弁解したことなど、後ろめたい気持ちがなければあり得ないのだが、とても愛想がよくて人がいい感じなので、思わず騙されるところであった。よく「地球の歩き方」に、こういう詐欺事件が紹介されているが、実際、体験すると、これじゃあ、騙されてしまうよな、というほど人がいい感じなのである。また、その出会いが偶然である、ということが、そのような詐欺師を信用してしまうのではないだろうか。
 人を見たら泥棒と思え、という考えで活動していると、あまり観光自体を楽しむことはできないが、やはり観光客はヴァルナブルな存在であるので、その点は強く自覚しなくてはならないと思わせられた。

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空港内のホテルに泊まるメリット [地球探訪記]

 メキシコ・シティでは空港内のホテルに泊まった。空港内のホテルは都市を楽しめないので、私はあまり好きではなかった。しかし、今回は大正解であったと思う。幾つか、そのメリットを箇条書きで整理したいと思う。
1)まず、メキシコ・シティ空港に到着してすぐ荷物を預けられるのが楽である。メキシコ・シティ空港から都心部までは時間距離が長い。専用バスレーンを走るバスで1時間はかかる。タクシーに乗ればもっと早いだろうが、それでも道路渋滞は大変であるし、タクシーに乗るのがストレスである。
2)他のメキシコ内の都市等に行くのに便利。今回はグアナファトに日帰りで行ったが、空港内のホテルに泊まったこともあって、朝6時20分発、夜22時着の飛行機でも特に問題なく行くことができた。6時20分発だと5時30分には空港にいたいが、その時間に空港に到着しようとすると相当のストレスを覚えると思うのである。空港に着いた時はさすがに披露困憊であったが、着いてすぐホテルに戻れるというのは本当に助かる。
3)メキシコ・シティ空港は空港内施設が充実している。特に為替交換所や銀行があるのは助かる。レストランも割高ではあるし、そんなに美味しいところはないが、とりあえずしっかりと食べることもできる。コンビニもある。よく「都市の中の都市」という形容がなされるが、このメキシコ・シティ空港こそは、「都市の中の都市」であるという印象を受けた。
4)都心との接続も悪くない。タクシーはちょっと面倒くさいし、地下鉄はちょっと歩かなくてはいけないが専用レーンを走るバスであれば空港に直結して停泊してくれるので有り難い。私はほぼこのバスで都心に行き、都心から戻ってきた。
 ということで、メキシコ・シティのような大都市で公共交通の便が(改善は随分とされたが)それほど優れていないような都市においては、空港で宿泊することは相当、便利であると感じた次第である。問題点はターミナルが2つあって、それぞれ離れていることだが、ホテルだとシャトル・バンのサービスもしてくれるのでこれも嬉しい。
 ただし、このように空港内ホテルが便利であるのは、やはり都市的機能が充実しているからだと思われる。さらには、鉄道といった陸上交通が不便で周辺の都市に行くのに飛行機を使わざるを得ない、というか飛行機の相対的利便性が極めて高いから使えるのではないかとも思われる。
 しかし、このように考えるとサンパウロ空港などはホテル利用が便利かもしれない。だけど、サンパウロはホテルに直結したホテルは確か、ないんだよね。こういうところがブラジルの不思議なところである。経済的合理性が働かないのだ。

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フランシスコ・マデロ・アベニュー [都市デザイン]

