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東京と地方の大きな格差は寿司屋の質である。 [地域興し]

島根県の浜田市に学会を訪れる。私の発表は午後の遅い時間、空港に着いたのがお昼過ぎ、ということで浜田市で昼食を取ることにした。こういう時に、本当に役立つのが食べログである。ということで食べログでチェックすると、なかなか評価の高いお寿司屋さんを見つけた。昨晩もお寿司だったので、ちょっと連チャンはなあ、と思ったりもしたが、比較するにはいいタイミングかと思い、この店に入った。ランチ・メニューで「季節のちらし寿司」(税込み1510円)を注文する。ちょっと東京の感覚だと1.5倍は高い。しかし、「季節」と書いているので旬のもの、場合によってはノドグロぐらいもついてくるかな、とノドグロの季節がいつか分かっていない私は勝手に甘い期待を抱く。
 さて、出てきたちらし寿司は、鯖、イカ、まぐろ、海老(甘エビではない)、いくら、さんまなど、どこが「季節」か分からない定番もの(さんまが季節もの?)だらけであり、まったく浜田のオーセンティシティが感じられるようなものではなかった。そして味は今ひとつ。これは、本当に最近、地方の寿司屋さんに入って感じるところだが、あきらかに東京と地方とでは寿司のクオリティに驚くほどの差があるのだ。もちろん、東京の方が美味しい。しかも、東京の方が安い。お寿司屋を食べ比べると、本当、この点こそ東京と地方との格差ではないか、と痛烈に感じさせられる。三ヶ月前に境港に行った時もそう思った。北海道富山鹿児島とかだと、まあ、東京でも行くかな、というぐらいのレベルのお寿司屋さんがないわけではないが、それでも東京のお寿司屋さんの方がコスパでは秀でている。それが、浜田や境港ぐらいの規模の都市だと、もう惨敗であり、おそらく東京にあったら閑古鳥が鳴くであろうといったお寿司屋さんが地元では名店で鳴らしていたりする。ちなみに、浜田も境港のお寿司屋さんも食べログでの評価は3.5以上である。私は3より高い点はとてもじゃないがつけられない。
 このような状況から推察されるのは、地方都市はグローバル経済下で競争するという覚悟のようなものが欠如しているのではないだろうか、ということである。私は地方が消滅するとは思わないが、地方の人が思っているよりも、遙かに東京と地方との差は拡大しているような気がする。それが、お寿司であるということに気づいている人はまだ多くはないだろうが。

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宮城県の観光PR動画について、ちょっと苦言を呈したい [地域興し]

 壇蜜が演じる、宮城県の観光PR動画広告「涼・宮城の夏」が性的な表現が多いと批判の声が挙がっているが、村井嘉浩・宮城県知事は定例記者会見で記者の質問に「誰も、可もなく不可もなくというようなものは、関心を呼びません。したがって、リスクを負っても皆さんに見ていただくものをと思いました」「私としては面白いと思っている。あれをみて『宮城に行かない』と、そういう感じにはならないのではないか」と、問題がないとの認識を示した(ハフポスト日本版編集の記事をもとに若干、編集)。

 この動画、個人的には趣味はよくないと思うが、私が問題視するのは、宮城県の観光PRに壇蜜が出演する必然性が極めて低いということである。壇蜜は秋田県横手市で生まれ、幼少の時に既に東京に越してきて、昭和女子大学付属から昭和女子大まで進む、という三軒茶屋ッ子である。三軒茶屋の観光PRもしくは世田谷区の観光PRに出るのが一番妥当である。ちょっと頑張って、横手市というのは許容範囲かもしれないが宮城県というのは、ほとんど関係ないでしょう。どうも、仙台藩士の子孫という説もあるようだが、それで宮城県の観光大使のような仕事をするのは無理がある。観光PRというのは、その都市・地域のアイデンティティを広く普及させることが重要である。そのために、税金は使われるべきものであり、「リスクを負ってみていただく」というのは十歩譲って許容しても、そのリスクを負ってみた動画に出演している俳優が、宮城や仙台とほとんど関係がなければ、その都市・地域のPRには説得力がほとんどない。
 それは、バングラデッシュの観光PRにローラが出るほどの説得力さえ有していないと思う。観光PRを血税で制作するのであれば、人々にイメージしてほしい宮城という概念をしっかりと伝えられるものであるべきだし、それを伝えるべき俳優が壇蜜である妥当性はない。というか、壇蜜が出てくる時点で、宮城、人材いないのかとさえ思ってしまう。もちろん、宮城には素晴らしい人材が多くいて、スケートの羽生選手や荒川選手とか、サッカーの香川選手とかがいるし、女優でも鈴木京香がいる。鈴木京香は、宮城県泉市で生まれ、黒川郡で育ち、東北学院大学を卒業している、というまさに宮城人である。そして、失礼な言い方になってしまうが、壇蜜に比べると女優としても格上である。壇蜜は実際の人物の素晴らしさに比して、ちょっと二流感というかB級なところを本人も楽しんでいるところがあり、それはそれで愛嬌があり、個人的には嫌いではないが、そのような個性をもつ女優を使うという時点で、宮城県は非難を免れないし、その女優が宮城とほとんど関係性がないということで、アウトであると考える。

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駐車場だらけなのに駐車できない、という恐ろしくも馬鹿げた事態が地方都市に展開している [地域興し]

出雲市最後の夕食。しかし、まだ出雲蕎麦を食べていない。ということで、レンタカーを借りているということもあり、出雲蕎麦屋を探して出雲市駅周辺を車でうろついた。ちょっとうろついた後、駅前の道沿いに店を一軒、見つけた。さて、しかし路駐はできない。どこに車を停めていいかが分からないが、後ろに車がいるので仕方なくそのまま前に進む。東京とかだと、タイプズ駐車場のような時間貸し駐車場があるので、出雲市にもそのようなものがあるだろうから、そこに停めようと思って進むが、駐車場はあるのだが、皆、月極駐車場か、どこかの店専用のものばかりだ。ご丁寧に「当店以外の方の利用は強く、禁止します。カメラで監視しているので違反者は罰金1万円いただきます」などと書かれている。結局、駐車できるスペースがみつからないまま、蕎麦屋は遠ざかった。これだけ店専用の駐車場があるということは、おそらくその蕎麦屋にも駐車場があるということだろう、ということを理解し、また車を走らせていると再び、蕎麦屋が現れた。今度は、店の前に書かれていた地図チェックして、その蕎麦屋の駐車場に駐車する。そして、蕎麦は無事に食べられたのだが、この蕎麦屋は中心市街地にあった。そして、周辺は駐車場だらけである。それにも関わらず、これらの駐車場の利用が制限されているので、駐車場はあっても使えない、という馬鹿げた事態が生じている。確かに商店街の店舗の多くはシャッターが閉じているので、駐車場の土地には困らないのかもしれない。しかし、それでも多くの駐車場には車は停まっておらず、都心部においてこんな土地の無駄遣いはない。商店街で共有できるような駐車場ができないのか。こんな馬鹿げたことはない、と憤慨したのだが、そこで初めて高松市の丸亀商店街が共同駐車場を整備したことがなぜ評価されていたのかが理解できた。共同駐車場という準公共物を協働して整備する、ということさえできない商店街が多いということか。もし、しかし、そんなことでも協働できないようであれば、商店街がイオンなどのショッピング・センターに勝てる訳がないであろう。

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(蕎麦屋はみつけたが駐車場が分からない)

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(シャッターが降りまくっている商店街)

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(駐車場は空いているのに駐車をすることはできない)

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ゼミ生の卒論の内容を報告しに、栃木県栃木市へと行く [地域興し]

 ゼミ生と栃木県栃木市に行く。一人のゼミ生の卒論が、日本のキャラクターのイメージ調査をドイツ人と日本人に行い、その選好比較をしたものなのだが、すべて日本人の方がポジティブなイメージを持っていた中で、唯一、そうでなかったのが栃木市のゆるキャラの「とちすけ」。ということで、市役所に行って、その研究結果を報告してきた。市役所の担当は喜んでくれたけど、私としてはマスコミ等に発表してもらいたいところである。とはいえ、大学で毎年、大量に書かれる卒論。学生達は相当のエネルギーと情熱を注いでも、なかなかそれが世間の注目を浴びることはない、というか読んでもらう機会も滅多にない。といいつつ、8年前の4期生が執筆した「プロ野球選手と結婚する方法論」という卒論は、大炎上をして、ある出版社から是非とも出版したいと数回、私のところに営業に来たことがある。この大炎上は別にマイナスのものではなく、好意的というか「意外としっかり分析されている」というプラスのものが多かったが、本人の出版意向がほとんどなく、また公表しないということで、実際、プロ野球選手の奥様方に取材をしたりしたので、実質的に出版することは難しかった。この件があって、本人からの依頼もあってゼミOBのホームページに卒論のPDFをアップすることも控えたりしたのだが、卒論といえでも侮るなかれ。といった内容のものも少なくない。今回のドイツ人は「とちすけ」を好意的に思っている、なんていうのも新しい発見だと思ったりする。なるべく多くの人に知ってもらいたい、この調査結果。
 さて、仕事が終わった後、栃木市名物のモロ(サメ)料理を食べ、なぜ、みんなサメを食べないのかを理解し、その後、代官跡地や岡田家22代目(23代?)のご隠居の大邸宅などの歴史的建築物を見に行った。岡田家25代の奥様がいろいろと話をしてくれたので、栃木市の理解が深まった。岡田家では広大な敷地を維持するために、子供を医者にしたそうだ。医者以外の職業だと、維持が大変だからということだけど、なかなか世知辛い世の中だなと思うと同時に、それで医者になれるとは優秀な子供達であるなと思ったりした。

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(東武デパートと同じ建物の中にある栃木市役所)

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(適当に入った喫茶店が岡田記念館だった)

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(岡田家25代目の奥様とゼミ生との記念写真

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(岡田家の翁島別邸)
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鳥取駅前の繁華街は土曜日の昼だがほとんどが閉店でまるでゴーストタウンのようだ [地域興し]

 鳥取駅の周辺で土曜日に昼ご飯を食べる店を探していたが、ほとんどすべてが準備中。繁華街は飲み屋が中心なので、しょうがないのかもしれないが、これだけ多くの店が集積していて、揃って閉店というのは、ちょっとこれだけの一等地の使い方としては勿体ないような気がする。というか、なんでこんなに多くの飲み屋があるのだろうか。それも不思議だ。この静けさと人のいなさは、まるでゴーストタウンのようだ。鳥取の人達は夜にはここに来るのかもしれないが、土曜日の昼は一体どこにいるのだろうか?
 閉店だらけの商店街でどうにか開いているブティックをみつけ、その店主に「お昼が食べたいのですが」と尋ねると、賀露に行かなくては駄目だと言われる。賀露というのは鳥取港のあるところのようだ。車で5キロぐらい離れているそうだが、そこに向かう。そして、向かったところは、フィッシャーマンズワーフのような観光施設であった。ただ、ここでは地元の人達もお昼を食べているようであった。なぜ、郊外にこのような施設をつくり、中心市街地に人が集まる仕掛けをつくらないのだろうか。そんな余裕があるほど人口があるわけでもないのに。
 都心のあり方などを結構、考えさせられる鳥取での体験であった。

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金沢に来て、地方の危機を再考察する [地域興し]

