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『不良少女モニカ』 [映画批評]

イングマール・ベルイマンの1953年の作品。邦題は『不良少女モニカ』ではあるが、原題は『モニカとの夏』。モニカは不良少女という感じではなく、ただ、自由奔放なだけである。19歳の少年ハリーは、18歳の破天荒で自己中心的だが、魅力的なモニカとともに、ストックホルムから仕事を捨てて、父親の船で孤島で夏を過ごす。モニカは妊娠をする。きのこばかりの食事に辟易としたモニカは癇癪を起こし、ハリーは再び、ストックホルムに戻る。モニカと結婚し、家庭をもったハリーは、高給の技術者の仕事に就けるように学校に通い勉学に励むのだが、モニカは勉強ばかりしているハリーに対して不満が溜まる。
 若者の燃えるような恋愛が、結婚して日常化すると常温に置かれた肉のように腐臭を放って傷んでいく様を、ベルイマンは見事に描いており、観るものの心を抉るようだ。若い男性に観てもらいたい気持ちになったりするが、これを観たら結婚どころか恋愛もできなくなるような気もする。映像から放たれる、何とも言えない暗さ、陰鬱さはこの映画をずっしりと重いものにしているが、その重さが観る者にものしかかって息苦しくなる。
 この重さこそ、ベルイマンの真骨頂であり、彼が巨匠である由縁であろう。恋愛の持つ、明るさと暗さ、軽さと重さという二面性を見事に描いている。


不良少女モニカ [DVD]

不良少女モニカ [DVD]

  • 出版社/メーカー: ジュネス企画
  • メディア: DVD



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『小さな革命・東ドイツ市民の体験』 [書評]

ドイツ在住のフリージャーナリストによる本。30人程度の知人への取材から、歴史を再構築しようとする試み。東西ドイツ再統一前後において、東ドイツ市民がどのようにそれを受け止めたのか。また、統一後、西ドイツに「併合」された形で変革が進んできた過程をどのように受け入れたのかが、ある程度、みえる本ではある。ただ、取材をもとに歴史を再構築しようとしている試みは、読み応えはあるが、どうしても著者による主観に基づく見方という印象は拭えない。いや、それが悪いと言っている訳ではなく、私も読みながら、いろいろと新たな視座を獲得できたので悪くはないのだが、歴史書的な重みはない。そういうことを踏まえて読めば、東ドイツというこれまで日陰者であった人達の考えなどが分かって興味深い。


小さな革命・東ドイツ市民の体験―統一のプロセスと戦後の二つの和解

小さな革命・東ドイツ市民の体験―統一のプロセスと戦後の二つの和解

  • 作者: ふくもと まさお
  • 出版社/メーカー: 言叢社
  • 発売日: 2015/08/03
  • メディア: 単行本



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『ローマでアモーレ』 [映画批評]

ウディ・アレンのヨーロッパの主要都市を舞台にした映画シリーズのローマ遍。4つのまったく交差しないエピソードがローマを舞台に展開していく。ちょっと、ほろ苦いストーリーと、恋愛どたばた劇、筒井康隆のような不条理コメディ、そして抱腹絶倒のエピソードだ。特にウディ・アレンがいい加減な舞台プロデューサーで出演するエピソードは、相当面白く、『スリーパー』とかを彷彿させる。アレンの喜劇作家としての才能が炸裂したかのようなおかしさである。あと、個人的にはペネロペ・クルスが演じる娼婦役ははまり役でいい。2000年の『ウーマン・オン・トップ』の清純なイメージはもう完全に過去のものという印象だが、これはこれで悪くない。久しぶりに映画を見終わった後、力が抜けて、いいストレス解消になった。傑作かどうかを語るような作品ではないが、十二分に楽しめる作品。こういうウディ・アレンは個人的に好きだなあ。


ローマでアモーレ [DVD]

ローマでアモーレ [DVD]

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
  • メディア: DVD



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イエテボリの空港から都心へはシャトルバスの利用が便利ではないだろうか [地球探訪記]

海外の都市に行っていつも悩ましいのが、空港から都心へのアクセスである。手っ取り早いのはレンタカーだが、大学関係の出張だとレンタカーを借りるのが面倒臭い。アメリカの都市でも出来れば公共交通で都内に入りたい。さて、しかし、公共交通も軌道系だとどこに行くのかがすぐ分かるが、バスだとなかなか厳しい。これは、空港とのシャトルバスでもそうだ。ホテルがバスの停留所のそばであればいいが、そうでなければもう重い荷物を抱えて、見ず知らずの都市で呆然とすることになる。昔、サラリーマンの頃はタクシーを使っていたが、大学の教員になってからは本当、滅多にタクシーは使わなくなった。
 さて、そこでイエテボリである。イエテボリは2009年にも来たことがあるので二回目になるのだが、その時はコペンハーゲンから鉄道で来たので空港を使うのは初めてである。なんとなく、北欧の都市であるので空港とは鉄軌道で結ばれているだろうと思っていたら、当てが外れた。とはいえ、タクシーは抵抗がある。ということで、シャトルバスというか空港バスに乗った。中央駅が終点であるということで、中央駅からホテルには歩いて行けることは事前に調べておいたからだ。
 さて、このシャトルバスだが、ほぼ15分置きに出発しており、車内は決して綺麗という訳でもないが、無料のネットに繋がったりするのは嬉しい。値段は105クローネで、これは日本円からすれば安くはないかもしれないが、こちらの物価を勘案すると安いと思われる。所要時間は40分弱。パンフレットだと30分弱と書いてあったりしているので要注意だ。都心行きは駅前で降ろしてくれたが、乗車する時は中央駅に隣接している長距離バスターミナルから出発する。このバスターミナルの入り口にあたるとこに切符売り場もある。イエテボリに行かれる人はこの情報を参考にしてもらえればと思い、ちょっと記事としてアップさせてもらう。

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トランプ大統領の攻撃に対するロンドン市長サディ・カーンの対応が素晴らしい [トランプのアメリカ]

トランプの人格攻撃力は凄い才能だ、と前日のブログで取り上げたが、それではトランプに攻撃された場合、どのように対処すればいいのか。数日前に攻撃された、ロンドン市長のサディト・カーンのCNNへの取材での受け答えが非常によかったので紹介したい。
https://www.youtube.com/watch?v=nim3gw0vkbQ
 ここでサディ・カーンは「多様性が力である」と言っている。この取材で分かることは、サディ・カーンがトランプの矛盾を突くうえでの歴史的史実を論拠にしていることである。歴史的史実、そして統計的事実。トランプは明々白々な事実でも嘘だというが、そういう嘘はすぐばれる。このような嘘を一つ一つ突き崩していく正攻法が、やはり一番であろう。トランプは認めはしないが、周りも同じように認めないで嘘を突き通していくというのは徐々に苦しくなっていく。こういう方法論で攻めていくしかないのかな、と思ったりする。
それにしても、サディ・カーンはめちゃくちゃ賢いな。流石、パキスタン系でもロンドン市長に選ばれるだけある。また、感心したのはCNNの記者が、ロンドンの超右翼グループとトランプの選挙対策のブレーンであったスティーブ・バノンが会っているという情報を押させていたことである。こういう細かい情報や事実を積み上げてこそ、人に伝えるべき情報が構築される。
トランプ支持者の多くは、米国の州の数も独立戦争の相手国も分からないほど無知であるため、トランプの出鱈目レトリックに騙されている。無知こそが敵であるとも思う。しっかりと勉強していないと、本当、恐ろしいことになるかもしれない。それにしても、まさか日本経済新聞の記者までが事実関係をしっかりと捉えずにトランプの意見を鵜呑みにしてしまったことは驚きである。選挙で当選したいために、トランプの嘘に便乗した共和党員と同じようなものだと言いたいが、これらの党員はトランプの言っていることが嘘であると自覚している確信犯であるのだが、石川記者はどうなのであろうか。知らなくて書いてしまったのか、知っていたがドイツを悪者に仕立て上げたくて便乗したのか。どちらにしろ、ジャーナリストとしては問題があるのではないだろうか。

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トランプ大統領に対しての日本人の理解があまりにも低いのではないだろうか [トランプのアメリカ]

一昨日、日本経済新聞の石川潤氏の「トランプにもドイツ批判にも理がある」という記事を読み、その理解の浅さに驚いたことをこのブログで書かせてもらった。これを書きつつ、もしかして、日本人はトランプ大統領をちょっと変ぐらいな人と捉えているような気がしてきたので、彼の詐欺師(con man)ぶりを簡単に整理してみたい。とはいえ、あまり時間がないので、ちょっと雑な文章になってしまうことをお断りさせていただく。
トランプの発言の事実誤認はあまりにも酷いので、世の中には彼の発言に対して事実確認するウェブサイト「fact check org.」がある(https://www.factcheck.org/person/donald-trump/)。そして、そのような事実確認はCNNを始めとして多くの報道番組やニューヨーク・タイムスなどの新聞が整理している(https://www.factcheck.org/person/donald-trump/)。
これらの情報を多角的に整理していけば、いかにトランプが出鱈目を述べているかが理解できる。かのドイツの件でもNATOのドイツ負担は1%とか1.1%とかの数字を述べているが実際は1.25%である。小さいことを相手に思わせたい時は過小に述べ、逆に彼が大統領になっていからGDPが2倍から3倍増えた、のように大きく思わせたい時は過大に述べるというのは彼の癖である。彼が「病的な嘘つき」(pathological liar)であることは、もうアメリカのちょっと状況を理解できる人は議論をするような必要もない常識である。
彼の凄いところは、明々白々な事実を突きつけられても、それをFAKE NEWS(出鱈目ニュース)と言い除けてしまう論理性の無さというか論理を超越した自分に都合のよい世界(トランプ・ワールド)をつくれる能力と、圧倒的な人格攻撃力である。この後者に関しては、最近、本当凄い才能なのではないか、と思ったりしているが、これが彼が共和党大統領候補の選挙に勝ち残った最大の理由なのではないかと思っている。人の悪口を言わせたら、あのタケシよりも秀でているかもしれない。というのは、タケシの方が悪口を言う相手を慮るところがあると思うからだ。
 トランプのような人間には基本、近寄らないことが一番であるが、恐ろしいことにアメリカの大統領であるから、ほとんどの人間が彼の出鱈目さの影響を被ることになる。そのためには、まずトランプの出鱈目さをしっかりと理解し、論理武装をして、論理的にしっかりと事実確認をして、事実に基づいてコミュニケーションできる能力を我々側が培うことが必要である。トランプは「人種差別」や「同性愛者差別」といった人が持っている「負」の感情面に訴えかけ、論理を崩壊させるのが得意だ。これに乗っかってはいけない。私が、日本経済新聞の石川記者を批判しているのは、彼は暗に「原発から脱却したのでドイツは、ロシアから天然ガスを輸入せざるを得なくて困っている」というストーリーをつくりたかったのではないだろうか。そのような邪な考えを持っていたので、トランプの口車に乗ってしまったのではないかと推察している。
 とにかく、トランプのような出鱈目人間がアメリカ合衆国の大統領になるような時代は、事実確認をしっかりとして、その事実に基づいて論理をつくっていくことが何より重要であるし、そういうことができない組織は崩壊していく。トランプを嘗めたらアメリカ人のように酷い目に遭遇する。トランプがなぜ、プーチン大統領だけでなく、金正恩などに親近感を覚えているのか。しっかりと状況を見据えることが重要だ。

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ブレクジットのイングランドはワールドカップでも応援されない。そして、トランプも。 [グローバルな問題]

ストックホルムの地下鉄に乗っていた時、ワールドカップの話で若者が話していた。一人はスウェーデン人ではない若者で、イングランドとクロアチアのどちらを応援するか、で盛り上がっていたのだが、スウェーデン人の方が「イングランドには負けて欲しい」とぽつり。スウェーデン人じゃない方が「どうして?」と聞くと、「ブレクジットしたから・・」。

