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サンフランシスコのケーブル・カーは、同市のDNAを継承するアイコンである [都市デザイン]

サンフランシスコに来ている。サンフランシスコには3年間住んでいたこともあり、思い入れがある。とはいっても住んでいたのは対岸のバークレイであったので、サンフランシスコではなかったのだが、修論はサンフランシスコの商店街調査だったので、相当、通い詰めたので、まあまあ詳しい。それはともかく、久しぶりにサンフランシスコのダウンタウンのホテルに泊まってつくづく感じるのは、ほとんど変わっていないな、ということだ。いや、もちろんSOMA地区やミッション・ベイの周辺は私が住んでいた20年前と比べると大幅に変わっている。フェリー・ビルディングの辺りやオクタビア街の周辺も大変革である。しかし、ダウンタウンはユニオン・スクエア自体が随分と綺麗になったことやマーケット・ストリートに路面電車が走るようになった以外は、相変わらずメイシーやチャイナタウンは健在だし、フィナンシャル・ディストリクトもそのままだし、テンダーロイン地区のいかがわしさも昔と同じである。ちょっとタイ料理店や小じゃれた寿司バーは増えたかも知れないが、なんかあまり変わっていない雰囲気を醸し出しているのである。でも、この変わらないなという印象を最も強く思わせるのは、ケーブル・カーが相も変わらず走っているからであろう。このケーブル・カーこそ、サンフランシスコのダウンタウンの極めて象徴的なランドマークであり、都市のDNAを継承させていく遺伝子ではないかと思う。

サンフランシスコのケーブル・カーも廃止されそうになったことが何度もある。サンフランシスコのケーブル・カーは人がマニュアルで運転するものとしては、唯一現存しているものである。1873年から1890年の間に坂だらけのサンフランシスコに23路線が開設されたが、現在残っているのは、パウェル・ストリートとハイド・ストリート、そしてカリフォルニア・ストリート線の3線のみである。ほとんどが観光客利用であるが、カリフォルニア・ストリート線は比較的、現地の人が利用している割合が高いと思われる。23路線の幾つかは1906年のサンフランシスコ大地震によって、トロリーバスに置き換わった。しかし、坂が急であるためにトロリーバスに置き換わらずに営業を続けていたものを廃線にしようとする動きは第二次世界大戦直後に起きる。それは、ラファム市長自らが提案したものだが、市民団体の反対運動に合い、住民投票では8割近くがケーブル・カーを廃止することに反対した。1979年には、ケーブル・カーの安全性に問題が生じ、大幅な改修が必要とされるのだが、この時はファインシュタイン市長がその予算確保に奔走し、無事、維持することが可能となった。ここらへんの保存運動は、ロック・バンドのジャーニーズのボーカリスト、スティーブ・ペリーが結構、頑張っていたことを記憶している。私は、スティーブ・ペリーはちゃらくてあまり好きではなかったのだが、この件で当時、見直したことがあるので、ケーブル・カーがなくなるかも知れない状況にあったことは覚えている。高校時代のことである。ちなみに、サンフランシスコにはケーブル・カー博物館というものがあり、これはなかなか面白い。ワシントン・ストリートとメイソン・ストリートの交差点のそばにある。

さて、このように考えると、サンフランシスコにとってケーブル・カーはまさにアイコンのような重要な存在であることが分かる。特に、パウエル・ストリート界隈やフィッシャーマンズ・ワーフ界隈など、ターミナル駅における存在感は圧倒的である。翻って、日本の都市をみると、そういう都市のDNAに関して、あまりにも無頓着であり、無神経なのではないだろうか。先週、東横線の渋谷駅が閉鎖されたが、東横線の渋谷駅というアイコンを自ら、好んで潰す東急の考えはよく分からない。まあ、新しいアイコンをつくればいいと言うが、新しいアイコンは基本的に誰でもお金さえあればつくれる。しかし、古いアイコンをつくることはできないし、他者は真似できないのである。小田急も下北沢の駅を地下化するが、なんか、本当にもったいないと思う。そこまでして、土地を捻出したいのかな。しかし、都市の魂を失ってまで、土地を捻出しても、魂を失った時点で土地の価値も減るので、あまり得をしないのではないかなと思ったりする。

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こういうことは、結構、身近でもあって、私が奉職する大学のキャンパスには、重要文化財の建物がある。言い方が悪いが、この建物がある限り、うちの大学は新興の大学やニットウコマセンには一線を画せているのではないかと個人的には考えている。なぜなら、古い建物はどんなに金を積んでもつくりあげることはできないからだ。開学150年の重みみたいなものは、真似できない。しかし、この建物は国道沿いに建っている。国道沿いなので、この建物がなければ随分と高層の建物をつくることができる。それで、平気で本大学の教員でも「放火しちゃえばいいのに」とか言うものもいる。まさに、大学のDNAや魂を失ってまでして、土地(面積)を増やそうという愚劣な考えである。私は、口をあんぐりと開けたまま、返答することもできなかったが、こういう愚劣な教員がいるから、むしろ、なかなかうちの大学はうまく行かないのだなということを理解した。ちょっと、話がずれたが、要するに都市のDNAやその組織のDNAこそが、そのアイデンティティを維持し、継承するための要素であり、それをなくしてしまうと、その都市や組織は極めて脆弱なものになるということをサンフランシスコのケーブル・カーの存在価値を確認したことで改めて理解したのである。

都市のDNAに関しては、下記の文献が参考になります。

都市はなぜ魂を失ったか ―ジェイコブズ後のニューヨーク論 (KS社会科学専門書)

都市はなぜ魂を失ったか ―ジェイコブズ後のニューヨーク論 (KS社会科学専門書)

  • 作者: シャロン・ズーキン
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/01/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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