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ブラック・クランズマン [映画批評]

スパイク・リー監督の最新作品は、ブラック・パンサーなどが台頭した1970年代頃を舞台としているが、現在のアメリカの政治状況を鋭く批判しており、極めて政治的な内容を含んでいるが警察ものとしてのスリリングな展開といい、映画としてのエンタテインメントの要素もしっかりと押さえている相当の傑作であるかと思われる。というか、ハリウッド映画としては最近、稀にみる秀でた作品ではないだろうか。50年くらい前のコロラド州コロラド・スプリングスを舞台としていても、その映画が描こうとしているのは現代のトランプ大統領を選ぶアメリカ人の人種差別意識の醜悪さであるし、また、思うようになかなか問題が解決できなくても、それでも前進するアメリカという社会の推進力でもあるかと思う。ぎりぎりの点数で単位を取得するダメ学生のような国だが、まあ、それでも及第点は取れているかな、ということと、そのような社会状況をこのように映画作品として描ける感性と才能と、それをバックアップする投資家がいるという点で、どうにかアメリカのメンツがぎりぎりで確保できているとでもいうべきであろうか。アメリカという国がなぜ、トランプ大統領を当選させたのかを理解するためには必見の映画であるだろう。ハリウッド映画としては、久しぶりに心から楽しめた。

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シンガポールの物価は高い [地球探訪記]

シンガポールに来ている。スターバックスに入ったら、カフェラテのトールが660円くらいであった。これは、ダウンタウンの店だったのでもしかしたらちょっと高めであったかもしれないが、京都であれば399円だ。随分と高いな。お昼にシンガポール川沿いにあるお店に入る。ランチ・メニューを教えてくれ、と尋ねると、「ランチ・メニューは二人から」という恐ろしくいい加減な、日本人の観光客だから馬鹿にしているな的な対応をしたので、その店を出たのだが、そこで注文したペリアも5ドル(500円ぐらい)であった。これは、明らかに日本より物価が高い。高いが、料理は美味しい訳ではない。このような状況であったら、日本への観光客は本当、物価が安くて感動するだろう。この物価の差がアジアから多くの観光客を日本に呼び込んでいる要因ではないだろうか。バブルの時代には信じられないような状況に日本はある。すなわち、物価が安い国という位置づけである。ちなみに、これは日本国民にとっては信じられないくらい恵まれていることではないかと思う(海外旅行に行かなければ)。

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シンガポールのシャンギ国際空港で朝食を取る [地球探訪記]

シンガポールのシャンギ国際空港にて朝食を取る。注文したのはセット・メニューで8ドル。およそ800円ぐらいか。これは中華麺に魚団子、卵、ハム(なぜか)、キノコなどが入っており、小魚で出汁を取っている。私はマレーシアに一年間ぐらい住んでいたことがあるが、当時、この中華麺が好きであった。日本でも、たまにこのマレーシア・スタイルの麺に出会うことができるが美味しいと思う。さて、そういうものを期待していて注文したのだが、出てきた麺はインスタント・ラーメンのそれであった。何じゃこりゃ、と思いつつ、まあインスタント・ラーメンとかはつくるの便利だから、易きに流れてしまうのかなとも思ったりした。また、一方で、こういう麺を食べていたら、なんで東アジアや東南アジアの人が日本のラーメンを好きになるのかも理解できるような気がした。しかし、喜多方ラーメンなどを始めとして、ラーメンは明治以降、中国から持ち込まれたものなんだけどなあ。ものづくりに拘る風土、それをささえるマーケットが今の日本のラーメンの高いレベルをつくったのではないかと、シャンギ国際空港のインスタント・ラーメンの麺を食べながら考えた。

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(このヘンテコな朝食セットがシンガポール8ドル)

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宇宙団ライブ@新宿サムライ(2018/12/09) [宇宙団]

12月9日、新宿のライブハウスSamuraiに宇宙団の「ユートピア/凡々ガール」のシングル・レコ発のライブを観に行く。20時30分に行ったのだが、ちょっと早すぎて前座のバンドを二つ観ることになった。Sesamiというサイケデリックな風貌なパンクっぽいバンドと永原真夏である。Sesamiはそのど派手な風貌に目が行くがギタリストは相当なテクニックで感心する。ベースも小さい女の子だけどグルーブ感のつくりかたはなかなかのものだ。次の永原真夏もなかなか印象に残る曲を演奏していたが、バックバンドのギタリストの音が完全にドラムに打ち消されていたまったく聞こえなかった。こういうのは他山の石で、なかなか参考になる。
 それはともかくとして、宇宙団。セトリは「恋は宇宙」、「文明鎮座」、「凡々ガール」、「エンドロール」、「ユートピア」、「ヘルプ」。そしてアンコール曲に「日本のヒーロー」。未発表曲のエンドロールをやるかあ、と思いつつも、この曲もなかなか泣けるバラード系のいい曲である。望月はメロディー・センスが図抜けているのはよく分かっているが、詩もなかなかこう琴線に触れるいいものを書く。それなのに、なぜ今日もおじさんばかりなのか。永原真夏のような女性ファンが早くできないとと思ったりしつつ、まあ、活動期間が違うからしょうがないかとも思ったりする。
 あと、コンサートでの演奏であるが、ベース、キーボードは相変わらずの馬鹿テクのような上手さ。それに加えて、個人的に宇宙団の一番のウィークポイントであった望月のボーカルであったが、今日は相当よかった。というか、確実に上手くなっている。さすが、永原真夏の後に聞くと、ちょっとインパクトが弱く感じるかもしれないが、十分、ボーカルでも観客を惹きつけるだけの迫力を有していた。今日は随分と安心して観られる内容であるのと同時に、もうそろそろブレークするのではないか、という期待をもたせるものであった。

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竜馬通り商店街を訪れる [商店街の問題]

中書島の駅のそばにある竜馬通り商店街を訪れる。竜馬通り商店街は、伏見桃山の大手筋商店街から南に行ったところにある。どうも大手筋商店街周辺には7つの商店街があるようで、普通に歩いていると連続した商店街のようであまり気づかないが、確かに気をつけてみると看板や幟などが、そこがどこの商店街に属しているかを教えてくれる。さて、竜馬通り商店街はそのような商店街の集積でみると、端っこに位置している。23店しか加入していない小さな商店街だ。竜馬通り商店街というのは、近くに寺田屋があることからネーミングされた。あの坂本竜馬が襲われたという寺田屋である。
商店街の理事長である森さんは京都の商店街でも最年少の理事長だ。ということで、小さな商店街だが元気がある。フードイベントなどを積極的に展開している。京都といえば内外の観光客が来てたいへんな状況にあるが、ここ竜馬通り商店街は9割方がツアーで来るため、個人の観光客はほとんど来ないようである。ツアーのお客さんは月桂冠とか黄桜とか宝酒造とかの酒造巡りをするようだ。ううむ、日本を代表するまずい酒造にわざわざ観光で来ているのだな。すぐそばに伏見の美味しい日本酒をつくっている酒造があるにも関わらず。
基本的な路線は観光客などではなく、地元の人に愛される、飲食店が中心の商店街にしようと考えているようだ。確かに小売りで商店街が勝負できる時代は、よほど差別化できない限り難しい。パン屋とか豆腐屋とか珈琲豆とか酒屋とか、そのような勝負できる小売りもほとんどが食品関係である。
今回、取材をして意外だったのはテナントの家賃が高いということである。確かに大手筋商店街とかは空き店舗がまったくなく非常に人出も多い印象を受けるが、住宅の家賃を考えると商店街の家賃が河原町とあまり変わらないというのは驚きである。
あと、伏見も町家とか古い街並みは本当、感心する。私も龍谷大学に転職する前は伏見はほとんど来たことがなかったが、とても優れたコンテンツを有しているような印象を受ける。ただ、目の前の利益を優先させるマーケティング戦略とかが、せっかくの貴重なコンテンツをダメにしているような感じである。

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椎名林檎@埼玉スーパーアリーナ [ロック音楽]

11月22日の椎名林檎の埼玉スーパーアリーナでのライブを観る。静岡の掛川のエコパで二度観ているので、「不惑の余裕」ツアーでは3回目となる。スーパーアリーナはアリーナではなく階段席であったが、掛川は二日ともアリーナで前に背が高い人がいてあまりステージを観ることができなかったので横ではあったがかえってよかった。ただ、階段席の音響はよくない。一番、気になったのはセトリであった。特に掛川の二日目ではMummy-Dと浮雲が口パクさせられて、浮雲は不満を隠さなかったので、その後、どうなったのかで随分と気がかりだったのだが、今日は浮雲、めちゃくちゃ楽しそうで、しっかりとマイクで歌わせてもらっており(Mummy-Dもそうであった)、私の心配は杞憂であったことを知り、一安心。セトリの流れなどを把握していたこともあり、私も今日は余裕。また、グッズも初日であったこともあり、掛川よりもむしろ売り切れ品は少なく、それも嬉しかった(Tシャツやタオルなどをゲットすることができた)。特に感動したのは「雨傘」、「ありきたりの女」、「カーネーション」、「夢のあと」であった。「カーネーション」などは発表された時は、なんじゃこれと思ったぐらいなのに、この頃は本当名曲だなと感心している。同じことは「ちちんぷいぷい」にもいえる。全般的に、生きることを真剣に考えているような曲を中心に編成したのかなと思ったりする。私もしっかりと生きなくては、という思いを抱いてスーパーアリーナを出た。

タグ:椎名林檎
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岸田繁を京都は寒梅館で観て、次いでにホームカミングスも観る [ロック音楽]

岸田繁が京都でコンサートをする。ということで同志社大学の寒梅館まで見に行く。さて、これは本当はホームカミングスで岸田繁がちょっとゲスト出演をするというものであったのだが、ホームカミングスは同窓会のような意味を持つので、これは岸田繁が京都で凱旋的なコンサートをするのだろうと思って行ったら違った。とはいえ、前座を務めた岸田は「ブレーメン」、「東京」、「琥珀色の街、上海蟹の朝」などの代表曲をガットギターだけで弾き語りをした。これは、これでなかなか貴重だ。値段が2500円ということを考えると、これだけで元を取れたかな、という感じである。その後、休憩を挟んでホームカミングス。このバンドはほとんど情報がなかったが、4人編成で3人は女性、男性は1人という構成。何か演奏技術的にはパッとしないし、ベースのアレンジの工夫のなさ、男性のギターが演奏する際、足を上げたり膝を曲げたりしているのが何とも格好悪くて、こんなギターを格好悪く演奏する奴は素人でもいないなと思ったりしたが、ボーカルの畳野という女性の声は素晴らしくよくて、この透明感溢れるボーカルとIndigo Girls的な良質な楽曲が強い印象を残した。バンドはボーカルが素晴らしいのと、バックがテクがなくても控え目にボーカルの邪魔をしなければ、そこそこやっていけるなと思わせた面白いバンドである。最後のアンコールで畳野が岸田繁のギターのバックだけで「男の子、女の子」を演奏したのだが、これはわざわざ観る価値があるだけの素晴らしいものであった。

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ポール・マッカートニーのコンサートに行き、個人的な理想のセトリを考えてみた [ロック音楽]

11月1日にポール・マッカートニーを観に東京ドームまで行った。ポール・マッカートニーは、おそらく全人類史的にみても最も多くの人間がその曲を聴いた音楽家である。ベートーヴェンやモーツァルトより聴かれているのはほぼ間違いない。そして、音楽が多様化した今となっては、もうライバルも出てこないのではないかと思っている。したがって、その生きた姿を見られるだけでも有り難いのに、わざわざ日本にまであちらから来ていただいてくれている。当然、行くべきである。そして、これまでもほぼ東京ではすべてのコンサートを行くようにしていた。いつが、最後になるかも分からないからだし、これまではもう、本当大感動していたのだが、今回は初めてそれほどの感動を覚えなかった。それは、日本でまだ披露していない(というか、私が聴いたことがない)曲が新しいアルバムの2曲を除くとゼロであったのと、ほぼ前回の来日公演と同じセトリであったからだ。いや、それでも素晴らしいのだけど・・・。とはいえ、それじゃあ、自分はどのようなセトリを期待しているのか。ちょっと考えてみた。ポールの年齢を考えて25曲にしてみた。また、ジョンやジョージが作曲したものは除いた。以下がそれである。YesterdayやCan’t Buy Me Loveを入れていないのは、もう既に日本公演で何回も演奏されているからで、そういう意味では、現時点での極めて個人的な理想のセトリということである。

