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「働き方改革」よりも必要なのは「中央集権改革」である [サステイナブルな問題]

政府は「働き方改革」を進めている。厚生労働省のホームページでは、働き方改革の背景として、「「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化」に直面しているので、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることが重要な課題」が挙げられ、そのために「働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しています」ということだそうだ。
 多様な働き方を選択できる社会の実現・・目標は素晴らしい。しかし、そのための政策はこの目標を実現させるためにどれほど有効なのだろうか。個人レベルで考えると、「多様な働き方」も重要かもしれないが、その仕事をすることで、その道のプロフェッショナルになれるような働き方が望ましいと思う。働いている方の多くの不満は、自分が雇用されている立場にあることだろうと私は捉えている。実際、社会人になった卒業生の不満のほとんどが「雇用されている立場」にあることに起因している。また、個人で仕事をもらっている場合は、報酬の交渉ができないほど仕事の質がプロフェッショナルではないことが、長時間労働や低報酬の大きな要因となっている場合が多い。これは自分にもあてはまることなので書いていてちょっと辛いが、例えば、私がよく仕事をお願いしていたビデオカメラマンに、2年振りに仕事の見積もりをお願いしたら、それまでの3倍以上の見積もり額を出されて戸惑ったことがある。これは、その2年間で、彼はNHKの仕事なども来るようになり売れっ子になってしまい、市場の需要価値が高まったためである。私は多少、値切りをお願いしたが、これまでの2倍程度の金額で彼にお願いをした。それは、彼の価値はそれだけの金額に相当すると思うからである。
 要するに、多くの働いている人の不満は「雇用されていること」にある(いや、雇用されていてハッピーな人もたくさんいると思うが、彼らは逆に働き方改革は必要ない)ので、「雇用されない」働き方を模索することも必要であると思う。そもそも、「雇用される」ということはそんなに望ましい状態にはなれない。なぜなら、お金をもらっているからであり、お金というのは相当、正直だからである。それでは「雇用されない」働き方、すなわち独立すればハッピーになるかと言うと、そうでもなく、そのような状態で仕事を回していくためには、プロフェッショナルとしての市場価値を有していなくてはならない。美味しい料理を出すレストランであれば高い値段をつけても商売はできるが、美味しくない料理しか出せないレストランであれば安さで勝負するしかなく、また安くてもファストフードやチェーン店には負けてしまうかもしれない。前者は給料も高くなるだろうから、働く時間も自分でコントロールできるし、やり甲斐も感じられるだろうが、後者は生き延びるのに必死だろうし、「雇用されている」方がまだましと思うかもしれない。
 このように考えると、自分が「美味しい料理」をつくれるようになることが何しろ肝要となる。
 私は民間会社から大学、さらに大学でもより自分の能力が発揮でき、給料も高くなる大学に最近移ったので二度転職したことになる。民間会社から最初の大学に移る時は、大学教員のハードルというのが大変高くて、大学教員になろうと思ってから3年以上はかかった。当時は博士号がないというのが、極めて不利に働いたのである。その3年間で大学教員になるために私がやったことは、目の前の仕事に没頭して、しっかりとやるということであった。これは、民間会社とはいえ、私の働いていたところは研究所であったので、その点は普通の民間会社に比べると大学教員の転職という点では有利であったかもしれないが、とにかく会社の仕事のアウトプットの質を高めることに注力した。そのため、会社でも家でもほとんど仕事漬けの日々を送った。これが、結果的に研究者としての私の価値を高めて、首尾良く大学に移ることができた。振り返ると、ここで、会社の仕事は最低限にして、大学に入るためのアリバイづくりの研究などにうつつを抜かしていたら、おそらく転職することはできなかったであろう。
 そして、再び今の大学から「誘い」があって、転職することになるのだが、それを知り合いの教員に報告すると「徳を積んできたからね」と言っていただいた。自分では「徳を積む」というような意識はなかったのだが、プロフェッショナルとしての市場価値を少しでも高めようとしていたことが、このような縁を生んだのかなとは思ったりする。仕事人として「徳」を積む、そのために精一杯仕事に勤しむ。そのような環境をつくることが重要であり、そうすると長時間労働も場合によってはプラスになったりもする。私が会社時代で理不尽を感じたのは、労働時間の長さではなく、年間ノルマの受注額(私のいた会社は研究所であったが受注ノルマがあった)をクリアしたのに、さらに受注しろと言われた時である。私はその時、クライアントにこの額を出してくれたら他の仕事を受注せずに、これに専心できます、といってその額をもらったにも関わらず、上司は平気で私がクライアントに嘘をつくようなことをさせようとしたのである。
 私のプロフェッショナルとしての市場価値は大したものではまだまだないが、そのように日々精進できるような働き場を確保できることは重要なことだと思うし、プロフェッショナルとしての市場価値があれば自分が職場に不満を持っていたら辞めることができる。このいつでも辞めることができる、という状態に自分を持って行くようにすること、しかして、そのように持って行けるような環境を社会にてつくることが重要である。
 しかし、そのような社会をつくろうとしている肝心の厚労省の人達が、プロフェッショナルとしての市場価値を自ら、問うこともなく、国家公務員という高給の体系に守られているというのは皮肉だなと思う。20代での試験の結果によって、その安泰とした職業に就くことができた人が、厳しい市場の中で自分の市場価値を磨こうとしている人達に余計なアドバイスをするな、と私は生意気にも思ったりもする。また、大学こそ、自らの市場価値を高めるための人間の幅を大きく広げるチャンスであるにも関わらず、文科省の指導はまったく逆に、既存のフレームワークでの勉強を強いるような、創造性がまったく感じられないシステムを大学側に押しつけている(特に、アクティブ・ラーニングの指導要綱などは冗談以外の何ものでもない)。
「働き方改革」とかを考える前に、財務省をはじめとして「中央官庁改革」を誰かが考えるべきではないだろうか。経済が成熟し、また人口も縮小していくような状況下で、これだけの大国であるにも関わらず、あまりにも中央集権である。「働き方改革」などは、国が旗を振ってやるようなものではなく、地方ごとに考えるべきことであろう。いや、本当、連邦制の道州制を導入することを真剣に検討すべきではないだろうか。それこそが、一億総活躍社会が必要とする基礎的インフラストラクチャーであると考える。

タグ:働き方改革
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緑の美しさを考察する [サステイナブルな問題]

仕事場が京都なので、毎週、京都を訪れる。というか、通勤している。さて、新緑のシーズンなので京都の山々は目に優しく、心洗われる。というか、新幹線からの車窓の緑も美しい。日本の自然は本当に美しいと思わせられる。新緑は、春紅葉とも言われたりするが、その美しさというのは緑のグラデーションにあるかとも思われる。それは、また生物多様性の美しさでもある。
 一方で、林野庁が杉植林を一生懸命やったところは、単調な緑で全然、美しくない。それは、愚かなる公共事業の醜さを表している。ただ、このような単調な針葉樹の緑の森でも美しいと思う人がいる。こういう人がなぜ、それらを美しいというのかはちょっと不思議だ。例えば、新緑の森の絵を描け、という課題をもらったら、単調な緑の森を描く人は絵心がない人か、よほどのひねくれ者に限られると思われる。もしかしたら、単調な緑を美しいと思う人は、美しい緑や森をあまり見たことがないのではないか、と思ったりもする。そして、そのような人は京都にはほとんどいないと思われるのである。もっと緑を見ることが、東京の人などは必要ではないか、と自分を含めて思ったりする。
 

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「玉川上水と生物多様性」の講演に、あまりに多くの人が聞きに行ったので驚く。 [サステイナブルな問題]

「玉川上水と生物多様性」の講演を武蔵小金井に聞きに行く。「小金井玉川上水の自然を守る会」が主催での講演である。私はちょっと遅れて訪れたのだが、驚いたのは、その参加者数の多さである。250人以上は入っているだろう。生物多様性について、一般市民の強い関心が伺える。ほぼ高齢者であるが、なかには若者もいる。
 講演者は3名。最初は東京学芸大学名誉教授の小泉武栄先生の話である。玉川上水の生態系についての講演であったが、小平駅を南北に通り、玉川上水を分断する道路について、強い懸念を示していることを話して、私は目が覚める。私はこの道路に関しては、むしろコミュニティ分断といった点、生活アメニティの悪化という点から懸念を抱いていたが、生態系的にも大変深刻なダメージを与えることを専門家は考えていることが分かった。
 また、小泉先生が話されたことで、私が興味を抱いたのは、東京都には自然史博物館がなくて、恥ずかしいという指摘であった。科学博物館はあるが、それは国のものだけで東京のものは展示していない。伊豆諸島や奥多摩だけではなく。武蔵野台地にも都心にも調べれば面白いものがあるのだが、そういうものがない。先生はオリンピックの記念事業でそのようなものをつくるべきだと述べていたが、私は、それこそ築地市場跡地につくるべきものではないかと思ったりした。現在は、食のテーマパークをつくるような計画を考えており、隣接する市場外の民間企業が強く反発していたりする。和食博物館、みたいなものや料理学校のようなものであればまだしも、テーマパークという発想が本当、センスがない。そもそも、築地市場のようなオーセンティックな施設のあとに、偽のテーマパークを公共用地の跡地につくるという発想を、そこらへんの素人が出すならともかく、東京都庁が出すというのは根源的に行政の役割を分かっていないのではないか。都庁の職員達はエリート集団である。どうして、こんな発想が出てくるのかが不思議だ。
 閑話休題。話が横にそれたが、そんなテーマパークをつくるよりかは、この浜離宮に隣接し、東京湾という素晴らしい自然に隣接する、この築地市場跡地に自然史博物園をつくるのは、なかなかいいアイデアなのではないだろうか。
 次は明治神宮の自然に詳しい新里達也先生の講演である。明治神宮の豊かな自然がよく分かる講演が為されていたが、このような話も前述の自然史博物館で展示されたりすると、国民だけではなく、インバウンドの観光客が日本の理解を深めるうえでも役に立つであろう。
 三番目は、国連生物多様性の 10 年市民ネットワーク代表である坂田昌子氏である。琵琶湖の生態系がどんどんと貧相になっている、という話をされた。生物多様性とは、命の循環がうまく回っている状態、であると言う。また、生物多様性と人との関わりとが重要であると言う。さらには、地域絶滅という概念の話も私の興味を惹いた。ツキノワグマは九州では絶滅、四国でもほぼ絶滅したそうである。そうすると、ツキノワグマの遺伝子の多様性は随分と脆弱になっているようだ。その種が例え、絶滅していなくても、九州ツキノワグマは本州ツキノワグマと同じようで全く同じという訳ではないようなのだ。そういうことは、私は勉強不足でもあり、知らなかった。
 なかなか勉強になった。資料代ということで300円支払ったが、もっとお金を取ってもいいのじゃないか、という有意義さである。というか、立ち見も出たので、それはちょっとだけ運営側としては問題であったかもしれない。これを料金を取ることで調整できるのであれば、特に私のように地元以外での人からはとってもよかったかとも思う。
 それにしても、こんなに人々は生物多様性とかに関心を持っていたのだな。これは驚きと同時に、民主主義的なパワーも感じる。というのも、行政が自然や生態系を維持できない時、それらを守ろうと動き始めるのは市民であるからだ。それはイギリスでもアメリカでもそうである。

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大雪によるドイツ鉄道のダイヤの乱れの日に、東京の交通システムの脆弱性について考察した [サステイナブルな問題]