 最近、地方に来ると、地方の危機を強く感じる。人口減少や高齢化、自動車への過度への依存がもたらした買物難民など、多くの人々が指摘する地方の危機以外に、私が地方に来るたびに実感するのは、付加価値を創出する能力の欠如である。
 ひと昔前であれば、東京から地方へ旅行する大きな魅力は、東京では入手がなかなか難しい食べ物を味わったり、また、その地方固有の生活文化などに触れられたりすることであった。このような地方が東京と異なることによって相対的に生じる魅力こそは、地方のアイデンティティであり個性であった。特に食文化は伝統的には、その地のものを消費していたので、地域・風土が違えば、当然、東京とは違ったものが食べられ、それは地方にとって貴重な観光資源でもあった。
 さて、しかし、最近は大阪、京都、福岡といった大都市や一部の地域(例えば讃岐うどんの香川県)を除けば、地方に行って東京より美味しいものに出会える確率は極めて低くなってしまっている。こういうことを書くと、いや、コスパが違うでしょう、と異論を唱える人も出てくるかもしれないが、コスパにおいても東京より優れた料理と出会える確率は相当、低くなってしまっている。
 これは一年前に宮崎を訪れた時にも感じたが、半年前に北海道を訪れた時にも痛感した。この地の人達は観光客相手に、地の美味しいものを出しているような気分になっているのかもしれないが、悪いけど東京では我々は往々にして、これらのものよりも遙かに美味しく、そしてそれらを安い値段で楽しめている。観光地に来ているというボーナス効果を加えても有り難がることができない場合がほとんどだ。それにも関わらず、地方においてはそのような自覚がない。「東京からわざわざ来たんだったら、○○を食べないと」と言われて注文しても、ほおっと感心するようなものを食べられる確率は低い。しかし、愛想で「流石ですね」などと言ってしまう自分もいる。客に愛想を言っているのではなく、客が愛想を言っているというのが地方の特産品などで売り出している食堂の実態ではないかと私は捉えている。
 名古屋などはグルメ観光を高らかに謳って、観光プロモーションを展開しているが、名古屋にわざわざ食べに行かなくてはいけないような食べ物はない。いや、名古屋にいたら食べますよ、櫃まぶし。しかし、鰻自体は名古屋以外でも美味しいものが食べられる。きしめん、味噌カツ、コーチンで人が名古屋に来るだけの価値はない。そして、確かに相当、美味しいお店は櫃まぶしに関しては少なくとも名古屋に存在することを認めるが、名古屋の鰻屋がどこもクオリティが高いかというとそんなことは決してない。というか、そういう店は名古屋に住んでいても予約を取るのが(名古屋の櫃まぶしの名店は予約を受け付けない店も多い)困難である。つまり、名古屋にわざわざ櫃まぶしを食べにいくだけの価値がある店はごく少数ということである。それなのに、名古屋に行けばうまい櫃まぶしが食べられるかのように宣伝するのは嘘である。こういうプロモーションをしていると、いわゆる「観光地にうまいものなし」を名古屋という地域が証明することになり、逆にイメージを悪くするように思うのだがどうであろうか。
 まあ、似たようなことは東京の月島のもんじゃ、とか横浜の中華街でも言えることなのだが、これらは、それなりに町自体がテーマパークのようになっているのと、誰ももんじゃに味を期待しないことと、中華街は中国人っぽい人達が料理をつくっている、ということで味以外の要素を提供していることが、名古屋全体のグルメ・プロモーションと大いに異なる点である。
 さて、話が随分と横道にそれてしまったが、金沢である。金沢は、このようなひねくれた考えを持っている私をもってしても、「美味い物が喰えるのではないか」と期待させるオーセンティシティを有している。なんといっても加賀百万石である。ということで、昼に近江市場を訪れ、食べログまでチェックして、3.5点以上のお寿司屋さんに入った。そこでランチであるが奮発して、2700円の海鮮丼を注文した。さて、海鮮丼はおどろくほど早く来た。北海道のウニ、蟹、甘エビ、カンパチ、まぐろ、イカ、タコなどが入っている。しかし、どこか新鮮のように見えない。切った後、ちょっと時間が経っているかのような印象を受ける。さて、一口食べると全然、美味しくない。これは、しまったと思うが後悔先に立たず。イカとかは固くなっており、刺身が不思議だと思うぐらい美味しくないのだ。美味しいと思われたのはイクラと甘エビぐらいであった。これは刺身を切ってから、時間が結構経ってしまったということであろう。味的には、東京の寿司屋のランチのちらしとは比較できないほど今ひとつであった。しかも、東京の私が食べる寿司屋のランチのちらしは1000円だが、これは2700円である。近江市場で新鮮なものが食べられると思った私は大きく失望をしたのである。この海鮮丼で食べログの評価が高いことはちょっとあり得ないので、このお店の握りは美味しいのかもしれない。握りであれば作り置きは出来ないと考えられるからである。その日の夕方、近江市場の二階で食べた居酒屋はなかなかよかったことから、金沢の刺身が不味い訳ではない(それでも東京と比べて特別とはいえない)ので、この店の問題であっただろう。ただし、翌日、金沢うどんを食べたが、これもそれほど特別ではなかった。すなわち、今回の金沢旅行では期待を膨らませていたが、あまり美味しいもの、少なくとも金沢に来て美味しいものが食べられてよかったな、と思えるような料理にはありつけなかったのである。
 もちろん、金沢には美味しい店が多くあり、美味しい料理も存在するであろう。ただ、観光化をしているからかもしれないが、それでも、この近江市場の海鮮丼はないと思うのである。こういうことで商売が出来るというのは、観光客相手だからということなのだろうが、そのうち酷いしっぺ返しを食らうのではないだろうか。特に、SNSがこれだけ発達した世の中において、こういうオーセンティックを期待している人達に、オーセンティックではない、というかちらし寿司としてもちょっと違うでしょう、というものを出していることは瞬く間に知られるからである。
 金沢はバーとかも結構、高くていい値段を取る。しかし、店の人は「東京じゃあ、こんな安い値段じゃ、このウィスキーは飲めないよね」とか言ったりするが、場所を選べば飲めたりする。そういうことを自覚しなさ過ぎだ。
 それでもまだ、観光客ビジネスは、東京にはない地元の美味しいものといった幻想、誤解で当分はやっていけるかもしれないが、そのようなぬるま湯的環境では、そもそもない付加価値を新しくつくるようなことは出来ないであろう。フリーライドをしている人ばかりになると金沢の魅力は、早晩喪失してしまうであろう。
 と言いつつ、金沢には付加価値を維持し、さらに次代に継承しようと頑張っている人達、外部から金沢において新たな付加価値を創出しようと挑戦しようとしている人達も多い。私は、金沢にある唯一の「麹屋」である高木商店で、「かぶらずし」と味噌を購入した。また、お麩の専門店である加賀麩「不室屋」でお麩を購入したりした。金に糸目をつけず、しっかりと良質なものを消費しようと調査をすれば、金沢であれば外さないだけの地方固有の価値を提供してくれるであろう。
 ただ、逆に捉えると、金沢であっても、相当調べないと、なかなかいい消費体験が出来ないということである。もちろん、東京だって適当に店に入ったりしていると酷い目にあうだろうが、東京は私にとっては観光地ではなくて生活都市だからね。いい店と悪い店とをよく知っているので、同じ観光地として捉えて比較して、東京にも不味い店があるじゃない?といった感じで緊張感を持たないでいると、本当、東京にすべてやられるような気がするのである。そして、東京に人・モノ・カネだけでなく、文化、個性といった面でも後塵を拝すると、グローバル経済下、そして人口が減少していく中で、地方は本当に大変なことになると思われるのである。これだけ、ユニークなコンテンツを有している金沢でもこんな状況なのだから、他の地方都市はさらに状況が深刻であることを改めて確認した次第である。
 また追記すると、金沢は25年前に比べるとずっとよくなっている。東山の茶屋街、主計町の街並みなど非常に改善されて魅力的になっている。しかし、よくなっていても、まだ根源的な面で東京とは差を埋められていないな、というのも再確認させられた。地方に頑張ってもらわないと日本の将来は暗い。どうにか、この状況を打破できるといいのだが。

タグ:地方の危機
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カジノをどうしてもつくるというのであれば、苫小牧につくるべきである [地域興し]

 カジノ法案が今日にも衆院を通過しそうだ。このブログを読まれている人は、もうその結果を知っているだろう。さて、IRの誘致を考えている自治体は7つ。東京都(お台場)、横浜、大阪市(夢州)が注目されているが、私はカジノという濡れ手に粟的ビジネス・チャンスこそ疲弊している地方の活性化の切り札として使ってもらいたいと思っている。
 私は、基本的にカジノは強く反対しているが、もしどうしてもつくるというのであれば、それを大都市に誘致するような愚をさらに重ねることだけは避けてもらいたいと強く思う。そもそも世界的にみてもカジノというのは、大都市から隔離されて行われる。アメリカではネバダ州がカジノ解禁だが、それはネバダ州の大部分が荒涼たる砂漠で、他にめぼしい産業(軍事産業はある)がないからである。
 上記の3以外に手を挙げているのは、釧路市、苫小牧市、留寿都村の北海道勢、そして佐世保市(ハウステンボス)である。これら4つのうち、私が強く推したいのは苫小牧市。苫小牧にはまったく買い手がつかなかった広大な工業団地が広がっているし、社会基盤も整備されている。千歳空港からのアクセスもよいし、北海道はインバウンド観光客も多い。ニセコや札幌、支笏湖などともパッケージ化しやすく、その経済効果はすこぶる大きなものが期待できるであろう。社会基盤、アクセスのよさ、さらにはその地方において新たな産業の必要性の高さ、などから苫小牧市はまさにカジノを設置するのに適している。
 この苫小牧には大きく遅れは取るが、佐世保市のハウステンボスも次点としては検討に値する。苫小牧もハウステンボスももとはといえば、新産業都市という国策の失敗が背景にある。国策の失敗の責任を地方に対して取る、ということを国はしっかりと考えないといけないと思う。
 間違っても横浜市やお台場、そして地方都市に落ちぶれたとはいえ、腐っても大阪市にはカジノをつくるような愚は避けてもらいたい。
 

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鹿児島県志布志市ふるさと納税のPR動画「UNAKO」は内容云々よりも、大手広告代理店に仕事を発注していることが問題だと思う [地域興し]

 鹿児島県志布志市のふるさと納税用のPR動画「UNAKO」が物議を醸している。志布志市の名産であるうなぎ美少女に擬人化させて、「養って」という台詞が監禁を連想させるなどと問題視されているのである。地元の女性がモデルになっているこの動画は、確かに性的なものも多少は連想させるので、その点では市役所が税金をつくるものとしてはいかがなものか、とも思ったりするが、個人的にはこういうことで所見を述べる気持ちはない。批判するのは神経質かなとも思うし、またこういうことに批判が起きない世論も問題であると思う、つまり中庸的な立場にあるからだ。
 私が気になるのは、ふるさと納税のPRのために貴重な志布志市の税金が支払われているということだ。ふるさと納税という税金を募るために広告費を使うというのは、あまりにも馬鹿げていないか。いや、市役所の職員で仕事がない人が広告を作成するというのなら理解できる。百歩譲って、地元の広告制作会社に発注をするのならまだ地域経済を潤すという理屈をつくることもできるかもしれない(税金の使い方としては有効だとはとても思えませんが)。しかし、この動画を作成したのは、天下の博報堂である。なぜ、博報堂にふるさと納税を募るための広告制作費を貴重な市民の税金を使って捻出しなくてはいけないのであろうか。私が志布志市の市民であったら、動画の内容云々よりも、ここを問題視するであろう。ちょっと出所を確認できなかったのだが(おそらく東京新聞)、制作費は800万円であったらしい。博報堂の広告制作費としては破格の安さのような印象も受けるが、そもそもこのような出費であれば1円でさえもったいない。
 平成27年12月末のふるさと基金への市への直接寄付額は約1億2400万円。前年は513万円だから相当のアップ率である。平成26年から27年の間に何があったかは不明だ。しかし、博報堂などの大手広告代理店に広告業務を依頼したことで増えたのかもしれない。
 そのように考えると、志布志市の立場からすれば広告代理店に依頼したことの費用対効果は抜群であったと思ったのかもしれない。そして、さらに図に乗って、おそらく性的なサブリミナル効果をも狙った(あまりにも分かりすぎるとサブリミナル効果にはならないのですが、市役所相手なので分かりやすくつくったとも考えられる)今回のPR動画をつくってしまったのかもしれない(さすがに最初の第一弾でこのような冒険的な作品をつくる企画を市役所が通すとは思えない)が、このような広告によってふるさと納税を増やすという行為は、すぐ他が追随することになり、基本、広告効果はどんどん低減していき、ふるさと納税によって、広告費を支払う。場合によっては赤字になるような本末転倒な事態でさえ起きることが推測される。
 そもそも、博報堂に広告代を支払って、広告を制作してもらい、志布志市のふるさと納税額が増えたとしても、日本全体では別に税収が増える訳ではなく、ただ納税先が移行するだけである。しかも、その納税額はあたかも税金のように、大手広告代理店に吸収されてしまうのである。つまり、中央にある富を地方に配分しようとしてつくられたふるさと納税制度が、結局は地方を経由して東京に戻ってくるだけである。さらに、先行して納税額が増えた自治体に倣って、他も追随することで、その広告効果も大きく減少していき、結果、ふるさと納税という地方に潤いをもたらす政策もその意義を失ってしまうのである。
 そのように考えると広告代理店はまさに税金泥棒のように思えなくもないが、喜んで彼らに自分達が中央からもらったお金を「献金」しているのは地方自治体なのである。こういうことをやっている限りは、地方創生などできるわけがないと思う。東京の力を借りずに、自分たちで道を切り開いていく、ということをしない限りは、地方は衰退していくばかりである。せっかく、ふるさと納税という武器をもらっても、それを駄目にしてしまうのは地方自身であることを自覚することが必要である。そうでないと、人口は加速度的に減少していく一方だ。

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ハバナ・クラブ博物館 [地域興し]

