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トランプが多用するフレーズ [トランプのアメリカ]

トランプが多用するフレーズに関する記事をCNNのサイトで紹介している。
http://edition.cnn.com/2017/04/21/politics/donald-trump-president-speeches-favorite-phrases-trnd/index.html
稀代のコン・アーティストであるドナルド・トランプ。しかも、通常の詐欺師は対個人とのコミュニケーションで相手をだますが、トランプはツィッターというメディアを通じて、一挙に騙そうとする。そして、それを検証するマスコミ、学者、統計を「フェイク・ニュース」と言い放ってしまう。大した度胸というか、おそらく多くの詐欺師と同様に、自分も騙しているのではないか、と思われる。
 さて、私がより興味があるのは、このどう見ても偽物であるドナルド・トランプになぜ、多くの人が信頼を置いたかということである。それは、彼のコミュニケーション・スキルにあると思っている。そのような疑問を抱いていた私にとって、この記事は大変興味深い。
 細かい点は、サイトを閲覧してもらえればと思うのだが、時間がない方や英語が面倒な方に代わって、私が簡単に内容を紹介すると以下のようになる(私のコメントも書かれている)。

 この記事はトランプが大統領になってからの3ヶ月間、どのようなフレーズを多用したのかを分析している。
 最も多用されたのが「Believe Me」で26回。これは、嘘をついている人が最もよく使うフレーズではないだろうか。本当のことを言っている人は、あまりこういうことを言わないような気がする。
 次は「We are going to make….」で12回。無責任に未来を保証するような言葉であり、これもいい加減な自社株とかを売ろうとする宣伝マンのようなフレーズである。
 そして、「A Lot of Money」の9回。やはり不動産業という人々のお金への「欲望」を逆手にとって事業を拡大してきただけあって、大統領になっても、このフレーズが思わず出ちゃうのでしょう。しかし、大統領はお金を儲けることを人々に約束してはまずいでしょう。大統領の仕事をまだ分かっていない気がします。
 「He’s A Great Guy」の6回。トランプの言葉でよく聞かれるのは、Bigly, Tremendous, Unprecedented(トランプはツィッターで綴りを間違えてUnpresidentedと書くという大失態を犯している。下記参照、
http://www.cnbc.com/2016/12/17/trump-faces-unpresidented-moment-on-twitter.html), Great, Absolutelyなどその内容が不明瞭な形容語である。日本語で言えば「凄い」、「凄まじい」、「とっても」、「やばい」といったような単語で意味はない。このような形容語を用いるのも、詐欺師っぽい。
 他にも「We are going to take care of」(8回)といった安直な約束、「The Incredible Men and Women」(6回)、「Billions and Billions of Dollars」(7回)、「Winning Again」(5回)などが多用されている。
 そして、この記事は、トランプはビジネス世界で受けのいい言葉を多用していると解説している。そして、また細かいことはよく分からず、大きなビジョンで物事を捉えているだろうとの言語学者の解説を紹介している。

タグ:トランプ
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目黒川は相変わらず臭い。なぜ、ここに人が多く訪れるのか不思議である。 [都市デザイン]

 私は目黒区立東山中学校を卒業している。池尻大橋中目黒、祐天寺を結ぶ三角形の重心にあるようなところで、鉄道駅はどこも遠い。さて、そこのそばを目黒川が流れている。中学時代の目黒川の印象はどぶ川で、その周辺には小さい工場がたくさんあり、川は汚く、臭いもきついものがあった。中目黒は山手通りの自動車が多くて、歩道は狭くて、駅の裏側にある飲み屋街は怪しげな雰囲気をぷんぷんとさせていた。ということで、中目黒駅周辺の目黒川にはとてもマイナスなイメージがあるし、歩きたいとは思わなかった。ただ、当時から桜並木はあったかもしれない。
 その後、会社に入り、目黒川沿いのオフィスで働いていたことがある。雅叙園が建てたオフィス・ビルである。その時も相変わらず、目黒川が臭った。会社で働いていた時にお花見をしたことがあるが、目黒川ではせずに、ちょっと離れた公園でやった記憶がある。
 さて、そして今、再び毎日、目黒川を越えてバス通勤をしていることもあり、目黒川はしょっちゅう見る。ただ、中学時代やオフィス時代と比べても大きく変わったことはいつの間にか、目黒川の花見がなんか観光資源になってしまったことと中目黒がお洒落になったことである。なんか、子供時代は今ひとつで目立たなかった同級生が、大人になったら大スターになってしまったような感じである。驚きだ。
 ということで、随分と目黒川の臭いも改善されたのかな、と勝手に思っていたのだが、最近、目黒川のそばを歩いたら、相変わらず猛烈などぶ川の臭いを発していた。なんだこれは、と川を除いたら、ヘドロのようなものが大量にぷかぷかと浮いていた。
 地元住民はよい。しかし、遠くからこの目黒川にお花見等来る人や、中目黒のお洒落化を図っている人は、この目黒川の臭さ、汚さは本気で対処すべきだと思う。というか、この臭さの中、なぜお花見をすることができるのか、とても不思議な気分になるし、お洒落な店に行きたいとは思わないだろう。私は目黒川でお花見をしようとは全く思わないし、中目黒に行きたいとはまったく思わないが、それでも、この事態を改善しないとリピーターがいなくなるのではないか、と思われる。デート・スポットとして人気があるらしいが、この臭いと川に浮かんでいるごみを見て、盛り上がるカップルは少ないと老婆心ながら思う。

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ヨドバシカメラで高価な電化製品を買うという習慣を見直すといいかもしれない [その他]

