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トランプ大統領は「麻薬はキャンディバーのように安い」と述べたが、そういう事態には絶対なり得ない [トランプのアメリカ]

 トランプは2月16日にホワイトハウスにてマスコミ会見をしたが、その時、「麻薬はキャンディバーのように安くなっている」と述べた。
https://www.youtube.com/watch?v=6CFVYfuRj6s
 このような事態があり得るのだろうか。もし、万が一、麻薬がキャンディバーのようになったら、麻薬で利益を出すことはほぼ不可能になるだろう。それこそ、麻薬をキャンディバー並みの低価格で販売しようとしたら、キャンディバーのように工場で大量生産をして、キャンディバーのような効率的な物流システムを構築して、キャンディバーのように広告をうって、人々の潜在的な需要を喚起させなくては、そのような低価格で提供させるだけの大量販売をすることは不可能だろう。さらに、そもそも違法であるし、命がけでもあるような麻薬の売人を支えることは、麻薬がキャンディバーのような値段で売られた時点で不可能となるであろう。
 というか、麻薬がキャンディバーのように安くなった時点で、現在の麻薬の流通システムは崩壊する。リスクを負って麻薬の売人をしても報酬が得られなかったら、それこそキャンディバーを売った方がずっとましだ。誰が、そんな仕事をするものか。
 そもそも、こんな簡単なことも分からないトランプは、本当にビジネスマンなのであろうか。経済のいろはの「い」さえ理解していない。麻薬をキャンディバー並みの値段で売ろうとするビジネス・モデルは、麻薬が違法であるという状況ではまずつくることは不可能であるし、合法であったとしても、麻薬がキャンディバー並みの値段で買えるということは、圧倒的な供給過多の状況にプラスして、その値段以上では売れないぐらいの需要の飽和状態がなければ実現しない。というか、キャンディバー並みの価値しか見いだせない人にまで麻薬を購入させなくては、そのような低価格で売らざるを得ない状況にはならないということだ。そんな状態になる訳がないだろう。本当に、こんな馬鹿な人がアメリカの大統領なのか。ビジネスマンだったとしても失格であろう。

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マスコミをフェイク・ニュースというトランプの嘘の元ネタもマスコミであるという矛盾 [トランプのアメリカ]

 トランプ大統領は、どうも敵がいないと存在価値が見いだせないようで、選挙運動中はヒラリーがいたけど、もういなくなってしまったので、とりあえず移民をターゲットにしたけど、司法に阻まれたりしたので、今はマスコミを敵に設定したようだ。そして、ツイッターで「マスコミは私の敵ではない。アメリカ国民の敵だ」と言い放った。
https://www.youtube.com/watch?v=9aeBVxlP9CQ
 これには、マスコミも臨戦態勢に入り、超右寄りでトランプ贔屓のフォックス・テレビでさえ、ニュース・アンカーのクリス・ウォレスを初めとして由々しき問題であると批難している。
https://www.youtube.com/watch?v=g7LQ3pkzUJs
 さて、2月18日のフロリダ州メルボンでの「選挙遊説」で、トランプ大統領は前日にあったスウェーデンの悲惨なテロの話をしたが、そんな事実はなかった。マスメディアをフェイク・ニュースと批判しているのに、自分の話はまったくもって出鱈目のフェイク・ニュースであったのだ。マイケル・ムアーがトランプを「フェイク・ニュースの生みの親」と述べていたが、まさにその通りである。このスウェーデンの悲惨なテロに関しては、元スウェーデン首相が「何、吸っていたんだ」とツィートするなど、トランプは何を根拠にこんな話をでっち上げたのかと多くの人が首をかしげたが、トランプはその元ネタはその前日に放映されたフォックス・テレビのスウェーデンの移民をテーマに取り上げた特集番組だと後日、ツィートした。その番組では、スウェーデンのテロの事件を紹介した訳ではないが、おそらくツィートは上の空でこの番組を観ていたのであろう。どうも番組で報道していたことを誤解してしまったそうだ。
 しかし、そもそもマスコミをフェイク・ニュースというのであれば、観なければいいのに、トランプは本当にテレビ、特にケーブル・テレビを観まくっている。仕事をしなくていいのか、と他国ながら心配になってしまう。大統領ってそんなにテレビを観る時間があるのか。しかも、マスメディアはフェイク・ニュースと批難しながら、その内容をしっかりと把握しないで曲解するような理解力の人が、そもそもマスコミをフェイク・ニュースと批判する資格は一切ないだろう。
 それにしても、トランプは本当にマスメディアが好きである。というか、彼自身がこのマスメディアを極めて上手く使って、自分自身をプロモーションしてきた。つまり、マスメディアがトランプを生み出したのである。
 CNNの政治アナリストのカール・バーンスタインはトランプを「真実の敵」と批判していたが、まさにその通りだと思う。真実ではない、フェイク・ニュースが罷り通るのは、冤罪を平気で行うような社会がつくり上げられる。それらを阻止するためには、しっかりと真実を報道するメディアが必要で、このような時代であるからこそ、メディアがちゃんとした仕事をすることが求められる。日本も産経新聞のような政権の提灯持ちをしているメディアは自らの首を絞めることに気づくべきである。


 

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トランプ大統領がフロリダ州に遊説に行ったことが示唆すること [トランプのアメリカ]

 トランプ大統領は就任から1ヶ月ちょっとしか経っていないにも関わらず、2月19日にフロリダ州のメルボンにて遊説をした。2020年の選挙運動を既に開始したということだそうだ。本当ですか?さて、そして、この遊説では、選挙前と同じように「アメリカを安全にする」ことや、「マスメディアは公共の敵だ」などと威勢のよい言葉が飛び交った。
 しかし、もう大統領なんだから、有言実行しろよな、と思わずにはおられない。そんな空手形を発行されても国民も困るだけである。しかも、スウェーデンでの昨晩起きたテロ、などまた架空の事件をでっち上げたりもした。この男は一体全体、何をしたいのだろうか。
 今回の遊説はどうもトランプたっての希望だそうだが、彼は大統領になりたかった訳ではなく、この遊説のように威勢のよい言葉を発して、大衆に受けるというスター気分をただただ味わいたいだけなのではないか、という疑問が湧いてきた。威勢のよいアジテーションを放ち、それに感応する大衆といった場所に置かれていたいだけなのではないか。先日もスパイサー報道官を差し置いて、自分が1時間以上もマスコミ取材を受けたのも、このような丁々発止のやり取りにこそ、自分の居場所を見出しているのではないだろうか。この光景を「ヴィンテージ・トランプ」とCNNのコメンテーターが評していたが、まさにその通りだろう。
 そして、そのようなスポットライトを浴びることが第一義になっており、実際には何か政策を実行させようという強い意志も、その責任感も有していないのではないだろうか。基本的にはバノンやらの指示通りにサインをしているだけのこと以上は、スター気分が味わえる遊説でもやっていたいのが本音であろう。それじゃなければ、遊説やる前に、仕事をしろよ!と言いたい。トランプは遊説以外にも、やたらにテレビを観ていて、自分が批判されたり、馬鹿にされたりするとすかさずツィッターで反撃をしてくる。本当、テレビを観ている暇があったら、もう少し、国際関係や、歴代の大統領が制した選挙区の数くらいグーグルしろよと言いたい(トランプは先日のマスコミ取材で、自分はレーガン以来の選挙区勝利数であると述べ、その後、ニューヨーク・タイムズの記事にオバマもクリントンもブッシュ父もトランプより多くの選挙区を制したと指摘され、その情報は誰かから伝え聞いたのだと弁明した)。
 まあ、今回の遊説が示唆することは、別にトランプはアメリカを偉大にしようとなどほとんど考えてなく、そのように演説で吠えて、大衆をアジテートするということだけをしたいということがほぼ明らかになった。と私は考えている。まあ、典型的なデマゴーグですな。

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エスピリト・サントの軍警ストライキで殺人件数が4倍近くに上昇 [グローバルな問題]

日本の新聞はほとんど報道していないようだが、ブラジルのエスピリト・サント州で2月4日から軍警ストが行われ、10日間で殺人事件が143件も発生した。これは大変な事件だ!と思ったが、昨年同時期で38件も殺人事件が起きていたので、例年のこの期間の3.8倍ほど増えたということである。143件という数字に最初は衝撃を受けたが、そもそも例年でも38件。そういうことを考えると、この4倍というのが凄い増えたのかどうかが若干、分かりにくい。
 そもそも、ここらへんの殺人事件の数の多少といった感覚は日本人には分かりにくい。日本は全国内で毎年殺人事件は1000件程度である。エスピリト・サント州は人口が388万人なので、日本の殺人件数を当てはめると年間で32件程度となる。まあ、ざっと平均でも日本の40倍ぐらいの殺人件数が起きているということだろうか。40倍が150倍になったというのは驚くべきことではあるが、そもそも平常時の殺人件数が多すぎる。さて、それにしても警察が仕事をしていない隙に人を殺そうと思う人がいるというのは、根本的に相当、恐ろしい話である。ただ、その詳細をみると143件のおよそ半分にあたる67件は、州都ヴィトーリアの周辺にあるセーラ市、カリアシカ市、ヴィラ・ヴェーリャ市で発生したそうだ。この地域は貧しい地区である。
 日系人向けの新聞(ジャーナルニッケイ)によれば、警察は、殺人事件の原因を、①軍警不在を利用した麻薬密売者同士の拠点争いや代金取立て、②仲間を殺された警官が法の手続きを踏まずに起こした個人的な復讐や、市民の恐怖感をあおるための行為、③別の犯罪集団が起こした行為(軍警との関係の有無は不問)の三つに大まか分類しているそうだ。また、殺人事件の被害者の多くは17歳から22歳で、警察の人員が手薄な場所や、商店での略奪、強盗事件などの最中に殺された例が多かった。ギャングの抗争がらみかという気がしないでもない。
 2月13日には1000人の軍警が仕事に復帰したが、まだ10000人以上がストライキをしているそうだ。また、このストライキ中は3100人の連邦政府の陸軍と連邦政府警官が入ったので、まったくの無法地帯というような状況にはならなかったようである。まあ、それでも鬼の居ぬ間に洗濯ではないが、軍警の居ぬ間に人殺し、というような事件が起きてしまった訳である。
 まあ、そのようなメンタリティをもっている人が多いというのもショックであるが、その前に軍警がストライキをしてしまうというデタラメさも唖然とする。そもそも軍警のストはブラジルでも法律違反だそうだ。州政府は703名ほどを有罪にすると考えているそうで、有罪になると8年〜20年の禁固刑になるそうである。その背景には月収867米ドルという低賃金という状況があるそうである。このストライキを家族は積極的に支援し、また地元住民も最初は支持したそうである。しかし、この殺人の増加や泥棒の増加などから地元住民もそろそろ止めてくれ、と言い始めているそうだ(http://www.aljazeera.com/news/2017/02/espirito-santo-police-return-work-murder-wave-170213090102756.html)。
 エスピリト・サントというのは「聖なる精神」という意味である。まさに名前負けという気がする。

