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旧東ドイツの縮小都市に難民が多くいる理由 [グローバルな問題]

 旧東ドイツの縮小都市へ行くと、多くの難民と思しき人達がいる。ライプツィヒやエアフルトならまだ分かるが、プラウエン、ツヴィカウといった将来、どうなるの?と他人事ながら私でさえ心配するような都市や、なんとドイツの夕張と言われるヨーハンゲオルグシュタットでも見かけた。
 何でこんな「僻地」にいるのだろうか。と疑問に思ったのだが、それには理由があることが分かった。難民はドイツに受け入れられる際に、住む場所を選べずに、指定されていたのである。そりゃそうだろう。自ら、こんな雇用もなく、将来への展望も見えない都市には来ないであろう。最近では、難民達も住みたい場所に住めるように法律が改正される方向にあるようだが、難民達も大変だ。ツヴィカウに雇用があるとは思えないし、ドイツ人でさえ仕事を得るのに汲々としているのに、難民がそれらの仕事を取ったら反感を買うだけだ。これはつらいな。
 私はプラウエンで物乞いをしていた、若い中東系の男性をみて、そういうことをしているとドイツ人の中東系の人達へのイメージが下がるだけだから止めればいいのにと思ったりしたのだが、なかなか彼らにとっては、そうでもしないと生活できないほど厳しい現状もあるのかもしれない。
 一方で、これら難民(一部は移民かもしれない)を受け入れている縮小都市にとってはメリットが多い。それは、人口減少が緩和されるからである。人口減少を厭わなければ、難民を受け入れなくてもいいだろうが、人口減少を阻止するためには、これは相当の即効薬である。ただ、通常は都市に人口が集積するのは雇用があるからであるが、雇用という引力がなく、市場の力が働いていないのに人口を増やすということは、様々な弊害も生じるだろう。うまく、難民達が新しい経済をつくりだせるといいのだが、その環境づくりは自治体や国も支援するといいような気がする。難民を受け入れるのは、縮小都市問題を解決する必要条件かもしれないが、決して十分条件ではないと思われる。
 

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