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リッキー・リー・ジョーンズ@NHK大阪ホール [ロック音楽]

リッキー・リー・ジョーンズが来日するというので、34年前の中野サンプラザ公演以来、観に行った。会場はNHK大阪ホール。編成はドラムとギターとリッキー・リー・ジョーンズだけという3人編成。ベースがない。また、ドラムは鉄琴も弾く。リッキー・リー・ジョーンズ、偉い太ったおばさんになっていて、昔のなんとも言えないアンニュイな雰囲気はまったくなくなっていた。64歳の堂々たるアメリカのおばさんという感じである。緊張の一曲目はWeasel and the White Boys Cool。この曲から入りますか。渋いな、流石。そして、Young Blood。ベースがないので、ちょっとノリが出にくい感じがしないでもないが、まあ楽しい気分になる。3曲目は、Chuck E's in Love。まあ、このお寿司で言えばウニのようなこの最高傑作をここに持ってきましたか。次いで、The Last Chance Texacoと一枚目からの曲を続けた後、3枚目からIt must be love。パリに住んでいた時に作った曲と紹介する。また、一枚目の曲に戻ってEasy Money。Lowell Georgeが発掘してくれたことの感謝を述べる。そして、「新しいアルバムからの曲です。私は寂しい人生を送っているので「Lonely People」という歌を披露します」と言って歌ったのは、なんとアメリカの「Lonely People」であった。まあ、嫌いな曲ではないが意外な選曲である。というか、リッキー・リー・ジョーンズは他人の歌はあまり似合わないと「My Funny Valentine」を出した時も思ったが、今日も改めてそう思わせられた。次は、アメリカの滅茶苦茶バカな大統領のことを歌いますと言って「Ugly Man」を歌う。とはいえ、今のトランプに比べればブッシュ・ジュニアはまだましだ。リッキーも、ナイスな大統領が次になったが、今は最悪だ、と述べていた。そして、ピアノに据わってCry Me a River を歌った後、パイレーツの一連の曲を弾く。ここで、リッキー・リー・ジョーンズ、ピアノを弾くようになったのはデビューアルバムが売れてからだ、と言う。そんな短期間で、こんなピアノだけで作曲した名曲揃いのパイレーツのアルバムを作ったのか、という事実に衝撃を受ける。前から、天才だとは思っていたけど、改めて本当の天才だったということを知る。We Belong Together, Living It Up, 一枚目のCoolsvilleを挟んで、Pirates, そして一枚目に戻ってOn Saturday Afternoon in 1963。いやはや、最近、リッキー・リー・ジョーンズの曲を全然、聴かなくなってしまっていたけど改めて、1枚目と2枚目は名曲揃いである。さて、またピアノからギターに戻って、The HorsesそしてLove is Gonna Bring Us Back Aliveと4枚目の2曲で終演。アンコールはなかった。
 改めて凄い音楽家だなと思わされたコンサートであったが、今回は、なんかいろいろとプライベートなことなども話して、ちょっとしたジャズバーのような感じのコンサートであった。まあ、これは前から2列目とステージにすこぶる近かったということもあったかもしれない。最初、ハイヒールを履いていたが、途中で、これは邪魔だ、と言って脱いだところとか、リッキーはこう構えないで等身大のところがいいのだな、ということを認識した。いやはや、いいコンサートであった。

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エリック・クラプトンを3年ぶりに武道館で観る [ロック音楽]

一週間前になってしまうが4月15日の武道館にクラプトンを観に行った。月曜日であるのだが満席。凄まじい熱気だ。クラプトン、こんなに人気があったかなあ、とちょっと不思議な気分になる。3年前のクラプトンの武道館コンサートより、こう人々の熱が高いような気がするのだ。いや、気のせいかもしれないが。コンサートはPretendingから始まり、3年前と同じように前半でKey to the Highway, I am Your Hoochie Coochie Man, I shot the Sheriff, Nobody Knows You When You’re Down and Out などを演奏する。違うのは、Make Love to You, Driftin’ Blues を演奏したことぐらいだ。しかし、後半は前回、演奏しなかったTears in Heaven, Layla (Unplugged Version)というクラプトンの代表曲を披露してくれたこと。さらには、Running on Faithも演奏してくれた。また、クリーム時代の超名曲であるBadgeさらにはCrossroads も演奏した。Crossroadsのギターソロは、昔のような神がかったプレイではなかったが、それでも心は揺さぶられた。そして、Wonderful Tonight, Little Queen of Spadesという3年前と同じ選曲で、アンコール前にCocaine、アンコール曲にHigh Time We Wentも同じであった。ということで、それほど目新しい訳ではなかったが、Badgeを久しぶりに生で聴くことができたのは素晴らしかった。聴力のダメージを受けているとの噂も耳にしたが、まったくそのようなそぶりも見せず、とても74歳とは思わせない表現力には感銘を覚える。貫禄溢れるコンサートで、非常に安心して聴くことができた。
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リンゴ・スターのコンサートに行く [ロック音楽]

リンゴ・スター&ザ・オールスターズのコンサートを観に東京ドームシティ・ホールにまで行く。さて、そんなに期待しないで行ったのだが、これが予想外によかった。私は、サポート・メンバーもろくに調べなかったのだが、蓋を開けてみたら、キーボードがサンタナ・ジャーニーズのグレッグ・ローリー、ギターはトトのスティーブ・ルカサーとメン・アット・ワークのコリン・ヘイ、そしてベースがアヴェレージ・ホワイト・バンドのヘイミッシュ・スチュワート、さらにサックスにウォーレン・ハム、ドラムスにグレッグ・ビソネットが入っている。ローリー、ルカサー、ヘイ、スチュワートはまさに、それらのバンドだけでも来日公演をできるだけの実績と人気を博している。ということで、リンゴ・スターのザ・オールスターズは、リンゴの名字に引っ掛けただけでなく、本当にオールスターズであったのである。そして、これら4人は、それぞれ平等に自分達のバンドでの看板曲を3曲ほど演奏していた。興味深いことにローリーはサンタナの曲はまったく演奏せずに、サンタナの曲を3曲ほど演奏した。これら4つのバンドの中では、私は圧倒的にアヴェレージ・ホワイト・バンドの演奏が楽しめた。「Pick Up the Pieces」、「Cut the Cake」、「Work to Do」の3曲を演奏したのだが、まさか今日、これらの曲の生演奏を聴けると思えなかったので嬉しい驚きであった。
 あと、トトの曲はロザンナ、アフリカといったジェフ・ポーカロの超テクドラム演奏の曲であったのが、果たしてリンゴがこれらを弾けるのか、余計なお世話的心配をしていたが、リンゴ・スター、ドラムが上手い。とても78歳のパフォーマンスとは思えない。
 そして、これら4人のネタ曲の16曲もよかったが、やはり、真打ちのリンゴ・スターの「イエロー・サブマリン」、「フォトグラフ」、「イット・ドント・カム・イージー」、「ウィス・ア・ヘルプ・フロム・マイ・フレンド」がハイライトであった。
 年齢を考えると次回がある可能性はそれほど高くはないが、また機会があれば観に行きたいと思わせる良質なコンサートであった。

