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『ラーメン食いてぇ!』 [映画批評]

映画『ラーメン食いてぇ!』を観る。二人の美貌若手女優が祖父のラーメン屋を引き継ぐための修行をする、というのがあらすじだが、若手女優の大根役者ぶりがなかなかで、ちょっと学芸会の演技を観させられているような感じだ。とはいえ、シナリオ的に演技をするのも難しいところもあるとも考えられるので、これはシナリオも大根であるということだろうか。主人公の祖父のラーメン屋の美味しさの秘訣みたいなものが、茹でる時間を見極める「食欲」と中央アジアの「岩塩」という設定もまったく説得力がない。ということで、なんか面白くない映画を観ちゃったなあ、というのが率直な感想だが、唯一、この映画のいいところは、若手女優二人が相当、可愛いということである。特に主人公の中村ゆりかの美貌は日本人離れしている。どうも日本人と台湾人とのハーフということのようだが、まあ彼女を眺めたいというニーズがある人には悪くないかもしれない。相方の葵わかなもキュートなので、それも見所かもしれない。まあ、この映画のシナリオや演技にとやかく言うことが、野暮ったいだけかもしれないな。


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山形の人はやはりラーメンをよく食べるようだ [地域興し]

日本人が外食でラーメンを食べるのは年平均で5.1回。ラーメン好きにはちょっと少ないかなと思う数字だが、これは赤ちゃんからおじいさんまで含めての数字だ。都道府県でこの数字をみると、もっとも多いのは山形県である。山形県の人は11.4杯、外食で平均食べるそうである。日本人平均の2倍である。これは、山形県ではお客さんが来るとラーメンを店屋物で頼むという習慣があるからだそうだ。
 さて、そういうこともあって山形県鶴岡市を訪れ、こちらの大学院生と話をする機会があったので、「ラーメンってよく食べますか」と尋ねてみたら、「食べる、食べる」との回答。二人に聞いたのだが、二人とも週に3回は食べる、とのこと。これはもちろん外食以外を含めての数字だが、相当のラーメン消費量である。
 また、「店屋物だとラーメン延びて美味しくないじゃないですか」と聞くと、慣れているから平気、とのこと。というか、店屋物のラーメンが普通だと思っていたので、この店屋物を頼んでいたラーメン屋に行って食べた時の味の違いにショックを受けたそうだ。
 いろいろと驚く私に、でも鶴岡はそれほどラーメンは食べない。山形(市)はもっと食べるとのこと。今年の冬にラーメンまちづくり課のある南陽市を訪れて、山形県民のラーメン愛についていろいろと役所サイドからは聞かされたが、実際の県民に聞いて、確かに山形県民のラーメンへの愛情は半端ないことを知る。
 

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アメリカのジャーナリストを感動させた淡路本町商店街 [商店街の問題]

私がカリフォルニア大学バークレイ校の大学院で都市デザインを勉強していた時のこと。1993年とか1994年の話なので、もう25年以上も前の話だ。あるアメリカ人のジャーナリストの取材を受けた。彼は日本の商店街に大変、興味を持っており、なんで日本人はあのような素晴らしい公共性の高い商業空間をつくることが出来たのだ、と私に尋ねてきたのだ。私は、その当時は商店街の価値をあまり考えたこともなかったので、面白いことを言うなあ、と思いつつ、何でそんなに素晴らしいと思うのかと逆に質問をしたりしていた。その理由として、歩いて買物が出来ること、ソーシャライズする空間であること、そして個店が多く地域の個性なども反映していること、などを彼は挙げた。
 確かにそうだな。ジェイン・ジェイコブスが指摘しているような条件を日本の商店街は有しているな、と私も納得し、彼との話も弾んだ。しかし、当時でも、彼が掲げるような状況を満たしている商店街は少数派である。一体、どこの商店街を知っているの?と尋ねると、大阪の淡路本町商店街である。私は淡路が阪急電鉄の乗り換え駅であることは知っていたが、降りたこともなかった。ただ、彼とのこの会話から淡路本町商店街という名前は私の記憶に深く刻まれた。
 そして、土曜日の今日、私は船場に用事があったので夕方、出かけ、その帰り道。阪急京都線で京都に戻ろうとしていたら、淡路駅に電車が止まった。特急にここで乗り換えた方が早いということでホームを降りたら、目の前に淡路本町商店街。これは、降りるでしょう。ということで、駅を降り、ざっと往復した。アーケードがあり、その長さも伏見の大手筋商店街並みなのではないか。そして、アーケートから横に入った横道や路地にも店が張り付いている。個店も多く、なんとアーケードのあるところは二階にも一階と違うお店が入っている。これはなかなかの店舗密度だ。なんと2017年5月まで、映画館も営業していたそうだ。おそらく、アメリカ人のジャーナリストが奥さんの実家であるこの淡路に住んで、商店街に通っていた時は映画館にも通ったのかもしれない。そりゃ、こんなヒューマン・スケールの空間で映画館まであれば驚くだろう。
 ということで、まったく予定していなかったのだが、淡路本町商店街にようやく訪れることができた。私はこのエピソードは雑誌のエッセイとかにも書いたことがあるかと思う。確かにアメリカ人ジャーナリストを感動させるような空間の名残は十分、まだ漂っていた。
 気になるのは、こういう商店街の社会的意義などをしっかりと日本では理解されていないことだ。そして、消費者もその実際の有り難みをあまり分かっていないように感じる。ちなみに、私は肉類と魚類はまずスーパーで買わない。これは商店街の店の方が質が高く、コスパが優れているからだ。野菜はスーパーで買うが、これはいい八百屋が近くの商店街から消えてしまったから、仕方なく買っているだけである。商店街が近くにある人はラッキーである。そういうことをもっと理解して、正当に感謝しないと、本当にスーパーでしか物が得られない貧しい消費環境になってしまうぞ。

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ゴールデンステート・ウォリアーズ、第六戦にて散る [スポーツ]

1勝3敗という崖っぷちに立たされたウォリアーズ。敵地での第五戦をものにして、ホームでの第六戦。これは、来季からサンフランシスコにホームを移すウォリアーズにとっては、オークランドのオラクル・アリーナ最後の試合でもある。最後の試合は流石に有終の美を飾るのではないか、と期待して、またまた約600円を払ってインターネットで試合を観戦する。オラクル・アリーナは何回か行ったことがある。マイケル・ジョーダンやチャールス・バークリーを観たのもオラクル・アリーナである。その時は、本当にゴールデンステート・ウォリアーズは酷いチームで、ティム・ハーダウェイとクリス・ムリン、ラトウエル・スプリーウェル以外はもう応援する気も失せるような状況であった。とはいえ、それでも本場のNBAの試合を観るのは楽しかった。当時は今よりずっとチケットも安かった。この個人的にも思い出のあるオラクル・アリーナでの最後の試合。是非とも勝って欲しいと願いながら観ていた。
 さて、試合は初っぱなからカイル・ローリーが絶好調でばしばしとシュートを決める。しかし、これだけ彼が絶好調であるにも関わらず、ウォリアーズはつかず離れず点差を広げさせない。これはクレイ・トンプソンが絶好調であったからだ。カリーの調子が今一つであるのと、またターンオーバーが多いのは気になったが、第3クォーターには、これはもうウォリアーズが試合をものにするような勢いがあった。
 ところが、第三クォーターで大悲劇をウォリアーズが襲う。今日、絶好調であったクレイ・トンプソンがダンク・シュートをしようとした時、ファールをされ着地に失敗をして膝を酷く痛めたのである。トンプソンは120以上のプライオフの試合に出ているが、出場できなかったのは今回のラプタース戦の3戦目だけという、非常に怪我に強い選手であったこともあり、この怪我は本人にはもちろんのこと、チームにとっても衝撃的な事件であった。トンプソンは痛む足を引きずりながらもフリースローを二本決めて、退場すると二度と試合に復帰することはなかった。ほぼ、快復に一年ぐらいかかると見込まれる怪我のようだ。
 落ち込むウォリアーズであったが、それでも試合は最後の最後まで行く末は分からないほど健闘する。ただ、最後の1分の攻撃でカレーのシュート・ミスによって万事休す。3連覇することは叶わなかった。
 さすがに、ケビン・デュラントとクレイ・トンプソンという二大スターを欠いては、あまりにもトロントが強かったということか。トロントにはカワイ・レナード、カイル・ローリー、マーク・ガソルというオールスターに加えて、彗星のように登場したカメルーン人のパルカル・シアカム、オール・ディフェンシブ・チームのサージ・イバカなど手強い陣容を揃えている。二人の穴を補うことはちょっと難しかったかもしれない。
 ここは素直にトロントの優勝を祝福し、また将来でのウォリアーズの活躍を期待しよう。ケビン・デュラントとクレイ・トンプソンは二人ともフリー・エージェントであるので、特にデュラントはウォリアーズを出るのではないかとマスコミなどは騒いでいたが、逆に、今回負けたことで、また1年間はリハビリテーションに費やさなくてはいけないことからも、むしろウォリアーズに残留する確率は高くなったかもしれない。二人ともチームに残ったとしても、来年は出られないので、来年はなかなか厳しい雌伏の年になるかもしれないが、27年近くウォリアーズのファンをしているものとしては、プレイオフに出てくれているだけでも本当有り難い、というか応援し甲斐がある。来年は例え優勝できずとも、再来年の優勝を展望し、しっかりとチーム作りをしてもらえればと思う。
 
 