 3月中旬のドイツは大雪に見舞われた。この日はライプツィヒからマンハイムまで移動しなくてはならない。ライプツィヒの中央駅に行くと、案の定、大混乱状態であった。指定席を取っていないので、列車が遅れても特に問題はない。ライプツィヒからマンハイムまでは乗り換え無しで行くICEが2時間に1本の割合で走っているのだが、もう、とりあえずマンハイム方面に行った方がいいだろうということで、中央駅に着いたフランクフルト中央駅に向かうICEに乗り込む。列車は定時から2時間遅れで出発したが、私が列車に乗り込んでから出発するまでに待っていた時間は1時間ぐらいであった。列車が出発したら、座席から拍手が起きた。ところどころ止まりつつ、列車は走行していったが、17時20分にはフランクフルト中央駅に着いた。ダイヤ的には3時間ぐらいの遅れかもしれないが、実際の走行時間的には30分ぐらいの遅れにしか過ぎない。
 しかし、そこからマンハイムへ行く列車がない。ICEは皆、150分遅れとか、訳の分からない数字を電光掲示板に示している。ということで、急いで各停のローカル列車を調べて、そちらに乗ることにした。ちょうど上手い具合にマンハイム行きの列車が18:06に出るのでそれに乗り込む。これは、6分遅れの18:12に出発した。ライプツィヒのあたりは一面、白い世界であったが、フランクフルトは雪が降った形跡もない。ローカル列車がそんなに遅れる理由はあまりない筈である。ICEはドイツ全国土にネットワークを拡張しているので、雪が降った地域を走っている列車は悉く遅れている。そして、その遅れがドミノ倒しのように、他の列車にも波及していっているのである。混乱が混乱を招くというような状況だ。そもそも正常な状況でも、ドイツ鉄道はICEを定刻で走らせることが困難である。雪がこれだけ降ったら、ほとんど麻痺状況になるのも致し方ない。
 東京も雪が降ると、結構、交通が麻痺してしまう。大学の同僚の先生が、これはどうにかならないのか、と聞いてきたことがあるのだが、ある程度、雪が降ってもまともに交通が機能するようにするのには、とてつもない経費がかかるであろう。というか、そもそも、山手線の駅周辺にどんどん商業ビルを建設して交通需要を集中させるような都市開発を促進させたり、東横線が西武池袋線や東武東上線と接続して運行し、リスクマネジメントができないほどシステムを拡張させたりしていることこそが問題をより深刻化させているのである。
 つまり、東急東横線でいえば、ダイヤの乱れを収束させることを可能にした渋谷駅というターミナルを喪失し、より脆弱なシステムへと移行させてしまった。しかも、そうでなくてもキャパオーバーの渋谷駅にさらに商業ビルの床面積を増やすような開発をして、リスクをさらに高めている。それが降雪とかに対して東京の交通システムをより脆弱化させている大きな要因であり、そのようなことを放置して、降雪に対してレジリエンスを高めるようなことをしようとしても、放火犯を放置しておいて、消火活動を強化しようとしているようなものであり、無駄であると思われる。
 などということを、ドイツのダイヤの大乱れの日に考えた。

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(雪景色のライプツィヒ中央駅)
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イギリス最南端のリザード岬を訪れ、イギリス政府の野蛮さと政府を信頼しないイギリスの底力を知る [サステイナブルな問題]

 イギリスの西南端にあるコーンウォール地方に来ている。「コンパクトシティ」という著書を編集したマイク・ジェンクス氏の家がこちらにあり、そこに日本版『コンパクトシティ』を執筆した海道先生と訪れ、二泊ほどさせていただいているからだ。中日にジェンクス氏が運転する車で、イギリス最南端のリザード岬に連れて行ってもらった。リザード岬はなかなか急峻な崖の上にあり、風光明媚な場所であった。昨年の夏に訪れたウェールズのアングルシー島の西端であるサウス・スタックに比べると、ちょっとスケールは小さいが、それでもなかなか見事な光景に心、奪われる。
 この日はまさに晴天で、海は美しいコバルト・ブルーに輝いていた。ここは岩が多く、多くの船が座礁したようだ。そのために、民間の救援隊が昔、組織されたのだが、これはヴォランティアだそうである。なんで、こういう大切な公共的な仕事に税金が使われないのか不思議であるが、それはサッチャー政権以前から民間がやってきたそうである。その組織の運営費は、救助された人の家族から払われたりするそうだが、結構、国として野蛮な印象を受ける。
 野蛮な印象といえば、このリザード岬への歩道は、すべてナショナル・トラストが整備、管理しているようである。ナショナル・トラストが存在しなければ、このような風光明媚な自然観光資源に歩道で行くことはできない。イギリスはライト・オブ・ウェイという概念があり、そのような公共的な権利に関しての考え方はしっかりしていると思われるが、車道だけで歩道がなければ、実質的には危なくて安心して歩けないし、自動車がいつ現れるかと思うと歩いていても楽しくない。そういうことで、イギリスにおいて自然や歴史遺産などをしっかりと鑑賞し、アプリシエイトするうえでナショナル・トラストの存在というのは大きいな、ということを認識したのだが、その運営にあたっては、会費に因っているそうだ。会員になると、例えば歴史建築物の入場料が無料になるとかの特典があるそうなのだが、それを支持して、結構、高い会費を払う人々が存在しないと成り立たない。民度が問われる、ということだ。
 日本でもナショナル・トラストと似たような組織があるが、あまり活動していることを寡聞ながら知らない。どうしてイギリスではナショナル・トラストがしっかりと機能していて、日本では今一つなのか。ちょっと興味が湧く。その一つの理由として、日本人はイギリス人に比べて、国家を盲目的に信用し過ぎているのではないだろうか。自分のことは自分でやる。国がやらなければ、自分達でやる。そういう動きが求められているような気がする。もちろん、日本でもそのような動きをしているNPOが多く存在したりするが、現状の日本政府や地方政府の駄目さ加減を考えると、これらNPOがより活発に活動していくことが今後、さらに求められるのではないか、というようなことをイギリスの最南端で考えた。

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(ナショナル・トラストによって歩道が整備されている)

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(コバルト・ブルーの美しい海)

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(昔、ヴォランティアの救助隊の基地であった建物の廃墟)

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(多くの船がここで座礁した)

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(イギリスの南端は風光明媚な絶壁であった)

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(周辺は羊の放牧地)
タグ:リザード岬
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豊島区の行政サービスに不満を抱く [サステイナブルな問題]

 私の本籍地は豊島区である。ということで、戸籍謄本とかが必要な時には、わざわざ豊島区に行かなくてはならない。さて、隈研吾設計の豊島区新庁舎はなかなかお洒落である。なんせ、23区で唯一、若い女性が住みたくないので「消滅」すると元岩手県知事に言われたこともあって、豊島区はもう見境なく、若い女性に振り向いてもらおうと必死な印象を受ける。なんか、婚活で駄目出しを喰らったことで、頑張っている不細工なアラフォーの医者のようなイメージなのである、私的には。ちょっと、南池袋公園で挽回しているが、それも私には、奮発してランボルギーニを買っちゃったんだ、というように映る(そして、英語メニューで接客するような変なレストランを出したりしている。これは、ランボルギーニに乗るんだから、それなりの素養を持っていてよねと主張するような格好悪さだと思う)。
 それはともかく、この豊島区。書類申請の仕事をしている人は、ほとんどが外部委託業者であった。これに私はなんか、とても納得しなかった。というのは、もしこのような窓口業務を外部委託するのであれば、セブンイレブン等で戸籍謄本等の証明書類を発行できるようにすべきであると思われるからだ。実際、港区などでは、そのような対応をしている。おそらく、そのようなシステムを導入した方が長期的にはずっと安上がりになるだろう。逆に、このようなシステムのデメリットは、区民とのフェイス・トゥ・フェイスのコンタクトが出来なくなるという点だ。区民と接することで、区民の姿や日々、抱えている問題などが見えてくる。しかし、それを外注化するのであれば、機械で発行できるようにしても失うものはないだろう。私は、この豊島区がシステムに対応しないことで、機会費用として2時間、そして電車賃490円も損をしたのである。
 相変わらず、豊島区は駄目だな、という思いをまた認識した。もてない医者にまた駄目出しをしてしまった気分だ。

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大雪だからって、人々を一斉に帰宅させようとするのは東京のような大都市だと逆に無理があるのではないか [サステイナブルな問題]

東京は大雪である。私が奉職する明治学院大学の白金校舎は、雪が降るとことさら歴史建築物が美しく映える。特に、屋根が雪化粧すると、ちょっとヨーロッパのような雰囲気である。ヨーロッパがよいという訳ではないが、まあ、そういう佇まいがして、私は心が洗われる。さて、しかし、大学は18時で事務はすべて閉鎖、ということで、研究室で仕事をし続けるのも何か迷惑をかけているような気になり、18時30分頃に帰路に着く。さて、いつもは目黒駅まで2キロほど歩いてそこからバスなのだが、ちょっとその道のりは降雪時には辛いな、と思えたので一番最寄りの高輪台駅から地下鉄に乗って中延駅まで行き、そこから大井町線で自由が丘まで出ようと考えた。さて、高輪台駅に着いた西馬込駅の地下鉄をみて驚いた。超ギュウギュウなのである。地下鉄浅草線は、高輪台から終点西馬込駅までわずか5駅しかない。なんでこんなに乗客が多いのだ。と思いつつも、しょうがないので満車の浅草線に乗車する。次の五反田で乗客は降りるだろう、と思っていたら、なんと五反田駅にはホームから溢れるほど人がいた。そして、降りる人よりはるかに多くの人が列車に乗ろうとしてきた。何なんだ、この現象は。これは、京浜東北線が不通になったとか、大井町線が大井町駅と中延駅の間で不通になったとか、何かとんでもない事態が生じたのではないかと考える。中延駅は、もはや駅から出口に出る階段で長蛇の列。カタツムリのようにのろのろと人は上がっていく。そして、大井町線の中延駅にも多くの人がホームに溢れていた。そこにやってきた大井町線も大量の人でとても乗れるような状況にはない。私はここで合点した。
 つまり、ニュースとかで人々に早く帰宅しろ、と促したことで、通常は17時から24時に分散されていた帰宅需要が一挙に19時前に集中したのである。東京は世界一の人口を有しており、その公共交通の処理量も世界一である。それがゆえに、これだけの人口を有していながら、何とか機能させることができている。しかし、なぜ、そういうことが出来ているのかというと、恐ろしく高頻度・高容量のサービスが提供できていることに加え、殺人的で非人間的なラッシュアワーを老若男女が黙って耐え、さらには交通需要が集中しないように、良心あるおじさんが家庭の平和を犠牲にしても赤提灯で時間を潰してから帰宅するようなことをしてくれているからだ。
 そういう極めて微妙なバランスで成立している東京の都市交通事情を、雪で大変だ!とパニックするような報道をして、結局、非常に悲惨な混雑状況に人々を押しやっているのが行政の杓子定規的な考え方である。私は、中延駅の状況があまりにも腹立たしくなったので、家内に電話して、お茶でもしてから帰るわ、と中延駅を降りてそばのドトールで時間を潰して、ついでのこのブログのこの原稿を書いているのである。ちなみに、東急の駅のおじさんに、あんな列車に乗ったら骨折しちゃうよ(私は骨が細いのである)と言ったら、ちゃんと初乗り分、パスもからチャージされた分は返金してもらった。

その後・・・


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縮小自治体に求められるのは役場の「本気度」という話 [サステイナブルな問題]

 地域活性学会のパネル・ディスカッションを拝聴する。島根県の海士町、雲南市、浜田市、邑南町の発表を聞いたのが、傾聴に値するのは海士町と邑南町だけのような印象を受けた。この二つの自治体は、問題の深刻さが違うからかもしれないが、本質的な問題解消のためのアプローチを採っているという印象を受けたが、浜田市と雲南市はどちらかというと机上の空論的な印象、地に足が着いていないような印象を今でも受ける。浜田市はシングルパレンツの取り組みで興味深いことをしているが、その主張が400万円も補助金をつけているということだった。それって、市民が一人当たり80円を補助するということだ。80円というとそれほど大きくはないかもしれないが、それだけのメリットが本当にあるのか。国の補助金を使うにしても、その補助金の多さで、その事業の大きさを伝えようとする取り組みに私は懐疑的な眼差しをもってみてしまっていた。ちょっと、このような備忘録だけで書いてしまうのは、無責任かもしれないが、海士町と邑南町は、その問題を自らのものとして意識し、自ら問題解消に取り組んでいる。それに比して、浜田市や雲南市は、補助金を当てにしたり、ふるさと納税を当てにしたり、内発的に発展するようなシステムをつくろうとしていない印象を受ける。外部依存をしている限りは、地方の衰退というトレンドを反転させることは難しいのではないだろうか。これは、徳島県の神山町や、広島県の尾道市、長野県の小布施町、などでも感じたことである。
 このパネル・ディスカッションの最後の方で、海士町のパネリストが、「何しろ重要なのは役場の本気度」と述べられたが、それは私からすると雲南市や浜田市の人への皮肉のようにも聞こえた。いや、それは私が聞こえただけで、実際はそのようなことを意図してはいなかったかと思うが、まあ、この「本気」ということが何しろ地域が問われていることではないかと思われる。邑南町の町長もまさに、この「本気度」が重要であるかを最後の発言で問うた。彼は島根県立大学の本気度の弱さを、早稲田大学の本気度と比較して指摘していた。「島根県には公務員と銀行しかありませんと言っていたら、島根県は潰れてしまいます」とまで言った。これは、これまで相当のフラストレーションと理不尽を体験した人だからこそ出てきてしまった本音であろう。興味深いパネルディスカッションであった。