そうか、そういう風にヨーロッパではイギリスでは思われているのか、と妙に納得。しかし、スウェーデンもユーロは使わずにクローネで頑張っているので本当、物価が高くて嫌になっちゃう。まあ、そのようなことは棚に上げても、やはりヨーロッパという大枠の概念をつくろうとしている時に、そこから抜け出したイギリスの非協調性というのは気になるのだろう。

と、これを書いている中、トランプがNATOの大批判。NATOという大枠をつくることをリードしてきたアメリカがそれを壊そうとするというのは、もう何が何だか分からない。TPPもアメリカがつくろうとしたのに脱退したからな。トランプは取引の名人、というのが売りらしいが、不動産屋らしく、極めて短期的な取引での利益しか考えていない。長期的な取引の名人というのは、信頼を獲得するということがまったく分かっていないというか、そのようなメリットを無視している。

ブレクジットとか、TPP脱退(個人的にはTPPは反対)、NATO大批判とか、大きなフレームワークを壊すというのは、巨大な砂のお城を壊すような快感のようなものを覚えるのだろうが、壊した後には何も残らない。というか、砂遊びに誘われなくなるだけだよな、などということをちょっと考えた。
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日本経済新聞(7月13日)の石川潤氏の記事は、お門違いではないだろうか。 [トランプのアメリカ]

日本経済新聞(7月13日)で「トランプ氏にも一理あり 独の急所「天然ガス」攻撃 」という記事の見出しがあって、ちょっと驚いた(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32951980T10C18A7FF8000/?n_cid=NMAIL007)。というのも、この発言に関してMSNBCといった左寄りのアメリカのメディアもCNNといった中間寄りのメディアもこぞって「お門違い」といった報道をしており(トランプ政権の御用報道局のFox Newsはチェックしていないが、チェックしてもどうせトランプ政権の都合のよい情報しか流していないので無駄なのでしていない)、かのアメリカでも「何、勘違いしているの」ともう大批判の嵐なのに(https://www.youtube.com/watch?v=_Dms7zi8eVE)、驚いたことに日本の新聞記事がトランプ氏にも一理あると書いているからだ。もちろん、アメリカのメディアよりも日本の記者の方が鋭く状況を分析している可能性もあるだろうから、ちょっと読んでみた。そしたら、まったくお門違いの記事であったのでさらに驚いた。
 この記事ではこう書いている。
「ドイツはロシアのクリミア半島占領などに反対し、米欧による制裁を主導してきた。そのドイツがロシアの利益になるパイプライン計画を進めていることは、ご都合主義のようにもみえる。」
 これに関しては、アメリカのマスコミはパイプライン計画はクリミア半島占領の前から進めたことであるので、前後関係が逆だと報道している。つまり、クリミア半島占領した後にパイプライン計画を進めているのであるなら問題はあるが、それ以前の話だし、まさかクリミア半島を当時、ロシアが占領するとはドイツは想定外だったのでしょうがない、という主張をドイツではなく、アメリカのマスコミや識者は述べている。ちなみに先ほど紹介したCNNの記事では、ドイツがロシアから天然ガスを輸入している割合は35%に対してEU全体では37%であると紹介している。何もドイツだけを取り立てて責めるようなことではなく、ドイツ以外の国も、というかドイツはロシアの天然ガス依存は平均より低いぐらいであると指摘している(https://www.youtube.com/watch?v=_Dms7zi8eVE)。そして、ドイツを始めとしたEUがなぜロシアから買っているのか、というとクリミア半島占領してEUが天然ガスを買わないと言ったら、その価格をダンピングして圧倒的に安くしたので、経済的理由から購入しているだけとのことだ。
 次のような表現もある。
「もっとも、米国が制裁という手段を握っているだけに、ドイツとしては深入りしにくい。メルケル首相はトランプ氏への反論として、ソ連管理下の東ドイツで育った自分自身の経験をあげて「捕虜」ではないと訴えたが、正面からの対決は避けた感がある。」
 これは、どちらかというとNATOを弱体化させるようなトランプの動きに対して、NATOを代表してドイツは敢えて対立を回避しているというように、アメリカの報道からは伺える。残念ながら、忙しくてドイツの報道は分析できていないが(ドイツ語の理解が英語よりずっと遅いという問題もある)、ドイツは今や対トランプに対しては、ドイツ国の利益より欧州の結束をフランスとともに意識しているのは、記者ではなくても明らかなのではないだろうか。
 そして、次のような結語で記事をまとめている。
「巨額の経常黒字を確保しながら、防衛費の負担は少なく抑え、ロシアからこっそりとガスを購入する――。トランプ氏が暴いてみせたドイツの自国中心主義は決して的外れとはいえない。ドイツとしては表立って論争しても、やぶ蛇になりかねない難しさがある。」
 前述したように、ドイツの自国中心主義といった考えはまったく的外れであろう。防衛費の負担といっても、そもそもNATOという組織、国際ネットワークをつくったのはアメリカである。そのアメリカがNATOは無駄だ、時代遅れだ(Obsolete)といきなり言い始めたら青天の霹靂で、慌てるのは当然だろう。日本だって、日米安全保障条約は「時代遅れ」だし、日本は応分の負担をしろ!と言われたら戸惑うであろう。それをドイツ人の記者が「トランプ氏が暴いてみせた日本の自国中心主義は決して的外れとはいえない」などと書いたら、我々はどう思うだろうか。
 トランプと表立って論争するのは、アメリカの議員でももはやしないことだ。これは、嘘八百のトランプは議論が成り立たないからだ。こんなことは、トランプの言動、その報道をみていれば明らかだ。先日もイギリスにおいて「僕が大統領になってからアメリカのGDPは2倍、3倍に増えた」、「僕はリンカーンより支持率の高い共和党の大統領だ」と平気で言い放った人間ですよ。日経新聞の記者であったら、次のようなアメリカのニュース番組にも目を通しておくべきであろう。
https://www.youtube.com/watch?v=3aFgcae43qE
https://edition.cnn.com/videos/politics/2018/07/13/trump-nato-press-conference-claims-fact-check-orig.cnn
https://www.youtube.com/watch?v=R0WCg42MWtw
 イギリスがプロテストで、赤ちゃんトランプの巨大風船を上げることを計画したが、これは「表だって論争しても」まったく無駄なので、彼の唯一の弱点である自尊心を攻撃して抗議をしているのだ。
(https://www.cnbc.com/2018/07/13/trump-baby-balloon-takes-flight.html)
 トランプという大統領がこれまでの大統領とまったく違う詐欺師(con man)ということが、ここまで明々白々になっているのに、それに乗っかってドイツを攻撃するのは、Fox Newsやトランプ支持の共和党員などの悪魔に魂を売った輩のようだ。しかし、Fox Newsやトランプ支持の共和党員は魂を売るだけのインセンティブがあるが、この日経新聞の記者は、事実をしっかりと理解できないちょっと頭が抜けた人なのではないだろうか。
 日本経済新聞なのに、まるで産経新聞のようなレベルの低さだ。あまりの低さに記者の名前をチェックしたら、石川潤という記者らしい。何だ、この男はと思ってググったら、「日銀担当 石川潤記者への信頼が揺らぐ日経「真相深層」」とかいうウェブサイトが見つかった(http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_29.html)。
 まあ、これまでもいろいろと問題がある記事を書いているようだ。日本社会はあちらこちらで瓦解が生じているが、日本経済新聞という超一流の新聞も質の劣化が進んでいるようだ。少なくとも国際問題に関しての記事を書くのであれば、その国のジャーナリストが大統領をどのように報道しているかぐらい勉強すべきであるし、トランプの言葉をそのまま直接的に2018年7月において受け入れているようであれば、ジャーナリスト失格である。これは、ちょっと大変な事態である。
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スウェーデンの物価は高いが鉄道運賃は安い [サステイナブルな問題]

スウェーデンのイエテボリに来ている。学会発表のためだ。学会は火曜日から土曜日までなのだが、私の発表は金曜日であることが分かった。火曜日の夕方に着き、初日のレセプションには間に合わなかったが、水曜日の朝一番で参加登録を済ました後、ちょっと時間ができたので、せっかくなのでストックホルムまで行くことにした。イエテボリとストックホルムはちょうど日本でいうと東京と大阪といった距離で、スウェーデンの新幹線を使えば3時間30分ぐらいで着くことができる。ストックホルムからイエテボリの最終列車がなんと18時13分とかで恐ろしく早いが、それでも5時間ぐらいはストックホルムに滞在できる。ストックホルムには以前いた大学の卒業生もいるので、彼女と彼女の一歳の子供に会うということも魅力であった。

さて、それはともかくとして、この新幹線代が往復で1100クローネぐらいであることに驚いた。これは日本円では14000円ぐらいということで、日本よりかはずっと安い。ほぼ半額ぐらいである。全体的に日本の2倍近くの物価であることを考えると、この安さはなかなかのものかと思われる。これはスウェーデンより物価が安いドイツなどよりも安い。もちろん、その料金で黒字経営が出来る訳がないので、相当の補助金が投入されていると思われるのだが、公共交通を利用することで環境問題を含めて社会的な負担を軽減させているという認識がスウェーデンにはしっかりとあるのではないかと思われる。

日本は東京などは超満員電車に人を乗せることで民間企業が利益を出していて、人々もそれに甘んじているのでいいかもしれないが、地方都市に関しては、もっと公共交通の利便性を高めることで、都市の社会的負荷を軽減させ、より豊かな生活ができるようにすべきであると、ここスウェーデンの新幹線代の安さを知るにつけ改めて思う。自動車でしか移動できないような都市はまったく豊かではなく、都市の豊かさは公共交通を含むコレクティブなものが生み出す豊かさであることをもっと自覚した方がいいと、スウェーデンの新幹線に乗りながら思った。

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スウェーデンはキャッシュが使えない!? [グローバルな問題]

スウェーデンに来ている。北欧は物価が高いので、どれくらい現金が必要かが分からない。ということで、とりあえず日本円で1万円ほどクローネに換金をして(1000クローネ)、空港内のセブンイレブンで水を買おうとした。280クローネだ。これは、ちょっと物価は高いな。もう少し、キャッシュは必要かもなと思いつつ水を買おうとしたら、キャッシュは受け付けないとのこと。キャッシュを持っていても使えないのじゃ意味ないな、と考え、そのままホテルにバスで向かう。バスのチケットもクレジットカード払いであった。翌日、中央駅で珈琲を買おうとしたら、ここでもクレジットカードのみ支払いOKとのことである。ううむ、これはクレジットカードを作れない子供やティーネイジャーはどうするのだろうか。大きな疑問を持ちつつ、45クローネ(500円)相当の珈琲をクレジット・カードで購入した。

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成田空港発のフライトにぎりぎり乗ることに成功する [地球探訪記]

成田空港9時50分発のフライトに乗ることになった。フィンランド航空である。3月に自動車を購入したので、それで行こうと考えた。これは、自動車で行くのが時間的にも速いし、また重い荷物を持っていくには好都合であるからだ。さて、しかし、免許証が入っている名刺入れが見つからない。家捜しをしたのだが、全然出てこない。無免許運転をするのは流石に抵抗があったので、タクシーで品川まで行き、そこから成田エクスプレスで行こうと判断して、家を出る。しかし、家のそばを走るバス通りは、通常はタクシーがすぐ拾えるのだが、どうも拾えそうにない。これは、不味い事態だ、ということで都立大学の駅まで歩いて行く。まだ7時なので幸いそれほど混んでない。さて、東横線に取りあえず乗ってから、路線検索をした。すると、都立大学→中目黒→恵比寿→品川→成田空港(成田エクスプレス)を推奨してくる。ただ、これだと8時58分着になる。流石に一時間を切ってのチェックインは不味い。そこで、一つ前のをみると、都立大学→中目黒→上野→成田空港(新京成)が出てくる。これだと8時45分に着くので、ちょっとは早い。ぎりぎり一時間前に着くことができる。ただし、中目黒を7時11分発の日比谷線に乗らなくてはならない。これは万事休すか。しかし、この路線検索だと上野駅の乗り換え時間に13分ほど取っている。私が乗ることになる日比谷線は7時16分発なので5分ほど遅い。とはいえ、急いで乗り換えれば8分でどうにかなるだろうと思った。