 フランシスコ・マデロ・アベニューという通りがメキシコ・シティの中心部にあり、そこが最近、自動車を排除して歩行者専用道路にしたらしい。大きくみればコペンハーゲンのストロイエやら、クリチバの花通り、などの流れを汲んではいるが、どちらかというと最近のアメリカの「ニューアーバニズム」などの都市デザインの流れを踏まえた第二の「公共空間の人間化」の文脈に位置づけられると思われる。
 ニューヨークのブロードウェイの歩行者天国化、ハイライン、ロンドンのエクスポジション・ストリート、マドリッドのマンザネラス川沿いの歩行者空間化マドリッド・リオやソウルのチョンゲチョン川、ボストンのビッグ・ディッグといった文脈で捉えるべき事例であると思われる。実際、確認はしていないが、ハーバードのデザイン・スクールが関与したらしい。そういう意味で都市デザインのグローバル化の流れの一環としてつくられた事例であるとも捉えられる。
 さて、ということで、これは観なくてはならないと訪れることにした。「フランシスコ・マデロ・アベニュー」と検索して、地図をみると8号線のIztacalco駅の北側に東西に通じている道がある。こんな都心から離れたところに、歩行者専用同露を整備したのか。しかし、もしかしたらここはお洒落な地区なのかもしれない、ということでタクシーを拾ってIztacalco駅まで行く。周辺は、なんか庶民的なところで、高級住宅地という感じはしない。こんな地区にパイロット・プロジェクトをつくったのか、と興味深く思う。
 さて、Iztacalcoで下ろしてもらったのはいいが、そのような道らしいところは全然、見当たらない。困ってしまったのが、目の前が警察だったので、日本と同じように「道に迷ったら警官だろう」ということで聞いてみたのだが、まず英語が通じない。「そんな道はない」と言われる。これは不味いなあ、と途方に暮れたところ、目の前の地図に「Francisco I. Madero Avenue」と書かれているではないか。私はMaderaと言っていたので通じなかったようで、「マデロね」というような顔をされる。さて、ということで、このFrancisco I. Madero Avenueを目指したのだが、なんか、そのような道が見つからない。おかしいなあ、と何回か行き来したら、普通の別に歩行者専用道路化されていない住宅街の商店街のような通りであった。確かにバンプなどが頻繁に置かれていたり、歩道もちょっとランドスケーピングされていたりするが、これが都市デザイン事業を施した通りであるのだろうか。大いに疑問を抱いたまま、ちょっと写真を撮影したり、また定食屋に入ったりした。定食屋では、トルティージャを油で揚げたうえに、クリームソースをかけたような類のものであり、値段も150円程度のものであったが、実は他の1000円ぐらい取るレストランと比べてもずっと美味しかった。ちょっと水道水のメロンジュースを飲んだりしたこともあって、お腹を壊すかと心配したが、そういうこともなかった(私はお腹がそんなに強くない)。メキシコ庶民の暮らしの豊かさを知る。
 さて、これは期待外れだな、と落胆しつつ、都心部のソカロ地区に行く。そこで、文科省の建物の壁画などを見たりしてうろうろと歩いていたら、素場らしい歩行者専用道路がつくられていた。なんだ、これはと見たら「Francisco I. Madero」と書かれている。そうか、この名前の道は二つあったのか、とすべてが氷解した。
 この通りは700メートル。ソカロの広場とエジェ・セントラルとを挟んでいる。座る場所も多く設置されていて、これはバーリントンのチャーチストリート・マーケットプレイスを彷彿とさせる。チャーチストリート・マーケットプレイスはケビン・リンチがデザインに絡んだことで知られているが、まあMITとハーバードの違いはあるかもしれないが、同じボストンだし、そういう影響を受けているのだろう。ちょっと、現時点ではデザイナーが誰だか不明で書いているが、アメリカ的な都市デザインの匂いがプンプンする。2009年に自動車が排除されて、歩行者専用道路になったようである。
 都心部の目抜き通りであったようで、両側の店舗の多くは賑わっている。ちょっとヒップでバーナキュラー感はない。これは、メキシコ・シティのようにバーナキュラー感溢れる街にしてはもったいない気もする。
 東京もそうだが、メキシコ・シティも自動車を最優先に都市づくりが進展した。その結果、歩行者のアクセスは決して優れていない。特に、その都市のオリエンテーションに明るくない観光客にとってはなかなか厳しい都市である。
 そのような中、この通りは、メキシコ・シティにおいても歩行者がその都市への実権をふたたび取り戻したことを我々に知らしめる効果がある。その人通りの多さからしても、ここが成功したことは明らかであるし、私としてはメキシコ・シティにまで東京は遅れてしまっているのか、とちょっと悔しい気分になる。
 メキシコ・シティは12年前に訪れた時に比べて、ずっと人に優しくなっている。少なくとも空間構造や、アクセスにおいては格段に改善されていると思う。東京はどんどんと遅れを採っている。大阪京都が、国際的な人間中心の都市デザインの流れに乗りつつある中、依然として人ではなく、企業のための都市づくりが展開している。大きくターニング・ポイントを迎えることが、東京の都市競争力を維持するためには重要である。オリンピックをすればどうにかなる訳ではないのは、リオデジャネイロをみても明らかであると思われる。必要なのはイベントではなくてしっかりとした戦略である。

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メキシコ・シティのBRTシステム [都市デザイン]

 メキシコ・シティを12年ぶりに訪れる。12年前のメキシコ・シティも非常にいい印象を抱いたが、今回はさらにいろいろな面で都市がグレードアップされていることを知った。特に随分とよくなったな、と思われるのが公共交通、その中でもバスであった。ということは、以前はバスに乗ろうという気にはまったくならなかったが、今ではクリチバのようなバス専用道路を走るメトロバスが整備されている。バスのルートがしっかりと認識できるので、その都市に不案内のものでも利用しやすい。その結果、地下鉄よりずっと使うようになっている。前回は地下鉄だけで都市探検をしていた。
 どうも2005年に開業したそうだ。私が訪れたのが2004年なので、ぎりぎり間に合わなかったかということか。しかし、そのおかげでビフォア・アフターが印象論ではあるが比較することができる。
 バスのいいところは、街中をみながら移動できることである。そのため、街がどうなっているかが分かる。例えば、サカロの西側は電気街で東側は繊維街であることなどを知ることができるのである。そして、頻度が高い。バスは相当、混んでいて、日本の地下鉄のラッシュアワーを知っている私でも躊躇するぐらいの混み具合である。ただ、頻繁に来るので、2本ぐらい待つと比較的、空いたバスがやってくる。この専用道路を走るバスは車両が大きく、その収容人数が多い。これも嬉しい。
 路線は全部で6本。バス停留所は208。2013年の利用者数は90万人に及ぶそうである。バスの専用道路を整備したことと、車両の改善によって走行速度が向上したことで、所要時間は平均して50%も短縮されたそうである。また、チケットはパスモのようなプリカード。主要停留所ではクリチバのようにプラットフォームに入る前に改札を通る。これだと、停留所での短縮時間が大幅に向上する。実際、扉は客が待っていてもすぐ閉まる。これは日本のバスに乗り慣れている自分からすると驚くが、定時性を維持するためには、そういう判断も必要かなと思ったりする。東京でバスを待っている時、料金を支払うのに時間がかかっている客がいるといらいらする自分がいるからである。
 感心したのは料金の安さ。空港行きだけが30ペソ(160円)だが、それ以外は6ペソ(32円ぐらい)。画期的な安さである。実際、メキシコ・シティは物価が安いのだが、それに比べても低く料金設定されている。これはクリチバのバス・システムが3ヘアイス以上(100円以上)請求しているのとは対照的である。
 ただし、開業してからしばらく経つが、人々がこのバス専用道路をあまりリスペクトしていないことは気になった。そもそも信号無視をするカルチャーがあるが、バスが走っていても平気で道路を横切る。専用道路のバスの前を競争するように自転車で走る若者や、バス専用道路の縁石に座り込む人達が多い。なぜか、バス専用道路が駐車場の出口になっていて、そこからはしょうがないが、自動車が出てきてバスの運行を妨げる。クリチバは、このバス専用道路はバスのものである、ということを啓蒙することに非常にエネルギーを注いだ。メキシコ・シティは、この点についてはまだまだ改善の余地があるとの印象を受けた。
 ケビン・リンチは優れた都市構造の5条件の一つにアクセスを挙げているがメキシコ・シティはこの12年間で確実にアクセスを改善させている。公共空間のデザインも随分と向上されているし、世界第二の都市は随分と上り調子にあるような印象を受けた。