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トランプ大統領の暗殺未遂者の刑が確定した。というよりか、そんな人間がいたことも日本のマスコミは報道していないのはなぜ? [トランプのアメリカ]

トランプ大統領を暗殺しようと試みたものがいたことをご存じであろうか。日本のマスコミではほとんど報道されていないようであるが、BBCなどでは報道されている。
https://www.youtube.com/watch?v=RfL50ZWZbv0
もちろんABCやCBSなどでも報じられているが、この暗殺未遂者はどのようなものだとイメージされるだろうか。イスラム教徒?黒人?
 なんと20歳のイギリス人の若者であった。マイケル・スタンドフォードという若者は、トランプがまだ大統領選で戦っている昨年7月に、ラスベガスで選挙演説をしているトランプを殺そうと、警察官の銃を奪おうとしたところ、取り押さえられ捕まった。
 そしてアメリカで刑が確定したのだが、それは12ヶ月1日の禁固刑であった。
 トランプはこのような経験をしているにも関わらず、テロリストはイスラム教や有色人種であると相変わらず主張している。そして、イスラム系が犯人であるテロの脅威をとりあげても、隣のカナダで白人がモスクにて無差別大量殺人を犯したテロに関してはダンマリを決め込んでいる。もし、出国制限を押し通したいのであれば、この暗殺未遂をしたイギリス白人や、モスクでの大量殺人を犯したカナダ人の入国こそを規制すべきである。というか、メキシコに壁を設けて、カナダに壁をつくろうとしない理由が私には見いだせない。というのも、カナダは入国が容易なので、カナダを経由してアメリカに来る人達がメキシコに壁をつくることで増えると思われるからだ。
 人種と無差別殺人の関係性がどの程度あるかは分かっていないが、テロを理由に出国制限をするのであれば、イギリスやカナダも入れるべきであると思う。トランプ政権はいろいろな問題があるが、何が一番、腑に落ちないかというと、データや真実に基づいていないことである。おそらく、統計学などをしっかりと勉強してこなかったのではないかと思われる。

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ブラジルでトランプ大統領がもたらしている混乱を考察する [トランプのアメリカ]

ブラジルに来ている。ブラジル人はそれほどトランプ大統領のことを注目しているようには見えない気がする。これは、ブラジルの政治家は汚職だらけで、トランプのようにデタラメな人も多いので、それほど珍しく思われないのか、アメリカに関心があまりないからだろう。トランプごときでは、それほどショックは受けないのかもしれない。ただし、ブラジルは原爆を有していない。原発はない訳ではないが4基ぐらいしかない。そして、これまでほとんど戦争をしなかった国である(一度、アルゼンチンなどと組んで、パラグアイを攻めたことはある)。貿易等で他国に無理矢理、自分たちの価値観やシステムを押しつけるようなことはしない。南米で一国だけポルトガル語を母国語とするなど、とりあえず自分たちだけでやっていこうというような気楽な姿勢がある。つまり、ブラジルがこけてもそれほど他国には迷惑をかけない。

それはそれでマイナス面もあるかもしれないが、アメリカ合衆国との違いは、アメリカの大統領の場合は自由主義国のリーダーでもあることだ。その影響力は国内にとうてい、収まらない。というか、そういうシステムを構築してきた国こそがアメリカ合衆国なのである。それなのに、アメリカ人はその大統領に三流国のそれのような人を選んでしまった。その波紋の大きさをどのように捉えたらいいのだろうか。フリン米大統領補佐官が辞任した大きな理由は、ロシアに外交政策に関する機密情報を伝えたことである。その背景には、プーティン大統領がアメリカの大統領選挙にサイバーアタックをしてトランプ大統領が選ばれるように影響を与えたということがある。これに関しては、相当、信憑性が高くなっているが、現行の混乱したアメリカの状況をみるだけで、プーティン達は大きな目的を達したといえるであろう。そして、その混乱した状況の中に日本が含まれているのは間違いない。

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トランプ政権は就任3週間で大変な混迷に陥っている [トランプのアメリカ]

トランプ政権は就任してから3週間しか経っていないが、既に大変な混乱に陥ってしまっている。フリン米大統領補佐官が辞任した。また、トランプが強く推していた米労働長官候補パズダー氏も指名辞退をした。これらは、トランプの事前の準備がしっかりとされていなかったことに起因していると思われるのだが、トランプはフリン氏を弁護して、フェイク・ニュースのせいだとマスコミを責めている。確かにフリン氏を辞任に追い込んだのはマスコミのニュースにもとづくが、フェイク・ニュースと言うくらいであれば、そんなニュースを無視して首にしなければよかったのである。首にしたのはトランプであって、それはマスコミの報道がフェイクではなくて真実だと思ったからではないだろうか。

それにしても、トランプ政権の虚言体制は凄いとしかいいようがない。トランプ大統領をはじめとして、ケリアン・コンウェイ、スティーブ・ミラーなどが嘘を言いまくっている。まさにフェイク・ニュースではなくて、フェイク・プレジデンシーである。ただ、本当に怖いのは、このような状況であるにも関わらず、以前として40%がまだトランプを支持しているということである。アメリカはこれまでその圧倒的な軍事力・経済力などから超大国として君臨していたが、その中身は相当、腐敗していることが明らかになってしまった。このことによって、アメリカに対しての他国からの憧れや尊敬はどんどんなくなっているであろう。それは、資本主義のリーダーとしては致命的な打撃になってしまっているのではないだろうか。

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狂気のトランプ政権によるテロでっち上げ「ボーリング・グリーン大虐殺」 [トランプのアメリカ]

 トランプ政権のオルターナティブ・ファクト(真実の代替)はまともな人の神経を逆撫でしまくっているが、1月29日のテレビ取材でケリーアン・コンウェイが発言した「ボウリング・グリーン大虐殺事件」は、洒落にならない一線を越えたものとなってしまった。なぜなら、マスコミが虐殺事件を取り上げるのを怠っているというトランプ大統領の発言を受けて、コンウェイ大統領顧問が、具体的にその例として、オーランドやサンバナディーノの無差別殺人事件などの幾つかの事例をマスコミに訴えたのだが(ちなみに、これらの事件はしっかりと報道されている)、それに加えて「ボウリング・グリーン大虐殺事件」という存在しない事件を挙げたからである(下記参照)。というか、NBCの取材者も突っ込むべきであるのに、あまりの出鱈目さに唖然としてしまっている。

https://www.theguardian.com/us-news/video/2017/feb/03/kellyanne-conway-bowling-green-massacre-trump-refugee-ban-video

存在しない事件を挙げるというのは、あまりにも滅茶苦茶であるし、「オルターナティブ・ファクト(真実の代替)」という言葉をつくった本人の口から出たこと、そしてその人が大統領顧問であることを考えると、これは悪い冗談を超えて、許し難い罪であろう。流石にアメリカ人もこれには相当、呆れ果てているようであるが、救われるのはボーリング・グリーンの人々は、この大虐殺をギャグにしていることである。というか、地域づくりに使おうとしようとしているのは救われる(下記参照)。

http://edition.cnn.com/videos/us/2017/02/08/exp-bowling-green-massacre-never-happened-martin-savidge.cnn
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バークレーでのデモ抗議事件の背景を考える [トランプのアメリカ]

私の母校でもあるアメリカのカリフォルニア大学バークレー校で2月1日夜、ドナルド・トランプ大統領を支持する右翼ニュースサイトでスティーブ・バノン首席戦略官が責任者である「ブライトバート・ニュース」の編集幹部マイロ・ヤノポロス氏の講演に反対するデモ隊が暴徒化し、講演が中止となった。ヤノポロス氏の講演に反対するデモ隊の抗議は過激化し、建物に放火し、結果、警察はキャンパスを封鎖した。
 この事件を踏まえて、「バークレー校共和党クラブ」メンバーは、「抗議デモ参加者が言論の自由を保障した合衆国憲法修正第一項を踏みにじった」と批判し、さらに「フリースピーチ運動は死んだ。今日、バークレー校共和党クラブが持つ、言論の自由を定めた憲法上の権利は、マイロ・ヤノポロスの講演ツアー阻止を目論んだ犯罪者たちと悪党どもに口封じされた」と述べた。
 「言論の自由」が大学のアイデンティティでもあるバークレーの学長は「ヤノポロス氏の発言内容を理由に中止するのは憲法に反する」との声明を出した。また、学生による平和的な抗議活動に、「イベントを中止させるため、暴力的かつ破壊的な振る舞い行為に及ぶという準軍事的な戦術を用いる、武器を持った黒装束の人々100人超が侵入してきた」とも述べている。
 そして、トランプ大統領は得意のツイッターで、「カリフォルニア大学バークレー校が言論の自由を許さず、異なる見解を持つ罪のない人たちに暴力を振るうのなら、政府の資金がなくなるかもしれない」と書き込み、大学への政府の資金を止める可能性にも言及し、抗議デモに対抗する姿勢を示した。

