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アゲダというお金はなくても知恵で地域再生をした町を訪れる [都市の鍼治療]

 アゲダという町がポルトガルにある。リスボンに行くので長女が持っていた『地球の歩き方』を鞄に入れてきたのだが、その頁をパラパラとめくっていたら商店街の上部空間をカラフルな傘で覆っている写真が目に留まった。その文章を読んでいると、2006年から町興しのイベントを開催したら大成功して、衰退した町が復興したと書いている。しかも、このイベントは7月の3週間だけやられているそうなのだ。ちょうど、今、私がいる時に実施している。ということで、是非とも学会中の空き日に行きたいと思って、とりあえずアゲダのホームページからコンタクトの頁に飛び、アポの依頼をしてみた。まあ、こんな英語でお願いして、しかも日にちまで指定するような図々しいアポには回答してくれないだろうと思ったら、「いいよ」という返事が翌日、来た。こうなると是が非でも行かなくてはもったいない。ということで、時刻表を調べてみると、なかなか遠いということ、列車の本数が極端に少ないので時間がかかるということも分かった。リスボンからだとポルトには距離的には近いが、時間はよりかかるのだ。とはいえ、リスボンの駅を8時に出る列車に乗れば11時30分には着く。駅に自動販売機がない可能性を考えると、ホテルは7時に出た方がよい。ということで朝早く起きて、この8時の列車に乗るようにした。案の定、自動販売機では買えず、切符売り場で並ぶことになったのだが列が短くて助かった。
 リスボンから乗ったのは昔の新幹線的な列車であった。2時間ちょっとでコインブラに着き、そこから20分ぐらいでアヴェイロに着く。ここで乗り換えることになるのだが、乗り換えた列車はもうこれでもか、というぐらいにローカル線色が強く、しかも車両はもはやアートのように全面的にグラフィティが施されていた。
 この二両連結のディーゼル車でアゲダに向かう。このディーゼル車の車内はほぼ座席レベルでは5割ぐらいが埋まるぐらい乗客はいたのだが、私の前に座った3人の老婆が、大声でほぼ30分間罵り合うという状況に放り込まれた。特に私の前の老婆が何かに対してとてつもなく怒っているようなのだが、その怒りの感情が声に乗り移ったかのようで、聞いていて驚くほど不快になる。何をしゃべっているかが分からないのだが、罵っていることは確かであろう。それにしても、なんでそこまで怒鳴るようにしゃべらなくてはならないのだろうか。まるで右翼の街頭演説のようである。さすがに周りの乗客も呆れているが、誰も触らぬ神に祟りなし、のように苦笑をしているだけである。このような状況はアフリカでさえ見られないであろう。
 とんだ洗礼を受けた後、アゲダ駅に着く。アゲダはこの地域では中心的な町のようなのだが無人駅であった。しかし、イベントをしているということもあって多くの観光客が鉄道から降りた。日本人の30歳前後と思しき女性グループも降りる。しかも、どうも複数のグループのようだ。
 駅を降りてもどこへ行ったら分からなかったのだが、ぶらぶらと歩いているとCentroの方向を指す標識に出くわし、Centroに向かっていく。すると、出てきました。傘の屋根が。ポルトガルの7月の水彩画の青のような鮮烈な水色の空と、この傘が見事にマッチしていて、これは相当よい。手帳に、「誰が傘のアイデアを出したのか?」とメモをする。しばらくすると傘の屋根は終わるが、またちょっと歩くと違う道の上が傘で覆われる。この傘の量は大量だ。あとで尋ねたら5000本はあるんじゃないか、という話だったが、一番メインのところは、確かに1000本はあるだろう、という迫力であった。
