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グレート・スモーキー・マウンテン国立公園を訪問する [サステイナブルな問題]

グレート・スモーキー・マウンテン国立公園を訪問した。私は、アメリカの国立公園通である。ほとんどのアメリカ人よりアメリカの国立公園に詳しい。日本で「アメリカの国立公園」という本が出た時は悔しかった。先に出されたためというよりかは、その内容がほとんど私の知識の範疇のものであったからである。当時、都市計画学会から国際都市計画用語辞典という辞書を編集しており、その中で国立公園というキーワードの執筆を担当したのだが、委員の先生にこの「アメリカの国立公園」を読んで勉強しなさい、と言われた時は本当に悔しかった。私はアメリカの国立公園の本に関しては原書で小学校の時より読んでいたので(アメリカに住んでいたので)、こんな本を参考になぜしなくてはいけないのか、という思いであった。やはり、本を出さないと詳しいとは思われないのか、と痛恨の思いであった。というほどのアメリカの国立公園通を自負する私であるが、まだ足を延ばしていない国立公園が幾つかある。西はチャンネル・アイランドとノース・カスケード以外はほとんど網羅したが、アラスカはデナリとキーナイ・フィヨルドしか行ったことがなく他は未踏である。東もエバーグレードやシェナンドーといったところは押さえていたが、肝心のグレート・スモーキー・マウンテン国立公園は今日まで訪問できずにいた。これは痛恨であった。なぜなら、東には国立公園として指定されるに値する場所はほとんどないが、グレート・スモーキー・マウンテン国立公園だけは例外である、というかグレート・スモーキー・マウンテン国立公園だけは指定に値する、といった記述をどこかで若い時に読んだからである。そのような立派な国立公園であるのに、アメリカの国立公園通を気取っている私が訪れていないことは、誠にもって恥であると私は今日まで捉えていた。

ということで、チャタヌーガへの取材旅行に行く途中で、このグレート・スモーキー・マウンテン国立公園に訪れたのであった。グレート・スモーキー・マウンテン国立公園はテネシー州で三番目の都市であるノックスビルから車で1時間ほどの距離にある。ノックスビルの郊外のホテルに泊まっていた私は、レンタカーで早速、このグレート・スモーキー・マウンテン国立公園に向かった。途中、道を間違え、1時間ほどロスをしたが、どうやら到着できた。最初にケーズ・コーブという牧場に行く。牧場といっても、もう畜産等は行われていない。ちょっと尾瀬のようなイメージである。ここは、17キロほどの一方通行の狭い道路を走らされる。道路は結構、ぼこぼこであるが、これがまた風情を出していい。小川などは道路を突っ切って流れており、自動車は小川を越える時に、水に濡れることになるが、これもなかなか風情があってよかった。綺麗に道路を整備することばかり考えている日本でも見習って欲しい、道路と環境との共生の有り様である。すなわち、道路もアンティークな方が景観的にはいい味が出て、周辺の環境と融合するといったことである。ケーズ・コーブの折り返し点にはビジター・センターがある。このビジター・センターがまた古びた、今にも朽ちそうな建物であるところに風情を感じる。こういう風情は、日本人は表現するのが得意であったと思うのだが、どうも第二次世界大戦でアメリカに負けてから失ってしまっているような気がしてしょうがない。逆にアメリカから学ばなくてはならないような状況になってしまっている。残念だ。このケーズ・コーブは野生動物が多く見られるということだそうだが、私は見られなかった。当たり前だ。これだけ、多くの自動車が走っていて、野生動物が近づいていたとしたら、もはやそれは野生動物ではない。

あまり、時間がないので、ケーズ・コーブを一周した後は、同国立公園で標高が最も高いクリングスマン・ドームに行く。ここは、テネシー州でも最も標高が高く、東海岸でも三番目に高い。とはいっても2025メートルであるから、大したことはない。クリングスマン・ドームはあまり晴れることもなく、また大気汚染のせいで視界はあまりよくないと解説されていたのだが、幸運なことに、360度の素晴らしい展望を楽しむことができた。それは、それで相当の絶景であった。確かにブルー・リッジと言われるように、青く広がるランドスケープは素晴らしいものがある。

とはいえ、ここが果たして国立公園として無批判的に指定されるほど素晴らしいかと言われると、ううむ、難しいところがあるな、と言わざるおえない。いや、確かにシェナンドー国立公園よりは、はるかに素晴らしい自然が残っている。景観も、シェナンドー国立公園よりかは、はるかにインパクトがあるし、希少性も高いであろう。何より、その規模の大きさは魅力である。そして、このアパラチアン山脈の生態系を保全するうえでは、規模の大きさを考えなくても、ここがおそらく最適であるということは間違いないであろう。しかし、そのランドスケープや生態系の異様さ、特殊性という観点では、ヨセミテやグレイシャー、グランドキャニオン、グランドテトン、イエローストーンといった横綱クラスは勿論のこと、バージン・アイランド、セコイア、クレーターレーク、マウント・レイニア、アーチス、ザイオン、ブライスキャニオンといった大関クラスだけでなく、キャニオンランド、ラッセンボルカニック、キャピタルリーフ、レッドウッドといった三役クラスさえも下回る。すなわち、東では最高クラスではあっても、せいぜい全米では平幕かな、という印象である。まあ、グレート・ベースンといった1986年に国定公園から格上げされたしけた国立公園が西にもあるが、それと同じレベルくらいか。とするとシェナンドーは十両か。もちろん、国立公園として保全することに対しては、まったく異論はないが、観光的な観点からすると、死ぬまでにみなくてはならないようなものではない。確かにクリングスマン・ドームからの展望は素晴らしいものがあるが、これはパラナ州のセラ・ド・マーの絶景や、クレーターレークの狂気的な藍色、イグアスの滝、デナリ山の大渓谷、ヨセミテのグレーシャー・ポイントからの絶景、バンフ国立公園のルイズ湖、グランドキャニオンなどとは決定的に異なる凡庸さがある。というか、八甲田山からの展望の方がはるかにグッとくる。まあ、日本のランドスケープは一生懸命、高規格の道路を整備しなければ相当素晴らしいということを改めて、グレート・スモーキー・マウンテン国立公園を訪れて知ることになる。