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(バスを挑発するように、バス専用道路を走る自転車)

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(バス専用道路の整備と車両改善で、従来よりも所要時間を50%も削減することに成功した)
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メキシコでは英語が通じなくなっている? [グローバルな問題]

 15年ぐらい前、集中的にラテンアメリカ諸国の仕事をしていたことがある。ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、チリ、ウルグアイなどを訪れた。ほとんどの国で英語が通じなかった。英語は世界の言語とかいっているのは全くおかしいと、その時、知った。特に酷かったのはアルゼンチンで、ブエノスアイレスの比較的まともなホテル(ベスト・ウェスティン)で、私はチェックアウトが遅れることで遅延料金を払わなくてはいけないのかと英語が通じる受付の若い女子に言うと、それはいい、と言われた。しかし、いざチェックアウトしようとすると受付の英語が分からないおじさんに替わっていて、私の話が通じない。そして口論になったら、なんと警察を呼んだりしたこともある。ブエノスアイレスはタクシーの運転手で私の英語が通じたことも皆無であった。そういうこともあって、私は帰国後、スペイン語を勉強し始めるが、全然、ものにならなかった。
 それはともかくとして、そういう経験をした中、メキシコ・シティを訪れて感動した。英語が通じるからだ。さすがアメリカの隣国だけあるな、と感心をしたのだ。ホテルではまったく問題ないし、レストランでも通じる。南米に比べると、いろいろと動きやすいと嬉しく覚えた。それから、12年ぶりぐらいに再訪すると、なんか通じない。レストランでも通じる人もいるが、通じない人の場合が多い。というか、私をみても英語ではなくスペイン語で話しかける人がほとんどである。タクシーなどは、今回は私のなんちゃってスペイン語で多少は通じるので問題はなかったが、このなんちゃってスペイン語がなければ、けっこう困ったかもしれないなと思ったりもする。
 メキシコでは国際免許証で運転できない。一日で売買できるドルも300ドルという極めて少額に限定されている(企業はさすがにあり得ないと思われるが)。まったくいい加減で適当な推測なのだが、アメリカ離れが進んでいるような気がする。
 メキシコは日本の国土の5倍もある大国である。中米では圧倒的な存在感である。そういう大国の誇りのようなものが、ちょっと感じられさえする英語離れ(英語を実際、あまり勉強しなくなったのかは不明だが)である。いや、たまたまなのかもしれないが、メキシコ・シティの公共交通の充実ぶり、公共空間のアップグレードなどを目の当たりにすると、なんかプライド的なものが育まれる背景も充実してきたのかもしれないと思ったりする。
 ブラジルと比べても、まともな国家運営が為されているような印象をちょっと受けたりもするのである。
 まあ、英語離れも印象論にしか過ぎないし、相当、いい加減な感想論ではあるが、覚え書きとして共有させてください。

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グアナファトを訪れて、その色彩の饗宴に心を奪われる [地球探訪記]