 アゲタのこの傘の位置づけはインストレーション・アート。ということで、傘が有名であるが、基本はアートによる衰退した町の活性化事業をしているのである。そして、傘はイベント期間だけであるが、他のものはパーマネントで設置されていたりもする。傘以外は何か、ということだが、カラフルなベンチを始めとしたストリート・ファーニチャー、壁絵、そしてアート作品のインストレーションなどである。また、このイベント中はおもに音楽の催しが毎日のように為されている。ただ、大物アーティストを呼ぶというよりかは、地元のミュージシャンを中心に出演させているようだ。私も取材のアポの前に、リハーサルを聞いたのだが、なかなかの実力でちょっと驚いた。
 午後に訪ねると取材に回答してくれる市の広報のパウロさんには伝えていたので、とりあえず街中で昼食を取ることにした。どこに入るかは難しいところだが、客が比較的多く入っていた街角の定食屋のようなところに入る。メニューを見せてくれ、と中年のおばさんのウェイターに言うと「メニューはない」と答える。そしてフランゴかビーフだと言う。しょうがないのでフランゴにしたが、周りをみると、明らかにチキンでもビーフでもないものを食べている。まあ、でもそれほど拘ることでもないからいいか、と待つ。あと、フレッシュ・オレンジジュースを注文する。フレッシュ・オレンジジュースはポルトガルに来てからのお気に入りだ。タンジェリンのようなミカンでつくるので、普通のオレンジ・ジュースに比べて、ちょっと味が柔らかいのだ。そして何しろ安いので、平気で注文をしてしまう。現れた料理は鶏に卵焼きが乗っかっていて、そしてご飯やらサラダやらが付いてきた。結構、美味しい。
 空腹を満たした後、市役所に行くと、なんとパウロさんはイベント会場にずっといるので市役所には来ないそうである。ただ、イベント会場でパウロを探していると言えば、きっと会えると思うよ、といい加減なことを丁寧な英語で返される。しょうがないので、パウロさんに電話をすると、後でテキスト・メッセージに待ち合わせ時間を伝えると言ってくる。これは、後で知ることになるのだが、この7月限定のイベント「アジッタゲーダ」の産みの親の都合を聞いてくれていたそうなのだ。さて、パウロさんが送ってくれたテキストは最初18時30分という指定だったのだが、帰りの電車は18時55分で、それを逃すともうリスボンには戻れないかもしれないのと、翌日は学会での発表があったので、どうにか17時30分にしてもらう。
 さて、多少は待ち合わせ時間は早くはなったが、それでも4時間ぐらいはある。町は小さいのでちょっと歩くとほぼカバーができる。気候は素晴らしく、色鮮やかな傘の群は心を晴れやかにさせてくれる。私はボーッとするのが本当に苦手なのだが、久しぶりにボーッとした気分になって、スケッチブックを取り出し、スケッチをしたりして時間を潰した。
 ようやく待ち合わせの時間になったので、イベント会場のバック・ステージに行き、市の広報のパウロさんに会い、15分後にはこのイベントを企画した市の局長であるサントス氏と会う。そして、パウロさんの通訳も含めながら取材をさせてもらう。