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若者は商店街に行かないことを知って、商店街のおじさんはたいそう驚いた [商店街の問題]

大学そばの商店街にゼミ生達と訪れ、そこの商店街のおじさんにいろいろとお話を伺う。私からすると美味しいパン屋さんも数軒あり、なかなか味のある商店街かなと思うが、ここにいる方からするといろいろと大変なようだ。さて、そこでうちのゼミ生10人に、商店街に行くかどうか尋ねたら、全員が行かないと回答した。買物は皆、スーパーマーケットとかでするらしい。淡路駅が最寄り駅の学生もいて、この学生とかが商店街に行かないのは本当、私は理解できないが、千里ニュータウンとかに住んでいる学生などは選択肢がない(近隣住区でつくられた吹田市ではなく、豊中市側に住んでいる)ので、これは致し方ないかもしれないが、その結果を聞いて、商店街のおじさんは腰を抜かすように驚いていた。
 まあ、私もちょっとゼミ生の買物行動には驚いたが、若者はもう商店街とはまったく別次元のところで、それと無関係に生活をしている。商店街は消費の場として、若者にまったくアピールできていないのかもしれないと考えると同時に、若者は消費者としては相当、未熟で広告にも弱く、自分で考える力が弱いということもある。ここらへんの若者を惹きつけるような戦略を商店街はもっと立てた方がいいな、と思ったりもする。
 私とかは若者とは逆に、イオンとかにはまったく行かないからね。これは、欲しいものが売っていないからであるが、もしかしたら、そのこと自体が私がおじさんである証左なのかもしれない。

タグ:商店街
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千里ニュータウンを訪れ、そこに欠けているのは、記憶を次代に継承する装置と工夫であると感じた [都市デザイン]

千里ニュータウンを訪れた。千里ニュータウンは日本最初のニュータウンであり、世界最初のニュータウンであるロンドン郊外のスティーブニッジが街開きをした1951年からわずか7年後の1958年に開発が決定されている。フィンランド(タピオラ)やストックホルム(ヴァリングビー)には遅れを取ったが、フランスのニュータウンには先んじて開発が決まる。ヨーロッパ諸国と比べても、戦後それほど時間が経っていない時期にニュータウンというコンセプトを導入したという日本、というか大阪府の先見性は驚くべきものがある。
 また、高蔵寺ニュータウンや多摩ニュータウンに先んじて住民人口が減少した千里ニュータウンであるが、2010年には底止まりして、再び人口が増加へ転じている。既に6割近くの建物が建て替えをしており、日本最初のニュータウンである千里ニュータウンは、人口減少、建替問題、人口減少の増加への転換など、ニュータウンが抱える諸課題に、否応なくすべて最前線で取り組まされてきた。
 千里ニュータウンをざっと一回りして、思ったのは人々の街への思いのようなものを物語化させる工夫が欠けていることである。現在でも南千里駅には、吹田市の「千里ニュータウン情報館」という施設があり、これは街のアーカイブとしては極めて意義があると思う。しかし、千里ニュータウンという日本最初のニュータウンにおいては、その都市計画史の中での重要な考えの次世代への継承であり、それは重要な建築物や空間の保全である。人類史上最初の田園都市レッチワースには、博物館や記念館、街のグッズなどシビック・プライドのようなものが醸成されているのだが、そのようなものは日本最初のニュータウンである千里ニュータウンには不足している。
 都市に必要なものは、空間という「器」とそこで生活する人という「魂」であると考える。ニュータウンは出来た時点は仏像を作ったようなもので、そこに「魂」を入れるのは、そこに関わり、生活していく人々である。そのためには、人々が「魂」を積極的に入れたがるような都市であることが求められる。「千里ニュータウン情報館」だけではまだ不足している。
 都市にオーセンティシティをもたらすものは歴史と最新性であると言及したのは世界的に著名なニューヨーク市立大学の都市社会学者、シャロン・ズーキンであるが、ニュータウンはつくられた直後は最新性というオーセンティシティを有するが、それは徐々に失われていく。一方で、歴史がないため、「最新性」というオーセンティシティを維持するために、更新・再開発に前のめりになりがちだが、日本最初のニュータウンという肩書きをもつ千里ニュータウンは、つくられて50年以上経った現在、徐々に歴史というオーセンティシティを着床しつつある。千里ニュータウンには日本最初の○○、というものが多くある。日本最初の近隣センター、世界初の自動改札機実用化、医者村。また、これは推測の範囲を出ないが、建築物もそれなりにユニークなものがある筈である。
 これらをしっかりと保全しつつ、改修することによって、スクラップ・アンド・ビルドをするのではなく、歴史都市のようなアプローチでの街づくりの視点も今後、指向すべきである。レッチワースもたかだか100年ちょっとの歴史であるが、その都市の「魂」のようなものがしっかりと訪れるものにも分かるような形で、街中に息づいている。千里ニュータウンには残念ながら、そのような痕跡があまり見受けられない。もったいないことだと思う。団地なども一挙に改修するのではなく、一棟を公共用の利用をするような施設として残すなどして、その街の記憶を次世代に残すような工夫をすべきである。これはレッチワースだけでなく、アメリカのニュージャージー州のラドバーン、メリーランド州のグリーンベルト、ドイツのザクセン州のヘレラウ、ノルドライン・ヴェストファーレン州のマルガレーテンヘーエなどといった都市計画史的に重要なコミュニティでは当然のようにやられていることである。
 そのような取り組みは、住民にとって、シビック・プライドを醸成するような効果をもたらすだけでなく、都市計画に対する人々の関心をも高めることに寄与することになると期待される。千里中央公園にある展望台などは是非とも重要なランドマークとして将来に向けて保全してもらいたいものである。

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鶴岡市に来て、コンパクト・シティへ対する違和感の要因がちょっと明らかになる [都市デザイン]

鶴岡市に来ている。鶴岡市はコンパクト・シティを推進している。私は以前から、日本のコンパクト・シティ政策には相当、違和感を覚えていた。この違和感は、20年ぐらい前、コンパクト・シティが注目された直後から覚えており、『日本の都市はそもそもコンパクトである』といった論文をビオシティに寄稿していたりした。
 その後、コンパクト・シティのブームをつくり出した著書『コンパクト・シティ』の著者である海道清信先生と親しくなり、一緒に海外調査など出かけていくようにもなった。そこで、この私のコンパクト・シティへの違和感を彼に伝えると、彼もどうも政策レベルではおかしなことになっているような印象を受けると言う。そういうこともあり、ちょっと時間があればこのコンパクト・シティ政策の分析をしなくてはと思っていたりするのだが、時間がなくてなかなか手が付けられていない。
 そのような中、鶴岡市に来て、私が違和感を覚える原因がちょっと見えてきた気がした。鶴岡市は人口13万人。戦災を回避したこともあり、絹産業と日本酒とで戦前に築き上げられた豊かさだけでなく、モータリゼーションが進む以前の空間構造も残っていた。コンパクト・シティを進める上では好条件を有している都市といえよう。
 ただし、その交通主体は圧倒的に自動車である。鉄道駅はあるが、単線の羽越本線のみである。バスはあるが、黒字路線は空港線と羽黒山に行く二路線のみ。いや、黒字路線があるだけ素晴らしいと言うべきか。とはいえ、これら市民以外が使う路線だけが黒字ということは、市民の足となるバス路線はすべて赤字ということであろう。これは、市民は圧倒的に自動車で移動するからだ。
 自動車の移動に望ましい都市空間は低密度で広域に展開するものとなる。アメリカの戦後、発展した都市がまさにその典型である。世界で最初の高速道路を通したロスアンジェルスを嚆矢とし、フィニックス、タンパ・ベイ、ヒューストン、ダラス、インディアナポリスといった都市群である。それは、自動車で依存することを前提とし、その移動効率、土地利用効率を考えると極めて理に適っている都市構造である。そして、エネルギーを大量に消費する。土地に占める道路率は高い場合は6割にものぼる。これは、駐車場も道路に含めた数字であるが、自動車は何しろ土地を多く使用するので、その利用を最大限に活かそうとするとそういう数字になるのだ。
 自動車で移動するという前提で都市の構造を考えると、コンパクト・シティは極めて不適であるし、人々のニーズにそぐわない。
 コンパクト・シティは土地を効率的に活用し、移動エネルギーを少なくし、また高密度化することで人々の交歓する機会を増やすなど、多面的なメリットがあるが、それは自動車利用を削減させることとセットで進ませるべきことである。逆に言えば、この二つの目的、つまり都市構造のコンパクト化、脱自動車を両方とも目指すことで始めて実現できるものである。
 にも関わらず、日本のコンパクト・シティを目指している都市は、脱自動車にはまったく力を入れられていないのではないか、ということを鶴岡市で私は感じ取ったのである。そして、それが、日本のコンパクト・シティ政策への私の違和感であることに気づいた。
 まあ、気づいても、それを論証するための時間があまりないのだが、長期的にこのテーマには取り組みたいと考えている。

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ウォリアーズ対ラプタース第5戦は歴史に残る試合であった [スポーツ]

