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ベルゲン急行に乗って、ベルゲンに行って戻ってくる [地球探訪記]

 ノルウェーのオスロに来ている。せっかく来ているので、頑張って世界遺産都市ベルゲンにまで行くことにした。ベルゲンまでは鉄道で結ばれているはずだ。ノルウェー第一の都市オスロと第二の都市ベルゲンを結ぶ列車である、おそらく特急列車で3時間ぐらいで行けるだろうと勝手に思っていたら、なんと片道6時間以上もかかることが分かった。しかし、逆に6時間以上もかかるということで夜行列車が走っている。それで、夜行列車でベルゲンまで向かい、そこで午後遅くまで過ごして、オスロに戻る最終列車で帰ればいいかということで、同行している大学の先生と二人で行くことにした。
 夜行列車と帰りの指定席は同行している先生が日本からインターネットで購入してくれた。寝台列車が22,100円、帰りは15,500で、合計37,600円である。寝台列車の方が6600円ほど高いが、これはオスロのどんなぼろホテルよりさらに安いであろう。ということで、この移動パターンは経済的でさえある。-
 さて、列車はオスロ駅を23:25に出る。我々は22時頃に駅に着いたのだが、もう駅内にあるスターバックスなどは閉まっていたので、しょうがなくセブン・イレブンで珈琲を購入して、駅構内で時間をつぶした。ただ、列車自体は23時前から車内に入ることができた。ただ、寝台列車内の鍵が閉まっている。どうすればいいのか、と思っていたら「車掌は車内食堂にいるから、鍵を取りに来るよう」と扉に書かれていた。ということで、車内食堂に行き、鍵をもらった。寝台車は上下の二人用ベッドであり、比較的快適である。列車は時間通りに走り始め、私はiPadなどをいじっていたが、そのうち眠くなって寝て起きるともう5時過ぎで外は明るくなっていた。花崗岩を氷河が抉ったU字型の渓谷に沿って、列車は走っていく。ンネルが多く、いかにも山岳地帯を走っているという感じだ。社内食堂に行き、珈琲を注文すると、なんと自販機であった。社内食堂の窓はそれほど大きくはないが、それでも寝台車からの車窓よりは優れているので、そこで終点まで座っている。
 ベルゲンに着いたのは6時50分。駅に到着すると、いきなり夕立のような雨に見舞われたので駅でしばらやく雨宿りをする。雨が止んだら、とりあえず港の方に歩いて行き、魚市場やブリッゲンなどを訪れる。時間が早いので誰もいない。そこで、『地球の歩き方』に「ベルゲンに来たなら絶対に登りたいのがフロイエン山だ」と書かれていたフロイセン山へ行くケーブルカーの入り口まで向かう。8時からということで、ちょっと待てばすぐ乗れたが、小腹が空いたので、入り口そばにある「Gutbrød」という、おそらくgood breadのような名前のパン屋に入る。ここは、しっかりとパンを焼いているようで、そこでの手作りサンドイッチを食べる。このパン屋は若い女性3人で切り盛りをしているらしく、珈琲もしっかりと豆から挽いていてサンドイッチだけでなく珈琲も美味しい。さて、腹ごしらえをした後、ケーブルカーに乗る。一台だけやり過ごして乗ることができたが、これは一時間後に我々が戻った時には、驚くほどの長蛇の列ができていた。あまり自覚がなかったが、ここは大変な観光地のようだ。早めに来たことは大正解であった。そして、その頂上からの展望はなかなかのものであった。フィヨルドの地形の狭い平地にベルゲンの都市がつくられたことがよく理解できる。また、驚いたのは都心部に三方向から高速道路が入ってきているが、都心部の島に入るとすぐ地下に潜って、地上には出てこないということだ。そういうことも都市を展望することで気づけた。後で、いつ頃、このような措置を採ったのかと聞くと、南側の高速道路が整備されたのは1964年。そして、北側の高速道路のトンネルが通ったのが30年ぐらい前。そして、南側の高速道路が橋を渡った後、都心部で地中に入る工事が行われたのが25年ぐらい前ということであった。25年前といえば、1992年ぐらいである。デュッセルドルフが高速道路を地下化して、その上部空間を整備してラインプロムナードをつくったのが1995年。それよりも早く、高速道路の都心部での地下化を実現させているのである。まあ、これだけ土地がなければ、高速道路を地上に走らせるのは例え、高架であってももったいなさ過ぎる。この時期の賢明な判断が、今のベルゲンの美しさをつくっていると考えられる。
 さて、高所からの都市景観を楽しんだ後、ケーブルカーで下り、その後、世界遺産のブリッゲンに行く。10時ぐらいになっていたが、7時過ぎには誰もいなかった空間には人が溢れていたし、もう店も開店していた。ブリッゲンは、13世紀から16世紀にドイツのハンザ商人によって建てられた木造家屋群である。建物はすべて木で出来ており、たびたび火災で焼けたが、そのたびに同じように復元・修復してきて、現在にも中世の街並みを伝えている。感心するのは世界遺産に指定されていても、しっかりと現代的な利用をしているからである。過去の歴史建築物ではなく、それをしっかりと保全しつつも現在のベルゲンにとっても有用な使われ方をしている。このような積極的な歴史建築物活用が、結局、費用対効果が高く、それを保全できるベストのアプローチなのではないかと思ったりもする。