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C.A.T(センター・フォア・オルタナティブ・テクノロジ)再訪 [サステイナブルな問題]

 ウェールズに来ているので、20年ぶりぐらいにC.A.Tに行くことにした。その時は、ランドスケープ・アーキテクトのPeter Harperさんに取材をして「環境自治体」に記事を書いたりしたが、今は、そういう気負いがなくなっている。また、現在、ウェールズではC.A.Tを最初に日本に紹介した長島孝一さんの奥様の実家に滞在させてもらっているのだが、長島さんが現在のC.A.Tにほとんど関心を持っていないことも多少、影響を与えたのかもしれない。
 長島さんの奥様の実家は北ウェールズのアングルシー島にあるので、そこからレンタカーを飛ばして行ったのだが、往路も復路も最短距離ではなく、スノーデン国立公園の中を抜けるルートを採った。これは、対向車と行き違うのも難しいぐらい道が非常に狭く、またワインディング・ロードであったので時間は大変かかったのだが、その苦労に見合うほどの美しいランドスケープを楽しむことができた。というか、絶景である。イギリスでこんな絶景に出会えるとは意外であったこともあり、嬉しい驚きだ(以前、スコットランドをレンタカーで走った時も、その美しさというか絶景に驚きましたが、ウェールズもこんなに美しいとは思ってはいなかった)。
 思わず、あちらこちらで車を停めて写真を撮っていたら、到着が予定より1時間は遅れた。それまで天気はよくはなかったが、それなりに雨にはならなかったのだが、C.A.Tに着く直前から酷く降り出した。
 C.A.Tはセンター・フォア・オルタナティブ・テクノロジーの略であり、風力発電、太陽光発電、さらにはごみの循環・リサイクルなど環境負荷の低いシステムを展示している、ちょっとしたエコ・テーマパークのようなところである。巨大な石切場の跡地にヒッピーのような若者達によって1970年頃につくられた。
 駐車場からは、水の重さで動くケーブルカーで上の施設群まで登っていく。このケーブルカーは単純だが、とても賢いつくりになっている。上にあるケーブルカーに水を入れて、そのうち水の重さで、上のケーブルカーが下に降りていく。その時、下にあるケーブルカーも引っ張られるようで上に登っていく。そして、ケーブルカーは下に着くと、水を全部放出して軽くなる。これの繰り返しなのだが、本当に電気いらずのケーブルカーなのだ。なぜ、これをもっと他でも普及していないのかが不思議になるほど、単純でいいシステムであると思う。そして、これがC.A.Tの入り口にあることはとても有効である。訪問者に強烈なイニシエーションというか印象を与えることができるからだ。
 C.A.Tは20年前に比べると、研修施設なども充実させていた。展示もそれなりに充実しているような気もするし、20年前からそれほど進歩していないようにも見える。とはいえ、その方向性は20年前よりもさらにゆるぎなく重要なものになっているし、実際、C.A.Tはよりメジャーになっていると思う。私もちょっと初心に戻るような気分にさせられた。

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(C.A.T.の入り口。ケーブルカー乗り場でもある)

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(ケーブルカーは水の重さで上下しているのだ)

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(エネルギーの展示。これは子供にもエネルギーのことが分かりやすいような楽しい展示である)

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(食料に関する展示も多い)

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東京集中は経済だけでなくサブカルチャーの分野にも及んでいるという危機に関して [サステイナブルな問題]

 関西の知り合いと下北沢で呑む。お酒が入ったからかもしれないが、知り合いはだんだんと冗舌になってきて、それはとても楽しかったのだが、「大阪の人は下北沢より上だと心の底では思っているんですよ」と言うのを聞いて、ムムムと思う。彼は、「お笑いとか演劇とか、そういうので大阪の人は下北沢に負けているとは思っていません」と続ける。流石に私は「音楽だと全然、差があるでしょう」と突っ込むと、「東京が4割だとしても、大阪3割、福岡2割だと思います」と答えた。そこで、私は彼の考えを理解した。彼は50代である。私も50代だ。50代のおじさん達が若かった頃、メンタイ・ロックが流行り、大阪からもボ・ガンボス(京都ですが)やらシャランQが出てきた時、またルースターズやらが福岡から出てきた時は確かに東京4割、大阪3割、福岡2割といった分析は正しかった。しかし、その後、くるりでさえ、大物になる前に東京に来てデビューをし、椎名林檎もデビューをする時は東京にいた。そして、現在は大したテクニックも才能もないような大阪出身のガールズ・バンドがメジャー・デビューをする見込みがあるのかないのか分からないような状況で下北沢のライブハウスに出演しているのが実態なのだ。つまり、孵化器としての機能が大阪のような都市と比べても東京の下北沢のようなところの方が遙かに優位性を持っているような状況になってしまっているのだ。
 これは実は相当、由々しき事態である。このような事態が進行しているのは中央集権が極端に進んでいて、地方分権がまったく展開していないことが一つの大きな要因である。日本という地理的にも文化的にも多様な国土を有しているにもかかわらず、明治時代でもあるまいし、相も変わらず発展途上国のような中央をヒエラルキーの頂点を置いた国土構造を続ければ続けるほど、地方は疲弊していく。そして、それは主要な産業だけでなく、ガールズ・バンドのようなサブカルチャーにおいても展開していることを真剣に理解しておくことが必要である。これは、改めて指摘するが、大変由々しき事態であり、地方が崩壊する音が聞こえているような状況にあると私は捉えている。子供を産める女性を地方に縛り付けるといったような対策では、とても解決できないであろう。

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両神山荘に泊まり、地方から人が流出するのは、昔あった経済資源がなくなったからだと確信する [サステイナブルな問題]

 両神山荘に泊まる。山荘というので山小屋のようなものをイメージしていたら、ちょっとした民宿のようなところであった。そこの親父さんと話をする。家屋が横に長いのでお蚕をしていたのか、と尋ねたら、そうだとのこと。昭和45年頃まではしていたそうである。富岡製糸工場があったこともあり、秩父一帯は養蚕が盛んのようであつた。お蚕を飼っていたときは随分と潤っていたそうである。それに加えてコンニャク。ここはコンニャクは15年くらいしかやらなかったそうなので、下仁田や南牧村とは違うようだが畑のダイヤといわれたほどの商品作物である。これでも随分と現金収入で潤ったであろう。さらに冬は炭焼をしていた。これでも現金収入が入ってきた。そして極め付けは森林。ここの親父さんは山を所有していて、杉は100万本植えたと言っていた。その数字はともかくとして、昭和40年頃はその価値といつたらとてつもないものであり、埼玉銀行の頭取が挨拶に来たという話も納得する。
 集落には酒屋があった。一見するとまだ営業しているようであったがもう閉店したようである。ひと昔前までは集落で余裕で酒屋を維持することが出来ていたのである。勿論、酒屋の営業に大きなダメージを与えたのはスーパーマーケットが麓に出来たことが大きい。ただ、その結果として集落の生活環境は大きく劣化した。この現象は南牧村と全く同じである。
 両神に来たのは始めてであったが、改めてほんの50年前までは、ここのような森林地帯は大変経済的には豊かであったということを思い知らされる。そもそも経済的に豊かであったから、当時は人口も増えていたのである。養蚕、コンニャク、炭焼といった優良な産業が現存していれば現在でもここで生活する人は少なくないであろう。
 逆にいえば、都会人のロマンにだけ頼ったようなIターン政策に力を入れても根源的な地域の維持には繋がらないのではないだろうか。人が地方から流出する理由は、その人によって取捨選別であろうが、最大の理由はおそらく経済的なことである。経済的な豊かさが確保出来れば、人は外国に行くことさえ厭わない。
 それを失ってしまつたからこそ、地方から人口が減っているのである。ということを改めて確信させてくれた両神山荘の親父さんの話であった。

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鹿野温泉の移住体験宿泊施設に泊まり、つくづく自動車に依存する生活は貧しいと実感する [サステイナブルな問題]

 鳥取県鹿野温泉にて泊まらなくてはならなくなったのだが、国民宿舎は満室で泊まれず、もう一軒ある宿はあまりにも高級で、しかも夕食を食べる余裕がないので勿体なかったので、体験宿というところに泊まらせてもらった。これは、空き家の家に、鳥取に永住を考えている人が体験的に格安で泊まることができるプログラムであった。3泊が最低の条件で、3泊で何人が泊まっても3600円。超格安である。その代わり、市のアンケートに回答しなくてはならない。
 宿は鹿野の歴史的街並みの中にある一軒家の空き家で、ファサードはとても落ち着きがあってオシャレである。中はそれなりに改装が必要なところもあるが、生活できない訳ではない。ただ、3月下旬でもなかなか寒いのと、また表の音がよく聞こえる。外部環境と内部環境を隔てる「壁」がハード面でもソフト面でも薄いのかな、という印象を受ける。
 とはいえ、生活をしていくうえで「家」というのは重要ではあるが、さらに外部環境、街としての公共的な価値の質が極めて重要なのではないかと思われる。そして、公共的な価値の質の大きな部分を担うのが公共交通だが、この鹿野温泉の公共交通は基本的に相当貧しい。というか、自動車を運転しないと生活できない。この「自動車を運転しないと生活できない」という環境がいかに貧困であり、高齢者に厳しい生活を強いていることを理解し、それの改善に向かわなくては、いくら空き家に住むための努力をしても、人は移転することはあまりないと思われるのである。「自動車を運転しないと生活できない」というのは、貧困の条件の一つであると個人的には捉えている。そのような場所からは脱出したいとは思っても、喜んで行きたくはない。

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鳥取県鹿野温泉にて開催されていた「手ぶら革命」の発表会を訪れる [サステイナブルな問題]

鳥取県鹿野温泉にて開催されていた「手ぶら革命」の発表会に、国立台湾大学の張聖林先生を連れて訪れる。「手ぶら革命」はオランダ人、オーストリア人を含めた内外のアーティストが、鹿野温泉に滞在して、その場所からインスピレーションを受けて作品をつくるというイベントを行った。面白かったのは、鹿野温泉の地霊がもたらす「ゲゲゲの鬼太郎的な妖怪世界」を、外国人を含めて3人のアーティストが、場所から感じ取って作品にしたことである。やはり、圧倒的な自然と対峙すると人は感性が呼び起こされるのであろうか。アーティストのように特に感受性が高い人達にとっては尚更であろう。オランダ人のアーティストは「妖怪」をゴーストと表現したので、後で日本語ではゴーストは幽霊で、幽霊と妖怪は違うんだよね、という柳田国男説を伝えた。しかし、それじゃあ妖怪は何なのか、というと難しくてGoblinでもないしなあ、と悩んでいたら、そうだMoominだということでMoominのようなものだ、と言ったら結構、納得してくれた。そして、そこらへんの違いに興味を持ってもくれた。妖怪はエコロジーだが、幽霊は怨念である。まあ、怨念の概念を説明するのは、私も厳しかった。ただ、このオランダ人は「日本人が自然と共生していることに驚いた」と非常に鋭い指摘をしていたが、彼女がそれに気づいたという感性も凄いものがあると思う。多くの日本人はそういうことさえ気づいていないからである。
 また、今回の若者達の作品群であるが芸術術方面ではトンと素人である私でも理解できるほど、優れた作品が発表されていた。アーティスト達は、その感性の鋭さゆえに、地域の個性、本質を見抜く力を有しているし、それをメディアで表現する能力も有している(というか、その力がまさにアーティストの能力と関係している)。したがって、地域興しなどを考えるうえで、アーティストにその場をコンセプトとさせる作品をつくらせるのは最初の段階では極めて有効であることを、今回のイベントに参加することで理解することができた。
 ドイツの縮小都市では、その対応策でアーティストに芸術作品をつくらせるということを多く手がけていたが、その理由が見えてきたような気がする。有意義なイベントであった。

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(手ぶら革命は鹿野温泉の格式のある歴史的街並みの中で開催された)