 一眼レフのレンズ、そして出来ればカメラ本体も購入したいと考えていた。さて、しかし、写真撮影をする仕事がなければ意味もない。ということで、仕事の継続が決まるのを待っていたのだが、無事、今年度も仕事が取れたので早速、購入しに行った。
 昨日、ヨドバシカメラに行った。ほとんど買うつもりであった。買おうとしたのは、Canon のEF16-35 F2.8Lである。値段は29万円であった。実際の売値はと尋ねると、「同じである」と回答したので、「随分と高いね」と返したら、「ちょっと待って下さい」と言って「ネットで調べたら25万円なので、25万円が売値です」と言い直した。どうも信頼できないなあ。
 次にカメラを見た。私は今EOS7Dを持っているが、ISOが6400しかない。長女に買ってあげたEOSのKissだってISOは12800まである。これが大きなネックだったので、新たに購入したいとは前から考えていた。狙っていたのは、比較的出たばかりのEOS 5D Mark IVである。これが幾らか尋ねると39万円。うわっ、高い。「実際は幾らで売っているんですか」と別の店員に尋ねると、「値札通りです」とのこと。しかし、この人はソニーの販売員だった。「ソニーの人だからそうだよね」と皮肉を言って何も買わずに出た。レンズの件から、値札通りとは到底思えないからだ。ただ、店を出る前に値段はしっかりとメモをしておいた。
 新宿のヨドバシカメラなので、すぐそばにマップ・カメラがある。マップ・カメラに行ったが20:30が閉店でもう閉まっていた。そこで翌日、中野のフジヤカメラに行くことに決めた。この店は1938年に創立された老舗のお店である。
 午前中に訪れたのだが、平日なのに結構、人はいた。まずはレンズを買おうとする。Canon のEF16-35 F2.8LはIIが出たばかりなのに、既にバージョン変更したIIIが出ている。値段は16万円と22万円。お店の人は無愛想だったが、「IIIの方がいいです」と確信的に言う。それで、私はレンズを買うことを即決した。そして、持参していたEOS7Dにマウントすると、どうも広角じゃあない。そこで、初めて自分のカメラがaps-cであることに気づく。間抜けな話かもしれないが、実際、使っていると別に不自由はしなかったからだ。ただし、せっかく広角のいいレンズを購入するのに、これでは宝の持ち腐れである。ということで、なんだかなあ、と思う。カメラの本体も購入したいが、昨日のヨドバシカメラの値段では予算オーバーも甚だしい。
 私が、いやあ「このカメラだと宝の持ち腐れになっちゃうなあ」とぼやくと、店員の人は私がカメラを買う意図が密かにあるということを見抜いたように、「Eos 5D Mark IIIが今、新商品のMark IVが出たのでお買い得ですよ」と言う。私が幾らぐらいですかと尋ねると25万円。これは安い。私が今、使っているカメラは2009年に買っていたので、ほとんど寿命に近い。今のカメラを買った時は、前所有していた一眼レフのシャッター回数の限界が来たからである。そのカメラは7年間使用したので、今のカメラもそろそろシャッター回数的に寿命が来ている筈である。
 ちょっと私がその意見に食い付いて、「Mark IIIはでもMarkIVに比べるといろいろと劣るでしょう」と言うと、店員は「いやいや、MarkIVが出たことでむしろMark IIIは再評価されているぐらいです。特にMovie機能などを使わない人は今でもMark IIIの方がいいくらいじゃないですか」と言う。気になる欠点は「重いところ」ぐらいであるとまで言う。ここで私は落ちた。そもそも値段が安いのに、自分のニーズには遙かに合っている。今のカメラの一番、不満なところはIOSだが、その上限が6400からいきなり25600まで伸びる。相当、思い切った出費ではあるが、どうせなら一緒に買った方がいいだろう、ということで中野まで来たこともあり買ってしまった。
 持っていたカメラを下取りでは幾らになりそうですか、と尋ねると、いろいろと見てくれた後、これだけボロいと売らない方がいいですよ、と言われてしまいました。そういう意味でも、どうせカメラも買わなくてはいけない時期に来ていたということか。また、セカンドとして持っていた方が、山登りとかに持って行けるのでいいかもしれない。
 ということでカメラとレンズを購入したのだが、私はつくづく、ヨドバシカメラの接客態度というかサービスに大いなる不満を覚えた。確かに、ヨドバシカメラは安い(とはいえ、フジヤカメラの方がポイント換算を考えても安かった)。ただ、カメラやレンズを売ろうという誠実な姿勢を伺うことはできなかった。ここで、誠実な姿勢というのは、顧客の立場、顧客のニーズを「忖度」して、自分の商品知識の中から最適だと思われるものの情報を提供するという姿勢である。それは、コンシアージ的な機能であるかと思われる。店員は売っている商品のコノセールであるべきだ。消費者側がその商品知識に造詣が深く、店員は取りあえず売ればいいという小売り形態は多くある。例えば、コンビニエンス・ストアやマクドナルドであったりする。しかし、圧倒的に店側が商品知識を持っているものも少なくない。一般的には自動車やステレオ、大型家電などの買回品がそうだったりするが、日本酒やワイン、高級寿司などもそうであろう。そして、高級一眼レフカメラやレンズなども、まさにそうである。確かに、ヨドバシカメラ(ビッグカメラなどもそうである)は、圧倒的な仕入れ力で価格を下げ、売価も安くしたが、自分は本当に何が買いたいか、その商品をカタログで調べていても自信はない。そういう点で、今回のレンズ、カメラともにヨドバシカメラはまったく私が必要な情報を提供してくれることはなかった。こちらが尋ねてでもある。一方で、フジヤカメラは適切な情報を提供してくれたことで、レンズかカメラのどちらかだけを購入しようと思っていた私に両方とも売ることに成功し、そして私も大変満足しているのだ。私は結構、ヨドバシカメラで買うことが多いと思うが(カメラ本体はともかく、レンズなどはそうである)、今後は、ヨドバシカメラで高価な電化製品を買うという習慣を見直すべきであると今回の経験から思わせられた。

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「ファンタジア」(星降る島) [宇宙団]

 「星降る島」は無駄曲がない素晴らしい傑作アルバムであると思うが、その中で何が最も好きかと尋ねられたら、「ファンタジア」か「ワルツ」か「Tour」のうちの一つを選ぶであろう。この3曲はどれも甲乙つけがたく、その時の気分で選ぶ曲が変わるような気がする(などと言いつつ、「恋は宇宙」を聞くと、すげーと思ったりする時もある)。さて、しかし、どの曲が望月の才能の凄さを知らしめるかというと「ファンタジア」になるであろう。
 宇宙団の曲は他もそうであるが、4分ぐらいの短い時間に、凄く濃密なメロディと歌世界を押し込むことを可能にしている。それは万華鏡のごとくであり、聴く者の心をぐいっと惹きつける。また、それがじっとしないで、次々と美しい模様を見せるように展開していくので、聞いていて飽きない。これは、同じメロディを分散コードで弾いてじらしにじらすコールドプレイなどとは対極の曲作りで、コールドプレイのような一瞬のカタルシスでは負けるかもしれないが、常にカタルシス感を与えてくる、というとてもサービス精神のあるバンドである。
 そして、また私が「ファンタジア」が好きなところは、歌詞といい、曲といい、ギターの演奏といい、望月が人々のニーズなどを意識しないで、等身大でその類い稀な才能に任せて曲作り・歌詞作りをしているような印象を与えることである。こういう曲をつくっていれば私は、宇宙団は成功すると思う。
 「お月様がラッパを吹いてぱららっぱららっぱららっぱ」
 何とも素晴らしい歌詞と音世界ではないか。私はこの曲を聴くと、なんか初期のキング・クリムゾンの楽曲を思い出してしまうのだ。特に後半部のギター・ソロからキーボードが被さってくるところなんか、あまりの才能の凄さに、涙が出てしまう。というか、この曲を作っただけで望月は人類に多大なる貢献をしたのではないかとさえ思ってしまう。その才能の凄さには、私も嫉妬(私もいちおうですが作曲家なので)などを越えて、その才能との出会いに感謝してしまうぐらいである。
 この曲は近々、プロモーション・ビデオが作られるそうである。この曲は凄い。椎名林檎とまでは行かないが、くるりの岸田クラスの才能かもしれない、と冗談ではなく思わせられる。

https://www.amazon.co.jp/dp/B01MUQTCT0/ref=dm_ws_tlw_trk6


星眠る島

星眠る島




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立川駅を訪れ、その陵辱されたようなアーバンスケープを見て愕然とする [都市デザイン]

 立川駅を久しぶりに訪れる。以前は、立川駅が最寄り駅のところに顧客の事務所があったので、よく訪れた。といっても15年以上も前の話である。さらに、顧客の事務所は北口にあり、歩いて行くのはちょっと辛かったこともありタクシーで行くことがほとんどであった。ということで、立川駅はよく利用はしたが、駅周辺は、それほどは知らなかった。
 今回は、そういう意味でははじめてじっくりと国立西駅から立川駅南口へと歩いたのだが、歩いていると徐々に陰鬱とした気分になってきた。そこには、地霊というかセンス・オブ・プレイスのようなものがほとんど感じられないのだ。なぜだろうか。しばらく考えていて、これはセンス・オブ・プレイスというものは、その土地の風土、エコロジーがつくりだしているからだ、ということに気がついた。それは自然的要素と歴史的要素とからつくられる。そして、立川にはそのようなセンス・オブ・プレイスを感じさせるようなものがほとんどない。
 まず、自然的要素であるが、川は流れていたようだが、今は暗渠化されて大通りになっている。そこの通りの並木、さらにその隣にあるお寺は、多少、安堵させる。周辺の山々などが見られればいいのだが、立川の中高層のマンションに囲まれているとそのようなものが目に入らない。そして、建物の間の空間は道路と駐車場である。人が佇むようなポケット・パークのようなものさえ見えない。
 もう一つの歴史的要素に関しても、感じることは少ない。羽衣商店街という昔の赤線地帯の商店街の街並みはレトロ感があり、少し、ホッとさせる。ただ、どうもこの土地の人達は、そのような米軍相手の赤線地帯であるという過去を葬り去りたいという意識があるのか、その痕跡をたどるのはほとんど不可能である。とはいえ、それに換わる歴史的なストーリーはない。立川駅の南口は、どちらかというと表に出したくないような人間の欲望がつくりだした景観がつくられていた。それは消費の空間であり、また、そのような消費のニーズを提供するような空間だ。そこに文化が生じないとは言わないが、そこで生じる文化は、そのような場所において人間性を失わないためのような魂の叫び的な文化のようなものになるような気がする。どちらにしろ、ちょっと辛い。
 そのような空間をどうにか改善するために都市デザインが持つ力というのは大きいと思われる。私は個人的にはそれほど好きではないが、南池袋公園などはそうだし、より好ましい事例としては中野セントラル・パークがある。うまく、立川のまさに土地が汚されたような戦後の歴史を、それを葬り去らずに、しかし、将来への希望につなげるような空間づくりはできる筈である。それを、中途半端に立前だけで、そして経済的な効率性だけを意識して都市づくりをしてきた。その結果が、立川の景観には如実に表れている。
 日本の都市づくりは、ヨーロッパの都市などに比べて、そしてアメリカのサンフランシスコやシアトル、ニューヨーク、ポートランドなどに比べて、何かが決定的に欠けている。この人間性を否定し、風土を抹消するような都市景観をつくってしまっている(北口も含めてである)ということは、何か大きな欠陥が現在の都市づくりのシステムにあるとしか思えない。それが何かは、今後の私のおそらく大きな研究課題になるであろう。