オールド・ハバナ地区にあるハバナ・クラブ博物館を訪れる。ハバナ・クラブとはキューバ製造されているラム酒である。1878年からつくられているのだが、元のオーナーは1959年のキューバ革命で亡命して、国有化される。その後、1994年にフランスの会社との合弁事業を行うこととし、現在はハバナ・クラブ・インターナショナルという会社が経営をしている、2011年の販売総数は380万ケース以上ということだからなかなかのものだ。
 ハバナ・クラブ博物館はオールド・ハバナ地区のウォーターフロント沿いの18世紀につくられたコロニアル・タウンハウスの建物をリノベーションしたところにある。階高のある3階建ての建物で、1階はお洒落な中庭のパティオが印象的である。どのようにラムがつくられるのか、その製造過程の展示と、またラム工場周辺のジオラマはいかに鉄道がラムをつくるのに使われていたかがよく理解できる。
 キューバという風土がラムをつくりだし、ラムが数々のカクテルをつくりだしたことが分かり、キューバとさとうきび、ラム、カクテルといった関係性が見えてくるなかなか有意義な展示が為されている。そして、当然、ハバナ・クラブの商品ラインアップの説明も受け、ハバナ・クラブ通にもちょっとなれる。最後にテースティングもさせてくれるが、ストレートで飲むラムは強烈で喉がカッカする。ガイド英語は非常に流暢であった。キューバ人の英語力は一般的に驚くほど高い。やはり、これも教育レベルが高いことの反映なのだろうか。

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(ジオラマの展示はなかなか迫力がある)

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(若い女性のガイドは英語も流暢)

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(1階のパティオ)

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(博物館の外観)

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雲丹を求めて羅臼を彷徨い、葡萄海老を食す [地域興し]

 知床半島に来ている。知床半島だと羅臼雲丹が美味しいようだ。ということで、ウトロ側に宿泊していたのだが、知床峠を越えて羅臼の漁港まで車で行く。しかし、漁港ではどうも素人は一切、購入ができないようだ。ということで、漁港で働いている職員と覚しき人にどこで上手い雲丹が得られるかと聞くと、羅臼での雲丹の漁期は1月〜6月でもう終わった、ということで、塩水雲丹は羅臼では手に入らないことが分かった。この時期だと、利尻がいいね、と言われたのだが、まさか利尻に行く訳にもいかない。明礬が入った通常の板うにであれば、それほど拘る必要もない。それでは他に、どこで美味しい地元の魚が食べられるかと尋ねると、道の駅の知床食堂でぶどう海老と時鮭(ときしらず)を食べるといいんじゃないの、とアドバイスしてくれたので早速、そこに向かう。
 道の駅は、もう風情がまったくない、デザインセンス皆無の建物であった。一階は、魚売り場。カニと昆布が販売されている。カニは高いものだと1万円はする。これだと東京よりも高いんじゃないか、とそれほどカニに執着しない私は思ったりする。送料を考えたりすると、ここで買うメリットがあまり理解できない。こういう商売をしているお店が美味しいのか、ちょっと不安だが、ぶどう海老というのはおそらく食べたことがないような気がするので二階の知床食堂に行く。
 ぶどう海老は、標準的には「ひごろもえび」と言うらしい。その名前の由来は、葡萄と同じような紫がかったワイン色をしているからだそうだ。その値段は一匹、1700円。べらぼうに高いが、漁港の職員が、そもそも卸値がべらぼうに高いから1000円じゃあ食べられない、と教えてくれたのでこれは想定内である。そして、このぶどう海老は羅臼の名物であるのと、漁期が7月1日〜9月末なので、このタイミングで、ここで食べるのはとても正解なのだ。
 ということで食べてみる。ぼたん海老のような感じだが、より味が濃厚のような気もする。しかし、これは新鮮さにも因るかもしれない。まったく冷凍してない状態で出されているので、まあ美味しさには間違いはない。
 また時鮭も焼いてもらったのだが、これもふんわりとして美味しかった。ここらへんは地のものであるから、新鮮である、というところが大きいのかもしれない。
 あと、雲丹をまったく食べないのも癪なので、うにぎりというおにぎりの具がうにのものを注文したが、これは塩雲丹であり、全然、美味しくもなかった。さらに、雲丹の量も少なく、しかも、通常のおにぎりが150円なのに、これだと600円。こういうぼったくり商売は、以前も稚内で経験しているが、ちょっと消費者を馬鹿にしているのではないか、と思ったりもする。こういうことを繰り返していると、観光客も馬鹿じゃないので、そのうち来なくなるよ、と思ったりもする。
 とはいえ、葡萄海老にしろ、雲丹の北海道の漁のあり方など、色々と勉強にはなった。

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(これが葡萄海老だ!1700円!)
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下北沢の結婚パーティーに顔を出して、その街の底力を垣間見る [地域興し]

 下北沢の知り合いのロックバーの看板娘が結婚式をしたので、ちょっと二次会パーティーに顔を出す。二次会は結婚式の延長線で開催されたということもあり、下北沢の音楽面でのサブカルチャー的文化を支えている人達が勢揃いをしていた。私の知り合いも何人もいたが、私はサブカルチャーのファンではあるが、支えている訳ではないのでちょっとした距離感は覚える。とはいえ、端っこに入ればいることは許される。それぐらいの存在には長年、下北沢とつきあっているので、なれている(気がする)。まあ、出しゃばらなければいてもいいかな、と許されるぐらいのポジショニングである。
 さて、このパーティーはロックバーでやられたこともあり、また下北沢なので店から道にまでそのめでたい雰囲気があふれ出ていて、とても楽しいパーティーであったのだが、個人的にとても驚いたというか、ぶっ飛んだのは、歯が抜けたおばあちゃん(私は53歳なので、私がおばあちゃんと言うのは本当におばあちゃんである)達が、バックに流れるファンキー・ミュージック(Pファンクやオハイオ・プレイヤーのようなもろファンク)に合わせて、絶妙なステップと腰使いで踊っていたことである。もう、この人達は若い時には随分と遊んだのだろうな、というのが察せられる年季の入った踊りなのである。まるでアフリカ人のような、キレのある踊りであった。ちょっと、今時若者だって、ダンスをしっかりとやっていないと、こんな格好良くは踊れないだろう、というキレキレの踊りであった。しかし、満面の笑みからこぼれる歯はない。ううむ、下北沢はやはりただ者ではないな、とつくづく思わされた。ロックバーでの派手度満載のパーティーよりか、この老婆達のファンクダンスに遙かに感動した、というかやられた。

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タグ:下北沢
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武雄図書館を訪れ、公共性について考えさせられる [地域興し]

 武雄図書館を訪れる。2000年に佐藤総合計画が設計し竣工した図書館と歴史資料館を改修し、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブが指定管理者として参入し,2013年4月から運営を行っている。その時、開架書庫閲覧室の増床、2階バルコニーの新設などの改修を行っている。カルチュア・コンビニエンス・クラブが指定管理者となった後、蔵書の入れ替えに伴う貴重な歴史資料等の廃棄・除籍、および選書に対しての批判が高まっていた。私も、おそらく武雄図書館に訪れたら否定的な意見を持つであろうと思いつつ、武雄図書館に向かった。武雄図書館は武雄温泉駅から歩いて15分ほどの場所にある。目の前は夢タウンで、つくづく地方中小都市の中心は鉄道駅ではなく、ショッピング・センターであることを改めて思い知らされる。それなのに、コンパクト・シティを推し進めようとしている中央政府は、鉄道駅を都市の中心に位置づけようとしているのだ。愚かにも。閑話休題。
 さて、武雄図書館の第一印象は、なかなか趣のある素場らしい公共建築だな、ということである。佐藤総合計画は九州の建築設計事務所であるが、地元でこのような建築作品が多く生み出されるのは素場らしいことであるな、と感心する。また、武雄図書館はTSUTAYAの指定管理事務所が決まった後、つくられたのかと思っていたのだが、そういう訳では決して無く、既存の施設を改修しただけということを知った。ハコモノ行政ではなかったのである。
 実際、訪れた印象は、街中にある、規模の大きいお洒落な本屋である。私が奉職する大学の図書館なんかとは蔵書がまったく違う。基本、お洒落系の雑誌等が主体である。青山ブックセンターのような感じである。スタバも入ったりして、こんなお洒落空間が図書館であっていいのか、民業圧迫なんじゃないか、と東京であれば思ったりするが、ここ武雄市は圧迫する民業もないかであろう。お洒落な居心地のいい空間を公共がつくることは別に悪いことではないだろう。また、確かに貴重な歴史資料等が廃棄されたことは大変な問題ではあるが、それはむしろ佐賀大学などの公共の大学に収納していた方が使い勝手はいいかもしれない。市民の図書館として、この武雄図書館は遙かに市民のニーズに合致しているかもしれない。しかも、武雄市のような5万人程度のマーケットしかない都市では、民間はこのようなニーズに対応しない。そこで公共が、それを補うというのは悪くないかもしれない。
 公立図書館の多くは、官営図書館になってしまっている。したがって、公共サービスといった意識は、皆無であるし、仮に職員が持ったりすると、組織から弾劾される。結果、誰も利用しないような公立図書館だらけになってしまう。そのような状況に風穴を開けた、という点ではこの武雄図書館は結構、興味深い事例であるし、この武雄というまったくもって魅力が感じられない中途半端な都市には、一服の清涼剤のような場所となっている。私が高校生で武雄に住んでいたら、この図書館によって救われたかもしれない。そういう場所を、民間がつくれなければ公共がつくるという発想はそれほど間違っていないように思うし、私は訪れる前より遙かにポジティブな気分でこれを評価したいと考えた。そもそも、公共図書館がしっかりとしていれば、カルチュア・コンビニエンス・クラブが指定管理者になるような事態も起きなかった筈である。日経新聞は「本が泣いている」と批判したようだが、そもそも、利用率が市民の2割以下の図書館に置かれている本こそ「泣いている」と私は考えるようになった。実際、現地に行くと、大きく考え方が変わるということを実感した武雄図書館の視察であった。
 
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長良川鉄道に乗る [地域興し]

 長良川鉄道で郡上八幡から美濃太田まで行く。約1時間20分。列車は長良川沿いの渓谷を単線でゆっくりと走っていく。沿線の光景は素晴らしい。どこが素晴らしいかというと、その地域風土が感じられる街並み、自然景観が残っていること、特に長良川の水の流れが素場らしい。このような景観は山陰地方などにはまだ残っている印象を受けるが、北海道には皆無であるし、意外と東北地方にも少ない印象を受ける(津軽半島などは行ったことがないので、この点は間違っているかもしれない)。ここらへんは、地域としての豊かさの違いとも関係があるかもしれないが、郡上や丹波のように養蚕などで豊かな地域経済を謳歌し、かつ戦後の経済発展の周縁部に位置していた地域は、素場らしい風土を維持できているところが少なくないような気がする。
 長良川鉄道のペースはとてもゆっくりで急いでいる人にはじれったいところもあるかもしれない。しかし、並走する国道を走る車よりは速いスピードで走っていく。そのアンダンテぐらいのテンポは、この山間の風土にはちょうどよい。
 郡上八幡へは行きには高速バスで岐阜から行った。高速道路はトンネルも多く、ほとんど車窓を楽しめない。地域風土や街並みから分断され、全然、楽しめない。寝るには都合がいいかもしれないが、旅行の移動という楽しみがほとんどない。それに比べて、この長良川鉄道はディズニーランドのグレート・ウェスタン・レイルロードに乗っているような静かなわくわく感がある。険しい山間では、目の前に突然、小さい滝が見えたりする。毎日、通勤や通学で使っている人には退屈かもしれないが、初めて乗った私はちょっとした感動の景色が展開する。最近はドイツのローカル線ばかり乗っていて、日本のローカル線に乗る機会が少ないのだが、しっかりと日本にも素場らしいローカル線が走っていることを再確認して嬉しい限りである。
 長良川鉄道の経営もおそらく相当、厳しいと思われる。ただ、この鉄道があることで、美濃太田と繋がっている。そして美濃太田でJRに乗り換えれば、全国と繋がることができる。この安心感が地域に与える影響はとても強いものがあると思われるのだ。これは、道路が与える安心感とは別のものである。道路は移動するうえでは必要条件ではあるが、十分条件ではない。道路で移動するためには、自動車運転免許証が必要であるし、自動車が必要であるし、また運転技術をするために十分な身体的状況(眠くないなど)が求められる。それに対して、電車は小銭が少々あれば乗ることができる。駅に行かなくてはならないというハードルはあるが、駅まで行ければあとはどうにかなる。この安心感、さらに地域の顔として、シンボルとしての駅の果たす役割も大きいと思われる。北海道の足寄駅が、鉄道を廃線にした後も、その駅舎を町のランドマークとして利用していることなどは、鉄道は廃線にできても、駅を撤去することは喪失感の大きさから抵抗があったのだろうと推察できる。もう駅としての役割を果たす必要がなくなってもである。
 このように考えると、長良川鉄道は、この地域において極めて重要な役割を担っていることが分かる。

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中国観光客をもっともてなしすれば、日本の地方経済も潤うかも [地域興し]

