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立川駅を訪れ、その陵辱されたようなアーバンスケープを見て愕然とする [都市デザイン]

 立川駅を久しぶりに訪れる。以前は、立川駅が最寄り駅のところに顧客の事務所があったので、よく訪れた。といっても15年以上も前の話である。さらに、顧客の事務所は北口にあり、歩いて行くのはちょっと辛かったこともありタクシーで行くことがほとんどであった。ということで、立川駅はよく利用はしたが、駅周辺は、それほどは知らなかった。
 今回は、そういう意味でははじめてじっくりと国立西駅から立川駅南口へと歩いたのだが、歩いていると徐々に陰鬱とした気分になってきた。そこには、地霊というかセンス・オブ・プレイスのようなものがほとんど感じられないのだ。なぜだろうか。しばらく考えていて、これはセンス・オブ・プレイスというものは、その土地の風土、エコロジーがつくりだしているからだ、ということに気がついた。それは自然的要素と歴史的要素とからつくられる。そして、立川にはそのようなセンス・オブ・プレイスを感じさせるようなものがほとんどない。
 まず、自然的要素であるが、川は流れていたようだが、今は暗渠化されて大通りになっている。そこの通りの並木、さらにその隣にあるお寺は、多少、安堵させる。周辺の山々などが見られればいいのだが、立川の中高層のマンションに囲まれているとそのようなものが目に入らない。そして、建物の間の空間は道路と駐車場である。人が佇むようなポケット・パークのようなものさえ見えない。
 もう一つの歴史的要素に関しても、感じることは少ない。羽衣商店街という昔の赤線地帯の商店街の街並みはレトロ感があり、少し、ホッとさせる。ただ、どうもこの土地の人達は、そのような米軍相手の赤線地帯であるという過去を葬り去りたいという意識があるのか、その痕跡をたどるのはほとんど不可能である。とはいえ、それに換わる歴史的なストーリーはない。立川駅の南口は、どちらかというと表に出したくないような人間の欲望がつくりだした景観がつくられていた。それは消費の空間であり、また、そのような消費のニーズを提供するような空間だ。そこに文化が生じないとは言わないが、そこで生じる文化は、そのような場所において人間性を失わないためのような魂の叫び的な文化のようなものになるような気がする。どちらにしろ、ちょっと辛い。
 そのような空間をどうにか改善するために都市デザインが持つ力というのは大きいと思われる。私は個人的にはそれほど好きではないが、南池袋公園などはそうだし、より好ましい事例としては中野セントラル・パークがある。うまく、立川のまさに土地が汚されたような戦後の歴史を、それを葬り去らずに、しかし、将来への希望につなげるような空間づくりはできる筈である。それを、中途半端に立前だけで、そして経済的な効率性だけを意識して都市づくりをしてきた。その結果が、立川の景観には如実に表れている。
 日本の都市づくりは、ヨーロッパの都市などに比べて、そしてアメリカのサンフランシスコやシアトル、ニューヨーク、ポートランドなどに比べて、何かが決定的に欠けている。この人間性を否定し、風土を抹消するような都市景観をつくってしまっている(北口も含めてである)ということは、何か大きな欠陥が現在の都市づくりのシステムにあるとしか思えない。それが何かは、今後の私のおそらく大きな研究課題になるであろう。

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(緑川は全区間が暗渠化されていて、上部には道路が走っている。自然を求めて立川の郊外に引っ越そうとしたら大間違いだ。よほど目黒区の方が自然は多い)

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(元赤線地帯の羽衣商店街は、ここらへんでは数少ない、地霊というかセンス・オブ・プレイスを感じられる)

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(この混乱した住宅街。というか住宅街なのだろうか。ざわざわ感を覚えるのは私だけだろうか)

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(そして、とりあえず土地が確保できれば駐車場。ここに緑とかを少しでも植えるような気持ちがないのでしょうか)

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(普通、角地はいろいろと街空間を演出するのに使えるのですが、立川はそこでも駐車場)

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(駅に近いところは突如、しっかりと高層ビルが建てられる)

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(大人のおもちゃが悪いとは思いませんが、このロリアニメのキャラが気になります)

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(駅前の商店には、街を美しく見せようという意識はあるのでしょうか?)

 立川の人達には不愉快な思いをさせてしまったら恐縮ですが、これは立川だけではなく、日本全体の都市の問題かと思いますので、申し訳ありませんが指摘させていただきました。
タグ:立川駅
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