さて、ただ日比谷線の上野駅から京成上野駅まではちょっと距離がある。失敗は出来ないということでネットで地図をみる。若干の不安がある。切符を購入する手間などを考えると8分というのは短いのではないか。できれば日暮里駅で乗り換えた方がスムーズなのではないか。しかし、日比谷線の上野駅からJRの上野駅に乗り換えて、さらに日比谷駅で乗り換えるとなると、これはもう間に合わないであろう。日比谷線は人形町とか八丁堀とかに寄るなど、上野駅に行くのに相当、遠回りをする。できれば日暮里駅、上野駅どちらに行くにしても日比谷線ではないルートを取った方がいいであろう。銀座線も日比谷線ほどではないが遠回りであるのと、何しろ駅数が多い。霞ヶ関駅か日比谷駅で降りてすぐタクシーが拾えればいいが、拾えなかった場合はもう観念しないといけない。

そこで路線検索には出てこないルートであったが、日比谷駅から有楽町駅まで歩くというルートを考える。これは日比谷(有楽町)から上野駅までの駅数が山手線の方がずっと少ないからである。乗り換えのロス、電車の待ち時間という要素はあるが、それでもここはギャンブルすべきでないかと考えた。なるべく前の車輌に移動して、トランクを持ったまま、日比谷駅から有楽町駅まで走った。これは55歳という年齢には相当キツかったが、どうにか7時39分の山手線に乗ることができた。有楽町から日暮里までは14分なので、これだと7時53分に着く。日暮里駅発は8時5分なので間に合うだろうとちょっとホッとする。日暮里駅でチケットを買うのに時間はかかるのが心配であったが、この日は比較的スムーズに購入することができた。念のために、成田空港のチェックインカウンターに電話をしようとしたのだが、成田空港の代表に電話をしても、そのような電話番号は教えないとのこと。フィンランド航空の東京事務所に連絡したらが、営業時間外という録音テープを聞かされるだけであった。

成田空港ではほぼぎりぎりであったが、ちょうど一時間前にチェックインができ、無事、荷物を預けることもできた。ということで、路線検索で間に合わなくても、いろいろと工夫をすれば、それよりも早い時間で目的地に到達することを今日は身をもって証明したような気分である。ということで、ブログに記させてもらう。





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ジェームス・ボンド『死ぬのは奴らだ』は駄作だ [映画批評]

ジェームス・ボンドの『死ぬのは奴らだ』を機内で観る。1973年の作品である。この映画はポール・マッカートニーの映画と同名の曲『死ぬのは奴らだ』で有名であり、私もこの曲はよく聴くが、どんな映画か知らなかったので、ちょっと観ておきたいと思ったからである。加えて、私は結構、ジェームス・ボンドの映画が嫌いではない。さて、しかし、この作品は酷かった。ワニとかサメとかを登場させているのだが、まったく手に汗を握るようなスリリングな描写がないのだ。一人ぐらい腕とか足を食べられた方が、スパイ映画ということで、ちょっとハラハラさせられたかもしれない。ワニとか、ただの因幡の白ウサギのように、いとも簡単に危機から脱出したからな。せっかくカリブを舞台にしているのに、その美しいランドスケープの描写にも失敗している。ヴードゥー教の気味悪さを強調しようとし過ぎているが、それに対する理解が不足しているので、全然奥行きにもかけている。そして、肝心のボンド・ガールがそれほど魅力的でもないのだ。本当、なんかドリフのどたばたスパイ劇を観させられたような気分である。これじゃあ、ちょっとポール・マッカートニーの素晴らしい曲がもったいない。

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趣味が「音楽鑑賞」ということはあるのだろうか [その他]

新しいゼミ生を採用した。14名を採用したのだが、初顔合わせのミーティングを行った。そこで自己紹介をしてもらったのだが、そこで趣味を聞いたら、女子学生の多くが「音楽鑑賞」と回答したのである。そこで、ちょっと違和感を抱いたのだが、果たして「音楽鑑賞」というのは趣味なのだろうか。例えば、私も自動車を運転する時は、まず「音楽鑑賞」しているし、CDはおそらく500枚は持っている。それでも「音楽鑑賞」というのが、趣味とは思わない。No Music No Lifeというコピーがあるが、音楽鑑賞というのは人生のビタミンのようなものではないのか。これは、趣味は暇つぶしということなのだろうか。気になって辞書を調べてみたら「専門としてではなく、楽しむこと」と書いている。同じようなことは「映画鑑賞」とも言える。というのは、映画を観るというのは、結構、普通のことである。それほど特別なことではない。他には何もしていないのだろうか。

ちなみに、私は同じ質問を聞かれると、バンド活動を挙げるであろう。その次は、百名山を目指しているのでハイキングになるだろうし、スキーも好きなので趣味の範疇に入るであろう。素人の横好きかもしれないが、写真撮影もするし、料理もする。あと、最近は鉄道模型に手を出している。カメラとか鉄道模型は、どちらかというと無駄金遣いの類いに含まれるのかもしれないが、それでも音楽鑑賞よりは、ずっと趣味に近いような気がする。逆に言えば、音楽鑑賞というのは、趣味がないと言っているのであろうか。いろいろと気になったのでここに記させてもらった。もちろん、オーディオ機器に拘りを持って、クラシック音楽とかジャズ音楽とかを聴いたりするような「音楽鑑賞」を趣味にしている人もなかにはいるかもしれないが、どうなんだろう。

などと考えていながら、20代後半のイラストレーターの女性と飲みに行ったのだが、彼女はベック(BECK)の大ファンで来日すると、京都から東京までコンサートに行くらしい。このレベルになると、これは「音楽鑑賞」でも趣味の領域に入るかもしれない。私もそういう意味では椎名林檎の音楽鑑賞に関しては、趣味の域に近い。これは、おそらく音楽鑑賞をただ受動的にするのではなく、批判的に評価するだけの知識と情熱をもっているということではないのだろうか。そのレベルに達して、はじめて「音楽鑑賞」が趣味になると思ったりする。すなわち、その対象をより知りたいと思う「情熱」があって、またなおかつ周囲もそれなりに認めてくれるだけの「知識」や「技術」があって初めて趣味になるのではないか、と思ったりした。

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京都の公共交通サービスは帯に短したすきに長しだ [京都生活]

最終の新幹線で東京から京都に着く。金曜日の夜ということもあり、23時35分の地下鉄京都駅は人が溢れている。これなら、すぐ地下鉄が来るかと思い、時刻表をチェックしたら、なんと23時台は地下鉄の運行頻度は20分に1本だ。これだけ人が待っているのに、なんで運行頻度がこんなに冗長なのだ。もちろん、地下鉄のように一度に多くの人を運ぶモードだから、採算性を考えたら運行頻度を減らしたいという気持ちが分からなくもないが、いくら何でもこれではサービスが悪すぎるであろう。これなら、車輌数を半分にしてでも運行頻度をあげるべきだし、そもそも地下鉄を整備するには人口150万人というのは少なすぎるのかもしれない。とにかく、地下鉄では充実した公共交通サービスが提供できないようで、これは京都という素晴らしい都市の欠陥であるし、是正すべきだ。

次の日の朝、堀川通りの南に用事があったので、9番のバスに乗った。土曜日の7時30分という時間だったが、バスはぎゅうぎゅうで、私はバス停の最前列にいたが乗るのに躊躇するほどであった。これだけたくさんの人が乗っていると、目的地に着いてもなかなか降りることもできない。結果、時刻通りに運行できない。これは、バスというモードで交通需要を処理するには人口150万人という都市規模は大きすぎるということだ。

つまり、この都市にはバスと地下鉄の中間の公共交通が必要だということであり、それはライトレール、というか路面電車である。幸い、堀川通りとか路面電車を通すのに最適な道路がある。他にも五条通りとかも通せるであろう。モータリゼーションが進展し、成長が右肩上がりの時に貴重な京都の路面電車のネットワークをバスに置き換えたのは不幸であったが、現在のように自動車の先行きが行き詰まり、公共交通サービスも今一つの現状を大きく修正するには、抜本的な公共交通計画というか、交通計画全般の練り直しが京都には求められている。特に京都駅から北側において、その検討が必要である。

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地域を将来にまで維持するのに最も重要なのは第一次産業ではないだろうか? [サステイナブルな問題]

東大の縮小都市の講演を聴いたのだが、中国の先生が、中国の縮小都市の実態を報告したものが興味深かった。事例としてはハルピン周辺の北東地区を多く挙げていたのだが、その縮小する都市の特徴として、計画経済でトップダウンで、ある産業に特化した都市(モノタウンと講演者は説明していた)ほど、縮小が激しいということを指摘していた。特に林業拠点として位置づけたYichun地区の事例は、林業という主要産業が衰退したことで、人々が農業を始めるということが私の興味を惹いた。この地区では、この20年間ぐらいで第一次産業の従業者が増えているのだ。
2年ほど前にキューバに行ったことがあるが、その時、医者やエンジニアが食べていくことに困って農業を始めた人々に話を聞いたことがある。キューバも中国も基本的には計画経済であり、市場経済のように柔軟にマクロ環境の変化に対応することが難しい。少なくとも、キューバのような食料輸入みたいな点で問題が生じるような事態が生じると、食料の価格が高騰化して、結局、自分でつくった方がいいような事態になってしまうのだ。詳しい事情は分からないが、中国とかだと簡単に引越とかができないのではないのだろうか。そうであれば、生き抜くために人々は農業に戻る、というのは分からなくもない(キューバの人達は出国は不可能に近い)。
そして、これは日本の縮小地域の一つの処方箋にもなるのではないかと思うのである。日本の縮小都市の代表例は夕張市である。一時期、11万人を越えていた夕張市の人口も現在では9000人を切るぐらいにまで減っている。これは、主要産業であった石炭産業が消失したからだが、夕張メロンをつくっている農家の人達は全然、経済的にも豊かでしっかりとやっている。農業をしていれば、縮小も怖くないのではないだろうか。もちろん、TPPなどによって海外の安い農作物が入ってきたりするとダメージも大きいかもしれないが、少なくとも飢えて死ぬことはない。改めて農業のポテンシャルを考えさせてくれた講演内容であった。

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クリーブランド・キャバリアーズがウォリアーズに4連敗した大きな理由は、レブロン・ジェームズが第一試合で手首を自ら痛めたからだ [スポーツ]

クリーブランド・キャバリアーズがゴールデンステート・ウォリアーズに本日(6月9日)NBAファイナルズの決勝戦で一勝もできず、4連敗して敗退した。ウォリアーズがファイナルズを連覇し、この4年間で3回優勝したことになる。ウォリアーズはカリー、デュランというスーパースターがお互い、補完し合い、第四戦目はNBAファイナルの試合では珍しく、第4クォーターで試合が決まり、スターターは試合終了直前には両チームともコートにはいなかった。これはNBAファイナルズでは相当、珍しい現象だ。

さて、結果だけをみればウォリアーズが圧勝という印象を持つかも知れないが、第一試合はむしろキャバリアーズが大金星を得るような試合展開であった。ただ、JRスミスが同点の試合終了直前にフリースローのオフェンシブ・リバンドを掴み、そこでシュートを決めれば試合は決まったにもかかわらず、なぜかドリブルをして自チームのバスケットから離れ、3ポイントラインを越えてしまい、怒鳴るレブロン・ジェームズに気づいて急いでチームメイトにパスをしたが、そこで試合終了の笛が鳴り、延長戦でウォリアーズに大差をつけられて敗退する。「スラムダンク」で桜木が試合終了直前にリバンドを掴み、赤木にパスをしたと思ったら、顔の似ている高砂にパスをして試合に敗れた神奈川決勝リーグの海南大付属戦を彷彿させるような凡プレイだが、JRスミスのミスは桜木のミスよりさらにあり得なく、それは漫画よりも非現実的であった。あまりに馬鹿げていて、その馬鹿さ加減を笑うこともできない。そして、この敵地でほぼ試合をものに出来たというチャンスを逸したキャバリアーズは、敵地での第2戦ではほぼ勝機がみられず、ホームでの第3戦はカリーの大不調もあり、ハーフタイムまではリードしていたのだが第3クォーターに逆転されるとそのままずるずると負けてしまった。そして、第4戦は試合放棄をしたような負け方をしたのだ。