1. Silly Love Song
2. Jet
3. Day Tripper
4. Hello Goodbye
5. Oh! Darling
6. Martha My Dear
7. I Will
8. Get Back
9. Let It Be
10. Hey Jude
11. Penny Lane
12. For No One
13. Michelle
14. Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band
15. No More Lonely Night
16. With A Little Luck
17. A Day in the Life (これはほとんどジョンの曲だが共作部分もあるので)
18. My Love
19. The Fool on the Hill
20. Magical Mysterious Tour
21. All My Loving
22. Maybe I’m Amazed
23. Listen to What the Man Said
24. Back In the USSR
25. You Never Give Me Your Money〜 The End (Abbey RoadのB面のメドレー)

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京浜急行が駅名を変更することを検討している話を聞き、都市のアイデンティテイを考える [都市デザイン]

東京の品川から横浜を抜けて横須賀、浦賀とを結ぶ京浜急行電鉄が創立120年を機に、46駅の駅名変更を検討しているそうだ。この駅名の候補としては先月の10月に小中学生を対象として新駅名案を募集したそうだが、まったくもって何を意図しているのだろうか。
 まず、これは京浜急行にとっても地域にとっても利することがまったくない、大愚行である。地域の名前は、地域にとってのアイデンティティであり、名前にはその地域の風土、歴史といった物語が凝縮されている。それを変えるというのは、その地域の重要なアイデンティティを放棄することであり、安易に変えるべきではないし、それを小中学生に丸投げするなどというのは、京浜急行がいかに地域住民や地域のことを理解していないか、配慮していないかを露呈している。百歩譲って、地域住民が駅名を変更して欲しい、という要望があって、それを踏まえたうえで小中学生だけでなく、地域住民全員を対象に新駅名を募集するのであればまだしも、なぜ小中学生なのか。東京新聞の2018年11月2日の記事では、京急広報部は「次世代を担うお子様に広く声を伺う企画」と言っているが、子供達は大人になったら京急沿線を出ていく可能性は高い。むしろ、この沿線を終の棲家としている人達に聴いた方がいいと思う。そして、小中学生はその沿線の地域のことをろくに知っていない。私は大学生を対象に、彼らが日々過ごすキャンパスに対してのアンケート調査をしているが、「銀杏が臭いので並木道はなくして欲しい」とか一番、キャンパスで守りたいところは「喫煙所」など、ほとんどキャンパス・デザインに通じる意見を伺うことはできない。あと、よく街の人は若者のアイデアに期待というが、日々、若者と接してる身からすると、若者よりオヤジの方がよっぽどアイデアが出てくる。小中学生は無邪気ではあるが、無邪気であるがゆえに、その町のことを駅名などを通じて勉強する機会をむしろ提供してあげるべきであろう。駅名を決めるなどもっての外である。少なくとも、地名は小中学生のコンテストで決められるようなものではない。そして、これから沿線の住民も高齢化していき、そうでなくても物忘れが激しくなり、それまでの記憶で生活環境を理解しようとしている中、鉄道会社の勝手な思い込みで駅名を変えるというのは、あまりにも高齢の沿線住民に配慮がなさすぎであろう。
今回、駅名変更の対象となっている駅には、雑色、青森横丁、大森海岸、梅屋敷、糀谷、子安、仲木戸、日出町、黄金町、六浦、追浜など、もうその名称に言霊が溢れているような駅名も多い。このような言霊がある地名というのは、それだけでアイデンティティをぷんぷんと放ち始めて、その地域に対するイマジネーションがぶわっと広がっていく。そして、そのようなアイデンティティが発現できてこそ、そこの地域はブランド的価値を発信できるのである。そんな基本的なことも京浜急行は理解していないのだろうな。くるりの「赤い電車」の歌が泣く。
このような名前を変更することは、植民地を支配した側が、地域の力を弱体化させるために使う常套手段である。なぜ、沿線住民が高齢化し、今いる人達を大切にしなくてはいけない生活サービス提供者がこのような愚行に走るのであろうか。
 京浜急行にとっても、今回の試みはほとんどメリットがない。まず、おそらくろくな名前が出てこないだろうが、小中学生に期待を持たせて応募させたからには、これはもう実践させなくてはならない。駅名変更をするには、相当のお金がかかる。看板代だけでも相当のものだ。もしかして、社長の息子が看板屋の社長でもしているのだろうか。まあ、これで得するのは看板屋とか印刷屋だけであろう。通常、駅名変更は、地元や地元の学校などがスポンサーになって初めていやいややるようなことだが、今回はどうも地元への根回しもなく、勇み足で京浜急行が始めたようなので、地元からの不平不満は京浜急行に向けられるであろう。
前述したが、高齢者は生活空間の空間記憶の重要な拠り所である駅名を失ってしまうので、鉄道での利用が以前に比べて不便になり、他の交通手段を利用したり、また場合によっては高齢者引きこもりになるかもしれない。いや、認知症の患者にとっては、駅は重要な空間記憶の碇のようなものなので、これは人々が思ったよりも深刻な状況をもたらすのではないかと考えている。結果、京浜急行の高齢者の利用率は下がるであろう。
鉄道会社のような公益性の高い企業、特に地域が存在することで始めて成立する企業は、地域のアイデンティティとかをもっと配慮しなくてはならない義務がある。京浜急行が走っているから、その駅があるから、その周辺に居を構えた人も多い。これから、高齢者が増えていくのに、認知症の問題とかもあまり理解できず、その地域のアイデンティティの重要性が分からない小中学生に名前を委ねるというのは、家族で寿司屋に行った時に家族の注文を小中学生の子供の意見に従うような愚行である。これは、例えば、新馬場で私が好きな小料理屋「牧野」の素晴らしさや、黄金町の三大ちょんの間の混濁したような歴史がその地域のアイデンティティ形成に寄与していることの詩情などは、到底小中学生では理解できないと思われるからだ。いや、理解できる小中学生はいるかもしれないが、いたらいたでそれはそれで嫌である。
 私は縮小都市の研究をしているが、都市が縮小する時、優先的に守るべきものはその都市のアイデンティティであり、例えば旧東ドイツの縮小都市においても、その点を何しろ死守するような政策を採用しているし、それに成功したところはどうにか人口減少が収まったりしている(コットブスやライプツィヒなど)。人口が減少するのと同時に、アイデンティティが希薄化していくと、人口の減少は加速化していくだけだからだ。京浜急行の沿線は人口が減少してはいないのかもしれないが(横須賀市は相当、減少しているが沿線から離れた谷戸地区である)、その地域ブランドは落ちていくであろう。田園都市線のようにマーケティングで地域ブランドをつくれると思っているのかもしれないが、田園都市線は畑と牧場と森といった都市ではないところを新たに開発していったので、無から有をつくりあげるという過程をとった。京浜急行電鉄は、もしかしたら自らの沿線は工場地帯だったりしたので、昔のそういうイメージを払拭もしたいと考えているのかもしれないが、120年の歴史はそのようなマイナスなイメージをも包含させて、今日の都市へと地域アイデンティティを繋げているのだ。だから、田園都市線沿線よりも京浜急行の沿線の方が都市のエレメンツがずっと豊穣ではないか。能見台とかのように豊穣でないところはあるかもしれないが、くるりは京浜急行では歌がつくれても田園都市線では難しいと思う。それは田園都市線にはマーケティングはあっても詩情は本当にないから。あるのは、玉電が走っていた二子多摩と渋谷の間くらいでしょう。
 せっかく、そのような沿線風土を有しているにもかかわらず、自らそれを壊そうとするのは愚の骨頂であり、こういうことを続けていくと、日本の地域性がどんどんと失われていくと思われる。ただ、どちらかというとこういう愚行をするのは地方都市で、多くの場合、それで自らの首を絞めているのだが、東京にもそういう馬鹿がいたかと思うと、地方都市の人はちょっと嬉しいかもしれない。いや、結局、どちらにしても日本がダメになっていくだけですが。
 納得できないようであれば、これから皆が京浜急行を西東京湾鉄道に変えてしまうと言われたらどう思うだろうか。じゃなければ横須賀急行でもいい。横浜と横須賀をとって、横横電鉄でもいい。おそらく、京浜急行の人達は嫌がると思うのである。名前を頻繁に変える人がいたりするが、私はそういう人はどこか後ろめたいものがあるのではと勘ぐっている。自分の過去を消去したくなるような。少なくとも、私は自分の名前を変更するうえで、子供達に決めさせたりしないな。そもそも、自分の人生はつまらなくくだらないものだと自覚しているし、自分の名前も本当、ださいと思っているが、それでも変えるつもりはない。それは、私の人生を私の名前は良くも悪くも包含していて、私のアイデンティティの一部であるからだ。つまらなく、くだらない人生ではあるが、名前を変えたら、それがバラ色に輝くようなものでも決してない。

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静岡アリナ、椎名林檎の林檎博18(不惑の余裕)ツアー・レポート(20日、21日) [ロック音楽]

掛川の静岡アリナでの椎名林檎のコンサートに二日連続で行く。初日も二日目もセトリは同じであった。
初日の流れ。開演前に会場に流れていたのはセルゲイ・プロコフィエフの「ピーターと狼」。開演と同時に、ピーターと狼のようなパターンで各楽器が紹介され『本能』のイントロが流れ始める。林檎のボーカルはテープであろう。Mummy-Dが出てきて、『本能』のラップバージョン的に『本能』を歌う。Mummy-Dの声が悪く、ちょっと聞きづらい。そして、ガラスの箱に入った王冠をした林檎が舞台の中央奥に登場する。そして、『本能』のMTVのようにこのガラスをたたき割って、そこから出てくる。凄い格好いい演出だ。そして、アルバムで一緒に唄っていた『流行』へと繋がる。Mummy-Dは二回ほど、「シズオカ〜」と叫んでいた。とはいえ、駐車場のカーナンバーを見る限りは、静岡県外からも私を含めて、相当来ている印象。
そして、『雨傘』と『日和姫』という港湾局から2曲続ける。『雨傘』はライブの方がずっと迫力がある。そして、ここで7歳の長女のナレーションとともに『APPLE』が流れる。『APPLE』での林檎の動きがとても面白い、というか上手い。これは、日本のケート・ブッシュだな、と思うと同時に、いや、ケート・ブッシュをも上回る才能なのではないか、と思ったりする自分もいる。そして、『Ma Cherie』をした後、『積木遊び』。いや、ギターの名越さんのカッティング、半端なくキレキレである。どうしたら、こんな風に弾けるのであろう。そして、なぜかフィンガー5の『個人授業』をやる。このポップな曲に続いたのはヘビーなリフが印象的な『どん底まで』。しかし、アルバムにも入らないシングルのB面でこれだけのクオリティの曲をつくられるミュージシャンがどれだけ日本どころか世界にもいるだろうか、と思わずにはいられない。そして、『神様・仏様』。この曲の終わりで椎名林檎はイリュージョンのように舞台から消えてしまう。そして、インストで『化粧直し』が流れて、ダンサーの女性達がファッションショーのように、林檎エキスポデザインのビニール傘を持ちながら舞台を闊歩する。ちなみに、この傘はグッズとしても売られていて、3000円というビニール傘とは思えない値段でありながら、私も思わず一本買ってしまった。まあ、これは使用できないので、あくまで部屋の飾りとして使うことになるであろう。さて、これから中盤に入るという感じであるが、中盤は『カーネーション』、『ありきたりな女』とバラード系が続く。なかなか心に染みるし、特に『ありきたりな女』は、天才でしか分からない悩みを綴っている歌詞に、そういうものか、と聴くたびに思うが、このライブでも改めてそう思わさせられる。そして、若干、ギアが上がって『いろはにほへと』、さらには『歌舞伎町の女王』。椎名林檎のコンサートは、演奏の素晴らしさは勿論なのだが、映像芸術が本当に驚くほど素晴らしいのだが、『歌舞伎町の女王』は見事、歌世界を映像で表現していて楽しめた。そして航空局から『人生は夢だらけ』。
ここで、また林檎はちょっと休憩、ということなのか、次の曲は浮雲が現れて『東京は夜の七時』を歌う。そして、浮雲と林檎のデュエット曲である『長く短い祭』。次の曲は『旬』。ああ、心が洗われる。
そして、大手家電店の看板のような映像が出てくる。スキトキメキトキスと書いてあって、それに関しての歌を歌うのだが、これは私、よく分からない曲であった。そのまま、『ちちんぷいぷい』へと繋がり、次に画面に宮本浩次の巨大な顔が出てきて、映像の宮本浩次とのデュエット(痴話げんか?)のような展開で『獣ゆく細道』を演奏する。テープであるのが分かっていても、その臨場感溢れる演出に圧倒される。
そして、トータス松本が現れて、CMソングであった『目抜き通り』を林檎とデュエットして、「最後の曲です」との挨拶をしたあと『ジユーダム』。なんか、肩の力が抜けているな。さすが「余裕の不惑」。
それほどの時間を経たずして、アンコール。最初の曲は、不協和音の緊張を強いる「はいはい」。そして、珍しく、というかインストの『化粧直し』を除けば、唯一の東京事変からの曲『夢のあと』を演奏し、林檎博08と同じように『丸の内サディスティック』のエンドロールが流れて、コンサートは終演した。

