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リオデジャネイロはオリンピックを見事に都市開発に活用していた(ショック!) [都市デザイン]

 今回のブラジル行きの目的は、クリチバのアンケート結果の中間報告をしてコメントをもらうというものであったが、もう一つ、リオデジャネイロに行き、オリンピックと絡んだ都市開発の概要を知りたいということもあった。私はオリンピックと都市開発の関係性に結構、興味を覚えている。これに関しての講演なども東京で2回、名古屋で1回させてもらっている。簡単な論文も書いている(「オリンピックと都市開発」『電気通信』一般社団法人 電気通信協会、2015年4月号)。ロンドン・オリンピックは開催年の翌年訪れ、取材調査などもした。そして、オリンピックは目的ではなく、あくまでも都市開発の手段であるという考えを強く抱いている。さらに言うと、オリンピックを都市開発の手段としてしっかりと位置づけなかったモントリオールは大失敗をし、また、その計画をIOCのプレッシャーによって自律的にコントロールできなくなったアテネなども失敗をしている。モントリオールは、オリンピック後、その負債を返済するのに30年以上かかり、その間、カナダの最大の都市という称号をトロントに譲り、その後も大きく差が開く一方である。アテネに関しては、その後のギリシャの経済破綻の引き金となったという指摘がされている。
 そのような中、リオデジャネイロの情報はなかなか日本では得られない。ということでリオデジャネイロ市の都市計画局でまさにレガシー・プラニングを担当したクラウディア・グランジェイロ氏に取材をさせてもらった。その結果は、大変興味深いものであったし、その都市戦略性は感銘を覚えるものであった。ちなみに、このリオの試みは日本語だけではなく、英語とかでもあまり紹介されていないそうである。
 さて、私はブラジルをよく訪れるものであるが、ブラジリアなどの開発の出鱈目さなどを知っているので、リオデジャネイロもろくでもないことをしているだろうという大変、失礼な先入観を抱いていた。というか、失敗したことを知り、東京が同じ轍を踏まないような知恵、情報を得ようとさえ考えていた。しかし、この私の失礼な偏見はモノの見事に砕かれたのである。結論を先に言えば、リオデジャネイロはその都市の再生の手段として、明確にオリンピックを位置づけ、100年の計ともいえる事業を推進させていたのである。
 そもそもリオがオリンピックを実施しようと考えたのはバルセロナ・オリンピックの成功を目の当たりにしたからである。当時のリオの市長が、バルセロナ・オリンピックを都市開発のテコにしたことに非常に感銘を受けた。そして、バルセロナのオリンピック関係者を招聘した。それが20年前の話である。したがって、リオはオリンピックを開催して見栄を張りたいというような、どっかの知事のような狭い了見ではなく、極めて包括的に都市を再生する手段として最初からオリンピックを位置づけていたのである。ちょっと、この話を聞いた時は、私はクラッと目眩を覚えた。そうだよな、今頃、オリンピックを手段ではなく、目的として位置づける都市なんてないであろう。
 話をリオに戻すと、大きなコンセプトは広い市域を思い切って使い、都市全体にレガシーを広げるというものであった。そして、4つのクラスターを設けた。それらはデオドロ、バーバ、コパカバーナ、マラカナンであった。リオの都市問題は都心部ではなくて郊外地域である。東京のコンパクト・シティとはまったく反対の発想である。実際、話を聞いた後、マラカナンとバーバに視察に行ったがバーバは都心からは相当、遠かった。デオドロなどは相当の距離、離れている(ここには遠すぎて視察にも行けなかった)。しかし、これらの郊外の地域はインフラが不十分であり、オリンピックを契機にそれらの地域再生が図られたのである。東京も実は都心部に問題があるのではなく、現在は例えば国道16号線沿いの郊外や、高島平などに問題があるのだ。なぜ、そういうところに会場を設置することを考えられなかったのであろうか。西武球場などを上手く活用すればよかったのである。まあいい、話をリオに戻す。
 さて、郊外にも会場を分散させたこともあり、これは不足していた公共交通を整備するうえでの大きな言い訳となった。そこで、2009年においては公共交通計画の18%しか整備されなかったものが、2017年には63%も整備させてしまった。特に南部の海岸沿いや環状にBRTを整備したことの効果は大きい。また、直接的には会場とはあまり関係はなかったがLRTもサントス・ドゥモン空港と都心部において整備された。ちなみにBRTより地下鉄が理想だったそうだが、金銭的問題からBRTにしたようである。リオデジャネイロは岩盤都市であるために、また掘ると遺跡が出てくることもあり、地下鉄は大変高額につくそうである。LRTは以前から計画はあったが予算はなかった。オリンピックを口実に思い切ってつくったそうである。これは、ロンドンやシドニーが土壌汚染地区を会場にして、オリンピックを口実にその土壌改良をしてしまったことと同じである。オリンピックを口実ということでは、歩道を大幅に整備した。街灯なども刷新し、都心部の歩行動線を強化するなどのプロジェクトを遂行した。バリアフリーにも随分と力を入れた。サンボロドームの改修などもこれを機に行った。それまで左右対称でなかったのだが、そういう点も改善した。サンボロドームはマラソンのスタート地点になった。