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電気グルーブがCD回収・配信停止されるのであれば、同罪のミュージシャンにも同じ措置を採るべきであろう [ロック音楽]

電気グルーブのピエール瀧が薬物使用の疑いで3月12日に逮捕された。それを受けて、翌13日には電気グルーヴのCD回収・配信停止などが発表され、Apple Musicでは15日現在、電気グルーヴのアーティストページは確認できるが、瀧容疑者名義でない数曲を除き、再生できない状態となっている。
コカイン使用が悪いのは当たり前だが、それでCD回収・配信停止をするのであればレッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックス、ドアーズ、ポール・マッカートニー、ローリング・ストーンズ、リトル・フィート、エリック・クラプトン、ホイットニー・ヒューストン、エイミー・ワインハウス、ウィルコ、クワイエット・ライオット、ザ・フー、ラット、ラモーンズ、ザ・バンド、ザ・グレイトフル・デッド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、シン・リジィ、セックス・ピストルズ、フリー、ディープ・パープル、ユーライア・ヒープ、ジャニス・ジョプリン、フリートウッド・マック、ドゥービー・ブラザースなどもCD回収・配信停止にするべきだ。というか、ここに挙げたのは私が今、気づいたアーティストだけなので、実際は、もうほとんどのロック・バンド、ロック・ミュージシャンのものを販売・配信できなくなるだろう。
ピエール瀧がやったことは罪であり、罰されるべきことであるとは思うが、そうであれば同じ罪を犯したものは同じように罰するべきである。それこそが法治国家の基本である。

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BONNIE PINKのライブを初めて観る [ロック音楽]

BONNIE PINKが三年ぶりにライブをする。今後、いつライブをするかも不明だ。ということで、これはどうしても観なくてはならないと判断する。さて、会場は東京と大阪のビルボードである。当然、東京のライブ・チケットを購入しようと、オンライン予約の日をカレンダーにメモっておく。その日が来たので、さっそく購入しようとしたら売り切れていた。発売開始時間が10時で、私がネットにアクセスしたのが11時ぐらいだったので、あっという間の完売である。BONNIE PINKの凄まじい人気を知るのと同時に、大阪の公演をチェックしたら席がある。ううむ、大阪までわざわざ行くのは癪ではあるが、もう観れないかも、という焦りも手伝い、チケットを2枚購入する。
 さて、東京と大阪ではチケットの値段も違う。大阪の方が高いのである。というのは、大阪の公演日は12月24日であり、クリスマス・イブ・ディナーというものがもれなく、というか強制的についてくるのだ。こんないらんサービス、と思いつつ、まあ、それだから席が売れなかったということもあるだろう。
 加えて12月24日という公演日は最悪であった。というのは、そもそも一枚買えばいいところを、クリスマス・イブにビルボード、ディナー付きというのは、流石に中年男性一人で観るのは寂しいというか、浮きまくるであろうという判断があり、奥さんに付き合ってもらおうと考えて購入したのだが、なんと「そんなわざわざ大阪まで行くと疲れる」と言われて断られる。これはピンチだ。京都に住む知り合いの50代の独身男性を誘うが、断られる。そりゃ、何が悲しくてクリスマス・イブに中年男性と付き合ってBONNIE PINKを観なくてはならないんだ。よほどのファンでなければ断る気持ちはよく分かる。ということで、もうこれは愛人に捨てられた中年男性が一人寂しくクリスマス・コンサートを観るというような状況で鑑賞するしかないな、と思っていたらなんと高校二年生の次女が付き合ってくれるという。いやあ、それはそれで心配だが、まさに地獄の仏のような娘だ。ということでBONNIE PINK@大阪ビルボード@クリスマス・イブ。
 クリスマス・イブ・ディナーはシャンパンとプレートがついてくる。プレートはコロッケとキッシュと野菜スティックとローストビーフ。とりあえず、高額料金を取るためのアリバイのような料理だが、そんなことはどうでもいい。定時から5分ぐらい遅れてBONNIE PINKが出てきた。赤い髪でカラーコンタクトをしているイメージを持っている私は、初めてみるBONNIE PINKにちょっと驚いた。なんか京都で商売をやっている元気でちょっと綺麗な若女将といった風情だったからである。おしゃべりだが、それほど言うことは気が利いていなくてカリスマ性はまったくない。これが椎名林檎に先を越されたと言わしめた天才ミュージシャンか。
 さて、最初の曲はGimme a Beat。その次はクリスマス・イブということで、ポール・マッカートニーの「Wonderful Christmas Time」、ディーン・マーティンで有名な「Let it Snow」を歌った。そこで、またBONNIE PINKの曲に戻って「Try me Out」、「スキKiller」。そこで、またクリスマス・ソングに戻ってジャクソン・ファイブの「I Saw Mommy Kissing Santa Claus」。その後は、「Is this Love?」、ファンクラブ限定のCDに収録された「Heartbeat」、「Lullaby」。ここで、大ヒット曲である「Perfect Sky」を演奏し、「Rope Dancer」、「Evil and Flowers」、「Chain」。ここで終わって、アンコールはBONNIE PINKのクリスマス・ソングでもある「Orange」。
 コンサートの途中で本人自身が、皆が期待するような曲は演奏しない、と言っていたが確かにちょっとレアな選曲であったのかもしれない。とはいえ、私は初BONNIE PINKということもあり相当、楽しめた。新横浜と大阪を往復する交通費を考えても十分、私の期待に応じてくれたコンサートである。とはいえ、できれば東京のビルボードで観たかった。

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椎名林檎@埼玉スーパーアリーナ [ロック音楽]

11月22日の椎名林檎の埼玉スーパーアリーナでのライブを観る。静岡の掛川のエコパで二度観ているので、「不惑の余裕」ツアーでは3回目となる。スーパーアリーナはアリーナではなく階段席であったが、掛川は二日ともアリーナで前に背が高い人がいてあまりステージを観ることができなかったので横ではあったがかえってよかった。ただ、階段席の音響はよくない。一番、気になったのはセトリであった。特に掛川の二日目ではMummy-Dと浮雲が口パクさせられて、浮雲は不満を隠さなかったので、その後、どうなったのかで随分と気がかりだったのだが、今日は浮雲、めちゃくちゃ楽しそうで、しっかりとマイクで歌わせてもらっており(Mummy-Dもそうであった)、私の心配は杞憂であったことを知り、一安心。セトリの流れなどを把握していたこともあり、私も今日は余裕。また、グッズも初日であったこともあり、掛川よりもむしろ売り切れ品は少なく、それも嬉しかった(Tシャツやタオルなどをゲットすることができた)。特に感動したのは「雨傘」、「ありきたりの女」、「カーネーション」、「夢のあと」であった。「カーネーション」などは発表された時は、なんじゃこれと思ったぐらいなのに、この頃は本当名曲だなと感心している。同じことは「ちちんぷいぷい」にもいえる。全般的に、生きることを真剣に考えているような曲を中心に編成したのかなと思ったりする。私もしっかりと生きなくては、という思いを抱いてスーパーアリーナを出た。

タグ:椎名林檎
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岸田繁を京都は寒梅館で観て、次いでにホームカミングスも観る [ロック音楽]