 北海道に行く。一泊目は阿寒湖で泊まった。ネットで検索して、夕食を取らなくてもよい、阿寒湖畔にある宿に泊まった。戦後のおそらく1960年代か70年代につくられたような団体観光客相手の古いホテルであった。おそろしくレトロなつくりで、その時代遅れ感は、懐かしいというよりかはちょっと嫌悪感を覚えさせるようなものであった。
 しかし、客は多い。今でもこんなホテルに泊まる人がいるんだな、と妙に感心をしていたら、これらのお客さんはほとんどが中国人であった。こんなおんぼろホテルに泊まってくれるなんて、とても有り難い人たちである。なぜ、こんなところに泊まるのか、私にはちょっと理解しにくいが、まだ消費が成熟していないからであろうか。バブル前の日本人と同じような消費成熟度なのかもしれない。
 ある意味で、日本の顧客だけを対象にやっていればとっくに潰れていたような旅館中国観光客のおかげで持っているということだ。これは、地方経済にとっては大変、有り難いことであり、日本の10倍以上の人口を抱える中国市場をうまく取り込むことで日本の地方経済も潤うかもしれないな、と思ったりもする。これは、フランスとかがおそらく日本人観光客相手にやっている戦略とも通じるところかもしれない。例えば、フランスの建築家であるコルビジェが晩年につくったロンシャン教会という建物がドイツ国境近くにあるが、そこなどは訪問客の半分以上が日本人である。本当、うまく仕掛けたもんだよな、と思う。フランス人が日本人をうまく有り難がらせるといったしたたかさを日本の地方も学び、しっかりと中国人の人たちが日本に来てよかった、と思わせるような仕掛けを展開するべきであろう。
 気をつけなくてはならないことは、中国人の消費者達も、今は洗練されていない今ひとつの観光サービスでも有り難がっているかもしれないが、そのうち、日本人がそうであったように消費者として成熟していくことである。そういうことを考えると、今、生きながらえるチャンスをもらっている間に次の展開を模索するべきである。それが出来ないと、セカンド・チャンスはないと思われる。

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帯広のビジネスホテルに泊まったら、ラブホテルをリノベしたものであった [地域興し]

帯広ビジネスホテルに泊まった。あまり気にしないで安め、そしてインターネットがフリーアクセス、駐車場無料という条件で予約した。レンタカーで向かったのですが、結構、駅から離れていて、どうもビジネスホテルの立地としては今ひとつだな、と思っていたら、中に入ってもとラブホであることが判明した。部屋自体がだだっ広いのはいいが、風呂場が異様にでかい。しかも、アクリルの嫌らしい椅子まで置いてある。なんだかなあ。男一人で泊まるのには、いくら部屋が広いといってもなんか気まずいものがある。チェックアウトの時、いつリノベしたのか尋ねると、1年前の4月、すなわち1年3ヶ月前ということである。それにしても、ラブホテルというのは私の勝手なイメージであるが、相当美味しいビジネスであると思われる。そのようなビジネスをやっていたにも関わらず、ラブホからビジネスホテルに転業するというのはどういう背景があったのであろうか。しかも、ビジネスホテルの立地としても全然、優れていない場所であるにもかかわらず。ラブホのニーズというのがなくなっている、ということなのだろうか。それとも、帯広の経済がとても停滞しているのであろうか。しかし、マクロにしてもミクロにしても、何か大きな地殻変動が起きているような気がする。

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小豆島でオリーブ・オイルを買ったら、スペイン産であった [地域興し]

小豆島に行った。何かお土産を買おうと思って、オリーブ・オイルを購入した。500円と値段も手頃であった。小豆島といえば醤油、そしてオリーブだからだ。なかなかよい買い物をしたとご機嫌であった。さて、しかし、その後、このオリーブ・オイルはスペイン産であることが判明した。小豆島だからと思って買ったら、それは小豆島産ではなくてスペイン産であったのだ。これは、一種の詐欺ではなかろうか。

私が買いたかったのは、例え高くても、小豆島産のオリーブ・オイルであった。別にオリーブ・オイルが買いたくて購入した訳ではない。また、これはお土産用に買ったのだが、この事実を知って、お土産であげることを断念した。相手に失礼だからだ。

なんで、こういう商売をするんだろうなあ。地産地消とかいう言葉が、本当に虚しく響く。こういう買い物をさせられた人が、小豆島のファンになることはないと思う。というか、小豆島のファンであった人でさえ、敬遠させるような行為であると思う。地域というブランドで商売をしようとする人は、この点をしっかり認識した方がいいと思うし、もし小豆島の人がこのブログを読んだら猛省してもらえればと思う。まあ、無視されるだけかもしれませんが・・・。

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(小豆島のオリーブのシンボルも泣いているぞ)
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ユルドルSKM(商店街勝手に盛り上げ隊) [地域興し]

しばらくブログを更新するのを怠っていました。これは、忙しかったからです。それでは、何に忙しかったかというと、アイドルならぬユルドルのレコーディングのプロデュースをしていたからです。そして、ようやく7月7日には、itunes、amazon.co.jpのデジタルレコードなどにてダウンロードができるようになり、本日はCDのジャケットデザインなどをプレス屋に送ることができました。CDの方は今月の20日頃から販売ができるようになるかと思います。このCDは『いただきます』というタイトルの8曲入りのアルバムです。
 私自身は人生3回目のレコーディングですが、CDをリリースするのは初めてなのでちょっとわくわくしています。CDの発売に23万円強、レコーディングに20万円近く、またミキシングにも15万円ぐらいかかったので、本当、ある意味で道楽なのですが、ちょっと聴いた人が笑ったり、楽しんだりしてくれたら嬉しいですね。
 ちょっと関心を持ってくれた人は下記を参照してみて下さい。
http://www.tunecore.co.jp/artist?id=55006

 なお、このユルドルはその正式名称を「ユルドルSKM(商店街勝手に盛り上げ隊)」といって、商店街のイベントなどに呼ばれたら、そこに行って踊って歌って盛り上げる、ということを行っています。交通費を出してくれれば、どこにでも出向きますので、何かありましたら、yurudoruskm@gmail.comにまでご連絡下さい。よろしくお願い申し上げます。

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(CDの表紙)
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(CDの裏表紙)
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猿払村のリゾート・ホテル [地域興し]

猿払村にはリゾートホテルがある。平成元年に村が設立したリゾート・ホテルである。今は民間に払い下げられている。隣には道の駅も併設されているのだが、道の駅より先にリゾート・ホテルはつくられた。なぜ、こんなところにリゾート・ホテルとの私の問いに、「いや、ここらへんにはホテルがないんで、あってもいいんじゃないかと思って」との回答。滅茶苦茶いい加減である。さすが金の使い道に困る猿払村だけある。

しかし、リゾート・ホテルはそこがリゾートであって初めて成立するものであって、リゾートがないのにつくってもビジネスとして成立しない。ちなみに、横には広大な平原があるのだが、そこはキャンプ場であった。すさまじい風が吹く中、風を遮る低木一本もないところで、なんでキャンプをしなくてはならないのか。まあ、おそらくここをキャンプ場にしようと考えた人はキャンプをしたことがないんだろうな。これは、さすがに村長さんにお会いしたとき、あれじゃあ不味いっすよ、と言っておいた。これじゃあ、飛行場でキャンプをするようなものだ。

さて、案の定、このリゾート・ホテルはうまくいっていないようで、料金が高い(私は実は泊まった)。私は当初2泊する予定だったが、食事も相当、今ひとつのようだったので(実際、相当、今ひとつであった)、二泊目は稚内にした。稚内の方がずっとホテルはよく、料金も安く、周囲の環境もベターであった。このリゾート・ホテル周辺には本当、オホーツク海しか見るようなものがない。とはいえ、まあホテルがあれば、ツアー宿泊先として組み込むことは可能かもしれない。鬼志別の周辺は、さらに何もないので、オホーツク海があるこちらの方がちょっとベターであるという思惑も働いたのかもしれない。しかし、それならサービスや食事などで特化するような工夫をすべきであったろう。私がこのホテルで食べたホタテカレーは、ホタテこそ美味しかったが、カレーは学食もしくは社食レベルのカレーであった。せめて何もなければ、もっとこのホテルに泊まってよかった、猿払村に来てよかったと思わせるような演出が必要であろう。

とはいえ、これだけ豊かだとそういう努力するインセンティブも働かないのだろうな。まあ、それはそれでいいだろうが、そういうことを期待して、このホテルに来た人は残念であるかなとは思う。需要が常に存在するという、極めて恵まれたビジネスをしているから、需要を発掘する、需要をつくりあげるという気概に欠けているのかもしれない。もちろん、昔はそういう気概で、この村を豊かな村へと変貌させたのだろうが。失敗は成功のもとだが、逆も真なりなのではないだろうか。

タグ:猿払村
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猿払村に、最近パン屋が開業して、大人気である [地域興し]

 猿払村に、最近パン屋が開業した。最近も最近、まだ一ヶ月も経っていない。
 猿払村には天北線という鉄道が走っていた。私も中学時代は鉄道好きだったので、随分と旅情をかき立てられた線路である。これは平成2年に国鉄がJRになったことを機に廃線となった。この天北線の駅が猿払村には幾つかあるのだが、その一つ、鬼志別駅跡地が、現在、バス・ターミナルになっている。
 そのバス・ターミナルのそばに焼きたてパンの店が開店したのである。こんな焼きたてパンが新たに開業する村というのも随分と珍しいのではないだろうか。ちなみに、この店舗は月曜日の15時ぐらいであったが、ひっきりなしに中年女性のお客さんが入ってきて繁盛しているという感じであった。私も、シャウエッセン、あんぱんを買う。そんなに特別に美味しいというパンでもないし、東京では繁盛するのは厳しいかな、と思わなくもないが、焼きたてであるということを考えると、こういうパン屋があるかないかで、随分と生活の豊かさが変わるかもしれないなと思ったりした。少なくとも、ちょっと先にある農協スーパーの大手パン製造会社の「腐らない」パンよりはずっとましである。
 この店は従業員も多い。朝と午後だと違うスタッフが働いている。二交代制なのかもしれない。たいてい5人ぐらいが働いているといった印象だ。そして、客だが大量に買っている。発泡スチロールの箱2つにパンを大量に買って積み込んでいる老夫婦に、何かパーティーでもあるんですか、と尋ねると、買い出しに来ているとのこと。なんと外に停めてあった車はトラックであった。さらに、この老夫婦は、薬屋でも買い出しをしていた。おそらく買い物難民のための対応策なんだろうけど、結構、事情は大変なんだな、ということを目の当たりにする。
 どこから来たのかを尋ねたのだが、私がここらへんの地理に疎いので、遠いのか近いのかも分からないが、「ここのパンは美味しいからね」と言う。私は、ここのパンが美味しいとは思わないが、スーパーやらが出来ても、焼きたてのパンはなかなか難しいし、作り手の顔はみえない。ここは、そういう意味で安心だ。
 話がちょっと飛ぶが、時間が余ったので隣町の浜頓別に行って話をしたおばさんも、この店のことを知っていた。なんでも地元の新聞にも紹介されたそうだ。このおばさんに浜頓別には焼きたてのパン屋はないんですか?と尋ねるとないとのこと。隣町のショッピングセンターである「サイジョウ」にまで行かないとないとのこと。ということで、まだこのおばさんは猿払村のパン屋に行ったことがないが、行ってみたいなあ、という。ちなみに、ここからパン屋までは30キロメートルの距離はある。東京から横浜ぐらいの距離だ。
 パン屋さんのご主人に話を聞く。東京で修行をしていたそうだ。お子さんは二人いるが、もう30歳を越えているので教育の心配はない。弟さんがこちらで大工をしていたこともあって、まあ実家に戻ってのんびりとしようと思って帰ってきたのに、忙しくてそれどころではなくなったとのこと。アポを取らさせてもらったのだが、話をしたくないとのオーラが強かったので、あまり話したくないことがあるのかもしれないと早々に切り上げた。ただ、話を通じて分かったことは、猿払村はお金持ちが多くて、お金の使い方に困るようなところである。こういうパン屋のように、ちょっとでも生活がよくできるような商品やサービスへの需要が凄まじく高くてビジネスが成立するということだ。
 私の住んでいる都立大学はすこぶるケーキ屋の質が高くて、とてつもないレベルでの競争が起きている。その結果、おそらく都内でも他の地区だったら余裕で顧客がついたようなレベルの高いケーキ屋が店を閉店させた。しかし、都立大学周辺の住民は困らない。一方で、このようなケーキ屋が猿払村に出店したら、もう半径50キロメートルぐらいの商圏を確保できるかもしれない。
 なんか、いい加減なマーケティングでは理解できないような商構造があることが今回、猿払村を訪れたことで気づかされた。人口とか、商圏などという指標を一律に当てはめられない地域の事情があることがよく分かった。
 そして、こういうことは中央政府の役人には分からない。一人、二人気づいた人間がいても、組織としては却下される。私は東京大学の土木工学科という役人養成機関を卒業しているので、多くの知人が中央政府の役人にいるので、このことはよく理解している。地方のためにも、そして多様性のある国家を築くためにも、地方分権が何より必要だなと思った。猿払村は政府の機関がなく、政府が放っておいた、というか放っておかれたので、自分達で課題を解決しようとしたところが、大きな成功の要因であると短い滞在であるが思わされた。
 ちょっと商業の話から離れてしまったが、地方においても小売業のポテンシャルがあることと、そして、そのような考察からも地方分権が必要であるということが改めて確かめられた。