 10年前の林檎博は、もうこれでもか、というほどそれまでの椎名林檎の素晴らしい楽曲を惜しみなく提供していたのに比べて、今回はあるコンセプトに合致する曲を膨大な林檎コレクションの中から選択して、あるストーリーに編集したかのような印象を受ける。全般的に「生きていくこと」ということをテーマとした曲から構成されていたような印象を受ける。いや、『個人授業』はそれほど関係はないか。
それにしても、『丸の内サディスティック』もそうだが、『罪と罰』、『ギブス』、『NIPPON』、『幸福論』、『ありあまる富』、『ここでキスして』など、絶対受ける代表曲をこれだけオミットしても、極めてクオリティの高いコンサートを構成できるとは、本当、椎名林檎の才能は凄まじい。あのポール・マッカートニーでさえ、イエスタディやヘイ・ジュードを演奏しないことはあり得ないことを考えると、本当、椎名林檎は凄いミュージシャンというか、度胸があるなと思う。観客に媚びない姿勢は、なんか頭が下がる。

さて、あと一日目と二日目とみたので、両日の違いを少しだけ書かせてもらうと、一番の違いは一日目はMummy-Dも浮雲もマイクを持って歌っていたのだが、二日目はテープを流したことである。一日目のMummy-Dは確かに声質がだみ声になっていて、音程こそ合ってはいたが、ちょっとプロのボーカリストという感じではなかったので気にはなったが、まさかライブでテープを流されるような措置を採られるとは驚きであった。さらに驚きであったのが浮雲である。浮雲も一日目、多少、音程がズレているかなという印象を受けたし、いつもよりはボーカルが今一つのような気もした。しかしMummy-Dと違い、浮雲はもう林檎ファンにとっては、非常に好感度の高いアーティストなので、そこらへんは愛嬌ということで私も気にはしていなかったのだが、なんと二日目はテープを流されて歌わせてもらえなかった。そして、これはちょっと林檎も計算外だったのかもしれないが、浮雲は口パクで歌わされていることが、もう耐えられない、という感じでステージにいたので、観ている私の方が緊張してしまった。ミュージシャンとして、そもそもギタリストであるのにボーカルを取っていて、さらに口パクでステージに出さされるというのは、もうプライドずたずただよな、というのは分からないでもないが、それにしても、あのやる気の無さ全開の態度は、ちょっと困惑させられた。というか、あの1万近くの観衆の中で、もっともノっていなかったのは浮雲であったろう。観客を盛り上げる側の一人が、一番盛り下がっている。いや、気持ちは分かるんだけどね。
その後の林檎嬢は毅然としていたが、多少、音程を外したり、歌が入るタイミングがずれていたのは、多少なりとも動揺があったのだろうか。通常、最小限のMCで、アンコール前の『ジユーダム』を演奏する前に、1日目ではしなかった「今日はメンバーも多くの観客の前で一生懸命、演奏させてもらっていたようです」(正確な引用ではなく、私の記憶にもとづく)と話したのは、もろ浮雲の当てこすりのように聞こえなくもなかった。というか、どう考えても当てこすりであろう。
ということで浮雲のファンでもある私としては、本当、なんか演奏中も妙に緊張してしまい、1日目ほどは楽しめなかった。その後の打ち上げとかでも火花というか、林檎嬢の鉄槌が下されそうで、私はハラハラとしており、今、これを書いていてもハラハラしていつ。今後もコンサートは続くのでどうなるのだろうか。次は11月22日のさいたまスーパーアリーナに参戦するのだが、それまでに何かが起きそうな気がする。とはいえ、これは椎名林檎嬢の完璧主義の一端を垣間見たような感じであり、やはり、傑作を世に出すような人は、本当厳しいのだな、と思ったりもした。
 

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国際日本文化研究センターを訪れ、内井昭蔵氏の図書館設計の理念を少し知ることができた [都市デザイン]

京都の洛西ニュータウンのそばにある国際日本文化研究センターを訪れる。同センターは、「日本文化を国際的な視野にたって学術的、総合的に研究するとともに、世界の日本研究者に研究情報の提供などの研究協力を行うことを設立趣旨としている」。この施設は、当時のセンター長であった梅原猛がその設計者として内井昭蔵に白羽の矢をたて、一般的には内井氏を代表する作品として捉えられている。
 内井氏の著書『装飾の復権 - 空間に人間性を』(彰国社 2003年)には、随分とこの国際日本文化研究センターに関してページが割かれている。また、『続・健康な建築』にも多くが語られている。ということで、是非とも視察したいと考え、見学申請書を提出し、写真撮影とともに資料の入手などもさせていただいた。
 同センターは研究棟、国際交流棟、講堂、図書館・図書資料館、日文研ハウス(宿泊棟)、情報・管理棟、福利施設棟とから構成されている。
 どれも、細部にまで繊細な神経で拘っており、そのヒューマン・スケールで優しい建物群は、そこにいると安堵感を覚え、初めて訪れた場所であるにも関わらず、居心地のよさを感じる。しかし、これは内井氏の建築の中で15年間仕事をさせていただいた私が感じるノスタルジック的な心地よさかもしれないので、ちょっと主観が入っているかもしれない。
 このセンターの中心に位置するのが図書館である。図書館は、大英博物館のようなものをつくって欲しいという要望が内井氏の方にあったようだが、出来たものは一目でアスプルンドのストックホルム市立図書館を意識していたことが分かる。中央のカウンターの設計、そして何より外観のロタンダの意匠がそっくりである。パロディなのではないかと思うぐらいなのだが、同センターの人の一部は、いやそんなことはない、と否定する人もいるようだ。ちなみに、このセンターがつくられた時に若い研究者であった井上先生にちょっとお話をさせていただく機会があったのだが、彼が内井先生に「アスプルンドですよね?」と尋ねたら、ニコッと笑って返したそうだ。
 さて、内井氏は大学の設計において非常に重要視するのが、図書館であり、それは、このセンターの設計にもみてとれる。内井氏は、図書館に関してはヴァージニア大学を参考にしていると幾つかの著書で書かれている。この図書館は拡張性のシステムがしっかりと計画に入っており、内井氏が設計された後も蔵書が増えるに従い、第一次増設、第二次増設と行われている。現在75万冊の蔵書があるそうだが、まだまだ収容する余地はあるそうだ。ちなみに、第一次増設時は内井設計事務所が担当したが、第二次増設は内井事務所とは関係ない設計事務所が担当した。
 内井昭蔵氏の建築の真骨頂は、その細部への拘り、その空間への利用者への温かい眼差し、そして細かい配慮であると私は思っているのだが、増設部分は、時期がずれるにつれ、その個性は薄らいでしまっているような印象を受けた。しかし、これは予算の問題もあったかもしれない。同センターが設計された時は、バブル経済の最中、しかも当時の中曽根首相の肝煎りのプロジェクトであり、センター長も当時は梅原猛である。そして、内井昭蔵氏に梅原猛は入れ込んだ。そのような中、梅原猛も内井氏を選んだことで批判を後にされたくなかったのであろう。内井氏は相当、思い切って、自分の建築理念をこの場所で具体化させることができたのではないか、と考えられる。とはいえ、このセンターの井上先生の話によると、「もうちょっとしたいことがあった」と彼に漏らしたことがあったそうである。何が言いたいかというと、内井氏が設計した図書館はすこぶる素晴らしいが、増設するに従い、その素晴らしいエッセンスが希薄化しているということだ。
 図書館に話を戻すと、システムの中心において、その後、しっかりと周辺に拡張できるという設計コンセプトを内井氏はヴァージニア大学でヒントを得た。これは、同じ内井昭蔵氏が設計した明治学院大学の白金キャンパスの本館でも同様に考えられた、と明治学院大学に内井事務所が提示した資料にも明記されている。それで、同大学の管財部もヴァージニア大学にまで視察に行っている筈だ。私はまだヴァージニア大学を訪れたことがないので、その点ははっきりと分からず、そのために明治学院大学の図書館においてどのような拡張性が意識されていたかが理解できていなかった。
 少し、話が横道に逸れるが、私は現在、内井昭蔵氏がどのように明治学院大学の設計プランを考えられ、それを具体化していったのかといったことを調査研究している。その背景は、ここでは述べないが、そのような調査研究を始めたきっかけは、ある私の元同僚の先生との会話であった。
 この同僚の先生は、白金キャンパスの本館の設計を批判していた。「こんな大学の設計はなっていない」と主張をしていたのである。私は、正直、内井昭蔵氏の設計した建物で日々、過ごしていてむしろ本当、幸せだなと思っていたので(この気持ちは、今の龍谷大学深草キャンパスで過ごしているとより強く、感じる)、彼のこの主張に関心を抱いた。そこで、私は「先生、この本館の建物のどこが気に入らないのですか」と尋ねると、彼は「一番の問題は図書館である。この図書館には拡張性がない」と言う。私は、「それでは先生はどのような大学の図書館がいいと思われるのですか」と再び問うと「ヴァージニア大学だ。あそこは素晴らしい」と答えられたので、まあ、心底、愕然とした。なぜなら、内井昭蔵氏がまさに明治学院大学の図書館のモデルとしたのがヴァージニア大学であるからで、この先生は本当に大学の先生なのか、こんな先生に教わる学生達は悲惨だな、と呆れ果てたのだが、ただ当時、私は確かにこの図書館には拡張性はないかな、と思ったのと、この大学の図書館のモデルがヴァージニア大学ですよ、と言うのも面倒臭かったので、それ以上、会話を続けなかった。
 ただ、この経験は私に二つのことを教えてくれた。一つは、建築に関して無関心な人はほとんど建築の良し悪しが分からないな、ということ。もう一つは、そのような分からない人に対して、やはり、しっかりと建築家の思想などをまとめて発信する必要があるな、ということである。私が建築の専門家でもないのに、内井昭蔵氏の明治学院大学のキャンパス計画の研究を始めたきっかけは、この会話だけではないが、その結果、私が自分に課した研究テーマの一つとして、明治学院大学の図書館の拡張性を内井氏がどのように考えていたのか、を入れることにした。
 そして、それを解明する大きなヒントが、このしっかりと拡張性のシステムを確保し、実際、拡張をした国際日本文化研究センターを訪れて得られた。それは、明治学院大学の図書館に隣接した教室、もしくは研究室を図書スペースと拡張するということである。まだ、明学の図書館には蔵書スペースが余っているので問題がないが、もし埋まったら、その隣接している回廊スペースを図書の蔵書スペースにすればいいのである。もちろん、そうすると教室が減るかもしれないが、それらの教室や研究室をむしろ建て増しすれば問題は解消する。特に、研究室に関しては、現在のヘボン館を改築した時に高さを増して収容することができる。
 そこらへんをどの程度、本人が意識をしていたかは分かりにくいが、拡張性が硬直化してできないような設計ではまったくないと思う。
 まったく建築的な理解がなく、それなのに堂々とお門違いでフェイク・ニュース的な発言を主張できるトランプ並みの厚顔無恥な同僚が一緒であったことは、私にとっては不幸であったが、その彼のお陰でいろいろと内井昭蔵氏の素晴らしい建築を見るきっかけをつくってくれたことを考えると、それはそれで悪くなかったかな、と思ったりもした、国際日本文化研究センターの訪問であった。