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(アーティスト達は鋭い感性で地域の資源、アイデンティティを読み取り、それを作品というメディアを通じて我々に伝えることができる。それをネタに町の将来像を、地元の人達は話し合った)
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バード・カールスハーフェンという縮小都市を訪れる [サステイナブルな問題]

 ヘッセン州のカッセルの友人宅に泊まる。今日がドイツ最後の日であるが、午前中に友人が興味深い縮小都市があるということで、ヘッセン州の北端にあるバード・カールスハーフェンという縮小都市に連れて行ってくれた。
 この都市は極めて人工的な理由でつくられた。都市が集積するにあたって経済的に有利であるなどの要件があって、ここに都市が形成されたのではないのである。したがって、その人工的な理由がなくなったら徐々に衰退し始め、ヘッセン州という旧西ドイツにおいては、相当に寂れた都市になってしまっている。
ヘッセン・カッセル方伯は、17世紀後半、あることで悩んでいた。というのも、ヘッセン州とニーダーザクセン州は、ヴェーザー川が境となっているが、ヴェーザー川を上って荷物がヘッセンへ向かうとき、このヘッセンの南の下流にあたるニーダーザクセン州のハン・ミュンデンにて課税がかけられていたからである。そこで、この課税を避けるために、ハン・ミュンデンのさらに下流であり、またヘッセン州の最北部である地に港をつくり、そこからヘッセンまで運河を掘削しようと考えたのである。
 また、ヘッセン・カッセル方伯はフランス人の宗教難民に極めて寛容な政策を採っていた。それは、当時は彼らの方がいろいろと先端技術を有しているからだが、この宗教難民達に住まいを提供し、かつ、この運河工事も依頼しようと考えたのである。そこでつくられたのが、ジーブルグという町である。これは、後にカールスハーフェン、さらにバード・カールスハーフェンと改名される。18世紀前半に、この都市はバロック風の街並みを有するとしてとしてつくられた。
 さらに1730年には塩水泉が発見され、温泉・療養施設も建設されることになる。1977年には、都市名がカールスハーフェンからバート・カールスハーフェンと改名したが、これは1970年代後半に保険会社が温泉療養を被保険者に提供ひようと考え、バーデン・バーデンを始めとして、温泉療養(スパ)を広く展開しようと考えたからである。バード・カールスハーフェンもこの温泉療養地として指定され、この頃、無粋なモダニズムの温泉療養の宿泊施設なども建設された。
 さて、しかしこの保険会社のプログラムはただし、高齢化が進み、保険会社の負担が大きすぎるということで80年代後半に中止になるらしい。短命だったのである。一時期、ちょっと温泉リゾート地として栄えたバード・カールスハーフェンも、以前として温泉療養地ではあるが、その後、少しずつ衰退していくことになる。ちなみに、位置づけとしては金持ちのバーデン・バーデンに対して、ブルー・カラーの温泉療養地として位置づけられたようである。
 実際、その人口の流れをみてみる。バード・カールスハーフェンは、その3キロメートル南にヘルマース・ハウゼンという地区があり、そこにほぼ3分の1ぐらいの人が住んでいる。したがって、この自治体の人口がすなわち、バード・カールスハーフェンの都市規模を示している訳ではないことを認識してもらえればと思う。
 1885年の人口は2901人。1939年は3565人。1958年が4829 人で、この数字が最高となる。その後1970年は4674人だが、2009年には3724人。劇的に減少している訳ではなく、真綿で首を絞められるように徐々に人口が減っていっている
 実際、訪れたバード・カールスハーフェンは、見事なバロック都市で、建物はほぼ白色にペンキされており、なかなかのものであった。つくった当時は、ディズニーランド的なテーマパークのようなものだったのかもしれないが、それから300年ほど経っており、その時間の積み重ねが、いい空間の味わいを醸し出している。
 ただし、そもそもこの都市がつくられた目的も消え、さらに、それを再生しようとしたプログラムもなくなり、存在意義が見出せないのが現状であろう。都心部は観光客を中心とした店舗やレストランが多く立地しているのだが、その半数以上は閉店している。ただ、日本の商店街と違うのは、空き店舗でもシャッターを下げずに、ウィンドウ・ショッピングが出来るようなちょっとした工夫が為されていることである。シャッター商店街であっても、見た目はそのように見せない。結構、こういう小さな試みの積み重ねが、この都市の消滅を回避させることに繋がるのかもしれないなと思ったりする。河畔には、ちょっとしたヴェーザー川下りができるフェリーが滞留していた。ライン川下りのようなツアーが既にあるのかもしれないが、この町はその廃れ感も含めて、ちょっとした観光ポテンシャルがあるのではないかと勝手に思ったりもした。
 確かに最近の人口減少は厳しいものがあるが、その当初の存在意義が消失し、その再生計画も頓挫しても、300年間も生存してきた都市である。その将来は明るいものはないが、しかし、生き残っていくような気もしないでもない。何か、あと1つか2つの工夫が必要であるのかもしれないが。

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(バード・カールスハーフェンの街の景観)

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(店は閉店していても、シャッターを下ろさずにウィンドウ・ショッピングはできるようにしている)

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(バード・カールスハーフェンの街並み)
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エアフルトのプラッテンバウ団地ヘレンベルグのコミュニティ・ビルディング [サステイナブルな問題]

 エアフルトの南にあるプラッテンバウ団地ヘレンベルグというところを訪れる。ここはエアフルトの東南に位置している。1970年代に建設され、その規模は180ヘクタールである。路面電車3号線と4号線が通ってい。1990年には15282人の人口を擁していたが2004年までに凄い勢いで人口が減少し、7993人まで減るが、それ以降はなぜか人口が安定しているというところである。ただし、高齢化率は進んでおり、住民の平均年齢は45.8歳。これはエアフルトの平均年齢よりも3歳ほど高い。
 さて、そこでコミュニティ・ビルディングを展開しているプラットフォーム・エアフルト(Platform Erfurt)を訪れ、いろいろとお話を聞く。現在、このプラットフォーム・エアフルトが活動しているプログラムとして、ヘレンベルグのコミュニティ・センターで活動する者に、年間で400ユーロ補助金を与えるというものがある。ブレイク・ダンスのグループや、ダンス・グループなどが、このプログラムに参加しているそうである。
 このプログラムを運営しているのは3人+インターンシップだそうだ。とりあえず、ヘレンベルグという団地において、人々により積極的にコミュニティ活動をする動機付けを提供することなどを意図している。そのポイントは消費的に社会・コミュニティに接するのではなく、もっと能動的に責任を恐れずに活動することを促している。社会主義時代は受身であることが生き延びるために求められた。社会主義時代を体験している人達は、あまりコミュニティに関わることをしない。そのような意識を転換したいと考えている。
 そういう意味で、現在、高齢者にアウトリーチするために、毎週火曜日の10時から14時まで無料の朝ご飯を提供するというプログラムも展開している。
 いろいろと興味深い活動で、幾つか質問をした。SNSはプログラムの普及にどのように活用しているのか?と尋ねると、他の地区にはSNSは結構、効果的ではあるのだが、ここはあまり効果がないという返事がきた。また、プログラムを運営する課題に関して尋ねると、市役所に予算を毎年申請するのだが、その事務書類があまりにも面倒臭い、と回答したので私も苦笑いをしてしまった。ここでは就業時間の3分の1は、このような役所への申請書類作成とその折衝に費やされてしまう、と苦情をこぼしていた。しかも、プロポーザルでは何か新奇性が求められているので、企画書作成にも苦労をするとのことである。それにも関わらず、それを評価する時間も余裕もなく、また新しいアイデアを出さなくてはならないそうだ。
 日本も同じような状況にあるが、この役所のための仕事の多さが、まさに経済活動の障壁になっているというのは、ドイツも同じのようだ。

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(我々の取材に応じるプラットフォーム・エアフルトの職員)

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(ヘレンベルグのプラッテンバウ団地)

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(これは団地の建物を撤去した跡地)
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スローシティのオルヴィエートのホテルには感心できなかった [サステイナブルな問題]

 スローシティのオルヴィエートのホテルに泊まった。日本円で6000円ちょっとのホテルというか民宿である。さて、ここは結構、評判がよいようで、ミシュランガイドが評価したシールが誇らしげに玄関のドアに貼られている。さて、部屋は日本のビジネスホテル並みに狭く、風呂もシャワーであったが、ここらへんは自宅を改造したのでしょうがないと納得する。何より、値段は安い。
 さて、しかしポイントは朝ご飯である。イギリスのベッド&ブレックファストでも朝ご飯は勝負どころである。私はイギリス料理を美味しいと思ったことは本当にほとんどない。家庭料理をご馳走されたこともあるし、金に糸目をつけないで高級レストランで食べたこともある。しかし、美味しいとは思えなかった。ただし、唯一の例外はベッド&ブレックファストの朝ご飯である。ちなみに、おそらく食事が全世界で一番不味いアメリカでも、値段は高いがベッド&ブレックファストでは美味しい朝食にありつける(まあ、これはカリフォルニアだからかもしれないが)。そういうことを考えると、今回のオルヴィエートのホテルは、記憶にないほど今ひとつで貧相な朝食であった。
 まず飲み物は水と牛乳とオレンジジュースと思しきオレンジ色の飲み物。これは、しかしオレンジ色が明らかに自然の色ではない。合成着色料ですよ、と主張するようなオレンジ色である。ハムやチーズも色からして、食欲をそそるようなものではなかった。しょうがないので、ヨーグルトに果物を入れたものを食べようと思って、キウイを取ろうとしたらそれはグニュグニュの状態であった。とても食べられるようなものではない。これは、ただの飾りとして置いているだけなのかもしれない。結局、ヨーグルトに干しぶどうを入れたものと既製品のヨーグルトと手作りではあるが美味しくないパウンド・ケーキしか食べなかった。とてもスローシティという食事の美味しさや豊かさで売っている町の民宿の朝食とは思えなかった。
 今回の旅行でも、ミラノのホテルに2泊したが、そこのバイキングの朝食は、流石イタリアと思わせるほどのクオリティであった。これは、ブラジルのホテルのバイキングの朝食と比べているからかもしれないが、今回宿泊しているオルヴィエートのホテルの朝食は、ブラジルのホテルのバイキングの朝食に比べても大きく劣る。
 これは大変なショックというか驚きである。スローシティという称号が泣いている。

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(スローシティのホテルの朝食とはとても思えないみすぼらしさ)

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(結局、ヨーグルトとパウンド・ケーキと今ひとつのカフェオレしか食べられなかった)
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スローシティのオルヴィエートを訪れる [サステイナブルな問題]