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猿払村の事例は、人口減少に悩む多くの自治体に知恵と勇気をもたらしてくれる [地域興し]

 猿払村に来ている。稚内市の東隣にある日本最北の村の一つである。
 最近、人口縮小が話題になっている。日本創成会議がふざけたとしかいいようのない「消滅自治体」の発表をしたのが先月頭である。豊島区のように、ほうっておけばいいのに慌てて対策を始めるなど、なんか、この縮小現象に対する世間の狼狽に、私はとても冷ややかな目でみているのである。なぜなら上智大学の鬼頭教授が指摘しているように、現在の人口縮小は、まさに1970年代に政府主導で出生率を下げるように努力してきた成果が実ったからであり、そもそも予期されたことである。というか、政策がうまくいってよかったと喜ぶべきなのに慌てふためいて困惑している。これは、長期的観点からすれば馬鹿でしょう。
 しかし、冷ややかな目でみているのも無責任だろう、ということで自治体の簡単なデータ分析をしてみた。人口縮小が日本にインパクトを与える点は、1)規模としての人口縮小、2)人口縮小のスピード、3)地域間格差の拡大、の3つが主に考えられる。世間が慌てているのは1)だが、これは前述したように、政策主導の成果であり、慌てることはない。というか、年金問題、規模としての経済縮小という問題はあるが、これはそれほど本質的な問題ではない。鬼頭教授は、「人口減少は現代文明の成熟が原因である」(『2100年、人口3分の1の日本』)と指摘しており、ある意味で必然的な結果ともいえる。現在の急速な人口減少は、政府主導であったかもしれないが、そもそも人口減少は世界的に先進国でみられる結果であり、イギリスやフランスが多少、減りに鈍りをみせているのは移民を大勢、受け入れているからである。ということで、これは対策を立てること自体、あまり賢明ではないし、一所懸命、出生率を上げようと声高に叫ぶ人達は近眼すぎる。2)は若干、問題だとは思う。これは、70年代の人口増加抑止策が効き過ぎた結果ではあるのだが、この変化の速さに対応するのは難しい面がある。とはいっても、策はある。生産年齢人口(特に若い)の移民を増やすことだ。まあ、その是非はここで検討しないし、私もそれほど関心を持っていない。私が関心を持っているのは3)である。現在の人口縮減は、自然減が大きな要因となっているが、地方にとっての人口縮小は社会減が大きな問題であった。この社会減をいかに抑えるのかは、地方が維持可能な経済社会を確立するうえでの大問題である。現在の日本政府は、ひたすら東京というもっとも持っている都市をさらに豊かにさせようと投資している。オリンピックの東京開催は、国家的にも東京的にも、惨憺たる大失敗であるということが今の時点で明らかだが、さらに下手すればカジノまでも東京につくろうという計画がある。私はカジノこそ、苫小牧のような打つ手がない地方の最後の救済策になるのではないかと思っているのだが、なぜ東京?アメリカのようなそれほど賢くない国でもラスベガスはネバダという何もないところにつくる。ニューヨークやサンフランシスコやシカゴにはつくらないでしょう。それは国家がバランスよく発展することが、国力を増強させるためには必要だからである。サッカーだって本田だけに、特別メニューや特別トレーニングなど特別待遇をさせてもチームは強くならないでしょう。今の日本政府は、そういう馬鹿なことを地方政策においてしていると思われるのだ。そんなことをしているので、地方には希望が持てずに、大量の若者が高校を卒業すると、東京に出てきて、また地方の大学を出ても就職するために東京に出てくるのだ。
 この地方から東京に出てくるという数字自体は、実は減少傾向にある。これは喜ばしいことでも何でもなく、ただ地方に送り出す若者がいなくなっていることに過ぎない。
 このように人口縮小がもたらす地域格差の拡大に関しては、私は関心を持っている。どのように、人口縮小のダメージを緩和できるか。都市デザイン的に何かできるのか、ということを研究テーマにしているのだ。
 ということで、自治体をいろいろと統計数字で整理していると、面白い自治体がみつかった。それが、今回訪れた猿払村なのである。猿払村は高齢化比率が22.4%と全道で4番目に低い。札幌市よりも低いのだ。人口ピラミッドをみても全国に比べて、高齢者が低いだけでなく、子供達も多い。この村には何かユニークなところがあるのではないか。ということで、村を訪れて村長さんともお話をすることにした。
 さて、実際、訪れたことで分かったことは、この猿払村、驚くほど金持ちであるということだ。猿払村の主産業はホタテである。ホタテの漁獲高は日本一である。ここのホタテは養殖ではなく、天然ものであり、さらに5年間育てているので、他産地と比べてずっと美味しい。最近では、中国や欧州へも高級ホタテとして輸出されている。ホタテ漁師というか、漁協の組合員は300人ほどいるが、これら組合員の年収は多い人だと4000万円ぐらいあるそうだ。
 猿払村には高校がない。したがって中学を卒業すると、稚内高校か浜頓別高校に通う。バス通学だが、稚内高校だと下宿する学生もいるそうだ。なかには、もう高校から札幌や旭川までも行ってしまう。これは、漁師は札幌や旭川にマンションを持っているから、そこに息子を住まわせて通わせられるからだ。しかし、多くの子供達が高校を卒業すると、猿払村に戻ってくる。その実態は、人口ピラミッドをみても明らかだ。
 村長さんは、なんでこんなに若者が戻ってくるように豊かなのですか?と尋ねると「一次産業がしっかりしている」からとの回答。これは、私の仮説とも一致。私は以前だが、『エコノミスト』に書いた原稿で、人口が減少しない人口5000人以下の自治体は「一次産業がしっかりとしている」という特徴があることを指摘したが、この猿払村もまさにその通りであった。一次産業は、その地域風土に則っている。ということで、他が模倣したくても模倣できない。それに、その地域に合ったものを通常、つくるし、そのような商品を開発する。あの人口縮小都市の代名詞でもある夕張市であっても、夕張メロン農家はしっかりと稼いで生活できているのだ。原発や炭鉱、工場など、その地域性と関係性のない、というか土地と関係のない産業に依存しているところ、まだ産業に多様性がなく、それらの産業への依存度が高いところほど、人口縮小は甚だしい。原発に関しては事故が起きる以前(すなわち2010年の国勢調査)のデータでの分析でも北海道泊村などの人口減少が甚だしいのは皮肉としか捉えられない。結局、地道にしっかりとしたその土地に合った産業を育てていくことが重要であることを、猿払村の成功は示唆しているのではないだろうか。
 この猿払村。しかし、その昔は主力産業すらないところで、ひたすらオホーツク海のものを取って売っていたが、ニシンが捕れなくなり、またホタテも捕れなくなり、貧乏をみたければ猿払村に行けとさえ、言われたのが、そこから一念発起。村の予算の半分を、ホタテを育てる(養殖ではない)ことに研究することに使い、猿払村村民の苦労と英知によって、ホタテを育てることに成功したのである。そして、現在では若い世代が漁業と、そして酪農に夢と希望を持って後継してくれる状況になっている。
 いい話である。ただし、猿払村の今後の展望はそれほど明るくはないとの印象を持った。というのは、漁協組合に入ることが極めて難しく、1世帯あたり一人しか引き継げないなどのギルド的なルールをつくったりしていることだ。競争の原理があまり働かず、既得権を守ることを考え始めた組織は、そのうち衰退していく。また、地元の道の駅で出される食事が、全然、美味しくない。輸出で食べていけるので、日本のマーケットを拡大しようとするような気概もないようだ。逆にいえば、その程度の組織であっても、しっかりと一次産業の競争力などを活用すれば、しっかりと地域は守れるということだ。猿払村は政府の機関など一切ない(自衛隊の演習場はある)ということも自立意識を高めたことに寄与したのかもしれない。どちらにしろ、猿払村の存在は、人口減少に悩む多くの自治体に知恵と勇気をもたらしてくれるのではないだろうか。

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「消滅」指摘の豊島区が対策をするという愚 [地域興し]

 日本創成会議が豊島区を消滅自治体として5月上旬に報告した。そんな馬鹿な報告、誰も相手にしないだろうと思っていたら、当の豊島区は慌てて対策までし始めた。豊島区みたいな東京の中核に近く、利便性の高いところが消滅するわけがない。地価が下がれば、すぐ人は引っ越して住むようになる。アメリカの都市の中心みたいにスラム化したら、話は別かもしれないが、日本創成会議が指摘するように若い女性が少なくなったからといって豊島区が消滅することなどあり得ない。地方から東京に住み込む単身者には格好の住宅を供給するであろうし、郊外に住む高齢者達は、豊島区であれば自動車を利用しない生活のしやすい住環境を提供するので、すぐさま引っ越すであろう。豊島区には目白や千川などの飛び切りの高級住宅地ではないが良好な住宅地もある。ここなぞは、地価が下がったり、空き家になったらすぐさま膨大なる後背地の郊外から引っ越したがる人は数多もいるであろう。
 日本創成会議が豊島区が消滅するという予測を出したのは、その前提がしっかりしていないからである。というか東京等に社会流出する地方部においては仮説しても説得力を有していても、豊島区のようにそもそも目的地である自治体においては、このような予測は間違った結論を導きやすい。
 私が、しかし、今回の件で驚いたのは、こういういい加減な予測をしっかりと検証もしないで慌てて対策をしてしまう豊島区である。豊島区としては、馬鹿な予測だと相手にしなければいいのに、相手にして慌てて対策をすることで、自らネガティブ・キャンペーンをやっている。豊島区はちょっと頭が悪すぎる。これに関しては本当、心配であると豊島区出身で豊島区に本籍のある私は思う。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140529/k10014838541000.html
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魚らんラボの活動報告とユルドルに関して [地域興し]

私がゼミ生と行っている魚らんラボの活動を台北で開催されていた環太平洋コミュニティデザイン会議で報告した。内容的には、魚らんラボでの日常的な活動である魚ラボ通信の発行、魚ラボセミナーの開催などに加え、ユルキャラ・コンテスト、ユルドル・プロジェクト、ユルカフェなどの報告をした。さて、魚ラボでの日常的な活動に関しては理解してもらえたようだが、ユルキャラはよく理解できなかったようだ。まあ、よく考えればユルキャラというコンセプト自体、相当、文化的には洗練されているというか捻っているからなあ。さらに、ユルドルはまったく理解不能のようであった。そのような発表をしている私自身が珍獣のように見られているような気になった。これは、アメリカ人もそうだが、香港で教えている日本人も理解ができないようであった。唯一、反応したのは国立台湾大学の先生で、彼女は、そのアプローチに何かポテンシャルのようなものを感じたらしく、報告後、飲みに行った時、その話で盛り上がった。しかし、この彼女も私の戦略性をどの程度理解したかは心許ない。

しかし、よく考えると、私自身もそのような活動が、街づくり、地域づくりに関係できるのかは自信を持っていないところがあった。そのような、ちょっと悩ましい気持ちのまま、帰国便の飛行機で「あまちゃん」を見た。ちなみに、私はあまちゃんを見たのは初めてだった。能年玲奈、小泉今日子となかなか役者も揃っており、ストーリーも楽しい。これなら、売れるのも納得だな、と思っていたら、この舞台となっている三陸の町に観光客を呼び込むために、アイドル戦略を採っているという話になった。なんだなんだ、私がやろうとしていることと同じじゃあないか。それどころか、あまちゃんのパクリと誤解されるぐらい同じだ。ということで、私のやり方は全然、オリジナリティがあるどころか、もうみんな知っているようなアプローチであることが分かった(そもそも、このユルドル企画も香川大学のボンサイ・ガールズをヒントにしている)。とはいえ、あまちゃんはフィクションで、私は現実社会でやろうとしているところがちょっと違うのだが。

ユルドルのホームページは下記でご覧になれます。
http://yurudoruskm.wix.com/yurudoru

タグ:ユルドル
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金毘羅山を訪れ、そのオーセンティシティの欠如に愕然とする [地域興し]

江戸時代に人々は一生に一度でいいから金毘羅山にお参りしたいと考えていたそうだ。金毘羅参りと伊勢参りは、人生のクライマックスとして捉えられていたようだ。さて、そんなに素晴らしいものであるならば、ちょっと高松まで来ているので寄るべきであろう、ということで金毘羅山を訪れた。琴電で一時間もしないで瓦町から琴電琴平に行くことができた。

琴電琴平駅から参道の入り口までは200メートルぐらい歩く。駅の前を流れる川沿いに歩くと、衝撃的なものが目に入った。ソープランドである。それも、見るからに場末感がする。果たして、どういう客がここに入るのか、分からないが、聖なる空間である金毘羅神社へのリスペクトを地元の人々がまったく抱いていないことだけは分かった。もちろん、聖なる空間と俗なる空間というのは表裏一体であるので、それが近くにあるのはむしろ自然ともいえるかもしれないが、それにしてももう少し隠すというか、風情を出すことができないのか。天王寺の飛田のようなデザインの統一でもよい。