グレート・スモーキー・マウンテン国立公園は1934年に国立公園としての指定を受ける。22番目の国立公園の誕生であり、東部ではメイン州にあるアカディアに次いで2番目の指定であった。現在、54の国立公園が全米にはある。とはいえ、グレート・スモーキー・マウンテン国立公園が指定された以降の多くは、国定公園からの格上げが多い。特に1980年以降はビスケーン、前述したグレート・ベースン、デスバレー、ジョシュア・トリー、サグアロ、ブラック・キャニオン・オブ・ザ・ガニソン、グレート・サンド・デューンスなどが国定公園から格上げされ、国立公園の有り難みが随分と減ってしまった。昔は、もう国立公園といえば、有無を言わさぬ迫力が伴ったものである。という観点から、再考するとグレート・スモーキー・マウンテン国立公園が指定された以降、これぞ!と思わせられる場所は、アラスカを除くと、バージン諸島(50州外だから)、アーチス、オリンピックぐらいしかないのではと思わされる。もちろん、チャンネル・アイランドやバッドランズ、ノース・カスケードなど訪れてないところもあるので、無責任なことは言えないが、国立公園の格を上げられるような指定はアラスカとハワイを除いた48州ではグレート・スモーキー・マウンテン国立公園の指定以降は、ほとんどないのではないだろうか。ということを考えると、おそらく20番目のカールスバッド・キャバーン国立公園ぐらいで打ち止めにして、以後、違う名称をつけた方が、既存の国立公園の有り難みがより人々にしっかりと理解させることができたのではないかと思わずにはいられない。明らかにサグアロやジョシュア・トリーの国定公園から国立公園の格上げは、生態系保全という観点だけで押し進められたと思われるのだが、間違って、これらを国立公園だからといって訪れた観光客にどういう説明をするのか。これは、国立公園というブランドを使ったつもりで、逆にそのブランド価値を貶めていると思うのだがいかがであろうか。といっても、こんなアメリカの国立公園などについて関心がある日本人は少ないので、いかがであろうか、と言われても困るだけかもしれない。

話をグレート・スモーキー・マウンテン国立公園に戻そう。この国立公園のもう一つの特徴は年間で2000万人の人が訪れることである。これは、全米の国立公園でも最高の集客力である。まあ、そのうちの1100万人は、単なる峠越えというか観光目的外での交通らしいので、実質的には900万人ということになるが、これでも国立公園では最高の集客力である(数字は2005年)。グランドキャニオンが450万人、温泉観光リゾートとしても知られるホットスプリングが382万人、ヨセミテが328万人、デンバーという大都市から近いロッキーマウンテンが319万人、街道が国立公園内を通るオリンピックが314万人、イエローストーンが280万人、ハワイ・ボルケーノが270万人、ザイオンが259万人といった数字である。他には私が最も評価するグレーシャーが190万人、セコイアが150万人といった感じであり、同じ地域にあるシェナンドーが150万人程度であることを鑑みても、いかにこのグレート・スモーキー・マウンテン国立公園の集客力が突出しているかが理解できる。ちなみに私が、このグレート・スモーキー・マウンテン国立公園並みの評価をしたグレート・ベースンは8万人であった。まあ、この集客力をどのように評価するかは難しい。コンテンツというよりかは、周辺にアトランタやナッシュビルといった大都市圏を擁していることが大きな理由であろう。すなわち、他にめぼしい自然資源を活かした観光地がないために、ほぼ市場を独占できているという状況にあると推察される。あと、面白いのは、この国立公園を指定するうえで活発に運動したのが、ヨセミテのように自然保護者ではなくて、自動車関係者であったという点である。新しく買った自家用車で、素晴らしい自然の中を走りたい!このニーズを満たすために、このグレート・スモーキー・マウンテンを国立公園するように自動車クラブの人達が頑張ったということである。道理で、ケード・コーブもそうだが、オート・ツアーなる自動車でくるくる回るルートが出来ているわけだ。私は訪問しなかったが、この公園にはケード・コーブ以外にもオート・ツアーのルートが整備されている。この極めて自動車に優しいという特性が、多くの人々を惹きつけている理由の一つではないかと思われる。確かに、この公園内を自動車で走るのは快適である。まるで自然と一体になったような爽快さを感じることができる。また、道路のデザインが極めていい。まるで、ランドスケープの一部になったかのようである。これは、ほとんどガードレールがないこと、そしてある場合も木製の非常に目立たないオリーブ色のものであること、などが理由であると思われる。コンクリートをほとんど使わず、石などの天然材を使用していることが大きい。ガードレールを日本でもなくしてしまえば、より道路は景観と融合し、そして何よりも安全運転を人はするようになると思われる。安全運転しない人は次々とあの世に行くから、しばらくは事故死が増えても、人々はそのうち学ぶであろう。確かに、アメリカは日本よりはるかに安全運転している人が多いと思うのだが、それもこういうことの影響があるのかもしれない。


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