 さて、この事件は私が卒業生であるということもあり(私は1993年に二つの修士を取得してバークレーから卒業している)、心を痛めるとともに注目をしていたのであるが、この事件の背景には二つの可能性があると捉えている。
 一つは、マドンナのトランプ反対の発言に関しての批判の意を込めて書いた1月23日のブログ(http://urban-diary.blog.so-net.ne.jp/2017-01-23)でも言及したことであるが、右も左も暴力で解決するような姿勢が、不幸な形で顕在化してしまったことである。それが「言論の自由」の戦いの先陣にたち、学生運動などを展開してきたバークレーでも、この暴力で解決というアメリカの病のようなものが起きてしまったのかという理解である。
 もう一つは、ロベート・レイ教授がCNNで指摘しているように(https://www.youtube.com/watch?v=K977LL87rd8)、マイロ・ヤノポロス氏等が陰謀を企てたということである。ヤノポロス氏がこの事件後の取材で、勝ち誇っているように「それみたことか」のような表情をしていることが、この説により説得力をもたらせている。彼はなぜか、右翼系の全国ネットのフォックス・ニュースのスタジオに翌日、登場して話をしているが、まあ、その姿からも彼がまともな人であるとは思えない。私が言うことが違うと思う人は、このフォックス・ニュースでの彼の取材をみてください。(https://www.youtube.com/watch?v=GK6v8VFGPAo)。
 さて、どちらにしても大変困った事態ではあるのだが、バークレーにとっては後者であるとまだ救いがある。しかし、後者であったとしたら、ものの見事に引っ掛けられた訳であり、そのダメージはとても大きなものがある。これが引っ掛けであったことを全力で証明するように動くべきであろうが、「真実」の意味が大きく後退しているアメリカにとっては、それがどの程度意味を持つかも個人的には不安である。どちらにしても、ブライトバート、そしてヤノポロス氏にとっては大きなプラスになり、そして、それはトランプ大統領にも極めて有利に働いている。バークレーでのトランプ支援者は1割にも満たないと考えられるからである。トランプがすぐにバークレー批判をしたことには意味があるのだ。それは、バークレーが反トランプの西海岸の一つの拠点であったからである。
 あと、後者であるとの前提ではあるが、トランプ側というか、正確にはスティーブ・バノン首席戦略官だが、彼らの知的レベルは相当高いと思って、注意をした方がいいであろう。自らをダース・ベーダーと例えたこともあるバノン氏は危険思想の持ち主であることは明らかだが、ハーバード大学の経営大学院卒のインテリである。ダース・ベーダーも単に邪悪なだけでなく、賢いから、あそこまで巨大になったのである。このような強敵に対抗するには、まだある程度、平和の余波が残っているうちに若者は勉強をするべきであろう。勉強をしないと酷い目に遭うのは確かだ。
 どのような背景がこの事件にあったのかは、まだ藪の中ではあるが、トランプ側は、このような卑劣な罠を仕掛けてくるぐらいの前提で対応した方がいいだろう。感情にとらわれたり、相手の常識などに期待をしたら、酷い目にあうのはこちらである。「正直者が馬鹿を見る」というのは、何もアメリカだけの話ではなく、最近では全世界規模で広がっているが、特にトランプのアメリカは酷い。そして、このような人物を大統領に選んでしまった人が半数近くいるアメリカ合衆国という国への絶望が、私の中では広がっている。私の娘はアメリカ国籍と日本国籍を持っているが、とても今のアメリカをみせて、アメリカ国籍を取れとは勧められそうもない。
 
 

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大統領令の背景にみえた真に恐ろしいトランプ政権の実態 [トランプのアメリカ]

トランプ大統領が難民・移民の受け入れ停止や凍結などを命じる大統領令を出すことで世界中は混乱が生じている。まあ、それ自体も随分と驚きだが、本当に驚愕の事実はジェームズ・マティス国防長官、ケリー安保長官、ティラーソン国務長官に事前への通知、相談が一切なかったことである。NBCのニュース番組「モーニング・ジョー」で報じている。その理由は、31歳という若き大統領補佐官のスティーフン・ミラーによれば、彼らに相談するとテロリストに漏れる恐れがあるからだそうだ。
https://www.youtube.com/watch?v=f96zOVtlzns参照)
つまり、今回の難民・移民の受け入れ停止や凍結などを命じる大統領令は、スティーブン・バノン首席戦略官やスティーフン・ミラーによって練られて、アメリカの英雄でもあるケリー安保長官やジェームズ・マティス国防長官、さらには国務長官にも相談せずにトランプの独断によって決定されたのである。今回の大統領令自体も、実際のテロリスト輩出国であるサウジアラビアやエジプト、UAEが対象とならず、アメリカでテロをした実績がゼロである国を指定したり、さらに大統領令を守る必要はないと主張したサリー・イエーツ司法長官代理を更迭したりと、デタラメさは天才バカボン並みというか、天才バカボンのおまわりさん並みではあるが、この重鎮の人々と相談さえしなかった、ということこそが最大の問題であり、また、今後のトランプ政権がもたらすかもしれない未来の暗黒さを示唆している。

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トランプ大統領が民主主義に与える最大のダメージは「真実の無視」であろう [トランプのアメリカ]

 トランプ大統領の醜悪さは、多面に渡っている。ちょっとした批判をも受け入れられない心の狭さ、人種差別・性差別的な思想、公私の利益の混同、政治家としての交渉力のなさ、ライバルへの罵詈雑言、思慮なく自己抑制のできない気性・・・しかし、トランプ大統領のおそらく最悪の特徴は、トランプにとって都合の悪い「真実」を「嘘」であると人々に平気で公言できることであろう。
 そして、それらの「嘘」を事実ではないと報道するマスメディアを「抵抗勢力」といい、スティーブ・バノン首席戦略官はニューヨーク・タイムスに「メディアは黙っていろ」と述べた(https://www.youtube.com/watch?v=NH-HKGvlXqk)。このようなことを大統領の首席戦略官が公言するのは、非常識甚だしく、もはやアメリカはナチス政権のような言論統制をしようと考えているかのようだ。
 アメリカの民主主義の根幹は、表現の自由である。合衆国憲法修正第一条では、言論・出版・平穏な集会の自由が認められている。第一条に掲げられていることからも、それはアメリカ合衆国という国家の根幹をなすアイデンティティであるとも捉えられる。
「合衆国議会は、国教を制定する法律もしくは自由な宗教活動を禁止する法律、または言論・出版の自由もしくは人民が平穏に集会して不満の解消を求めて政府に請願する権利を奪う法律を制定してはならない。」
 本当に恐ろしいのは、このような「事実」に目を背け、嘘のフレームワーク(トランプ政権はAlternative Truthと名付けたが、言い得て妙である)を構築し続けるトランプ政権を支持して、マスコミをまったく信用しないアメリカ人が驚くほど多くいることである。アメリカにも2チャンネラーのような人達が多くいて、これらの人はマスコミが報じる「事実」を最初から嘘であると捉えているようなコメントを多く、ネットにアップしている。それは、狂信的な宗教の教祖が言うことを絶対であると信じているような信者のようにしか見えない。それは、傍からは狂気の沙汰のように映る。個人的にはこちらの動きの方がトランプよりも遙かに恐ろしい。
 映画監督のマイカル・ムアーはトランプこそが「偽のニュース(Fake News)の生みの親(Godfather)」であると指摘していたが、オバマはアメリカ生まれではなく、大統領になる資格がないというデマをまき散らしいていたトランプは、まさに元祖デタラメ野郎である。そのような人がマスコミの報道は嘘だらけだと言っているデタラメを素直に信じてしまっているアメリカ人があまりにも多い。最近でも世論調査で、トランプの就任式の参加者数が史上最大というトランプ側の主張の方が、オバマに比べて遙かに少なかったと証拠写真付きで報道するマスメディアよりも真実であると考えると回答した人が18%いた。いや、18%は低いが、逆にあれだけ火を見るより明らかな嘘をアメリカ人の6人に1人が本当だと考えているのは恐ろしいことであると思う。
 意外と真実をしっかりと見極めることができる人が少ないというのは私も最近、実感していることだ。この真実をしっかりと理解できる能力こそ、人類が生き延びていくうえで真に必要な能力なのではないだろうか。日本も他山の石としてしっかりとしないと、大変なことになるだろう。そして、この状況をどうにか是正することができなければ、アメリカという国は凋落の一途をたどるであろう。その時、他の国をお願いだから巻き込まないで欲しいが、その可能性は低いであろう。



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トランプは最悪の交渉人(ネゴシエーター)ではないのか [トランプのアメリカ]

トランプは自らのことを最高の「交渉人(ネゴシエーター)」であると選挙運動中、主張してきた。確かに親から1億円の資産を引き継いだとはいえ、それを拡大させてトランプ王国を築き上げた実績は相当の交渉力を有していたからではないか、とは推察できる。さて、しかし大統領になって最初の一週間で、彼が何をしたのか。彼は、メキシコとの国境の壁をつくる事業を早速開始させ、その壁を全額、メキシコに支払わせると主張している。とりあえずはアメリカ予算から費用は捻出するが、近い将来、メキシコに支払わせると述べた。さらには、メキシコ大統領との会見を「もし、壁の費用を負担したくないなら会見はキャンセルした方がいいだろう」と、こともあろうにツィッターでつぶやいた。メキシコ大統領はトランプとの会見をキャンセルした。

強気に交渉するという方法論もあるかもしれないが、強気に出て相手に断られたらどうするのだ。というか、そもそも交渉するためには接触しなくてはならない。相手にしてもらわなくてはならない。案の定、トランプ側は、メキシコ大統領が断った後、まったく何の意見も述べていない。強気に出れば、メキシコ大統領はびびると思ったのであろうか。オレオレ詐欺だって、もっとまともな交渉をするだろう。「お金を払え」と言ったらすぐ電話を切られるだけである。「相手にちょっと得をするかも」と思わせたりするところがポイントである。

そもそもメキシコはアメリカ合衆国との国境に壁をつくるインセンティブがない。というか、既に1030キロに及ぶ壁ができている。これは全国境線3145キロのおよそ3分の1に及ぶ。基本的に入国しやすい場所から壁がつくられているので、壁がつくられていない場所は広大なる砂漠である。また、テキサス州での国境はリオグランデ川という広大なる川が自然の壁となっているので、その部分はつくる必要もないであろう。私は、このリオグランデ川が大きく蛇行するテキサス州とメキシコとの国境にあるビッグ・ベンド国立公園に行ったことがあるが、そのあまりの人のいなさ、茫漠たる手つかずの大自然に驚いたことがある。その暑さと乾きは殺人的である。こんなところを命をかけて越える人達は滅多にいないであろう。そして、それはソラノ砂漠などでもいえることである。それらの滅多にいない人を防ぐために壁をつくることの費用対効果はおそろしく悪いものとなる。ついでに指摘をすると、メキシコからアメリカ合衆国への不法移民の数は40年間で最低のレベルにある。そのように考えると、この壁の必要性というのは極めて低いものであると考えられるが、しかも、それをメキシコ側に支払わせるというのは、一体全体どういうことなのか。こんなことを相手に飲ませられるのは超一流の詐欺師か独裁者ぐらいであろう。まあ、トランプは後者で捉えていたのかもしれないし、私もその可能性はあるかもしれないと思っているが、まあ、それでも「払う気がないなら会わない方がいい」というのはどういう交渉術なのであろうか。これは、まったく自分のことを好きとも思っていない女性に対して、「キスをする気がないなら会わない方がいい」というようなものであろう。そりゃ、会わないよね。例え、隣町のお偉いさんであっても。