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柴田久『地方都市を公共空間から再生する』 [書評]

福岡大学で教鞭を執り、福岡の警固公園などの設計で知られるコミュニティ・デザインの手法にもとづくランドスケープ・デザインを手がける柴田久氏の実践的、そしてワークショップ型の市民関与型のプロジェクト指南書。実際の経験に基づく論考なので、説得力があるし、また景観的なセンスがしっかりしているのでためになる。というか、同じカリフォルニア大学バークレイ校の環境デザイン学部で学んでいる(柴田さんは客員教員という身ではあったが)ので、そもそも理念や考え方が私と類似しているからということもあるかもしれないが。加えて、文章が明瞭なので、滞りなく読めるが、内容は濃く、なかなか読み応えがある。公共空間を通じて、地域を活性化させる、というか、そこに住む人達を活性化することを考えている人にとっては益するところが多い図書であると考えられる。お薦めである。


地方都市を公共空間から再生する: 日常のにぎわいをうむデザインとマネジメント

地方都市を公共空間から再生する: 日常のにぎわいをうむデザインとマネジメント

  • 作者: 柴田 久
  • 出版社/メーカー: 学芸出版社
  • 発売日: 2017/11/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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商店街を利用しない大学生 [商店街の問題]

ゼミ生達を連れて、京都市役所の商業振興課を訪れ、商店街への補助事業などのヒアリングを行う。ゼミ生は説明をぽかんと聞いているので、商店街を利用しているか?と尋ねると13人中ゼロであった。京都市出身者が4名、下宿者も3名ほどいるが、1名は奈良県だが、残りの5名は大阪府である。まあ、枚方、高槻、豊中といった郊外居住者がほとんどだが大阪市東淀川区も一人いる。大学生であるということも関係しているだろうが、皆、買物に行くのはショッピングセンターやチェーンのスーパーマーケットである。致し方ないのかもしれないが、もったいない。消費者として、このようなチェーン店で物を買わされるのは、まったく都市文化の醸成にも貢献することがなければ、それらを享受することもしてない訳である。
 私も京都のマンションで寝泊まりしている時は、ほとんど家に帰るのが11時近くなので、スーパーで買い物をしてしまっており、その点は情けないところではあるが、東京だと肉や珈琲豆、パン、ケーキ、お酒(特に日本酒)などは絶対、スーパーとかでは買わずに個店で買う。魚もこれは、ちょっと城南地区でチェーン展開してはいるが魚屋で買っている。スーパーでは缶詰やパスタ、それに周辺には八百屋がないので野菜や果物は買ってはいるが、それ以外は買わない。チェーン展開しているスーパーで買う比率を「スーパー係数」とすると、これはもうエンゲル係数と同じように高いほど貧しさを示していると私は考えている。レストランもチェーン展開しているところで消費する割合を「チェーン・レストラン係数」とすると、これも高いほど食生活の貧しさを表していると考えられる。
 そして、スーパー係数、チェーン・レストラン係数は圧倒的に地方の方が東京よりも高い。すなわち、東京の方が豊かな食生活を享受できているのであり、これが私が最近、憂慮している東京と地方において広がっている格差なのだ。ちなみに、東京でも都心部と郊外ではこの指標に違いがあるので、東京圏であればどこも一律に豊かな訳では決してない。そして、大阪や京都はこれに関しては、相当豊か、すなわち「スーパー係数」も「チェーン・レストラン係数」も低く生活できるだけの機会があるにも関わらず、自ら、貧しい消費生活をしている大学生にはちょっと情けない気持ちになっている。まあ、私も大学時代は結構、貧しかったが、それでも食事とかはチェーンには滅多にいかず、個店で食べていましたね。そちらの方が美味しと思っていたし、値段も安かったから。

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国連の移民の統計をみて考える [グローバルな問題]

2015年に国連が発表した2013年の各国の移民数データがある。2013年時点で全世界には2億4370万人の移民がいる。それを国別でみると、最も多いのはアメリカで4663万人であり、これはアメリカの全人口の14.3%を占める。次に多いのはドイツの1200万人で、これはドイツの全人口の14.9%に相当する。絶対数では、ロシア、サウジアラビア、イギリスが続く。割合で高いのはアラブ首長国連邦の84%やカタールの74%といった中東の産油国である。日本はどうかというと、204万人であり、これは全人口の2%にも満たない。これより少ない国は中国、インド、メキシコ、バングラデッシュ、ナイジェリア、エチオピア、ウガンダ、スーダン、インドネシア、タンザニア、スリランカ、ルーマニア、モザンビーク、アルジェリア、ベトナム、グアテマラ、イラクというどちらかというと紛争があったり、独裁国であったりして逃げ出したくなるような国が多くを占める。そのように考えると、日本のこの移民数の少なさは国際的には異常であるといえよう。安倍政権はあと50万人ほど移民を増やすと言っているが、それでもその全人口に占める割合は2.5%にも届かない(母数の全人口が減るので割合はもしかしたら高くなるかもしれないが)。アメリカ、ドイツ、イギリス(13.2%)、フランス(11.1%)、スイス(28%)、カナダ(22%)といった10%を越えるのはなかなか難しいかもしれないが、まだ豊かであるうちに移民をスペイン(9.6%)、イタリア(8.3%)といったヨーロッパのラテン系諸国に近づく8%に目標設定をしてもいいのではないだろうか。日本人は移民に対して抵抗を覚えている嫌いがあるが、人口が減少していく中、国力を維持させることを考えるのであれば、この国際的な異常値を示している移民を増やすのがもっとも有効な対策であろう。というか、あまりぐずぐずしていると移民が来たいような国ではなく、移民を出す国にまで落ちぶれてしまうのではないかと心配である。まだ、余裕があるうちに対策を立てた方がいいであろう。将来の日本の人口を1億人と想定すると、8%は800万人。50万人ではなくて、600万人は増やす必要がある。日本人を存続する必要性はあまり個人的には感じないが、日本語を始めとして日本文化を次世代に継承していく人達、また、これらを土台とした新しい文化を創造する人達のプールとしての集団が必要である。そのような人は、別に肌が黄色でなくてもいいし、目が青くてもいいかとも思う。感情論ではない冷静な移民政策の議論が待たれる。

タグ:移民
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映画『1984』 [映画批評]

小説『1984』を読んだので映画の『1984』も鑑賞した。原作を随分と省略し、相当、雑に編集しているが、そのエッセンスのようなものは保たれている。ただし、映画では、ちょっと一般受けを狙ったのか、「愛が未来を救う」といった愛賛歌の側面の表現が強すぎるところが気になった。まあ、それは、最後のシーンでの愛の脆弱さを見事に描く、どんでん返し効果を意識したためだったかもしれない。
 米国人のマイカル・ムアーがトランプ政権の危険を警鐘する映画「ファーレンハイト11/9」を製作した。この映画はまだ未公開であるが、ムアーのテレビ取材での発言から、彼がトランプを非常に危険視していることが理解できる。さて、そのトランプ政権を予見したかのような小説がまさに『1984』であり、それをより視覚的に訴えたのがこの映画であるのだが、映画で描かれた2分間の「憎悪の時間」において、地下組織のリーダーであるカラドールへ罵声を浴びせる党員の人達は、まさにトランプのラリーでヒラリーを「投獄せよ」と叫ぶトランプ支持者を彷彿させる。また、実態とは異なる経済成長を喧伝するところも、トランプ政権と同じである。まあ、この点に関しては、経済指標を変えて、実態より経済が成長しているように見せる安倍政権もまさに同じではあるが。
ちなみにアメリカ公開版では、ウィンストンとジュリアが最後まで拷問に屈せず、「ビッグブラザー打倒」を叫んで死ぬというラストに改変され、それに不満を持ったオーウェルの遺族が公開差し止めを求めたそうだが、1984的なトランプ政権を3分の1のアメリカ人が支持していることを考えると、随分とアメリカも変わってしまったなと思わずにはいられない。


プレミアムプライス 1984 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: メダリオンメディア
  • メディア: DVD



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ジョージ・オーウェル『1984』 [書評]

ジョージ・オーウェルの『1984』をようやく読破した。彼の『アニマル・ファーム』は高校時代に読み、大変、感銘を覚えたことや、デビッド・ボウイの佳曲『1984』とかも好きだったので、読んでおけばよかったのだが、これまで読み損ねていた小節である。さて、今回、なぜわざわざ読もうかと思ったのかというと、それはトランプが大統領になった直後、アメリカでこの本がベストセラーになったからである。
 さて、『1984』で描かれる世界は真実を伝える術がなく、権力側が自分達の都合がいいように現在の情報だけではなく過去の情報まで編集してしまう。マスコミをフェイク・ニュースと呼び、「国民の敵」とまで言い放つトランプとその支持者はまさに『1984』をつくりあげようとしている勢いであるが、彼がこのような動きを見せるようになったのは当選してから数ヶ月経ってからである。『1984』は当選直後にベスト・セラーになったので、アメリカ人の多くは、真実を歪めて自分の都合のいい情報を流そうとするトランプの危険性を選挙直後に気づいていたということだろうか。私はトランプの大統領当選を極めて大きな危険を孕んでいるなと当選当時から捉えていたが、『1984』を読んだ今であっても、さすがにこのフィクションで描かれる世界のような事態になるだろうとは当時でも到底、思っていなかった。そのように考えると、アメリカ人にも相当、鋭い人達がいるな。
 しかし、鈍い私でも現在は違う見方をしている。トランプが「史上最高の経済成長率」、「リンカーン以来の傑出した大統領」、「プエルトリコのハリケーンでは非常に適切な災害後対策をした」などの出鱈目を言い続け、その嘘を指摘するマスコミをフェイク・ニュースと言い放つトランプは、まさに『1984』の悪夢を彷彿させるし、さらに彼の「嘘」を支持し、「真実」を駆逐しようとする人々の狂気は、人間がいかに醜悪で弱い存在であることを思い知らされる。
 『1984』では、次のような文章がある。
「もし彼が床から浮かぶと思い、そして同時にわたしも彼の浮かんでいるのが見えると思うなら、そのときにはそれが現実に起きていることになる」
 トランプの支持者はまさにそのような精神状況にあるのだろうし、第二次世界大戦に突入する前の日本人もそのような状況にあったのかもしれない。どちらにしろ、この3割近くの国民がロシアによる集団心理操作によって真実が見えなくなってしまったアメリカの行く末には恐ろしい結末が待っていそうだし、その影響は日本も免れないであろう。というか、最近の安倍総理の経済統計指標を変えて経済成長を実施よりしているように見せるせこさとか、もりかけ問題での厚顔無恥にも嘘を言い放つところとか、ミニ・トランプ化していないか。対岸の火事ではなくなる可能性も低くはない。

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ドレスデンのインターナショナル・カフェを訪れる [グローバルな問題]