 その後、対岸に行き、山々を背景とした素晴らしいブリッゲンの写真を撮影し、せっかくなのでフィヨルド・ツアーに行く。ただし、ちゃんとしたフィヨルド・ツアーは最短でも3時間コースであり、我々が行った時には既に14時発のものしかなかった。帰りの電車は15:59発なのでこれは無理。ということで12時発の1時間30分コースのなんちゃってフィヨルド・ツアーに参加することにした。これは、299クローネであり、ベルゲンの郊外を巡るだけのツアーであり、よく観光ガイドに載っているような風光明媚なフィヨルドとはまったく異なる、寿司でいえば「のり巻き」のようなものであったが。まあ、ベルゲンのランドスケープを多少は理解することができた。
 その後、魚市場に隣接したレストランで食事をする。その後、トラムにでも乗って、ベルゲンの南の郊外を視察しようかとも考えていたが、このレストランのサービスが遅いこと、ワインが比較的、美味しかったこと、さらに料理も悪くなく雰囲気もよいので、結局ここで2時間ほど過ごして、ほろ酔い加減になって駅へと戻った。
 帰りの列車はコンフォートといって一等車に乗車する。これは、席のスペースがちょっと広いことに加え、珈琲等が飲み放題である。とはいえ、珈琲は機械のそれであり、二杯ぐらい飲むともう結構、というような代物であった。行きは夜行であったので景色はほとんど楽しめなかったが、帰りはフィヨルドの雄大な景色を両側に見ながら移動していく。そして、ベルゲン駅を発車してから2時間ぐらい経った18:18に沿線最高所(1222メートル)のフィンセという駅に到着する。フィンセの周辺にはなかなかの氷河をみることができる。これはわざわざ乗るのに値する景色である。ただ、フィンセを通り過ぎてからしばらく経つと、若干、景色には飽きてくる。列車がオスロ駅に着いたのは22:35。到着した時にはちょっとグロッキーのような感じにはなっていたが、素晴らしい鉄道旅行であった。

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(オスロ駅の発車掲示板)

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(オスロ駅のベルゲン急行の発車ホーム)

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(ベルゲン急行の食堂車)

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(ベルゲン急行の車窓)

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(ベルゲン急行の食堂車)

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(ベルゲン駅に近づいたところの車窓)

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(ベルゲン駅の到着ホーム)

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(ベルゲン駅に到着したベルゲン急行)

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(ベルゲンはハンザ都市であったこともあり、昔、経済的な栄華を享受した趣きを街並みに感じることができる)

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(世界遺産のブリッゲン)

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(Gutbrøtというパン屋で朝食を取る)

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(フロイセン山からのベルゲンへの展望)

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(魚市場)

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(魚市場での食事・・鱈料理)

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(ベルゲンから出ている90分コースのフィヨルド・フェリーからみられるフィヨルド)

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(帰りのベルゲン急行から得られる車窓)

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(フィンセ駅周辺からみられる氷河)
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