 サントス氏によると、このイベントをすることにした機会は、この町が衰退していたので何かしなくてはと考えたからだそうだ。そのためには、何しろこの町の名前が知られなくてはならない、ということでイベントを開催することを考えたそうだ。観光客を呼ぶということよりも、シビック・プライドを醸成させることを意図したそうだ。私は、この傘のインスタレーションが素晴らしいと思い、どういうきっかけでこれをしたのかと尋ねると、特にアゲダの町の傘には関係性はなかったようだ。ただ、どこかでオランダ人のアーティストが似たようなインスタレーションをしたのを関係者がみて、これをやってみようということにしたそうである。最初は町の中でばらばらとやっていたのを、都心部で集中的にやった方がいいとサントス氏は提案して、今とほぼ同じ場所でやられるようになった。
 傘のインスタレーション以外では、壁絵が10ほど街中にある。すべて地元のアーティストの作品である。他にもベンチや階段をキャンバスに見立てたようなアートが街中には幾つかある。
 この傘のインスタレーションが突然と人に知られるようになったのは5年前(2012年頃)だそうである。私も手元に2009年のロンリー・プラネットのポルトガル版を持っているのだが、アゲダの「ア」の字も書かれていない。ロンリー・プラネットのような旅行オタク系の雑誌に書かれていない、ということはそれだけ注目されていなかった、ということであろう。最新版のロンリー・プラネットを持っていないのでいい加減なことは言えないが、ページ数的には3分の1ぐらいの「地球の歩き方」でもしっかりと1頁の紹介をしていることを考えると、今ではもちろん頁が割かれていると思われる。
 この人々が急に知られることになったのはフェイスブックなどのSNSが大きな理由だそうである。何しろ、この傘のインスタレーションを始めとしてアート作品はフォトジェニックである。思わず、インスタグラムやフェイスブックで共有したくなってしまうだろう(私もすぐにした)。これがポイントであった。今では、アジタゲダのイベント期間中は、観光客は一日平均で3000人を超える。
 ただ、前述したが傘である歴史的、地理的な必然性はない。観光客は物語を消費したがるので、それは悩ましいところだそうだ。
 ところで、この傘の数だが現在は、5000本はあるそうだ。確かに、傘だらけだからそのぐらいの数字はあるだろう。ポルトガルの傘ですか?と尋ねたら、「まさか」と言われた。インドそして中国製だそうだ。また、この事業のポイントだが、すべて市が主体的にしているということだそうだ。音楽コンサートのイベントの仕事も仕切っているのは市役所の職員である。日本の自治体のようにアウトソーシングをしていない。確かに、市の広報の仕事をしているパウロさんが、今日は一日バック・ステージに張り付いている。
 そして、このイベントによって観光客が増え、市のイメージが格段によくなっているだけでなく、古い建物などが修繕されるようになっている。さらにはホテルなども開業するようになっていたり、パン屋は傘のパンをつくって売るようになったりしている。このようにして、地域経済が回るようになってきており、それが何より重要であるとサントス氏は強調した。
 それまではアゲダがニュースに載るのは川が洪水した時ぐらいだったが、イベントのおかげで随分と知られるようになり、その結果、人々が街に誇りを持つようにもなっている。
 最後にサントス氏が述べた言葉は印象的であった。
「誰もがインスピレーションを持っている。しかし、お金を持っていない。ただ、お金がなくても何か試すことが重要なのではないか。多くの人はお金を持っていないので試さないが、試すことが何より重要なのだ。傘の事業は4000ユーロで始めた。関わった人も私を含めて5名。アゲダの成功は試すということをしたことがもたらしたのだ」
 まさにクリチバ市のジャイメ・レルネルさんが指摘していたことと同じことをサントス氏は述べたのである。