 グアナファトという美しい都市がメキシコに存在する。世界遺産にも登録されている。私の周りにはゼミの卒業生を含めて、多くの人がグアナファトを訪れたことがある。行っていないのは私だけだ、という気分である。さらに、この行った人が皆、異口同音に「素場らしい!」という。周りは雲丹を食べたことがあるのに、私だけが食べたことがない悲しい人のような気分である。ということで、今回、キューバに行くのにメキシコ・シティ空港をトランジットで使うので、数日間、メキシコ・シティに滞在して、グアナファトに日帰りで行くことにした。もちろん、都市の勉強のためである。
 さて、しかし、このグアナファトはアクセスが悪い。グアナファト州の州都であるし、人口は8万人ぐらいであるから、そんなに小さな都市ではないと思うのだが、メキシコ・シティからバスで行こうと最初、考えたのだが片道4時間以上かかるのと、またバス・ターミナルが都市から離れていて、そこからもタクシーを乗らなくてはいけないので、飛行機で行くことにした。といっても、グアナファトの飛行場というのが25キロメートルは離れたレオンの飛行場であり、そこからバスはなく、タクシーを使うしか交通手段がないことが分かった。アメリカだったら、こういう場合は100%レンタカーなのだが、なんと、メキシコは国際免許証でも運転はできないらしい。本当、もうタクシーに乗るしか手段はないのだが、メキシコのタクシー強盗(タクシーの運転手に強盗される)の話を聞いたりしていたので、これはもう大変に緊張したのである。
 飛行機は朝6時20分発というべらぼうに早い便であったが、飛行場のホテルに泊まっていたので、その点は大丈夫であった。空港に着いたら、なんとタクシーの会社がしっかりとチケットを売っていた。なんだ、自分で交渉しなくてはいけないのか、と緊張していたので返って拍子抜けである。タクシー代は485ペソであった。
 しっかりと会社のマークが描かれたタクシーに乗って、グアナファトに向かう。運転手はなんかマラドーナを彷彿させるような風貌の人であった。乗ってすぐに、ガソリンがほとんどゼロだということに気づく。これは大変だ、ということで伝えようとするのだが、ガソリンのスペイン語が分からない。ペトロールかガソリン、そのままでいいのか。とりあえず、ファルタ・ガソリンと指摘すると、運転手は笑って「大丈夫、大丈夫」という。よく見ると、エンストのマークが点塔しているのに走っている。つまり、ここらへんは壊れているということなのだろう。しかし、運転手はどうやってガスの過不足を把握しているのだろう。
 とりあえず、そんな適当なタクシーでグアナファトに向かう。タクシーの運転はともかく乱暴で、ちょっと命の危険を感じる。30分ぐらいでグアナファトに入る。有名な地下トンネルに入っていき、なんか気分は高揚する。ラパス広場まで、とりあえず行ってくれ、と伝えたのだが、この地下トンネル内で止まる。ええ!まじですか。この地下道は「地球の歩き方」で「ここを歩くことは安全上おすすめできない」と書かれている。とはいえ、どうも普通に人が行き交っているし、なんと、バス停まである。「安全上」とはいわれてもなあ、ということでタクシーの運転手に有り難うと伝えて、降りて、とりあえず地上に行く階段を上がる。
 まだ8時頃ということで、夏時間なので実質的には7時、さらには曇り空であったのだが、この地下道を上がった時には、そのカラフルな色彩の饗宴に心が躍った。確かに、ここは相当、素場らしい。いや、アルゼンチンのボカ地区や、それこそメキシコ・シティのコヨアカン地区なども建物の住宅を色鮮やかに塗っている。ただ、このグアナファトは盆地であること、そして、その周囲が広く見渡せ、そして、視覚に入ってくる、その圧倒的な色彩の量が他とはまったく違ってユニークなのである。
 さらに、これはしばらく歩いて分かったことだが、教会の類が多いのと、ポケット・パークのような公園があちらこちらにある。さらには、ファレス劇場やイダルゴ市場のような公共建築が圧倒的な質の高さを維持しているのである。しかも大学都市であるので、観光都市というよりかは、普通に人々が生活をしている、その生活感がまだ健在であり、都市という活力がしっかりと維持されているのである。これは、この都市の大きな魅力であろう。
 ということで、とことこ歩いて、地理感を養う。とりあえず、ピピラ記念像のある展望地を目指す。ここもやはり「地球の歩き方」が「道中には強盗もしばしば出没するので、歩く場合には、なるべく日中に大人数で出かけること」と書いてある。そんなことを言っても、私は一人である。そこらへんの人に「一緒に上って下さい」と声をかけたら、かけている私の方がよっぽど怪しい。ということで、一人で歩く。ちなみに、「道中」は普通の住宅地で、ここが歩けなかったら、ここには住めないと思う。普通のおばちゃんが「強盗かもしれない」と疑うような、疑心暗鬼の塊となって、歩いて行く。坂は相当きつく、登山慣れをしているが息が乱れる。坂の途中からも展望が開け、思わず、写真を撮影していた。そうしたら、後ろから英語で声がけされる。「すわっ、泥棒か」と思われたらが、アメリカ人でテキサスから来たナイスガイで、いろいろとグアナファト、そして周辺の町村の見所などを教えてくれた。彼女がグアナファト出身なので遊びに来ているらしい。この疑心暗鬼状態はよくない、と「地球の歩き方」の方が過剰なびびりである、と判断して歩いて行く。
 ピピラ記念像からの展望は絶景の一言。「絵葉書のような光景」そのものである。それぞれの建物の持ち主が好き勝手な色を塗ったと思われるのだが、それが見事に調和している。それは、我々に色彩の素晴らしさを思い知らすが如くの、美しさである。黒を除いて、ほとんどの色がここでは展開している。灰色でさえある。ただ、基調は煉瓦色、山吹色、レンガそのままの薄茶けたレンガ色、白色、そしてサーモンピンクである。これらを基調とするパレットに、インクを垂らしたかのように様々な色彩が自分達の存在をけなげに主張する。それは、色彩による交響曲のようでもあるし、また生物多様性に溢れる森林のようでもある。そして、それを優しく包み込む額縁のようにオリーブ色の山々が枠をつくっていく。さらには、この山の背景をつくる空。生憎、今日の空は灰色であったが、目が覚めるようなスカイブルーのときは、どれだけ、この街が美しく映えるのだろうか、と思う。
 呆けたように見とれて写真を撮影していたが、まだ色々と街中を観ないといけない、と今度はフニクラに沿った坂道を降りていく。ここが強盗が頻出する坂か、と思われたが、ちょっと危ない目つきをした工事作業員に途中、遭ったぐらいであった。拍子抜けである。とはいえ、メキシコだけでなくロスとかでも、強盗とは言わないが恐喝は日常茶飯なので、そういうことが起きる、ということだけなのかもしれない。
 坂を降りるとラウオニオン公園に出る。お洒落なレストランが幾つか公園に面して立地している。座るところが多い。そして、それらのベンチのデザインもいい。優しい公共空間づくりが為されている。中心道路のファレス通りや、また、それと並行するボジトス通りを行き来する。ただ中心通りといっても、ファレス通りの幅は車一台が通るのがやっとという程度である。ほとんどの交通はこの街の下を縦横に走る地下道で処理されている。鉱山都市であるから、こういうつくりが可能だったのかもしれないが、それにしても凄い都市だ。しかし、この交通を地下で処理できているおかげで、地上はまさに「人を中心とした」空間が現出している。
 ラウオニオン公園の前にはファレス劇場。その新古典主義の建物は、とても華麗である。その後、中に入ったが、内部装飾も金を豊富に使い、その絢爛さにはちょっと驚く。
 観光のポイントは、幾つかの博物館とこの劇場、教会群、イダルゴ市場となるが、なんといっても1番は、この街の景観と空間の質、そして空気であろうか。私は、この日、これらのスポットを訪れながら、太陽が顔を出すと、ピピラ記念像の展望台に再び上った。朝とは違った光景がそこでは広がっていた。太陽光がこれら街並みの色彩を賛美するかのように降り注ぎ、そして、これらの色彩は太陽光に感謝するかの如く、まぶしいように輝いていたのである。色彩も光の産物である。そして、その光をもたらすのは太陽である。アステカ人は太陽神を崇めていたことを思い出す。メキシコは、太陽の国なのだ。そして、太陽を崇める気持ちが、この多様なる色彩の街をつくりだした背景にあるのだ。それは日本文化からはなかなか生み出されない色彩であろう。
 そのようなことを考えさせられたグアナファトの日帰り訪問であった。
 帰りは流しのタクシーを街中で拾い、いくらで空港まで連れて行ってくれる?と尋ねると400ペソ、というのでそのまま乗って帰った。飛行機は遅れたのでメキシコ・シティに着いたのは23時近かったが、大変、充実した1日を過ごすことができたが、本当に歩きすぎて足は棒のようになってしまった。