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(緑川は全区間が暗渠化されていて、上部には道路が走っている。自然を求めて立川の郊外に引っ越そうとしたら大間違いだ。よほど目黒区の方が自然は多い)

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(元赤線地帯の羽衣商店街は、ここらへんでは数少ない、地霊というかセンス・オブ・プレイスを感じられる)

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(この混乱した住宅街。というか住宅街なのだろうか。ざわざわ感を覚えるのは私だけだろうか)

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(そして、とりあえず土地が確保できれば駐車場。ここに緑とかを少しでも植えるような気持ちがないのでしょうか)

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(普通、角地はいろいろと街空間を演出するのに使えるのですが、立川はそこでも駐車場)

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(駅に近いところは突如、しっかりと高層ビルが建てられる)

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(大人のおもちゃが悪いとは思いませんが、このロリアニメのキャラが気になります)

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(駅前の商店には、街を美しく見せようという意識はあるのでしょうか?)

 立川の人達には不愉快な思いをさせてしまったら恐縮ですが、これは立川だけではなく、日本全体の都市の問題かと思いますので、申し訳ありませんが指摘させていただきました。
タグ:立川駅
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トランプ大統領の政策理念は空洞であるということだ [トランプのアメリカ]

 トランプ大統領は選挙運動中の公約を反故にし続けている。NATOは時代遅れで場合によっては外れることも辞さないと言っていたのに、今ではNATOの同盟はアメリカにとって重要だと述べたり、中国為替操作国だと批難し、修正させると述べていたりしたが、習主席との会談では、そのような話し合いを一切しなかった。ロシアのプーチンを褒めていたが、今では敵対している。この、風見鶏のようにころころ言うことが変わるトランプ大統領というのはどういう人なのだろうか。
 4月18日に発表されたギャロップ世論調査の結果では、トランプ大統領は「約束を守る」ということに関しては45%が支持し、「信頼に値する」ということに関しては36%しか支持していなかった。
 6つの項目で2月より下がっている。全体でも39%で、これはこの半世紀のすべての大統領より遙かに低い。これは、シリア爆撃後の後、若干改善されるかと思われたが、まったく上昇していない。
https://www.youtube.com/watch?v=eFEZhCVTjSg
 このトランプ大統領はどのような政策理念が果たしてあるのだろうか。「アメリカ第一主義」というのはあるかもしれないが、自分の企業は相変わらず中国で製品をつくらせている(アパレルなど)。トランプは非常に強い口調で話したり、ツィッターで他人を攻撃したりするが、その理念は実はほとんど空っぽである、ということを指摘したのはMSNBC のクリス・ヘイスである。
https://www.youtube.com/watch?v=P8EB0Pr93Ts
 彼によれば、トランプ大統領は何も政策理念がないので、彼は入ってくる情報によってコロコロと意見が変わってしまう。従って、うまく彼の耳に情報を入れられるポジションを確保することが重要となるそうだ。最近では、このポジションの確保のために娘婿のクシュナー氏とバノン氏が対立し、バノン氏が負けたことが、トランプ政権の外交政策の変化の理由だそうだ。
 ヒラリーはトランプをプーチン大統領の「操り人形」であると選挙運動中に批判したが、プーチン大統領の「操り人形」ではないかもしれないが、中身がないので基本的には「操り人形」的にアイデンティティがない人というのは間違いないようだ。

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ゲリラアリャマ(オトメダマ) [宇宙団]

 「オトメダマ」に入っている望月が中学時代につくった曲。イントロはベースとギターの単音でのキャッチボールから始まる。そして「月火水木金金金ってカンジなの」という耳につく歌詞と、極めてキャッチーなロカビリー調なリズムに、マイナー・コードから入るコード展開。しかし、これがさびのパッと明るく展開することを見事に演出していて、こんな曲をつくってしまうなんて恐ろしい中学生である。中学時代に出会わなくて本当、よかったと思う。結構、びびったかもしれない。
 この曲はメロディが優れているのは勿論なのだが、歌詞が相当、奇天烈で面白い。特に、さびの部分である「あぁゲリラ あぁゲリラ雨のように降る乙女の感情 アリャマと悩んでも晴れない感情」などは、意味不明であるが、なんかロー・ティーンの暴力的な恋心のエネルギーみたいなものは伝わってくる。普通の男子中学生は怖くて逃げると思う。
 演奏に関してだが、ギターはコードをジャカジャカ鳴らしているのが大半で、今の宇宙団とはちょっと異なる編曲が為されているが、これは当時はギターのテクニックがあまりなかったからかもしれない。今に通じるのはキーボード・ソロのツボを押さえたメロディで、これ以上でもこれ以下でもないほどよいさじ加減の絶妙なプレイをしている。まるで、ポール・マッカートニーがリンダ・マッカートニーのために書いたキーボード・ソロのようなツボの押さえ加減であるが、宇宙団のキーボードはリンダより遙かにテクニックがあるので、演奏の切れ味は鋭い。この曲は最近、1年半ぶりにライブで披露をしていた。ベースが「オトメダマ」から替わっていたが、その日のハイライトのようによかった。
 ちなみに、宇宙団による『ゲリラアリャマ』の解説は、次のウェブサイトでみられます。

http://otomedama-uchudan.strikingly.com/blog/642aa90898b

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宇宙団ライブ@下北沢ベースメント・バー(17/04/17) [宇宙団]