この戦い方はちょっとレブロン・ジェームズらしくないなと思っていたら、なんと彼は第一試合後に壁か何かを殴り、手を骨折したようだ。彼らしくなく感情的になってしまったのかもしれない。この第一試合は確かに後味が悪く、試合終了のちょっと前にケビン・デュランとのオフェンシブ・ファールがレブロンのブロック・ファールに撤回されたり(実際はブロック・ファールではあったが、ビデオテープをチェックした理由は制限エリアにレブロンがいたかどうを問う違うものであった)、そもそもジョージ・ヒルがフリースローを二本とも決めれば勝ち越せた(ただし、ウォリアーズ・ボールだったのでそれで勝利した保証はない)。そのうえで、JRスミスの同点であるのに勝ち越していたと勘違いでの軽率なプレイである(その前によくあのリバウンドを取ったということもあるのだが)。さすがのレブロン・ジェームズでさえも感情をコントロールできなかったのであろう。JRスミスの軽率すぎるプレイを彼が挽回できる唯一の方法は、このシリーズでウォリアーズに勝つことだったのだろうが、そのチャンスも、彼のプレイを含めた様々なフラストレーションが、レブロンの手を結果的に骨折させてしまったことで潰えてしまった。骨折をしてしまったことは大変、残念だし、多少、愚かだったのではないかとも思えるが、レブロンの凄いところは、その後も敵であるウォリアーズに知られたら不利になると思い、それを隠して、プレイをし続けたことである。そして、第4戦を除けば、そのようなハンディを背負っていると微塵も思わせない(流石に第一戦の51得点というのはなかったが)プレイを続けたことである。

私はウォリアーズをもう20年以上も応援しているファンであるのと、もうずっと辛酸をなめさせられ続けたので敵に同情するような気持ちにはなかなかなれないが、今回のクリーブランド・キャバリアーズに対しての勝利は、そんなに晴れやかな気持ちになれない。これならボストンやトロントと戦った方がよかったような気もする。

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蓼科山(日本百名山30座登頂) [日本百名山]

京都に職場があり、自宅が東京にある。普通は新幹線で移動しているのだが、荷物が多い時は自動車で移動している。ただ、東京から京都は一挙に行くのはちょっと辛い。ということで、中間で宿泊して帰ることが多い。どうせ宿泊するなら、ちょっと寄りたいところで泊まりたい。ということで、東京—京都間にある百名山にちょっと寄り道して登ろうということを考え、最初に選んだのが蓼科山である。ここで蓼科山にしたのは、楽に登れるだろうと考えたからである。というのも、私がバイブルのように参考にしている「大人の遠足ブック、日本百名山 山あるきガイド」では、蓼科山は体力☆、技術☆☆の評価が為されている(☆は5段階評価)。ちなみに筑波山でも体力☆☆、技術☆☆である。筑波山はそれほど大変ではない。ということで、蓼科山なら軽く登れるだろうと考えたからである。ただ、その考えには一抹の不安があった。というのも、私は高校一年生の時、高校の林間授業の一環で蓼科山に登ったことがあるのだが、結構、きついという記憶があったからである。ただ、高校生の時は柔だったのだろうと勝手に解釈して、行くことにした。

前日に諏訪インターチェンジのそばにあるホテルに泊まった。7時には宿を出る。目の前にマクドナルドがあるので、私的には非常に珍しいことなのだが、マクドナルドで食事を取ることにした。これは、山を登るためにはカロリーがたくさん必要であるからだ。さらに、昼ご飯と水を途中のコンビニで確保し、蓼科山の7合目まで車で行く。意外と諏訪インターチェンジからは遠くて、7合目に着いたのは8時頃であった。7合目で既に1906メートルの高さを稼いでいる。空気が薄い。私は高山病になりやすい質なので、これも注意しながら登ることになる。ちなみに天気は、素晴らしい快晴で、まさに登山日和であった。準備をして出発したのは8時10分。蓼科神社の鳥居を抜けて、登山は始まる。カラマツの平坦な道を歩いて行くと、途中からオオシラビソの林になる。朝の光にオオシラビソの緑が反射しているのが美しい。徐々に登山道は傾斜を増し、道路沿いの苔が美しい。標高は高いが、雨量が多い日本の山の美しいランドスケープを堪能しつつ、登っていく。ほぼ1時間後の9時16分に蓼科山荘のある将軍平に到着する。ここからは、まさに登山というよりかは岩登りという感じで、大きな石を両手で使って登っていくような感じで、結構、厳しい。鎖場もある。空気が薄いこともあり、息が上がる。この厳しさは高校時代の記憶と一致する。筑波山より体力が簡単という「大人の遠足ブック」の評価は間違っているだろう、と太ももの筋肉が悲鳴を上げている。技術も明らかに筑波山よりは☆が一つは多く評価されるべきだと思う。私はこういうレキを登っていくのが好きではないので、あまり楽しい気分になれないが、徐々に高度を増すと周りの素晴らしい光景が広がっていくので、それが疲れを吹っ飛ばせてくれる。

さて、山頂ヒュッテに到着したのは9時53分。その後は、露岩の中を山頂まで足下を注意しながら歩いて行く。山頂は岩だらけで、食事をするための空間も確保しにくい。蓼科山は離れた距離から見た目は女性的だが、近くに来るとぎざぎざの岩の上で、少なくともピクニックをする場所としては不適切だ。私は高校一年の時、蓼科山に登って、あまり登山が楽しいと思わなかったのだが、これは、この蓼科山の山頂に対していいイメージを持たなかったからかもしれない。その後、大学のワンダーフォーゲルの講義で妙高山を登った時には楽しいな、と思ったりしたので、初級者に蓼科山に登らすのはあまり得策ではないかと思ったりもした。

とはいえ、標高2530メートルからの360度の展望は素晴らしいの一言に尽きる。八ヶ岳の雄姿、さらには南アルプス、乗鞍岳、北アルプスと日本の素晴らしい山々を一望することができる。これは蓼科山登山の魅力であろう。おにぎりを二つ食べて、10時10分頃には下山を始める。蓼科ヒュッテから蓼科山荘までは、急登を降りて行かなくてはならない。注意深く、岩にとりつきながら降りていく。鎖場は登りでは鎖を使わなかったが、下りでは非常に役に立った。岩は尖っているので足下は不安定。私は、ちょっと捻ったりもしてしまった。捻挫はしなかったが、しっかりと足首をサポートするようにしておけばよかったと後悔する。10時45分には蓼科山荘に着く。ここでは挽き立ての珈琲が飲めるということで、ちょっと休憩をして珈琲を飲む。値段は500円。しっかりと豆を挽いてから、珈琲を淹れてくれるのでなかなか美味しい。蓼科山荘、蓼科山頂ヒュッテと珈琲、食事が提供されるので、蓼科登山にはガスを持って行く必要はないな、と思う。とはいえ、この岩だらけの登山は、もう一度行きたいとはあまり思わせない。10時55分には山荘を出て、下っていく。行きには寄らなかった天狗の露地に寄る。ここも岩がごろごろしていて足下に留意しなくてはならない。ここからは、蓼科山の雄姿を観ることができる。急坂を下りるには、膝が痛い。というので、ジグザグで降りていく。再び7合目の鳥居をくぐったのは11時55分、正午のちょっと前であった。

正直、蓼科山もなかなか厳しい登山であった。「楽に登れる百名山なし」とは、私が自分を慰めるためにつくった言葉であるが、まさにそれを実感させられた蓼科山登山であった。帰りは、蓼科山荘の主人が勧めてくれた白樺湖沿いにあるすずらん湯に寄る。このすずらん湯はよかった。そして、東京の自宅には16時ちょっと過ぎに着いた。蓼科山登山は厳しかったが、天候がよかったこともあり、そういう点ではいい一日を送ることができた。

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(登山の始めは平坦な林の中を歩いて行く)

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(45分ぐらい歩いたところで振り返ると、素晴らしい蓼科の光景が広がる)

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(蓼科山荘を後にすると、登り坂はさらに厳しくなる)

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(鎖場まで現れる)

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(登り坂を振り返ると、将軍平から随分と標高を稼いでいるのを知る)

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(蓼科山頂ヒュッテの直前までは、岩を抱きながら登っていくような感じになる。全然、簡単な山ではないような気がする)

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(蓼科山頂ヒュッテ)

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(野草が美しい)

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(蓼科山頂)

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(蓼科山頂は大きな岩がごろごろと転がっている)

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(登りが厳しいということは、下りも厳しいということです)

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(帰りは蓼科山荘で珈琲をいただきました)

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(標高が高いこともあって、露に濡れる植物が美しい)

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(天狗の露地からは蓼科山が展望できる)
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ウォリアーズ対ロケッツの第七試合を観ようとDAZNに登録したら、観れなかった [都市デザイン]

今日はゴールデンステート・ウォリアーズとヒューストン・ロケッツの西コンフェレンスの第七戦だ。負けたらそこでシーズンは終わる。いや、第六戦も2勝3敗で負ければおしまいだったが、ホームで負けることはあまり考えられない。案の定、前半こそ10点差で追っていたが、第3クォーターを33対16というダブルスコアで逆転すると、第4クォーターは31対9。圧倒的な勝利で最終戦を迎えることになった。さて、しかし、第七戦は敵地ヒューストンでの試合である。これまで第一試合には勝てたが、第二試合、第五試合と負けている。これは、流石に不味い。もし負けたとしても、ファンとしてはしっかりと見届けなくてはならないと思い、DAZNで視聴しようとした。去年もDAZNに加入して、プレイオフの試合を数試合、観たことがあるからだ。

新幹線に乗っているが、ネットには繋がっている。試合はもう第三クォーターが開始したところだ。急いでDAZNに加入する手続きを取る。一ヶ月で1890円だが、私にとっては、今、この一試合でも1890円の価値はあるし、また、NBAの決勝を観るのも悪くはないだろう。ということで購入する。さて、急いで、バスケットボールのページに行くと、なんとNBAの試合のテンプレートがない。Golden State Warriorsで検索すると、そのチームの試合はないとのこと!なんてこった。まさに金をドブに捨てたようなものだ。とはいえ、試合は進んでいる。NBA.COMでは以前、会員になっていてウォリアーズの試合を観れたりしたのだが、翌年、勝手にグレードをアップ(料金も高くなる)した契約を結ばれて怒って止めたという経緯があるので、入会したくなかったので一試合だけ観ようと思ったら、どうも楽天が入り込んでいて、一試合だけの購入が出来ない、もしくは極めて分かりにくくなっている。ということで、せめてポッドキャストでも思ったら、うまく見つけることができなかった。ここで堪忍して、NBA.COMのテキストの実況中継をチェックすることにした。これは、まったくスリリングではないが、同時体験をすることはできる。この試合も第二クォーターまで54対43とリードされていたが、第三クォーターで33対15でダブルスコアの逆転をすると、そのまま押し切って101対92で勝利した。

ということでウォリアーズは4年間連続で決勝に臨む。1990年代の感動的な弱さからは信じられないような強豪ぶりである。いやあ、長生きすると何が起きるか分からない。とはいえ、今日の試合は決勝を含んでも、今シーズン一番、観るべき試合であった。それがみえなかったのは悔しいなあ。

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日大のリスク管理のなさは、日大アメフト部ではなくて、教育組織としての日大の妥当性を疑わせる [教育論]

5月6日にあったアメリカンフットボールの日本大学と関西学院大学との定期戦で、日大の選手がプレー後に悪質なタックルをして関学のクォーターバックの選手を負傷させた問題は、日大にとって最悪の状態へと、内田監督そして日大のリスク管理のなさから突入している。日大は危機管理学部という学部があるそうだが、もはや皮肉というよりかは冗談で笑い飛ばすしかないような状況である。