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(琴平駅から参道に行く途中で出現するソープランド街)

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(これらの存在が琴平という観光地に与えるダメージは相当、大きいのではないかと思われるがどうだろうか)

さて、参道の入り口には、もう50年以上前につくられたかのような喫茶店、シャッターが下ろされて何年経ったかと思わせるようなレストランなどがあり、いろいろと商売も厳しいのかなと思わせられる。それでいて一方では、「中野うどん教室」がこの表参道に数軒、店舗を持っており、多くの観光客で賑わっていたりする。

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(随分と衰退した感じのする商店街)

金毘羅山は階段が有名だ。階段は結構、高さが統一されていなくて、さらに段差が結構あるので、上るのは大変だ。また、この階段のある階段の両脇にお土産屋が並ぶ。ここで驚いたのは、これらお土産屋の半分くらいは、もう本当に下らないものを売っているという事実である。こどものための銃のおもちゃとか巨大な招き猫とか、まったくもって金毘羅山と関係ないものが売っている。そもそも、これから階段を上る人は、そうでなくても荷物を減らしたいから買うことはないだろうし、下りであっても、重い荷物を持って階段を下りると膝を痛めるので持ちたくないだろうから、本当、どういう動機づけがあって、これらのお土産を買うのか、私は想像もできない。金毘羅山に上って、もう人生やり残したことがなくなった気分になって参拝者が散財する気持ちを持つことを期待でもしているのだろうか。しかし、今時ソープランド、おもちゃのピストルや巨大な観光旅館などを見て、喜ぶような人がいるのだろうか。というよりか、興醒めしないような人がどの程度いるのだろうか。

それだけでなく、もう全般的に有り難みを感じるような演出がされていない。なんというか、畏敬を感じさせないのだ。宗教的建築、宗教的空間が持つ人々を畏怖させるようなそういう演出的な工夫が極めて希薄である。それは、空間的な演出の欠如、というかルーズさがもたらすマイナスの効果であろう。

例えば伊勢神宮に行くと、まったくもって無宗教の私でさえ感じ入るものがある。五十鈴川の流れをみると、身が引き締まる。これは外国人もそうではないかと思うのだ。そして、内宮、外宮はまさにそこが聖なるランドスケープであることが理解できるような空間演出が為されている。同じことは東照宮や明治時代以降につくられた明治神宮、さらに高尾山でもそうである。こういう配慮は、古今東西、宗教的空間が観光地として競争力を持つためには不可欠な要素であり、ポタラ宮やケルン大聖堂、アーヘン大聖堂などの集客力が高い宗教施設が必ず満たしている要素である。それは、そこが現実空間とは異なる空間へと移行したかのような幻想を抱かせるような工夫である。

それを考えると、この金毘羅山。期待しないで時間があったから訪れただけなので別にそれほど失望もしないが、これが何か期待をしてわざわざ来たとしたらがっかりしたと思う。大変、失礼なことを言えば、神道とかいっても、所詮、生きていた人が死んで神様として奉られるような宗教で、その神様になった人は当時の権力を握っていた人達で、神様が当時の政治的力関係によって恣意的に決まるような宗教なんだよねえ、ということに考えをよぎらすようなだらしない空気をここはまとっているのである。いや、まあ、そうなんだけど、それを敢えて隠すというか口外しないぐらいの気配りがあってもいいと思うのだけれども、ここはそういう配慮も感じさせてくれない。これで、有り難がれといっても無理だよなあ、と思う。

すなわち、ソープランドにしろ、おもちゃの銃のピストルや巨大な招き猫を売っているお土産屋は、この金毘羅山という伝統があり、ストーリーもある観光施設の魅力に少しでも寄与しようというような自覚はまったく皆無で、むしろ、少しでも楽に金を儲けようという意識だけで商売をしているように邪推されるのである。そして、残念ながら儲けることに関しても知恵を巡らしたりするのではなく、あまり考えもせずにソープは儲かるだろう、下らないガキのおもちゃであれば利益率が高いだろう、といった発想でのみ商売をしているのではないかとさえ思う。そこには、伊勢神宮の参道としておかげ横町をつくろうとした情熱や、鎌倉での景観形成の官民の努力、鞆の浦における伝統建築を保全するための熱意などとはまったく無縁の世界があるように思える。あくまでも寄生虫のような印象を受ける。そして、その寄生している親主も別にそれほどしっかりしていない。脛がそれほど太くない印象を受ける。その結果、宗教的な空間が有するべき聖なるランドスケープではなく、世俗的な消費のランドスケープが展開してしまっているのである。そして、それはここに来る人が期待しているランドスケープとはまったく違ったものなのではないかと思ったりするのである。それとも、それは私の誤解にしか過ぎないのか。

なんでこんなことが起きるのか、というと、やはりこの香川というところが大変、豊かで別に頑張らなくても飢え死にするようなことがないという地理的条件に負うのではないか。そういう場所であるから、まあ、宗教もなんちゃって宗教でも許されるのかもしれない。お金を落とすのは地元の人達じゃないし。確かにルールや規制というのは鬱陶しいものかもしれない。しかし、まちづくりや空間づくりにおいては、このルールや規制をもってして、ある程度、将来の方向性を形作ることが必要であろう。そういうルールを軽視して、また人々の意識が低い場合は、素晴らしい観光ポテンシャルを有しても人々を真に魅了するものができないな、というのが金毘羅山を訪れて、非常によく理解できた。理解は出来たがちょっと残念な気持ちにもなる。

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(なんでこんなおもちゃが売られているのだろうか)

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(景観的な配慮がまったくない看板群)

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(こういう参詣客をバカにしたようなおみくじを今でもやっている)

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(このコピーも、なんか地元のマーケティング・コンサルタントを雇ったような陳腐さである)

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(宗教には常にエンタテイメント的要素がつきまとったが、ここまでいくと有り難みがかえって減衰する)
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世田谷ボロ市を訪れる [地域興し]

世田谷ボロ市を訪れる。ボロ市は毎年12月と1月の15日、16日に開催される。曜日ではなく日にちで開催日を決めるのは、なかなか賢明であると思われるが、土曜・日曜と重なると相当、混む。ということで1月15日に訪れた。

世田谷ボロ市は世田谷線の世田谷駅か上町駅かが最寄り駅である。この世田谷線で行くというのが、風情があってなかなかいい。世田谷線は昔の緑色の芋虫のような玉電の車両がなくなり、現在はなんかステンレスの塊のようなつまらない意匠のものになってしまったのが残念だが、それでも地下鉄やバスではなく、この路面電車に揺られて向かうというのがわくわく感を演出させてくれる。車窓も世田谷のごちゃごちゃした住宅街というところが嬉しい。

さて、ボロ市を主催しているのは、地元の町会と商店会を中心に結成されているせたがやボロ市保存会。世田谷通りと平行して走る代官屋敷のあるボロ市通りを中心に展開されている。この代官屋敷が中心になっているのもボロ市の魅力である。というのも、この代官屋敷こそ江戸時代における世田谷領の中心であっただけでなく、現在の建物も1737年に建築された茅葺・寄棟造の主屋、そして1753年に建築された表門も茅葺・寄棟造であるなど、江戸時代における世田谷を現在に伝える重要な役割を担っているからである。ちなみに、これらは国指定の重要文化財となっている。

ボロ市自体も市場としての歴史は1578年、小田原城主の北条氏政がここに楽市を開いたことがきっかけとなっている。すなわち、代官屋敷よりさらに古い400年の歴史を有していることになる。しかし、ボロ市は現在では普通の露天市とさほど違いはない。その歴史の長さを露天から想像することは難しいであろう。そのような状況であるために、この代官屋敷という建物があることは非常に効果的であると思うのだ。代官屋敷の前に露天が並ぶ光景をみると、江戸時代に世田谷の農家の人達が、古着や農機具、農産物をここに持ってきて売っていたという情景が朧気ながらも目に浮かべられるからだ。代官屋敷に隣接して郷土資料館があることも、そういう理解を深めるうえでは極めて効果的であると思われる。

ボロ市で売られているものをザッと見たのだが、洋服や骨董品、植木、台所用具などが多い。もちろん、ボロとしか思えないようなアンティークを売っている店もある。700店ぐらいが出店しているそうだが、なかなかの数である。

あと、このボロ市の名物としては代官餅がある。これは1975年からはじまったものだが、ボロ市の会場でのみ製造・販売されることもあり、ボロ市の名物となっている。実は私は、この代官餅を食べたことがない。今回は、週日ということもあり、それほど並ばずに購入できるのではないかと期待したのだが、30分は待つと言われて買うのを断念した。会議が控えているのと、流石に餅を買うのに30分間待つほどの余裕はないからである。

さて、ボロ市は最近では口コミやネットでの評判もあり、一日あたり20万人が訪れるそうである。外国人の姿も多く見かけた。確かにそこそこ面白いが、これは買いたいと私の物欲を刺激するようなものはほとんどなかった。この点は、同じボロ市でもロンドンのポートベロ・マーケットの方が優れていると思われる。何か商品の展示の仕方とか屋台のデザインがボロ市はお洒落でないのだ。そして、そのお洒落のなさが洗練されたという感じになっていないのがちょっと辛いなと思ったりもする。


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ゼミ生とともに営んでいた期間限定のコミュニティ・カフェが閉店を迎えた [地域興し]

ゼミ生とともに、大学のそばにある商店街高輪メリーロードにある空き店舗を借りてカフェを期間限定で営んでいたのだが、遂に閉店を迎えた。最初は12日間という短い期間での営業であったのだが、嬉しいことに商店会の方から続けて欲しいという依頼を受け、10日間ほど営業を延長させてもらえた。

さてさて、いろいろと本当に多くのことを学べたコミュニティ・カフェ経営であった。それらをここに、1)経営、2)仕事、3)コミュニティ資源、4)教育、5)広告(マーケティング)、6)メニュー、7)おでん鍋奉行、といった観点から整理してみたい。

1)まずは経営について。よく店舗稼業は、「ロケーション、ロケーション、ロケーション」と言われるが、確かにそうなのかもしれない、と思わせられた。何しろ、この高輪メリーロードは人通りが少ない。人通りが少なくてもお客が来るのは、そこが目的地でなくてはならない。カフェが目的地になるというのは、まずないことで、そういう点で、ちょっと無目的に寄るとか、カフェに行きたいなと思ってカフェを探したら、たまたまあったというような感じで訪れるお客さんはゼロではなかったが、相当少なかった。特に天候が悪いと、もう本当に客は来ない。
 あと、今回のコミュニティ・カフェでは遅い午前から14時ぐらいまでは、ホットドッグとコールスローなどの軽食とコーヒー、レイト・アフタヌーンはティー・タイムとして台湾の東方美人茶とこのお茶からつくったクッキー、そして夕方からはおでんと日本酒を提供したのだが、数日間、夕方の営業をやめたら本当に売上げが激減した。夕方からの営業をしない日の売上げは、4000円から9000円で一万円を上回る日は一度もなかった。これは、材料費等考えると、ほとんど利益が出ない。というか、テナント代を支払ったら赤字だ。このコミュニティ・カフェは誰も雇用していないので(ゼミ生は共同経営者)、損失はそれほど出ないが、これで人を雇用したら、そこで即アウトである。いやはや、カフェの経営の厳しさを思い知る。

2)次は仕事。私は高校生の時にアイスクリーム屋で働いていたことを除けば、飲食店で働いたことは皆無である。ということで、ほとんど初めての飲食店体験であったのだが、飲食店というのはなかなか楽しい仕事であることは分かった。というのも、私自身が料理好きであるのと、また食材とかに興味があるからだ。特に、今回はコーヒー豆と日本酒とおでんとかに拘り、急場しのぎで勉強したりしたのだが楽しかった。特におでんに関しては、3日に一度ぐらいのペースで築地市場に訪れ、場内でおでんの種や大根、かつお節などを仕入れてきた。築地市場に買い出しに行くのは楽しい。そして、来てくれた人に美味しいものを提供しようと努力し、お客さんが喜んでくれたりするのは大きな幸せである。これは、おそらく外食産業に向いている気質、というか少なくとも外食産業をすると楽しめる気質なのではないかと思われるが、自分がそういう性格であることを改めて発見したりして面白かった。
 なかには、このおでんは今ひとつだ、といって文句を言ってくるお客さんもいたりする。出汁を取るのは、かつお節を大量に使わなければ駄目よとかの文句も言ってくる。実際、我々は大量のかつお節(水に対して2%)を使っていたのだが、もう使っていないことを決めつけてくる。ここらへんはベテランだとうまく諭せるのであろうが、こちらは素人だ。ひたすら、有り難うございます、とお礼をいって聞かなくてはならない。というか、これが正しい態度であるかは分からないが、そういう対応をしてしまう自分がいた。ちょうど、私のいきつけの喫茶店のマスターがお客さんとして遊びに来てくれていて、そのやり取りについては、「ああいうお客さんを転がせてこそ一人前」と言われて、ああ、なかなか飲食業も厳しいなあ、と思ったものだが、生憎、そのお客さんは二度と来てくれなかった。本当におでんが今ひとつだと思ったのかもしれない。
 このように飲食業は、食事を提供するだけでなく、接客も重要な仕事であることを知った。会話上手、というか基本的には聞き上手でなくてはならない。私は職業柄、一方通行で話す場合が多いが、聞く訓練を随分とさせられた。これは、ちょっといい体験だったかもしれない。必然的にお客さんに興味を持つようになる。あまり、持ちすぎてもいけないのだろうが、お店にいる時はしっかりと話に傾ける。これって、ホステスの基本なのかもしれないが、そういう接客の側面が重要であることを随分と知る。