なぜ、このような交渉ベタが「交渉のプロ」と自ら言うのはまだ分からないでもないが、周りもそう思ってしまったのであろうか。しかし、彼を選んでしまった代償は大きいし、日本もよほど考えないととんでもないスカを引かされるであろう。彼に常識が通用すると思うのは間違いである。「常識があるだろう」と相手が思うところを、トランプは突いてくると考えられるからだ。

IMG_2587.jpg
(ビッグ・ベンド国立公園の荒涼たる風土。このような風土が延々とメキシコからアメリカにかけて続く)
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トランプが主張するメキシコ輸入品への20%関税で国境の壁の建設費を賄うの妥当性をちょっと考える [トランプのアメリカ]

トランプが選挙公約としてきた、メキシコ国境との壁。建設費は150億ドルから200億ドルと言われる。問題はどのようにその費用を支払うのか。トランプはメキシコに払わせる、と主張してきた。これは、勝手に自分の持っている山に柵をつくって、その柵代を隣人に払わせようとするような論理だ。せいぜい、半分を負担しろ、と交渉するのが精一杯だと思われるのだが、トランプは全額負担しろ、と主張している。

当然、メキシコがそれを呑むことはない。「払う積もりがないなら、会っても無駄だ」とトランプは得意のツィッターでつぶやいたことで、メキシコ大統領との会見が御破算になった。まあ、そこで出てきたのがメキシコ輸入品への20%関税という案である。メキシコからアメリカへの輸出額は3000億ドル。その20%は600億ドルだから、関税をかけられれば、その建設費は余裕で賄える。しかし、そんなに事は簡単なのだろうか。

実現するうえで政治的に乗り越えなくてはいけないハードルは高いだろうが、それはここでは考えないこととする。まず、すぐ思いつくのは20%の関税をかけることでメキシコからアメリカの輸入額は大幅に減ることである。3000億ドルは1000億ドルぐらいに減る可能性さえある。まあ、それでも200億ドルは賄えるので、これはいいとしよう。問題は、このメキシコとの貿易でアメリカには600万人の雇用が創出されているということである。20%関税によって、これらの雇用の一部は失われるであろう。製造業はメキシコとアメリカとの国境を越えたサプライ・チェーンを築きあげているので、関税によってアメリカの工業部品なども売れなくなるであろう。CNN のニュースによれば、メキシコからの輸入品のうち40%はアメリカ製品だそうだ。それは、それらの産業で働いている人達の雇用を失うことにも通じる。

そもそも20%の関税によってメキシコからの輸入品額が20%上がるのでモノの値段も上がる。20%の関税分をメキシコ側が負担することはない。アメリカの消費者に転嫁させるだけだ。輸出額は大幅に減り、競争力もなくなるかもしれないが、20%の税金は商品価格に反映され、結局、関税分は消費者が負担することになる。経済が成長して物価が高くなるのとは違うので、結局、アメリカの消費者がやりくりに苦労するだけである。特にアメリカとメキシコの場合は、サプライ・チェーンを構築しているのは製造業だけでなく、ウォルマートやベストバイなどの小売業も含まれるので、相当の範囲で物価上昇は避けられないであろう。経済成長なしの物価上昇は市場を縮小させ、アメリカ人の生活を困窮させることになるし、雇用も失われることになるだろう。

そうそう、そしてメキシコ、中国の次は、トランプは日本を狙ってくるであろう。メキシコとの交渉はしっかりと見守ることが必要であると思われる。

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トランプ政権のホワイトハウス報道官は大嘘つきである [トランプのアメリカ]

1月21日にトランプ政権のホワイトハウス報道官であるショーン・スパイサーは会見にて、トランプ政権の就任式の数をマスメディアが過小に報告したことで徹底的に抗議をした(https://www.youtube.com/watch?v=LPlagGOFGeY
)。そもそも、そんな数の大小について、それほど目くじらを立てて怒り、批判することにも問題があると思うが、スパイサーは史上最大の参加者がいたと主張している。スパイサーはそもそも、そんな数は正確には分からないとメディアを攻撃しているにも関わらず、なぜ史上最大の参加者がいたと言えるのであろうか。自己矛盾も甚だしい。
 ちなみに、2009年のオバマの就任式と2017年のトランプの就任式でのナショナル・モールの写真が公開されている。どうみても数が違うよね。しかも、オバマの就任式の時は氷点下7度の寒さであったが、トランプの時は5度であった。まあ、トランプの時はちょっと小雨が降ったので、それは同情すべきところもあるかもしれないが、スパイサーが言うように「史上最大の参加者」では決してない。ワシントンDCの地下鉄の乗降客数の数字でも大きな差があったようで、そのデータはこのモールでの数を反映していると考えられる。
 これらの情報を踏まえれば、トランプ大統領の就任式の参加者は少なかったことは間違いがない。そして、それがトランプ大統領という資質にそれほど重要であるとは思わない。しっかりと大統領としての仕事をしてくれればいいのだ。しかし、このトランプ大統領とかいう輩は、そういう人気投票の数字とかが気になる肝っ玉の小さい男なのである。しかも、そういう事実を受け入れることさえ拒否する。さらに、その「事実」をねじ曲げというか、新しい事実をでっち上げてしまうのである。
 流石にこの事実はアメリカ人も激怒し始めているようだ。NBCのニュース番組にトランプ大統領側近のケリアン・コンウェイが出演して、この発言を擁護しようとしたが(https://www.youtube.com/watch?v=VSrEEDQgFc8)そこで出た言葉が「オルタナティブ・ファクト」である。いや、思わず吹き出しましたね。嘘を「オルタナティブ・ファクト」と言うと、なんかファクト(真実)であるような印象を与える。完璧にロジックを壊している。また、ケリアン・コンウェイはいつも都合の悪い質問をされると、それと関係がないことをマシンガンのように主張し始める。普通は、こういう人は社会から抹消されられる。こういう人達が運営しているようなグループや企業はすぐ信用を失って、相手にされなくなると思うが、トランプ政権は無視をしたくても出来ない。これは、まさにアメリカ、そして我々が民主主義のまさに巨大な陥穽に陥ってしまっているということではないだろうか。
 なんと超右翼のフォックス・テレビまで、この件に関しては強く批判している(https://www.youtube.com/watch?v=M0ZmrpVyoTk)。まあ、クリス・ウォラスというフォックス・テレビの良心がホストであるので、多少、理解できなくもないが、流石にこれは酷すぎると超右翼メディアでさえ捉えたのであろう。
 トランプ大統領の最も大きな問題は、都合の悪い「真実」を受け入れられないことであると私は捉えている。そして、トランプにとって都合の悪い「真実」を報道するメディア、または都合の悪い意見を述べる個人を攻撃することである。その結果、「真実」の価値が失われていく。社会は「真実」に基づいて、政策や多くの決断をしていく。そして、その「真実」が重要な意味を持たない社会においては暴力、戦争などが幅をきかしていく。人間は「真実」に価値を見出したことで、このような暴力的な解決をしないで問題に対処する術を獲得してきたのである。トランプはそういうことが出来ない(トランプは訴訟で一度も和解をしたことがない。正確にいうと、大統領選に勝った後、トランプ大学の件では和解に応じた)。まあ、本当に恐ろしい世界に我々は突入しつつある。

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アメリカ合衆国の社会文化の特徴は暴力的であることではないか [トランプのアメリカ]

 トランプ大統領の就任式が行われたが、それへのプロテストのデモがアメリカ各都市で行われ、150万人を動員したようである。マイカル・ムアーを始めとして蒼々たる人々が、各都市でデモの人々に向かってスピーチを行った。皆、素晴らしいスピーチであったが、私の心を最も揺さぶったのはアシュリー・ジャッドのスピーチであった(https://www.youtube.com/watch?v=pLaAEpPX090)。ヒラリー・クリントンのことをドナルド・トランプは、「ナスティー・ウォマン」と罵倒したが、それを受けて「私はナスティー・ウォマンである。しかし、彼ほどはナスティーではない」という内容を繰り返すスピーチは詩のようにリズムカルであり、情緒性に溢れ、そして人々を扇動するものであった。その他では、ボストンのエリザベス・ウォレン上院議員のものに感銘を覚えたが、まあウォレン上院議員のそれはいつもの通り、板に水を流すように流暢で論理的なスピーチであり、一度、彼女の話を聞けば、トランプ大統領には絶対、票を入れないと思うほど説得力があるものであった。
 さて、しかし最もショッキングであったのはマドンナのそれであった(https://www.youtube.com/watch?v=pLaAEpPX090)。マドンナはウォレン上院議員のように論理と理性に訴えかけるのではなく、またアシュリー・ジュッドのように情緒性に訴えかけるものではなく、ずばりストレートに怒りに訴えかけたものであった。彼女はスピーチで「ホワイトハウスを爆破しようと考えた」と述べ、Fワードを三回ぐらい連発した。まあ、ロックは怒りの衝動を音楽として昇華させる一つの手法であり、ロック・アーティストであるマドンナがそのようなスピーチをするのは納得できない訳でもないが、トランプが行う暴力に対して、暴力に応じるという考え、少なくともそういう暴力的な衝動を刺激するといった内容のスピーチをしたことは、平和的解決ではなく暴力的解決を指向したがるアメリカ的なものであるとの印象を受けた。ちなみに、私はアーティストであるマドンナはそれほど感心してはいないが、人間としてのマドンナはとてもリスペクトしている。しっかりとした考えを持ち、また生き方も誠実であると私は捉えている。しかも、ビッチなイメージが定着しているマドンナであるが、彼女はミシガン大学というミシガンで最も難関な大学に入学している才媛である(アシュリー・ジュッドはハーバード公共政策大学院出である)。まったくもって侮れない大人物である。
 しかし、そのようなマドンナであっても、やはり世の中の課題に対しての解決手法の一つとして暴力的な発想になってしまう(実際はやらない訳であるが)というのは、私はとてもアメリカ的であると思う。トランプ大統領が暴力的であることは間違いないが、それに対抗するグループも暴力的な対抗策を選択肢として捉えてしまうことは、さらにアメリカという国を分裂させていくであろう。とはいえ、対抗するしかないので選択肢もないのだろうが。つくづく、トランプを大統領にしてしまったことによりアメリカ国民が抱えてしまった負債の大きさに愕然とする。
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金沢に来て、地方の危機を再考察する [地域興し]