ドレスデンにあるヴェルト・クラブ(Welt Club)を訪れ、アフロパというドレスデン周辺で生活をしているアフリカ系ドイツ人とドイツ人との交流を図るNPOの代表とインターナショナル・カフェの代表者に取材をする。アフロパは2014年から活動を開始し、その後、難民などがシリア、アフガニスタンから来たことで、活動内容を拡大している。ドレスデン市からも補助金を受けていて、ソーシャル・ワーカーを使って、ドレスデンにきた難民の人にアドバイスなどをしている。
ヴェルト・クラブはアフロパが事業として行っている交流スペースである。1階には移民の人達の相談場所があり、来た人が知り合うためのカフェのような施設もある。2階はセミナールーム。ここは極めてオープンな空間である。
代表は無償で仕事をしている。代表の仕事は看護師で出身国はモザンビークである。アフロパの位置づけは、ドレスデン市にいる外国人のための代弁者。1989年に東西ドイツの壁が取り壊され、1991年に外国人の排斥運動がドレスデン市で起きた。そして、モザンビーク出身の移民が排斥運動のために亡くなった。外国人に対する暴力を振るう人がたくさん現れた。2015年にたくさんの難民がドイツにやってきた時にまた排斥運動が始まり、当時のことを思い出し、これはしっかりと対応をしなくてはと思っているそうだ。
ドイツ人は過去、ユダヤ教徒の排斥があったが、現在はイスラム教徒への排斥運動がみられている。ドレスデンは人種差別の街というイメージが定着されつつある。それと同時に、1990年代頃からドレスデンでは外国人を守るような運動も起きている。アフロパはそのような運動の流れの一つとして捉えることができよう。
インターナショナル・カフェの代表はオルガ・フィーガさん、というちょっと中東的な雰囲気も持つ若い美人さんであった。彼女は大学で芝居を勉強しており、ベルリンから2009年にドレスデンに引っ越してきたそうだ。ドレスデンに来て彼女が驚いたのは、通りを歩いている人のほとんどが色の白いドイツ人だったことである。舞台をみてもテレビをみても、ドイツ人ばっかりが出ている。ベルリンと違って、外国人、難民はカルチャーという舞台には出てこなかった。いろんなところで劇をしていて、舞台のテーマは人種差別の話だったりもするが、それはドイツ人とドイツ人が話をしているだけである。そうであれば、モザンビークやベトナムの人達を舞台に上げて、そこで人種差別の話をするような舞台をつくろうと考えたそうである。そして、実際、やろうとしたら舞台の責任者が駄目だという。アフリカの人達が舞台に上がって人種差別をどうこう議論するのはけしからんという。そのようなこともあり、自分達で劇をつくることにした。そして、それをやっている途中、ペギータがドレスデンにもいることに気づいた。これは、ヨーロッパ人(ドイツ人)がイスラム化するのを防ぐグループである。彼らは毎週、月曜日にドレスデンの街中を散歩した。最初は小さいグループだったが、いつの間にか25000人にまで膨れあがり、暴力的にもなってきた。そして、ドレスデンの市民は支持者と反対者とかで二分されてきた。その結果、ここで生活するのが不快な状況になってきた。最初はこれに反対するデモに参加していたのだが、このデモの参加者が徐々に少なくなってきた。そして、自分達がいいことをしている筈なのに肩身が狭い思いをするようになってきた。それで危機感を覚えて、一週間に一回、ペギータ反対者のグループが集まるようになった。これがインターナショナル・カフェの始まりだ。
最初の動機は自分達のシェルターをつくることであった。それと難民の人達の逃げ場をつくることにした。ここに集まって、いろいろな話をした。毎週、金曜日の午後にそこに集まるようにした。特に広報をしなかったが、人が集まってくるようになった。
インターナショナル・カフェはプログラムをつくることをしなかった。その時に生じた費用は寄付金で賄った。インターナショナル・カフェはE.V登録をしていないが、それは規則で縛られて何かやるのではなく、自由にいろいろとやれるようにしていたいからだそうだ。

ドレスデンは人種差別の町として、ドイツだけではなくドイツ外でも悪いレッテルを貼られているが、それら人種差別者と相対して、そのような差別がない社会をつくろうとしている人達も当然、存在している。このような人達の存在は、ネオナチ等のネガティブな情報の陰に隠れてしまう訳だが、ドレスデンにもドイツ的な良心が存在することを知ったことは私にとっては視野が広がる思いであった。

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オートバーンで三両ほど先を走っていたトラックが横転する [地球探訪記]

ライプツィヒからライプツィヒ・ハレ空港へバスでオートバーンで向かう途中、あと空港まで5キロぐらいのところで三両ほど先を走っていたトラックが横転した。幸い、運転席は横転しなかったので運転手は無事かと思うが、二車線のオートバーンの両方とも塞ぐことになってしまった。飛行機が出発する時刻までには、まだ3時間ぐらいはあったが、パトカーが来て現場検証して、それからトラックを移動させて他の車が通れるようになるには2時間以上はかかるであろう。これは万事休す、という状況になった。トランクを持って歩いていくには遠すぎる。ただ、不幸中の幸いだったのは300メートルぐらいのところでオートバーンと立体交差している道路があることだった。しかも、その道路はオートバーンと交差するところで階段もある。ということで、そこまでトランクを持って歩いて行き、タクシーを呼んでどうにか空港まで行くことができた。
 あと3分ぐらい早く走っていればまったく問題なく、空港に到着できただろうが、あと1分早く走っていれば横転に巻き込まれたかもしれない。そして、せっかくちゃんと空港に着いたのにフランクフルトへの接続便は30分ほど遅れて出発した。トランジットの時間がそもそも1時間と短かったのでハラハラさせられたが、幸いにして、通関が驚くほど早く、しかも荷物検査もなかったのでゲートが開く前に着くことができ、無事に日本に向かうことができた。
 まあ、激しい一日だったがどうにか切り抜けたな、と思っていたらビジネスクラスのリクライニング・シートの間に愛機のiPadを落とし、シートを動かして取ろうとしたら割れてしまった。これは痛恨だ。今回の旅行は出発時は、関西国際空港へ行く途中のバスで鞄のチャックが全破壊し、帰国時は「お友達」と呼んで、愛用していたiPadが壊れてしまった。まあ、激しい旅行ではあったが、どうにか戻ってくることができた。

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ドイツのクラインガルテン事情 [都市デザイン]

 ライプツィヒに来ている。都市周辺には本当、クラインガルテンが多い。ライプツィヒはクラインガルテン発祥の都市である。ということで、簡単に調べてみた。
 クラインガルテンは組合によって管理されている。年会費は25ユーロ前後。ただし、光熱費等が年間300ユーロぐらいかかるので、都市にもよるが大体、日本円で年間5万円弱ぐらいだろうか。面積的には100㎡〜300㎡だそうだ。借りられる期間は25年ぐらい。結構、人気があるそうでウェイティング・リストもあるそうだ。ただ、ドイツも高齢化が進んでいるので、クラインガルテンの管理ができなくなってきている人も増えているようなので、比較的、借りやすくなっているそうだ。また、基本、有機農業をしなくてはならず、化学肥料の利用は駄目で、水もほとんどを雨水で賄っている。さらに、コンポストもしなくてはならない。しかし、これはクラインガルテンの組合の考え方にもよる。通常、泊まってはいけないがそれほど厳しくチェックはされていない。ライプツィヒでは3万ほどあり、これは人口比でいうと6%程度。この割合は他の都市より高いそうだ。

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(クラインガルテン:ただし、ライプツィヒのものではなくケムニッツのもの)
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オランダの道路は狭い・・・コンパクト・シティに広幅員の道路はあり得ない [都市デザイン]

オランダの住宅街を自動車で移動していたのだが、道幅が相当狭いので驚いた。そして、中央分離線も引かれていないので、なんか不安になってスピードを出すことも難しい。高速道路はしっかりと広幅員であるが、高速道路を下りると、バスやトラックが通るような幹線道路でも狭いのである。自転車道や歩道は別に平行して整備されているので、広げようとすればできるだろうが、そうしていない。
 そして、その結果、ヒューマンな空間がつくられている。オランダの都市はコンパクト・シティのプロトタイプとして、コンパクト・シティを具体化しようとする日本の自治体も注目していると思われるが、この道路幅員の狭さはコンパクト・シティの重要な要件であろう。広幅員の道路を整備して、コンパクト・シティをつくるのはあり得ないと思う。コンパクト・シティであれば道路もコンパクトでなくては・・・。こんなことは、ちょっと考えれば当然かと思うが、日本の都市は広幅員の道路をコンパクト・シティを掲げていてもつくってしまうからな。その矛盾をオランダの住宅街の道路幅の狭さを観察し、再認識する。

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アムステルダムにある女性問題の唯一の国立研究所であるATRIAを訪れる [都市デザイン]

アムステルダムにある女性問題の唯一の国立研究所であるATRIAを訪れる。ここは英語で訳すとInstitute on Gender Equality and Women’s History。女性問題の研究、そして政策提言をしている機関である。図書館もあり、蔵書数も非常に多く、10万点以上の文献を有しているそうだ。そして、ここでは情報提供以外に現在の女性地位の評価などの研究もしている。ここにくれば政策決定者や女性問題に取り組んでいる人達は、女性問題に関する統計情報を入手することができる。女性のイメージ、暴力、仕事などを大きなテーマとして扱っている。アトリアが目標としているのは、男女間の平等を実現することである。
 ATRIAの説明によると、日本の女性就労率は66%、それに比してオランダは74%。そして、男女の給料格差であるがオランダは16%、日本は26%である。ちなみに16%というのはOECDの平均の数字とほぼ同じということである。これが少ない国はベルギーとかルクセンブルクである。ベネルクス3国の中ではオランダは後塵を拝している。
 オランダの女性労働市場進出の特徴としては、女性は多くがパートタイムであり、そのうちの半数が自立で生活できない。加えて、企業やトップの管理職の割合をみると女性の進出具合は今一つである。ATRIAの見解だと、女性が家事などをするので、パートタイムで甘んじなくてはならない状況にあると考えている。男性と女性の権利は平等ということは認められているが、労働市場だと家事を女性が押しつけられるので、なかなか女性の労働進出が厳しい状況にある。
 家事とお金を稼ぐこと、そして学ぶという3つをうまくバランス取って回していく、ということを女性だけでなくて男性もしなくてはならない、とATRIAは主張している。ジェンダー間のバランスが不均衡であることを是正しようとしているのだ。特にジェンダーのステレオタイプを壊すことに取り組んでいるそうだ。福祉関係の医療などだと、汚い、きつい仕事であって女性がやるべきだと考えられたりしているが、そういうことを是正しようとしている。
 2015年に男女格差の雇用状態を調べたのだが、現在は30.7%が平等ではない。傾向としては、男女格差は減っているが、まだ道のりは長い。これはヨーロッパの他国に比べても劣っている数字だそうだ。
 15歳〜64歳までの女性の就労率は1980年代前半は35%であったが2018年では71.3%にまでほぼ倍増した。このような就労率の増加はオランダはパートタイムの仕事で働く人が多いからだ。しかし、ヨーロッパの中でもこの女性のパートタイムの割合がこんなに高いのはオランダだけである。
 ワークライフバランスに関してであるが男性は仕事と家庭の割合は6対4,女性は4対6となっている。
 そのような状況下で、どのような解決をATRIAは提言しているのか。
まず、ステレオタイプの瓦解を促進すること。そのため、女性らしくないロールモデルを広報すること。また妊婦への偏見を是正すること。加えて、父親も子供ができた時は有給で2週間休めたが、来年度から5週間に延長できるようにしている。とはいえ、この日数はスカンジナビアの国に比べると少ないので、さらに延長しなくてはならないと考えている。
 全般的に男女格差が少ない国は、アイスランド、スウェーデン、ルワンダだそうだ。これら三国はすべて訪れたことがあるが、印象論ではあるが、結構、納得できる。

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オランダの認知症ケア施設「ワルム・タイス」を訪問する [サステイナブルな問題]