 宇宙団のライブを下北沢のベースメント・バーで観る。スタートは21時05分と聞いていたのだが、21時に着いたらもう1曲目は始まっていた。1曲目は「チャイナって」とかいう新曲である。これは曲名を聞いたが忘れてしまった。CDで聞き込めていないということもあるが、個人的にはそれほど思い入れがない。2曲目は「オンタイムディスコ」。この曲はノリがいいので個人的にも好きな曲だが、どうも今日はボーカルとベースとキーボードがずれている。リズム的にはドラムがしっかりしているので大丈夫なのだが、音が外れている感じ。望月の調子がよくないのかもしれない。3曲目は「ゲリラアリャマ」。これは、望月が中学時代につくった作品だが、キャッチーなメロディが秀逸なだけでなく、歌詞が凄い。というか、こんな感性の中学生、ちょっと怖い。椎名林檎か、おまえは、と突っ込みたくなる。とはいえ、改めてこの曲のクオリティが極めて高いことを知る。どうも1年半ぶりに演奏したそうだが、これが結果的にはこの日のハイライトであった。
 次の曲は、タイトルを知らない曲。そして、曲順がちょっと前後するかもしれないが「インベーダー」と「日本のヒーロー(曲名は間違っているかもしれません)」を演奏。二曲ともベースのテクニックが発揮されまくる曲であるが、今日は全般的にバンドの統一感が芳しくなかった印象を受ける。ドラムのリズム・キープがしっかりとしているのが救いで、本当、リズムはばっちりというのが宇宙団の強みであると思う。しかし、音程のズレを感じた。ベースが難しいことをしすぎているのか、そうではなく、そもそも和音が難しすぎて、私の耳がついていけないのか。ここは、一般大衆にアピールするには乗り越えなくてはいけない課題のような印象を受けた。そして、最後は無敵の「恋は宇宙」。「恋は宇宙」を演奏する望月は単純にロックンロール・アーティストとして格好いい。
 今回は宇宙団のライブは4回目であったが、その圧倒的な楽曲の魅力や望月のパーフォーマーとしての魅力は担保されてはいたが、バンドとしての相乗的な魅力の醸成には欠けていた。これはライブ会場が今ひとつであったのか、望月のボーカルが今ひとつであったのか、それとも私の体調(耳)が優れていなかったのかは不明であるが、ちょっとファンとしては気になる。
 ただ、若干、欲求不満であったのでトリのバンドを聴こうとしたが、そのあまりの拙さにすぐ帰ってしまった。何が悪いのか、というとドラムのシャープさ。宇宙団の機械のようなリズム・キープの後には、ちょっと聴くに堪えない。これは、本当、宇宙団というバンドの強みである。フリートウッド・マックをちょっと彷彿させるぐらいの(大袈裟でしょうが、ファンなので)リズム隊の素晴らしさが、いろいろと不調でもどうにか聴かせるクオリティを宇宙団は維持できている。そういうことを次のバンドのばたばたさで再確認した。そして、宇宙団でも感じたことではあるが、トリのバンドも和音がズレていた。いや、そもそもこの和音を合わせるということは、このライブハウスでは難しいのかもしれない。そういうことも気になった今日のライブであった。
 望月本人に許可をもらって写真を撮影したので、ここにそれをアップさせてもらう。

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タグ:宇宙団
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『呑めば、都』 [書評]

一橋大学教授でジャズ・ピアニストのマイク・モラスキーの東京居酒屋本。その日本酒への造詣の深さ、東京の街(ネイバーフッド)の歴史を精緻に調べるアカデミズム、さらには居酒屋への溢れんばかりの愛情が、行間からあふれ出ている。それは、居酒屋でなかば慣習化した注ぎすぎで、グラスから溢れ出る日本酒を彷彿とさせる。日本人より居酒屋と日本酒と、東京の街を愛するアメリカ人オタク研究者による珠玉のエッセイ。読むと無性に呑みに行きたくなります。


呑めば、都―居酒屋の東京

呑めば、都―居酒屋の東京




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立川の羽衣町の赤線跡を訪れたが、私の能力ではその痕跡をたどることは難しかった [都市デザイン]

 マイク・モラスキーの本を読んで、立川の羽衣町に猛烈に行きたくなったので、南武線を武蔵小杉から下る。いつの間にか、南武線は高架化されており、武蔵新城あたりからは結構、神奈川の方が展望できてちょっと楽しい。ただ、溝口あたりからは、また地面を走る。こちらの方が、南武線らしい。車窓はつまらないが。さて、途中、睡魔に襲われうとうとしていると目的地の西国立に到着した。
 モラスキー氏の著書『呑めば、都』には、江東区の州崎の集団売春街が1943年に軍の命令で建物を明け渡すことになったのだが、建物を失った業者達は、吉原、羽田の穴守、そして立川の羽衣町・錦町へと分散して営業したと書かれている。
 私の都市を診る力で、そのような痕跡が分かるかの腕試しのつもりで行ったのである。さて、駅の前は特に何もない。どこが羽衣町かよく分からないので、地図をみる。羽衣町は1丁目から3丁目まであり、随分と広範に拡がっているが、地図の形状から区画整理が比較的にされているところに当たりをつけて行くことにした。これは、羽衣中央会館などがある立川市立第六小学校の南にあたり、羽衣商店街もある。
 さて、しかし、残念ながら、その痕跡はほとんどなく住宅地である。ここが、赤線跡ということが分かっているために、住宅地なのに飲食店(いわゆるカフェがそのようなサービスを提供していた)があったりすることはその名残だろうと類推できるが、その逆は無理だ。というか、私では出来ない。まあ、赤線跡をたくさんみていれば、そのような類推もできるかもしれないが、私はそのような街歩きのストックが少なく、その結果、類推する能力もないことを知る。
 改めて、もっと街歩きをして、街を診る力を養わなくてはと思わされた日であった。

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フォックス・ニュースの東アジア人蔑視のニュースがあまりにも酷い [グローバルな問題]

トランプ大統領が中国批判を続けていることに便乗して、アメリカニュース番組、フォックス・ニュースのオライリー・ファクターの一部でニューヨークのチャイナタウンのルポを報道した。これが、あまりにも人種差別的で酷い内容であることに、怒りを通り越して愕然とする。

http://video.foxnews.com/v/5154040766001/

ここでは英語がしゃべられない中国人に質問をして、返答がないことを馬鹿にしている。さらに、同じ東アジア人として許されないのは、中国人を「空手ができるのか」と尋ねて、その後、テコンドーの道場にいってリポーターが戯れていることである。ちなみに、この道場には韓国国旗が堂々と飾られている。韓国の国旗も分からないのだろうか。

さすがに、これは中華系アメリカ人も切れている。特に、それを痛罵しているのがコメディー・セントラルのロニー・チェンであるが、これは観ていて痛快な気分にさせられる。

https://www.youtube.com/watch?v=rX8jZTN0CdU

しかし、これだけフォックス・ニュースを罵倒しないと中国人でもない私でも耐えられないのであるから、中国人であったら許せないものであろう。そして、このような差別意識は中国人だけに向けられているものではない。日系人のパット・モリタがあたかも変な中国人として画面に紹介されているところがある、このくだらないフォックス・ニュースの番組を制作したものは中国人と日系アメリカ人の違いも分からないのである。つまり、これは中国人だけでなく、日本人を含めた東アジア人を侮辱したニュース番組であると捉えることが正しいと思う。フォックス・ニュースを観る右側のアメリカ人、つまりトランプを支持するようなアメリカ人が、ある意味、日本人を含めた東アジア人をどういう風に見ているのかが素直に分かる内容であり、その内容が極めて屈辱的であるということもこの番組は我々に知らしめている。そして、流石にそれぐらいはフォックス・ニュースの制作者は分かっているだろうから、これは中国人だけでなく日本人に対してもの挑戦状と受け取って理解することが必要であると思われる。
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Koyoi(オトメダマ) [宇宙団]

「オトメダマ」と「星降る島」の両アルバムに入っている唯一の曲。プロモーション・ビデオもつくられており、確かに「オトメダマ」の中では最もキャッチーであり、かつインパクトがある。
 出だしはガールズ・バンド的な可愛いメロディー、可愛い歌詞、可愛いアレンジ、可愛い歌いっぷりで毒気はほとんどない。しかし、展開部から、ベースがうねうねと動き始めて、キーボードのコード弾きが聴くモノに不安をもたらす。ただ、それもすぐ元のテーマに戻る。安心すると、また「赤提灯が揺れている」「黒い浴衣がはだけてる」と攻撃的というか不安定なローラーコースターにのっているようなノリに戻る。

歌詞は「赤提灯」「黒い浴衣」「赤い頬」「白い肌の子」・・といろいろな色が出てくる。宇宙団自体が、極めて煌やかな万華鏡のようなメロディーを紡いでいるが、歌詞もカラフルなのが特徴である。