NBAファイナルのウォリアーズ対ラプタース戦、第5戦。ウォリアーズは1勝3敗と崖っぷちに追い込まれた。ウォリアーズが崖っぷちに追い込まれたのは、3年前の2016年のコンフェレンス・ファイナルで1勝3敗で迎えたサンダース戦の3試合、3勝3敗で迎えたキャバリアーズ戦、昨年のコンフェレンス・ファイナルでのロケット戦の6試合目と7試合目と滅多にない。最近はちょっとウォリアーズの試合はダイジェスト版でしか見ていなかった私も、今日は観なくてはということで、6ドル支払ってネットで鑑賞することにした。
 ただ、新幹線で移動中で見たので、乗り換え時とかは見れなかったり、トンネルに入ると観れなくなったりして、ストレスを感じながらの観戦となった。
 さて、この日は懸案事項であったケビン・デュラントが出場。ここで勝利をたぐり寄せてくれれば、まさに大ヒーローになるなと期待をする。第一クォーターでは、デュラントの活躍もあり6点差でラプタースをリードして終了。デュラントはその素晴らしいシュート力によって、貢献する。 3ポインターを3本決めて11点を取る。これは、1勝3敗からの大逆転もあるか、と期待が高まる第二クォーターに悲劇が起きる。デュラントがディフェンダーを躱そうと素早い動きをすると、それについていけなかった足首が悲鳴を上げる。足首を抱いて倒れ込むケビン。そのまま退場する。想像を絶した悲劇で、まるで漫画のようだ。
 暗雲が急にたれ込めるエア・カナダ・センター。デュラントが不在ということもあるが、アキレス腱を痛めたとなれば、選手生命でさえ危ぶまれる。NBAを代表するスーパースターの大怪我ということで、これは世界中が悲嘆に暮れる様な事態である。ケビン・デュラントがこの試合に出場したことは、とても大きな意味を持っていたと思う。というか、このような結果になったら、その判断は失敗であると捉えられても致し方ないかと思うが、もし、出場せずにウォリアーズが敗退し、その後、フリーエージェントで他チームに行ってしまったら、あまりにも後味が悪くなるからだ。そういう意味で、彼が出場したことは、私としてはむしろ当然の判断であるかと思うし、ケビン・デュラントの人々の評価も大きく変わったのではないかと思っている。それは、自分のことを犠牲にしてもチームのことを考える選手であるということを広く知らしめたからである。出場した時には、アキレス腱を痛めることになるとはとても思えなかったであろう。そして、デュラントのこの行為はサムライ魂を彷彿させるので、日本人の私としては心を揺さぶられた。とはいえ、ケビン・デュラントの退場は、ゴールデンステート・ウォリアーズのファンとしては、まさに絶体絶命のピンチである。ケビン・デュラントを失い、さらにファイナルからの敗退ともなれば、まさに悲劇が悲劇を呼ぶような状況となる。
 これは、大変だと手に汗を握りながら画面に食い入る。ラプタースは猛追をするが、ウォリアーズも点を取り、なかなか点差を狭めさせない。ブギー・カズンスの活躍などもあり、第二クォーター、第三クォーターともに両チームの得点は同じ。しかし、第四クォーターになると、それまでシュートが入っていなかったカワイ・レナードがばしばしとシュートを決め始める。怒濤のような攻撃から、残り5分13秒に逆転される。それからはリードをずるずると広げられ、残り2分50秒では6点差。103対97である。これはアウェイであることを考えると、もう万事休すという状況だ。
 ここで京都駅に到着する。そのまま駅で見続けようかとも一瞬、思ったが、ペナルティなどで時計を止めるような戦略を遂行されたら、会議の時間に間に合わないので、泣く泣く降りて地下鉄に乗る。
 さて、大学の研究室に入って、その敗戦を受け入れる覚悟でネットに繋ぐ。試合結果は105対106。へーっ、結構、ウォリアーズは頑張ったな、と思いつつ、それにしてはラプタースの狂喜乱舞している写真がアップされていないな、と訝しむ。そこで、えっ!もしかしたら勝ったのかと思い、急いで試合結果を再確認すると、なんとウォリアーズが勝利しているではないか。
 試合をもう一度、見直すと105対106という状況で、カイル・ロウリーが逆転のシュートを打つときにドレイモンド・グリーンが絶妙なディフェンスをし、シュートは外れる。これは、解説のアイゼイヤ・トーマス、ティム・バットラー等が絶賛した大ファインプレイであった。
 ケビン・デュラントのアキレス腱負傷は大変なショックではあるが、このウォリアーズの勝利は、歴史に残るようなものであったのではないだろうか。私は最後まで見ることは出来なかったが、私の記憶に長い間、残ることになることは間違いない。最終的に大逆転勝利をしたら、それはもうウォリアーズ史に永遠と刻まれるような勝利となるに違いない。
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鶴岡からもっとも早く帰京する方法 [地球探訪記]

鶴岡から帰京するうえで、私はレンタカーで奥羽本線の新庄駅まで行き、そこから山形新幹線で東京まで行くのが最短であろうと勝手に考えていた。しかし、実は、羽越本線の特急に乗って新潟経由で戻る方が早いことを鶴岡の人に聞いて知った。鶴岡からレンタカーで新庄駅まで行くのに1時間かかるので、もう圧倒的に羽越本線、上越新幹線の方が早い。やられた、というか意表を突かれた。悔しいので備忘録として、またもしかしたら、この情報が参考になる人もいるかもしれないので、ここに記しておく。

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蔵王山(日本百名山37座登頂) [日本百名山]

鶴岡市に月曜日に用事がある。ということで、日曜日に蔵王山に登ってから鶴岡市に向かうことにした。早朝、蔵王に向かおうとしたが、始発に乗る時間に起きれる自信がなかったので、土曜日の夜に白石蔵王にまで向かう。駅そばのホテルに泊まり、レンタカー会社が開業する8時ちょうどに車を借りて蔵王山のトレイルヘッドでもある刈田峠に行く。道は結構、幅が狭いワインディング・ロードで刈田峠の駐車場に着いたのは9時30分近くであった。ちなみに、この刈田峠の駐車場に入るには540円を支払わなくてはならない。
 さて、刈田峠周辺は霧が出ており、お釜もまったく見えなかったが、しばらく登山をすると霧も晴れ、緑色の見事なお釜を望むことができた。この緑色は抹茶色であったが、隣でそれを見ていた人は、今日は抹茶色だが、エメラルドグリーンになったり、色々と天気によって変わると説明してくれる。ちなみに抹茶色の時は珍しいようだ。
 その後、活火山特有の岩と砂、時々ちょっとした緑、といった馬の背といわれる尾根道の登山道を歩いて行くと1時間もしないうちに、蔵王では最高峰の熊野岳に登頂する。山形盆地の方は雲が発達していたが、太平洋側は素晴らしい展望が得られることができた。山形盆地も北部は展望することができた。なかなかの絶景だ。
 熊野岳には斎藤茂吉の歌碑、熊野神社と避難小屋がある。火山ではあるが、蓼科山、岩木山などと違い、頂上が礫ではなく平らなので足に優しい。そこで、おにぎりなど消費したカロリー分を吸収していると、雲がどんどんと迫ってくるので、そのまま帰路に着く。帰路に着き始めたら、もうほとんど登山道は霧の中で、帰りの駐車場までほとんど視界はないに等しかった。ただ、登山道に沿って、電信柱のようなものが立っているので道を迷わずに戻ることができた。帰路はお釜もまったく霧で見ることができなかった。たかだか1時間もないほどの差だが、1時間遅れて登山を開始したらまったく蔵王山の印象は変わったものとなったであろう。本当、登山はタイミングが大事であることを思い知る。
 刈田峠の駐車場に戻ったのは11時30分。休憩を入れても2時間で、これまでの百名山登山でも最も簡単な部類であったが、霧に覆われる前に登頂できたので、満足のいく登山となった。

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(駐車場から山形方面を望む)

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(駐車場からしばらくは舗装された極めて歩きやすい道を行く)

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(お釜の見事な姿。今日は抹茶色であったが、色は天気や太陽の光によって大きく変わるとのこと)

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(1時間もしないうちに山頂が見えてくる)

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(山頂手前で山形方面を望む)

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(熊野岳山頂)

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(山頂)

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(帰路は濃霧の中を歩く。電信柱のような柱があるので迷わず戻れたが、これがなかったら結構、不安になったかもしれない)

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(帰りはお釜もまったく見えず。1時間足らずの差でこの違い)

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(駐車場からの展望も2時間弱でこんなに違った)
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英語のリスニング試験をするのは愚の骨頂だ [英語関連]