 個人的に最も感銘を受けたのは、ウォーターフロントの開放である。ウォーターフロント沿いに高架の高速道路が走っており、貴重なウォーターフロントへのアクセスが非常に悪いものになっていたのだが、これを3キロメートル近くトンネル化させ、視覚的にも物理的にもウォーターフロントと都心部が結合された。ボストンのビッグ・ディッグ、デュッセルドルフのライン・プロムナードなどと同様の試みであるが、なんせリオデジャネイロの港湾の美しさはそれらの都市とは大きく一線を画すものなので、その効果も大きい。こういうのを見ると、本当、神戸市もウォーターフロントと都心部を阻む都市高速道路をとにかく地下化するべきだと強く思う。そのためにオリンピックを開催することを考えてもいいと思ったりもする。ちなみに、リオのこの地区は特にオリンピック・ゲームとは関係はない。それでも実施してしまったのである。ただ、このような都市の大再生を見ると、改めてリオもしっかりとオリンピックを目的ではなくて手段として捉えていたことが理解できる。そして、それによってリオはバルセロナのように再生するであろう。それは、これからの50年を見据えた偉大なる都市開発であると言えるだろう。
 オリンピックをなぜリオで開催するのか。当時の市長は、「リオがオリンピックのためにあるのではない、オリンピックがリオのためにあるのだ」と市民に訴えていたようである。こういう主張を東京では全然、聞けないのはもしかしたら東京都は大きな誤解を未だしているからではないだろうか。都民ファースト、というのはオリンピックにこそ向けられるスローガンであると改めて思う。
 お金のことは意外にもしっかりとしていて、380億レアルのうち、57%を民間に出させて公共は43%負担に留めている。これは、会場設営などに民間の経費でさせる代わりに、その後の跡地利用等を民間に委ね、民間に土地なども譲渡するという方策を用いたためである。さらに、この予算のうちレガシー関連に240億レアルが用いられている。そのほとんど(200億レアル)は公共交通関連の整備であったそうだ。ただ、それでも大変費用はかかったそうである。そして、その理由はIOCの要求があまりにも膨大だからだそうである。このIOCとの交渉は相当、大変だったそうである。ポイントはIOCの要求を総て呑まないことだそうである。交渉が重要だそうである。東京都の職員がこのブログを読んでくれているといいのだけど。また、グランジェイロ氏は「リオのこの出費の後では、オリンピックを開催したがる都市は減るのではないか」と付け加えた
 バーバ地区につくられたオリンピック会場は、ロンドンのオリンピック・パークを設計したところがコンペで優勝した。したがって、リオデジャネイロはバルセロナという成功事例だけでなく、ロンドンという成功事例とも同じ文脈で位置づけられるであろう。ロンドンの流れを引き継ぐという点では、ザハ・ハディドの国立競技場が却下されたことは改めて残念である。また、2007年にパンアメリカ・ゲームをリオデジャネイロは開催するのだが、そのときにつくった施設をオリンピック競技場にした。ただ当時は4万人収容で設計されたので、オリンピックでは6万人が収容できるように改修された。パンアメリカ・ゲームもオリンピックを開催させるための前哨戦であったことが、このような話を聞くと理解できる。
 あと、ここらへんを私はまだしっかりと理解していないのだが、リオデジャネイロの市長は汚職か何かで昨年末に辞めていると思う。どちらにしろ、今年の1月からは新しい市長が就任したために、オリンピックのレガシーをいかにして次代に継承させていくかは大きな課題となっているようだ。
 さて、ざっとリオデジャネイロのオリンピックを手段とした都市開発を概観したが、リオはオリンピックを開催したことで、今後の50年、100年の都市の方向性を示し、またそのための投資も行った。東京はオリンピックを契機としてその後の50年、100年の長期的スパンで都市をどのように方向付けるかという発想を果たして有しているのだろうか。まったく見えない。リオデジャネイロの果敢なる都市づくりに比べて、東京はどこへ向かっているのだろうか。東京というか日本には果たして都市計画という理念が存在するのか。そのようなことまで考えさせられたリオの視察と取材であった。リオに行って非常に多くのことを学ぶことができた。

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(高速道路を地下化する事業のビフォア・アフターの写真が現場に設置されていた)

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(高速道路を地下化することでウォーターフロントが開放され、素晴らしい公共空間が具体化された)

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(港湾は海軍が土地を有していたが、ウォーターフロント沿いの10メートルを公共に公開することにしたことで、素晴らしい公共空間が創造されたのである)

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(ウォーターフロントとサントス・ドゥモン空港を結ぶLRTもオリンピックを契機に整備した)

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(オリンピック競技場の周辺も広場としての公共空間が整備された)

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(バーバ地区の競技場のクラスターを設計したのは、ロンドン・オリンピック・パークを計画した事務所である)
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