アレンジ的にはベース・ラインが動き回る。どうやったら、こういうベース・ラインが出てくるのか。というかベーシストが考えるラインじゃないだろう、と不思議がっていたのだが、ヴォーカルの望月がつくったことが判明して納得する。

個人的には相対的には好きではない曲だが、宇宙団をメジャーに引き上げる力を有した曲だと思う。椎名林檎でいえば「歌舞伎町の女」のような位置づけであろうか。しかし、宇宙団はライブでこの曲をやらなかったりする時もある。もっと、どんどんと演奏して、多くの人にこの曲を届けて、この曲を突破口にしてもらえればと思わずにはいられない。

https://www.youtube.com/watch?v=8D89Yt9gDbY


星眠る島

星眠る島



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「9月」(オトメダマ) [宇宙団]

 早いテンポのワルツ曲。歌謡曲のような記憶に残るメロディー・ライン。しかし、曲を結ぶブリッジのところがロックそのものである。拍子が変わっているように聞こえるが、ただ音数が増えているだけという芸の細かさ。印象的なキーボード・ソロの後、まるで別の曲のようなメロディーが出てくる。というか、普通、こんなに異なるメロディーで一曲をつくってしまうというのは、どんだけの才能なのかと末恐ろしい。宇宙団は何しろ曲の展開が目まぐるしい、という特徴があるが、この曲もまさに展開しまくって終わる。ただ、メインのテーマに戻らず、消えていくような感じで寂しく終わる。現時点(2017年3月3日)では、宇宙団の持ち曲の中で最も寂しい曲かもしれない。

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セキュリティ・プロジェクトを東京ビルボードで観る [ロック音楽]

 セキュリティ・プロジェクトというピーター・ガブリエルのコピー・バンドを東京ビルボードで観た。これは、主にピーター・ガブリエルの1枚目〜4枚目までの曲をコピーするバンドで、その当時、ドラムを叩いていたジョン・マロッタが率いている。私はピーター・ガブリエルをたいへん敬愛するものであるのと、もはやピーター・ガブリエルが来日する可能性もゼロなので、思わず、この怪しげなコピー・バンドに7000円も支払ってしまった。さて、21時半スタートのセカンド・ステージということもあり、周りは私のような中年男が多い。二人組で来ているものもあれば、私のように一人で来ているものもいる。まあ、それはどうでもいい。基本、ここらへんの世代がコア・ファンなのであろう。皆、少しでもピーター・ガブリエル的なものを消費したいのである。
 さて、バンドは定刻に始まった。ボーカルは意外なことに女性であった。一曲目は「ザ・リズム・オブ・ザ・ヒート」。名曲である。ただ、ちょっと演奏に迫力がない。4枚目からは「アイ・ハヴ・ザ・タッチ」、「レイ・ユア・ハンズ・オン・ミー」、「ザ・ファミリー・エンド・ザ・フィッシング・ネット」、3枚目からは「イントルーダー」、「ノー・セルフ・コントロール」、「アイ・ドント・リメンバー」、「ゲイムス・ウィスアウト・フロンティア」、「ファミリー・スナップショット」などを演奏した。あと、ケイト・ブッシュの私が曲名を覚えていないものも演奏した。そして、何より、ジェネシスの『幻惑のブロードウェイ』から「Back in NYC」を演奏した。これは、唯一、ドラマーのジョン・マロッタがボーカルを取った。これは、そもそもボーカルが他の音に消され、聞き取ることも難しく、まるで素人の演奏会のように酷かった。総じて、キーボードはミスタッチがあったし、ヴォーカルもケイト・ブッシュのコピーだけは凄まじく上手かったが、他はどうも迫力不足で非常に物足りなかった。というか、素面じゃなかったような気もする。特にキーボードには投げやり感を覚えた。ピーターの楽曲を聴くのは嬉しいが、これならCDを聞いたほうがまだましだ、ぐらいの後味の悪いコンサートであった。
 私は生まれて初めて、アンコール前に席を立ってしまった。ついでに、東京ビルボードの男性店員に、「ここはPAがいるのか」という嫌味を言っておいたが、この店員は他人事のように聞き流していた。最近、こういう苦情をしっかりと受け止めないサラリーマン病、アルバイト病を問題視している私であるが、ここ東京ビルボードも例外ではなかった。まあ、この店員にとっては、客が不満を持ってもまったく関係がないことだからだ。


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柳川市の景観づくり [都市デザイン]

 福岡に打ち合わせに来た。翌日、特に予定がないのでそれまで来る機会がなかった柳川を訪れた。幸い、前日に市役所にちょっと資料をいただけないかと連絡したら承諾してくれたので、西鉄に乗って役所に行き、特に景観条例がらみの話を聞かせてもらい、その後、柳川名物の鰻を食べ、お堀沿いの周りを2時間ぐらい散策した。
 柳川のお堀を保全するよう動いたのは、一人の市の職員である。この職員の情熱が、現在の美しい水郷空間の具体化に繋がったというのは大変心温まるいい話である。日本のサンアントニオのようだ(サンアントニアに関してはhttp://www.hilife.or.jp/cities/?p=76参照)。ただ、柳川は美しい水郷景観を保全してはいても、建物的には伝統的建造物はほとんどなく、したがって昔は伝建地区を目指していたのだが諦めたという経緯がある。
 昭和46年から伝統美観条例は策定していた。そういこともあって、景観法がつくられた時、景観条例を制定することは自然な流れといってもよかったであろう。お城が昔あり、内堀、外堀は守るという意思が育まれていた。そして、掘り割りは江戸時代のものがそのまま残っている。ただ、建物は残っていない。そして、統一感のある街並みはない。人々はそして街並みに不満を持っていない。商店街などで外観の修景をしようとしても、商店の人達は興味が無い。
 そういうこともあって、景観づくりというアプローチも保全というよりかは、ワークショップを行うことで、住民の意識を高めるということを中心としている。そして、駅を整備した。この駅はデザイン賞をとるなど、洗練された意匠の建物となっている。そして、駅から南西に観光の中心の沖端地区があるが、ここが先行して取り組んだ。そして、柳川商店街では修景には取り組めていないが、サインを分かりやすくしたり、空き家の活用などを展開したりしている。
 市役所としても、王道なのは歴史景観であることは理解しているが、柳川では出来ないので「営み景観」をつくろうとしているのである。
 フレームワークに拘らず、柔軟に住民とコミュニケーションをして景観を緩やかに形成しようとしている柳川。お堀をしっかりと保全することに成功した要因は、このような柔軟でいて辛抱強く、しかし最終的な目標地点には確実に近づくようなアプローチにあったのではないか、と思ったりした。

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タグ:景観 柳川
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トランプ支持者によるアジア人差別 [トランプのアメリカ]

トランプ支持者によるアジア人差別事件がカリフォルニア州のリゾート地、ビッグ・ベアーで起きた。アメリカ国籍を取得した3歳からアメリカで過ごしたアジア系の女性が、「アジア人」ということで、Airbnbのビッグ・ベアーの宿での宿泊を断られた。しかも、「それが、トランプを大統領にした理由だ(It’s why we have trump)」とまで言い放たれた。流石にこの宿主は、Airbnbから永久的に追放されることになったが、カリフォルニア州という多くのアジア系アメリカ人が共存していた地域で起きたこの事件には衝撃を受ける。私も7年間暮らしていた場所である。

下記で、被害者への取材動画が見られるが、我々、日本人もまったく同じ文脈で差別を受けるという覚悟をした方がいいだろう。この被害者はそれでもアメリカ国籍を有したアメリカ人である。日本人も相当、不快な思いをすることになるであろう
http://edition.cnn.com/videos/us/2017/04/07/asian-woman-denied-airbnb-orig-vstan.cnn

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トランプの支援者が依拠した情報は、マケドニアの若者達が発信していたフェイク・ニュースであったという、ちょっと驚くべき事実。 [トランプのアメリカ]