 大学入試センターは7日(一昨日)、センター試験の後継として行われる大学入学共通テストの配点として、従来の筆記200点、リスニング50点の250点から、リスニングとリーディング各100点の計200点に変更して、リスニングの配点を2倍にして重視した。
 何でこんな馬鹿なことをするのだろう、というのが率直な感想である。
 というか、そもそも私は英語のリスニング試験をするのは無駄であると考えている。しかも、それを重視するというのは、これはもう英語の試験でも何でもない。なぜか。
 まず、普通の日本人は英語のリスニングを100%修得するのはほとんど不可能である。英語の映画を字幕なしでしっかりと理解できる日本人はまず、ほとんどいない。ロック音楽の歌詞がしっかりと聞き取れる日本人もまず、ほとんどいない。
 私はアメリカで7年間過ごしているが、今でもコメディとかの落ちとかが分からないことがある。ロック音楽の歌詞もよく聴き取れないことがある。しかし、これは私だけの問題ではないと思う。映画とかの字幕で、絶対、違うよな、この訳というのが結構ある。ロック音楽の歌詞の訳も違うよな、というのも多々ある。プロでさえ間違っているのだ。
 私は毎年のように国際学会で発表をしているが、私のように英語でやり取りをできる日本人にはほとんど会ったことがない。下北沢のロック・バーで早稲田大学の留学生と飲んだとき、私のように英語が話せて聞ける日本人の教授は早稲田にはいない、と言われたこともある。そんなことはないだろうと思いつつ、もしかしたらそうだろうな、と思っている自分もいる。
 そのような経験から、日本人のヒアリング力は例え留学経験者でも、相当、いい加減であることを知っている。ビジネス・パーソンでも聞けているようで聞けてない。しかし、妙にプライドが高いので勝手に自分で解釈している場合が多いのだ。したがって、英語で仕事のやり取りをする場合は、話し合いではなく、しっかりと文書で内容を確認すべきであると思っている。
 英語で仕事をしている専門家でさえ、そのようないい加減なヒアリング力しかない国の高校生にヒアリング力を測ってどうするのだ。
 加えて、ほとんどの日本人は仕事をするうえでヒアリング力を必要としない。その機会もない。これからグローバル化が進むといっても、トランプのアメリカを見るにつけ、これから必要とするのはむしろ英語ではなくて中国語ではないかと思っているぐらいだ。英語はそんなに万能じゃあないのは、南アメリカとかに行けば一目瞭然である。日本だって、ほとんど英語は通じないじゃないか。
 いや、それでも英語はアメリカだけでなく、グローバル語だからと指摘する人もいるかもしれない。しかし、インドで話される英語、シンガポールで話される英語、イギリスで話される英語は文法とかはほとんど一緒だが、リスニングをするうえでは違うから。私の大学院時代、友人の台湾人が、イギリスからの留学生の英語が全然、聞き取れない、とぼやいていたので、私は彼女の英語が正統なんだからね、と言ったことがあるが、アメリカ英語がリスニングできるようになったら、インドの英語が聞き取れるようになると思ったら大間違いだ。私はJBICの仕事でインドの役人に取材をしにいったことがあるが、本当、聞き取るのは大変だった。私の部下の若者は、まったく聞き取れなかったな。とはいえ、彼は東大卒なので、平均的には英語は出来る方かもしれない。
 また、このリスニングテストが試されるのは英語だけではない。というのも、問題文が一回しか読まれないからだ。したがって、その問題に正答するためには記憶力も必要とするのだ。下らない英会話の内容をすべて聞き取れても、待ち合わせの時間が8時か9時かとかまでは覚えてられない。実際のシチュエーションだったら、そういう場合は確認するであろう。こんな一度聞いて理解する、といったシチュエーションは実社会ではほとんどないので、まったく使いものにならない能力を我々は測ろうとしているのである。 
 英語を必要としないとは決して言っている訳ではない。ただ、必要とするのは読む力(語彙力)、そして出来れば書く力(文法力)である。日本で暮らしている以上、話したり、聞いたりする能力はほとんどいらない。留学したり、生活したりするなら別であるが、日本に生きている以上はまったく不要な能力である。いや、外国人のツアーガイドや通訳の仕事をしようとするなら別ですが。ただ、そのような人が大学入学共通テストの受験生の何パーセントに相当するのであろうか。0.01%にも満たないのではないだろうか。

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ケビン・デュラントは第五戦に出場できるのか [スポーツ]

NBAのファイナル第四戦で、ウォリアーズはホームゲームを連敗して1勝3敗の崖っぷちに追い込まれる。このような背水の陣からファイナルで逆転勝利をしたのは2016年、レブロン・ジェームス率いるクリーブランド・キャバリアーズのみである。その時の相手?ウォリアーズである。ということを考えると、ウォリアーズは大変なピンチに陥ってしまったとも思われるが、ウォリアーズにはこの逆境を乗り越えられる切り札を有している。それは、おそらくNBAで現時点で最強の選手であるケビン・デュラントである。彼はコンフェレンス・ファイナルのポートランド戦で負傷をしてから、決勝の試合にすべて出ていない。
 ちなみにケビン・デュラントは2016年のコンフェレンス・ファイナルで、3勝1敗という、あと1勝でファイナルに出場できるというチャンスを、それから3連敗をして逸したことがある。そして、翌年、3連敗を喫したチームにトレードで移籍する。ゴールデンステート・ウォリアーズに移籍したのである。この移籍は、多くの非難を浴びることになる。その非難は、ウォリアーズで2勝して、ファイナルのMVPになっても払拭できていない。
 そのような非難をすべて払拭できるチャンスがケビン・デュラントに今、降ってきた。ここで彼が5戦以降の試合に出場して、3連勝させることができれば、勝負弱いというレッテルも剥がすことができるであろう。
 さて、しかし、こういう時に活躍できないのは、いかにもケビン・デュラントらしいので、今回もあまり期待はしていない。ただ、ここで大活躍したら、記録だけでなく記憶にも残る真のスーパースターになれるのにな、と思わずにはいられない。

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伏見桃山に京阪電気鉄道の特急列車が止まらない理由 [商店街の問題]

伏見区は人口28人を擁する京都市最大の区である。しかし、その中心駅である伏見桃山駅には京阪電気鉄道の特急列車は止まらない。その代わり、隣の中書島駅や丹波橋駅などに停まる。これはどうしてなのだろう、と前から気になっていたのだが、その理由が判明した。伏見桃山駅は二つの道路に挟まれているため、駅の幅を広げることができない。そして、そのプラットフォームの長さは6両編成分である。京阪の特急列車は7両編成である。つまり、特急列車は伏見桃山駅に停まると道にはみ出てしまうのである。
 前からなんで、周辺が住宅地の丹波橋駅に停まって、大手筋商店街のような京都市を代表する商店街のある伏見桃山駅に停まらないかが不思議だったが、こんな物理的な理由であったとは知らなかった。

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ステーキの焼き方 [B級グルメ雑感]

家のそばに素晴らしい肉の卸屋がある。ここで買う肉は本当に素晴らしく美味しい。そして安い。そういうこともあって、ここ最近、ステーキ屋には一切行かなくなっている。いや、ステーキ屋どころか焼き肉屋にも行かなくなってしまった。さて、ただステーキを家で焼くとなると、ちゃんと焼かないと、せっかくのステーキを台無しにしてしまう。そのため、焼き方はちゃんとした方法でやらなくてはならないのだが、最近は、ユーチューブでいろいろと焼き方を教えてくれるので、本当、有り難い。
 一方で、いろいろと比較すると、なんかプロであるにも関わらず牛肉分かってないんじゃないの?というような輩もいたりして、いやはやユーチューブ恐るべしである。私が個人的に納得したのは、「生活クラブ生協連合会」の焼き方。
 https://www.youtube.com/watch?v=g1ccDLQ43Ss
 塩と胡椒は焼く前にはふらない、などの拘りがあるが、しっかりとその理由も説明してくれている。当然、焼くための脂は牛肉の脂だ。
 逆に、もしかして素人だから馬鹿にしている?とさえ思わせるのが「いきなりステーキ」の社長が教えるステーキの焼き方である。
https://www.youtube.com/watch?v=ivKEznA_BA8
 いきなり、サラダ油。しかも焼く時間が片側4分。焼きながら肉をフライパンの上で回すというのも、生活クラブを始めとして他の焼き方指南者とは違う。生活クラブの片側1分の方がレア、ミディアム・レアなどに対応できる正しい焼き方でしょう。ちょっと、これをみると「いきなりステーキ」には行きたくなくなりますね。というか、まあ、基本、外食ではステーキ食べなくなっているので、あまり私とは関係ない話ですが。
 
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(今日はサーロイン・ステーキを焼いてみました。100グラムで1400円。220グラムですので一枚3000円ですが、どんな大トロにも負けないような美味しさです)

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下町ロケット [映画批評]

ニューヨークから羽田に向かう機内で『下町ロケット』を一気に観る。映画『7つの会議』よりも遙かに面白い。私は結構、同じ池井戸潤の『半沢直樹』は好きだったが、『下町ロケット』はさらに楽しめた。一気に観てしまったのも、このドラマが、その世界に私を引き込むだけの魅力を有していたからだと思われる。そこには理系のロマンのようなものが溢れていて、本質的には実力主義である。大企業の下請けいじめのような構造もあるが、技術力で突破していく。その痛快さが、爽やかでこう観る者を惹きつけるのではないだろうか。あと、生き馬の目を抜くようなビジネスの社会において、情に弱い佃社長の、こう浪花節的なところもよい。しっかりと真っ直ぐに仕事をしよう、というような気にさせてくれる。


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NBAファイナル2戦目(2019) [スポーツ]