分岐点は19日にあったかと思う。この日、内田監督は負傷した選手や保護者に遅まきながら謝罪し、その後、「日大の監督を辞任する」との会見を行った。会見では、「全て私の責任」といいつつ、反則をした日大の選手に「反則を指示していない」と言い放った。その前から、アメフト関係者が「あのようなタックルをすることは指示なくしてはまずしない」、「もし、あのようなタックルを指示なくしたら厳しく叱咤され、試合に出られなくなる」と指摘していたことから、「反則を指示していない」と言ったことで、内田監督は「全て私の責任」といいつつ、本質的に自分が教育者として監督して守るべき日大の選手にすべての責任を押しつけたのである。この対応は不味かった。

これによって、信頼していた監督に裏切られた日大の宮川選手が22日、単独で会見にのぞみ「反則行為の指示があった」と述べた。このようなことを一学生に言わせるまで追い込む日本大学という教育組織は、もうここでまともに機能していないと思わせるのだが、それを受けて23日、再び日大本部で内田監督と井上コーチが会見に臨む。そこで、そのような指示を否定した。この対応は本当に不味い。宮川選手に会見をさせてしまった時点でもうチェックメイトされているのだ。基本、宮川選手に会見をさせないよう誠意を示す対応を事前にしなくてはならなかっただろうに、19日の会見での誠意のなさが、宮川選手を表舞台に出させてしまった。もう、ここで堪忍して、日大も内田監督ではなく、理事長が出てきて収拾を図るような対応をしなくてはならなかったのに、また、ここで内田監督が会見をして、火に油を注いでしまった。

宮川選手は日本を代表する選手であった。彼が辞めることを受けて、内田監督は「こんなにも(アメリカンフットボールを)嫌いになってしまうのか」と会見で述べたが、彼が嫌いになったのはアメリカンフットボールではなくて、日大のアメリカンフットボール、内田監督のアメリカンフットボールである。この発言を知り、私は、まだ内田監督はこの一件がこれほどまでも世間の耳目を集めている本質を理解していないような感想を抱いた。

そして、私を含む知り合いの大学関係者も、もはや日大のアメリカンフットボール部ではなくて、日大という教育組織へ不信の目を向けている。というか、自らの学生を自己保身のために切り捨てることを、これだけ世間が注目されている中でよくやるな、ともう呆れかえるしかない。親としては、そのような大学には子供を預けたくないし、同じ教育関係者としては許せない気落ちを抱かせる。良心をもって教育や大学校務、研究などに勤しんでいる日大の教職員には同情するが、そのような良心も吹っ飛んでしまうようなとんでもない状況に日大はおかれていると思うし、そういう危機意識をもって対応しないと日大のブランドは地に落ちると思う。

23日の会見で司会をした職員が会見を打ち切ろうとしたところ、報道陣が「あなたの発言で日大のブランドが落ちますよ!」と言われると、それに対し、「ブランドは落ちません」とクールに言い返したそうだが、もう日大のブランドは失墜している。というか、ブランドというレベルではなくて、果たして教育組織なのか、と問われるぐらいの失言を23日にはしてしまったのではないか、と私は思っている。

いろいろと不愉快な思いも多いが、私も教育者の端くれとして、「他山の石以て玉を攻むべし」と気持ちを新たに、自らの大学教員としての仕事に励もうと思う。今日は、新たなゼミ生の選考日である。14人定員のところ23人ほどが応募してくれた。しっかりと、うちのゼミを選んだことを後悔させないように指導すると同時に、彼ら、彼女らを守らなくてはいけないなとも思う。

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宇宙団の下北沢のモナ・レコードでのライブ(2018/05/13) [宇宙団]

宇宙団のライブを下北沢のモナ・レコードで観ました。モナ・レコードには以前も行ったことがあり、どこでライブをするのだろうと思ったら、喫茶店の上にライブ用のスペースがあったのですね。さて、昼のライブだったからかもしれないが、60人ぐらいいた客のなんとほとんどが男。本当、女性は少人数しかいなかったです。宇宙団がブレークスルーするには、若い女性ファンを獲得するのが重要だと読んでいる私としては、なんか不安なライブでありました。と、自分も中年男なのですが、そのことを棚に上げて思いました。ししゃもとかと違って、なまじっか美形なので(特にドラムとか)、それでヘンなファン層を築きあげてしまったのかもしれません。とはいえ、この状況はほとんどアイドルのライブのようなので、若い女性が逆に来にくいかもしれない。ううむ、今度、女子限定ライブとかするといいんじゃないかな。

もう一点、気づいたのは確実に演奏テクニックは向上している。そもそもベースは既にセッション・ミュージシャンとして仕事が来ているレベルにあるので、もう上手いのは当然なのですが、それにしても、今日の演奏レベルは高くてちょっと圧倒されました。というか、手に汗握るような感じ。まあ、これだけテクニックがあれば、この道で生きていけるでしょう。望月のボーカルも今日は、とてもよかった。とはいえ、ギターでトラブルがあったのは残念でしたが、そのフォローも完全にプロの対応でしたね。恋は宇宙、文明鎮座、ポンポンガール、夏に寄せて、ヘルプ!。ううむ、超キラーチューンのラブリー・チューンをやらないのは何だろう、と思ったりしましたが、ガチの男性ファン相手だったら、敢えてやらなくてもよかったかもしれません。

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(ここからステージまでの観客は全員、男。私の後ろの方には女性が少しだけいたけどほとんど男。このままじゃあ、あかん)

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「働き方改革」よりも必要なのは「中央集権改革」である [サステイナブルな問題]

政府は「働き方改革」を進めている。厚生労働省のホームページでは、働き方改革の背景として、「「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化」に直面しているので、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることが重要な課題」が挙げられ、そのために「働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しています」ということだそうだ。
 多様な働き方を選択できる社会の実現・・目標は素晴らしい。しかし、そのための政策はこの目標を実現させるためにどれほど有効なのだろうか。個人レベルで考えると、「多様な働き方」も重要かもしれないが、その仕事をすることで、その道のプロフェッショナルになれるような働き方が望ましいと思う。働いている方の多くの不満は、自分が雇用されている立場にあることだろうと私は捉えている。実際、社会人になった卒業生の不満のほとんどが「雇用されている立場」にあることに起因している。また、個人で仕事をもらっている場合は、報酬の交渉ができないほど仕事の質がプロフェッショナルではないことが、長時間労働や低報酬の大きな要因となっている場合が多い。これは自分にもあてはまることなので書いていてちょっと辛いが、例えば、私がよく仕事をお願いしていたビデオカメラマンに、2年振りに仕事の見積もりをお願いしたら、それまでの3倍以上の見積もり額を出されて戸惑ったことがある。これは、その2年間で、彼はNHKの仕事なども来るようになり売れっ子になってしまい、市場の需要価値が高まったためである。私は多少、値切りをお願いしたが、これまでの2倍程度の金額で彼にお願いをした。それは、彼の価値はそれだけの金額に相当すると思うからである。
 要するに、多くの働いている人の不満は「雇用されていること」にある(いや、雇用されていてハッピーな人もたくさんいると思うが、彼らは逆に働き方改革は必要ない)ので、「雇用されない」働き方を模索することも必要であると思う。そもそも、「雇用される」ということはそんなに望ましい状態にはなれない。なぜなら、お金をもらっているからであり、お金というのは相当、正直だからである。それでは「雇用されない」働き方、すなわち独立すればハッピーになるかと言うと、そうでもなく、そのような状態で仕事を回していくためには、プロフェッショナルとしての市場価値を有していなくてはならない。美味しい料理を出すレストランであれば高い値段をつけても商売はできるが、美味しくない料理しか出せないレストランであれば安さで勝負するしかなく、また安くてもファストフードやチェーン店には負けてしまうかもしれない。前者は給料も高くなるだろうから、働く時間も自分でコントロールできるし、やり甲斐も感じられるだろうが、後者は生き延びるのに必死だろうし、「雇用されている」方がまだましと思うかもしれない。
 このように考えると、自分が「美味しい料理」をつくれるようになることが何しろ肝要となる。
 私は民間会社から大学、さらに大学でもより自分の能力が発揮でき、給料も高くなる大学に最近移ったので二度転職したことになる。民間会社から最初の大学に移る時は、大学教員のハードルというのが大変高くて、大学教員になろうと思ってから3年以上はかかった。当時は博士号がないというのが、極めて不利に働いたのである。その3年間で大学教員になるために私がやったことは、目の前の仕事に没頭して、しっかりとやるということであった。これは、民間会社とはいえ、私の働いていたところは研究所であったので、その点は普通の民間会社に比べると大学教員の転職という点では有利であったかもしれないが、とにかく会社の仕事のアウトプットの質を高めることに注力した。そのため、会社でも家でもほとんど仕事漬けの日々を送った。これが、結果的に研究者としての私の価値を高めて、首尾良く大学に移ることができた。振り返ると、ここで、会社の仕事は最低限にして、大学に入るためのアリバイづくりの研究などにうつつを抜かしていたら、おそらく転職することはできなかったであろう。
 そして、再び今の大学から「誘い」があって、転職することになるのだが、それを知り合いの教員に報告すると「徳を積んできたからね」と言っていただいた。自分では「徳を積む」というような意識はなかったのだが、プロフェッショナルとしての市場価値を少しでも高めようとしていたことが、このような縁を生んだのかなとは思ったりする。仕事人として「徳」を積む、そのために精一杯仕事に勤しむ。そのような環境をつくることが重要であり、そうすると長時間労働も場合によってはプラスになったりもする。私が会社時代で理不尽を感じたのは、労働時間の長さではなく、年間ノルマの受注額(私のいた会社は研究所であったが受注ノルマがあった)をクリアしたのに、さらに受注しろと言われた時である。私はその時、クライアントにこの額を出してくれたら他の仕事を受注せずに、これに専心できます、といってその額をもらったにも関わらず、上司は平気で私がクライアントに嘘をつくようなことをさせようとしたのである。
 私のプロフェッショナルとしての市場価値は大したものではまだまだないが、そのように日々精進できるような働き場を確保できることは重要なことだと思うし、プロフェッショナルとしての市場価値があれば自分が職場に不満を持っていたら辞めることができる。このいつでも辞めることができる、という状態に自分を持って行くようにすること、しかして、そのように持って行けるような環境を社会にてつくることが重要である。
 しかし、そのような社会をつくろうとしている肝心の厚労省の人達が、プロフェッショナルとしての市場価値を自ら、問うこともなく、国家公務員という高給の体系に守られているというのは皮肉だなと思う。20代での試験の結果によって、その安泰とした職業に就くことができた人が、厳しい市場の中で自分の市場価値を磨こうとしている人達に余計なアドバイスをするな、と私は生意気にも思ったりもする。また、大学こそ、自らの市場価値を高めるための人間の幅を大きく広げるチャンスであるにも関わらず、文科省の指導はまったく逆に、既存のフレームワークでの勉強を強いるような、創造性がまったく感じられないシステムを大学側に押しつけている(特に、アクティブ・ラーニングの指導要綱などは冗談以外の何ものでもない)。
「働き方改革」とかを考える前に、財務省をはじめとして「中央官庁改革」を誰かが考えるべきではないだろうか。経済が成熟し、また人口も縮小していくような状況下で、これだけの大国であるにも関わらず、あまりにも中央集権である。「働き方改革」などは、国が旗を振ってやるようなものではなく、地方ごとに考えるべきことであろう。いや、本当、連邦制の道州制を導入することを真剣に検討すべきではないだろうか。それこそが、一億総活躍社会が必要とする基礎的インフラストラクチャーであると考える。

タグ:働き方改革
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荒島岳(日本百名山29座登頂) [日本百名山]