トランプが大統領選で、ヒラリー・クリントンを攻撃していた根拠のないネタは、マケドニアのヴェレスという小さな都市の若者達が勝手にアップしたものであったことを知った(下記のBBCのウェブ記事に詳しく状況が書かれています)。

http://www.bbc.com/news/magazine-38168281

ロシアによるハッキング攻撃ということでFBIなどが調査をしているが、実態はもっとシンプルというか幼稚だったのかもしれない。このヴェレスの若者達は、トランプ支持者やトランプが喜びそうなガセネタを乱発し、それでサイトのアクセス数を稼ぎ、広告代で稼いでいるようだ。BBCの取材に協力した19歳の大学生は月に1800ユーロ稼いでいたそうだが、これはヴェレス市の平均月収の6倍ぐらいに相当するそうだ。そして、これで稼いでいる若者が多いので、ヴェレスはちょっとした経済的好況を楽しんでいるようだ。

ちなみにその人口は5万人ちょっと。そもそもマケドニアの情報技術産業が集積している都市らしいが、こんな偽情報を流してお金を稼ぐことになるなどは想定外であっただろう。

あと、トランプはCNNなどをフェイク・ニュースと攻撃していたが、自分たちは、マケドニアの若者達のフェイク・ニュースに見事に引っかかった訳である。まあ、結果、自分たちの勝利に導いたのでいいのかもしれないが、トランプ支持者でだまされた人達はいい面の皮である。

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錦帯橋を訪れる [地球探訪記]

 大阪から福岡に移動するという、あまりないシチュエーション。これは、これまで見たくても見る機会がなかった岩国の錦帯橋に行こうと思い、あまり考えずに新大阪で岩国駅への切符を購入する。そして、新幹線にてネットで錦帯橋の場所を確認すると、岩国駅から5キロメートル弱離れていることを知る。むしろ、新岩国駅の方が近いぐらいである。しかも、岩国から福岡まで行くのに鉄道だと相当、時間がかかることを知る。というか、新岩国に停まる新幹線が少ないのだ。
 しかし、後の祭り的なところもあり、とりあえず岩国駅に向かう。広島駅で山陽本線に乗り換えて、岩国まで行く。ほぼ50分かかった。岩国駅前で急いで中華麺を昼ご飯で食べ、バスで錦帯橋まで行こうと考えたが、時間がもったいないのでタクシーを拾う。ただし、5キロメートルというのはなかなかの距離で、料金も1540円もした。
 また、岩国駅前は国道2号線が走っているのだが、今時珍しい2車線。車線数が多ければいいとはまったく思わないが渋滞をしている。なんか、いろいろな面で時間がかかって大変だ。
 さて、とはいえ錦帯橋は見ることができた。日本三名橋の一つである。全長は193.3メートル、釘が一本も使われていない木造のアーチ橋である。そのアーチの曲線の美しさは、なかなかのものである。1673年につくられたが、現在のものは1950年に台風で流出された後の1953年に復元されたものである。ミュンスターのプリンツィプル・マルクトのように、歴史的建築物・建造物を復元させることは、その都市のアイデンティティを次代に継承することに繋がる。そういった意味で、錦帯橋を次世代に残すために努めることは、極めて重要な施策になると思われる。実際、錦帯橋でも岩国駅でも新岩国駅でも多くの外国観光客をみた。錦帯橋があるからこその岩国、といった側面はグローバリゼーションが進むにつれ、さらに重要になっていくと思われる。
 その後、新幹線に乗るために錦帯橋から1.5キロメートルほど離れた錦川鉄道の川西駅まで歩いて行き、そこから一駅乗り、新岩国駅まで行く。これは一駅ではあったが、距離は結構長かった。料金は230円であった。新岩国駅はどうも1時間に1本しか鉄道が停まらないようである。私も30分ほど待たされた。

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ゼミ生の卒論の内容を報告しに、栃木県栃木市へと行く [地域興し]

 ゼミ生と栃木県栃木市に行く。一人のゼミ生の卒論が、日本のキャラクターのイメージ調査をドイツ人と日本人に行い、その選好比較をしたものなのだが、すべて日本人の方がポジティブなイメージを持っていた中で、唯一、そうでなかったのが栃木市のゆるキャラの「とちすけ」。ということで、市役所に行って、その研究結果を報告してきた。市役所の担当は喜んでくれたけど、私としてはマスコミ等に発表してもらいたいところである。とはいえ、大学で毎年、大量に書かれる卒論。学生達は相当のエネルギーと情熱を注いでも、なかなかそれが世間の注目を浴びることはない、というか読んでもらう機会も滅多にない。といいつつ、8年前の4期生が執筆した「プロ野球選手と結婚する方法論」という卒論は、大炎上をして、ある出版社から是非とも出版したいと数回、私のところに営業に来たことがある。この大炎上は別にマイナスのものではなく、好意的というか「意外としっかり分析されている」というプラスのものが多かったが、本人の出版意向がほとんどなく、また公表しないということで、実際、プロ野球選手の奥様方に取材をしたりしたので、実質的に出版することは難しかった。この件があって、本人からの依頼もあってゼミOBのホームページに卒論のPDFをアップすることも控えたりしたのだが、卒論といえでも侮るなかれ。といった内容のものも少なくない。今回のドイツ人は「とちすけ」を好意的に思っている、なんていうのも新しい発見だと思ったりする。なるべく多くの人に知ってもらいたい、この調査結果。
 さて、仕事が終わった後、栃木市名物のモロ(サメ)料理を食べ、なぜ、みんなサメを食べないのかを理解し、その後、代官跡地や岡田家22代目(23代?)のご隠居の大邸宅などの歴史的建築物を見に行った。岡田家25代の奥様がいろいろと話をしてくれたので、栃木市の理解が深まった。岡田家では広大な敷地を維持するために、子供を医者にしたそうだ。医者以外の職業だと、維持が大変だからということだけど、なかなか世知辛い世の中だなと思うと同時に、それで医者になれるとは優秀な子供達であるなと思ったりした。

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(東武デパートと同じ建物の中にある栃木市役所)

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(適当に入った喫茶店が岡田記念館だった)

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(岡田家25代目の奥様とゼミ生との記念写真

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(岡田家の翁島別邸)
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鳥取駅前の繁華街は土曜日の昼だがほとんどが閉店でまるでゴーストタウンのようだ [地域興し]

 鳥取駅の周辺で土曜日に昼ご飯を食べる店を探していたが、ほとんどすべてが準備中。繁華街は飲み屋が中心なので、しょうがないのかもしれないが、これだけ多くの店が集積していて、揃って閉店というのは、ちょっとこれだけの一等地の使い方としては勿体ないような気がする。というか、なんでこんなに多くの飲み屋があるのだろうか。それも不思議だ。この静けさと人のいなさは、まるでゴーストタウンのようだ。鳥取の人達は夜にはここに来るのかもしれないが、土曜日の昼は一体どこにいるのだろうか?
 閉店だらけの商店街でどうにか開いているブティックをみつけ、その店主に「お昼が食べたいのですが」と尋ねると、賀露に行かなくては駄目だと言われる。賀露というのは鳥取港のあるところのようだ。車で5キロぐらい離れているそうだが、そこに向かう。そして、向かったところは、フィッシャーマンズワーフのような観光施設であった。ただ、ここでは地元の人達もお昼を食べているようであった。なぜ、郊外にこのような施設をつくり、中心市街地に人が集まる仕掛けをつくらないのだろうか。そんな余裕があるほど人口があるわけでもないのに。
 都心のあり方などを結構、考えさせられる鳥取での体験であった。

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鹿野温泉の移住体験宿泊施設に泊まり、つくづく自動車に依存する生活は貧しいと実感する [サステイナブルな問題]