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(ポルトガルの眩しいような空色をバックにカラフルな傘が幻想的かつ魅力的な空間を演出する)

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(ベンチや階段、そして壁画といったアート作品が街を彩る)

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(電灯のようなストリート・ファーニチャーも相当、お洒落である)

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ハッピー・リッツィ・ハウス [都市の鍼治療]

 ベルリンからカッセルに行く途中、ブラウンシュヴァイクで降りて前から気になっていたハッピー・リッツィ・ハウスに行く。デュッセルドルフに住んでいた時は、ブラウンシュヴァイクは、鉄道の便が悪いのでほとんど行くことがない。ベルリンに行くときは、ブラウンシュヴァイクのちょっと北を通るし、エアフルトやカッセルとかに行く時も通らない。唯一、通るとしたらライプツィヒにIC(新幹線ではない在来線特急のようなもの)で行く時、ハノーバー乗り換えで通るぐらい。ということで、ドイツに住んでいた時から気になってはいたが、これだけを見るために行くのは勿体ないということで行くことがなかった。しかし、今回はベルリンからカッセルに行くという滅多にないシチュエーション。これは寄るでしょう、ということで途中下車したのであった。さて、自分に与えた時間は2時間。ブラウンシュヴァイクの駅は、中心市街地から結構、離れている。こういう途中下車のポイントはトランクを預けられるロッカーがあるかどうかが極めて重要だが、流石にブラウンシュヴァイクにはあった。
 中心市街地は駅からだとトラムで結ばれている。駅数は3つ。歩けない距離ではないが、ここはトラムで行く。トラムで中心まで行くと、ハッピー・リッツィ・ハウスは街のど真ん中にあった。建物は3階建てぐらいなのだが、流石に非常に目立つ。ハッピー・リッツィ・ハウスとは、漫画のようなイラストが描かれた家の集合体であり、ジェームス・リッツィが2001年に放置されていた公爵の住居跡地に、人目に付くようなユニークな建物をつくることで、残された古い建物を保全することを意図してつくったものである。
 スポンジ・ボブのような過激な描写のイラストは、その色彩も派手で大変、目立つ。しかし、そのスケールがほどほどよく、違和感や不快感は不思議なことに与えない。周囲にはブラウンシュヴァイクからそれほど遠くないハルツ山地のゴスラー、ヴェニゲローデなどにみられる木組みの歴史的住宅があり、このモダンな都市の中心部の中に貴重な歴史的佇まいのある空間を維持させている。リッツィがこれらを保全するために、ハッピー・リッツィ・ハウスをつくったのであるか、細かいことは現時点では調べられていないが、そうであったら、これはまさに素晴らしい都市の鍼治療的事例であるだろう。

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(これだけ派手であるにも関わらず、街の中に溶け込んでいるハッピー・リッツィ・ハウス)

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(ハッピー・リッツィ・ハウス)

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(隣接して歴史的街並みが保全されている)
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ライプツィヒの「日本の家」のご飯の会に参加する [都市の鍼治療]

 ライプツィヒの衰退地区、ライプツィヒ・オストに「日本の家」というNPOが運営するコミュニティ・ハブのようなものがある。この地区には移民やら、最近では難民やらが増えているのだが、彼らがドイツ・コミュニティと接触する貴重な機会をこの「日本の家」は提供しているのだ。この「日本の家」はドイツ在住の若い女性の建築家と、ライプツィヒ周辺で生活している日本人達とで運営されている。
 なぜ行政でもできないような移民とドイツ社会との自然体での交流の場を若き日本人が実現できたのだろうか。これは、私は映画のネタになるような素場らしいストーリーであると思うのだが、肩肘張らずに自分達ができることを等身大でやってきたからだと思う。そして、アイデアがいい。とりあえず彼らが定期的に実施しているのは「ご飯の会」である。これは、土曜日の夜にご飯を提供する会で、2ユーロ50セント以上の寄付金を払えればご飯が食べられるという企画である。ちょうど土曜日にライプツィヒにいたので、訪れてみたのだが、本当80人近くの人達が訪れて、ここかしこで交流をしていた。ちょっとしたパーティーのようだ。そこには難民の人もいれば、近くに住んでいるなぜか日本語がぺらぺらのサウジアラビア人の女性もいた。本当、着眼点も素場らしいが、それをここまで定期的に維持させている根性も評価されるべきであろう。協調性が巧みな日本人の特性が、うまくこのライプツィヒという場で花開いたという感じである。ライプツィヒ・オストという属性や偏見によってつくられた壁のある地区において、見事に壁を壊した。感心することしきりである。
 
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これは、私もホームページで紹介しているので、宜しければご参照下さい。
http://www.hilife.or.jp/cities/?p=870

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ライプツィヒのシュピネライを再訪する [都市の鍼治療]