長浜のホテルにチェックインし、元会社の同僚と翌日の天気をチェックする。元同僚は「てんきとくらす」という優れたアプリをみながら、翌日の14時頃には荒島岳の山頂は晴れそうだとする。ということで、せっかくここまで来たということもあり、朝の5時にロビー−集合という予定を立てる。
 朝の5時に自動車に乗り込んで荒島岳に向かう。北陸自動車道は雨がパラパラと降っている。同僚は「てんきとくらす」によると荒島岳はEという。ちなみに、「てんきとくらす」の評価はA〜Cであり、Aは「登山に適切」、Bは「登山にやや適していない」、Cは「適していない」であり、Eという評価が何かもよく分からない。私は職業が大学教員なので、それから類推すると、登山を考えること自体、非常識というようなことか。どうも、その日の明け方は荒島岳には雪が降ったそうである。
 とはいえ、荒島岳の登山口には向かった。荒島岳には大きく4つの登山ルートがある。最も人気があるのはJRの勝原駅を起点とする勝原コースである。ただし、これは非常に急登で厳しいという情報がウェブサイトに書かれていたので、中出(なかんで)コースを選んだ。これは、歩行距離は長いが、標高差もほぼ同じで、時間も10分ぐらい余計にかかるぐらいである。途中、コンビニで食料を購入する。中出コースの登山口の駐車場には7時ちょっと過ぎに着く。雨はパラパラとは降っているが、青空のようなものも見える。元同僚は、前線の雨雲が断続的に動いているが、そのうちなくなると指摘する。そして、14時頃には山頂も晴れそうだ、と言う。そのような状況なので8時30分まで逸る気持ちを抑えて、8時30分まで登山口の駐車場で仮眠を取ることにする。小雨が時折、車のフロントグラスに降る。その音を聞きつつ、前途多難かもしれないと思うが、とりあえず急いては事をし損じると自分に言い聞かせる。さて、とはいえ二人とも8時20分ぐらいにはいてもたってもいられない気持ちになり準備をし始めるような感じになる。念入りにチェックをすると、9時頃にはどうも空も明るくなってきた。ということで、登山を開始する。中出コースは途中までは林道を歩いて行く。そして、途中で分岐する。登りはまあまあきついが、驚くほどの急登ではなく、このコースを選んで正解だと思う。歩いて1時間30分ぐらい経つと、西側に雪山が見えてくる。なかなか美しいと思いつつ、あそこの山に雪が積もっているのであれば荒島岳の山頂も間違いなく雪が積もっているなと、不安な気持ちが首をもたげる。

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(登山開始時の駐車場の様子。まだ空は曇っている)

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(しばらく歩くと、素晴らしい山並みの展望を時折、見ることができる)

 ここらへんからはブナの森の中を通っていくのだが、これが非常に気持ちよい。元同僚が言うには、このブナの森を目的にここに来る人もいるようなのだが、それも納得だ。改めて本州の風土の美しさをつくる重要な要素はブナの森であるなと思う。高度が上がるにつれて、雪が目立つようになり、遂に登山道が雪でみえなくなっているようなところも現れた。靴の足跡を辿って行くと、その靴跡をつけた人も道を間違えていたようで、どこにも行けなくなっている。後ろを歩いていた元同僚が、どうにか正しい道を見つけたので事なきを得たが、単独登山だと下手したら道に迷ったかもしれない。雪の怖さを思い知る。

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(中出コースは素晴らしいブナ林の中を歩いて行く)

 さて、2時間30分ぐらい経つと、小荒島岳との分岐点に到着する。この分岐点から1分で小荒島岳には行ける。私は体力もないため、10秒でも寄り道をするのを躊躇するタイプなのだが、元同僚は当然、行くでしょうという感じで向かっていく。私はしょうがないな、とついていったのだが、ここからは360度の展望だけでなく、荒島岳の素晴らしい山容を目の前にすることができる。今回の登山は、素晴らしい景色を十二分に堪能したが、小荒島岳からの展望が最も優れていた。荒島岳に登る人は是非ともここに登って欲しい。というか、ここにアクセスできるという事実だけで、勝原コースではなくて、中出コースを選ぶべきではないかと考えるくらいである。

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(小荒島岳から見る荒島岳の見事な山容)

 そこから勝原コースとの分岐点であるしゃくなげ平までは30分ちょっと。5月ということで、シャクナゲはもちろんのこと登山道沿いには白木蓮のような花も咲いていて楽しませてくれる。さて、しゃくなげ平から荒島岳の山頂までは1時間ぐらいだそうだが、途中、もちが壁という難所を通る。普通の状態でも雪が積もっていたらさらに大変だ、と戦々恐々とした気分で登り始める。ただ、幸い、もちが壁のロープがあるような急斜面では雪は積もってなく、雨が降った直後で泥濘んでおり、泥まみれにはなったが、どうにか登ることはできた。しかし、もちが壁の後に登山道が雪で完全に被われているところがあった。ここは下ってくる登山者達が異口同音に、「大変なところがある。とはいえ、アイゼンは必要はない」と言っていたところだ。この難所は、登山道が急に1メートルぐらい積もった雪に被われて壁のようになっており、その雪の部分にまではい登らなくてならないような状況になっていた。私よりも度胸がある元同僚がここを登ろうとしたら、足をひっかけ損ねて酷い状態で雪のない泥の道を滑ってしまった。私はそれをみて、これは雪というよりかは、泥の部分を歩くためにアイゼンが必要だと考え、ここでアイゼンを着ける。アイゼンを着け終わって顔を上げると元同僚の姿はなくなっていた。どうやったのかは分からないが、アイゼンを着けずに登ったようである。さて、私はアイゼンを着けたこともあり、滑らずにここをクリアすることができた。雪の壁の場所を通り過ぎても、しばらくアイゼンを着けて歩いていたが、結局、アイゼンが必要だったのはこの部分だけであった。


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(シャクナゲ平を過ぎたところに生えていた白木蓮(だと思われる花))

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(登山道の前に立ちはだかる雪の壁)

 この難所を過ぎると、それほど苦労せずに荒島岳の山頂に登ることができた。時間は13時40分。登り始めてから4時間40分ちょっとである。さて、展望は素晴らしかったが、風が強いこともあり、降りてしゃくなげ平で食事をすることにする。下りでは、私だけでなく元同僚もアイゼンをつけて例の難所を通り抜けることにする。アイゼンをつけると、やはり雪の上での安定性は格段に向上する。

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(山頂そばの登山道から見た白山の山々)

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(山頂での証拠写真)

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(山頂から能郷白山方面を望む)

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(山頂から見た白山の山々)

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(山頂から越前大野市街を望む)

 下りはなかなか太股、足首、膝に来たが、幸い、痛みを伴うこともなく、無事に17時30分には駐車場に着くことができた。
 その後、郡上を経由して、新東名で家路へと急いだが、結局、その日のうちには帰宅できず、家に着いた時は1時を回っていた。これは、荒島岳と伊吹山を登る順番を変えたからだが、伊吹山はともかく、荒島岳は素晴らしい登山を体験することができて、たいへんよかった。

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(戻ったら駐車場には西日が差していた)
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伊吹山(日本百名山28座登頂) [日本百名山]

昨年の8月にアイスランドで捻挫をして以来、登山をしたのは一度だけである。それも吾妻山と大して難しい山ではなかった。捻挫をしてからほぼ9ヶ月。まだ本調子ではないが、五月の連休であり、これはチャンスということで荒島岳と伊吹山に5月3日と4日の二日連続でチャレンジすることにした。元会社の同僚に付き合ってもらった。
 さて、初日は行程も長く、東京からも離れている荒島岳にチャレンジしようと計画し、越前大野にある旅館に宿を取ることにした。そこでお弁当をつくってもらい、朝の6時前に出発しようと思ったのだが、越前大野は雨が降っていた。翌日も雨がひどく、とても登山をするようなコンディションではない。ということで、荒島岳の登山は諦め、伊吹山も雨がひどいようなので、とりあえず比叡山にでも登山し、そのまま伊吹山登山の拠点として予約した長濱のホテルに行こうかと思い、眠りにつく。
 3日はゆっくりと7時30分に食事を取り、宿は8時30分ごろに出発する。宿のおばさんも前日に荒島岳に登山した人が散々な目に遭ったという話をしてくれる。「今日はとても無理だろう、残念ですね」と慰められ、宿を後にする。さて、そして北陸自動車道で比叡山に向かう。彦根IC経由でのルートだ。10時頃、賤ヶ岳サービスエリアで休憩をすると、どうも天気は快方に向かっている。そして、なんと伊吹山の全容が姿をみせた。これは、比叡山ではなくて今日、伊吹山に登ってしまおうと相談し、そのまま長濱インターチェンジで降りて、伊吹山の登山口へ向かう。途中、コンビニで食料と水を購入する。
 さて、伊吹山の登山口は10時40分頃に着く。駐車場に行くと、おばさんが我々に話しかけてきて500円で家の駐車場に停まらせてやる、と言ってくる。登山口のリフト乗り場の駐車場代も500円だったので、そのまま停まらせてもらう。500円を支払うとお煎餅と飴を二粒ほどくれた。さて、伊吹山はマイカーは通行禁止なのだが、タクシーであれば3合目まで行くことができる。久しぶりの登山で足首に不安があり、また、大きく出遅れていたこともあり、このおばさんにタクシーを呼んでもらうようにお願いする。15分くらいは待つよ、と言われたが、大丈夫と回答する。さて、しかし、タクシーは呼んだらあっという間に来た。どうも、他の客を3合目まで送ってきた帰りに電話を受けたようである。
 タクシーは狭くてくねくねとした道路を上っていく。その途中、300円の有料駐車場が多くあることに気づく。さきほどの駐車場の煎餅と飴は、この200円差の埋め合わせかと思ったりもした。
 3合目までは15分ぐらいで着いた。料金は2430円。高いといえば高いが、これで時間でいえば1時間30分、標高差で570メートルを稼いだと思えば安いものだ。二人で割ったので一人の負担は1200円ちょっとだし。さて、山頂にかかっている雲は気になるが、少なくとも雨は降っていない。3合目は2010年に閉業した伊吹山スキー場のゴンドラの山頂駅があったところである。2011年までは登山客のためにゴンドラは操業していたのだが、これも中止された。3合目にはスキー客のためのレストハウスの廃屋が二軒ほどあり、なんか寂寥感が漂う。

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(三合目にあるスキー場のレストハウスの廃屋)

三合目を出発したのは11時ちょっと過ぎ。気持ちよく、この石灰岩の登っていく。三合目の標高は770メートル。山頂は1377メートル。およそ600メートルの登山である。木がほとんど生えていない登山道からは琵琶湖の素晴らしい景観を楽しむことができ、気持ちよい登山ができる。30分後には5合目に着く。ここには自販機があり、ベンチもある。ただし、自販機の飲料水のペットボトルは240円となかなかの値段だ。3合目から1時間弱で6合目。ここらへんから雨が降り始めたので、カメラをリュックにしまい、ひたすら登山に専念する。途中からは、ほとんど這うようにして岩山を登っていく。雨が降った後で泥は滑りやすくて注意が必要だ。山頂近くは雲に被われ、視界はほとんど得られない。

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(五合目)

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(五合目にある自販機。ペットボトルは240円)

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(登山道から展望した琵琶湖の長浜の街並み)

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(米原市方面の展望)

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(山頂の周遊道路と合流する。山頂まではあと少しだ)

 山頂に着いたのは三合目を出発してから2時間弱経った13時ちょっと前。伊吹山頂は歩いて30分ぐらいのところまで道路が通じていることもあり、山頂には結構の人がいた。そういうこともあり、山頂には多くのレストハウスがあり、わざわざ食事を持って登ってきたのがちょっと馬鹿らしい。山頂は視界がないのに加え、なかなか風も強く寒かったこともあり、レストハウスに入り、コンビニで買ったサンドイッチを頬張る。レストハウスには申し訳なかったのでお味噌汁を注文するが、店の人は気にしなくてもいいと言ってくれる。なかなか優しい店員であった。とはいえ、このレストハウス群は登山の詩情をまったく喪失させる。ここまで風情がない百名山もなかなか珍しい。筑波山並みの情緒がない山頂である。

