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高浜町の町議選が始まったが、候補者のほとんどが原発再稼働推進派という絶望 [原発問題]

 関西電力高浜原発がある福井県高浜町で町議選が始まったが、候補者のほとんどが原発再稼働推進派だそうだ。みんな、そんなに原発が好きなんだ、高浜町。そんなに好きなら稼働させてあげてもいいじゃない、と思いたいところだが、この高浜原発で事故が起きたら京都が駄目になる。東京が住めなくなっても日本は死なないが、京都が住めなくなったら日本という国は概念としては死ぬ。あの鬼畜米兵であっても、さすがに京都の空爆は避けたが、原発はそのような配慮はないからな。ということで、日本国民の1人としてはこれは大変なことだな、と思わずにはいられない。
 現職議員は「原発は地場産業。再稼働差し止めという司法の判断が出たが、われわれは安全性を確認してきた」。まあ、事故が起きた時、高浜町だけが被曝するならいいが、周辺というか、国外にも迷惑をかけるからなあ。事故が起きないというのは、福島原発事故が起きる前にも何度も言われてきたこと。事故が起きてしまったら、もうそのような論理は通用しないし、新しい基準に関しても、想定外の地震が起きる確率は高い。それに、実はあまり指摘されていないが、ほとんどの原発は航空機事故に対して無防備である。これは、ドイツの原子力発電所の技術者から聞いたことだが、彼はもちろん原発推進派であったのだが、この指摘に反論できずに、原発を諦めたそうである。彼の場合は、原発を諦めるということは本当に職を失うことに繋がる。このように切羽詰まって地場産業と言える人が高浜町にどの程度、いるのだろうか。原発で働く人が買い物客のお店、それ関係で泊まる旅館経営者などは、そもそも原発ができる前はどうやって生計を立てていたのだろうか。原発技術者と、そういうおこぼれであぶく銭を求めて仕事をした人が、同じように仕事の重さを訴えられるのであろうか。気を悪くする人がいるかもしれないが、事故を起こした時の、他の日本人だけでなく、人類に対しての責任を取れるのか。
 今日、川内原発の再稼働差し止め申請が却下された。結局、この国はまた原発を再稼働させて、そのうち事故を再び起こすのだろうな。福島原発が我々に教えたことは、原発事故は航空機事故のように滅多に起こらないという事象ではなくて、比較的、頻繁に起こるということだ。あと一回か二回、事故が起きたら、それは人類の危機として、おそらくヨーロッパを中心として原発を根絶するという動きが起きるであろう。
 まあ、その時には相当、地球環境もダメージを被っているだろうが、まあ絶滅するようなことはないからな。
 次の事故はおそらく日本ではなく、日本が原発を輸出しようとしているようなアジアの国とか、ヨーロッパではフランスあたりで起きるとは思う。場合によってはアメリカでも起きるかもしれないな。サンディエゴのそばの太平洋岸にある原発は地震と津波の被害を相当、受ける確率が高いから。まあ、とにかく人類的に原発を廃止させる動きが生じる前に、日本でもう一度、原発事故が起きることだけは避けたいと心から思う。しかし、あのような事故から学べない国民というのは、まあ人類的にも滅びる定めなのかもしれない。第二次世界大戦でも、ほとんど世界を完全に敵にまわしたからな。原爆を落とされた国は日本だけですよ。どれほど嫌われていたか、思い返した方がいいと思う。原爆を日本が落とされた時、拍手喝采をした人の方が世界では多かったんですよ。私はアメリカで小学時代を過ごしたが、社会科の教科書で「日本の野蛮な行為から人類を守るために、原爆で戦争を終わらせた」という記述を読まされた悔しさ。歴史の解釈は様々ではあるが、そのように人々に理解させるような愚行をしてしまったことは残念だが事実なのだ。まあ、原発事故は自爆のようなものだが、この悲劇から学ぶことが出来なかったら歴史は繰り返す。
 東京電力は4月21日に、福島第一原発の外洋につながる排水溝から汚染水をくみ出し、専用港に排水するためのポンプ8台がすべて停止し、堰から汚染水が外洋に流出していたことを明らかにした。この汚染水には高濃度のセシウムが含まれていた。
 まあ、相変わらずこんな管理しかできないわけです。あのような事故を起こした後で、随分と監視されていることが分かっていても。
 それでも、地場産業が大事なんだよね。自分さえよければいい、という気持ちを持つのはそんなに悪いことではないが、周りに迷惑をかける可能性があるということ、そしてその周りは日本国を越えて、世界にまで及ぶ、ということを考えれば、そういう産業で働かなくても住むような町づくりをすることこそが、町会議員に求められることではないのだろうか。
 

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