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下北沢の居酒屋のおばさんの意見に驚く [原発問題]

 私の学生が下北沢の居酒屋に訪れた。そこで、下北沢の再開発の話を聞いたそうだが、この居酒屋のお店のおばさんは次のように言ったそうだ。
 「下北沢の街並みは大好きだが、売る側としては道が狭く人通りが少ないから困っている」。
 もしかしたら、このおばさんは22メートルの道路が出来たら、道が広くなって人通りが増えると思っているのだろうか。これだけの広幅員の道路ができたら、人通りはガクッと減るのが明らかなのに、なぜ、こんな単純なことが分からないのだろう。下北沢は区内でみても、おそろしく人通りが多い。確かに、この居酒屋の店の前はあまり人通りが多くはないが、それでも、腐っても下北沢。それなりの人通りがある。これは、例えば私が学生達と期間限定で経営していた港区高輪のカフェの前の通りに比べれば、はるかに多い。ちなみに、このカフェの前の道路は、バスも通る立派な道だ(旧東海道である)。
 このおばさんもそうだが、世の中にはこの因果関係をしっかりと把握できていない人が結構、多い。例えば2月8日(土曜日)の東京新聞で、山口県の知事選の記事が載せてあるのだが、そこで原発の計画がある地元の上関町の雑貨店経営をする男性(71歳)の談話を紹介している。
「原発関連の建設会社が文房具を買ってくれた。町はおこぼれをもらってきた。きれいごとだけでは、生活できない。原発しかない」と言い切る。
 文房具が売れるから「原発しかない」と「言い切る」知性の無さには本当に呆れる。まあ、これだけ知性がないのであれば、原発事故で亡くなっても同情もできないなと思わないでもないが、原発事故が起きれば、このような知性の無い人だけでなく、他の人も巻き添えを食らうから事態はより複雑である。
 昨日(2月8日)、あるシンポジウムに参加したのだが、福島県の人も出席しており、その後の質疑応答で、「福島県は県議会では原発即時中止を全会一致で決めた。これについてエネルギーなどが議論の遡上にのることもない。それは、生きるか死ぬかという問題になっているからだ。生きるか死ぬかという状況下で、エネルギーが足りなくなるなどということは考えないからだ」と述べていた。上関町の雑貨店経営をする男性は、同じ国でこういう思いをしている人が存在していることが想像できないのであろうか。福島県の原発周辺に住んでいた人々が「生活できな」くなったのは、原発をつくってしまったからだということになぜ気がつかないのか。そもそも、「原発関連の建設会社が文房具を買ってくれた」のは、建設中の時だけで、原発がつくられたらこの人達はいなくなる。そもそも、建設会社が「社宅を借り上げてくれる」とかならまだしも、「文房具を買ってくれる」とかは、せこすぎないか。というか、そんな「原発関連の建設会社」に文房具を買ってくれるという偶然性に期待しなくては、「生活できない」なら仕事をそもそも変えるべきであると思うのは私だけではあるまい。

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