 ライプツィヒに来ている。日本人の知り合いも一緒である。なぜか私がガイドすることになったので、シュピネライを訪れた。もうライプツィヒはおそらく15回くらい来ていると思われるのだが、いざ、誰かを連れて行くとなるとあまり知っていないことに気づく。ということで安直ではあるが鉄板でもあるシュピネライに来たのである。
 シュピネライではツアーガイドがいる。一人11ユーロであるが、ガイドなしでここを見回るのは無理なので有り難い。さて、シュピネライはヨーロッパ大陸最大の紡績工場が一大アート・センターに変容した事例である。現在では120のスタジオが開設しており、150人の雇用が創出されている。このきっかけとなったのは、ライプツィヒ出身の有名画家であるネオ・ラウフがここにスタジオを設けたことである。ネオ・ラウフは一枚の絵が7500万円とかで取引されるそうである。絵ってそんなに高いんだ。こんなに高く買ってもらうのであれば、みんなもっと絵描きを目指してもいいんじゃないか、などと思ったりする。閑話休題。
 そしてネオ・ラウフがスタジオを設けたということで多くの画家がここにスタジオを持ちたがるようになり、2005年頃にはライプツィヒ中のギャラリーがここに集まってきたそうである。
 この紡績工場はカール・ハイネというライプツィヒの有名な企業家がつくったのであるが、住宅、病院、クラインガルテン、墓地まで揃えた「都市の中の都市」として機能する。ほとんどの従業員は女性であった。1920年代は14時間労働であったが、不況を経て10時間労働へと短縮された。タンザニアやブフンディといった植民地の人々もここで働いていたりした。当時の写真をみせてもらったが、ドイツ女性の中に黒人の女性が交じっていた。
 東ドイツに分かれてからは、この工場は政府に没収された。政府の管理下で工場は運営されたのだが、当時は女性2000人が働いていたそうである。東ドイツの仕事の中ではそうとういい条件だったようだ。チャイルド・ケアの施設が工場内にあったのだが、そこでは月曜日の朝に子供を預けて金曜日の夕方に受け取っていたそうだ。つまり、子供と時間を過ごせるのは週末だけのようだが、これは働く女性にとってはとても有り難いことだったそうだ。こういう感覚はちょっと日本人にはないような気がする。私も抵抗があって聞いていたが、これは働く女性の大変さを理解していないから出てくる感情かもしれない。また面白いのは、東ドイツ時代、ここでつくられた製品は旧西側に輸出されて外貨を獲得していたということだ。
 ここは東西ドイツが統一された後もしばらくは紡績工場として生きながらえていた。しかし、競争力もなく倒産。その後、ケルンの投資家がここを購入する。紡績工場の備品などを海外などに売ったりしていたのだが、4人のパートナーから構成される企業がこの投資家から買収。そして今にいたるそうだが、ライプツィヒや社会主義の歴史を感じることができ、また巨大工場という産業遺産を体験でき、さらにはアート・シーンの最先端の雰囲気を感じることができる。
 ライプツィヒでも目玉的な観光スポットであると思われる。ただ、ガイドに「以前も来たよね」と指摘された時は気まずかったが。
 
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都市の鍼治療のポイント [都市の鍼治療]

中村ひとし氏と取材をさせていただく。公益財団法人ハイライフ研究所で私が監修をさせていただいている「都市の鍼治療」のデータベースのスペシャル・インタビューとしてである(http://www.hilife.or.jp/cities/)。そこで中村さんとお話をさせていただき、「都市の鍼治療」のポイントが見えてきた。それらは、大まかにまとめると次の通り。

1) あくまで目的ではなく、手段として捉える
2) 勇気を持って実践する
3) 人々を関与させる。自分達のプロジェクトであると思わせる。
4) 人事をしっかりと考える。適材適所を意識する。
5) その場所に合った解決方法
6) 速さは思いやり
7) 結果が見える(見えやすい)ということ
8) シンプルでなくてはならない。
9) 人が中心であるということ