1993年以来、ゴールデンステート・ウォリアーズのファンをしている。1993年はプレイオフに進出したが、一回戦負けをする。その後、クリス・ウェバーのトレード、ラトレル・スプリーエルのコーチ首締め事件、ジョー・スミスのドラフト1位指名など、もう目も覆わんばかりの失態続きのチーム運営を行い、NBAの笑いものであった。2007年に奇跡的に14年ぶりのプレイオフへの進出を果たし、なんと第一シードであるダラスを破り、プレイオフで1回戦を突破する。このときは「ウイ・ビリーブ」と言われ、私もそれまでがあまりにも惨めだったので喜びを爆発させた。
 その後、スティーフン・カリーをドラフトで指名し、クレイ・トンプソンも指名し、というか何よりオーナーが替わったことで、状況は好転していく。そして、2013年にプレイオフに進出すると、第三シードのデンバーを破り、その時、敵方であったアンドレ・イグアダラがフリー・エージェントでウォリアーズにやってくる。
 そして、驚くべきことに2015年にはなんと優勝してしまう。私は、もう自分の寿命が来たのかと思いましたね。翌年はファイナルでキャバリアーズに負けるが、その後、ケビン・デュラントが入って2連勝。今年は5回目でファイナル進出を果たしている。
 さて、しかし人間、面白いもので、デュラントが入ったウォリアーズはあまりにも強すぎて、かえって応援する気が失せている。今年はセンターのブギー・カズンスまで入ってきて、いや、先発選手全員、オールスター選手だからね。しかも、シックス・マンも元オールスターでファイナルMVP(2015年)のアンドレ・イグアダラだから、ちょっとこれはルール違反に強い。ということで、最近は昔のように関心を持たなくなっている。いや、もちろん、今でもウォリアーズが一番好きだし、お金と時間に余裕があれば観戦しにいきたいと思うぐらいだが、横綱ぶりがすごすぎるからな。
 などと思っていたら、今回のファイナルはそう安穏としていられない状況になっている。まず、カズンスが怪我で戦線離脱する。そして、ケビン・デュラントがヒューストン戦での怪我で戦線離脱する。これは、ヒューストンに負けるだろうと多くの評論家が指摘する中、デュラント不在の敵地、ヒューストンで勝利をもぎ取り、コンフェレンスのファイナルに進出。ここでもポートランドには勝てないであろうと多くの評論家(チャールス・バークレイなど)が指摘していたが、なんと無敗の四連勝。
 そして、トロントとの決勝に臨むことになった。さて、トロントはデュラント不在のウォリアーズは勝てないと多くの評論家が指摘している。バークレイはもちろんのこと、ジェイレン・ローズもそういっている。負けそうになると応援したくなる。
 そんな中、トロントでの1戦目、カワイ・レナードとカウイ・ローリーをディフェンスで抑えたのだが、シアカムという選手が大活躍をして負けてしまう。しかもアンドレ・イグアダラが怪我をする。これは、ちょっと不味いかな、と思って、2戦目をフォローした。
 心配をしていたイグアダラは先発をした。しかし、ハーフタイム前にガソルのスクリーンにぶつかり床に倒れる。ハーフタイムではトロントにリードを許したままで終わる。これは、あかん。二連敗かと思ったら、第三クォーターで18対0の雪崩のような、「スラムダンク」の山王工業のように試合を支配する。イグアダラは試合に復帰する。第四クォーターではトロントが猛追し、クレイ・トンプソンも肉離れでプレイできなくなるが、代わりに入ったクインが活躍して逆転を許さない。そして、2点差という状況での最後のプレイで、ブリッツをかけてくるトロント。ボールを持っているカリーに二人が襲いかかる。さて、そこでスリーポイントのラインでフリーになるイグアダラ。ボールが彼に渡るが、ラプタースの選手は彼にそのままシュートをさせる。それは、「スラムダンク」での陵南戦で、眼鏡君(小暮)にフリーで打たせたシーンを思い出させるようなプレイであった。そして、小暮同様にイグアダラはシュートを決め、5点差で第二戦はものにする。
 さて、1勝1敗でホーム・コートに戻るが、トンプソンが怪我をしており、相変わらず厳しい状況である。これは大変だ、と思うが、こういうことを言っては何だが、デュラント不在で、アンダードッグの状況で勝ってほしいと思ったりする自分がいる。いや、贅沢なことを言っているのかもしれないし、なめているのかもしれないが、デュラントはちょっと強すぎるからな。デュランド以外の選手が怪我をすると大変な事態になり、トンプソンが怪我をしている状況はまったく予断を許さないが、今日の試合は手に汗握り、そして最終的に勝てたこともあり、久々に応援しがいがあった。

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『モンスター』 [映画批評]

2003年に公開されたシャーリーズ・セロンが連続殺人犯の売春婦を演じる実話を元にした映画。タイトルは『モンスター』ということで、主人公は理解不能な殺人鬼のような先入観をもって観たが、映画では、そのようなことをしでかした犯人の哀れな愚かさが描かれていた。むしろ、この殺人犯を通して、そのような女性を生み出すアメリカ社会の歪みというか、醜悪さのようなものが浮き彫りにされていた。そして、それは今のトランプ大統領を生みだしたアメリカ社会の歪みのようなものではないだろうか。
 さて、しかし、この映画の凄まじいところは、映画の内容ではなく、何よりあの絶世の美女であるシャーリーズ・セロンが、ほとんどその美貌の見る影もない悲惨な売春婦役を演じ切れていることである。彼女はこの役柄のために12キロも太ったそうだが、何で、こんなに容貌が変わることができるのか。役者魂のようなものがひしひしと感じられる。というか、この映画の主人公と、マッドマックス・ヒューリー・ロードの女性ヒロインが同一人物とはまったく思えない。しかも、この映画に出演した時の方が若いのだ。凄い女優である。シャーリーズ・セロンはこの映画で主演女優賞を受賞するのだが、その受賞時には、体型を戻している。それは本当、映画の主人公と同一人物とは到底、思えない。下記のユーチューブで受賞時を観ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=v70pNFdsBSg


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  • 出版社/メーカー: 松竹
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ニューヨークはもうマンハッタンのホテルは高すぎて泊まれない [地球探訪記]

ニューヨークに一週間ほど滞在した。最初は、マンハッタンのホテルにチェックインした。ペン・ステーションのそばでガーメント・ディストリクトにあるホテルだ。ここのホテルは一泊2万円ぐらいなので、マンハッタンにあるには相当、割安なのでこれはお買い得かと思ってここを予約した。しかし、実際行くと、もう想像を絶するボロ宿で、床はなんとコンクリートそのままむき出しであった。私は、アフリカでもパラグアイでもスラヴェシ島でもパキスタンでも泊まったことがあるが(これらはしかし、仕事で行っていたので比較的よいホテルには泊まっていたが)、こんな床がコンクリのホテルは生まれて初めてであった。ベッドの下のところだけ、ぼろ切れが置かれているな、と思ったのだが、よく見たら、擦り切れまくった絨毯であった。安かろう、悪かろうということなのかもしれないが、こんな壮絶なホテルの部屋があるとは驚きである。いや、この部屋、ベッドで横になっている以外は靴がまじで脱げない。
 あまりにも酷いので、途中からイースト・リバーを越えてブルックリンのフルトン・モールのそばにあるホテルに移った。ここは値段はほぼ同じで一泊2万円ぐらいであったが、床はしっかりと人間が居住するような床でサービスもすこぶるよかった。何より、ガーメント・ディストリクトよりもフルトン・モール周辺の方が食事どころも遙かによくて、しかもリーズナブルである。マンハッタンにも地下鉄に乗ればすぐに行けるし、JFK空港にはアトランティック・ターミナルからロング・アイランド鉄道に乗れば3駅、20分ちょっとで着く。まあ本数は20分に1本(日曜日だったからかもしれない)と少ないが、それでも便利である。こりゃ、マンハッタンのホテルに泊まる必要はないな。
 などと書きつつ、最近、マンハッタンに泊まったのは他の人と一緒の時と、ニューヨーク市立大学に呼ばれて宿代を支払ってもらった時だけだということに気づいた。いや、20代の時はシェラトン・ホテルに泊まっていた。ウディ・アレンが映画(おそらく「ハンナとその姉妹」だったと思う)で不倫に使っていたホテルである。それから、ちょっとホテル代が高くなったこともあり、ホリデイインとかコートヤード・マリオットとホテルのクラスは下がっていたが、それでもマンハッタンに泊まっていた。
 しかし、おそらく会社を辞めた頃だから2003年頃ぐらいから、マンハッタンのホテルだと高すぎるので、フラッシングのシェラトンに泊まるようになった。当時、ここだと68ドルとかで泊まれたからだ。とはいえ、それが最近では250ドルぐらいになってしまった。ということで、今回は困ったな、ということでより安いマンハッタンの200ドルのホテルに泊まったら酷い目に遭った訳である。
 まあ、シェラトンと比べると、私が泊まったブルックリンのフルトン・モールそばのEven Hotelはちょっと劣るかもしれないが、これは値段でいえば50ドル分ぐらいの劣り具合であり、周辺の店やマンハッタンへのアクセスの良さを考えると、これからはブルックリンのホテルに泊まろうかなと帰国便を待つJFK空港で思ったりしている。

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北朝鮮のミサイル発射は「気にしない」のトランプ発言を、なぜ日本のマスコミはスルーできるのか [トランプのアメリカ]

先週、日本にトランプが来日した際、北朝鮮がミサイルを発射していることに対してどう思うのか、とアメリカの記者が質問した時、トランプは安倍首相の目前で「気にしない」と発言した。より、正確に彼の気分を示せば「俺の知ったこっちゃない」と発言したのである。これに対して、アメリカのMSNBCは、同盟国に対して信じられない失礼な発言だと批判をしている。

https://www.youtube.com/watch?v=NplxY0ql4KM

また、日本は天皇や相撲観戦といった接待攻撃をかけたが、北朝鮮がトランプの政治的ライバルであるバイデンの悪口を言ったことの方がトランプの歓心を得ることができ、日本が示した誠意ある外交手段は、北朝鮮のトランプの性格を熟知したアプローチによって吹き飛んだといった解説も、この番組ではされていた。

アメリカのマスコミが報じている、このようなトランプの歓心を惹けなかった情けない日本、といった報道はなぜか日本では主要新聞では毎日新聞のみがしている。いやはや、確かに情けない対応をされたのは恥ずかしいのは確かだが、それを隠してどうする。というか、世界がどのように日本を見ているのかぐらいを自覚して、マスコミは報道をしっかりとすべきであろう。

https://mainichi.jp/articles/20190530/ddm/007/030/108000c

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ウィリアム・ホワイトのThe Social Life of Small Urban Spaces」を観る [都市デザイン]

