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静岡アリナ、椎名林檎の林檎博18(不惑の余裕)ツアー・レポート(20日、21日) [ロック音楽]

掛川の静岡アリナでの椎名林檎のコンサートに二日連続で行く。初日も二日目もセトリは同じであった。
初日の流れ。開演前に会場に流れていたのはセルゲイ・プロコフィエフの「ピーターと狼」。開演と同時に、ピーターと狼のようなパターンで各楽器が紹介され『本能』のイントロが流れ始める。林檎のボーカルはテープであろう。Mummy-Dが出てきて、『本能』のラップバージョン的に『本能』を歌う。Mummy-Dの声が悪く、ちょっと聞きづらい。そして、ガラスの箱に入った王冠をした林檎が舞台の中央奥に登場する。そして、『本能』のMTVのようにこのガラスをたたき割って、そこから出てくる。凄い格好いい演出だ。そして、アルバムで一緒に唄っていた『流行』へと繋がる。Mummy-Dは二回ほど、「シズオカ〜」と叫んでいた。とはいえ、駐車場のカーナンバーを見る限りは、静岡県外からも私を含めて、相当来ている印象。
そして、『雨傘』と『日和姫』という港湾局から2曲続ける。『雨傘』はライブの方がずっと迫力がある。そして、ここで7歳の長女のナレーションとともに『APPLE』が流れる。『APPLE』での林檎の動きがとても面白い、というか上手い。これは、日本のケート・ブッシュだな、と思うと同時に、いや、ケート・ブッシュをも上回る才能なのではないか、と思ったりする自分もいる。そして、『Ma Cherie』をした後、『積木遊び』。いや、ギターの名越さんのカッティング、半端なくキレキレである。どうしたら、こんな風に弾けるのであろう。そして、なぜかフィンガー5の『個人授業』をやる。このポップな曲に続いたのはヘビーなリフが印象的な『どん底まで』。しかし、アルバムにも入らないシングルのB面でこれだけのクオリティの曲をつくられるミュージシャンがどれだけ日本どころか世界にもいるだろうか、と思わずにはいられない。そして、『神様・仏様』。この曲の終わりで椎名林檎はイリュージョンのように舞台から消えてしまう。そして、インストで『化粧直し』が流れて、ダンサーの女性達がファッションショーのように、林檎エキスポデザインのビニール傘を持ちながら舞台を闊歩する。ちなみに、この傘はグッズとしても売られていて、3000円というビニール傘とは思えない値段でありながら、私も思わず一本買ってしまった。まあ、これは使用できないので、あくまで部屋の飾りとして使うことになるであろう。さて、これから中盤に入るという感じであるが、中盤は『カーネーション』、『ありきたりな女』とバラード系が続く。なかなか心に染みるし、特に『ありきたりな女』は、天才でしか分からない悩みを綴っている歌詞に、そういうものか、と聴くたびに思うが、このライブでも改めてそう思わさせられる。そして、若干、ギアが上がって『いろはにほへと』、さらには『歌舞伎町の女王』。椎名林檎のコンサートは、演奏の素晴らしさは勿論なのだが、映像芸術が本当に驚くほど素晴らしいのだが、『歌舞伎町の女王』は見事、歌世界を映像で表現していて楽しめた。そして航空局から『人生は夢だらけ』。
ここで、また林檎はちょっと休憩、ということなのか、次の曲は浮雲が現れて『東京は夜の七時』を歌う。そして、浮雲と林檎のデュエット曲である『長く短い祭』。次の曲は『旬』。ああ、心が洗われる。
そして、大手家電店の看板のような映像が出てくる。スキトキメキトキスと書いてあって、それに関しての歌を歌うのだが、これは私、よく分からない曲であった。そのまま、『ちちんぷいぷい』へと繋がり、次に画面に宮本浩次の巨大な顔が出てきて、映像の宮本浩次とのデュエット(痴話げんか?)のような展開で『獣ゆく細道』を演奏する。テープであるのが分かっていても、その臨場感溢れる演出に圧倒される。
そして、トータス松本が現れて、CMソングであった『目抜き通り』を林檎とデュエットして、「最後の曲です」との挨拶をしたあと『ジユーダム』。なんか、肩の力が抜けているな。さすが「余裕の不惑」。
それほどの時間を経たずして、アンコール。最初の曲は、不協和音の緊張を強いる「はいはい」。そして、珍しく、というかインストの『化粧直し』を除けば、唯一の東京事変からの曲『夢のあと』を演奏し、林檎博08と同じように『丸の内サディスティック』のエンドロールが流れて、コンサートは終演した。