3)はコミュニティ資源であるが、カフェはコミュニティの広場、というか交流の場、憩いの場として、重要な価値を持つな、ということを改めて確信する。実際、このカフェで突っ立っていると、いろいろとコミュニティの情報がここに溜まってくる。昔の煙草屋のおばさんではないが、コミュニティの噂話などに随分と詳しくなってくる。なんか、コミュニティに渦巻いている情報が、出口を探して、ここに集まってくるようなイメージだ。また、そういうことで、ここに情報を収集したい人が来たりもする。まあ、我々がやっていたコミュニティにはそれほどの情報は集まらなかったが、長年、その土地に根付いたカフェはこういう機能を果たしているのであろう。私も例えば、週末でちょっとぶらっと散歩に来たお客さんとかには、周辺の商店の紹介などをする。「食事が美味しい喫茶店」や「豆大福で有名な松島屋の売り切れ情報」やコーヒー豆の焙煎屋などだ。そして、何より、カフェはちょっとした準公共空間でもある。マチの居間のようなものだ。こういう店があるマチとないマチとでは、なんかゆとりとか居心地のよさで違いができると思われる。カフェのゆるい空間によって、なんかマチに隙間がでて、その隙間を通じて、息苦しさや窮屈な何かが抜けていくような、そういう効果があると思われる。

4)の教育だが、実際、学生達が経営者の立場で、カフェに携わる機会などめったにないので、そういった点では、今回のカフェ経営で学生が得たことはとてつもなく大きかったと思われる。ただ、せっかくの経理の流れやマーケティング調査などをする絶好の機会であったのだが、カフェ運営に追われて、そのような情報をしっかりと収集できなかったことは返す返す、残念であった。ここらへんまで、経営者の立場でしっかりと行うことができれば、経営という勉強をするうえではとてつもなく貴重な機会であったと思われる。学生がしっかりと自覚しないと、良質なインターンシップだけで終わってしまう。ただ、これを改善しようと厳しく指導すると、学生はたちまち受身になってしまい、アルバイトと同じことになってしまう。学生が自ら、その機会が貴重であり、その機会をものにしようとする気概をもたなければ、時間と費用の投資を回収することは難しいかもしれない。まあ、費用は学生ではなく、私が自腹を切ったので、私の学生への教育投資の回収が悪いということですが。

5)の広告。1)で述べたように、カフェは人通りが少ない道路に面して立地している。ということで、このカフェの存在を人々に知ってもらわないと、誰も来ないことは予期できたので、広告をうった。具体的には、高輪1丁目〜4丁目にかけて新聞の折り込み広告を展開したのである。この折り込み広告代は3000部となり、およそ7000円程度。これだけであれば、問題がなかったのだが、印刷に印刷会社に頼んだので3万5千円程度かかった。これは、回収がほぼ不可能な値段であったが、一方で、周辺住民にまったく知られないで閉店を迎えるのはつまらないので思い切って売ってしまったのである。この経費を回収することはまったくなかったが、それでも、数人程度ではあったが、ちらし見たわよ、と言って訪れてくれたご近所の方がいたことは嬉しいことであった。印刷を白黒にするとか、ガリ版でするとか、そのような対応を今後、このような機会があったらするべきであったろう。見栄えのよさにちょっと気を取られたために、大きな赤字を出してしまったことはやはり失敗であったと言えよう。反省材料だ。

6)メニュー
メニューを考えるのは結構、楽しかった。まず、私のゼミはドイツのハライコ・ソーセージさんと長いお付き合いをさせていただいている。したがって、結構の量の注文にも対応してもらえる。また、ソーセージを美味しく焼くテクニックも多くのゼミ生は持っている。ということで、ホットドッグを出すということは簡単に決まった。ただ、ホットドッグだけだと寂しいので、コールスローを出すことにした。コールスローは私が結構、美味しいレシピを持っている。マヨネーズや砂糖を一切、使わず、白ワイン・ビネガーで浅漬けのようなコールスローなのだが、まあまあいける。砂糖を入れない代わりにレーズンで甘みをつける。これは、比較的簡単につくれるので、これを出すことにした。あと、午後の時間帯は、これまたゼミで手がけている台湾の東方美人茶のプロジェクトがあるので、これを出すことにした。また、商店街にとても美味しい珈琲豆の焙煎屋がある。そこは喫茶店ではないのだが、多くの人が珈琲を飲もうとして、そこに入る。そこで、ご主人に相談して、そういう誤解をした人はうちを紹介してください、と言ってもらい、ここから豆を仕入れることにした。ここの豆は本当に美味しくて、しかも高くない。サイさんというお店だ。そして、夜。借りたカフェはガスが使えない。電気コンロのみだ。この制約をうまく克服するためには、近くの喫茶店のマスターのアドバイスに従って、鍋物にすることにした。さて、何にするか。ボトフ、シチュー、カレーなどと学生と相談している中、私が「例えばおでん」と言ったら、「おでんがいい」と反応した学生がいて、私もこれはいけるかも、ということでおでんにした。幸い、築地の元場長が知り合いだったので、彼に築地の場内のおでん屋(つくごん)を紹介していただき、ここから種を仕入れることにした。がんもと厚揚げは、地元の豆腐屋である真水商店から仕入れた。大根は、ゼミ生の実家が農家だったので、最初はそこからいただいたが、その後、築地場内から仕入れることにした。築地市場には、そういうこともあって3日に一度は買い出しに行くことになったが、これは個人的には相当、楽しい経験であった。商品知識は随分とついたかもしれない。さて、あと夜という時間帯であることもあり、お酒を出そうと考えた。しかし、ビールとかワインとかいろいろと仕入れると不良在庫を抱えることになると考え、日本酒一本にした。急いで、日本酒入門という本を購入して読むことにした。それから分かったことは、純米酒しか出さないということである。醸造用アルコールが一切、入っていない日本酒だけ揃えることにした。日本酒は、ネットで、いい日本酒を揃えている酒屋さんから購入した。だっさい、ロ万、三重錦、などの一級品を揃えた。だっさいは、近くでだっさいを置いている店に出向き、基本的には買い占めた。買い占めたといっても、一人一本しか買えず、こちらは学生という人手はいたが、そもそもの在庫本数も少なかったが、3本は揃えることができた。ちなみに、だっさいはあっという間にはけた。このだっさいのブランド効果を知ったのも、カフェをやったからである。
 あとメニューを考えると同時に、価格を決めなくてはいけないのだが、これは学生は、大いに悩むことになる。値段を決めるのは相場と原価である。ただ、学生は自分で決めるというか、判断をすることがとても苦手だ。私がやるのは簡単だが、それじゃあ、面白くない。まあ、日が経つにつれて、学生達は新メニューをつくったり、それの値段を自分たちでも決めたりするのだが、最初は大変であった。おでん屋に各自、散らばって価格調査をし、また仕入れの原価から、ある程度、値段を決めることになったのだが、結局、おでんに関しては私が決めた。これは、私が買い出しなどもしてしまったからである。

7)おでんの鍋奉行
 これは、ちょっとおまけ的なことだが、おでん屋をして、おでんの鍋奉行の重要性を知った。私はサラリーマンの時から、神田のおでん屋である尾張屋が好きでよく通っていたのだが、ここのおかみさんは、おでん鍋をまるでオリバー・カーンがゴールを守るがごとく、守っている。ちょっとおでんの鍋から離れた時に、お客さんの注文があって、実の息子さんがおでんの鍋から商品を取り出したことがあるのだが、それを知った時、お客のいる前でも烈火のごとく、怒ったことがある。私は、普段、とても温厚なお母さんの、そのあまりの怒りように驚いたのだが、おでん屋で鍋奉行を経験して、このお母さんの気持ちがよく分かった。というのは、おでんの鍋奉行はとても難しい、というか、一人しか出来ないのである。なぜなら、おでんの種は、それぞれ鍋に入れておく時間が違う。例えば、東京揚げなら2分、はんぱんも4分程度、たこなら2時間といった具合だ。長いのは揚げ出しや大根で、これらは一夜置いておいた方がいい。そして、注文が来たら、出すのはもっとも長く鍋にいるものからである。種の置き方にはルールをつくったが、それでも、いろいろと一つ一つの種の状況を把握できるのは、鍋奉行だけだ。ということで、おでんの鍋奉行というのは、一人、このおでん鍋というミクロコスモスを支配している神のような存在であるということが分かった。今回のコミュニティ・カフェではシフトの関係で、私を含めて4人しか鍋奉行をさせないようにして、しかも、途中でシフト・チェンジをさせないようにした。まあ、この鍋奉行は結構、楽しい仕事であった。お客さんにお勧めするときも、リアルなコミュニケーションとなる。

 他にもいろいろと書きたいことがあるが、この記事ではこれくらいで。また、何か思いついたら書き足すこともあるかもしれない。しかし、いろいろと大変で、自腹も結構、切ったが、体験として得たものは大きなものがあった。ゼミ生もそうだが、自分も成長できた体験である。また、どこか機会があれば、是非ともチャレンジしてみたいと思う。

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(高輪メリーロードという旧東海道の高輪消防署のそばにコミュニティ・カフェはある)

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(コンセプトはゆるカフェ。ゆるいカフェを狙ったが、結局、私の厳しい監督のもと、学生達はまったくゆるくなれなかった)

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(たまにライブ・イベントをやったりした。この日はとても盛況。非常勤ブルースで有名な佐藤壮広先生に来てもらってギターの演奏をしてもらった。とても楽しい一日)

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(ゼミ生は、アルバイトではなく共同経営者の立場で、少なくとも3年生には関わらせた)

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(この日はゼミのOBとOGが集まってくれたので盛況だった)

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(お昼から夕方までは、高輪商店街の至宝ともいうべき珈琲豆の焙煎屋さんのサイさんから珈琲豆を仕入れて、注文してから挽いていたので、結構、美味しい珈琲を出せていたのではないかと思います)

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(つくごんさんの薩摩揚げ。ジャンボ。つくごんさんなので味は間違いない。コンビニのおでんばかり食べている学生には驚きの美味しさ)

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(築地市場であまりにも美味しそうなタコをみつけたので、一匹そのまま購入。刺身で食べたも絶品だったのですが、おでんに入れました)

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(コミュニティ・カフェをゼミでやるというのは、本当、5年越しの夢。しかし、私がやる気でもゼミ生がしっかりしていないと、すべてがうまくいかない。そういう中、田中(左)をゼミ長とする9期生は大変、しっかりしており、責任感も有していたこともあり、私のカフェをやるという気持ちを後押ししてくれた。この代がなければ、このコミュニティ・カフェは実現しなかったでしょう)

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(ベストセラー作家の三浦展さんも遊びにきてくれました)

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(そして迎えた最終日。天気も悪く、あまり盛り上がりませんでしたが、それでも数名の人が名残を惜しんで訪れてくれました)


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地域と大学のパートナーシップを考える [地域興し]