イタリアのスローシティ協会の本部があるオルヴィエートを訪れる。オルヴィエートはローマとフィレンツェの中間にある人口2万人ほどの町である。フィレンツェからインターシティの列車で行くと、2時間ちょっとで着く。ローマからだと1時間ちょっとなのでローマの方が近い。
 オルヴィエートは太古の火山活動による大爆発によって生まれた円錐形の断崖の上に立つ町である。それはまさに天然の要塞であった。さらに1970年代に、この町の下には地下都市があることが発覚した。それは、ローマ人に駆逐される以前のエトルスクの人達が使っていた貯水槽、その水を運ぶための地下道、さらに時代が下がるとオリーブの搾油所、鳩舎の跡などであった。このような地下洞窟は1200も存在することが現在では分かっている。傍からみると堅牢な要塞のようなこと町は、その地下はしかし穴だらけのスポンジのようなものだったのである。
 このようにオルヴィエートは極めて特異な地理的特性を有する都市である。したがって、アクセスは大変である、というかユニークである。要塞から東に位置するオルヴィエートの鉄道駅を降りると、オリヴィエートにはケーブル・カーで行かなくてはならない。このケーブル・カーは1.3ユーロであるが、もうこれに乗った時点で気分はスローになってくる。値段の安さもあるが、日本の観光地のように格好よいケーブル・カーではなく、なんかユルい感じのケーブル・カーであくせくしていない。もう一つ、この要塞都市にアプローチするのは、西側の二層の駐車場から地下のエスカレーターを乗り継いで登ってくる方法である。ただし、このエスカレーターを結ぶ舗道は階段であったりして、まったくユニバーサル・デザインに対応していない。もちろん、自動車で壁を登ってくるルートも確保されているが、それはこの要塞で生活している人か物販を届ける人だけなのではないだろうか。確認していないが、そのような気がする。二日間いたがタクシーを町中で見ることはなかった。ただし、鉄道駅と町とはシャトルバスでは繋がっている。
 さて、このオルヴィエートは1999年にスローシティ連合ができた時、当時の市長が初代会長になったことで、スローシティとしてもその名を知られることになる。初代会長となったチミッキ市長は「人間サイズの、人間らしい暮らしのリズムが残る小さな町」とオルヴィエートを形容していた。
 ということで、スローシティというコンセプトもよく分からないのでオルヴィエートを訪れたのだが、印象に残ったのは人口2万人(旧要塞都市に住んでいる人は6千人ぐらい)の町には全くそぐわない立派な大聖堂。これは、白、黒の岩をシマウマのように交互に配置してつくられている。正面は、ピンクや青色の大理石が使われて、大変豪華なものである。ちょっと、フィレンツェの大聖堂を彷彿させる。
 そして、前述した地下都市。これはツアーで行くことができる。ツアー代は6ユーロ。英語でのガイドは、結構、博識でいろいろと勉強になる。
 ただ、このようなイタリアの歴史都市の売りである街並みの美しさは、あまり感心しなかった。というか、街並みを美しく化粧する、という意識が伺えない。それは、それで一つの考え方かもしれないが、外国人の観光客からするとちょっと興醒めではある。あと、オルヴィエートは白ワインが非常に有名なようなので、私もワイナリーで試飲をさせてもらったり、昼、夜、昼とワインを飲んだりしたが、ガツーンと来るようなワインにはまったく出会えなかった。これは、あまり高いワインを注文しなかったからかもしれないが、正直、ドイツのデュッセルドルフで飲んだ白ワインの方が個人的には美味しいと思われる。ただ、私の舌はいい加減なので、もちろんいい加減な感想にしか過ぎない。ワインを売りにするのであれば、まあ私のような舌音痴でも、ひれ伏すようなワインを飲ませるべきであったと思う。いや、分からないのであれば、分からないことを自己嫌悪させるような演出をすべきであろう。
 また、スローシティというと、美味しい料理が食べるということが何よりもポイントであると思うが、残念ながら「参った」というような料理に出会えることはなかった。これは、次回に整理するが、このワインを含む料理でそれほど来る人を感心させることができなければ、スローシティの街づくりというのも結構、難しいのではないかと思ったりした。もちろん、私が間違えていただけなのかもしれないが、そうであれば、私のような人間が参りましたと思うようなメニューを提供してもらえると有り難い。などと書いていて、このような考えこそがスローシティとまったく反していることなのではないかとふと頭に浮かんだ。
 
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(鉄道駅からオルヴィエートに行くためには、ケーブルカーに乗らなくてはならない)

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(オルヴィエートの崖下には600台が収容できる駐車場が設置されているが、そこからは地下のエスカレーターで町にアクセスする)

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(オルヴィエートの街並み)

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(オルヴィエートの街並み。スローシティという印象を与える)

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(人口2万人の都市とは思えないほど立派な大聖堂)

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(オルヴィエートの肉屋。ここではワインを飲んで、チーズや生ハムなどをつまみとして注文することもできる。)

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(オルヴィエートのレストランで注文したチーズ盛り合わせ。これは流石イタリアと思わせるぐらいの美味しさ)

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(オルヴィエートのレストランで注文した料理。美味しいけれど、感動するほどではなかった)

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(昼ご飯で訪れた定食屋。ワインを注文したら生ハムをサービスで切ってくれた)
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人口減少著しい大阪府能勢町を訪れる [サステイナブルな問題]

 人口減少著しい大阪府能勢町を訪れ、ついでに役場にも取材をさせてもらった。能勢町は大阪府の最北部にあり、大阪の屋根とか大阪のチベットとか言われている。2000年に人口は1万4千人ちょっとでピーク。2014年は人口が10605人。15年間で25%も人口が減少した。日本創成会議では消滅可能性自治体ワースト24という評価だそうだ(しかし、本当、この消滅可能性で順位付けをする人の性格を疑う)。
 新大阪でレンタカーをして訪れたのだが、箕面のトンネルを越えたらいきなり雪が降っていて驚いた。川端康成の「雪国」のようなところだ。そして、箕面のトンネルを越えても随分と距離がある。能勢電鉄という路線があるので、名前からてっきり能勢町まで通っているのかと思っていたのだが、能勢電鉄はその手前の能勢口という駅で止まっていた。この能勢口は妙見山に登山するための駅であり、そこから能勢町までも結構の距離があった。関東のものからすると、「ここが大阪?」と驚くような山間の地である。ちなみに、鉄道で能勢町にアプローチするためには、山下という駅からバスに乗り換えていくようである。ただ、バスの本数は少ない。
 取材は午後一だったので、その前に昼食を取ったのだが、そのお店はいわゆるジビエ料理屋であった。私はそこで「猪鍋」を注文したが、そのような野趣溢れる食事をするのがしっくりくるような土地であった。
 さて、そんな山間の能勢町ではあるが3つのニュータウンがある。民間が開発したものである。このニュータウンは、能勢ニュータウン平和台、能勢ネオポリス、ロイヤルランドの3つである。これらを3つとも訪れたのだが、ほとんど急斜面を切り開いて開発されたもので幹線道路からのアプローチも悪く、道路も狭く、言い方は悪いがブラジルのファベラのように計画的につくられていないという印象を受けた。なぜ、このような山間の地に、このようなみすぼらしい住宅地を開発したのであろうか。というか、町には規制とかはないのか。多くの疑問を持たせるような住宅地であった。
 これらについて町役場に取材をさせてもらったら、いろいろと理解できた。まず、能勢町は当時、都市計画がなされていなかったので基本的に、住宅開発に関しての規制はなかった。これらのニュータウンはみな、山林分譲であったようだ。都市計画がつくられたのは平成3年からである。それ以前では開発許可は不必要であった。宅地造成の区域が決められたのは平成5年。そういうこともあって、きっちりとした開発はされていなかった。多くのニュータウンは、この都市計画が策定される以前につくられたので、砂防許可などは受けている筈が、他はほとんど無許可で開発されたようであると役場の人は述べていた。
 そのようなこともあり、都市計画が策定された時は、基本的には市街化促進をしないことを目的とし、市街化区域が1%、市街化調整区域が99%に指定された。しかし、現在は能勢町の人口減少が著しく、市街化促進をしないどころか、まったく逆の状況を心配しなくてはならないような状況になっている。取材をする前は、これらの山林分譲型ニュータウンにおいて人口減少が著しく進んでいるのかと思ったが、既存集落もニュータウンも同様に減少しており、全体的に人口が減少していることが分かった。地区ごとにみるとこの20年間で42%も人口が減少しているところがある。町全体だと24%の減少である。
 人口縮小していく中、土地利用規制は多くの場合、マイナスに機能する。そのためになるべくない方がいいのだが、能勢町は99%を市街化調整区域に指定してしまったので、新たに建物をつくるのは規制が厳しい。人口減少していく中で、新築のニーズがあってもなかなか建てられない、というジレンマに陥ってしまった。そこで、市街化調整区域に建物をつくる基準を設けた。いわゆる分譲の住宅は認めないが、レストランなどを自分が経営する場合や、自分が住む住宅に関しては新しく建物を建ててもいいことができるよう「市街化調整区域における地区計画のガイドラインに基づく地区計画制度や開発許可制度の弾力的な活用等」で対応することにしたのである。
 これは2016年10月に施行したばかりなので、相談はぽろぽろと来ているが、許可はまだ出していない状況あるそうだ(2017年2月事典)
 とはいえ、このような対応をしても、空き家が埋まる見込みはないそうである。
「大阪のチベット」とは言われていても、腐っても大阪府である。大阪に通勤するベッドタウンとしての可能性はないのだろうか。現状では、大阪市内まで通っているのは1割に満たないそうである。多くは、川西とか池田とかに通っているそうである。ニュータウンに住んでいた人達の子供達は、仕事が会社勤めだったりすると、便利なところに越していく。具体的には川西などに引っ越すそうである。
 ニュータウンはどのぐらいの価値があるのか。実際は、もう土地だけの価格しかつかないそうである。ただし、線引き以前の建物だと再建築は認められる。とはいえ、一平米1万円するかどうかの価格だそうである。
 あと縮小都市の問題である学校についてであるが、生徒が減少しており、小学校一学年一桁でクラス替えもできない状況であったそうである。それまで中学校2、小学校6あったのを2016年4月に統合して中学校1、小学校1にした。一つの敷地の中で中学校、小学校を設けたのである。スクールバスを走らせることで通学難には対応している。統合による子供のメリットとしてはたくさんの生徒がいることである。同窓生の数が増えた方がよい。小中で600人。2クラスぐらいはある。
 高校生だが、下宿をするまで環境は悪くないそうである。ほとんどは自宅から通学するそうである。
 能勢町の問題としては交通が不便であることと、買物が不便であることが挙げられるそうである。要するに生活をすることがどんどん不便となっているということだ。これは、イタリアのスローシティが、人口は少なくても、生活は不便にしていない、ということとは対照的である。それは、効率性やスピード、経済性ばかりを優先した国土政策を推し進めてきているからだろう。たとえば、北海道の留萌線や島根県の三江線が廃線されることが決まったが、地方を活かそうというのであれば、これら生命線を外すという判断というのはあり得ないと思うのである。それは、病人に点滴をするのを止めるようなものである。バスは一時間に一本しか走っていない。車が運転できなくなると移動手段がないのが能勢町の状況である。それじゃあ、豊かな生活を送ることは難しいと思う。
 現在の能勢町は、町内だとスーパーマーケットが一軒だけある。ただ、車がないとここで買物をするのも難しいようである。コミュニティ・バスも導入したが、あまり利用されなかったので、今後はタクシーの迎えのようなサービスを考えているそうである。さらに、能勢町では高齢化が進み、一人暮らしが増えており、今後もどんどん増えていく傾向にある。買物難民は深刻な問題となっているのだ。
 私はこの10年間ぐらい、おもに旧東ドイツの縮小都市の実態、政策などを研究してきたが、ふと日本を振り返ると、日本も同じような課題を抱えていることを改めて認識した。多くの斬新な政策を展開しなくてはならないが、一番、重要なのは地方分権化して、中央政府が都市計画などの権限を譲渡することであると思う。

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(開発から20年以上経っても、まだ空き地が多い分譲地)

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(まったく買い手がいなかった区画もある)

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(ここも空き地が多い)

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(多くの区画が空き地であることが分かる)

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(隣のニュータウンでも空き地が多い)
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エコロジカル・デモクラシーについて考える [サステイナブルな問題]