 鳥取県鹿野温泉にて泊まらなくてはならなくなったのだが、国民宿舎は満室で泊まれず、もう一軒ある宿はあまりにも高級で、しかも夕食を食べる余裕がないので勿体なかったので、体験宿というところに泊まらせてもらった。これは、空き家の家に、鳥取に永住を考えている人が体験的に格安で泊まることができるプログラムであった。3泊が最低の条件で、3泊で何人が泊まっても3600円。超格安である。その代わり、市のアンケートに回答しなくてはならない。
 宿は鹿野の歴史的街並みの中にある一軒家の空き家で、ファサードはとても落ち着きがあってオシャレである。中はそれなりに改装が必要なところもあるが、生活できない訳ではない。ただ、3月下旬でもなかなか寒いのと、また表の音がよく聞こえる。外部環境と内部環境を隔てる「壁」がハード面でもソフト面でも薄いのかな、という印象を受ける。
 とはいえ、生活をしていくうえで「家」というのは重要ではあるが、さらに外部環境、街としての公共的な価値の質が極めて重要なのではないかと思われる。そして、公共的な価値の質の大きな部分を担うのが公共交通だが、この鹿野温泉の公共交通は基本的に相当貧しい。というか、自動車を運転しないと生活できない。この「自動車を運転しないと生活できない」という環境がいかに貧困であり、高齢者に厳しい生活を強いていることを理解し、それの改善に向かわなくては、いくら空き家に住むための努力をしても、人は移転することはあまりないと思われるのである。「自動車を運転しないと生活できない」というのは、貧困の条件の一つであると個人的には捉えている。そのような場所からは脱出したいとは思っても、喜んで行きたくはない。

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鳥取県鹿野温泉にて開催されていた「手ぶら革命」の発表会を訪れる [サステイナブルな問題]

鳥取県鹿野温泉にて開催されていた「手ぶら革命」の発表会に、国立台湾大学の張聖林先生を連れて訪れる。「手ぶら革命」はオランダ人、オーストリア人を含めた内外のアーティストが、鹿野温泉に滞在して、その場所からインスピレーションを受けて作品をつくるというイベントを行った。面白かったのは、鹿野温泉の地霊がもたらす「ゲゲゲの鬼太郎的な妖怪世界」を、外国人を含めて3人のアーティストが、場所から感じ取って作品にしたことである。やはり、圧倒的な自然と対峙すると人は感性が呼び起こされるのであろうか。アーティストのように特に感受性が高い人達にとっては尚更であろう。オランダ人のアーティストは「妖怪」をゴーストと表現したので、後で日本語ではゴーストは幽霊で、幽霊と妖怪は違うんだよね、という柳田国男説を伝えた。しかし、それじゃあ妖怪は何なのか、というと難しくてGoblinでもないしなあ、と悩んでいたら、そうだMoominだということでMoominのようなものだ、と言ったら結構、納得してくれた。そして、そこらへんの違いに興味を持ってもくれた。妖怪はエコロジーだが、幽霊は怨念である。まあ、怨念の概念を説明するのは、私も厳しかった。ただ、このオランダ人は「日本人が自然と共生していることに驚いた」と非常に鋭い指摘をしていたが、彼女がそれに気づいたという感性も凄いものがあると思う。多くの日本人はそういうことさえ気づいていないからである。
 また、今回の若者達の作品群であるが芸術術方面ではトンと素人である私でも理解できるほど、優れた作品が発表されていた。アーティスト達は、その感性の鋭さゆえに、地域の個性、本質を見抜く力を有しているし、それをメディアで表現する能力も有している(というか、その力がまさにアーティストの能力と関係している)。したがって、地域興しなどを考えるうえで、アーティストにその場をコンセプトとさせる作品をつくらせるのは最初の段階では極めて有効であることを、今回のイベントに参加することで理解することができた。
 ドイツの縮小都市では、その対応策でアーティストに芸術作品をつくらせるということを多く手がけていたが、その理由が見えてきたような気がする。有意義なイベントであった。

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(手ぶら革命は鹿野温泉の格式のある歴史的街並みの中で開催された)

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(アーティスト達は鋭い感性で地域の資源、アイデンティティを読み取り、それを作品というメディアを通じて我々に伝えることができる。それをネタに町の将来像を、地元の人達は話し合った)
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デビッド・ボウイの展覧会に行く [ロック音楽]

デビッド・ボウイの展覧会に二度、行く。日曜日に行ったら、待ち時間1時間以上だった。
そんなに皆、デビッド・ボウイが好きだったのだろうか。私の高校のクラスにはボウイの熱烈なファンは1人しかいなかった。彼女は一生懸命、ボウイを伝道師のようにしてファンを普及させようとしていたが、それほど効果はなかったかと思う。私は、彼女が勧める「Stage」を聴いて嵌まった。というようなことを思い出した。ただ、その後、「レッツ・ダンス」が世界的に大ヒットしたので、また人々のボウイの認知度も変わったかもしれない。

展示内容は3000円という高額に見合うしっかりとしたもので、大変充実していた。しかし、一日目があまりにも混んでいて、充分に見られなかった。それでもう一日行くことにしたのである。二日目は平日に行った。18時過ぎに行ったのだが、流石に空いていて自分のペースで観ることができた。ただし、前回、見損ねたところを中心に観たにも関わらず、最後の展示コーナーに行く前に20時の閉館の時間を迎えてしまい、半ば追い出される形になってしまった。何が言いたいかというと、それだけコンテンツが多く充実しているので、見るの時間がかかるということだ。

ボウイのことはもちろん、その時代背景、ボウイが影響を受けた社会現象などまでもが、しっかりとした展示で解説されている。ボウイが時代の産物であるという認識をしっかりと持っていないと出来ない展示であり、キュレーターの理解力と展示力に感心させられる。確かに、ボウイは時代を映し出していた鏡であり、そういう意味でボウイとシンクロしていた時代性をボウイというメディアを通じて、音楽、ファッション、映像等で表現していた。しかも、ボウイはジョン・レノンやジム・モリソン、ジミ・ヘンドリックスなどと違い、70歳近くまで生きてくれたので、時代の変遷までもがボウイを通じて観ることができる。ジム・モリソンは現象であったが、ボウイはコンテキストなのである。そのように考えると、本当に我々20世紀後半に生まれたものにとっては、ボウイは時代の体現者としてシャーマンのような有り難い存在であったことを思い知る。

個人的にはトゥナイトの後、ボウイからは遠ざかってしまった。私の人生的にも社会人になって仕事に追われ始めたこともあるが、それからまた再び聞くようになった「ネクスト・デイ」までの空白の20年間は随分と勿体ないことをしていたのだなと痛感する。というか、サラリーマンの15年間は個人的には文化が無かった時代だから致し方ないのだが、それでも悔やまれる。ただ、会社に今でもいたら、このボウイの展示会にも行かなかったかと思うと、サラリーマンを辞められてよかったと思わずにはいられない。

さて、この展示会は改めて私のボウイへの意識を再検証させてもらう貴重な機会を提供してくれたことになるし、そのアルバムの背景をさらに深めて理解させてもくれて、これは個人的にも有り難いことであった。20年間の空白というものがあったが、私はやはりキャリア的にはStation to Station が非常に好きだということと、ベルリン3部作に惹かれるということである。あと、スペース・オディティは名曲であると強く思うのと、当然だが、ジギー・スターダストのアルバムとライブと一連の「現象」がいかに異例なイベントだということである。

あと、ジギー・スターダストのコンサートを素晴らしいショーだと賞賛するイギリスのおばさん達の見識の高さに感心すると同時に、展示の最後でボウイを語るタケシがあまりにも外していて、この人はいろいろな面で凄い才能の持ち主だが、ロック音楽に関してはほとんど何も分かっていないなということを再確認したことである。これは、オールナイトニッポンでロッド・スチュワートの「セイリング」を歌っていた時にも感じたことだが、何か根源的にロックの格好良さを分かっていないと思う。ということで、いろいろなことを感じ、考えさせられた展示であり、ボウイは死してなお、あの素晴らしきアルバムだけでなく、生き残ったものに貴重なプレゼントを残してくれて、そのことは涙が出るくらい感謝している。ロック・スターのまさに鏡である。