 10年前の林檎博は、もうこれでもか、というほどそれまでの椎名林檎の素晴らしい楽曲を惜しみなく提供していたのに比べて、今回はあるコンセプトに合致する曲を膨大な林檎コレクションの中から選択して、あるストーリーに編集したかのような印象を受ける。全般的に「生きていくこと」ということをテーマとした曲から構成されていたような印象を受ける。いや、『個人授業』はそれほど関係はないか。
それにしても、『丸の内サディスティック』もそうだが、『罪と罰』、『ギブス』、『NIPPON』、『幸福論』、『ありあまる富』、『ここでキスして』など、絶対受ける代表曲をこれだけオミットしても、極めてクオリティの高いコンサートを構成できるとは、本当、椎名林檎の才能は凄まじい。あのポール・マッカートニーでさえ、イエスタディやヘイ・ジュードを演奏しないことはあり得ないことを考えると、本当、椎名林檎は凄いミュージシャンというか、度胸があるなと思う。観客に媚びない姿勢は、なんか頭が下がる。

さて、あと一日目と二日目とみたので、両日の違いを少しだけ書かせてもらうと、一番の違いは一日目はMummy-Dも浮雲もマイクを持って歌っていたのだが、二日目はテープを流したことである。一日目のMummy-Dは確かに声質がだみ声になっていて、音程こそ合ってはいたが、ちょっとプロのボーカリストという感じではなかったので気にはなったが、まさかライブでテープを流されるような措置を採られるとは驚きであった。さらに驚きであったのが浮雲である。浮雲も一日目、多少、音程がズレているかなという印象を受けたし、いつもよりはボーカルが今一つのような気もした。しかしMummy-Dと違い、浮雲はもう林檎ファンにとっては、非常に好感度の高いアーティストなので、そこらへんは愛嬌ということで私も気にはしていなかったのだが、なんと二日目はテープを流されて歌わせてもらえなかった。そして、これはちょっと林檎も計算外だったのかもしれないが、浮雲は口パクで歌わされていることが、もう耐えられない、という感じでステージにいたので、観ている私の方が緊張してしまった。ミュージシャンとして、そもそもギタリストであるのにボーカルを取っていて、さらに口パクでステージに出さされるというのは、もうプライドずたずただよな、というのは分からないでもないが、それにしても、あのやる気の無さ全開の態度は、ちょっと困惑させられた。というか、あの1万近くの観衆の中で、もっともノっていなかったのは浮雲であったろう。観客を盛り上げる側の一人が、一番盛り下がっている。いや、気持ちは分かるんだけどね。
その後の林檎嬢は毅然としていたが、多少、音程を外したり、歌が入るタイミングがずれていたのは、多少なりとも動揺があったのだろうか。通常、最小限のMCで、アンコール前の『ジユーダム』を演奏する前に、1日目ではしなかった「今日はメンバーも多くの観客の前で一生懸命、演奏させてもらっていたようです」(正確な引用ではなく、私の記憶にもとづく)と話したのは、もろ浮雲の当てこすりのように聞こえなくもなかった。というか、どう考えても当てこすりであろう。
ということで浮雲のファンでもある私としては、本当、なんか演奏中も妙に緊張してしまい、1日目ほどは楽しめなかった。その後の打ち上げとかでも火花というか、林檎嬢の鉄槌が下されそうで、私はハラハラとしており、今、これを書いていてもハラハラしていつ。今後もコンサートは続くのでどうなるのだろうか。次は11月22日のさいたまスーパーアリーナに参戦するのだが、それまでに何かが起きそうな気がする。とはいえ、これは椎名林檎嬢の完璧主義の一端を垣間見たような感じであり、やはり、傑作を世に出すような人は、本当厳しいのだな、と思ったりもした。
 

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