岸田繁が京都でコンサートをする。ということで同志社大学の寒梅館まで見に行く。さて、これは本当はホームカミングスで岸田繁がちょっとゲスト出演をするというものであったのだが、ホームカミングスは同窓会のような意味を持つので、これは岸田繁が京都で凱旋的なコンサートをするのだろうと思って行ったら違った。とはいえ、前座を務めた岸田は「ブレーメン」、「東京」、「琥珀色の街、上海蟹の朝」などの代表曲をガットギターだけで弾き語りをした。これは、これでなかなか貴重だ。値段が2500円ということを考えると、これだけで元を取れたかな、という感じである。その後、休憩を挟んでホームカミングス。このバンドはほとんど情報がなかったが、4人編成で3人は女性、男性は1人という構成。何か演奏技術的にはパッとしないし、ベースのアレンジの工夫のなさ、男性のギターが演奏する際、足を上げたり膝を曲げたりしているのが何とも格好悪くて、こんなギターを格好悪く演奏する奴は素人でもいないなと思ったりしたが、ボーカルの畳野という女性の声は素晴らしくよくて、この透明感溢れるボーカルとIndigo Girls的な良質な楽曲が強い印象を残した。バンドはボーカルが素晴らしいのと、バックがテクがなくても控え目にボーカルの邪魔をしなければ、そこそこやっていけるなと思わせた面白いバンドである。最後のアンコールで畳野が岸田繁のギターのバックだけで「男の子、女の子」を演奏したのだが、これはわざわざ観る価値があるだけの素晴らしいものであった。

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ポール・マッカートニーのコンサートに行き、個人的な理想のセトリを考えてみた [ロック音楽]

11月1日にポール・マッカートニーを観に東京ドームまで行った。ポール・マッカートニーは、おそらく全人類史的にみても最も多くの人間がその曲を聴いた音楽家である。ベートーヴェンやモーツァルトより聴かれているのはほぼ間違いない。そして、音楽が多様化した今となっては、もうライバルも出てこないのではないかと思っている。したがって、その生きた姿を見られるだけでも有り難いのに、わざわざ日本にまであちらから来ていただいてくれている。当然、行くべきである。そして、これまでもほぼ東京ではすべてのコンサートを行くようにしていた。いつが、最後になるかも分からないからだし、これまではもう、本当大感動していたのだが、今回は初めてそれほどの感動を覚えなかった。それは、日本でまだ披露していない(というか、私が聴いたことがない)曲が新しいアルバムの2曲を除くとゼロであったのと、ほぼ前回の来日公演と同じセトリであったからだ。いや、それでも素晴らしいのだけど・・・。とはいえ、それじゃあ、自分はどのようなセトリを期待しているのか。ちょっと考えてみた。ポールの年齢を考えて25曲にしてみた。また、ジョンやジョージが作曲したものは除いた。以下がそれである。YesterdayやCan’t Buy Me Loveを入れていないのは、もう既に日本公演で何回も演奏されているからで、そういう意味では、現時点での極めて個人的な理想のセトリということである。

1. Silly Love Song
2. Jet
3. Day Tripper
4. Hello Goodbye
5. Oh! Darling
6. Martha My Dear
7. I Will
8. Get Back
9. Let It Be
10. Hey Jude
11. Penny Lane
12. For No One
13. Michelle
14. Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band
15. No More Lonely Night
16. With A Little Luck
17. A Day in the Life (これはほとんどジョンの曲だが共作部分もあるので)
18. My Love
19. The Fool on the Hill
20. Magical Mysterious Tour
21. All My Loving
22. Maybe I’m Amazed
23. Listen to What the Man Said
24. Back In the USSR
25. You Never Give Me Your Money〜 The End (Abbey RoadのB面のメドレー)

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静岡アリナ、椎名林檎の林檎博18(不惑の余裕)ツアー・レポート(20日、21日) [ロック音楽]

掛川の静岡アリナでの椎名林檎のコンサートに二日連続で行く。初日も二日目もセトリは同じであった。
初日の流れ。開演前に会場に流れていたのはセルゲイ・プロコフィエフの「ピーターと狼」。開演と同時に、ピーターと狼のようなパターンで各楽器が紹介され『本能』のイントロが流れ始める。林檎のボーカルはテープであろう。Mummy-Dが出てきて、『本能』のラップバージョンを歌う。Mummy-Dの声が悪く、ちょっと聞きづらい。そして、ガラスの箱に入っている、王冠をした林檎が舞台の中央奥に登場する。そして、『本能』のMTVのようにこのガラスをたたき割って、そこから出てくる。凄い格好いい演出だ。そして、アルバムで一緒に唄っていた『流行』へと繋がる。Mummy-Dは二回ほど、「シズオカ〜」と叫んでいた。とはいえ、駐車場のカーナンバーを見る限りは、静岡県外からも私を含めて、相当来ている印象。
そして、『雨傘』と『日和姫』という港湾局から2曲続ける。『雨傘』はライブの方がずっと迫力がある。そして、ここで7歳の長女のナレーションとともに『APPLE』が流れる。『APPLE』での林檎の動きがとても面白い、というか上手い。これは、日本のケート・ブッシュだな、と思うと同時に、いや、ケート・ブッシュをも上回る才能なのではないか、と思ったりする自分もいる。そして、『Ma Cherie』をした後、『積木遊び』。いや、ギターの名越さんのカッティング、半端なくキレキレである。どうしたら、こんな風に弾けるのであろう。そして、なぜかフィンガー5の『個人授業』をやる。このポップな曲に続いたのはヘビーなリフが印象的な『どん底まで』。しかし、アルバムにも入らないシングルのB面でこれだけのクオリティの曲をつくられるミュージシャンがどれだけ日本どころか世界にもいるだろうか、と思わずにはいられない。そして、『神様・仏様』。この曲の終わりで椎名林檎はイリュージョンのように舞台から消えてしまう。そして、インストで『化粧直し』が流れて、ダンサーの女性達がファッションショーのように、林檎エキスポデザインのビニール傘を持ちながら舞台を闊歩する。ちなみに、この傘はグッズとしても売られていて、3000円というビニール傘とは思えない値段でありながら、私も思わず一本買ってしまった。まあ、これは使用できないので、あくまで部屋の飾りとして使うことになるであろう。さて、これから中盤に入るという感じであるが、中盤は『カーネーション』、『ありきたりな女』とバラード系が続く。なかなか心に染みるし、特に『ありきたりな女』は、天才でしか分からない悩みを綴っている歌詞に、そういうものか、と聴くたびに思うが、このライブでも改めてそう思わさせられる。そして、若干、ギアが上がって『いろはにほへと』、さらには『歌舞伎町の女王』。椎名林檎のコンサートは、演奏の素晴らしさは勿論なのだが、映像芸術が本当に驚くほど素晴らしいのだが、『歌舞伎町の女王』は見事、歌世界を映像で表現していて楽しめた。そして航空局から『人生は夢だらけ』。
ここで、また林檎はちょっと休憩、ということなのか、次の曲は浮雲が現れて『東京は夜の七時』を歌う。そして、浮雲と林檎のデュエット曲である『長く短い祭』。次の曲は『旬』。ああ、心が洗われる。
そして、大手家電店の看板のような映像が出てくる。スキトキメキトキスと書いてあって、それに関しての歌を歌うのだが、これは私、よく分からない曲であった。そのまま、『ちちんぷいぷい』へと繋がり、次に画面に宮本浩次の巨大な顔が出てきて、映像の宮本浩次とのデュエット(痴話げんか?)のような展開で『獣ゆく細道』を演奏する。テープであるのが分かっていても、その臨場感溢れる演出に圧倒される。
そして、トータス松本が現れて、CMソングであった『目抜き通り』を林檎とデュエットして、「最後の曲です」との挨拶をしたあと『ジユーダム』。なんか、肩の力が抜けているな。さすが「余裕の不惑」。
それほどの時間を経たずして、アンコール。最初の曲は、不協和音の緊張を強いる「はいはい」。そして、珍しく、というかインストの『化粧直し』を除けば、唯一の東京事変からの曲『夢のあと』を演奏し、林檎博08と同じように『丸の内サディスティック』のエンドロールが流れて、コンサートは終演した。