オランダの認知症ケア施設「ワルム・タイス」を訪れる。ワルム・タイスは2箇所あるのだが、我々はDe Hulstというアムステルダムの北、バスで45分ほどいったアルクマールのそばにある施設に行った。これは10年ほど前、高齢者医療の専門家を中心につくられた認知症ケア施設である。
 所長のハンズ・アムステルスさんに話を聞く。
 最初に認知症の説明を聞く。認知症になると、コップやお土産などの物が認識できなくなる。季節や今、何時なのか、さらには記憶が随分となくなってくる。自分の中でも何が起きているかが分からなくなる。そういう中、ここでは規則的な生活をすることをさせるようにしているそうだ。そうすると、それが安心感や自分が守られているという気持ちになる。
 ワルム・タイスは4つのコンセプトがある。そのうちの一つは「自由」である。例えば、認知症の方が散歩好きで、この施設の周辺を散歩したかったら、ここでは散歩をさせることを優先して考える。また、ポイントとしては、ここで働いている人は責任をもって仕事をしていることである。ワルム・タイスの組織において、そのボスは、ここに来ている認知症の患者の人達であると捉えている。あと、「すべてのことが可能である」という考え方をしている。顧客のニーズがあったら、それにできるだけ対応するように考えている。
 また、この施設は農家を使っているのだが、その理由としては、土地があることや、動物がいることでそれらと遊ぶことができる、豊かな自然の中で生活できる、などのメリットがあるからだそうだ。
ここでの利用料は年間で86000ユーロ。これは一日当たりだと235ユーロ(3万円)ぐらいとなる。ワルム・タイスの年間の収入は490万ユーロ。従業員は132人である。ただ、ほぼ全員がフルタイムでありパートタイムである。従業員は1週間(36時間)であり、年間の人件費は55000ユーロだそうだ。オランダでも、やはりこのような施設で働きたいと思う人が問題になっている。ここの間接経費は9%であるが、これはオランダ平均の16.4%よりも随分と低い。
 このような施設を運営していく時、もっとも難しい課題は、良質な職員を確保することである。このような仕事にそもそも就きたいというオランダ人が少なくなっている。
 社会が複雑になって、認知症の人が生きていけないようになっている。そういう人達に生きていけるような環境を提供したいと考えている。この施設はオランダでも人気があり、ウェイティング・リストには150名ほど名が連なっているそうだ。
 ちなみに写真撮影はクライアント以外は許可されたが、学校やこのような施設の写真をネットでアップすることはオランダの法律で禁じられているそうなので、ここでもアップはしない。ただ、ワルム・タイスの紹介動画があるのでどのような場所であるかを知りたい方はそちらを参照してもらえればと思う(https://www.youtube.com/watch?v=5UjyWg6klKI)。

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オランダでは学歴が高い女性ほど寿命が長い!? [教育論]

アムステルダムの福祉政策を学ぶために、アムステルダム市役所にての保健省に訪れる。いろいろと興味深い話を聞くことができたが、印象に残った話は、オランダのデータでは、学歴が高い女性ほど寿命が長いということであった。中学が最高学歴の女性の平均寿命は80歳であるのに対して、大学以上が最高学歴の女性の平均寿命は86歳。これは、若いうちから仕事をさせられたりしたことが要因であったり、移民の人達がこのグループに多く入るということが要因なのかもしれないが、極めて興味深いデータである。これは男女の差ではないが、学歴と肥満との相関関係をみると、やはり低学歴の方が肥満の人が多いという傾向が見られる。このデータは、大学のマーケティング的には使えるかもしれない。
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TUMIのバッグは頑丈だが、チャックから壊れていく [地球探訪記]

朝の5時50分に大津市にある研修所のロビーに集合して、24名の団体を率いて、そこから関西国際空港へバスで向かう途中、よりによって私のTUMIのバックパックのチャックが壊れた。TUMIのバックパックはチャックによって鞄が四角形の一つの辺のみで繋がるようなデザインになっている。すなわち、チャックが壊れると、このバックパックはほぼ二つに完全に分離されてしまうので、もうバックパックとして背負うことは完璧に不可能になってしまうのだ。とはいえ、他にも肩掛けの荷物も持っているので、まさかバックパックを手で持って移動することもできない。これは万事休すの事態だ。しかも、私は引率者としての立場なので、勝手に行動することもできない。どうしようか、と思いつつ、とりあえずチェックインをした。幸い、ゲート集合時間まで30分ぐらい時間があり、何人かは両替をしなくてはならないので、私にも新しい鞄を物色する時間ができた。まだ午前9時ということで、店が開業しているか心配であったが、さすが関西国際空港。もうほとんどの店が開いていた。鞄というかスーツケース屋もあり、そこで似たような鞄を買うことにした。壊れたTUMIは同じ型のものを3代も使っていたのだが、いつもチャックが壊れるので4代目を買うのを躊躇したのと、とりあえず臨時用ということなので、比較的安いものを買うことにした。ちなみに、このお店の売り子のお姉さんのサービスはもう驚くほどよかった。買物をして感動を覚えるぐらいであった。
 TUMIは結構、私でなくても贔屓している人が多いと思う。防犯チョッキをつくっていた会社ということでそのつくりが頑丈というのが売りで、その点は確かにそうだと思うのだが、チャックが駄目だ。まあ、防犯チョッキにはそれほどチャックは関係ないかもしれないが、ちょっと私のTUMI贔屓も修正した方がいいかもしれないと今回の事件で思ったりした。
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八幡平に登る(日本百名山34座登頂) [日本百名山]

早池峰山に登り、下山したのが12時ちょっと前。そこから八幡平に車で移動する。紫波町で蕎麦冷麺という変わった創作料理を食べ、八幡平の見返峠に到着したのが15時。八幡平には登山道というかハイキング・ルートの前にトイレやお土産物屋が入っているビルの駐車場がある。ここは駐車料金が500円である。しかし、その手前200メートルぐらいのところにある駐車場は無料である。ということで、こちらに駐車する。天気は見事で、昨日、我々が山頂アタックを断念させられた岩手山がその雄大な山容を惜しげもなく晒している。ちょっと悔しい。
 八幡平の見返峠からの登山道は、しっかりと舗装がされており、登山というよりかはハイキングのようなものである。途中、鏡沼、めがね沼という美しい火山湖を見つつ、八幡平の頂上に着く。頂上であるのは、ここが一番標高が高いからであるが、平坦で見晴らしはきかず、山頂にある展望台に登って周りを見渡すというちょっと間抜け感がする。どうも、この展望台をつくった人もそう思ったのか、言い訳のように深田久弥の『日本百名山』がなぜ、ここを百名山に選定したかの文章を引用した看板が立てられている。そこで何が書いているかは覚えていないので、ちょっと私もここに深田久弥から引用させてもらう。
「しかし八幡平の真価は、やはり高原逍遥にあるだろう。一枚の大きな平坦な原ではなく、ゆるい傾斜を持った高低のある高原で、気持ちのいい岱を一つ横切るとみごとな原始林へ入ったり、一つの丘を越すと思いがけなく沼があったりして、その変化のある風景がおもしろい」。
 確かに、帰り際にみた八幡沼やがま沼なども美しく、その高原的風土は日本の自然の美しさを表している。ただ、往復で1時間もせずに駐車場から山頂までアクセスできる利便性と引き替えに、その自然の懐の深さなどが失われているような印象を受けた。特に午前中に早池峰山に登ったのでなおさら、その差が大きく感じられた。おそらく、八幡平も早池峰山のようにしっかりと自然環境、エコシステムを保全するというアプローチを採っていれば、現在よりもさらに素晴らしい場所として存在していたのではないかと思われる。多くの人が楽にアクセスできるようにすることによって、利益を享受する人も増えるが、それによって失われるものも多い。特に道路を整備することは、益も多いが、マイナス面も少なくない。道路が不便でアクセスが悪いゆえの素晴らしさを早池峰山で実感したので、八幡平はちょっと気になった。
 駐車場に戻ったのは16時ちょっと過ぎ。おそらく、これまでの34座で最も楽な日本百目山であった。初めて一日で二つの百名山を登った。

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(登山口のそばの駐車場から岩手山を望む。見事な山容である)

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(八幡平への登山道はしっかりと整備されている)

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(鏡沼は雪解け時にはドラゴンアイと呼ばれる美しい自然現象がみられる)

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(めがね沼)

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(八幡平の山頂)

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(がま沼。後ろに見えるのは岩手山)

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(八幡沼)
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早池峰山(日本百名山33座登頂) [日本百名山]

盛岡市のホテルに前泊して、レンタカーで早池峰山へと向かう。早池峰山には二つの登山ルートがある。河原坊コースと小田越コースである。ただし、河原坊コースは現在、通行止めであり、小田越コースしかルートはない。駐車場があるのは河原坊コースである。したがって、河原坊コースから小田越コースまでは車道を歩かなくてはならない。登山に来て、興醒めするのは車道歩きである。車道を歩くのであれば都会でもできる。そして、河原坊の登山口から小田越の登山口までは上りで40分、下りで30分もかかる。さて、しかし、である。というか、ここに書くのは相当、躊躇するのだが、小田越コースにも駐車場はあるのだ。ただし、10台ほどしか駐車することはできない。そして駐車できなければ河原坊まで戻らなくてはならない。しかし、ここに駐車できれば往復で1時間以上も節約することができる。ということで、ホテルを早朝4時過ぎにでる。盛岡市から早池峰山の登山口までは意外と時間がかかる。これは、アクセス道路が相当、悪路であるからだ。しかし、個人的にこの悪路は期待感を盛り上げてくれるので嬉しい。舗装がしっかりとされた道路ですいすいと登山口に行くのは楽かもしれないが、登山の楽しみや期待感を大きく萎ませる気がする。やはり、人里離れた大自然に行くにはアプローチがそれなりに遠い方がいい。
 さて、河原坊コースに到着すると、まだ駐車場の空きは多い。ここでも駐車できないと、はるか下の岳集落で駐車をしないといけない。しかし、今日は土曜日で晴天好日であったが、まだ6時前ということもあり、小田越の駐車場にて駐車できなくても河原坊の駐車場には駐まれるであろうと判断し、小田越の駐車場に向かう。さて、運良く小田越の駐車場には駐車することができた。朝日が素晴らしく、清々しい凜とした空気が周りを包み込んでいる。そして、南側には薬師岳、北側には早池峰山が屹立している。
 早池峰山は環境保全が徹底しており、登山ルートにはトイレがなく、また、そこらへんで用を足すことが禁止されている。そのため、携帯トイレを携行しないといけない。この携帯トイレは登山口で販売されている。ちなみに、私は常に持参しているので買わなくて済んだ。また、登山口にある管理人事務所にはトイレがあり、トイレットペーパーも置かれているので、是非ともここで用を済ましてから登山するといいとお節介ながら助言したい。
 登山口を出発したのは6時15分。美しい樹林帯の中を歩いて行く。人工物が一切ない大自然の懐に抱かれているような気分になる。このような気分になるのは、モンタナ州とかイエローストーン、アラスカなどでは感じたことがあるが、日本では強いていえば知床の羅臼岳に登った時ぐらいであろうか。こういうところが本州にあるというのを知っただけでも、今回、ここに来たことがある。私の34回の登山経験の中でも希有の素晴らしい自然体験である。早池峰は環境保全が厳しい理由を分かったような気がする。
 さて、樹林帯を抜けると、蛇紋岩の岩道となる。二週間前に登った尾瀬の至仏山も蛇紋岩の山であるが、こちらの蛇紋岩は至仏山より遙かに巨大である。登山路の蛇紋岩もより大きく、滑り具合もより酷い。幸い、晴れていたのでそれほどでもなかったが、雨が降ったりしたらさぞかし、滑って歩きにくいだろうと思う。もくもくと高度を上げていくと、右側には太平洋が見えてくる。樹林限界を超えているのか、高い木がまったくないので、展望は素晴らしいものがある。そして、この山は高山植物が素晴らしい。高山植物の見頃は6月下旬から8月上旬らしく、この時期は週末はマイカーが入れない。我々は、このマイカー規制が終了した翌週ということで、ゴールデンウィークの次の週末のような感じで登山客は少なかったが、まだ高山植物はそこそこ咲いており、それは見事なものであった。一番の目玉はハヤチネウスユキソウというエーデルワイスの近似種であり、小さいながら可憐な花を愛でながらの登山は気持ちを明るくする。ここらへんの地区一帯は国の特別天然記念物に指定されているそうだが、確かに非常に特別な場所であることを感じる。これは、世界遺産クラスだなと思ったが、下手に世界遺産に指定されると逆に多くの観光客が訪れて、環境保護的には本末転倒の事態になるか、白神山地のようにまたぎも入れないほど管理をされて結局、訪問できなくなるかもしれないので、ここは現状のままでいいのかなと思ったりもする。
 ハヤチネウスユキソウ以外には、ナンブトウウチソウという赤紫色のねこじゃらしのような花が咲き乱れていた。蛇紋岩の登山道はなかなか傾斜は急であるが、一歩一歩丁寧に歩いて行く。八合目を過ぎると、特に急なところに出て、ここはなかなか長い梯子がかけられている。ただ、梯子で登るほど垂直ではなく、梯子を這って登るような感じだ。梯子に到着した時間は8時30分。ほぼ登山口からは2時間20分、ということでコースタイムよりはゆっくりである。梯子を登り切ると、また岩場が続く。ただ、もう尾根は目の前である。尾根に出た後は、お花畑の中を木道で歩いて行く。山頂に到着したのは9時。出発から2時間50分とゆっくりであったが、ゆっくり登ったおかげで太股も脹ら脛も攣りそうになることもなく、膝も痛くなっていない。
 山頂からは東には太平洋、北は八甲田山、西には鳥海山、そして南には薬師岳のその背後にある広大な北上山地を展望することができる。見事な絶景である。二週間前に訪れた至仏山からも360度の絶景を展望できたが、異なるのは早池峰山からの展望は人工物がほとんど見えないことだ。至仏山はダムなどが見れたりしたが、早池峰山からはそのようなものも見えない。僅かに駐車場や管理小屋が薬師岳との間の谷に見え隠れするぐらいだ。この北上山地の素晴らしい大自然に感動すると同時に、こんなところが本州にあったのかと驚きを覚える。大雪山よりも、さらに大自然の中に包まれている感じを受ける。これは見事な山である。ただ、今日のように晴天の日は珍しいということを山頂で一緒になった地元の登山者から聞く。昨日の岩手山、一昨日の八甲田山と天気に祟られたが、その二日間のマイナスを取り返せたほどの見事な登山日和に早池峰山に登ることができた。
 山頂ではお湯を沸かして、カップ麺を食べて、ゆっくりと下山する。山頂が平坦で、ゆっくりと座れるところもこの山の素晴らしいところである。これは岩木山や蓼科山のように山頂が岩でごつごつしているところに比べると遙かにいい。下山は蛇紋岩で滑りやすいこともありゆっくりと降りていく。梯子は登りより降りの方が難しい。しっかりと足場を確認しつつ、降りる。帰路は周りをじっくりと観察しながら歩いたのだが、蝉やバッタ、そして苔などがとても綺麗な色をしている。自然の美しさをつくづくと実感することができたが、このような経験はアメリカの国立公園などではしたことがあるが、日本の国立公園だと知床や立山でも経験したことがない。この早池峰山というのは、そういう意味でも、何か特別な場所であるような気がする。なんか生態系が非常に正しい、と実感させるような場所である。
 私は緊張していたせいか、便秘気味になっており、かつ発汗もしていたので尿意も催せず、携行トイレのお世話にならず、無事、12時ちょっと前に登山口に到着する。
 25年ぐらい前にサラリーマンをしていた時、登山好きの同僚の女性が早池峰山を登ったことを嬉しげに話してくれたことがある。当時、山にまったく関心がなかった私は、そういう山があるのかぐらいに思っていたのだが、今日、早池峰山に登り、いかにこの山が特別であるかを理解することができた。百名山登山を目指すという目標をたてなければ、おそらくこの山に登ることは一生なかったかと思う。早池峰山を登ったという貴重な経験をしただけでも、百名山登山を目指してよかったと思う。