 最近、地方に来ると、地方の危機を強く感じる。人口減少や高齢化、自動車への過度への依存がもたらした買物難民など、多くの人々が指摘する地方の危機以外に、私が地方に来るたびに実感するのは、付加価値を創出する能力の欠如である。
 ひと昔前であれば、東京から地方へ旅行する大きな魅力は、東京では入手がなかなか難しい食べ物を味わったり、また、その地方固有の生活文化などに触れられたりすることであった。このような地方が東京と異なることによって相対的に生じる魅力こそは、地方のアイデンティティであり個性であった。特に食文化は伝統的には、その地のものを消費していたので、地域・風土が違えば、当然、東京とは違ったものが食べられ、それは地方にとって貴重な観光資源でもあった。
 さて、しかし、最近は大阪、京都、福岡といった大都市や一部の地域(例えば讃岐うどんの香川県)を除けば、地方に行って東京より美味しいものに出会える確率は極めて低くなってしまっている。こういうことを書くと、いや、コスパが違うでしょう、と異論を唱える人も出てくるかもしれないが、コスパにおいても東京より優れた料理と出会える確率は相当、低くなってしまっている。
 これは一年前に宮崎を訪れた時にも感じたが、半年前に北海道を訪れた時にも痛感した。この地の人達は観光客相手に、地の美味しいものを出しているような気分になっているのかもしれないが、悪いけど東京では我々は往々にして、これらのものよりも遙かに美味しく、そしてそれらを安い値段で楽しめている。観光地に来ているというボーナス効果を加えても有り難がることができない場合がほとんどだ。それにも関わらず、地方においてはそのような自覚がない。「東京からわざわざ来たんだったら、○○を食べないと」と言われて注文しても、ほおっと感心するようなものを食べられる確率は低い。しかし、愛想で「流石ですね」などと言ってしまう自分もいる。客に愛想を言っているのではなく、客が愛想を言っているというのが地方の特産品などで売り出している食堂の実態ではないかと私は捉えている。
 名古屋などはグルメ観光を高らかに謳って、観光プロモーションを展開しているが、名古屋にわざわざ食べに行かなくてはいけないような食べ物はない。いや、名古屋にいたら食べますよ、櫃まぶし。しかし、鰻自体は名古屋以外でも美味しいものが食べられる。きしめん、味噌カツ、コーチンで人が名古屋に来るだけの価値はない。そして、確かに相当、美味しいお店は櫃まぶしに関しては少なくとも名古屋に存在することを認めるが、名古屋の鰻屋がどこもクオリティが高いかというとそんなことは決してない。というか、そういう店は名古屋に住んでいても予約を取るのが(名古屋の櫃まぶしの名店は予約を受け付けない店も多い)困難である。つまり、名古屋にわざわざ櫃まぶしを食べにいくだけの価値がある店はごく少数ということである。それなのに、名古屋に行けばうまい櫃まぶしが食べられるかのように宣伝するのは嘘である。こういうプロモーションをしていると、いわゆる「観光地にうまいものなし」を名古屋という地域が証明することになり、逆にイメージを悪くするように思うのだがどうであろうか。
 まあ、似たようなことは東京の月島のもんじゃ、とか横浜の中華街でも言えることなのだが、これらは、それなりに町自体がテーマパークのようになっているのと、誰ももんじゃに味を期待しないことと、中華街は中国人っぽい人達が料理をつくっている、ということで味以外の要素を提供していることが、名古屋全体のグルメ・プロモーションと大いに異なる点である。
 さて、話が随分と横道にそれてしまったが、金沢である。金沢は、このようなひねくれた考えを持っている私をもってしても、「美味い物が喰えるのではないか」と期待させるオーセンティシティを有している。なんといっても加賀百万石である。ということで、昼に近江市場を訪れ、食べログまでチェックして、3.5点以上のお寿司屋さんに入った。そこでランチであるが奮発して、2700円の海鮮丼を注文した。さて、海鮮丼はおどろくほど早く来た。北海道のウニ、蟹、甘エビ、カンパチ、まぐろ、イカ、タコなどが入っている。しかし、どこか新鮮のように見えない。切った後、ちょっと時間が経っているかのような印象を受ける。さて、一口食べると全然、美味しくない。これは、しまったと思うが後悔先に立たず。イカとかは固くなっており、刺身が不思議だと思うぐらい美味しくないのだ。美味しいと思われたのはイクラと甘エビぐらいであった。これは刺身を切ってから、時間が結構経ってしまったということであろう。味的には、東京の寿司屋のランチのちらしとは比較できないほど今ひとつであった。しかも、東京の私が食べる寿司屋のランチのちらしは1000円だが、これは2700円である。近江市場で新鮮なものが食べられると思った私は大きく失望をしたのである。この海鮮丼で食べログの評価が高いことはちょっとあり得ないので、このお店の握りは美味しいのかもしれない。握りであれば作り置きは出来ないと考えられるからである。その日の夕方、近江市場の二階で食べた居酒屋はなかなかよかったことから、金沢の刺身が不味い訳ではない(それでも東京と比べて特別とはいえない)ので、この店の問題であっただろう。ただし、翌日、金沢うどんを食べたが、これもそれほど特別ではなかった。すなわち、今回の金沢旅行では期待を膨らませていたが、あまり美味しいもの、少なくとも金沢に来て美味しいものが食べられてよかったな、と思えるような料理にはありつけなかったのである。
 もちろん、金沢には美味しい店が多くあり、美味しい料理も存在するであろう。ただ、観光化をしているからかもしれないが、それでも、この近江市場の海鮮丼はないと思うのである。こういうことで商売が出来るというのは、観光客相手だからということなのだろうが、そのうち酷いしっぺ返しを食らうのではないだろうか。特に、SNSがこれだけ発達した世の中において、こういうオーセンティックを期待している人達に、オーセンティックではない、というかちらし寿司としてもちょっと違うでしょう、というものを出していることは瞬く間に知られるからである。
 金沢はバーとかも結構、高くていい値段を取る。しかし、店の人は「東京じゃあ、こんな安い値段じゃ、このウィスキーは飲めないよね」とか言ったりするが、場所を選べば飲めたりする。そういうことを自覚しなさ過ぎだ。
 それでもまだ、観光客ビジネスは、東京にはない地元の美味しいものといった幻想、誤解で当分はやっていけるかもしれないが、そのようなぬるま湯的環境では、そもそもない付加価値を新しくつくるようなことは出来ないであろう。フリーライドをしている人ばかりになると金沢の魅力は、早晩喪失してしまうであろう。
 と言いつつ、金沢には付加価値を維持し、さらに次代に継承しようと頑張っている人達、外部から金沢において新たな付加価値を創出しようと挑戦しようとしている人達も多い。私は、金沢にある唯一の「麹屋」である高木商店で、「かぶらずし」と味噌を購入した。また、お麩の専門店である加賀麩「不室屋」でお麩を購入したりした。金に糸目をつけず、しっかりと良質なものを消費しようと調査をすれば、金沢であれば外さないだけの地方固有の価値を提供してくれるであろう。
 ただ、逆に捉えると、金沢であっても、相当調べないと、なかなかいい消費体験が出来ないということである。もちろん、東京だって適当に店に入ったりしていると酷い目にあうだろうが、東京は私にとっては観光地ではなくて生活都市だからね。いい店と悪い店とをよく知っているので、同じ観光地として捉えて比較して、東京にも不味い店があるじゃない?といった感じで緊張感を持たないでいると、本当、東京にすべてやられるような気がするのである。そして、東京に人・モノ・カネだけでなく、文化、個性といった面でも後塵を拝すると、グローバル経済下、そして人口が減少していく中で、地方は本当に大変なことになると思われるのである。これだけ、ユニークなコンテンツを有している金沢でもこんな状況なのだから、他の地方都市はさらに状況が深刻であることを改めて確認した次第である。
 また追記すると、金沢は25年前に比べるとずっとよくなっている。東山の茶屋街、主計町の街並みなど非常に改善されて魅力的になっている。しかし、よくなっていても、まだ根源的な面で東京とは差を埋められていないな、というのも再確認させられた。地方に頑張ってもらわないと日本の将来は暗い。どうにか、この状況を打破できるといいのだが。

タグ:地方の危機
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『ホット・スポット』 [映画批評]

デニス・ホッパー監督の1990年の映画。田舎町にふらっとやってきたハリーと社長夫人の娼婦的なドリー、そしてハリーと同じカー・ディーラーで事務をしている若くて美しいグロリアの三角関係と、田舎町でのブラックメイル、銀行強盗などの様々な人々の駆け引きと裏切りがスリリングに展開する。ドリーの悪女ぶりは、「氷の微笑」のシャロン・ストーンを上回る。エンタテイメント性が極めて高いハリウッド映画的なジャンルでは傑作であると思われる。





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今井幸彦編『日本の過疎地帯』 [書評]