 10年前の林檎博は、もうこれでもか、というほどそれまでの椎名林檎の素晴らしい楽曲を惜しみなく提供していたのに比べて、今回はあるコンセプトに合致する曲を膨大な林檎コレクションの中から選択して、あるストーリーに編集したかのような印象を受ける。全般的に「生きていくこと」ということをテーマとした曲から構成されていたような印象を受ける。いや、『個人授業』はそれほど関係はないか。
それにしても、『丸の内サディスティック』もそうだが、『罪と罰』、『ギブス』、『NIPPON』、『幸福論』、『ありあまる富』、『ここでキスして』など、絶対受ける代表曲をこれだけオミットしても、極めてクオリティの高いコンサートを構成できるとは、本当、椎名林檎の才能は凄まじい。あのポール・マッカートニーでさえ、イエスタディやヘイ・ジュードを演奏しないことはあり得ないことを考えると、本当、椎名林檎は凄いミュージシャンというか、度胸があるなと思う。観客に媚びない姿勢は、なんか頭が下がる。

さて、あと一日目と二日目とみたので、両日の違いを少しだけ書かせてもらうと、一番の違いは一日目はMummy-Dも浮雲もマイクを持って歌っていたのだが、二日目はテープを流したことである。一日目のMummy-Dは確かに声質がだみ声になっていて、音程こそ合ってはいたが、ちょっとプロのボーカリストという感じではなかったので気にはなったが、まさかライブでテープを流されるような措置を採られるとは驚きであった。さらに驚きであったのが浮雲である。浮雲も一日目、多少、音程がズレているかなという印象を受けたし、いつもよりはボーカルが今一つのような気もした。しかしMummy-Dと違い、浮雲はもう林檎ファンにとっては、非常に好感度の高いアーティストなので、そこらへんは愛嬌ということで私も気にはしていなかったのだが、なんと二日目はテープを流されて歌わせてもらえなかった。そして、これはちょっと林檎も計算外だったのかもしれないが、浮雲は口パクで歌わされていることが、もう耐えられない、という感じでステージにいたので、観ている私の方が緊張してしまった。ミュージシャンとして、そもそもギタリストであるのにボーカルを取っていて、さらに口パクでステージに出さされるというのは、もうプライドずたずただよな、というのは分からないでもないが、それにしても、あのやる気の無さ全開の態度は、ちょっと困惑させられた。というか、あの1万近くの観衆の中で、もっともノっていなかったのは浮雲であったろう。観客を盛り上げる側の一人が、一番盛り下がっている。いや、気持ちは分かるんだけどね。
その後の林檎嬢は毅然としていたが、多少、音程を外したり、歌が入るタイミングがずれていたのは、多少なりとも動揺があったのだろうか。通常、最小限のMCで、アンコール前の『ジユーダム』を演奏する前に、1日目ではしなかった「今日はメンバーも多くの観客の前で一生懸命、演奏させてもらっていたようです」(正確な引用ではなく、私の記憶にもとづく)と話したのは、もろ浮雲の当てこすりのように聞こえなくもなかった。というか、どう考えても当てこすりであろう。
ということで浮雲のファンでもある私としては、本当、なんか演奏中も妙に緊張してしまい、1日目ほどは楽しめなかった。その後の打ち上げとかでも火花というか、林檎嬢の鉄槌が下されそうで、私はハラハラとしており、今、これを書いていてもハラハラしている。今後もコンサートは続くのでどうなるのだろうか。次は11月22日のさいたまスーパーアリーナに参戦するのだが、それまでに何かが起きそうな気がする。とはいえ、これは椎名林檎嬢の完璧主義の一端を垣間見たような感じであり、やはり、傑作を世に出すような人は、本当厳しいのだな、と思ったりもした。
 

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4月20日、東京国際フォーラムの椎名林檎のコンサート [ロック音楽]

 東京国際フォーラムにて4月20日の椎名林檎のコンサートを観に行った。ひょっとしてレコ発、ということなので新しいアルバムが出るのかもしれないと思ったりしたが、結果的には新曲はなく、全てCDで既発表のものであった。レコ発、というのは『逆輸入〜航空局〜』のアルバム発表という意味だったのかもしれない。というのも、最新作である『逆輸入〜航空局〜』からの選曲が多かったからだ。
 さて、コンサートは3分にセットされた時計のカウントダウンによって始まった。最初の曲は、「人生は思い通り」。これは、「カーネーション」のシングルに入っていた曲で、おそらく知名度は相当、低い曲であろう。とはいえ、ほとんど捨て曲がない椎名林檎のレパートリーである。優れた映像とともに林檎ワールドに引き込まれる。そして「おいしい季節」(航空局)、「色恋沙汰」 (三文ゴシップ)と続き、「ギブス」(勝訴)。もう20年近く前につくった曲であるにも関わらず、まったく色褪せない。そして「意識」(カルキ)。「嘘つくなよ」の歌詞は、初めて聴いた時にも背筋が凍るような感じで怖かったけど、今でも相変わらず怖い。このロックのメロディーと日本語の歌詞をここまで融合して総合芸術として昇華させられるミュージシャンはそうそういない。彼女の類いまれな日本語能力を感じさせる名曲だ。その次は「JL005便で 」(日出処)と最近に戻ってきたかなと思ったら、「弁解ドビュッシー 」(勝訴)を演奏し始めた。いやあ、凄い曲だ。というか、椎名林檎は本当に器用なので歌謡曲、ジャズ、ハード・ロックといろいろな分野にまたがるアレンジ調の曲をつくれてしまうが、本質は「弁解ドビュッシー 」のようなパンク・ロックなんじゃないか、と思ったりもする。
 そして、「少女ロボット」 (航空局)。これは、東京事変バージョンではなく、航空局に入っているともさかりえバージョン。そして、また昔に戻って「浴室」(勝訴)。と思ったら、航空局から心中曲2曲(「薄ら氷心中」、「暗夜の心中立て」)。ピアフの「枯葉」カバーを挟んで「眩暈」。これは、「ここでキスして」のシングルに入っていた曲で、隠れた名曲という位置づけであると思われるが、まさか今日、ここで聞けるとは思わなかった。ちょっと嬉しくなる。
 さらに「おとなの掟」、「重金属製の女」、「静かなる逆襲  」、「華麗なる逆襲」、「孤独のあかつき」、「自由へ道連れ」、「人生は夢だらけ」と『航空局』と 『日出処』という最新アルバム2枚からの選曲で、一応、コンサートは終了。この間、MCはほとんど無し。ひたすら演奏を続けるといった格好。ある意味、相当、格好はいい。
 随分と時間を空けた後、アンコール。まあ、アンコールをしない訳はないと思ったが、周りの客は拍手をしないものも多く、ちょっと最低限のマナーというか礼儀ぐらい守れよ、と心の中でちょっと怒る。
 さて、アンコールでも挨拶をしたのは、ギターで林檎は一切、しゃべらない。一曲目はなんと「丸の内サディスティック」。「丸の内サディスティック」は、以前は、東京事変でもほとんどのライブで演奏されていたと思うのだが、デビュー10周年記念の林檎エキスポ以降、東京事変の解散コンサートの最終日である武道館公演を除くと演奏していなかったと思うので(少なくとも私は聞いたことがなかった)、これは本当、個人的には嬉しい。そして、「NIPPON」、「野生の同盟」で林檎のMCがほとんどなかったコンサートは終わったのであった。