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(小田越の駐車場から早池峰山を望む)

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(小田越の登山口)

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(登山の最初は森の中を歩いて行く。苔が美しい)

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(早池峰山の雄姿。貫禄と風格に溢れた素晴らしい山である)

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(登山道を振り返ると薬師岳が見られる)

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(エーデルワイスの近似種のハヤチネウスユキソウ)

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(猫じゃらしのようなナンブトウウチソウ)

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(太平洋の方を望む)

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(早池峰山は蛇紋岩の総大将のような山でもある)

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(太平洋側を望む)

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(サインでさえお洒落で洗練されている)

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(登山道から山頂の方向を望む)

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(長い梯子が我々を待ち構えていた)

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(山頂)

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(山頂から薬師岳を望む)

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(山頂から西を見る。左の方に雲の上から顔を出している岩手山を見ることができる)

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(山頂から東を望む)

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(小田越から山頂へ行くルートは途中、お花畑を通る)

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(蝉でさせ、厳かな気分にさせるほど美しい)

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(苔も美しい)
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岩手山のお鉢まで登って、強風で登頂を断念する [日本百名山]

前日の八甲田山への挑戦は、雨に行く手をふさがれ、諦めた。その後、紫波町のオガールインに泊まったのだが雨は止み、見事な夕焼けであった。朝、起きたら雨も上がっている。予報では岩手山は午前中は雨だが、正午には雨は上がるということで、これはいけるぞ、と勇んでオガールインを4時30分頃に発ち、岩手山の登山口である馬返しに向かう。馬返しに着いたのは6時前。既に、数台の車が駐車場に停まっている。登山口では雨は降っていない。
 ということで非常に楽観的な気持ちで登山を開始する。登山の最初は、ブナやミズナラなどの広葉樹の森の中である。0.5合というところで新道と旧道とに分離する。ここは左手の旧道を取る。旧道は谷の脇を通っていく。谷をみると雨が結構、降っている。これはアカン、と思うが幸い、登山道は森の中なので雨には濡れずに済む。さて、ほぼゆるやかな階段を上るぐらいの傾斜で登山道は高さを稼いでいく。新道と旧道は合流し、さらに2.5合というところでまた新道と旧道とが分離している。旧道は木が茂っていない。この雨だと厳しいと判断し、ここも新道を選ぶ。それ以降は、延々と広葉樹の森の中を歩いて行く。斜度はきつく、火山であることもあり礫も多い。決して楽ではないが、ゆっくりと歩幅を狭くして、一歩一歩確かめるように歩いて行くと、どうにか7合目の新道と旧道の合流点に着く。ここらへんからは見事な北上盆地が見られるのだが、それに気づくのは帰路。上りは、霧雨の中、視界もほとんど得られない中、苦行に耐えるようにただ歩いて行くのみであった。
 7合目からちょっと行くと8合目に着く。ここには避難小屋が設置されており、管理人も常駐している。8合目は霧が深く、また雨も止みそうにもないので、この避難小屋で昼食を取ることにする。天気が悪かったのでガスバーナーを持ってこず、今回は珈琲とカップヌードルを諦めたのだが、この避難小屋では両方とも入手することができる。ということで、ガスバーナーを持ってこなくても、カップヌードルでの昼食を取ることができた。さて、昼食を取っても天候は依然として芳しくない。正午には晴れるということなので、正午ちょうどに山頂に到着できるように、この避難小屋で1時間ほど待つことにした。避難小屋にはトイレもついており、岩手山の山頂へのアタックするうえでは大変有り難い存在だ。私は、ここで濡れた服を乾かしていたのだが、1時間では乾かなかったので、他の重い荷物とともに山頂に行っている間は、ここに置かせてもらった。
11時15分に小屋を出発し、山頂へ向かう。9合目に着くと、鬼カ城と呼ばれる巨岩が現れる。しかし、濃霧でまるで幽霊城のように見える。9合目から外輪山には二つのルートがあるのだが、避難小屋の管理人が遠回りでも右手のルートがいいと教えてくれたのでその通り、右手のルートを行く。歩きやすいと言われた右手のルートであるが、斜度はそれでもきつくて、ジグザグで歩いて行かないととても登れない。また、砂礫は歩きづらい。これより歩きにくい左手のルートはどんだけと思う。さて、とはいえ、踏ん張って歩いていると外輪山に着く。ただ、外輪山はとてつもない暴風で、今にも飛ばされそうである。そして、手がかじかんでいて寒い。気温はそれほど寒くはないのだが、暴風によって体感温度は相当低い。6時間近く歩いて、山頂はあと20分ぐらいで到着できるのだが、これはリスクが高すぎるのと、頂上にたとえ登れてもまったく景色も見られないだろうと判断して、ここで踵を返す。いわゆる「勇気ある撤退」というやつである。
 9合目まで登ると、行きよりは鬼カ城はその輪郭をくっきりと現している。8合目に戻って、登頂を断念したことを管理人に告げると、我々より先に入っていた登山者が低体温症になってしまって大変だったということを我々に話す。どうも、手はかじかみ、口はガタガタ震えて、もう身体がコントロールできないような状態になってしまったそうだ。この登山者はレインギアではなく、普通のカッパを着て、また速乾性の高いスポーツシャツを着ていた。速乾性の高いスポーツシャツは乾かすのは早いが、常に雨に降られて濡れているような状況にあると、濡れタオルを着ているようなものなので体温をむしろ奪ってしまう。8月に低体温症というのは、トムラウシでの惨劇などで起こりうることは知ってはいたが、いざ、目の前の人がその寸前だったという話を聞くと、改めて登山の恐ろしさを知る。この人は、避難小屋があったので、身体を温め直すことができて、大事に至らなくて済んだが、もし避難小屋がなかったら、本当、命の危険に直面することになったであろう。「勇気ある撤退」は賢明だったな、と思うと同時に、登山のリスク管理の大切さを再確認する。
 さて、置かせてもらった荷物をパッキングし、下山を開始する。雨は途中まで降っていたが、新道と旧道とが分離する7合目ぐらいから、下界への視界が時折開け、素晴らしい展望を楽しませてくれた。今回の登山のハイライトはこれぐらいであったが、イーハトーブと言う名称がなんかしっくりと来るような北上盆地の美しいランドスケープを望むことができたことは、岩手山登山の収穫であった。
 礫の登山道は、上りよりむしろ下りの方が難しいくらいである。浮き石もあるので、捻挫に気をつけつつ注意深く降りていく。帰りも2.5合までは新道を選ぶ。
登山口に着いた時は16時を回っていた。ほぼ10時間という長丁場の登山であった。今回は岩手山頂には到達できなかったが、個人的には10時間という長丁場の登山は羅臼岳以来であり、ゆっくりと丁寧に登ったことで太股、脹ら脛とが攣りそうになることもなく、膝にも痛みを感じずに登って降りることができたのは自信に繋がった。いつか、登ってやるぞ、という決意とともに岩手山を後にする。

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(馬返しの駐車場)

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(馬返しの登山口)

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(登山口からの岩手山。山の稜線が見れたので、結構、楽観的な気持ちになってしまった)

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(一合目ぐらいでもう雨が降っていた)

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(八合目の避難小屋は管理人も常駐しており、寝ることもできる)

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(避難小屋ではカップヌードルも300円で購入することができる。これは便利)

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(霧の中の八合目避難小屋)

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(お鉢のところまでたどり着くと、待っていたのは視界ゼロに近い濃霧と凄まじい暴風)

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(鬼カ城は下山時にはその姿が見えてきた)

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(下山時に見えた北上盆地の美しいランドスケープ)

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(盛岡市が美しい風土の中につくられたコンパクトな都市であることがこの写真からは伺える)

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雨で八甲田山登山を断念する [日本百名山]

八甲田山に登山するために酸ヶ湯温泉に宿泊した。前日は雨が降っていたのと予報では雨だったので、ほとんど期待せずに熟睡をしていたら、起きたら雨は止んでいた。予報では、10時頃からまた雨が降るということなので、6時30分に朝食を取るとそそくさと準備をして、さすがに酸ヶ湯温泉から登るのは無理と判断して、レンタカーで八甲田山ロープウェイの乗り場まで行く。八甲田山ロープウェイの営業時間は8時からである。始発のロープウェイで上まで行く。ロープウェイの途中までは視界も開けていたが、途中から雲の上。上の山頂公園駅に着くと、雨はもう結構、降っていた。大岳まで行くのはとても難しそうだったので、とりあえず赤倉岳を目指す。レインギアをしっかりと着て、傘をさして歩き始める。山頂公園は観光客向けの田茂萢湿原を巡る60分のハイキングコースがある。このコースは木道が敷かれており、雨の中でも歩きやすい。このハイキングコースと赤倉岳の登山ルートが分岐する上毛無岱分岐点からは、登山道も狭まり泥濘んだ道となる。ここを5分ほど歩いたところで、雨が酷くなったことに加え、濃霧で視界もほとんど得られないことから、それ以上先に行くことを断念。Uターンして、ロープウェイの山頂駅に戻る。八甲田山は結構、東京からは遠いので断念したのは残念だが、まあ、山がなくなる訳ではないので、またいつか来ることを誓いつつ、八甲田山を後にする。