一般財団法人エコロジカル・デモクラシーの設立記念パーティーに参加した。こじんまりとした会かと思ったら、結構、多くの人が来ており、また数名の知人もいたりして、流石、東工大は違うと感心した。さて、エコロジカル・デモクラシーは私もバークレイで学んだランディ・へスターが提唱するコンセプトである。そのコンセプトというか思想を広く普及させるというのが、この財団法人の目的であるが、エコロジカル・デモクラシーをどう捉えるか、ということで明確なビジョンがないというか、そのコンセプトをしっかりと捉えられていないという印象を失礼ながら受けた。
 ただ、自分もいろいろとプレゼンテーションを聞きながら、考えを整理することができた。私は、ランディ・へスターの考えを雑誌に紹介したり(Bio City No.13)、本でも紹介したりした(『サステイナブルな未来をデザインする知恵』鹿島出版会)ので、まあよく理解している方であるとは思うのだが、エコロジカルとデモクラシーの関係性は、デモクラシーが機能していないとエコロジーは壊される、といった解釈をするのが妥当であると思われる。また、エコロジーがしっかりと維持されていても、デモクラシーが機能しているかというと、それはあまり関係がないと思われる。というのは、人間もエコロジーの部分でしかなく、その人間の社会形態であるデモクラシーもエコロジーの一要素にしか過ぎないからである。ただ、その人間はいわばエコロジーにとって癌細胞的に働く場合があり、そのような癌細胞的に人間社会が作動している状況においては、その社会はデモクラシーでないと考えられる。
 とはいえ、デモクラシーが何か、というとこれはなかなか難しい問題であり、環境を破壊しようという共通認識を社会構成要員が皆、合意すれば、デモクラシー社会でもエコロジカルではなくなる。ということは、むしろデモクラシーという概念の中に、環境倫理的なものを含まなくてはいけなくなる。そうすると、このエコロジカル・デモクラシーという思想においては、デモクラシーの再定義といった壮大な試みが求められるのであるが、パーティーでの説明では、むしろ環境に優しい、地域性や自然を意識したまちづくり、といった思想を矮小化した事例紹介がされたり、エコロジカルの対象として、セイクレッド・ランドスケープ(聖なるランドスケープ)の事例が含まれる説明をされたりして、方向性がしっかりとしていない印象を受けた。ちなみに、私はへスターの「聖なるランドスケープ」というゼミ講義を受講したりしたことがあり、へスターが空間デザインをするうえで、住民のそのような意識を重視するという試みを高く評価するものであるし、それはエコロジカル・デモクラシーという概念の中に含まれるものでもあると考えるが、あくまでソーシャル・エコロジーの範疇に入ることであり、エコロジカルとはまず、ヴァーナキュラーな生態系を先に意識しないと、少なくとも起動時においては議論が発散してまとまらなくなるであろう。ちなみに、へスターがヴァーナキュラーな生態系を意識した事例としては、ロスアンジェルスのワット地区周辺にあるオーガスタス・F・ホーキンス自然公園があり、それはこのホームページに紹介しているので、関心があれば参照してもらいたい(http://www.hilife.or.jp/cities/?p=794)。
 ヘスターのアプローチは常に市民参加である。したがって、デモクラシーがむしろ優先される、ただ、デモクラシーという条件をクリアした後に、エコロジカルなアプローチが加わると、よりコミュニティのアイデンティティが強化され、その場所に対してのコミュニティの帰属意識、スチュワードシップが高まる、ということで有効な方法論であると捉えていると思われるのである。前者のソーシャル・エコロジー的な事例にとらわれていたら、エコロジカル・デモクラシーという上位レベルのコンセプトが見えてこない。
 また、経済開発が環境を破壊するので、経済的なアプローチが悪いといったような説明もされていたが、環境を破壊することは極めて非経済である。原発がなぜ悪いのかというと、それが環境をあまりにも破壊するので、経済的にもまったく見合わないからである。少なくとも長期的にはまったく見合わないので、どこの保険会社も保険商品をつくらないのである。そのような認識の甘さも、ちょっと不安を覚えたところである。
 最後に私が、「Bio City No.13」で紹介した取材記事からヘスターの言葉を引用したい。
「私は公民権運動をサポートすることを目的として市民参加を始めたために、エコロジカルな運動をしていることを知ると奇異に感じる人も多い。しかし、私はエコロジーと公民権運動とは密接な関係があると思う(p.83)」
「コミュニティの人と知り合い、そして周辺の環境を理解することが、サステイナブルな社会をつくるためには不可欠であると思う。環境を知り、コミュニティの一員になれば、無責任は環境破壊はしなくなる。エコ・システムを理解していないから、人々は環境破壊するのである(p.83)」
「環境と社会的公正という視点を持つようになったのは、おそらく私が農家で育ったからだろう。周りの人はおしなべて貧乏だった。しかし、さらに貧乏にならないようにするためには、その土地をよく理解して、よく面倒をみてやることが重要だった(p.84)」
 この最後のコメントは環境と経済が肯定的な相乗関係にあることを示唆している。

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「No War Know Nukes」というキャンペーンの最終イベントを主催した [サステイナブルな問題]

昨日(2016年10月10日)、「No War Know Nukes」というキャンペーンの最終イベントが明治学院大学にて開催され、私は主催者の一人として列席した。このイベントは二つの部から構成され、第一部では、鎌中ひとみ監督の『被爆者 世界の終わりに』を上映した。この作品は個人的には何回も観たものであるが、2003年の作品で多くの賞を受賞しており、福島原発の事故で原発の危険性を広く人々が自覚する以前から、その問題を鋭く映像で報告した佳作である。今回、改めて、低被爆者の恐ろしさを再確認すると同時に、この映画がつくられた後に多くの低被爆者が福島を中心に増えていて、今後、徐々に顕在化していくという現在進行形の恐怖に戦慄を覚えさせられる。
 第二部では、トーク・セッションを行った。トーク・セッションでは、イラクの現場でボランティア活動を実践し、その活動を通じたいくつかの著書も執筆している高遠菜穂子さんをお迎えして、この「No War Know Nukes」のイベントの主催者である鎌中ひとみ監督と映像作家の丹下こうきさんとでクロストークを展開した。イラクで本当に起きていること、そして、そのような本当に現場で起きていることと、我々がメディアで知ることの隔たり、その問題についてじっくりとお話をしていただけた。というか、パネリストの御三方は皆、マシンガントークでまさにクロストークという感じで、聞いている人も会話に引き込まれるといった素晴らしいイベントであった。ファシリテーターは明治学院大学の大学院生である林田光弘君が務めたのだが、彼は若いのに、非常にうまく場を仕切っていて、その手腕にも感心させられた。うちの大学にもこんなしっかりしている学生がいたのか、とちょっと驚く。4時間を超える長丁場ではあったのだが、あっという間に時間が過ぎたというような濃密な時間が展開できた。
 それにしても、川内原発のそばの阿蘇山が噴火をしたり、新潟県知事の選挙も控えたり、また伊方原発の再稼働が可能性を増すなど、失敗から学ばない国、失敗のリスクを軽視する国、日本という状況の中で我々は生きている。そのような状況において、メディアがしっかりと機能していないことが、大きく社会、そして我々が混迷している理由であろう。今回のイベントを契機として、そのような問題意識を再確認し、しっかりと状況を変えていくように努めていくことが必要なのではないだろうか。そのような感想を抱かされた昨日のイベントであった。

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キューバの都市有機農業 [サステイナブルな問題]

 キューバの都市有機農業を視察する。最初に訪れたところは、新市街地が西に行ったところにある住宅地内にある農地であった。カーロスさんという方がもう1人とで営んでいる農地で、レタス、数多くのハーブ、じゃがいもなどを始め、極めて多種多様な野菜をここでつくっていた。キューバの有機都市農業はソ連崩壊に伴う経済危機によって普及をするのだが、カーロスさんはそれ以前から、ここで農業を営んでいたそうである。どこかに卸すのではなく、農地の前に設置された露店で売られている。購入するのはほとんどが近隣の住民である。そして、それで生計を立てることができるそうである。農地の規模はおよそ3ヘクタールぐらいであろうか。
 次に訪れたのは、ローランド・オオエさんという方が営むところで日系二世の人であった。生憎、強い雨が降ってきたので農地ではなくオオエさんの自宅で色々と話を聞かせてもらった。彼はずっとヘリコプター技術士であったが、7年前に農業をすることになる。これは、ヘリコプター技術士では食べるものにも困るからだそうだ。農業をすれば食べることに困らない。ヘリコプター技術士はエリートなのではないですか、と驚く私に通訳をしている方が、「キューバでは医者とか技術者とかのプロフェッショナルが一番仕事とお金がなくて困っているような状況にあるのです」と憤慨するように言った。
 経済が破綻すると、人々は生きていくうえでの最低限の食糧を確保することを優先する。そして、その食糧を提案できるところに数少ない資源が集中される。その結果、ヘリコプター技術士や医者といったプロフェッショナルな人よりも、農家の方がお金を得られることになる。恐ろしく皮肉な事態ではあるが、経済危機というのはそういう状況をもたらすということなのであろう。
 オオエさんの先祖は新潟の新発田の出身だそうだ。彼は我々に珈琲と農地で採れたマンゴからつくったマンゴ・ジュースをご馳走してくれた。マンゴ・ジュースは信じられないくらい美味しかった。新鮮であるからだろうが、よくブラジルとか、ここハバナのホテルで出されるマンゴ・ジュースとはまったく別物の味がした。
 オオエさんは、我々が訪れた時、ソ連製のオートバイを自分で修理をしていた。技術者としては相当の腕を持っているのであろうと推察する。いろいろと難しい問題をキューバが抱えているのは確かであるが、経済危機を都市にて農業を行うことである程度は克服することに成功した。その点に関しては肯定的に評価してもいいと思うし、日本も近いうち、似たような経済危機に直面した時、パニックするのではなく、キューバの経験から学ぶべきであるとも考えた。というのも、我々を歓迎してくれたオオエさんが極めて大らかで、なんか泰然自若としているように見えたからである。私も菜園レベルからでも農業的営みをすべきであるな、と強く思わされた。

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(都市農業の農地)

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縮小都市の研究の傾向について [サステイナブルな問題]

 日本では縮小化が進展している。そこで、縮小都市の他国の事例やその対策などが研究されている。その流れとしては大きく3つに分けられると思われる。1つはアメリカの工業都市、ピッツバーグやヤングスタウン、デトロイトなどの縮小都市の対策に関する研究グループである。政策的にはランドバンクといった空き家をどうするか、という方法論を研究しているケースが多いと思われる。みずほ総研の藤井さんや神戸大学の福岡先生などの流れである。まだ、しっかりと本にまとまったような研究成果はなく、学会の論文でぼつぼつと研究蓄積が積まれつつあるといった印象だ。コンパクトシティの海道先生なども関心をお持ちのようである。
 もう1つは単発の事例研究で、ドイツのライネフェルデ研究やイタリアのトリノ研究が挙げられる。前者は、元明治大学の澤田先生が中核で、後者は龍谷大学の矢作先生が実施されている。ライネフェルデは計画がしっかりしているドイツの中でも異例中の異例の成功例であり、あまり一般性はないが、ストーリーとしては面白い。私が研究しているクリチバのような特異解である。トリノは、都市ジャーナリストとして傑出している矢作先生が注目したことで新書や単行本で紹介されることになり、私を含めて多くの日本人が知ることになったが、例えばマンチャスターやライプツィヒより興味深い事例とは個人的には思えない。矢作さんが研究対象にしたことで、比較的日本では知られることになった事例ではないかと思ったりする。
 そして、3つめのトレンドは旧東ドイツの縮小都市プログラムであるシュタットウンバウ・オスト関連の研究者達であり、自分で言うのは憚れるが私を含めたグループである。東大の岡部先生やその研究室のお弟子さんやコンパクトシティの海道先生などが含まれる。私はこれに関しては学術書を出版したことなどもあり、多少、先行しているのではないかと勝手に考えていたりしている(まだまだ研究不足が甚だしいですが)。
 この3つのトレンドのうち、どれが日本にとって役に立つのか。思想的にはドイツの政策から学ぶべきものが多いと思われる。ただし、政策的にはドイツは極めて民主主義的でしっかりと都市政策を遂行できるが、日本はその点が非常に難しいところがあるのでアメリカのような市場原理至上主義のアプローチの方がしっくりくるかもしれない。ただ、コミュニティの力というかボトムアップのポテンシャルの高さを意識するのであれば、ドイツの事例から学ぶべきことが多いかと思われる。
 どちらにしろ、これから縮小というのは日本にとっては大きな社会的課題となる。アベノミクスの基盤を揺るがす大きな構造変革であり、これまでと経済のルールも変更させられることを強いられる。移民を増やすことをしなければ、確実に訪れる未来であり、そのしっかりとした研究を積み上げることが必要だ。拙著も少しは参考になるかもしれない。
 

ドイツ・縮小時代の都市デザイン

ドイツ・縮小時代の都市デザイン

  • 作者: 服部 圭郎
  • 出版社/メーカー: 学芸出版社
  • 発売日: 2016/04/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



タグ:縮小都市
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フリマ考 [サステイナブルな問題]

最近、二回ほどフリマをした。品川のインターシティのフリマと大井競馬場のフリマである。フリマをしていると、あまりあたふたしない。私には極めてめずらしいことなのだが、ボーッとしている時間が長い。そして、そのボーッとしている感覚が、なんか気持ちがいいのだ。ピクニックをしているような感じ、いや、より近いのは釣りをしているような感じであろうか。私は釣りをしないので、あまり正確ではないかもしれないが、おそらく釣りはこんな感じなのではないか、と思ったりする。釣り竿の代わりに、フリマのグッズを置く。それは、餌のようなものだ。目の前には、魚ならぬフリマの掘り出し物を探して泳いでいる人達がいる。我らが仕掛けた餌を食べようとする人もいれば、ほとんど反応しない人もいる。たまに引っかかりそうになると、釣り竿を引く代わりに、セールストークでこちらの方に引っ張ろうとする。その先は、魚とは違って交渉力のあるお客さんは、もっと安くしろ、だの何かを付け足せ、などの交渉をしてくる。途中でどっちが餌食になっているのかも分からなくなっているが、その交渉自体も楽しんでいる自分がいる。そして、その客がいなくなった後は、また餌に食い付いてくる人がいるのをひたすら待っている。そうか、フリマの楽しみはここにあるんだな、ということに気づく。そののんびりした時間、だらだらと過ぎていく時間を楽しむのは、釣りをしない私にはとても贅沢で楽しく感じられるのだ。