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(地下道)

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(色彩豊かな街並)

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(色彩豊かな街並)

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(ピピラ記念像から)

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(ピピラ記念像から)

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(ピピラ記念像から)
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メキシコ人は計算が苦手? [グローバルな問題]

 メキシコのデル・バジオ空港のファストフード店のようなカフェでクロワッサンと珈琲を注文した。146ペソであったので、201ペソを渡した。そしたら、店員をしていた若い女性はパニックをしてしまった。お釣りは55ペソね、と言ったのだが新手の詐欺と思ったのか、まったく私を信用せずに、iPhone取り出して、一生懸命計算機で計算をしたのである。ようやく納得して55ペソを返してくれたのだが、私は50ペソ紙幣を期待したのに、すべてコインで戻ってきて、そもそも何のために1ペソ加えたのかもよく分からない気分になってしまった。この女性は結構、真面目そうで地味な感じであったので、学校でも何となくしっかりと勉強しているような風貌に見える。ということは、勝手な推測だが、学校でちゃんとここらへんの計算を教えていないような気がする。日本だったら、コンビニの店員も務まらないだろう。
 さて、しかし、これはメキシコがダメということなのだろうか。そのように計算ができなくても店員がやっていけるという、このゆるい環境にむしろ価値を見出してしまうような自分がいる。というか、日本は他国に比べて、あまりにも窮屈すぎるのではないだろうか。もうちょっとゆとりが必要であるな、というように解釈してしまっている自分がいる。いかん、ブラジルとメキシコに感化されつつあるのかもしれない。
 というか、ゆとり教育の問題は、社会にゆとりがないのに「ゆとり教育」をしてしまったことに気づいた。ゆとりがない社会で、教育だけをゆとりにしたら、教育機会を奪われた子供達が苦労するだけのことだ。

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ジャイメ・レルネル氏との会話 [クリチバ]

 今回、クリチバを訪れている大きな理由は、クリチバ市民を対象としたアンケート調査を実施するためであるが、クリチバが私を引き寄せているのは元市長であるジャイメ・レルネル氏と会うためである。今回も彼と会うことができ、短い時間ではあったが極めて有意義な会話をすることができた。ここに差し障りのない範囲で、彼の発言を披露したい(会話をしたのは2016年8月18日)

映画について
 25年間、映画監督が私のことを撮影してきたのだが、作品が完成し、ようやく9月に公開される。サンパウロ、クリチバ、リオで公開予定である。そのテーマは「夢」。映像に解説がついただけというちょっと特殊な映画である。私はこの映画に流す曲も作った。二曲ほどつくったのだが、大変楽しい経験であった。
 この映画は「夢」に関するものである。オスカー・ニーマイヤー、中村ひとし、フランシス・コップラも出てくる。フランシス・コップラとは友人である。彼のカリフォルニアの家にもよく遊びに行った。

■ ブラジリアについて
 ブラジリアはある特定の時期につくられた。パイロット・プラン(プラーノ・ピロート)の一部は素場らしい。パイロット・プラン以外は、まったく計画されていないこともあって悲惨である。特に働く場所がパイロット・プランに集中したので、通勤交通は混乱状態にある。交通に関しては出鱈目である。郊外をパイロット・プランと同じようにしようとしていることが問題である。普通の都市のような郊外をつくるべきである。

■ クリチバの道路舗装について
(花通りの写真で、その道路舗装をみながら)300年以上前からこのような舗装をしている。このデザインはポルトガルに由来している。しかし、最近ではこのような舗装をしなくなっている。大変、もったいないことだ。

■ 最近の関心ごと
 椅子のデザインをしている。また、新しい車をデザインしている。これらは、綿イズの人生の新しいプログラムである。ところで君は以前、会った時より若くなったな(おそらく髭を剃ったからだと思われる)。私は現在78歳であるが、すごく快調で若くなった気分である。まるで77歳の時のようだ。25キロも減量していた。よく食べているが、適度に食べている。
 先週、70年来の友人を失った。ジュカという名前なのだが79歳で亡くなってしまった。
 リオのオリンピックのオープニング・セレモニーは素場らしかった。金を使わなかったところが大変、評価できる。

■ 都市について
 都市は常に楽観主義者のものであって、悲観主義者のものではない。

■ ポルト・アレグレのプロジェクトについて
 プロジェクトはウォーターフロントのもので、いかにウォーターフロントに人を再び集めるかというのが課題である。そこに公園と倉庫のリノベーションを行おうと考えている。