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(ロープウェイから前嶽を望む。このくらいの高さだとまだ眺望が得られる)

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(ロープウェイから下界を望む)

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至仏山(日本百名山32座登頂) [日本百名山]

昨年の10月に至仏山に登るために鳩待山荘を予約しておいた。しかし、8月下旬にアイスランドで足首をひどく捻挫したため、宿まで行って泊まったのだが、結局、とても登れそうもないので、尾瀬ヶ原にだけ行って至仏山には登らなかった。ということで、大変、後ろ髪を引かれていた至仏山であったので、この週末にチャレンジをした。幸い、ゼミの卒業生が二人付き合ってくれた。11時に東京を自家用車で出発する。鳩待山荘へは自家用車のアクセスが禁止されていたので、戸倉の駐車場にて車を停めて、そこから乗り合いタクシーにて鳩待山荘にまで向かう。バスもタクシーも同じ料金で一人980円である。ちなみに戸倉の駐車場は一日1000円であった。
 鳩待山荘に到着したのは16時ちょっと過ぎぐらいであった。隣のお土産屋さんで、地酒の水芭蕉の純米吟醸を仕入れ、17時30分の夕食の前から一献傾ける。夕食では生ビールを注文し、食事をした後も、卒業生と残りの酒を飲み明かす。3人とも飲兵衛なので、早いピッチで飲み終わり、20時頃には就寝。朝の4時頃に目を覚まし、朝食はおにぎりにしてもらい、4時50分には鳩待山荘を発つ。そのまま至仏山に登るコースもあったが、卒業生は二人とも尾瀬ヶ原に行ったことがない、ということなので山の鼻経由のルートを取ることにした。
 山の鼻の標高は1409メートル。鳩待山荘が1591メートルなので、180メートルちょっと下りることになる。これは、ちょっと勿体ない。しかし、山の鼻はちょうど朝靄が晴れるような状態で、その尾瀬ヶ原の美しさをみたら、勿体ないという気持ちは吹っ飛んだ。ちょっとコースタイムの50分より時間がかかり1時間ほどかかったので着いたのは6時ぐらいであった。ここで朝食のおむすびを食べ、またお土産屋がもう開業していたので温かい缶コーヒーを買う(なんと、250円)。
 腹拵えをして出発したのは6時30分。ここから至仏山の山頂2228メートルまで、820メートル登らなくてはならない。とはいえ、820メートルといったらそれほど大したことはないだろうと高をくくったら、ほとんど階段を永遠に上って行くような感じで、相当厳しかった。とはいえ、その厳しさを知るのはずっと後の話である。
 山の鼻を出て、ちょっとだけ尾瀬ヶ原の湿原を横切り、至仏山の登山口という看板とともに、坂道となる。登山道はしっかりと整備されていて歩きやすいが、斜度はなかなかのものだ。ただ、30分ぐらい登ると、燧ヶ岳の山容を背景とする尾瀬ヶ原がばっちりと見え、高さを稼ぐことの喜びを感じる。1時間15分ぐらい歩くと、森林限界に到達し、それとともに登山道も滑りやすい蛇紋岩を這っていくような感じになる。そして、永遠に続くかのような階段に出る。私の頭に、レッド・ツェッペリンの佳曲『天国への階段』のイントロが流れる。ここは、どうも高天が原と呼ばれるワイルドフラワーの名所らしい。しかし、もう疲労困憊の私はワイルドフラワーを愛でる余裕はない。脹ら脛がぴきぴきと言い始め、攣るのだけは回避しなくてはと、騙し騙し登っていき、ちょっともう限界かも、と思ったら山頂に着いた。山頂に着いたのは8時50分。2時間20分ということで、コースタイムより5分ほど余計に時間がかかったが、悪くないペースである。
 山頂ではお湯を沸かしてドリップ式の珈琲を飲みたいところなのだが、私が鍋を忘れてしまったので、簡単な軽食だけをここで食べる。山頂からはまさに360度の素晴らしい展望を得ることができる。天気も晴れていたこともあり、尾瀬ヶ原や燧ヶ岳はもちろんのこと、日光白根山や谷川岳が展望できる。
9時15分頃には下山を開始する。蛇紋岩は滑りやすいとガイドブックなどでも随分と書かれていたので、慎重に下りていく。確かに、黒光りしているような岩は、面白いようにつるつると滑る。私は3人のチームの中で、最後尾を歩いていたので、先を行く卒業生達が「つるつる警報」を出してくれたので、まったく滑らずに済んだが、先頭を行く卒業生はつるりんと滑ってしまった。幸い、怪我とかはなかったが、蛇紋岩、なかなか厄介である。
 さて、せっかく下がっていったのだが、小至仏山では再び登らなくてはならない。この登りは疲れたからだにはなかなか楽ではない。が、踏ん張って9時54分には小至仏山の山頂に立つ。これはコースタイムの20分よりも10分も余計にかかったが、これ以上のペースで歩くと蛇紋岩で滑ってしまったであろう。これは、コースタイムが早すぎるのではないかと思ったりもする。ここらへんの蛇紋岩からはワイルドフラワーが多く自生しており、ちょっと余裕があり、上りと違って愛でる余裕も出てくる。小至仏山から20分ぐらい歩いたところに素晴らしい湿原が出現。さすが尾瀬は魅力溢れる土地だなというのを実感しつつ、鳩待峠に急ぐ。鳩待峠は下りルートからよく見えるのだが、なかなか歩いても近づかない。比較的早いペースで歩いたつもりだったが、到着したのは11時20分。ほぼ至仏山山頂を出てから2時間経っての帰着であった。
 鳩待山荘に置かせてもらっていた荷物を受け取り、11時50分発の乗り合いバスで戸倉の駐車場まで戻る。鳩待山荘でお薦めといわれた「ほっこり湯」というサービスが偉いぶっきらぼうで全然ほっこりしていない温泉で汗を流し、着替えをし、帰りには沼田市の池田というえらく美味しい蕎麦屋で十割そばを食べて、東京に戻る。日曜日ということで関越自動車道の渋滞に巻き込まれたこともあり、東京には19時頃に到着。
 
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(鳩待山荘を早朝に出発)

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(朝靄の中を山の鼻に向かって歩いて行く)

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(山の鼻で朝食を取る)

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(朝靄が晴れて朝日が差し込み、幻想的な美しさを見せる尾瀬ヶ原)

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(早朝の尾瀬ヶ原を気持ちよく歩く)

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(至仏山への登山道は急だが、ある程度歩くと、燧ヶ岳と尾瀬ヶ原の素晴らしい展望が得られる。これは至仏山登山の醍醐味であろう)

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(登山道には尾瀬ヶ原を展望するベンチがところどころに設置されている)

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(樹林限界を超えると、蛇紋岩のガレを這い上がるようにのぼっていく)

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(たまに階段が設置されているが、もう永遠に続くかのような長さにあまり嬉しくなれない。「天国への階段」のメロディーが頭の中に響く)

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(登山道を振り返ると、この絶景)

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(至仏山の山頂)

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(山頂は広くはないが、ちょっと休めるようなスペースがある。岩木山とか蓼科山のような岩でごつごつしていないのは有り難い)

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(至仏山から西を望む。山頂からは360度の絶景が得られる)

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(下山開始。最初は小至仏山へと向かう)

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(小至仏山への下山道から振り返る至仏山の西側は、東側の端正な容姿とは異なり、極めてごつごつといかつい風貌を晒している)

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(至仏山は花の山として有名だが、りんどうなどのワイルドフラワーがあちこちに咲いており、目を楽しませてくれる。ただ、個人的には上っていた時はそのような花を愛でる余裕はゼロであった)

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(小至仏山の山頂。ここからも素晴らしい展望が得られる)

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(オヤマ沢田代という美しい湿原が忽然として現れる)

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(鳩待山荘に戻ってきたのは11時20分。ということで午前中に戻ってこられたのはよかった。前泊登山の魅力はこれだ。)
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吉本ばなな『下北沢について』 [書評]

吉本ばななの『下北沢について』を読んだ。さすが、作家だけあって鋭い感性と観察力をもってして下北沢の本質的な魅力、価値に気づき、それを彼女の皮膚感覚によって表現している。ジェイン・ジェイコブスが『アメリカ大都市の死と生』で、マンハッタンのグリニッチ・ビレッジやボストンのノースエンドなどで発見したのと同様な都市の根源的な魅力を、吉本ばななは下北沢を観察することで見出している。ちょっと幾つか印象に残った文章を引用させてもらう。
「下北沢のにぎわいは若い人が未来を作るためのものであって、地に足の着いた生活の買物のための大人のにぎわいではなかった」(p.12)
「しかし、子どもができてみると、どこに行くにもその大きな通りを越えなくてはならない生活の規模が自分にとって大きすぎるように思えてきた。赤ちゃんを連れて大きな通りを毎日ベビーカーであるいは抱っこであわてて渡り、スーパーに行く日々。
 一見とても便利だし、もともと車で移動することの多い土地の人にはなんでもないことなのだろうけれど、なんでもかんでもすぐそばにあって徒歩か自転車ですんでしまう下町で育った私にとって、持っていた体の感覚にその暮らしが合わなかったのだろう。
(中略)子どもが小さい頃くらいは自分が育ったような商店街のあるところで暮らしたいな・・・と思った私は、下北沢南口にほど近い代沢のはずれに引っ越すことを決意した。
 すぐそばが商店街なわけではなかったが、子どもを連れて歩いていける範囲に商店街があり、そこには基本的に車が入ってこないというのがいちばんよかったところだった」(pp.23-24)
「それは上馬ではできない経験だった。なんといっても昼間人がいない街だったからだ。
 下北沢は昼間も人が歩いているし、夜になっても人が絶えることはない」(p.30)
「画一的な接客はつまらない。同じような感じのお店にばかり行ったってなにも空気が動かない、自分の中の子供が退屈してしまう」(p.41)
「でも、きっとお店の命を生かそうとしなかった力があったんだろうなと思う。あれほど確かに生きているものがあることがこわくなって、とにかく殺してしまう、そういう力が現代にはいっぱい満ちている。子供の持っている力も、アートの力も、日々殺され続けている。その弊害で実際に人間が殺され続けたりもしているんだと思う」(p.97)
 このような感性は流石、作家だ。とはいえ、ちょっと勘に頼りすぎる、というか直感に基づきすぎていて、そういう魅力はもう少し、都市の生態系とか、街の経済から説明できるのだけどな、と思ったりもするが。私はそういう研究をしているから知っているだけであって、素人でここまで見抜く眼力はやはり大したものである。
 とはいえ、この本に対して、二点ほど極めて個人的な不満がある。一つは、これだけ下北沢の個店の素晴らしさを弁舌鋭く語っているのに「いろいろな人と待ち合わせをした南口駅前のスターバックスも、ドトールももうない」(p.48)って、スタバとドトールというアンチ下北沢のお店をよく使っているという矛盾を暴露していることだ。あと、この本の表紙のデザインが道路だらけということである。自動車が走れる道路がほとんどないということが、下北沢の空間的な魅力であるのに、この表紙のデザインはまるで国土交通省道路局のパンフレットのように道路だらけである。このイラストレーターは果たして、この本を読んだのであろうか。この二点が、ちょっと玉に瑕で残念であったが、「もしもし下北沢」に比べると、ずっといい読後感が得られた本であった。


下北沢について

下北沢について

  • 作者: 吉本 ばなな
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2016/09/23
  • メディア: 単行本



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