 1968年に出版された岩波新書。今井幸彦氏は共同通信者の社員であり1918年生まれ。1981年に鬼籍に入る。ほぼ50年前に書かれた本であるが、現在の日本が抱える人子減少問題を先取りしている。そして、この本において指摘されている過疎地域が抱える問題は、現在でもまったく解消されていないどころか深刻化し、さらに全国的に広がっている。作者は、この過疎という現象を病に例え、「なにか中世におけるペストのように思われてきた」と述べている。それはペストのように「人々はその原因も予防も、治療法も知らず、町の辻々に火をたいて空気が浄化されると思い、あるいは魔女の仕業だと罪もない何千何万という女性がつぎつぎに殺されたり・・(中略)。しかし、違っている点は、過疎とは、これをなんとしてでも食い止めなければならぬものなのかどうかさえわかっていないことだ。」
 その答えは50年近く経った今でも、分かっていない。ただ、1968年に起きた過疎現象の要因は、エネルギー革命による炭焼きの需要がなくなったことが、特に山間部では大きかった。また、農村はもちろんのこと山間部や奥地も市場経済が浸食し、ライフスタイルを都市型に変えたい欲望が芽生え、現金収入を得るために仕事をする必要性が高まったことも大きい。さらには、過疎現象と並行して、都心部では圧倒的な労働力不足という状況にあり、単に過疎地から押し出す力だけではなく、引っ張り出す力も強烈なものがあった。1960年代は日本という国土の人口配置がパラダイム・シフトをするように大きく変化をしていった時代であり、地方における国勢調査の人口減少の比率は「地方消滅」といわれ始めた2010年〜2015年よりもはるかに大きなものであった。
 『道路整備事業の大罪』という下品なタイトルの本を著した私が大変、興味を抱いたのは、著者達が道路を整備すると過疎化が加速するといった現象がみられることを既に観察していることである。ちょっと引用したい。「つまり道路が整備され交通量が増大するに従ってこれら沿道諸部落の過疎化が促進されたことは、先に滋賀県葛川地区でみてきた通りで、交通機関の“革命”と、沿岸都市部への時間的短縮にあるとみられる。」(p.114)
 私が拙著で指摘したような状況は既に1960年代にみられていたにも関わらず、その後も「限界集落を守る」ために道路を頑張って整備して、結果、集落から人がいなくなるということを日本の道路事業は積極的にやってきたわけである。それを、改めて指摘をした私の本も認めない人が多いが、そうやって地方部を、都市を中心とした市場システムに組み入れ、地方を殺してきたというのが、日本の道路行政である。そういうことが既に1968年に著されていた本書にて指摘されていたというのは発見であった。他にも過疎化がストップをした事例は、民間人がリーダーとして頑張ったところであって、役場が頑張っても空回りをするだけだ、などの興味深い指摘がされている。
 現在の日本は一部の地域だけでなく、全国レベルで人口減少が進んでいるような状況であるが、その現状をしっかりと分析するうえでも極めて貴重な視座を本書は提供してくれる。そして、著者はこれは日本の大問題であると指摘しているが、現在からみるとはるかに牧歌的に見えてしまうのは、それだけ現在の日本が危機的状況にあることの裏返しであろう。 


日本の過疎地帯 (1968年) (岩波新書)

日本の過疎地帯 (1968年) (岩波新書)




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オバマケアの意義 [トランプのアメリカ]

 オバマケアとはアフォーダブル・ケア・アクト(ACA)の別名である。2010年に議会を通過した医療保険制度を改革する法律で、具体的にはより多くのアメリカ国民に医療保険に加入してもらえるようにした。それまでは、保険会社は持病を抱えている人の保険加入は断れたし、保険金の支払いの上限を設けることができたが、医療費の自己負担分の上限も設定された。
 マイケル・ムーアが2007年の映画「シッコ」で描かれたような、高額の医療費を保険がカバーできずに治療できずに亡くなるような人が、このオバマケアで激減することになった。オバマ政権のレガシーとして捉えられている。
 しかし、このオバマケアはトランプが大統領になることと、共和党が政権を握ることで、風前の灯火と言われている。また、多くの州において保険会社が独占的状況にあったため、想定した市場での競争がみられなかったところは、むしろオバマケアが導入された後、保険が高まったりして、それを理由にオバマケアが失敗だと指摘する人もいる。
 ただ、このCNNのニュース動画では、長年共和党を支持していた人が、このオバマケアを廃止させるために先頭を走っているポール・ライアン議員に、「オバマケアは本当に素晴らしい、なぜ変える必要があるのか。オバマには心から感謝している」と述べている。まあ、ライアン議員には蛙の面に小便といった効果しかなかったのかもしれないが、私はちょっと心を揺さぶられた。『シッコ』が描かれた時代では亡くなっていたであろう人が、オバマケアのおかげで生き延びることができた。こういうのが政治なのではないか、と思わさせられた。そして、トランプはオバマの政治的成果を無に帰そうとしている。なんて愚かな。そして、そんなトランプを大統領に選んだアメリカも愚かな国である。
http://edition.cnn.com/2017/01/12/politics/audience-member-paul-ryan-town-hall-obamacare/index.html?iid=ob_lockedrail_topeditorial
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トランプは心理学者の分析だと、恐ろしいほどのナルシストであるということだ [トランプのアメリカ]

 まだ、トランプ氏が当選する前にCNNが心理学者ゲール・ザルツ博士に、トランプ氏の性格分析、そして大統領の適性などを取材した動画がある(下記)。
https://www.youtube.com/watch?v=MFHFsWN8VCE
 ザルツ博士は、直接診断していないので、しっかりとした分析ではないが、これまでの発言などから「強烈なナルシスト」であると判断している。そして、このようなナルシストは大統領として適性があるのか、という質問に、それは諸刃の刃であり、自信過剰のところは往々にして優れた大統領の構成要素ではあるが、自分中心というのはむしろ反対の要素であると述べている。
 次の動画も、彼が精神病であると解説している(下記)。
https://www.youtube.com/watch?v=2_jXt6v4I8g
 ここでは9つの側面から彼が精神的にみると病んでいると述べているが、なかなか説得力がある。
1)病的な嘘つきである
2)感情をコントロールできない
3)偉大であるとの誤解
4)飽きやすい
5)自分が一番、状況(世の中)を理解していると思っている
6)不道徳なロマン
7)批評に堪えられない
8)謝罪をしないのと恥知らずである
9)共感する気持ちが欠如している
 問題なのは、このような精神的に病んでいる人が核ミサイルのボタンを持てているということである。これは、冗談ではなく大変恐ろしいことである。

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イヴァンカ・トランプのアパレル企業の商品の半分は中国で製造されている [トランプのアメリカ]

 トランプは選挙活動中、中国との貿易赤字を取り上げ、中国だけでなく、中国に製造拠点を置いている企業は「不道徳」であると強く批判していた。さて、しかし、イヴァンカ・トランプのアパレル企業の商品の半分は中国で製造されていて、それ以外もほとんどインドネシアなどアメリカ合衆国以外で製造されている(下記参照)。
http://edition.cnn.com/videos/politics/2016/12/13/ivanka-trump-made-in-china-griffin-pkg.cnn
 トランプは自分のことを棚上げして、他人そして他国を強烈に攻撃するという傾向がある。そして、彼の主張は「事実」に基づかない。彼と「交渉(deal)」しなくてはならない日本の政治家、企業はこの点を相当、留意しなくてはならないであろう。嫌な仕事であろう。

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トランプは日本が嫌いであるという印象を受ける [トランプのアメリカ]

 トランプ大統領は1月11日の記者会見で、「中国、日本、メキシコとは貿易不均衡で毎年数千億ドルを失っている」と日本を名指しで批判した。ここで、私がとても気になったのは、米国の貿易赤字国ランキングの2位であるドイツに言及していないことである。ちなみに1位は中国、2位ドイツで3位日本、4位メキシコとなっている。なんでドイツをスキップしたのか。トランプの父親がドイツ系ということもあるかもしれないが、納得ができない数字である。ちなみに、米国への輸出額をみると日本の1313億ドルはメキシコからの2964億ドルの半分以下である。
 以下は、憶測での話なので無責任なことを書いてしまうのだが、私はどうもトランプのロシアへの過度の偏向、そしてそれと同時に中国への攻撃性の高さなどから、スラブ、アングロサクソン系を好み、アジアを蔑視するような考えを潜在的に有していると思うのである。トランプの3人の妻のうち、2人はアメリカ移民一世で訛りが極めて強い英語を話すスラブ系の女性であること、今回のドイツを批判から外すこと、などからも私は人種差別的な傾向をみてしまうのである。
 したがって、日本は相当、トランプ下ではやられると私は見ている。少なくとも米国輸出関連企業は、これからの4年間は相当、苦労することになるだろう。自民党はTPPに対して楽観的な見方をしていたが、トランプのメキシコ国境の壁、などの持論への執着の高さなどから類推するに、TPPをアメリカが批准することは、この4年間ではまずあり得ない。その公約を守ることが、トランプの大統領としての生命線でもあるからだ。どちらにしろ、日本にはまったく肯定的なイメージは本心では持っていないという印象を受ける。これからは、アメリカ人だけでなく、日本人にとっても大変な4年間になりそうだ。

タグ:トランプ
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トランプのマス・メディアへの挑戦は、民主主義への冒涜以外の何ものでもない [トランプのアメリカ]

 トランプ次期大統領は民主主義下の選挙によって(ロシア政府によるハッキングの支援はあったかもしれないが)大統領に選ばれた訳だが、彼は一生懸命に民主主義を壊そうとしているかのようだ。
 民主主義とは、諸個人の意思の集合をもって物事を決める政治体制である。これがしっかりと機能するためには、諸個人がしっかりとした意思を有することが不可欠であるのだが、そのためにはマス・メディアが公正な事実を伝えるという役割を果たさなければならない。これは、民主主義と社会主義の大きな違いであり、私がいろいろな問題がありつつも民主主義の方がましだな、と思う大きな理由であったりもする。
 さて、その民主主義国家の大統領となれば、そのような民主主義が機能すべき条件を死守することが当然であると思われるのだが、彼はCNNのように極めてまともなマス・メディアを「デタラメニュース」と呼び捨て、取材会見にてCNNの記者に質問さえさせなかった(下記の動画参照)。
http://edition.cnn.com/2017/01/11/politics/donald-trump-press-conference-highlights/index.html
 CNNはトランプ次期大統領に都合の悪い「真実」を報道しているが、それを報道しているのは、それが「事実」であるからだ。トランプ大統領は前回のブログで書いたが、自分の都合の悪い情報は、それを「歪曲」して人々に伝える。ツイッターというメディアを駆使するトランプは、自分自身が情報の発信源となり、自分の都合のよいように情報を加工し伝えるのである。そして、悲しいことに多くのアメリカ人がその情報をもとに状況を判断しようとしている。加えて、先のCNNの動画からも分かるのは、トランプ次期大統領がCNNの記者に質問さえさせず、この記者が「That is not appropriate (それは適切ではありません)」と抵抗しているのを冷酷に無視するトランプの対応に取材会場から拍手が起きていることだ。この拍手をしているのは、マスコミ関係者であると思われるのだが、その人々は、それはマスコミ全体の危機をもたらす深刻な事態であることが分からないのであろうか。私はトランプの対応の酷さに愕然とするのと同時に、この拍手をしている人達がいることに強いショックを受けた。おそらく、このように拍手をしている人達によってトランプは当選したのであろうが、マス・メディアが機能不全に陥った時は、民主主義も死ぬ時である。もちろん、民主主義でなくても御用メディアは必要であろうが、それはもはやジャーナリズムではない。それが理解できているから、右翼系のFOXニュースのアンカーであるメーガン・ケリーはトランプと強く対立しているのだ。
 しかし、アメリカのマス・メディアはまさに大変な危機的状況にある。ここが正念場であるし、アメリカのマス・メディアがトランプにしてやられたら、それはアメリカという国が大きく瓦解するターニングポイントになるであろう。「アメリカの民主主義」対トランプという4年間に及ぶ戦いが今、火ぶたを切った。そして、その戦いの火の粉から日本人も逃れることはできないであろう。