 香川大学経済学部にシンポジウムに呼ばれて講演をする。シンポジウムのテーマは「地域と大学のパートナーシップを考える」。愛知大学の鈴木誠先生が基調講演をして、松本大学の福島先生と私が事例研究を報告した。
 その冒頭で「全国の中でも先端的に地域と大学の連携に突き進んでいる取り組みをしている大学」という紹介を受ける。随分と過大評価をしてくれたもので、なんか恐縮である。特に、福島先生の「夢工房」の取り組みは、地域としっかりと根付き、その成果も立派なものであり、私の事例とは比較にならない。そもそも、明治学院大学の経済学部で私の取り組みを「先端的」であると思っている人は皆無だろう。なんせ、経済学部が行った「ビジネス・プラン・コンテスト」では、私が取り組んでいるプロジェクトは最初の一次審査でさえ通らないのだから。松本大学のように文科省のCOCプロジェクトを受注し、数千万円の単位で活動しているところとは雲泥の差がある。私のプロジェクトは、私の自腹を切って数万円単位で行われているのだ。
 しかも、オリジナリティも有していない。私が地域と取り組んでいるプロジェクトは、次のようなものだ。
・ 魚らんの研究拠点・交流拠点としての「魚らんラボ(通称:魚ラボ)」
・ 魚らんのゆるキャラ・コンテスト
・ 高輪メリーロードのユルカフェ
・ 門前仲町の桜祭り
・ 江東区の水彩フェスティバル
・ 特定地域をテーマとした雑誌「ハビタット通信」の発行
 これらの、ほとんどのアイデアはパクリものである。魚ラボは、関西学院大学の片寄研究室が三田市で取り組んでいた「本町ラボ」のまねだ。魚ラボでは、「魚らん通信」という壁新聞を月に2回のペースで発行しているが、これも「閑楽亭通信」のパクリである。
 ゆるキャラ・コンテストに関しては、具体的に他の大学で取り組んでいるのを知らないが、おそらくどこかはしているであろう。ユルカフェは、香川大学の古川先生のグーカフェのぱくりである。桜祭りなどの地域の祭りやフェスティバルといったイベントの協力は、多くの大学も実施していることで、新規性も何もない。
 しかも、パーマネントに取り組んでいるのは「魚ラボ」だけである。他は、期間限定のイベント的なものが中心である。
 唯一、あまり見たことがなく、結構、模倣が難しいのは「ハビタット通信」の発行であろう。これまで、幾つかの大学から賞賛を受け、是非とも実施したいので参考にさせて欲しいとの話も受けるが、実際、似たようなことをしたという話は聞いたことはない。これは、ハビタット通信を印刷するには25万円ほどかかるためであろう。この印刷費を捻出するのに、多くの人は大学か外部に資金を求める。そのハードルは高いものがある。私は、学園祭でソーセージを売って印刷代を捻出する。この仕組みをつくるのが難しいからだ。
 さて、しかし、この「ハビタット通信」は地域と大学のパートナーシップというものではない。「いわき特集」などを組んだことがあり、これは地域研究としてはその成果は評価できると考えられるが、まあ、それで何か事業が動くというものでもない。
 まあ、一方で言い訳にはなるが、大学側のサポートや大学側への信頼がなければ、先端的な取り組みはなかなかできないし、そのリスクは大きすぎる。ということで、いろいろと試みてはいるが、先端的なものは強いて言えば「ハビタット通信」ぐらいであろう。とはいえ、なんか先端的であると周りから見られているというのは、イメージ戦略的には失敗していないともいえる。そういう誤解は、学生には結構、やる気を喚起させたりもするからだ。って、裏事情をこんなところで暴露してたら、その効果も減衰してしまうな。

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ゼミ生と高輪でカフェを営業し、カフェ営業の厳しさと楽しさを知る [地域興し]

港区は高輪にある高輪メリーロードにてゼミ生達とカフェを営業している。先週の金曜日からで、12月10日までの期間限定である。朝から昼にかけては「ジャーマン・ブレックファスト」というコンセプトで、ドイツ直輸入のホットドッグ、午後は「台湾・ティータイム」というコンセプトで、台湾の東方美人茶、そしてこのお茶を使ったクッキーゼリー、プリンなどのデザートを提供している。そして、夕方から夜にかけては、築地で仕入れたおでんの種を中心としたおでん屋をやっている。

初日は土曜日で、まあご祝儀もかねた知人が訪れてくれたので、そこそこ繁盛したが、日曜日はガクッと減り、さらに月曜日は閑古鳥が鳴いた。カフェ営業の厳しさを身をもって知らされたのであるが、なんと火曜日の今日はイベントを企画したこともあったが満席。お客さんの注文、そして料理の提供に私を含めたスタッフはてんやわんや。大変、忙しい時間を過ごしたのだが、楽しかった。カフェ営業の醍醐味というか幸福を味わえた。ゼミ生もまだまだしっかりとチーム的に対応できてはいないが、それでもカフェをやってみてよかったと今日はつくづく思った。おそらく、ゼミ生もこの気持ちを共有してくれるのではないかとも思う。
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下北沢で台湾の東方美人茶の淹れ方体験というワークショップを行う [地域興し]

先週の日曜日の話であるが、下北沢台湾の東方美人茶の淹れ方体験というワークショップをゼミ生が行った。私も駆けつけたのだが、300円の体験費を最初に設定したこともあって、ほとんどサクラの人しかお客さんが来なかった。もう、これは駄目だと思い、途中で無料にさせた。無料にしたら、さすがに数名はお客さんとして体験してくれたが、それでも多くの人々に無視された。ただで淹れたての超高級東方美人茶が飲め、しかも無料で中学直輸入の茶菓子が食べられても体験をしないのだ。これは、ちょっとショッキングである。この東方美人茶の試飲などは、これまでも幾つかのお祭りなどのイベントでさせてもらったが、ここまで相手にさせてもらえなかったのは初めて。これは、おそらく下北沢という街があまりにも刺激に溢れていて、無料で超高級東方美人茶が飲めても、その機会費用を換算するとお得ではないと考える人が多いということか。それとも、その価値をしっかりと伝えることが出来ていないだけなのか。いろいろ多くの課題を提供した下北沢の東方美人茶淹れ方体験プロジェクトであった。
タグ:下北沢
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下北沢はお茶の産地であった! [地域興し]

 縁あって下北沢と関わるようになった。戦後すぐに計画された26メートル道路を下北沢の街中に整備するという愚行に反対し、その馬鹿さ加減を世間に吹聴してからのつきあいだが、もう8年近くになるかもしれない。そもそも、それ以前から下北沢はニアミスしていた。大学がすぐそばにあったからだが、私は圧倒的に下北沢ではなく渋谷でたむろしていた。今、思うと私が大学生の頃は1980年代だったので、下北沢が本当にサブカルチャー・ネイバーフッドとして注目される前の、こうさなぎが蝶になるような、おそらく相当、面白い胎動が下北沢ではみられたのであろうが、感性が鈍い私は、わかりやすい渋谷に行ってしまっていたのである。下北沢の飲み会でも、大手チェーンのようなところに入ったりしていて、全然、感心したことがない。大学時代、ロフトでライブをやったら出入り禁止になって、なんかうるさいなあ、とさえ思っていた。そこが、山下達郎のライブで有名なライブハウスであることさえ知らなかった。ちなみに、出入り禁止になった理由は、先輩達の暴動であって、私はただの傍観者であった。ともあれ、このように若い時代に下北沢とあまり関係性が持てなかったことは、今、振り返るととても残念だ。その後も下北沢から比較的近い、方南町や永福町に30代半ばからは住むようになっていた。方南町の家はともかく、永福町に住んでいた時は、下北沢を毎日、通っていたので、もっと使えばよかっただろうに、ただ通過していた。まあ、私は飲むときは青山の行きつけのバーに行っていたので、渋谷もほとんど通過駅であったので、下北沢を利用する必要性はなかった。
 さて、そういうニアミスだらけの私であったが、この頃は、下北沢と縁ができたこともあり、積極的に下北沢に行くようになっている。ゼミの飲み会もイベント的なものは、前は地元の飲み屋か目黒、五反田で済ませていたが、最近ではわざわざ下北沢まで行く。すると、下北沢はとても奥が深いので、行けば行くほど楽しくなってくる。ネットワークも広がり、ああ、こんな楽しい街のそばに住んでいたり、大学に通っていたりしていたのに知らなかったなんて、バカな俺、と後悔仕切りの気分になる。ああ、バカバカバカ。しかし、その若い頃の失態を補うかのように下北沢に通うようになっている。
 そのようなことをしていると、いろいろ貴重な人々と出会う。そのうちの一人が、日本茶専門店しもきた茶苑大山の大山さんである。その大山さんのところに京都文教大学でお茶の勉強をしている学生とうちのゼミ生、そして国立台湾大学の友人と彼女の学生達とで訪れる。国立台湾大学の学生も烏龍茶の勉強をしている。
 大山さんのところでは、いろいろとお茶に関する質問をする。特に国立台湾大学の友人が、いろいろと質問をする。なんか、相当、お茶に関して勉強しているらしく、細かいところを聞いている。それを、大山さんは嬉しそうに答えて下さる。京都文教大学の学生達も、とても刺激を受けているようだ。私も、大山さんとお話をすると、とても勉強になる。日本人だからお茶のことは知っているような気分でいたりしたのだが、まったく知らないことをここに来ると知る。いわゆる無知の知だ。そして、ここで提供していただくお茶は、本当に美味しい。こういう美味しいお茶は本当、めったに飲めない。ただ、料金は結構、高い。ちなみに大山さんは全国に9名しかいない茶師十段である。
 下北沢は、実はその昔、茶畑があった。ここのお茶は青山のお茶市場に出荷されたのだ。下北沢のそばに三軒茶屋という町があるが、このお茶屋で出されていたお茶も下北沢産のものだったのではないかと勝手に思ったりもしている。下北沢は、サブカルチャーの街、演劇の街、カレーの街、古着屋の街、カフェの街、作家の住む街などの側面があるが、実は「お茶の街」でもあったのだ。私は小田急が地下化した後にできたオープン・スペースに是非とも、お茶の木を植えたいなと思ったりもする。下北沢はお茶の村であったのだ。そして、そのDNAを微かに引き継いでいるのが、このしもきた茶苑大山なのではないだろうか。また、一つ、下北沢の魅力を知る。

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橋下徹の世田谷区発言 [地域興し]

堺市長選での橋下徹の演説を聴いた。威勢がよく、弁舌が巧みだ。さすが弁護士だけある。

http://www.youtube.com/watch?v=58g8g8_GRTM

ただし、内容的に気になる点が2つ。一つは世田谷区に関して。人口84万人の堺市を東京都世田谷区(同約89万人)にたとえ、「大阪市も東京でいえば3つの区くらい。それ程度の2つの市がバラバラのままでは、ますます東京の一人勝ちになる」と、丁寧に大阪都の必要性を訴えたのだが、むしろ世田谷区が区という自治体には収まりきらないほど大きいというのが実情であると思う。したがって区民の要望が具体化されない。というか、区民が多様すぎて、そもそも区民の要望を一括りにすることが無理に近い。それなのに、世田谷区の基本構想などに東京都がいろいろといちゃもんをつけてくる。下北沢の問題なども掘り下げれば、自治が機能していないことが問題なのだ。保坂区長のようなきわめて、市民よりの首長であっても難しいということを考えると、これはやはり私などは世田谷区は東京都より独立して市になるべきではないかと思ったりする。市になったら、ほとんど即政令指定都市だ。東京都で東京23区についで重要な自治体にすぐなる。八王子や立川などとは比較にならない。東京都があまりごちゃごちゃいうのであれば、多摩川が邪魔だが神奈川県世田谷市になってもいいのではないか。目黒区と一緒に巨大市というのもあり得る。そうすると目黒区民の私としてはオリンピックと関係がなくなるのでハッピーだ。どうでもいいが、オリンピックの費用6000億円を都民の人口で割ると一人あたり5万円。私はどうして、都民が5万円もの大金を払って、オリンピックを開催したいと思うのかがまったく理解できないのだが(観戦するにはまたお金を払う。要するに遊園地の入園料としての5万円だ)、まあそれはまた後で。何しろ橋下さんは、世田谷区が区なんだから堺市も区でいいだろう、と言いたかったのだろうが、実態としては、世田谷区のような100万人近い人口を擁する自治体が区であることの弊害の方がずっと大きいということだ。

もう一点は、演説の冒頭で、しきりに東京はオリンピックを開催できて、どんどん金も投資されて、差が出る、というようなことを述べていたが、このブログでも書いたことがあるが、大阪が本気でオリンピックを開催するよう努力していたら、きっと2020年は大阪でオリンピックが開催できていたことを自覚した方がいい。一度、適当に、やる気があるかないか見えないような形で立候補して、一度駄目だったらすぐ諦めてしまい、再挑戦もせずに、あまりにも潔いというか淡泊だ。まるでできの悪い高校生が慶応大学を記念受験するようなものだ。しかし、実際は、それほど出来も悪くなく、本気に勉強して、浪人さえすれば通っていたと思うのである。それが、一度そんなに受験勉強もせずに、落ちたら諦めてしまう。それは、非合理的に淡泊である。それにもかかわらず、東京が決まった後、大変だと騒ぎ立てるのは外している。2008年は北京と競合していて、どうみたって北京にあの状況下で勝てる訳がなかったであろう。2012年はパリ、ロンドン、ニューヨークという三つ巴の戦いで大阪が入る隙はなかったかもしれない。2016年は実は結構、いけたかもしれないが、南米初という錦の旗に負けたかもしれない。しかし、2020年は別だ。2020年まで立候補していたら勝てたであろう。マドリードは確か3回連続立候補しており、経済破綻さえなければほぼ間違いなく今回はマドリードであったと思われる。しかし、あのバブル経済崩壊ということと、リオの準備不足からやはり金がないところじゃないとな、ということで日本が選ばれた。というか、イスタンブールの直前での政治混乱も追い風になった。東京は単に漁夫の利を得ただけなのだ。しかし、それも立候補したからこそ得られた漁夫の利(不利)である。そういう努力をせず、東京がオリンピックの開催が決まった後、大変だと吠えても、こういうことをただの「負け犬の遠吠え」と言う。見苦しいし、情けない。私は大阪という都市が大好きだが、こんなことをしていたら将来は暗いであろう。チャレンジしなければ、何も得ることができない。



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