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(山頂での証拠写真。霧で視界はまったく得られない。そして、風が強く寒い)

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(レストハウスで休憩する)

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(レストハウスの外観。サービスはとてもよかった)

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(山頂にあるレストハウス。山頂の風情はまったくなく、ちょっと脱力する)

 「てんきとせいかつ」のアプリによれば15時ぐらいになると霧は晴れるという情報であったが、15時まで待っていると下山をすると17時30分になってしまう。流石にそれは遅すぎるだろうということと、レストハウスのおじさんが「これからは天気は悪くなる一方だ」と言うので13時30分には下山を開始した。しばらくは霧の中であったが、7合目ぐらいでまた視界が広がる。琵琶湖や関ヶ原、そして鈴鹿山脈の山容が美しい。登っている時にはそれほど気にはならなかったが、なかなか勾配はきつく、下りは結構足首に負担が大きい。足首を捻らないように気をつけて高度を下げていく。15時頃になると、伊吹山の山頂がくっきりと見える。ちょっと悔しい気持ちにもなるが、そのまま帰路を急ぐ。三合目に戻ったのが15時40分。伊吹山のずっしりとした山容が綺麗に見えて、悔しさが再びぶり返す。駐車場にもどったのは17時ちょっと前であった。駐車場のおばさんは、ブラシを貸してくれる靴を洗うといいよ、と言ってくれた。泥んこ遊びをしたように靴とズボンは泥だらけだったのだ大変助かった。200円の差額以上のサービスを得られたような気分であった。

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(15時ぐらいには山頂が姿を現す)

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(三合目に戻った時には、山頂だけでなく青空も見られた)
 

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ヘルプ! [宇宙団]

最新作の「それなりのつよがり」のトップを飾るということで、バンドとしても相当、自信を持っているのではないかと思われるのだが、私はこれを下北沢ベースメント・バーで初めて聴いた時は、ちょっとムムムムと思ってしまったのである。そして、「それなりのつよがり」全体を通して聴いてみても、圧倒的な存在感のある「ラブリー・チューン」や素晴らしいメロディが頭に刻まれる「夏に寄せて」、さらにはさびのフレーズが印象的な「日本のヒーロー」に比べると、なんか今一つ感を覚えていたのである。しかし、先日のライブで演奏した時は、私も凄い高揚感を覚えたし、周りの観客の盛り上がりも凄かった。

この曲は、ティーンの女の子達が共感するような秀逸な歌詞が特徴である。「私は強い・・嘘です」という出だしの切なさに共感をする女子中学生・女子高校生は多いだろう。さびから入る展開が、唐突感を与えるのかもしれないが、この曲を聞き慣れるとそのようなことがなくなる。また、宇宙団の他の曲にも見られることだが、何しろ、展開が激しい。バスケットボールの選手でいえば、ベン・シモンズのような変幻自在のポイントガードのように、次にどう展開するかが分からない。ヘルプは特にそのような傾向が強いので、初めて聴くと、曲の全体像が分からなくて、うまくのることが出来ないのかもしれない。しかし、逆に聴けば聴くほど味が出てくる。そういう曲なのかもしれない。と書いていて、だからこそ一曲目に持ってくるような曲じゃあないんじゃないか、と確信したりもするのだが、まあ、そこらへんの予測不能な行動も宇宙団のご愛敬かもしれない。ちなみに、この曲での望月のギターは素晴らしいと思う。テーマで歌いながらのカッティングも絶妙であるし、そしてソロも素晴らしい。女の子であるのに、重いレスポールを弾き続けるのは、音への拘りかと思うのだが、そういう姿勢立派だ。まだまだ若いので、これからも望月のギターは上達するであろう。そういうことを感じさせるぐらい、この曲のギター・プレイは優れている。


それなりのつよがり

それなりのつよがり

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: わびさびレーベル
  • 発売日: 2018/01/17
  • メディア: CD



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緑の美しさを考察する [サステイナブルな問題]

仕事場が京都なので、毎週、京都を訪れる。というか、通勤している。さて、新緑のシーズンなので京都の山々は目に優しく、心洗われる。というか、新幹線からの車窓の緑も美しい。日本の自然は本当に美しいと思わせられる。新緑は、春紅葉とも言われたりするが、その美しさというのは緑のグラデーションにあるかとも思われる。それは、また生物多様性の美しさでもある。
 一方で、林野庁が杉植林を一生懸命やったところは、単調な緑で全然、美しくない。それは、愚かなる公共事業の醜さを表している。ただ、このような単調な針葉樹の緑の森でも美しいと思う人がいる。こういう人がなぜ、それらを美しいというのかはちょっと不思議だ。例えば、新緑の森の絵を描け、という課題をもらったら、単調な緑の森を描く人は絵心がない人か、よほどのひねくれ者に限られると思われる。もしかしたら、単調な緑を美しいと思う人は、美しい緑や森をあまり見たことがないのではないか、と思ったりもする。そして、そのような人は京都にはほとんどいないと思われるのである。もっと緑を見ることが、東京の人などは必要ではないか、と自分を含めて思ったりする。
 

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「玉川上水と生物多様性」の講演に、あまりに多くの人が聞きに行ったので驚く。 [サステイナブルな問題]

「玉川上水と生物多様性」の講演を武蔵小金井に聞きに行く。「小金井玉川上水の自然を守る会」が主催での講演である。私はちょっと遅れて訪れたのだが、驚いたのは、その参加者数の多さである。250人以上は入っているだろう。生物多様性について、一般市民の強い関心が伺える。ほぼ高齢者であるが、なかには若者もいる。
 講演者は3名。最初は東京学芸大学名誉教授の小泉武栄先生の話である。玉川上水の生態系についての講演であったが、小平駅を南北に通り、玉川上水を分断する道路について、強い懸念を示していることを話して、私は目が覚める。私はこの道路に関しては、むしろコミュニティ分断といった点、生活アメニティの悪化という点から懸念を抱いていたが、生態系的にも大変深刻なダメージを与えることを専門家は考えていることが分かった。
 また、小泉先生が話されたことで、私が興味を抱いたのは、東京都には自然史博物館がなくて、恥ずかしいという指摘であった。科学博物館はあるが、それは国のものだけで東京のものは展示していない。伊豆諸島や奥多摩だけではなく。武蔵野台地にも都心にも調べれば面白いものがあるのだが、そういうものがない。先生はオリンピックの記念事業でそのようなものをつくるべきだと述べていたが、私は、それこそ築地市場跡地につくるべきものではないかと思ったりした。現在は、食のテーマパークをつくるような計画を考えており、隣接する市場外の民間企業が強く反発していたりする。和食博物館、みたいなものや料理学校のようなものであればまだしも、テーマパークという発想が本当、センスがない。そもそも、築地市場のようなオーセンティックな施設のあとに、偽のテーマパークを公共用地の跡地につくるという発想を、そこらへんの素人が出すならともかく、東京都庁が出すというのは根源的に行政の役割を分かっていないのではないか。都庁の職員達はエリート集団である。どうして、こんな発想が出てくるのかが不思議だ。
 閑話休題。話が横にそれたが、そんなテーマパークをつくるよりかは、この浜離宮に隣接し、東京湾という素晴らしい自然に隣接する、この築地市場跡地に自然史博物園をつくるのは、なかなかいいアイデアなのではないだろうか。
 次は明治神宮の自然に詳しい新里達也先生の講演である。明治神宮の豊かな自然がよく分かる講演が為されていたが、このような話も前述の自然史博物館で展示されたりすると、国民だけではなく、インバウンドの観光客が日本の理解を深めるうえでも役に立つであろう。
 三番目は、国連生物多様性の 10 年市民ネットワーク代表である坂田昌子氏である。琵琶湖の生態系がどんどんと貧相になっている、という話をされた。生物多様性とは、命の循環がうまく回っている状態、であると言う。また、生物多様性と人との関わりとが重要であると言う。さらには、地域絶滅という概念の話も私の興味を惹いた。ツキノワグマは九州では絶滅、四国でもほぼ絶滅したそうである。そうすると、ツキノワグマの遺伝子の多様性は随分と脆弱になっているようだ。その種が例え、絶滅していなくても、九州ツキノワグマは本州ツキノワグマと同じようで全く同じという訳ではないようなのだ。そういうことは、私は勉強不足でもあり、知らなかった。
 なかなか勉強になった。資料代ということで300円支払ったが、もっとお金を取ってもいいのじゃないか、という有意義さである。というか、立ち見も出たので、それはちょっとだけ運営側としては問題であったかもしれない。これを料金を取ることで調整できるのであれば、特に私のように地元以外での人からはとってもよかったかとも思う。
 それにしても、こんなに人々は生物多様性とかに関心を持っていたのだな。これは驚きと同時に、民主主義的なパワーも感じる。というのも、行政が自然や生態系を維持できない時、それらを守ろうと動き始めるのは市民であるからだ。それはイギリスでもアメリカでもそうである。

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宇宙団のライブ@渋谷LUSH(4月22日、2018年) [宇宙団]

宇宙団のライブを渋谷LUSHで観る。なかなか最近、観るチャンスがなかったので二ヶ月ぶりである。さて、これまで宇宙団のライブの観客は私のような中年男性の割合が高くて、これは問題だなと自分のことは棚に上げて心配をしていたのだが、今日は圧倒的に若者が多く、また、若い女性も増えていた。若い女性が増えてくれば宇宙団は大丈夫だと思っていたので、大変、喜ばしい。

一曲目は私は初めて聴いた新曲。というか、レコ発記念コンサートの一曲目に新曲を持ってくるという感覚が私には理解不能。とはいえ、この新曲はとてつもなくレベルが高く、まあ、そのうち重要なライブ・レパートリーになることは間違いない。とんでもない才能ではあるが、でも、ちょっと出し惜しみをしてもいいと思うのだが。そして、「恋は宇宙」。これも新譜に入っている曲ではない。そして、ようやく「文明鎮座」、「しあわせ宣言」と新譜の曲をやる。しかし、その後も新曲を演奏したりして、これもいい曲だったが、新譜を売る気があるのか、とちょっと説教をしたくもなる。そして、「ラブリー・チューン」。この時の観客の盛り上がりは凄い。「ラブリー・チューン」が宇宙団の人気を一段上げたというのはおそらく間違いない。続けて、「夏に寄せて」、「ヘルプ」。アンコールでは「日本のヒーロー」。結局、新譜からは8曲中6曲を演奏したので、それなりにレコ発記念コンサートという形にはなっていたのかもしれない。今日はたくさん演奏してくれたので、来た甲斐があった。

バンドは実は、ちょっと演奏ミスとかがあったり、キーボードとヴォーカル、コーラスなどがずれた曲もあったりして(「しあわせ宣言」)、必ずしもベストのパフォーマンスではなかったかもしれないが、ノリは素晴らしいものがあった。そして観客もたいへん盛り上がっており、まあ、そういう意味ではよいライブであると言えるであろう。

私はうまく一番前に陣取れたので、いい写真も撮影できた。そういう点でも嬉しい限りだ。さて、宇宙団は3人がこの3月で卒業した。うまく本当、プロとしてやっていけるように頑張ってもらいたいと心から思う。

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ドナルド・トランプの若い時の詐欺手法が明らかになると同時に、彼がとんでもない悪人(犯罪人)であることも明らかとなった [トランプのアメリカ]

米45代大統領のドナルド・トランプの人格破壊状態は驚くべきものがある。まず、事実に基づかず、自分の妄想で世の中を再編集する。そして、事実に基づいて報道をするメディアを「偽メディア」と指摘し、アメリカ国民の敵であるとまで言い放つ。

トランプは大統領選に出ていた時も、大統領になった後も、徹底的に「納税申告書」の公示を拒否してきた。それに関しては、脱税隠しなのではないかとの指摘もあったが、MSNBCのローレンス・オドナルは、おそらくトランプ自らが自慢しているほどお金持ちでないことがバレることを恐れているからだと指摘していた。