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おせち料理を食べない人達 [グローバルな問題]

 年末から正月にかけてスキー場のホテルに来ている。このホテルはバイキングなのだが、元旦の朝食はさすがにおせち料理とお雑煮が提供された。しかし、おせち料理だけでなく、白飯も提供されたり、パンなども提供されたりしていた。むしろ、通常のバイキングの朝食におせち料理と雑煮が追加されたような形であったかもしれない。流石に私の家族は、おせち料理しか取らなかった。それは、お正月の雰囲気を味わいたいということもあるが、日本人としておせち料理という貴重な食文化を継承させるうえでも、その程度の自覚を持たなくてはいけないと思っているからだ。などといいつつ、おせち料理をつくっていない、という点でまったくもって立派ではないことは自覚しているが、毎年、正月に旅行をするのは、家内とおせち料理を巡って夫婦げんかをすることを避けるためであったりするので、その点は許していただければと思う(おせち料理を準備すると、7割以上は私がつくってしまい、毎年の恒例のように夫婦げんかをしてしまうので)。
 まあ、つくるということを放棄しても、せめて消費することはしないといけない、ぐらいの自覚はあるが、周囲のお客さんの多くは正月から白飯を食べたり、パンを食べたりしていた。おせち料理が嫌いなのだろうか。それとも、普段、食べ慣れていないものを食べることに抵抗があるのだろうか。外国の方なのかと思ったりしたが、日本語をしゃべっているし、このホテルは、そもそもあまり外国人は来ない。なんとも不思議な光景である。確かにおせち料理をつくることを放棄した私が言うのは、図々しいところはあるが、日本人が日本人であることの一つとして、日本文化を次世代の人類に継承する役割を担うことがあると思う。つくらなくても消費する、そのような文化的な活動にせめて食べるということで貢献してもいいのではないかと思う。そういう考えもない人達は、本当に日本人なのであろうか。嫌味ではなく、ちょっと真剣に考えさせられている。
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ドナルド・トランプの「ロシア・ハッキング」に関する嘘 [トランプのアメリカ]

 ドナルド・トランプがアメリカの大統領になってからこの二ヶ月ほど、ほぼ一日に2時間はCNNやNBC、CBSなどのアメリカのニュース番組をインターネットチェックしている。ホームページを最近、更新できていないのは、それが理由である。さて、トランプは知れば知るほど、恐ろしく酷い大統領であり、このような人物は中東やアフリカの小国ではあり得ても、アメリカという大国の大統領になり得るというのは信じられない。まるで悪夢を見ているかのようである。この悪夢の4年間をどうやって生きていけばいいのか。その恐怖ともいうべき不安が、私に多くの情報を入手させようとしていると思う。ということで、相当のトランプ・ウォッチャーになりつつある昨今であるが、NBCのレイシェル・マドーの1月6日のニュースはもうあまりトランプの出鱈目ぶりに驚かなくなった私でも驚いた。マドーも驚愕している。
 ロシアが前回の大統領選でサイバー攻撃をした証拠があるとアメリカの情報機関がその報告書を公開した。これは、すべての人が閲覧することができる。しかし、トランプはこの報告書を踏まえて、米国民に話をしたのだが、その報告書と違う内容を伝えたのである。報告書は誰でも閲覧できるにも関わらず、その内容と異なる嘘をトランプ氏は話したのである。嘘をつくにもあまりにも酷い。というか、どのような神経をしているのであろうか。そういう人が大統領をしている国というのの怖さを我々はしっかりと自覚した方がいいかと思う。レイシェル・マドーのニュースは下記で見ることができる。

https://www.youtube.com/watch?v=nqHJCxdidsA

タグ:トランプ
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トランプはメキシコに壁をつくると主張するが、なぜカナダとの国境にはつくろうとしないのか [トランプのアメリカ]

トランプは、大統領選挙中にメキシコに壁をつくると主張して一部の、しかし彼を大統領にするだけには十分の支持を得たが、アメリカは何もメキシコだけが陸続きの国境である訳ではない。カナダとも陸続きの国境をメキシコより長距離、有している。トランプや彼を支持する人達は、普通、国境には何かしらの障害がなくてはいけないであろう、と一般論を述べて、その政策の費用対効果などを疑問視する人達に回答しているが、一般論であるならカナダとの国境にも壁をつくるべきである。明らかにメキシコに対して差別的な対応である。これは、ちょっと問題であると思われるのだが、誰も指摘しているように思えないので、ここに記させてもらう。

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ポケモンGOをしない人が、しない人に取材をして、へんな分析をすることは止めてもらいたい [その他]



12月12日からポケモンGOのポケモンが追加されることになった。ちょうど、その前日に私はポケモンをコンプリートさせた(海外バージョンのガルーラとケンタウロスはゲットしていない。バリヤードはゲットしている)。ちょっと、このように告白すると恥ずかしい。いい大人がポケモンGOをしていることを恥じている自分がいるからだ。さて、そのようなポケモンGOであるが、「若者がポケモンGOから離れた理由」(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161216-00000002-zdn_m-sci)などと、したり顔で分析している人達が多いことが気になっている。ポケモンGOをしていない若者に取材をして、ポケモンGOをしていない人が、なぜポケモンGOをしないのかを聞いても、その理由が分かる訳がないだろう。私はホヤが好きでないが、「ホヤを食べない」人達がなぜ「ホヤを食べないのか」を、本人もホヤを食べない人が取材をして分析を試みても、ホヤをマーケティングする戦略が見えないことと同じである。ホヤを食べる人達はとても多くいて、それらの人をマーケットとして、ホヤ産業は十分に成立している。別に、我々のような「食べない人達」が食べなくてもどうでもいいのである。このエッセイは、「新ポケモンの追加でさらなる盛り上がりを見せるポケモンGOですが、若者たちをどこまで取り込んでいけるのでしょうか」と締めているが、私からすれば、今の状態でも十分にポケモンGOをする人が多すぎて、盛り上がっていて、ちょっと困っているぐらいである。これ以上、増えると逆に一人当たりの効用は減るので、そこまで儲けなくてもいいだろう、という気分である。さて、それでは、なぜ私のように未だポケモンGOをする人がいるのに、飽きている人もいるのか。ポケモンGOをしている私が解説したいと思う。

まず、ポケモンGOというゲームの本質を理解していない人が多いことが挙げられる。別に本質を理解したとしても、それに興味を持たなければどうでもいいことであるが、それを知る前に飽きてしまう人が多い。多くの途中で飽きた人達は、このゲームはポケモンをゲットすることが目的であると考えている。それも一つの側面であるが、このゲームはポケモン・ジムにて、バトルをしながら陣取り合戦をすることこそが、もう一つの目的であり、これはなかなか楽しいゲームであると私は捉えている。そして、バトルをするためには、ゲットしたポケモンを強化させなくてはならない。この育てる、という側面もこのゲームを楽しくさせている点だ。どのポケモンを鍛え、ジムに参戦させるのか。タイプごとに、戦略ごとに、いろいろと考えなくてはならない。ポケモン・ジムで参戦をして勝てばコインがもらえる。コインによって、孵化器などのグッズを購入することができる。孵化器はポケモンの卵を孵化させるのに必要な道具で、いくらあっても困らない。お金を払っても買うことができるが、流石にそれはちょっともったいないので、私は毎日、海外にいても10コイン(最低の単位が10コインから)はゲットするように努めている。このコインのインセンティブがあることは、プレイする人達の大きなインセンティブになっていると思う。このバトルのシステムは非常によく考えられており、つくづく、このゲームは洗練されていると思う(タイプごとに弱点と強みがあるところとか)。私は、駅から家に帰る際に、2つ、状況に応じては3つほどジムを訪れ、バトルをしてから帰宅をしている。バトルをしている姿は、ちょっと人に見せられなくて、その点は相当、このゲームの弱点ではあると思うが、喫茶店でやれたりもするところがあるので、それは助かっている(ゲームをしているのではなく、メイルを打っているように見えるからである)。
 ポケモンGOをポケモン・ゲットと捉えている人が飽きてしまうのはもったいないと思うが、このゲットするという行為自体にも、なかなか楽しい工夫が為されており、もう少し真剣にやれば楽しみが分かると思うのである。レア・ポケモンのポケモンの巣に訪れて取るのは、あたかもカブトムシがわんさかといる森に行って、それらを取る時のような興奮を覚える。そして、そのために知らない公共空間(たいてい公園などの公共空間がポケモンの巣に設定されている)を訪れるのも悪くない。こんないい公園が東京にはあったのか、などを知る機会を提供してもらって感謝をする時もあるぐらいだ。
 私の場合は、子供達はあまり興味を持っていないが、家内もはまっているので、なかなか夫婦のコミュニケーション・ツールとしてはプラスになっている。もちろん、そういうのがまったく不要なおしどり夫婦であれば、いらないのであろうが、ちょっと夫婦仲が怪しい場合は、ポケモンGOはプラスしかもたらさないであろう。
 私の子供は一人が大学生で、ポケモンGOは家族で最初に手を出したのだが、一番早く飽きた。それは、ポケモンGOというゲームに問題があるというよりかは、その奥深さを追求するような意欲、好奇心が欠けているからである。そんな、好奇心のない若者に媚びて、合わせていたら、ゲーム自体の楽しさを損なう。というか、バトルをしているとつくづく感じるのは、皆、やり過ぎ。香港とかに来て、おっ!ここはポケモンのレベルが低いな、と喜んだのだが、バトルでやっつけても瞬時でまたバトルを仕掛けられてしまう。レベルが低いが、ポケモン・バトルの参加度は東京を上回るのではないだろうか。ポケモンGOに嵌まっている人達は、既に世界中に十分いるし、私としてはちょっとコインを稼ぐためには、皆があまりにもポケモン・バトルをやり過ぎるわ、と自分のことを棚に上げて思ったりしているぐらいだ。現状のポケモン・ジムの数からすると、参加者は飽和数に近いのではないだろうか(いや、さらに参加者が増えればジムを増やすだけでしょうが)。ということで、本当、ポケモンGOをしない人が、しない人に取材をして、へんな分析をすることは止めてもらいたい。というか、したり顔は格好が悪い。