アメリカのジャーナリストである在野の都市学者(Urbanist)であるウィリアム・ホワイトが1980年に編集したドキュメンタリー「The Social Life of Small Urban Spaces(小さな公共空間における社会的関係)」をネットで観ました。その存在はずっと前から知っていたのですが、インターネット時代になって家で寝転びながら観ることができる。よい時代になったものです。
 この動画は14の公共空間、3つの小さな公園を観察調査した結果をまとめて編集していますが、なかなかよく編集されていて、公共空間とそれを使う人との関係性が理解しやすいです。
 さて、この動画で強調していたのは公共空間における「座れることの重要性」です。座れる機会があることで、その公共空間は活用されることになる、という観察です。他にも、水、食べられること(屋台の意義)、道との関係性、人、などに言及しています。
 素晴らしいニューヨークの公共空間として、シーグラム・プラザが挙げられています。早速、行ってみましたが土曜日の昼ということもあり、このドキュメンタリーで紹介されたような利用はされていませんでした。シーグラム・ビルはウエルス・ファーゴ銀行が入っていました。これも理由かもしれません。季候はいいので、平日だと違ったような使い方がされているのかもしれませんが、ちょっと拍子抜けしました。
 一方で、もう危険でまったく酷い公共空間であると駄目出しされていたブライアント・パークは、今では見違えるように改善されています。しかし、これは、ウィリアム・ホワイトの提言に基づいて、生け垣で外から中が見えなかったところを見えるようにしたり、また入り口を広くしたり、さらには座れるように移動式のベンチを導入したりしたおかげです。それを指摘したホワイトの慧眼もさることながら、しっかりと謙虚にその指摘を受け入れたニューヨーク市もなかなか立派であるかなと思います。
 この映画で私が感心したのは、歩行者モールが上手くいくところと、上手くいかないところの要因を人口密度としっかりと看破していること。リバーサイド(カリフォルニア)の歩行者モールが上手く行かなかったのは、単に周辺の人口密度が低いからだと説明しています。なぜ、ここで感心したと言ったのかというと、同じように人口密度が低く、自動車文化が浸透しているフレスノ(カリフォルニア)のフレスノ・モールが結局、自動車を通らせるように最近してしまったことを取り上げ、歩行者モールも上手くいかなくなっている、と「鬼の首を取ったよう」にいう日本人の都市デザイナーがいるからです。そして、そういうことを公演で話したりする。すると、それを聞いた聴衆は、やっぱり自動車を走らせないとダメなんだ、と思ったりします。いや、自動車を都心から排除するのは処方箋としては、相当、優れているけど、必ずしも成功しない。つまり、成功するのには幾つかの条件が必要です、と説明すればいいのに、一つの失敗例でそのアプローチが失敗したと思ってしまう。皮肉なのは、この都市デザイナーの人は結構、しっかりとした都市空間をつくっている実績があるということです。フレスノ・モールの失敗はリバーサイド・モールが失敗したのと同じ要因であるのは、同じカリフォルニアの内陸側という地域性などから推察してもすぐ分かることです。ただ、私が言ってもそれほど説得力がないのですが、ホワイトは1980年に既に看破していた。流石です。
 あと付け加えたいのは、日本の公共空間の研究は、このホワイトのビデオが出て40年近く経っても全然、進んでいないということです。この遅れはキャッチアップしないといけないなと思います。

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門司港レトロ地区を訪れ、その優れた都市デザインに大いに感心する [都市デザイン]

門司港レトロ地区を初めて訪れる。土木学会デザイン賞などを受賞したりしていたことや、アルド・ロッシの遺作のホテルがあることなどから以前から注目はしていた。しかし、なかなか訪れる機会はなかったのだが、今回、そこの都市デザインに長く関われてきた城水さんに取材のアポが取れたので訪れた。
 門司港レトロのポイントは、門司が外国貿易で繁栄した明治時代から大正時代にかけてつくられた門司港駅周辺の建物を中心に、それらの建物が映えるように周辺の都市空間を観光整備しているところである。門司港駅は、1942年に関門海峡が開通したことで本州と繋ぐ列車がバイパスすることになり、さらには筑豊炭田の衰退などから門司港の物流における重要性も失われ、都市開発から取り残されるような状況が続く。しかし、これが逆に幸いして、結果、貴重な歴史的建築物が壊れずに残されていた。門司港レトロはこれらの建物を保全して、景観要素として見事に活用したのである。そして、その修景デザインのセンスの良さは、なかなか唸らせるものがある。
 それだけでなく、個人的に関心したのが、門司港レトロは建物の修復保全がしっかりとされているだけではなく、これらのレトロな建物を保全した地区をオートフリーとまでは言わないまでも極力、歩行者が快適に移動できるような環境を創造しているところである。特に歩行者動線のために1993年につくられた「ブルーウィングもじ」という全国で唯一の歩行者専用跳ね橋などは、単に動線を円滑化させただけでなく、この地区を歩きたくなるというインセンティブとしての役割も果たしているかと思われる。
 このような工夫は歩行者主体の都市空間デザインを得意とするデザイナーの中野氏が大きく関与したからこそ、具体化できたのではないだろうか。
 景観的な側面に目が向きがちであるが、この「歩いて楽しくなる」歩行者主体の空間デザインこそ、「歩くのがつまらない」多くの日本の地方都市と門司港レトロの大きな違いであるし、それこそが、ここの都市デザイン事業の評価できるポイントなのではないかと思われる。ただ、現在、門司港レトロと中心市街地とは大通りで大きく分断されている。ここをも含めて歩行者が自在に移動できるような空間をつくることができれば、さらに魅力的な都市空間をつくることが期待できるのではないだろうか。
 

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ジャクソン・ハイツを訪れ、大いにたまげる [地球探訪記]

クイーンズにあるジャクソン・ハイツを訪れた。私はマンハッタンのホテルが高くなってから、フラッシングのシェラトンを常宿にしていたことがある。当時は、1泊100ドル以下、60ドルから70ドルぐらいで泊まれたからだ。今は、ここでも300ドル近く取るようになったので泊まることを止めてしまったが。それはともかくとして、フラッシングに泊まって地下鉄7号線でマンハッタンに通うということをしていたので、ジャクソン・ハイツはしょっちゅう通過していた。しかし、降りることはしなかった。
 昨年、巨匠ワイズマンによる映画『ジャクソン・ハイツ』を見た。なかなか内容が濃い映画で、私は映画のトークショーにも渋谷、出町座と二回も出演した。しかし、ジャクソン・ハイツを訪れたことはなかったので、ブルックリンに来ているこの機会をうまく使って訪れた。
 ジャクソン・ハイツは人口10万8千人のクイーンズのネイバーフッドである。住民の56%がヒスパニックでアジア系が22%、白人が17%、そしてアフリカ系は2%しかいないという面白い住民構成をしているネイバーフッドである。
 ジャクソン・ハイツは20世紀前半にエベネザー・ハワードの田園都市の影響を受け、マンハッタンの高密度を回避したい中流から上流階級の人達を対象に、エドワード・マクダウガルのクイーンズボロ会社によって1917年の7号線(フラッシング線)の開通に合わせる形で1916年から区画整理がされた。つくられた住宅は、アングロ・サクソンのプロテスタントのみに提供され、ユダヤ人、アフリカ系アメリカ人、ギリシャ人、イタリア人は排斥された。
 住民の構成が変わったのは大恐慌の後の1930年頃からである。マンハッタンの劇場関係者の同性愛者がここに住みつくようになり、マンハッタンの外では最大の同性愛者地区を形成する。ユダヤ人も1940年頃からは住むことが許可され、1950年以降はコロンビアの中流階層が母国の犯罪から逃れるように資本を持ってやってきて、ここにコミュニティをつくることになる。一方、ロング・アイランドの郊外開発が進む1960年以降は、ここに住みついていた白人層が、そちらの方に移住するようになる。いわゆるホワイト・フライトのような現象だ。1965年に移民改善法が成立し、家族を呼ぶことができるようになるとラテン・アメリカやインドの専門家達が、こぞって家族を呼び、ジャクソン・ハイツに居を構えるようになる。
 1970年代半ばになると、ルーズベルト・アベニューがジャクソン・ハイツの商業センターになり、また組織的犯罪の拠点として全国レベルでの関心を呼ぶようになる。1970年代後半には、1年間で9人の殺害事件がここで起きる。1990年にプエルトリコ人の同性愛者であるフリオ・リベラがヘイト・クライムの被害者として殺害されると、大きなデモ活動が起き、それが今にも続くクイーンズ・プライド・パレードが始まるきっかけとなる。
 1990年以降ニューヨーク市の治安が回復すると、ジャクソンハイツのコロンビアのコカイン関係の犯罪も減少していき、現在の多様な人々が住むネイバーフッドになっていく。
 ジャクソン・ハイツのことをざっと整理すると、こんな感じになる。さて、ブルックリンのホテルからG号線と7号線を乗り継ぎ、82番街の駅で降りる。7号線はルーズベルト・アベニューの上を高架で走っているのだが、上を走っている時にはまったく気づかなかったような世界が駅を降りると展開している。いきなり、トウモロコシとシシカバブーを鉄板で温めながら売っている屋台が目の前に展開する。周りの店舗は、どぎつい原色の看板を立てており、それらの多くは英語ではない。スペイン語のものが多いが、アルファベットでないものもある。香港を彷彿させもするが、もっとさらに色彩はどぎつい感じがする。
 ここがニューヨークであるとはとても思えない。というか、アメリカ合衆国とはとても思えない。それじゃあ、中南米か、と言われると決してそうでもない。ラテン・アメリカとインドなどの南アジアのテイストが混在している。高架の地下鉄が頭の上を走っているので、むしろブレードランナーの世界を彷彿する。
 ここでは私はまったくの異邦人だ。この異邦人感覚は相当、強烈である。そして、ちょっと緊張もさせる。私はアフリカのルワンダや、マレーシアのスラヴェシ島、パナマやパラグアイなどにも行ったことがあるが、そのどこよりも緊張したかもしれない。いや、パラグアイのシウダ・デ・エステではここよりも緊張したとは思うが、一人で歩いているということもあり、なかなか強烈な刺激を五感が感じ取っている。そして、強烈なアーバニティに溢れている。そのアーバニティは弱肉強食的な雰囲気が強いようなものだが、ちょっと東京などでは感じられないアーバニティである。むしろ、大阪の難波あたりとは共通するところがあるかもしれない。
 いやはや、映画を観ては分からないジャクソン・ハイツの都市としての凄みを感じることができた。そして、夕食をここのラテン・アメリカ料理屋でしたのだが、ニューヨークに来て、初めて料金に見合うまともで満足できる料理を食べることができた。生活文化の質もここは、ニューヨークの他の地区よりは秀でているような気がする。強烈なオーセンティシティを感じる、オンリーワン的な街であった。大いにたまげた。


ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ [DVD]

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人を誹謗する偽動画を編集してそれを流すことを促しているトランプ大統領の卑劣 [トランプのアメリカ]

ナンシー・ペロシ女性下院議長のスピーチを編集して、彼女がどもっているように見せた動画がSNSなどを通じて広まっている。そして、それを広めるような発言をしているのがトランプ大統領そのものである。こういう人を誹謗する偽動画を編集して流すことは犯罪ではないのだろうか。しかも、それをフォックス・テレビは番組で流している。あまりにも卑劣で、あまりにも情けない。こういうことをする人間は、日本にもいるが、その国を代表する人やマスコミがそういうことをしているアメリカという国はなんと下らない国であろうか。アリ・メルバーの番組でこれの問題について報道している。

https://www.youtube.com/watch?v=1m_SrHCUt10

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ブルックリンの再開発ラッシュが凄い [グローバルな問題]

学会がブルックリンにあるので、ブルックリンのダウンタウンのホテルに泊まっているのだが、周りは再開発ラッシュで槌音が鳴り止まないような状況である。ニューヨークというと、多くの日本人がマンハッタンだけをイメージしているのではないかと思われる。空港はマンハッタンにはないが、空港に着くとほとんど直行してマンハッタンに行くような気がする。しかし、ニューヨーク市の人口862万人(2017年)のうち、マンハッタンが占めるのは2割にも満たない166.5万人だけである。そして、人口が一番多いのはブルックリンで265万人である(ちなみに二番目はクイーンズの236万人)。ブルックリンが市として独立したら、ロスアンジェルス、シカゴに次ぐ大都市になる。ちなみに、クイーンズはそれに次いで、四番目に人口規模が大きいヒューストンを上回る。驚きの数字だ。ちなみに面積も183km2あり、クイーンズの281km2よりは小さいがマンハッタンの59km2よりも3倍も大きい(ちなみに東京23区は627 km2で、これはニューヨーク市全体の784km2より小さいが人口はちょっと上回っている)。
 しかし、経済規模(GDP)はマンハッタンの10分の1ぐらいしかなく、人口当たりのGDPでは37.8万ドルに対して、2.4万ドルにしか過ぎない。というか、マンハッタンの一人当たりのGDPは日本円で4000万円ぐらいということか。多すぎないか。人口密度は、マンハッタンとブルックリンでは一ヘクタールあたり278人と146人と半分ぐらいの差がある。というか、マンハッタンの人口密度は東京よりも高い。東京23区で一番、人口密度が高いのは増田寛也が「消滅都市」にランキングした豊島区(いやはや、人口密度が日本で最も高い自治体が消滅都市というのは、本当に出鱈目な予測であると思うが、それに慌てた豊島区の馬鹿さ加減は改めて呆れるばかりである)で230人ということを考えると、マンハッタンの人口密度は凄まじいものがある。ブルックリンの人口密度は大阪市の淀川区、旭区、東京23区でいえば江戸川区ぐらいだ。
 そのような状況であるから、マンハッタンに住めない人達がどどっとブルックリンに住もうとしているようで、ブルックリンのダウンタウンやイースト川沿いはビル開発ラッシュで凄いことになっている。バブル期の東京の臨海部を彷彿させるような開発ラッシュだ。アメリカの経済状況は今、すこぶる数字的にはいいようだが、それを実感させるブルックリンのダウンタウンの建設ラッシュである。
 

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トランプが大統領であることが示唆すること [トランプのアメリカ]

知人であるニューヨーク市立大学の教授であり、日本でも著書が翻訳されているシャロン・ズーキン先生の家に行き、徒然とお話をした。そこで、私が最も気になっているトランプがなぜ大統領になったのか、その背景に関して、このアメリカでも傑出した知性に尋ねたのだが、トランプを支持する人が4割近くもアメリカにいることはまったく私の想像を絶する、と回答された。この回答には、正直、ちょっとガクッときたが、二年間、トランプ・ウォッチをしてきた私は、トランプを支持しているアメリカ人が倫理的でないからだと考えるようになっている。こちらのニュース番組でも、「ペロシ下院議長が宇宙人である」とトランプが発言したら、それを鵜呑みにするアメリカ人がいると言っていたが、これは冗談ではなくてどうも真実のようだ。まあ、今でもダーウィンの進化説や地球が丸いことを信用できない人達がたくさんいる国ですから。流石にズーキン先生は同じアメリカ人の4割近くが、そこまで酷い人達だということを直視できないのかもしれない。彼女はとても優しい人だからな。
 私の大学院の指導教官であるカリフォルニア大学バークレイ校の先生は、残念ながらトランプ支持者は人種差別者であるのだ、と指摘されていたが、それはまあ相当、当たっているのではないかと思う。しかし、私は人種差別者であるのと同時に、さらに残酷で、他人の痛みなどが分からず、平気で人を騙して他人を貶めることに良心の呵責も感じないような人達がトランプを支持しているのではないか、と思うようになっている。なぜなら、トランプがまさにそのようなキャラクターであるからだ。普通はこんな人、えんがちょするでしょう。トランプの選挙ラリーで、彼をロック・スターのように支援する人達は、まるでヒトラーを崇拝していた当時のドイツ人を彷彿させる。フロリダでの遊説で、「移民が入ってくるのにどうやって対処すればいい」とトランプが聴衆に問いかけたら、「鉄砲で撃ち殺す」と答えたりするからね。流石にトランプも「そりゃ、まずいでしょ」とフォローしていたけれど、基本、そういう人達がトランプを支持しているのだ。アメリカ・インディアンにも18世紀に、こういう人間がいればよかったのに。
 日本人は、特に団塊の世代の人達がアメリカかぶれなので、アメリカは絶対的に正しいと思っている人が少なくないが、統計でみても、アメリカの犯罪率は尋常じゃなく高いし、国民皆保険が導入できないのは、共同体としてお互い助け合う、という発想を受け入れられないからだし、銃を手放せないのも感情を抑えられないような時に鉄砲をぶっ放す権利を放棄したくないから、というとんでもない国である。いや、このような醜悪な欲望をオブラートに被せているけど、私は最近、その本音が相当、見えてきているなと思うようになっている。じゃなければ、学校であれだけの無差別殺人が起きているのに銃を放棄できないということは説明できない。
 まあ、とても残念だけれども、アメリカはそういう国であったのだ。今までは隠していたけれども、その倫理がなく、醜悪な身勝手なアメリカ人達が4割ぐらいいるということが露見されてしまったのが、アメリカにとってのトランプ大統領の最大の損失であると思うのだ。トランプ大統領という事実は、トランプが単独で悪いのではなく、それを支持するアメリカ人が4割もいるから初めて具体化できたのである。そして、この4割のアメリカ人は正直、とても隣人としてはつきあえないような嘘を平気でつき、相手の痛みに無神経な人達なのである。そういうことは、アメリカに7年は住んでいたので、ちょっと感じるようなことはあったが、トランプ大統領がその私が感じていた嫌な予感が現実であることを目の前に突きつけている。

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ヤン・ゲールによるブロードウェイホコ天事業の強烈なる駄目出し [都市デザイン]