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【品川インターシティでのフリマ(私のゼミ生達)】


タグ:フリマ
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郡上市の石徹白を訪れる [サステイナブルな問題]

 岐阜県の郡上市を訪れ、石徹白まで足を伸ばす。郡上八幡から車で1時間ほどのところである。岐阜県と福井県の県境にあり、ちょっと前までは福井県に属していた。人口は1200人から270人と大幅に縮小した。
 石徹白にIターンで来られた、平野さんという東京大学の修士号を取得され、外資系コンサルや商業開発デザイン事務所などで活躍された超エリートの方にお話を聞かせてもらった。
 白山信仰の集落であり、2700ある白山神社の頂点の一つである。集落は、夏は宿坊、冬は宣教師のようにお札を配っていたりした。信仰を基軸にしていたこともあり、外から来る人達によって維持されてきたという経緯もあり、他者を受け入れやすいという土壌がある。
 2007年に地域づくり協議会というNPOが設置される。平野さんは水力発電をここでやりたいと考え、ここに相談して受け入れてもらった。
 石徹白というと水力発電だろう、と勝手に思っていたが、どうも地元ではそれほど水力発電には関心はなかったらしい。
 2009年に平野さんは協議会の事務局をやることになり、公式HPやカフェの立ち上げの手伝いをされた。
 そして水車を復活させる。この水車によってメディアに載るようになり、移住者も徐々に増えていくことになる。8年間で13世帯、32人が移住してきた。集落の約1割が移住世帯である。移住者は、最初はIターンが多かったが、最近ではUターンも増えている。
 キーワードとしては自治。全戸出資で農協をつくり直し、そして発電所を完成させた。総費用は2億4千万円。しかし、補助金があったので6000万円は出費した。これを100世帯で分担している。地元の人達が何しろ凄い。
 それまでも農業用水の水路に段差があったところで発電をしていた。大正13年に発電所を200世帯でつくったという歴史がある。集落全体に電線までも強いている。昭和30年頃までは、この集落は自分のことは自分でしていたのである。それぐらいの意志決定をこの集落では行うことができたのである。
「皆で一緒に何かやろう、というのがなくなると人口は減っていく」と平野さんは言う。仕事をつくるとか、公的なことをする、とか昔はもっとやっていた。「こういうことをしなくなると、衰退は進んでいく」という平野さんの言葉はとても重く、本質を突いている。
 皆で、何かやろうというので発電所をつくることにした。17人の発起人がいた。これは自治会が中心である。自治会は最高意志決定機関である。大きな事業は自治会で決まっていく。
 もう一つのキーワードは子育てである。田舎暮らしをしたい人には、ここ石徹白より、もっと便利なところに移住することを進めている。ここには仕事がないので、新しく仕事をつくりたい人でないと難しい。地元の人も外の人も仕事をつくっていこうとしているのが石徹白のポイントである。そして、外の人と地元の人を繋ぐのは子供の力である。卒業式は地元の人達がやってきて祝ってくれる。地元のおじいちゃん、おばあちゃんに可愛がられて、子供はここで育っていくのである。
 インターンで若者がやってくるが、彼ら・彼女らは、集落の人達が皆、ライフストーリーを語れる、ということに驚くそうだ。しかも、そのストーリーは多種多様であるそうだ。
 とはいえ、課題は山積みである。まず、山をどうするか。その維持管理費をどうやって捻出するか。高齢者の買い物支援なども問題である。
 しかし、自立的にやっている街、コミュニティは強い。人は履歴書を少しでも格好よいものにしようとして頑張ったり(はい、私です)、退職金の額を気にしたりした時に堕落し、しっかりと生きていけなくなる。そのようなことを気にもしない人達が結束すれば、どうにかなるということを石徹白の話を聞いていて改めて思わされた。

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(ただ、地面に乗っけただけの木造の建物)

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(その内側)

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(カフェにてお話を聞く)

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できるだけ何もしたくない若者が増えている? [サステイナブルな問題]

 最近の大学生をみていて気づいたことは、何もしたくない若者が増えていることである。生きる気力がない、というようなアパシー状態がずっと続いていて常態になってしまったような若者が多いのである。まるで大学四年生まで5月病が続いているかのような感じである。
 最近、私のゼミに入りたがる学生が減っている。それは、私のゼミが忙しいからである。何もしない、あまり勉強しない、そういうゼミに人が集中する。したがって、昔の人気ゼミは人が来なくなっている。倍率が高い中、勝負するより手堅く入れるゼミに応募する。そういう意味では、ゼミには入りやすくはなっているが、それじゃあ何のためにゼミに入るのか。学生達が、大学とかゼミとかを無目的化しているのだ。やる気がない先生のゼミの方が人気がある、というこの不思議。いや、昔からそのようなニーズはあったのかもしれないが、それがマジョリティに現在はなりつつあるような気がする。単に、うちの学部の学生達のレベルが落ちただけかもしれないが。
 このような学生達は、「何もしないことが幸せ」のようである。美味しいものも追求しない。お腹が満たされればいいのだ。恋愛も当然、面倒くさいからしない。生き甲斐みたいなものを追求するという考え自体がうざったいようなのだ。
 さて、そして、このような学生が卒業後、どうするのか。どうも公務員を目指しているようなのだ。一番、楽な仕事と思っているようなのだ。いや、公務員も相当、大変な仕事だと思うのだが。
 まあ、競争心に溢れた鬱陶しい団塊の世代よりはちょっといいかもしれないが、そろそろ、日本が無くなる日も近づいているのかもしれない。

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安倍内閣は「ならず者内閣」!? [サステイナブルな問題]

鎌田慧のコラムで、安倍政権がいかに憲法違反の、とんでも内閣であるかについて書かれている。ここに、ちょっと私の備忘録として記させてもらう。
・ 憲法92条「地方自治の本旨」への違反。沖縄の辺野古地区では、建設工事に反対する人が陸上でも海上でも暴力が国家権力によってふるわれているようだ。この基地反対というのは、翁長知事を始めとした沖縄県民の民意であるが、安倍内閣はまったくそれを認めていない。国と地方自治体は対等であるという憲法92条に反している行為をしているのだ。
・ 憲法9条「戦争の放棄」の違反。新たな安全保障関連法制は明らかに違反。
・ 憲法25条「国民の生存権」。原発再稼働。
これら以外にも秘密保護法や国民総背番号制など、民主主義への挑戦のような施策が勝手に進められている。
鎌田慧氏は、安倍内閣を「ならず者内閣」と名付けているが、確かに国民から豊かさを企業や政治家のために巻き上げる「ならず者」軍団のように思えなくもない。

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松本人志の安保法賛成の論点はずれている [サステイナブルな問題]

ちょっと前の話だが、松本人志が7月19日放送のフジテレビ系「ワイドナショー」に出演し、以下の発言をしたらしい。

http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/18/security-law-hitoshi-matsumoto_n_7826040.html

「戦争反対とか、平和がいいというのは、安倍さんもそう思っていると思う。地球上全員が思っていると思う。
でも、それはわかっているんですが、例えば車を運転していて、シートベルトもしていて、酒も飲んでいない、脇見運転もしていない、法定速度を守っていても、横からや後ろからぶつかってこられることってあるわけですよね。そういう時に、『交通事故やめて』といわれても、『あれっ?』ていう話じゃないですか?今の日本てそういう状況かなって。このままだと、当て逃げされますよ。『ぶつけたら厄介やぞ』と思わせないと、と思います。
しかし、安倍さんのやり方は残念ながら…」

松本人志は安保法案の性格をほとんど理解していないのではないか。それとも理解しているのに、敢えてこういう話をしているのだろうか。産経新聞はこの発言を絶賛しているそうだが、もう完全にマスゴミ化しているな。

安保法案というのは、アメリカという暴走族の手下入りをするようなものだ。したがって、確かにそういう点からは親分がやばいので『ぶつけたら厄介やぞ』と思われるかもしれないが、逆に親分の乱闘に参加させられるようになる。もちろん、現状では特攻隊とかにさせられることはなく、後ろで待機していろ、ぐらいの協力かもしれないが、それまでは、自分が絡まれたり、ぶつかってこられた時ぐらいしか闘わなくてもよかったのが、自分と直接、関係ない(何かと関係あるというこじつけをされて)乱闘にも付き合わされることになるであろう。

安保法案を改正しなくても、「ぶつけたら厄介」ぐらいの自衛権を日本は有している。「ぶつけられたら」文句を言うし、相手の攻撃を武力で排除できる。改正する必要はまったくない。

安保法案を改正する背景にあるのは、第三次アーミテージ・レポートである。このレポートは、「日本が今後世界の中で『一流国』であり続けたいのか、あるいは『二流国』に甘んじることを許容するつもりなのか」といい、日米同盟の強化(やくざの手下入り)を強要してきた。
 まさに暴走族というか、やくざの恐喝のような「日本をなめた」内容で、これを潔く拒むことが一国として「なめられない」ためにも必要であったのに、恐喝に屈したのが安倍政権であり、実際、安保法案改正内容は、ほとんどが、このレポートに添っている。
 今後は、この暴走族というかやくざから、相当、みかじめ金を取られることになる。いや、今でも随分と取られているが、さらに取られる根拠をつくってしまったかなと思う。

松本人志こそが「平和ぼけ」だ。

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ドイツでは他人の話を聞くことで、自分の意見、考えをまとめていく [サステイナブルな問題]

ライプチッヒで知り合いの日本人である大谷悠さんが運営している「日本の家」でシンポジウムをするというので、ライプチッヒまで行き、参加する。参加するといっても、シンポジウムはドイツ語でやられていたので、ちんぷんかんぷんとまでは言わないがついていくのは大変だった。
 さて、テーマはライプチッヒの東地区、に関してである。ちょうど、フライラウム(Freiraum)・フェスティバルがこの地区にて開催されており、この「日本の家」もその会場になっていた。したがって、多くの人達が覗きにきていた。シンポジウムは、偶然、知り合いのハース先生が基調講演をした。私は7月、8月、9月と毎月のようにドイツに来ていたので、ハース先生をはじめ、ライプチッヒの知り合いには大谷さん以外には来ていることを伝えなかったので、かえって気まずいことになってしまった。
 ハース先生の講演の後は、8人ぐらいの人がパネル・ディスカッションのようなことを始めたのだが、実際は司会をのぞくと3人ぐらいしか話をしない。これは、ちょっとよく分からない。ただ、みんな静かに聞いている。こういうことは日本ではちょっと想像できない。もっと、ざわついていて私語でうるさくなる。学生はもちろんだが、大人もそうである(国会が一番、酷いと思う)。また、話しているテーマにもみな、真剣に話に耳を傾けている。
 こういうところで、ドイツの民主主義的な思考が形成されている印象を受ける。他人の話を聞くことで、自分の意見、考えをまとめていく。他人の話が分からなければ、質問をしたり、自分の意見を言って修正を図っていったりする。こういうことは、日本人とかは苦手なのではないだろうか。それは、おそらく集団、組織としての意見をまとめていくという訓練、教育がされていないからであろうか。いろいろと考えさせられる。

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北海道の今の地域の衰退をもたらしたのは鉄道を廃線にしたことじゃないだろうか [サステイナブルな問題]