1)プロジェクトのためのプロジェクトであってはならないとのこと。プロジェクトの見栄えではなく、そのプロジェクトによって、どのような成果が得られるのか。あくまで、プロジェクトは手段として捉えることが「都市の鍼治療」的アプローチとしては重要である。

2)取りあえず、実践してみるのが重要であるとの話。いろいろと躊躇するような状況にあっても、勇気を持って実践することがポイントである。

3)クリチバでは街路樹の管理は、その木の前に住んでいる人達にお願いする。それだけで、全然、人はその都市への帰属意識、この都市は自分のものであるということを意識する。2)で勇気を持って実践する、という話があったが、これも独断専行ではいけない。多くの市民の参画を得て、そして市民の支持を得ることが都市の鍼治療のプロジェクトとして成功するうえでは極めて重要であるということ。

4)この事例としては、例えば「環境寺子屋」が挙げられる。ここでは、ファベラのお母さんが先生をする。また、ゴミ買いプロジェクトでは、ゴミ集めをファベラのリーダーに任せることにした。適材適所で物事を進めていくことがポイントであるということ。

5)この点は、結局、都市の問題の解決方法は、その都市の特徴などを踏まえたうえで、その都市に合ったものでなくてはならないということである。すなわち、一般的な解決手段はないということだ。

6)の「速さは思いやり」は、事業を速くやることは、その市民のためであるということ。何か事業をやろうとしていても、だらだらしていると、それまで期待していた市民が失望して、それまで支援者であったのが敵対者、反対者になってしまう。やるのであれば、盛り上がった勢いでやり遂げなくてはいけないということ。「鉄は熱いうちに打て」である。

7)この結果が見えるというのは、5)とも関係するが、人々の支持を得るうえでは極めて重要な要素である。

8)複雑な事業は、都市の鍼治療にはならない。問題が生じたら、素早く対応。そのためには、シンプルなアプローチが何よりも必要。

9)この人が中心であること、というのは3)の条件を満たすためにも不可欠である。都市の鍼治療は、そこに住む人達の生活を改善するために行われる。当然、そこでは人が中心のアプローチでなくてはならない。ということで、都市の鍼治療は、この人が中心であることを意識することになるし、意識されなくてはならない。

 都市に住む人々が、より都市を楽しみ、そして快適な都市生活を送ることができるようになるために、都市の鍼治療での施術をしてもらいたい。優れた都市の鍼治療のデータベースは、適宜、更新されているので、是非とも参考にしてもらえればと思う。

http://www.hilife.or.jp/cities/

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ドルトモントのフェニックス・プロジェクトで湖が既につくられており驚く [都市の鍼治療]

ドルトモントのヒューデ地区にある200ヘクタールという広大な製鉄所跡地を再開発したフェニックス・プロジェクト。2001年に製鉄所が閉鎖され、2005年に再開発の都市計画案が認可された。2008年に訪れた頃は、まだ製鉄所の建物さえ残っており、ここに湖をつくって水を張るというアイデアが荒唐無稽にさえ思えたのだが、実現されつつある。24ヘクタールの湖は既に水をたたえ、また、ここから流れるエムシャー川は、工業用水が流れていたルールのどぶ川といったイメージとはまったく異なる、草が生い茂る河川敷を流れ、とてもいい感じになっている。過去のこの土地を知らなければ、住んでもいいとさえ思えてくる。ドイツの都市づくりの底力を痛感する。

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サントスのコーヒー博物館を訪れる [都市の鍼治療]