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オールスタンディングでのライブで、ドリンクを強制的に売るのは止めて欲しい [ロック音楽]

最近、くるりのコンサートに行った。ゼップ東京である。このゼップ東京は、入場する時に500円を支払ってドリンク・コインを購入しなくてはならない。このシステムは非常に馬鹿げていると私は思う。まず、ドリンクをもらうために長蛇の列に並ばなくてはならない。私は30分ぐらい前に入場したが、この長蛇の列に並んだらろくな場所で見られないと思ったので、無視をしてそのまま観客席に入った。ど真ん中の15列目ぐらいで見ることができた。ドリンクをもらうために並んだら、おそらくずっと後ろで端っこになってしまったであろう。そのような場所で見ることと比べれば、余裕で500円以上の価値がある場所で観ることができた。ということで、経済的に私が取った行為は合理的であったと思われる。ちなみに、コンサートが終わった後でも、このコインは有効であったこともあり、終了後にも長蛇の列ができた。しかし、そこらへんで買えば250円もしないようなドリンクのために、なぜ並ばなくてはならないのだろうか。というか、ちょっと自分の時間価値を考えれば、それにまったく見合わないことが分かると思うのだが、なんかもったいない精神が出てしまうのであろう。しかし、本当にもったいないのは並ぶことで失われる機会費用である。
 さて、このドリンクが経済的にはまったく意味がない、というだけでなく、コンサート的にも迷惑な代物である。今回のコンサートはオール・スタンディングであったのだが、私の隣にいた女性は、ビールを飲んでいた。どうも、この人はアルコールに強くないらしく、ゆっくりと飲んでいる。というか、コンサート開始までほとんど減っていないのである。私は彼女がビールを持っている片手を動かすたびに、こぼさないでくれよ、と心の中で祈っていた。当日は革ジャンを着ていたので、本当に、こぼされると困ったからである。
 座ってみるのであればまだしも、オール・スタンディングでのドリンクは周りにとってはありがた迷惑であるし、飲んでいる本人も別にアルコールを飲みたくないのに、お金を払わされたので、そして、何となくノリでビールとかを注文してしまってちょっと後悔している、という感じを受けなくもない。ちなみに、私はシモキタザワのライブハウスとかでも、あのドリンク制は嫌いだし、大抵、飲まない、というか注文しない。まあ、消費税のような気分で支払っている。
 そして、私のような人も少なくないと思うのだ。むしろ、ドリンク代を含んだ料金を徴収して、ドリンク代を多少、安くして提供するぐらいの方が店側も利益が出るだろうし、客も喜ぶであろう。せこく、そんなドリンク代で儲けようとかいう根性が、長期的にはライブに来る客を減らすような気もしないでもない。いや、絶対観たいアーティストにはそれでも行くだろうが、行こうかどうか迷っている人は、敢えて行かなくてもいいかな、と思うかも知れない。どちらにしろ、改善を検討した方がいいと個人的には考える。

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くるりのコンサートをゼップ東京で観る [ロック音楽]

くるりのコンサートをゼップ東京で観る(3月30日)。ドリンクを無視して、30分ぐらい前に入ったので二ブロック目のほぼ真ん中を陣取ることができた。19時15分の開演を10分ぐらい回ったところで、くるりが登場。一曲目は「東京レレレのレ」。テレキャスで岸田が延々とギターソロを続ける。なんかブルージーである。そして「東京」、「飴色の部屋」、「ハイウェイ」。「ワンダーフォーゲル」といった往年のくるりファンが驚喜しそうな曲を演奏する。というか、実際、後ろにいた客は「ああ、私の青春だあ」と興奮状態であった。あと編成であるが、ギターが3本、それにキーボード。ファンファンというトランペッターもいるし、7人編成である。

その後、「東京オリンピック」という変拍子だらけのインスト・ナンバーなどを演奏する。新曲が続き、ちょっと興奮状態が醒めてきたところで、「ばらの花」。さらに数曲、挟んで「魔法のじゅうたん」、「虹」そして「ロックンロール」。「ロックンロール」は改めて名曲であることを再確認する。

そして、アンコール。アンコールの一曲目は「ブレーメン」。ファンファンのトランペットの音色が美しい。その後は新曲、「琥珀色の街、上海蟹の朝」。この曲は絶対、ボビー・コールドウェルのWhat you won’t do for love だよなと思う。盗作で訴えられたら負けるだろう、と他人事ながら心配になる。

そして、最後は「その線は水平線」。新譜からの代表曲でしっかりと締めたという感じである。ギターが3本で結構、うるさいな、というのが大まかな印象。そして、せっかくファンファンがいるのに、ファンファンのトランペットがフィーチャーされた曲は少なかった。私としては、ロックンロール・ハネムーンはやって欲しかった。この点は残念ですが、総じて、まあ滑らない良好なコンサートであったと思う。

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ウォルター・ベッカーの訃報に接して [ロック音楽]