■ 交通について
 いつでも、私は新しいプロジェクトを創造しようとしている。公共交通をデザインしようとしているのだ。
 我々(レルネルさんと中村ひとしさん)はビューロクラシーが嫌いである。人々は洗練されたモビリティに乗りたがっている。
 現在、多くの人が将来に見出そうとしているのは、自動運転の自動車であったりするが、それが現行の自動車と同じように空間を占有してしまうのは同じである。
 基本は自動車に乗らなくてもいいような、乗っても距離が短くなれるような、そのような都市構造の創造である。これを、リオで実践しようと考えている。

■ その他
 人々は表面的(スーパーフィッシャル)にしか理解しようとしない。なぜ、それをしたのか。そこを知ることが重要である。多くの人は、何かを始めることをおそれる。とりあえず答えを知りたがるのである。しかし、答えはない。
 人々がなぜ、それをやらないのかと言い訳をしているのを聞いていると、私はとても悲しくなることがある。

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土曜日なのでフェイジョアーダを食べる [B級グルメ雑感]

ブラジルの代表的な料理としてフェイジョアーダがある。これは、豆と豚肉、牛肉を煮込んだ料理であるが、いつも食べられる訳ではなく、クリチバだと水曜日と土曜日に食べられる。ということで、今日、土曜日の昼ご飯はフェイジョアーダにした。クリチバ市内のイグアス通り沿いのBimy’s レストランチに訪れる。ここは日系人が経営している。土曜日の昼ご飯は、ほぼほとんどの客がフェイジョアーダを注文する。最近はインゲン豆が高騰していて、フェイジョアーダの内容も若干、貧弱になっているそうだ。とはいえ、ビールを片手に食べるフェイジョアーダは美味しい。豚の脂身、生ソーセージ、豚の耳や鼻、足、尾、皮などが入っている。これを繊切りにして炒めたケール(コーヴェ。キャベツのような野菜)とベーコンオレンジのスライス、ライス、そしてキャッサバの粉と一緒に食べる。私的にはシュラスコよりも好みかもしれない。ここでは、ビールなども含んで一人あたり45レアルぐらい。日本円で1400円ぐらいか。お得感が素場らしい。

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サンノゼ・ドス・ピニョイスの笠井珈琲を訪れ、珈琲について勉強する [クリチバ]

 クリチバ空港のそばにあるサンノゼ・ドス・ピニョイスにある笠井珈琲(http://www.kassaicafe.com.br)を訪れ、そこのオーナーである笠井さんにいろいろとお話を聞かせてもらい、珈琲のことについて随分と勉強することができた。
 笠井さんは日系三世。50歳まで銀行勤めをしていたのだが、50歳で退職して美味しい珈琲をつくることに専念した。今年で14年目になるそうだ。100ヘクタールの土地を購入して、実際に珈琲豆の栽培をしている。
 私は珈琲が好きなのだが、あまり珈琲豆のことについては詳しくない。まず、笠井さんは珈琲豆についてお話をしてくれた。珈琲豆は大きくアラビカ種とホーブスタ(ローバスト)種がある。アラビカ種の方が高級で値段も高く、ホーブスタ種は安く、またそれほど甘くない。
 また、笠井さんは珈琲豆を枝ごと採るそうだが、コロンビアは木から直接、選別してよい珈琲豆を採るそうだ。彼は、この方法は木に優しくないという。その理由はちょっとよく分からなかったが、まあ、珈琲を採る方法にしても、いろいろなやり方があることが理解できた。
 笠井さんは脱サラしたわけだが、銀行時代に比べてずっと楽しいと言う。珈琲を通じて知り合った人間関係はよいと言う。笠井珈琲は営業をしない。ただ、どのように珈琲を栽培して、つくっているか、そして味をみてもらっているだけだ。それで買いたいという人にだけ買ってもらっている。幸いなことに、どこに行っても笠井珈琲の評判はよいようだ。
 なんで、笠井珈琲は違うのか、ということを尋ねると、ブラジルはきれいな珈琲豆を重視しており、美味しい珈琲豆を重視していないからだと言う。美味しい珈琲豆は蜜が染みこんでおり、見た目はそれほどよくない。笠井珈琲では、この後者を優先しているそうだ。
「悪い珈琲はない。珈琲は悪くなる」という、珈琲豆性善説を笠井さんは何回か繰り返していた。
 笠井さんは敷地にある珈琲の木から豆を幾つか採ってきてくれた。珈琲の豆は私が思っているよりずっと大きく、サクランボぐらいの大きさであった。つまり、我々がコーヒーの豆と思っているのは、サクランボの種のようなもので、実際、珈琲の豆の周りの果肉は甘くて、珈琲豆から連想される苦味は一切ない。私は知らなかったのだが、どうもインドネシアではジャコウネコの糞から未消化の珈琲豆を取り出して、それを飲んでいるらしい。ジャコウネコはどうも美味しい赤味のある珈琲豆を選り好みするらしく、さらにジャコウネコの体内で自然発酵されることもあって、不思議に美味しい豆がつくられるらしい。なんか、世の中、とんでもないものがあるな、と感心する。
 素晴らしい珈琲豆栽培者であるが、日系人ということもあり、日本人も結構、訪れるそうである。私がいた時も遠く、隣国パラグアイから笠井さんの珈琲を仕入れに来ていた業者がいた。自動車でわざわざ来たそうだ。
 笠井さんは「日本人は珈琲の飲み方が1番上手い」と言う。砂糖を入れないで飲むからだそうだ。私も、実は世界で1番美味しいコーヒーは日本で飲めるのではないか、と考えていたので合点がいった。しかし、珈琲豆が育たない日本で、なんでそんなにみんなが珈琲に拘るかは不思議なことである。笠井珈琲では、当然、珈琲を飲ませてもらったが、笠井珈琲専用の自販機から飲んだ。この点に関しては、私はちょっと大いなる疑問を抱いた。日本であれば、私でも自宅、オフィスでも珈琲豆を挽いて淹れる。珈琲豆を購入するところも、皆、焙煎屋で注文してから焙煎してくれる。このプロセスを経ると、日本でも美味しいコーヒーが飲める。
 ここブラジルでは、なぜ、そのプロセスを珈琲を飲む前にしないのか。もし、すれば日本では到底味わえないような、至高の珈琲が飲めるような気がするのである。私もちょっとカフェをまたやりたい気持ちになってきた。