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(日曜日は入り口に長蛇の列ができていた)

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バード・カールスハーフェンという縮小都市を訪れる [サステイナブルな問題]

 ヘッセン州のカッセルの友人宅に泊まる。今日がドイツ最後の日であるが、午前中に友人が興味深い縮小都市があるということで、ヘッセン州の北端にあるバード・カールスハーフェンという縮小都市に連れて行ってくれた。
 この都市は極めて人工的な理由でつくられた。都市が集積するにあたって経済的に有利であるなどの要件があって、ここに都市が形成されたのではないのである。したがって、その人工的な理由がなくなったら徐々に衰退し始め、ヘッセン州という旧西ドイツにおいては、相当に寂れた都市になってしまっている。
ヘッセン・カッセル方伯は、17世紀後半、あることで悩んでいた。というのも、ヘッセン州とニーダーザクセン州は、ヴェーザー川が境となっているが、ヴェーザー川を上って荷物がヘッセンへ向かうとき、このヘッセンの南の下流にあたるニーダーザクセン州のハン・ミュンデンにて課税がかけられていたからである。そこで、この課税を避けるために、ハン・ミュンデンのさらに下流であり、またヘッセン州の最北部である地に港をつくり、そこからヘッセンまで運河を掘削しようと考えたのである。
 また、ヘッセン・カッセル方伯はフランス人の宗教難民に極めて寛容な政策を採っていた。それは、当時は彼らの方がいろいろと先端技術を有しているからだが、この宗教難民達に住まいを提供し、かつ、この運河工事も依頼しようと考えたのである。そこでつくられたのが、ジーブルグという町である。これは、後にカールスハーフェン、さらにバード・カールスハーフェンと改名される。18世紀前半に、この都市はバロック風の街並みを有するとしてとしてつくられた。
 さらに1730年には塩水泉が発見され、温泉・療養施設も建設されることになる。1977年には、都市名がカールスハーフェンからバート・カールスハーフェンと改名したが、これは1970年代後半に保険会社が温泉療養を被保険者に提供ひようと考え、バーデン・バーデンを始めとして、温泉療養(スパ)を広く展開しようと考えたからである。バード・カールスハーフェンもこの温泉療養地として指定され、この頃、無粋なモダニズムの温泉療養の宿泊施設なども建設された。
 さて、しかしこの保険会社のプログラムはただし、高齢化が進み、保険会社の負担が大きすぎるということで80年代後半に中止になるらしい。短命だったのである。一時期、ちょっと温泉リゾート地として栄えたバード・カールスハーフェンも、以前として温泉療養地ではあるが、その後、少しずつ衰退していくことになる。ちなみに、位置づけとしては金持ちのバーデン・バーデンに対して、ブルー・カラーの温泉療養地として位置づけられたようである。
 実際、その人口の流れをみてみる。バード・カールスハーフェンは、その3キロメートル南にヘルマース・ハウゼンという地区があり、そこにほぼ3分の1ぐらいの人が住んでいる。したがって、この自治体の人口がすなわち、バード・カールスハーフェンの都市規模を示している訳ではないことを認識してもらえればと思う。
 1885年の人口は2901人。1939年は3565人。1958年が4829 人で、この数字が最高となる。その後1970年は4674人だが、2009年には3724人。劇的に減少している訳ではなく、真綿で首を絞められるように徐々に人口が減っていっている
 実際、訪れたバード・カールスハーフェンは、見事なバロック都市で、建物はほぼ白色にペンキされており、なかなかのものであった。つくった当時は、ディズニーランド的なテーマパークのようなものだったのかもしれないが、それから300年ほど経っており、その時間の積み重ねが、いい空間の味わいを醸し出している。
 ただし、そもそもこの都市がつくられた目的も消え、さらに、それを再生しようとしたプログラムもなくなり、存在意義が見出せないのが現状であろう。都心部は観光客を中心とした店舗やレストランが多く立地しているのだが、その半数以上は閉店している。ただ、日本の商店街と違うのは、空き店舗でもシャッターを下げずに、ウィンドウ・ショッピングが出来るようなちょっとした工夫が為されていることである。シャッター商店街であっても、見た目はそのように見せない。結構、こういう小さな試みの積み重ねが、この都市の消滅を回避させることに繋がるのかもしれないなと思ったりする。河畔には、ちょっとしたヴェーザー川下りができるフェリーが滞留していた。ライン川下りのようなツアーが既にあるのかもしれないが、この町はその廃れ感も含めて、ちょっとした観光ポテンシャルがあるのではないかと勝手に思ったりもした。
 確かに最近の人口減少は厳しいものがあるが、その当初の存在意義が消失し、その再生計画も頓挫しても、300年間も生存してきた都市である。その将来は明るいものはないが、しかし、生き残っていくような気もしないでもない。何か、あと1つか2つの工夫が必要であるのかもしれないが。

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(バード・カールスハーフェンの街の景観)

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(店は閉店していても、シャッターを下ろさずにウィンドウ・ショッピングはできるようにしている)

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(バード・カールスハーフェンの街並み)
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ハッピー・リッツィ・ハウス [都市の鍼治療]

 ベルリンからカッセルに行く途中、ブラウンシュヴァイクで降りて前から気になっていたハッピー・リッツィ・ハウスに行く。デュッセルドルフに住んでいた時は、ブラウンシュヴァイクは、鉄道の便が悪いのでほとんど行くことがない。ベルリンに行くときは、ブラウンシュヴァイクのちょっと北を通るし、エアフルトやカッセルとかに行く時も通らない。唯一、通るとしたらライプツィヒにIC(新幹線ではない在来線特急のようなもの)で行く時、ハノーバー乗り換えで通るぐらい。ということで、ドイツに住んでいた時から気になってはいたが、これだけを見るために行くのは勿体ないということで行くことがなかった。しかし、今回はベルリンからカッセルに行くという滅多にないシチュエーション。これは寄るでしょう、ということで途中下車したのであった。さて、自分に与えた時間は2時間。ブラウンシュヴァイクの駅は、中心市街地から結構、離れている。こういう途中下車のポイントはトランクを預けられるロッカーがあるかどうかが極めて重要だが、流石にブラウンシュヴァイクにはあった。
 中心市街地は駅からだとトラムで結ばれている。駅数は3つ。歩けない距離ではないが、ここはトラムで行く。トラムで中心まで行くと、ハッピー・リッツィ・ハウスは街のど真ん中にあった。建物は3階建てぐらいなのだが、流石に非常に目立つ。ハッピー・リッツィ・ハウスとは、漫画のようなイラストが描かれた家の集合体であり、ジェームス・リッツィが2001年に放置されていた公爵の住居跡地に、人目に付くようなユニークな建物をつくることで、残された古い建物を保全することを意図してつくったものである。
 スポンジ・ボブのような過激な描写のイラストは、その色彩も派手で大変、目立つ。しかし、そのスケールがほどほどよく、違和感や不快感は不思議なことに与えない。周囲にはブラウンシュヴァイクからそれほど遠くないハルツ山地のゴスラー、ヴェニゲローデなどにみられる木組みの歴史的住宅があり、このモダンな都市の中心部の中に貴重な歴史的佇まいのある空間を維持させている。リッツィがこれらを保全するために、ハッピー・リッツィ・ハウスをつくったのであるか、細かいことは現時点では調べられていないが、そうであったら、これはまさに素晴らしい都市の鍼治療的事例であるだろう。

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(これだけ派手であるにも関わらず、街の中に溶け込んでいるハッピー・リッツィ・ハウス)

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(ハッピー・リッツィ・ハウス)

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(隣接して歴史的街並みが保全されている)
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