 スティーリー・ダンのウォルター・ベッカーが亡くなった。享年67歳である。スティーリー・ダンは、そのアレンジの複雑さ、変態的な詩などの特異性で、独特の存在感を放ちつつ、それでいてポピュラリティを獲得したロック史上、極めて希有なバンドの一つであろう。そのスティーリー・ダンという二人組ユニットの一人、ウォルター・ベッカーが9月3日に亡くなった。
 ウォルター・ベッカーの訃報に接して、「世界的ミュージシャン」(http://rocketnews24.com/2017/09/04/950141/)、「巨星が旅立った」(https://dailynet366.com/7165.html)などとウェブサイトなどで書かれている。しかし、私はウォルター・ベッカーの偉大さというのが、今日までよく理解できていないので、これらの形容詞にちょっと違和感を覚えたりもする。
 スティーリー・ダンは圧倒的にドナルド・フェーゲンが目立っている。ボーカルを取るのも彼だし、作曲をするのもほとんどが彼である。ウォルター・ベッカーはギター・ベースの担当ではあるが、スティーリー・ダンの初期はスカンク・ジェフ・バクスターが目立ち過ぎるスーパー・ギターを披露して、彼が脱退してドゥービー・ブラザースに移った後は、ラリー・カールトン、ジェイ・クレイドン、チャック・レイニーなど当代超一流のギタリスト、ベーシストを雇い、レコーディングをした。ということで、アレンジャーとしては超一流かもしれないが、ギタリストとしてどこが凄いのか、と言うと、私が勉強不足かもしれないがよく分かっていないのだ。
 というのも、私はスティーリー・ダンのコピーバンドでギターを担当していたことがあるので、バッキングがお洒落とか、ここでこのコードか、と感心することは多くあったが、ギタリストとして、おお、これはなかなかのプレイだ、と思ったのは、Josieのギター・ソロぐらいだけであったからである。
 とはいいつつも、私が大好きであったバンド、スティーリー・ダンの片割れであるウォルター・ベッカーの訃報には、大きなショックを受けたのは確かである。9月24日のドナルド・フェーゲンのコンサートに私は行くのだが、期せずして追悼コンサートになってしまった。もう少し、ベッカーの偉大さが理解できるように、ちょっと勉強をしなくてはならない気分になっている。

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『バッキンガム・ニックス』 [ロック音楽]

1973年に発表されたスティーヴィー・ニックスとリンゼイ・バッキンガムのコンビによる作品の紙ジャケによる復刻版。告白するのが恥ずかしいが、私は実は高校自体、フリートウッド・マックには相当嵌まっていた。今でもニックスの「ランドスライド」、「ドリームス」、「サラ」やマックヴィーの「ユー・メイク・ラヴィング・ファン」などは実は好きだ。今、振り返れば70年代の典型的な郊外ロックではあるが、まあ日本の高校生はその頃のアメリカン・ロックはみな、格好良く聞こえていたのである。ちなみに、あまり認めたくはないがスティックスとかもよく聞いていた。
 さて、それはともかく、そういう高校時代を送っていた私は当時、当然、この『バッキンガム・ニックス』を頑張って手に入れていた。ただし輸入盤であった。結構、苦労して探し出してきたような気がする。日本版で発売されていたのかどうか不明であるが、このCD版は日本版では初めて発売されていたのではないだろうか。そういう意味ではフリートウッド・マックのファンは勿論のこと、私のように昔のファンにとっても有り難い復刻版ではないかと思われる。
 その内容であるが、オリジナルの10曲に加えてなんとボーナスが11曲も入っている。素晴らしいサービスぶりである。オリジナルの方も「ファンタスティック・マック」にも収められた「クリスタル」は勿論のこと、1曲目のNicksのCrying in the Night, 8曲目のRaces are Run(同Nicks)、6曲目のBuckinghamのDon’t Let Me Down Again、9曲目のLola(同Buckingham)などは名曲であり、これだけでも買う価値はあるかと思われるが、さらにボーナスには「リアノン」のライブやミラージュに含まれることになる「That’s Alright」なども収録されていて、まるで二枚組のような充実さだ。
 この40年も前に録音された、その後、押しも押されもせぬスーパーグループとなるフリートウッド・マックのコアとなる二人のこのアルバムを改めて聴くと、スティーヴィー・ニックスのソングライティングの才能の凄まじさと決して耳に心地よくない個性的なしゃがれ声が印象に残る。また、ピックを使わないバッキンガムのギター・スタイルと、彼のブルースとカントリーをヒュージョンさせたロック・スタイルはこの時点でほぼ確立されているのかも確認できる。
 しかし、発売されてからこんなに時間が経って日本版のCDが入手できるとは思わなかった。マックの新譜を買う気はほとんどないが、このCDは何も考えず即買いしたが正解であった。

バッキンガム・ニックス (生産限定紙ジャケット仕様)

バッキンガム・ニックス (生産限定紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ヴィヴィド・サウンド
  • 発売日: 2017/03/29
  • メディア: CD



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私がビートルズで一番、好きな曲は「サムシング」である [ロック音楽]

 もうビートルズのファンを40年間ぐらい続けている。中学一年に「ビートルズ・フォア・セイル」と「プリーズ・プリーズ・ミー」のカセットをもらって、ひたすら聴きまくって以来のファンだ。最初に買ったシングルも「オー・ダーリン」であった(最初に買ったLPは残念ながらジョン・デンバーであった)。
 さて、ビートルズ・ファンはよくジョン派とポール派に分かれるが、私は圧倒的にポール派である。私はミュージシャンを恒星で形容する癖があるが、ポールは圧倒的に一等星である。そしてジョンは、もちろん好きではあるが三等星である。ちなみに一等星は私と同時期に生きていたのではポールだけで、二等星にポール・サイモンとスティービー・ワンダー、アントニオ・カルロス・ジョビンなどが入っている。
 さて、そんな圧倒的なポール派であるが、実はビートルズで好きな曲を挙げろと言われるとCome Together, I am the Walrus, Tomorrow Never Knows, Strawberry Fields Forever、Day in the Life, In My Lifeなどジョンの曲を挙げてしまうという、我ながら論理矛盾していたりする。とはいえ、すべての曲を鳥瞰すると、やはりポールが大好きなのである。
 そのような中、ジョージの位置づけはというと、もうこれは、本当に低い。せいぜい六等星かな、と言うぐらい低い評価をしている私がいる。天才二人が幼なじみでいて、棚ぼただよな、と極めて失礼な見方をしていたりもする。ギターもあまり、評価できない。そもそも、While My Guitar Gentry Weepsの素晴らしいギターソロなどをクラプトンに弾かせてしまうことや、Taxmanのギターソロはポールが弾いたりしていることなど、試合放棄じゃあないか、というのは偏狭過ぎるだろうか。サッカー選手でいえばPKをすぐ譲ってしまうような気の弱さを感じてしまうのである。
 さて、しかし、そのようなジョージを過小評価している私であるが、ビートルズで一番、本能的に好きな曲は実は「サムシング」である。これは、残念ながら、左脳では否定をしたくても、右脳が圧倒的にそうだと私に自覚させてしまうのである。そして、それを分からせてくれたのがポール・マッカートニーである。ポールは今回も武道館では演奏しなかったが、東京ドームでは27日も30日もサムシングを演奏した。私は実はジョージの横浜ドームのコンサートでもジョージのサムシングを聞いたことがある。このときも感動したが、ポールほどではなかった。ポールの弾くサムシングは、本当に魂を揺さぶられる。
 ただ、ジョージを過小評価してはいるが、彼の曲は「マイ・スイート・ロード」とか前述した「While My Guitar Gentry Weeps」とか「Here Comes the Sun」なども嫌いではない。しかし、それらと比べてもSomethingは別格である。コード進行も素晴らしいし、ジョージのギターソロも素晴らしい。まあ、ポールのベース・ラインが特別に素晴らしいということもあるが、これも楽曲がそのベース・ラインを引き出すほどの出来映えであるからだろう。
 なんで、ジョージがこんなにも素晴らしい楽曲をつくりだせたのか。不思議ではあるし、いろいろと考えさせられる。ポールはもう素晴らしいメロディを次から次へと紡ぎ出せ、本当に神様に愛された天才という感じであるが、ジョージはサムシングをつくった才能の片鱗が感じられたのは「マイ・スイート・ロード」だけであり、他の曲は、多少味わいがあるが、天才的と感じるようなものは極めて少ない。私自身、作曲をするので、このジョージの補欠のサッカー選手がいきなりハットトリックを一試合だけした、というようなサムシングの現象は興味深い。
 まあ、そういう意味では、リンゴ・スターもソロになったらPhotographのようなヒット曲をつくり始めたことも興味深いし、似たようなことはフィル・コリンズにも感じる。人の作曲の能力というのは、なかなか面白い。天才でなくても、ずっと音楽をやっていると、ある日、潜在的な才能が顕在化するのかもしれない。