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(笠井珈琲の看板)

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(焙煎した豆をみせてくれる笠井さん)

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(珈琲豆はオリーブぐらいの大きさがあって驚いた)

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(笠井さん)

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(敷地内にあった珈琲の木)

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(私が訪れた時はパラグアイからわざわざ仕入れに来た人達がいた。パラグアイでも笠井珈琲は人気のようだ)

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福島原発作業員の白血病に二例目の労災認定が下された。 [原発問題]

 福島労働基準監督署は8月19日、東京電力福島第一原発事故の収束作業に従事して白血病を発症した50代の男性作業員を労災として認定した。これは昨年10月に続き2例目であるが、最初の例も白血病であった。
 今回、認定された男性は2011年4月から205年1月まで、福島第一原発構内で機械修理作業を行っていたそうだ。事故が起きてほぼ直後からの作業である。被曝量は3年9月で累計54.4ミリシーベルト。これは、年間換算で14.5ミリシーベルトである。一般的に年間5ミリシーベルト以上被曝し、被曝から1年を越えて発症した場合は、他の要因が明らかでなければ労災認定されるそうである。
 ちないに政府は上限として「20ミリシーベルト」を設定しているが、この数値は恐ろしく高い。東京大教授の小佐古先生が、これを設定するとき、涙を流しながら辞任を表明したが、50歳の男性でも、年間換算14.5ミリシーベルトで白血病になってしまうのであるなら、子供達に20ミリシーベルトを安全だというのはほとんど犯罪であろう。現在でも政府は「年20ミリシーベルト未満なら帰還可能」としているが、これは、とんでもないことであることが、今回の労災認定の二例目からも明らかとなったといえるだろう。

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クリチバでは市長の選挙戦が始まった [クリチバ]

 クリチバでは8月18日から市長の選挙戦が始まった。有力候補は現職の市長を含めて6名ほどいる。現職の市長であるフルエ氏は、二代目市長であり、レルネルさんの後援も受けたにも関わらず、レルネル的な都市づくりをなかなか行えずに、国の政権与党である労働党に随分と振り回されてきて、彼に期待した人達を大きく裏切ってきた。彼自信には悪気はないのだろうが、力がなさすぎるという評判のようだ。
 もう一人、私が興味をもっている候補は元市長のラファエル・グレカ氏である。「知識の灯台」や移民をコンセプトとした公園をつくるなど、93年〜96年までレルネル氏を引き継いで市長を務めた時には高い評価を得ていた。当時の彼の口癖は「クリチバの市長は最高の仕事であるので、私は金をもらわずに払うべきだ」というものであった。その後、彼は連邦政府の観光大臣にまでなるが、ある時、その師でもあるレルネル氏に反旗を翻し、レルネル氏のライバルであり、元クリチバ市長でその後、連邦議員となったヘキオン氏へ寝返ったことで、多くの支持者を失望させた。その彼が。「元のクリチバに戻そう」というキャンペーンでクリチバ市長に返り咲こうとしている。彼は昔の政治的裏切りをしている中高年層からは票を集めるのは難しいと思われているが、そのようなことを知らない若い世代からは支持を得る可能性もある。レジュメは申し分ないし、さらにヘキオン氏と同様に口が上手い。
 また、レルネル・ファンとして注目したいのがネー・レポレヴォスト氏である。彼は、以前、レルネル氏が州知事時代に、パラナ州の観光局長を務めたりしており、現在はパラナ州の議員である。その彼も「元のクリチバを戻そう」というのがキャンペーンのコピーである。彼を強く推しているのは、フルエ氏のライバルであるハチーニョスである。ハチーニョスは、前回の市長選挙でフルエ氏と決選投票をした相手である。
 残りの3名だが、マリア・ヴィクトリアは大きな政党のPP(ぺーぺー)であり、今の副知事(母親)の娘であり、父親の連邦政府の保険大臣であるなど名家の出身である。そして、フィーリョ・ヘキオンはあの元市長であり、レルネル氏の宿敵であるヘキオン氏の息子である。タデゥ・ヴェネーリ氏はPT(ぺーテー)のパラナ州の議員である。この3名が当選すると、都市計画的には面白くなく、私としてもクリチバへの興味が削がれる。
 選挙は10月上旬、誰も過半数がとれなかった場合は、1ヶ月後あとぐらいに上位2人で決選投票をする。私は個人的には、東京都知事選の次ぐらいにこの選挙結果が気になっている。

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クリチバの「花通り」の傘売り [クリチバ]

 私がおそらく世界で1番好きな公共空間はクリチバの「花通り」である。その通りは、まさに都市の民主主義的な活動を具体化させたような空間である。ちょっと時間が出来たので、「花通り」を訪れると、突然、雲行きが怪しくなって雨が降ってきた。「花通り」には多くの人がいたが、私を含めて、ほとんどの人が傘を持っていなかったので軒下に雨宿りをすることにした。
 雨が降り始めると、ほとんど同時に数カ所で大きく叫ぶ男達が現れた。何を言っているのか分からない私は、ちょうど今日から10月の市長選の選挙活動が解禁になったので、選挙キャンペーンかと思ったりしていたのだが、その叫ぶ男が、私が雨宿りをしている場所に寄ってくるのをみて、合点がいった。彼らは、なんと「傘売り」であったのだ。何本もの傘を片手にもって、大声で傘を売り歩いていたのである。
 確かにクリチバにはコンビニがないので、傘を買おうと思ったら、こういう人達から買うしかない。これら傘男は、最初は10本ぐらいの傘をもっていたが、結構、需要があったのか、10分ぐらいで全てを売り捌いてしまった。雨は思いの外、激しく、しかも激しい割にはなかなか止まなかった。私は雨宿りの場所からなかなか移動できず、このような事態であるなら、傘男から傘を買っておけばよかったとちょっと後悔した。