サントスのコーヒー博物館を訪れる。バス・ターミナルから5分でつけるところに位置しているので、アクセスはよい。サントスの観光の目玉だそうだが、出来て10年ちょっとしか経っていない。昔は『珈琲取引所』だったところを改装したのだが、建物は重厚で立派。ここで、その昔、コーヒーの競りがされていたようだ。入場料金は10ヘアイス。展示内容はポルトガル語だけでなく、英語でも説明されているのが有り難い。ただし、展示の量はそれほど大したことはない。もう少し、コーヒー豆に対しての蘊蓄とかが得られるとよいと思われる。当然、博物館内にはカフェもあり、コーヒー豆も売っている。1キロ40ヘアイス。2000円というところか。まあ、日本に比べると安いが、そんな嬉しくなるほど安くはない。観光用の値付けがされているのかもしれない。とはいえ、サントスという都市の歴史がこのように展示されることは観光客を惹きつけるだけでなく、地元の人々が自分達の街の歴史、アイデンティティを知るうえでもとてもいいと思う。なかなか、優れた都市の鍼治療とは思うが、なぜ、これまでされていなかったのかの方が不思議。

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(コーヒー博物館は多くの観光客を集めている)

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(競りなどが実施されていた大部屋)

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(天井も立派である)
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ドルトムントの工場跡地の「都市の針治療」的計画に感心する [都市の鍼治療]

ドイツのドルトムントに初めて降り立つ。人口60万人ほどのルール工業地域の中核都市で、ここを本拠とするサッカーチームのボルシア・ドルトムントはドイツ随一の熱狂的なファンである、ということくらいしか前知識として知らないで訪れた。ここ数年、ドイツにはよく来る機会があったのだが、ドルトムントは生まれて初めてである。隣にあるボーフムには行ったことはあるので、ルール地方が初めてという訳ではないし、よくドルトムントの駅は通過していた。なんか、灰色のイメージが強い都市であったが、実際、駅で降り、友人でドルトムント工科大学の教員をしているフランク・ルーストが運転する自動車で周辺を走ったのだが、そこで得た印象は、灰色っぽいイメージであった。とはいえ住宅街、そして商店街などはしっかりとしており、豊かな都市であることは理解できた。ドルトムントの友人宅で一泊したのだが、友人の家も非常にしっかりとしていた。派手さはないが、ドイツらしい質実剛健さが感じられる都市である。とはいえ、ミュンヘンやフライブルグ、ハイデルベルグ、フライブルグのような華やかさ、色彩の豊かさは全く感じられない。灰色の空に、黄緑から黄色っぽい植物の色、そして煉瓦の色に壁の白からベージュグラデーション、そして道路の濃い灰色、といった色が支配している印象を受ける。

これはボーフムでボーフム大学のウタ・ホーン教授からも聞いたことだが、ルール地方の都市は鉄道の路線を境として北の平らな地域が貧しく、南の丘陵地は豊かであるそうだ。ランドスケープの美しいところに豊かさが集まる、という傾向が如実に分かる。実際、南の丘陵地のランドスケープは美しく、ちょうど紅葉しかけていることもあり、なかなかのものである。

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このドルトムントで進行している大きなプロジェクトが、巨大な工場跡地に湖を中心とする公園をつくってしまうというものだ。これは、土壌汚染が激しいために、汚染された土壌を掘った後の穴に水を入れて湖にしてしまおう、というアイデアから出てきたコンセプトだそうだ。ドイツらしい賢さがうかがえる工場跡地の方法としては相当優れたものなのではないか、と思われる。フィニックス湖と名付けられた湖のウォーターフロントには住宅、そして商業施設が配置されるそうだ。工場跡地、土壌汚染といったマイナスのイメージをポジティブなものに転換させるのは大変である。敢えて売れる土地を大きく減らすことで、残った土地の価値を大きく向上させる。レルネル市長がいうところの、まさに「都市の針治療」的なプロジェクトである。現在、このプロジェクトの現場には、工場で使われたでかい倉庫などがまだ残っており、巨大な砂場のような光景であるが、10年後には、相当感じのよいミックスユースの都市型住宅地へと変貌しているのではないだろうか。ドルトムントのような、それほど知名度が高くないような都市においても、こういうしっかりとした都市開発が展開しているところがドイツの懐の深さである。大いに感心する。

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