Abbey Road (Dig)

Abbey Road (Dig)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMI
  • 発売日: 2009/09/09
  • メディア: CD



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ポール・マッカートニーの日本講演最終日に行く(2017年4月30日) [ロック音楽]

 ポール・マッカートニー最終日に私も東京ドームに行く。今回は4日間のコンサートのうち、29日を除いた3日間に行くことができた。29日とは比較はできないが、27日とのセトリとの違いとしては、Letting Goの代わりにJet, そしてBirthdayの代わりにGet Back を演奏したことを考えると、おそらく29日も何か違う曲を演奏したのではないかと思う。ちょっと気になってしまう自分がいると、やはり全日行けばよかったと思ったりするが(実際は申し込んだが買えなかった)、まあ昨年はポール体験が出来なかったことを考えれば、まあ十二分に堪能できたと思われる。
 あと、ポールを観られるだけでも幸せであるのだが、図々しいファンとしての願望としては、是非とも次回、このような機会があれば、次の曲を聴かせてもらえればと切に願う。
Silly Love Songs
Rock Show
I Will
Listen to What the Man Said
With A Little Luck
London Town
For No One
Oh, Darling
Martha, My Dear
Take It Away
Rocky Racoon
Rockestra Theme
I Will Follow the Sun
 いやあ、本当、ファンの欲望はとんでもないな、と書いていて思ってしまった。とはいえ、心から一日でも長生きしてもらい、上記の曲を一切、やらなくてもいいからまたコンサートをやってもらいたい。やはり、次回は全日行くか。

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ポール・マッカートニーを東京ドームで観る [ロック音楽]

ポール・マッカートニーを東京ドームでみる。一昨日の武道館に引き続いてで二回目だ。武道館では声が出ていなくて、流石に寄る年波には勝てないか、と寂しく思っていたりしたのだが、今日のポールは高音もシャウトできていて素晴らしかった。武道館とはセトリが違っていて、Can't Buy Me Love, And I Love Her, Letting Go, Band On the Run, Temporary Secretary, Eleanor Rigby, You Won't See Me (これは素晴らしかった)、New, Birthday などをやっていて、これだけでもちょっと武道館だけ行った人がいたら可哀想と思うのだが、なんとFool on the Hill を演奏した。これは、もう私としては90年代のドーム以来だったので感涙ものです。さらにSomethingまで演奏した。ジョージの曲だけど、ポールの歌の方が感動するのではなどと書くとジョージに怒られるか。演奏時間も武道館はちょうど2時間だったが、今日は2時間40分ぐらい。曲数も断然、多いような気がした。もちろん、武道館オンリーの曲もJet, Magical Mystery Tour や超渋いソロのEvery Night などがあったので、武道館に行かなくても残念な思いをしたとは思うが、どちらかに行くというのであればドームには行かなくてはいけないであろう。武道館では正直、見納めなのかなと思ったりしたが、今日のドームを見たら、まだまだポールやれるじゃないと思ったりした。やはり、ポールは別格で素晴らしい。こんなコンサートを再び見れた、今日という日に感謝。
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ポール・マッカートニーを武道館で観る(2017年4月25日) [ロック音楽]