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Resilienceという最近のバズワード(Buzz Word)に関して考える [都市デザイン]

香港で開催されているパシフィック・リム・コミュニティデザイン学会に参加している。そのテーマであるが、「Agency and Resilience」である。日本語に訳すと、「組織と回復力」になるのだろうか。Agency はステーキホルダーのような意味で使われているようだ。コミュニティ・デザインを遂行させていく「組織」的なイメージであろうか。それはともかく、気になるのは「Resilience」である。これは、最近、都市計画関係の「バズワード」(Buzz Word)のようになっており、回復力・復元力のようなものが都市計画・都市デザインの重要なテーマになっている。最近、東北大震災をはじめとした自然災害が世界中でも起きているので、これにどう対応するかは大きな課題であるが、香港中華大学のミーカム(Ng. Mee Kam)先生の講演では、自然災害はもちろんのこと人的災害に対するResilienceが重要だとの指摘があった。

これは結構、示唆に富んでいる。というのは、コミュニティもそうであるが、個人ベースでも、いろいろと酷い状況に追い込むのは社会的、人的要因が大きいからだ。それにいかに抵抗して、与えられたダメージを復元させていくか、ということは自然災害よりむしろ重要であるかもしれない。ミーカム先生は香港での都市再開発で土地を強制収容された人達、コミュニティをいかに復元させていくか、という話を中心にしていたが、日本に目を向ければ、福島第一原発で大きなダメージを受けた人々、コミュニティの復元をどうするか、ということは真剣に考えなくてはいけない課題である。今回の学会でも、東北大震災の被害からいかに復元させようとしているか、というプロジェクト事例はいくつも発表されたのだが、福島原発がらみのプロジェクトでの発表は皆無であった。当たり前である。復元はほとんど出来ていないし、復元の兆しでさえ見えないからである。それどころか、福島を脱出した人々が、脱出先でいじめに遭っていることが、最近の新聞やメディアを賑わしているような状況である。ダメージの復元どころか、ダメージが加えられているのだ。そして、このようなダメージはすべて人的要因に基づく。確かに津波による停電が原発事故のきっかけかもしれないが、そのような事故が想定されていたにも関わらず、対策を怠ったこと、そして事故が起きた後に、しっかりと責任を取らず被害者の自己責任のような状況に追い込んでいること、というか、そもそもこんなに危ないものをつくってしまったこと、などはすべて人間の責任である。

さて、Resilienceというのは被害者を主体とした言葉である。都市計画は行政が執り行い、都市開発などは住民視点だと行政が加害者となる。そして、原発なども行政が加害者側に位置づけられる。ということは、Resilienceを政策に位置づけることは相当、無理がある。自然災害であれば位置づけられるが、人的災害に対しては難しい。不可能に近い。そういう中で、コミュニティや住民がResilienceを持つようにするのか。都市計画では難しいが、ボトムアップのまちづくりであれば可能かもしれない。そして、そのようなアプローチを可能にさせるのは民主主義(デモクラシー)が洗練されていないと難しい。そういう点では日本はそれほど期待が持てないかもしれない。とはいえ、それを放棄すれば「回復」させる可能性はゼロである。人的要因でダメージを受けると、それに何もしないで回復させようとすることは無理である。いろいろと大変なことも多いが、抵抗をし、努力をしなくてはならない。そのための方策論は、行政の政策ではなく、住民レベル、個人レベルでのものではなくてはならない。ということに気づいたが、その具体的な方法はまだ見えない。それを見出すのは、私の課題であると考えている。

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『後妻業の女』 [都市デザイン]

機上の人。食事をする時には本も読めないし、ラップトップで仕事も出来ないので、映画を観てしまう。ハリウッド映画の名作を観ようとしたが、あまり食指を動かしたいものがない。そういう時には最近では邦画を観る傾向がある。というのは、アットランダムで映画を選んだ場合、ハリウッド映画よりも邦画の方が観るに値する作品に当たる確率が高いからだ。そして、観たのが『後妻業の女』。大竹しのぶの怪演が凄い。そして、世の中、弱肉強食であるというストーリーもぐいぐいと引き寄せるし、シナリオ自体もとてつもなく面白い。私をも含む一般的な人も、いつこの日常生活の陥穽に落ちてしまうか分からない、という臨場感が、この映画をそこらへんの恐怖映画より背筋をゾッとさせるものにしている。まあ、所詮、「結婚紹介所」のようなビジネスは相当、あくどいというのは想像できるが、それを詐欺の機会として捉えると、こんなに怖いことが展開できるのか、ということを観る者に知らしめた点で、逆にこの映画を観て何か詐欺のヒントを得る人が出てきそうで怖い。前情報なしに観たのだが、相当、観るものにインパクトを与える娯楽作品である。このような観た後の充実感は、最近ではハリウッド映画ではなかなか得られない。ハリウッド映画に比して、邦画の質の高さを改めて実感する。


後妻業の女 DVD通常版

後妻業の女 DVD通常版

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • メディア: DVD



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下北沢駅前の再整備は、日本のまちづくりが民主主義的に行えるのかのリトマス紙のようになっている [都市デザイン]

 小田急線が地下化したことで出来た上部周辺のまちの関わり方を考える「北沢PR戦略会議」の第二回全体会議に傍聴者として参加した。日曜日の朝の9時30分という厳しい時間であったにも関わらず、発表者達はもちろん、私のような傍聴者も多く、これはやはり下北沢という街が有する魅力故なのではないかと感じた。世田谷区長の保坂さんも出席をしていた。彼の下北沢への強いコミットメントがうかがえる。
 さて、これはなかなかボトムアップ的なまちづくりとしては画期的な試みなのではないかと思っている。市役所主導ではあるが、6つの活動テーマ(下北沢を緑化するグループ、下北沢案内チーム、イベント井戸端会議、ユニバーサル・デザイン・チーム、エリア・マネジメントのグループ、シモキタ編集部)に分かれた住民グループが、それぞれ、下北沢をよくしようと積極的に活動をしている。大企業による街づくりは、土地を使っていかに金を稼いでやろうか、というモチベーションで展開されている。大企業の人達は投資額も大きいし、彼ら・彼女らは賢いので、広告などもうまく活用し、起動時においては結構、街づくりが魅力的に映えたりする。武蔵小杉や二子多摩川などが、まさにそのような典型であろう。そのような街づくりに比して、住民やそこで仕事をしている商店の人達が主体となって街づくりを進めているのが、たとえば自由が丘や岐阜県の郡上八幡、長野県の小布施などであろう。このような街は、必ずしも利益だけでなく、その街がどのように持続していくことが可能であるか、自分達の生活もかかっているので真剣に考える。自由が丘も郡上八幡も、コンサルタントとかが「他にこういう優れた事例があります」などと紹介すると、「なんで他の事例を聞く必要があるのか。自分たちの町がどうなるかを考えることこそが重要なんだ」と回答するそうであるが、他人の真似ではなく、自分たちのポテンシャルをいかに活用することこそが重要であることを強く自覚しているからこそ出てくる発言であろう。
 そして、今、下北沢は商店主や住民などが中心となって街づくりをしようと動いている。この会議でも、緑化グループなどは駅前広場の活用で、なかなかクリエイティブな優れた意見が出ていたりした。
 さて、一方でこのようなアイデア出しがされているにも関わらず、どこかで駅前広場の設計が着々と進んでいる、という話を聞いた。すると、せっかくソフト面での優れたアイデアが出ても、それが実現しにくいことになってしまう。私もそのような問題提起をしてみた。そこで出てきたのは、「そんなことを言っても、ここまで積み上げてきたので後ろに戻ることは出来ない」というような回答であった。これに関しては、会場からも不満がもたらされていた。
 私は、役所の人がこのように回答するのはある程度、想定されたが、何かしっくりとこない違和感を覚えた。この違和感を考察していて、あることに気がついた。というのも、都市デザインとか都市計画とかは、あくまでも方法論、手段であるはずなのに、いつの間にかそれが目的になってしまっているということだ。つまり、人々が出すアイデアを具体化させる方策、手段として都市デザインや都市計画がある筈なのに、これらの事業こそが目的になってしまい、その出来上がったものをいかに活用するというためのソフトのアイデア出しになってしまっているのだ。つまり、主客転倒しているのだ。
 このような目的と手段が置き換わってしまう状況は、道路事業、原発などにも共通することであり、2020年の東京オリンピックもオリンピックという都市整備のための手段が目的と置き換わってしまっている。どうして、こういうことが起きているのかというと、公共事業が人々の生活を豊かにするという本来の目的から逸脱して、公務員がサラリーマン的にそれを遂行することこそを最優先に捉えてしまっているからであろう。
 この構造を変えない限り、日本において優れた公共空間、都市空間はつくれないであろう。下北沢はまさにその試金石となっている。下北沢は住民の力、そして思いが非常に強い。この住民の「声」が、実際のまちづくりに届かないのであれば、どこで届くことが出来るであろうか。まさに、日本のまちづくりの瀬戸際に立たされているのが下北沢なのではないだろうか。
 私も微力ながら、住民の「声」が駅前の公共空間に届くように出来ることをしていきたいと考えている。

タグ:下北沢
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