 北海道の衰退の激しさを前回、書いたが、このような状況をもたらした一つの要因は鉄道を廃線にしたことなのではないかと思われる。鉄道は、駅というノードが核となって、町を構成することになる。特に北海道のように、歴史の浅い町であればあるからこそ、鉄道駅が町の骨格をつくるうえで重要な役割を担ってきたであろう。足寄の町などはまさにそうである。
 また、鉄道は回廊を形成するので、地域の背骨のような軸をつくることに貢献する。いわゆるちょっとした地域軸である。このような地域軸ができることで、通学圏や通勤圏、商圏なども形成することができる。都市が広域化するほど大きくならなくても、この軸があれば、広域圏のような役割を果たすことができる。
 鉄道を廃止して、自動車でそれを代替しようとするのは一見、合理的にみえるかもしれないが実態はそうではない。ということが北海道の衰退の現状をみるとよく分かる。鉄道があれば、駅さえいけば日本中と繋がる。幼稚園児でも高齢者でもお金さえあれば、鉄道に乗れば、鉄道が連れて行ってくれる。独り者の高齢者でも大丈夫だ。一方で自動車はどうであろう。高校生以下は乗れない。高齢者も自分を危険に晒すだけでなく、他人をも晒すことになるのでなかなか乗るのは不安であろう。というか、その前に普通の大人でも運転免許証を取らなくてはならないし、何しろ極めて高額な自動車を購入しなくてはならない。自動車社会というものは随分とお金がかかるものなのである。鉄道があれば、どこかとは繋がっているという安心感を持てる。それが例え1日に1本しか列車が走らないような状況であっても、ないよりはあった方が遙かにいい。鉄道がなくなった地方で、年を取ることの不安は尋常ではないであろう。私の叔母は広島の郊外住宅地にある戸建ての家に住んでいたのだが、70歳を過ぎた頃、自動車でないと用が足せない生活環境に不安を抱き、引っ越せるうちにと広島の鉄道の便利がいい駅そばのマンションに引っ越してきた。広島でさえそうなのである。北海道とかで車依存の生活を年老いてもしなくてはならない不安は尋常ではないであろう。
 そもそも自動車を走らせるためには道路を整備・管理しなくてはらならない。日本は既にアメリカと同額の道路維持管理費を税金で支払っている。道路に金をかけすぎなのである。しかし、その道路を一生懸命整備して、その結果、鉄道はいらないね、と廃線にしたその結果が、驚くほどの人口流出と地域の衰退である。別に道路と鉄道と両方を交通インフラとして整備しておけばいいだけの話だったのである。道路のための高額のトンネルを整備するのであれば、ちょっと遠回りの峠越えをさせて、その浮いたお金で鉄道の運営費に回しておけばよかったのである。そもそもすべての道路事業は赤字である。道路は決して社会的には無料ではないのである。
 足寄は鉄道が走らなくなった駅舎を残しているが、それは足寄の唯一の町らしいランドマークとなっている。その本来の役割を失い、ただのランドマークとなってしまった駅舎には、私は大きな寂寥感を覚えるのである。鉄道がなくなった足寄の町は地理的アイデンティティを喪失し、根無し草のように荒漠なる北海道の大地を彷徨い、その拠り所を探しているようにも思える。そのような町で生活していくのはさぞかし不安であろう。そして、そのような町や村は鉄道の廃線と同時に、北海道に大量に生み出され、徐々に町と村自体をも喪失させていくのではないだろうか。

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(旧足寄駅)

 阿寒湖のそばにある雄別炭鉱にも足を伸ばしてみた。1896年に石炭の採掘を開始し、1923年に雄別炭礦鉄道が開業してから人口は増加。1950年代には雄別と隣の布伏内と合わせた人口は1万2000人ほどあり、これは当時の阿寒町人口の6割を超えた。しかし、その後、炭鉱は閉山し、企業城下町となっていた集落群は無人地帯となり、現在の雄別の人口は0人、布伏内でも500人しかいない 。

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(雄別炭鉱)

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(雄別炭鉱)

 現在の雄別炭鉱はジャングルのような森の中に、昔の炭鉱跡がぽつぽつと散見されるような状況である。まるで「ラピュタ」のような世界である。ここに旧阿寒町人口の6割も住んでいたとは想像もできない。ただし、北海道を車で走っていると、ゴーストタウンになる一歩手前のような集落を多くみかける。雄別炭鉱などの産業構造の転換によって地域経済がほぼなくなってしまったところは致し方ない側面もあるかもしれない。しかし、そこに人が住むことで生じる産業もある。都市が発展するきっかけとなった産業が衰退しても、他の産業にうまくシフトすることができた事例も少なくない。ただし、それはしっかりとした交通ネットワークを有していることが必要条件であろう。そして、その交通ネットワークとは鉄道であると思われるのである。
 留萌線が廃線されるという噂も聞く。留萌という町を残したいのであれば、これは極めて誤った判断である。足寄の町をみれば、それは一目瞭然であると私は思う。
 
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養老鉄道を廃線にしようとする愚かな考えを糾弾したい(1) [サステイナブルな問題]

 養老鉄道についてちょっと勉強する機会があった。
 養老鉄道という三重県桑名市と岐阜県大垣市、そして岐阜県揖斐川町とを結ぶ延長57.5キロメートルの鉄道路線がある。駅数は27駅であり、沿線自治体は7市町村。養老鉄道を経営するのは養老鉄道株式会社。本社は岐阜県大垣市にある。株主は近畿日本鉄道株式会社であり、完全な近鉄の子会社だ。
 この養老鉄道を「公有民営方式」か「廃線」の二者択一を近鉄は大垣市に昨年、申し出た(2015年8月23日中日新聞)。近鉄と県、沿線の7市町村の話し合いが続くが、具体的な解決策は見出せていない。
 公有民営方式というのは、車両は線路などを自治体が保有するが、経営は鉄道街者側が行うという方式である。現在、年間収入が10億円、年間支出が19億円で赤字額9億円のうち近鉄が6億円、自治体が3億円負担している。中日新聞は公有民営方式にすると、「沿線市町の負担額が大幅に増えるなど課題も多い」としているが、鉄道を保全しようとするなら、沿線市町が負担するのは極めて当然のことだと思う。一方、近鉄が6億円の赤字を負担し続けることはおかしい。もし、養老鉄道を保全したいのであれば、自治体がそれ相応の負担をするべきである。
 さて、その理由を述べる前に幾つか、鉄道の世界的というか先進国の常識を整理する。
 基本的に鉄道の運行経費を運賃収入で賄えると考えていることは、まったく間違っている。日本は奇跡的に、山手線や中央線、関東関西の大都市圏の私鉄で、鉄道事業が黒字を出しているが、これは世界的には奇跡としかいえない現象である。私はカリフォルニア大学バークレイ校の大学院で世界的に著名な交通計画の専門家であるRobert Cervero氏の交通計画の講義を受けていたことがあるが、彼が「公共交通が黒字であることはあり得ない」と言ったので、「先生、それは間違っています」と発言をし、その時、先生は「何を言ってるんだ、ワッハッハッ」と笑い飛ばしたのだが、さすが世界的に著名なだけあって、講義後、私を呼び出して「お前の言っていたことは本当か」と聞いてきたので、「本当です」と私は頬を膨らませて答えたら、「ちょっと私の研究助手をしてくれ」と言ってきた。お金に困っていた私は喜んで、彼のオファーを受け、「縦の物を横にする」作業をした。彼はその後、私の調査結果を踏まえて、『Transit Metropolis』や『Transit Villages in 21st Century』といった著書で東京の交通計画のことを記述する。もちろん、私への謝辞もしっかりと書いてもらっている。ちなみに、数年後、同じバークレイに留学をした日本人から、「Cervero先生は日本の交通のことに私等日本人留学生より詳しいんです」と私に述べたりしたが、なんてことはない、それは私が入れ知恵をしたからである。いや、話が長くなってしまったが、言いたいことは公共交通で黒字経営を強要するような考え自体が世界的にみると本当に異常である、ということが言いたかっただけだ。
 ちなみに日本人が大好きなフライブルクのトラムも大体運賃収入では5割程度しか回収できないし、これは私が取材をしたから確かだがシュツットガルトでさえ3割しか回収できていない。同じように自分が調べたアメリカのポートランドのトラムは1割である。まあ、ポートランドは1995年に調べたので、その後、ネットワークも拡張したので、この数字は多少、よくなったかもしれない。
 それに比して、例えば日経新聞がこっぴどくその赤字を以前、批判していた多摩都市モノレールは8割を回収できていた。
 日本の公共交通は世界的には信じられないくらい優等生なのである。
 このように先進国では、公共交通は赤字であるというのが前提であるので、当然、そのインフラ整備・インフラ管理は補助を受ける。そして、上下分離も積極的に進められている。アメリカはISTEAとそれを引き継いだTEA21という法律のもと、その基盤整備には連邦政府の道路予算からの補助を受けることが可能となった。しかし、運営費での補助はされないことから、その運営費の赤字分はその整備を考えている自治体が住民投票で、赤字を補填するために消費税を上げることの是非を判断した。ダラス市などは、住民投票でそれを是として、DARTが整備されたのである。
 そもそも、公共交通は黒字経営を期待されているが、同じ社会基盤である道路は100%赤字の公共事業である。赤字事業であるのが前提であるから、いらない道路がどんどんつくられるのに対し、赤字を出すことが許されない鉄道事業が、地域が必要であると切に願っているのに廃線にするというのは、公共政策として根本的に間違っているのではないか。というか、鉄道という圧倒的な社会基盤を公共政策の範疇に組み入れられていない現状がおかしいのではないだろうか。
 養老鉄道はその利用者が随分と減っているとはいえ、その年間利用者は600万人を越える。一日当たり2万人弱が利用しているのである。これが廃線になった場合の社会的損益の甚大さを考えれば、それを税金で負担することなどある意味で当たり前であると思われるのだが、そのような当たり前であると思われることが当たり前にいかない。まあ、当たり前だと思われることが当たり前に行われないというのは、現在の日本社会の特徴であるので、まあ、またかという感じだが、何が養老鉄道の問題を複雑化させているのであろうか。
 大雑把ではあるし、多少、無責任かもしれないが、次の3点がネックになっていると思われる。
1)7市町村の温度差:自治体によって、養老鉄道を存続させようという意志の強弱の違いがある。特に重要な結節点である大垣駅を抱える大垣市が積極的ではない。養老鉄道がいかに大垣市にとって重要であるか、ということが理解できていないのは残念至極であるが、まあ、そのような状況であるらしい。養老鉄道の大垣市における重要性については、また後日、このブログに記したいと思うが、沿線自治体の足並みが揃っていないのが、大きなネックである。
2)近鉄のえぐさ:近鉄は公有民営方式を主張している。赤字であれば、沿線自治体等に完全譲渡すればいいのだが、それはどうも嫌らしい。しかし、養老鉄道株式会社という近鉄子会社の社長は、近鉄のお偉いさんで、養老鉄道ではなく近鉄に常に目が向いている。養老鉄道のような地方鉄道は、地域を向いて、地域の利用者のことを考えて運営すべきである。赤字を負担するのは嫌なのはよく理解できるし、負担する必要もない。それなりの妥当な価格で、完全譲渡をし、近鉄という会社ではなく、沿線の自治体を見て、経営する会社を新設すべきであるのに、それをさせてくれない。この会社のえぐさが、養老鉄道の真の再生を妨げていると思われる。
3)社会基盤としての鉄道の過小評価:これは、別に養老鉄道だけでなく、日本全体にいえることだが、社会基盤としての鉄道があまりにも過小評価されている。先月、ユーロレイルでヨーロッパを移動した。特に、私の研究テーマであるドイツの人口縮小都市をめぐったのだが、人口1万人程度のところであれば、すべて鉄道でアクセスすることができる。しかも、結構、しっかりとネットワーク化されている。最近のドイツの鉄道は、人口縮小地域においても新規参入が増えている。ドイツ鉄道のサービスの悪さ、という点をついたサービス水準の高い鉄道運営で、新たなマーケットを獲得している事例もある。そのうち、調べてみようと思っているが、北海道は鉄道を廃線にしたところほど、その衰退が激しい印象を受ける。高齢化が進展していく中、自動車に過度に依存した地域の衰退は必至ではないだろうか。本当に地方は鉄道を廃止する覚悟があるのか。大垣市のように鉄道の結節点であるがゆえに、人々を集客し、それなりの商業発展をしてきた都市が、その結節点という優位性を放棄する覚悟が本当にあるのだろうか。ビジネスホテルの営業という点からは随分とマイナスになるということに皆、気づかないのだろうか。
 この3つのネックは、すべて養老鉄道に起因する問題ではなく、政治的な問題だったり、企業のエゴイスティックな企業風土の問題だったり、または人々の勉強不足による誤解であったりしている。そのような問題で養老鉄道が廃線になるというのは不合理であり、不条理である。これが廃線になることは、沿線地域だけでなく、日本社会にとっても大きな損失になることに気づいた。養老鉄道に関して、ちょっと勉強をしたいと考えており、また仮説等をこのブログで発表したいと思っている。

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