ヤン・ゲールの講演だが、まあ特に新しい話もないよなと内職をしながら聞いていたのだが、ニューヨークのブロードウェイの話をし始めたので、ちょっと耳を傾けた。ヤン・ゲールを最初にニューヨークに招聘したのは、タイムズ・スクエアのBIDのTim Tompkinsのようで、その時、「ブロードウェイに自動車を走らせることは必要なのか」と尋ねたら、皆、そうだと回答したそうだが、ブルームバーグ市長だけが「ちょっと調べてみる」と言って、その後、ニューヨーク市がヤン・ゲールをコンサルタントとして雇うことになる。そして、ブロードウェイから自動車は排除され、今の歩行者が主人公の公共空間が創出される。そういう意味では、まさにブロードウェイから自動車を排除することを具体化させた最大の功労者はヤン・ゲールだと思うのだが、その彼が、久しぶりにブロードウェイに来たら、マラケッシュとキャンプグランドとお祭りがごちゃごちゃになったような状況になっており、これはブラウジオ市長に言って撤去してもらわなくては、と発言したのには驚いた。私は以前のブロードウェイに比べれば、今の方がずっといいと思うし、その公共空間の利用の仕方はそれほど不味いと思わなかったが、ニューヨーク市で、ヤン・ゲールによる完全なる駄目出し。ちょっと、なんでそんなにオカンムリになったのかは私はよく分からないし、これは、まだ私がヤン・ゲールの思想とかを理解していないという証拠でもあるのだが、その背景を是非とも理解したいものである。
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ヤン・ゲールのモダニズム批判 [都市デザイン]

ヤン・ゲールの講演の内容であるが、モダニズムの批判が強かった。ブラジリアを強烈に批判していた。飛行機の視点からみると素晴らしいが、人の視点からみると最低だと述べていた。ヤン・ゲールも自分がモダニズムが嫌いであると明言していた。モダニズムの欠陥は「人への配慮への決別」であると述べていた。そして、自動車の普及によって、ヒューマン・スケールから空間が逸脱していると述べていた。都市の移動速度は毎時5キロメートルであったのが、毎時60キロメートルにまでなってしまった。
 ヤン・ゲールは1960年には人を主体とした空間の質に関しての知識は何ももっていなかった。最初にこれに警鐘を鳴らしたのはジェイン・ジェイコブスであると述べていた。オフィスとかで机に向かって、どうやって人々が活動するかを考えるより、人を観察する方がずっと人にとって意味のある空間が造れると述べていた。
 まあ、これは何も建築家だけの問題ではない。私の前任校では、大学のカリキュラムを作成する時、ハーバード大学と東京大学のカリキュラムを参考にしようとした先生が二人いたからね。偏差値50の大学で!実際に学生をみたら、そんなカリキュラムは百害あって一利なしということが分かる筈なのに、そういうことをしない。まあ、建築家だけではない専門家バカという問題かとも思うが。
 閑話休題。優れた公共空間としては、安全、快適、楽しみ、という条件を満たすことが何よりも重要であるとのことである。そして、シエナのカンポ広場を絶賛していた。まあ、確かに滅茶苦茶素晴らしい広場ではあるが、私はゴスラーのマルクト広場もそれに負けずに劣らず好きだが。
興味深かったのは、彼が最も重要な役割を果たしてブロードウェイの歩行者天国プロジェクトであるが、あれは酷すぎると述べていた。キャンプグランドとマラケッシュ、お祭りがごちゃごちゃになったような状況になっており、あれは撤去されるべきであると述べていた。この発言は私だけでなく、他の聴衆も驚いていた。
 40年間、ヤン・ゲールは研究をして本を書いてきたが、それによって人々のマインドセットを変えることに成功できたかなと述べていた。個人的にはちょっと背中を後押しされたような気分にもなる。もちろん、環境デザイン研究学会で、調査をする人達ばかりが集まった学会ということはあるかもしれない。
 全般的に、彼が志向しているのはHumanistic City Planningという言葉でまとめられるような印象を受けた。そして、都市はもっと「人のための空間が必要」ということである。下北沢みたいな道路整備を進めていると、都市は窒息してしまう。本当にそういうことを東京都は進めていく覚悟があるのだろうか、というようなことを考えさせられた。

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ヤン・ゲールの講演をブルックリンで聴く [都市デザイン]

環境デザイン研究学会でニューヨークのブルックリンに来ているのだがキーノート・スピーカーはヤン・ゲールである。大講堂はほぼ満席である。凄い人気だ。私がヤン・ゲールに初めて会ったのは、やはり同じ学会で1998年のセント・ルイスで開催された時である。私は、懇親会か何かで日本人の参加者と話をしていたところ、いきなり会話に割り込んでき訛りのあるヨーロッパ人がいた。誰も話す相手がいないのだろう。しかし、それにしても失礼だなと思っていたが、適当に話をして、あなたのお名前はと聞いたら、なんとヤン・ゲールであった。私は彼の本を読んでいたので、ぶっ飛びましたね。ただ、会話をしていた日本人は、ヤン・ゲールを知らなかったらしくて、何をしている人なの?と聞いて、私が急いでそれを遮ったことがあった。水戸黄門みたいな感じだった。それから20年弱。もう大学のポストも得たし、ソーシャライゼーションが必要でない私は学会の懇親会にも顔を出さなくなったが、今回の懇親会ではさぞかし引っ張りだこであろう。
 ちなみに、私はその後、何回かヤン・ゲールには取材をさせてもらい、それをネットにもあげさせてもらっている。しかし、今、お願いしたら断られるかもしれない。
https://www.youtube.com/watch?v=l6skRlRAdHY
http://www.hilife.or.jp/3689/
http://www.hilife.or.jp/3803/
 日本でも急に人気が出てきているが、1994年に名古屋市がデザイン博をした時、招聘されていろいろと提言をしたのだが、ほとんど聞き入れられなかったと私に怒っていた。会う度に怒っていたので、結構、根に持っているのではないかと邪推している。
 環境デザイン研究学会のものも日本人もそうだが、有名になってから評価するというのは、考えていないということと同じである。ヤン・ゲールが言っていることは昔から同じである。人を最優先する、ということだ。そのために、人の行動パターンをしっかりと把握するということである。下北沢にバス・ターミナルをつくり、人の空間をぶった切るように道路をつくり、自動車を走行させようと20世紀ではなくて2019年にしようとしている国において、ヤン・ゲールの考えや、ヤン・ゲールを招聘することで人間都市へと変貌することに成功したニューヨークのジャネット・カーンを持ち上げることの矛盾をもっと自覚した方がいいであろう。いや、持ち上げるのはいいが、持ち上げるのであれば自分の行為を反省すべきであろう。


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ニューヨークのホームレス [グローバルな問題]

ニューヨークに来ている。市の都市計画局を訪れ、いろいろと話を聞く。ニューヨーク市は1970年代の財政破綻ぎりぎりを回避した時以来、ずっと低迷し、人々もニューヨークから抜け出すような状況であったが、1990年頃から回復し始め、現在は人口も増加している。人口が増加しているのは5つの区の中ではブルックリン、クイーンである。これら両区は人口は200万人近くもあり、一つの市とみても全米屈指の規模となる。
 さて、この人口増加の背景としては移民による社会増と、より大きな変化は社会減の減少である。今でもニューヨークから外に出て行くアメリカ人は、入っていく人よりも多くてネットではマイナスなのだが、その数が減ってきている。自然増もしているので、プラマイでプラスになっている。移民による社会増の数字はそれほど変化していないので、アメリカ人の社会減の減少、これが人口増の背景であるようだ。
 そして、人口増加に伴い、また海外からの不動産投資も盛んということもあり、地価が高騰している。マンハッタンではなくて、ブルックリンのイースト川沿いのマンションが70平米で家賃3000ドル。これは東京よりも高いだろう。そのような家賃の高騰は、多くのホームレスを生みだしている。1990年は2万人ぐらいだったが、それから一貫として増加していき、現在で5万人以上である。しかも、これは統計で把握している数字であるので、実際はもっと多いと推測されている。
 実際、マンハッタンの街中を歩くと、驚くほど多くのホームレスの人達がいる。好況に沸くニューヨークであるが、その果実を味わうことができるのは一部の裕福層だけである。トランプ政権は経済が好況であること自慢しているが、その実態はハリボテ景気である。ホームレスでなくても、給料の半分以上を家賃で取られてしまう人達の割合も高く、表の数字はよくても実質的には貧相なアメリカ人の生活がホームレスの多さからも透けて見える。

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今週の標語「モチベーションがないとやる気が起きない」 [その他]

ううむ、これはうちのゼミ生の発言なのだけど、結構、衝撃的でしたね。とはいえ、モチベーションの意味には「やる気」も含まれるので、これはただ「やる気がないとやる気が起きない」と当たり前のことを言っているだけに過ぎないので衝撃を受けるようなことでも本来は無い筈です。「アペタイトがないので食べたくない」と言うようなものですね。英語を日本語で言い換えているだけです。それじゃあ、なぜ私が衝撃を受けたのでしょうか。それは、おそらく「やる気」というのはもう少しセルフ・コントロールというかセルフ・プロデュースしなくてはいけないからじゃないか、と思うからです。だって、会社員が「やる気がないから仕事をしません」って言えませんよね。私が所属しているバンドで「やる気がないから練習しなかった」って言ったらクビですよ。私はクビになりたくないので、まず練習しますけど、仮に練習しなくても「やる気がなかったから」とは拷問されても言わないなあ。だって、これって白状した時点で負けじゃないですか。というか、そもそも「やる気」がないことに時間を費やすほど残りの人生、長くないからねえ。
 つまり、モチベーションを上から与えてもらえる、などということはない筈なのに、そのようなことを期待していうこの学生に愕然とした訳です。自分がやる気が出してくれるモチベーションを待っていてもいつまでもそんなものは幻想だから得られないし、結果、そんな他力本願のやる気など滅多に出てこない。いや、出てくることもあるかもしれないですけど、そんな、天からお金が舞ってくるようなことを期待しないで自分でもっと積極的に生きなくっちゃ。って、これを誰が学生に気づかせるかと言ったらやはり指導教員の私でしょうか。あまりの衝撃に突っ込むタイミングを逸してしまいました。

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