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ゆとり教育の推進者であった元文部省官僚の寺脇研が『ロマンポルノの時代』を著した愚 [サステイナブルな問題]

ゆとり教育の推進者であった元文部省官僚の寺脇研が光文社から新書を出した。そのタイトルは『ロマンポルノの時代』である。彼は、当時の文部省の考えを代弁するスポークスマンとしてメディアに頻出し、ゆとり教育の意義を雄弁に語っていた、まさに「ミスターゆとり教育」のような男である。

「ゆとり教育」という政策は、その愚からしさから、歴史的なイベントとして位置づけられるであろうと私は考えている。したがって、今の中学生や高校生が、日本史で「生類憐れみの令」を覚えさせられるのと同様に、「ゆとり教育」のことも勉強することになると思われるのである。国際的競争力を失し、その後の日本の迷走の契機となった天下の愚策として。そして、綱吉そしてその母、桂昌院が「生類憐れみの令」という愚策の発案者として、その後の日本人の頭を抱えさせつつ、その名前を覚えさせられたのと同様に、寺脇研も「ゆとり教育」という愚策の推進者として、歴史に名を残し、100年後、200年後の日本人の学生が、頭を抱えながらも試験のために記憶するような人物となると思うのである。すなわち、寺脇研は歴史に堂々と名前を残すことになっているのである。しかし、その本人は、あまり、自分がそのような歴史に名前を残すという自覚が不足していると思われるのである。そうでなければ、『ロマンポルノの時代』などを著し、さらに「ろくでもない奴」とイメージされるような行為はしないと思うからである。100年後の代々木ゼミナールの日本史の講義の状況が目に浮かぶ。
「ゆとり教育を推進した、ろくでもない役人の名前は寺脇研。この名前は試験に出るから覚えておけ。彼は、自分はゆとりと言いながら、ラ・サール中学校という進学校に首席合格し、現役で東京大学に入学、法学部に進学したんだ。彼がゆとり教育に拘ったのは、高校時代、映画を観ることを親から禁止され、その厳しい教育パパへの復讐だと捉える人もいる。そして、彼は、その後、高校時代には観たかったのに観れなかったポルノ映画をたくさん観て、ポルノ映画を大学教授として研究し、本まで出したんだよ。そのタイトルが『ロマンポルノの時代』なんだ。ゆとり教育で、ろくに勉強させない若者を量出し、しかも大学に来たら、ポルノ映画の講義を聞かされるなんて、そんなゆとり、誰も欲しくないよね。当時の日本人はよくこんな愚策を許したものだ。その後、日本は国際競争力ががた落ちになって、それまではアジアの経済を牽引していたのが、韓国だけでなく中国の後塵までを拝するようになったんだ。今の日本からだと、中国より経済力があったなんて想像できないだろうけどね。このことから分かるように、勉強しないで、ポルノ映画ばかり観ていたら、国力はなくなる。こんな当たり前のことを、当時の文科省や寺脇研は分からなかったのだろうか。一説には、エリートと非エリートとに社会構成を分けようとした施策なのではないかという人もいるけど、この点に関してはまだ歴史家の見解も統一されていないんだ。まあ、最低限、「ゆとり教育」と寺脇研の名前は覚えておくように。」

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