ドナルド・トランプは億万長者というキャラクターで、多くの不動産プロジェクトを具体化させ、また、アプレンティスというテレビ番組のホスト役を獲得して、これを見事に務めた。さて、しかし、その前提である億万長者というキャラクターは見せかけであったことを明らかにするようなネタが明らかになった。それは、トランプが本人ではなくて、広報部長のジョン・バロンという人間になりすまして、経営誌Fortuneの富豪リストにランクインするように、Fortuneの記者と電話取材をしていたときの録音テープが、その記者によって公開されたからである。この録音テープがこれまで公開されていなかったのは、最近になってようやく見つかったからだそうだが、セクハラ問題の渦中にある財務省の福田次官ではないが、声はトランプ本人のものと考えて間違いないそうだ。(出所:
https://www.youtube.com/watch?v=bO-s7sss0vg

トランプはこのように幾つかの架空の人物になりすまして、いろいろと電話などで交渉をしてきたらしい。ジョン・バロン以外にもジョン・ミラー、デイビッド・デニソンという人物になりすまして、マスコミに対して、トランプのことを褒めたり、金持ちであることをほのめかしたりしていたそうだ。もちろん、顔は出さずにである。

トランプはCon Man(詐欺師)であるとよくテレビ番組でもコメンターに指摘されていたりしたが、それはイメージとかではなく、本当に詐欺師であるということが、この録音テープによって明らかになった。もう、これはひたすら唖然とするしかない。

ストーミー・ダニエルというポルノ女優にトランプが不倫をしたことの口封じは法律的に無効であると訴えられたり、銃規制をしなくてはと言った直後に前言を翻したり、政敵や批判的なマスコミ関係者や芸能人・有名人に対してツイートで根拠のない罵詈雑言を浴びせたりと、いろいろと恥ずかしいことをしてきたトランプであるが、自らが会社の広報部長のようなふりをして、適当な嘘をいいふらすというのは、それらとも一線を画すような悪人の振るまいであると思う。

そして、そのようなことを考えて、さらに行動できるというのは、社会人としても不適であり、悪人というか犯罪人である。そのような人間をのさばらしただけでなく、大統領にまでしてしまったアメリカ合衆国という国が、いかに病んでいるか、というのをトランプの存在は我々に知らしめる。それに対して、しっかりと対応しないと、民主主義が崩壊していく。心あるアメリカ人も「民主主義の危機である」と警鐘を鳴らしているが、その崩壊は日本にもとてつもない影響を及ぼすであろう。

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4月20日、東京国際フォーラムの椎名林檎のコンサート [ロック音楽]

 東京国際フォーラムにて4月20日の椎名林檎のコンサートを観に行った。ひょっとしてレコ発、ということなので新しいアルバムが出るのかもしれないと思ったりしたが、結果的には新曲はなく、全てCDで既発表のものであった。レコ発、というのは『逆輸入〜航空局〜』のアルバム発表という意味だったのかもしれない。というのも、最新作である『逆輸入〜航空局〜』からの選曲が多かったからだ。
 さて、コンサートは3分にセットされた時計のカウントダウンによって始まった。最初の曲は、「人生は思い通り」。これは、「カーネーション」のシングルに入っていた曲で、おそらく知名度は相当、低い曲であろう。とはいえ、ほとんど捨て曲がない椎名林檎のレパートリーである。優れた映像とともに林檎ワールドに引き込まれる。そして「おいしい季節」(航空局)、「色恋沙汰」 (三文ゴシップ)と続き、「ギブス」(勝訴)。もう20年近く前につくった曲であるにも関わらず、まったく色褪せない。そして「意識」(カルキ)。「嘘つくなよ」の歌詞は、初めて聴いた時にも背筋が凍るような感じで怖かったけど、今でも相変わらず怖い。このロックのメロディーと日本語の歌詞をここまで融合して総合芸術として昇華させられるミュージシャンはそうそういない。彼女の類いまれな日本語能力を感じさせる名曲だ。その次は「JL005便で 」(日出処)と最近に戻ってきたかなと思ったら、「弁解ドビュッシー 」(勝訴)を演奏し始めた。いやあ、凄い曲だ。というか、椎名林檎は本当に器用なので歌謡曲、ジャズ、ハード・ロックといろいろな分野にまたがるアレンジ調の曲をつくれてしまうが、本質は「弁解ドビュッシー 」のようなパンク・ロックなんじゃないか、と思ったりもする。
 そして、「少女ロボット」 (航空局)。これは、東京事変バージョンではなく、航空局に入っているともさかりえバージョン。そして、また昔に戻って「浴室」(勝訴)。と思ったら、航空局から心中曲2曲(「薄ら氷心中」、「暗夜の心中立て」)。ピアフの「枯葉」カバーを挟んで「眩暈」。これは、「ここでキスして」のシングルに入っていた曲で、隠れた名曲という位置づけであると思われるが、まさか今日、ここで聞けるとは思わなかった。ちょっと嬉しくなる。
 さらに「おとなの掟」、「重金属製の女」、「静かなる逆襲  」、「華麗なる逆襲」、「孤独のあかつき」、「自由へ道連れ」、「人生は夢だらけ」と『航空局』と 『日出処』という最新アルバム2枚からの選曲で、一応、コンサートは終了。この間、MCはほとんど無し。ひたすら演奏を続けるといった格好。ある意味、相当、格好はいい。
 随分と時間を空けた後、アンコール。まあ、アンコールをしない訳はないと思ったが、周りの客は拍手をしないものも多く、ちょっと最低限のマナーというか礼儀ぐらい守れよ、と心の中でちょっと怒る。
 さて、アンコールでも挨拶をしたのは、ギターで林檎は一切、しゃべらない。一曲目はなんと「丸の内サディスティック」。「丸の内サディスティック」は、以前は、東京事変でもほとんどのライブで演奏されていたと思うのだが、デビュー10周年記念の林檎エキスポ以降、東京事変の解散コンサートの最終日である武道館公演を除くと演奏していなかったと思うので(少なくとも私は聞いたことがなかった)、これは本当、個人的には嬉しい。そして、「NIPPON」、「野生の同盟」で林檎のMCがほとんどなかったコンサートは終わったのであった。

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生まれて初めて竹の塚を訪れる [都市デザイン]

生まれて初めて竹の塚を訪れる。私事であるが、三ヶ月に一度、埼玉県の越谷市にある獨協医科大学の付属病院に通っている。ということで、竹の塚はそのたびに通っていた。とはいえ、それほど関心を持っていなかったのだが、4日前、知り合いの広告代理店の人達と下北沢に飲みに行った時に、竹の塚は治安が悪くて有名なのだ、という話を聞かされ、「えっ!そうなの」と驚いたので、早速、今日、獨協医科大学での定期検診の後、竹の塚で途中下車をしたのである。

竹の塚という名前は前から知っていた。というのも、中学時代、私は東横線の学芸大学に住んでいて、その頃、日比谷線が東横線と東武伊勢崎線の直通乗り入れをしており、東横線側は日吉まで、東武伊勢崎線は竹の塚にまで乗り入れをしていたので、私が乗る日比谷線は北千住か竹の塚行きであったからである。さらに、高校時代の同級生が竹の塚出身であったことも、その名前を記憶させるきっかけとなった。確か、竹の塚中学出身であったと思う。彼の家に遊びに行ったことはなかったが、団地に住んでいると言っていた気がする。あと、大学時代の友人が柏の方に住んでおり、よく車で送っていたことがあったのだが、竹の塚の有名な開かずの踏切を何回か横断した記憶がある。その後、この開かずの踏切では人身事故などもあったりして、ニュースでも取り上げられたのは覚えている。

とはいえ、これくらいの記憶である。今回も、てっきり西新井より北千住側だろうと思っていたら、草加側であったので驚いたぐらいである。竹の塚の駅は工事中であった。これは、どうも踏切事故に対応しての高架化、ホーム大工事の一環のようである。とりあえず東口に降りると、目の前には大きなバスターミナルがあった。まるでJRの駅のようである。そして、目の前には大きな団地が聳え立っている。しかし、高層ビルはこの団地だけであり、新越谷や北千住の駅前にあるような高層の商業ビルは一切無い。とてもフラットな感じの駅前である。おそらく、ここに駅が出来た時は、この一帯は田んぼであったのだろう。

そして、多摩ニュータウンや田園都市線沿線のような郊外の臭いはしない。おそらく、昔から人々がここで農業などに営んできたからではないか。山や谷を無理矢理、開発した暴力性のような匂いは、お昼に訪れたからかもしれないが、私はあまり感じなかった。とはいえ、自然的な感じもせず、工業地区のような人工的な印象は受ける。練馬や板橋に感じる武蔵野らしさはまったく感じられない。むしろ、葛飾や江戸川といった千葉、利根川的な風土を感じる。

気づいたのは物価の安さであり、ランチ定食が500円で提供されている。大学の生協より安いのではないだろうか。さらに驚いたのは不動産の価格で、3LDKの70㎡ぐらいの集合住宅が1800万円ぐらいで買うことができる。23区内でこの安さは驚愕である。東京は不動産が高いと言われたりしているが、なんてことはない、東に行けば相当、安い。逆にいえば、ここで1800万円の値段で買わずに他で買いたがる消費者心理とは一体、どのようなものなのだろうか。駅の周辺だけをぐるぐる回っただけであったが、珈琲焙煎屋はあるし、比較的美味しい個店系のラーメン屋もあるし(ここで、昼食をした)、多くのチェーン店もあるし、スーパーは西友である。銀行も三菱東京UFJ銀行がある。すなわち、生活利便性という点だけでは、むしろ田園都市線沿線の駅に比べても何ら遜色はないように思えるのだ。やはり、治安が悪いということが、この物価の安さと関係があるのだろうか。とはいえ、定年退職後、お金に不安であれば、退職金でここらへんの安マンションに入ったら生き延びることはおそらくできるだろう。同じ23区ではあっても、目黒区に住んでいると不安になるが、竹の塚に行けば生き延びられるような気がする。

竹の塚は「足立区のマニラ」と呼ばれているらしい。実際、急行も停車しない私鉄駅であるにも関わらず、多くのフィリピン・パブが集積していた。ホスト・クラブもあった(これはフィリピン男性ではなく、日本男性が働いているような印象を与えたが、実態はどうかは不明だ)。とはいえ、乱立するこれらの水商売系のお店の看板はちょっと不快感を覚えさせはするが、治安が悪いといった印象までは与えない。まあ昼に訪れたからかもしれない。

とはいえ、私が勝手にイメージをしていた竹の塚と、実際、体験した竹の塚とは大きな乖離があった。もう少し、東武板橋のような町並みをイメージしていたので、その団地的景観、バスターミナルの大きさ、土地利用密度の低さ、フィリピン・パブなどが集積している乾きなどは、想像外であった。そして、何より、不動産をはじめとした物価の安さは感動的ですらあった。北千住も最近、注目されているし、そのうち、この値段の安さから考えると竹の塚の人気も上がるのではないかとさえ思った。その時、ジェントリフィケーションが起きて、フィリピン人が追い出されないといいのと、そうなると私が貧乏老人になった時に竹の塚にレヒュジーできなくなると困るな、と思ったりもした。まあ、そんな心配はいらないか。東京オリンピックが終わり、消費税が10%になったら、人口減少トレンドにある日本は、東京を含めて不動産大不況になることは間違いないと思われるからだ。

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(駅を降りて東口に出ると目の前に巨大な団地のような建物が屹立している)

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(やたら立派なバスターミナル)

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(駅周辺の商店街)

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(巨大な団地のような建物の裏には広大な駐車場が広がる)

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(駅の北口の踏切)

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(感動的に安い不動産)

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(これが悪名高い開かずの踏切。上下線で踏み切りのシステムが分かれているのは、なかなか鋭いアイデアだと思った)

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(フィリピンパブ多し。またホスト・クラブもあった。そういうニーズがある街なのかとも思うが、フィリピン・ホステスもこの不動産の安さだと住みやすいかと思う。)

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