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クリチバではリオのオリンピックの盛り上がりが感じられない [クリチバ]

 ブラジルのクリチバに来ている。同国ではオリンピックが開催されているが、クリチバにいるとまったくそのような盛り上がりが感じられない。どうも、家ではテレビに釘付けになっているようだが、それは日本でも同じである。まあ、プールが藻で一夜にして青から緑になったり、汚臭漂うコパカバーナでトライアスロンの遠泳をさせられたり、テレビカメラが会場の建物の上から落下したりと、いろいろと問題の多いオリンピックではあるが、自国で開催しているのだから、なんかこうホスピタリティのようなものがプンプンしてもいいのではと思ったりするが、そういう意識もなさそうだ。リオデジャナイロは盛り上がっているようだが、他の都市は今ひとつ、というのが実態のようである。そもそも、このオリンピックは50%の国民が開催を反対していた。おまけに大統領が罷免させられるという国の緊急事態。オリンピックぐらいで、気分が晴れるか、というのが人々の気持ちなのかもしれない。
 とはいえ、棒高跳びでチアゴ・ブラス・ダ・シウヴァ選手が金メダルを取ったという番狂わせは、結構、ニュースになっているようだ。ファベラ出身の女子柔道の金メダリストの話も人々を感動させているようだ。
 まあ、そのようないいストーリーも多いわけだが、どうも南米最初のオリンピックはあまりうまく行っていないようだ(出所:http://www.sbnation.com/2016/7/15/ 12122676/olympic-games-2016-rio-zika-security-budget-brazil)。最初の大きな問題はジカ熱であろう。そしてヨット・レースなどをするグアナラ湾に安全レベルを越えた廃棄物が存在することが昨年の7月に発覚する。さらに2015年にはブラジルの経済は前年の4%ほど縮小する。また、2015年12月にはオリンピック会場と都心とを結ぶ鉄道整備事業がオリンピックには間に合わないことが明らかとなり、代わりにバスを走らせることになる。今年4月にはルセフ大統領が弾劾され、その後、罷免される。同月にはオリンピックのためにつくられたリオの自転車専用道路が崩落し、2名が死亡する。5月にはサッカーのスター選手のリバルドが「ブラジルにオリンピックに来ることは再考した方がいい」とインスタグラムで発信する。5月になってもオリンピックの試合のチケットは1/3が売れ残っていた。
 ということで、改めてオリンピックを開催することのリスクの大きさを感じる、今回のリオ・オリンピックである。ただ、人々は感動をすると嫌なことを忘れるという傾向がある。長野オリンピックもあれだけの赤字イベントであったが、感動させてくれたからいいや、という気分に人々もなっていた。
 ただ、クリチバではあるが、この盛り上がりのなさは気になる。感動によって、まあ、いいか、という気分になかなかブラジル人はなれないような、そういう印象を受けている。

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メキシコでは通関を通らないで出国できる(驚き) [地球探訪記]

メキシコ・シティの国際空港で出国する際、荷物検査をしてその後、てっきり通関があるのかと思ったら、そのまま通関なしで飛行機の搭乗ターミナルに出てしまった。出国カードも回収されていない。出国しないと次回の入国の際、問題になるのではと思い、航空会社のカウンターの人に尋ねると、飛行機に乗るときに出国カードも回収するので問題ないとのこと。まあ、去るものは追わず、ということかもしれないが、適当である。ルワンダやウガンダでさえ、出国はしっかりと管理していたのに随分と適当だ。実際、飛行機に乗るときには出国カードは回収されたのでよかったが、出国カードを紛失していたら、この時点で出国が許可されなくなるのだろうか。

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メキシコでチップは必要なのか [地球探訪記]

 どこの国に行っても気になるのはチップをどうするかである。アメリカは税金を抜いた金額の15%とほぼ決まっている。サービスがよければ上乗せするし、そうでなければ減額できるが、それほど支払う側の裁量はない。ドイツは10%とかいわれているが、タクシーは比較的その通りであるが、それ以外は適当に10%前後を料金に上乗せして、切りのいい数字にすればいいという印象だ。例えば、床屋とかだと19ユーロなのだが、これは20ユーロを支払えばいいと解釈しているし、実際、他の客もその通りに振る舞っている印象だ。ブラジルでは基本的にはチップはないが、高級レストランなどだとサービス料が加えられて請求されたりする。
 このようにある程度、頻繁に訪れている国だと、その勝手も分かるが、初めての国、もしくはあまり滞在期間が長くない国では困ってしまう。例えば、今いるメキシコ。しょうがないのでグーグル先生に尋ねてみると、メキシコはどうもチップ国のようだ。ということで、レストランにて10%程度のチップを支払ったら、随分とウェイターの愛想がよくなった。
 日本は「地球の歩き方」がその典型だが、とりあえずは疑わしい時はチップを払っておけ、というスタンスであるが、その割合が問題なのだ。ちょっと10%は高すぎたのか(お釣りの切り上げでもよかったのかも?)もしれないな、と思いつつ、現地に知り合いのいない私はちょっと困ってしまっている。

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