 ポール・マッカートニーの武道館コンサートに行く。当然、最安チケットのB席である。ただ、B席でも4万円だ。前回の武道館コンサートもB席で行った。北西というステージ横というひどい席ではあったがステージは近かった。さて、今回もどうせ相当ひどい席だろうと覚悟していたが、2階ではあったが東Q列ということで、しっかりとステージは見えた。遠いとはいえ、ドームに比べればずっとポールは近い。
 コンサートの開演時間は18時30分であった。私は18時40分に着いたが、結局、コンサートが始まったのは19時であった。さて、緊張するのは最初の一曲目である。なんと「ハードデイズ・ナイト」であった。これは意外である。というのは、これはポールの曲よりジョンの曲というイメージが強いし、おそらくジョンの曲であると思われるからだ。むしろ「シー・ラブス・ユー」の方がよかったかなと思ったりもしたが、まあジョン亡き後、この曲を最もオリジナルに歌えるのはポールしかいないか。とはいえ、ポール・ファンの私としてはちょっと出鼻をくじかれた感じがしないでもない。次は「ジェット」。格好いい。ジェットはポールのペットの犬の名前である。マーサ・マイ・ディアのマーサの息子である。なんで、犬でこんな格好いい曲がつくれるのか、凡人の私には到底、理解できない。そして、「ドライブ・マイ・カー」。そうか、そう来るか。そして「ジュニアズ・ファーム」。この曲は中学時代とかベストを聞いた時は今ひとつな感じだったが、今ではなかなかフェイバレット・チューンになっている。次は「レット・ミー・ロール・イット」。この曲はポール、昔からよく演奏するが、個人的なランキングではそんなに高くない。貴重な一曲が・・・という思いをしないでもない。とはいえ、生ポールだからなあ。次は「アイ・ゴット・ア・フィーリング」。レット・イット・ビーからの貴重な一曲。その後、ジミヘンの「フォクシー・レディ」のチューンでギター・ソロを披露。それからは「マイ・ヴァレンタイン」、バンド・オン・ザ・ランから「1985」。そして、ある意味、ポールの中でも最も好きな曲の一つである「メイビー・アイム・アメイズド」。ただ、前回までは、リンダの曲を歌います、と言っていたが今回はしなかった。何かの心変わりか。そしてジョンとの共作である「ウィ・キャン・ワーク・イット・アウト」。次はなんと「エヴリ・ナイト」。ポールのソロ作品一枚目からの小作品である。渋すぎる選択だ!その後は、昔に戻ります、と言って「イン・スパイト・オブ・オール・ザ・デンジャー」というビートルズ初録音の曲を披露した。私はこの曲を聴くのは初めてだが、なんか、イギリスのフォークソングのような気の抜けた作品であった。ちょっと興味深い。そして、次は「ラブ・ミー・ドゥ」。ビートルズのデビュー曲ですが、本当、ポールは凄い曲をいきなり作ったなと改めて関心する。続いて「ブラックバード」、「ヒア・トゥデイ」というアコギ曲を二曲披露すると、ピアノに座って、ニューのアルバムからの「クイニー・アイ」を演奏する。私は、どちらかというと最近のポールのアルバムは買ってもあまり熱心に聴かないのだが、この曲、改めて聴くと全然、悪くないし、ポール節炸裂している。そのままピアノに座ったまま、「レディ・マドンナ」。本当、次代に歌い継がれる名曲だ。
 ピアノから立つと、ベースを肩からかけて「次は日本初披露曲です」と紹介して、もう、期待に胸を膨らませていると「アイ・ワナ・ビー・ユア・マン」であった。え、リンゴが歌っていた曲じゃない。この曲は中学時代、ビートルズを聴きまくっていた時、そんなに好きじゃなかったんだよなあ、と思いつつ、ただ改めて聴くとそんなに悪くない。というか、いいロックンロール曲だ。とはいえ、初披露だと、例えば「オー・ダーリン」とか「アイ・ウィル」、「フォア・ノーワン」とかを期待してしまったが。
 しかし、ちょっと落胆した私にポールは「マジカル・ミステリー・ツアー」で答えてくれた。うわーっ、これは凄い。圧倒的なメロディー・センス、とてつもない楽曲だ。ノリノリになった私に、しかし、次は「ビーイング・フォア・ベネフィット・オブ・ザ・ミスター・カイト」。これは2013年でも披露していた曲だが、どうせジョンの曲を歌うのであれば、同じアルバムの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」とか「ストロベリー・フィールズ・フォアエヴァー」とかを演奏してくれればいいのにと贅沢にも思ってしまう。というか、初めて聴いた時は大感動したが、何回か聴くと、貴重な一曲が、と思ってしまう。まあ、ファンは贅沢で無責任なものですね。
 続いて「オブラディ・オブラダ」、「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド(リプライズ)」、「バック・イン・ザUSSR」、「レット・イット・ビー」、「リブ・アンド・レット・ダイ」、「ヘイ・ジュード」。こうやって書くと改めてけちのつけようがない流れ。
 そして、アンコール曲は「イエスタデイ」、観客をステージに上げたあと「ハイ・ハイ・ハイ」。これもポールはライブで演奏するのが好きなのだが、私としては数少ないそんなに好きではない曲。勿体ない。これで終わると辛いな、と思ったらピアノに座り、「ゴールデン・スランバー」を弾き始める。そして、アビー・ロード無敵のB面メドレー。これは、今日のコンサートで最も感動的で、心に迫った。このプログレの大曲のような組曲にこそ、ポールのたぐいまれなソング・ライティングの才能が凝縮されている。涙なしには聞けない、と書きつつ、今日は落涙することはなかった。それは、それでポールのコンサート馴れしているということで、幸せなことだと思ったりする。
 前回からそれほど時間が経たずにポールが来日したということや、セトリも前回とあまり変わっていない。また、バック・ナンバーは全員、同じということで、目新しいところはそれほど無かったコンサートと言えるかもしれないが、今回が最後となる可能性は高いとちょっと感じたりもした。もし、最後でなければ、それはそれで大変嬉しいことだが、最後であるという可能性も踏まえたうえで、有り難がらないと行けないと思う。ポールというモーツァルト、ベートーベンに匹敵する音楽的天才と同時代に生まれ、さらに違う国にいつつも、自国でそのコンサートを楽しめるという幸せを感謝すべきだと思う。まあ、人に押しつけるようなことはないのかもしれないが、私は本当に至福な気分である。
 あと、今回は宇宙団のリーダーの望月と一緒にコンサートに行ったのだが、彼女が生ポールを観て、どのように感化を受けるのかは興味津々である。それが作品に反映されたら、私としてもファン冥利に尽きるというものである。

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セキュリティ・プロジェクトを東京ビルボードで観る [ロック音楽]

 セキュリティ・プロジェクトというピーター・ガブリエルのコピー・バンドを東京ビルボードで観た。これは、主にピーター・ガブリエルの1枚目〜4枚目までの曲をコピーするバンドで、その当時、ドラムを叩いていたジョン・マロッタが率いている。私はピーター・ガブリエルをたいへん敬愛するものであるのと、もはやピーター・ガブリエルが来日する可能性もゼロなので、思わず、この怪しげなコピー・バンドに7000円も支払ってしまった。さて、21時半スタートのセカンド・ステージということもあり、周りは私のような中年男が多い。二人組で来ているものもあれば、私のように一人で来ているものもいる。まあ、それはどうでもいい。基本、ここらへんの世代がコア・ファンなのであろう。皆、少しでもピーター・ガブリエル的なものを消費したいのである。
 さて、バンドは定刻に始まった。ボーカルは意外なことに女性であった。一曲目は「ザ・リズム・オブ・ザ・ヒート」。名曲である。ただ、ちょっと演奏に迫力がない。4枚目からは「アイ・ハヴ・ザ・タッチ」、「レイ・ユア・ハンズ・オン・ミー」、「ザ・ファミリー・エンド・ザ・フィッシング・ネット」、3枚目からは「イントルーダー」、「ノー・セルフ・コントロール」、「アイ・ドント・リメンバー」、「ゲイムス・ウィスアウト・フロンティア」、「ファミリー・スナップショット」などを演奏した。あと、ケイト・ブッシュの私が曲名を覚えていないものも演奏した。そして、何より、ジェネシスの『幻惑のブロードウェイ』から「Back in NYC」を演奏した。これは、唯一、ドラマーのジョン・マロッタがボーカルを取った。これは、そもそもボーカルが他の音に消され、聞き取ることも難しく、まるで素人の演奏会のように酷かった。総じて、キーボードはミスタッチがあったし、ヴォーカルもケイト・ブッシュのコピーだけは凄まじく上手かったが、他はどうも迫力不足で非常に物足りなかった。というか、素面じゃなかったような気もする。特にキーボードには投げやり感を覚えた。ピーターの楽曲を聴くのは嬉しいが、これならCDを聞いたほうがまだましだ、ぐらいの後味の悪いコンサートであった。
 私は生まれて初めて、アンコール前に席を立ってしまった。ついでに、東京ビルボードの男性店員に、「ここはPAがいるのか」という嫌味を言っておいたが、この店員は他人事のように聞き流していた。最近、こういう苦情をしっかりと受け止めないサラリーマン病、アルバイト病を問題視している私であるが、ここ東京ビルボードも例外ではなかった。まあ、この店員にとっては、客が不満を持ってもまったく関係がないことだからだ。


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デビッド・ボウイの展覧会に行く [ロック音楽]

デビッド・ボウイの展覧会に二度、行く。日曜日に行ったら、待ち時間1時間以上だった。
そんなに皆、デビッド・ボウイが好きだったのだろうか。私の高校のクラスにはボウイの熱烈なファンは1人しかいなかった。彼女は一生懸命、ボウイを伝道師のようにしてファンを普及させようとしていたが、それほど効果はなかったかと思う。私は、彼女が勧める「Stage」を聴いて嵌まった。というようなことを思い出した。ただ、その後、「レッツ・ダンス」が世界的に大ヒットしたので、また人々のボウイの認知度も変わったかもしれない。

展示内容は3000円という高額に見合うしっかりとしたもので、大変充実していた。しかし、一日目があまりにも混んでいて、充分に見られなかった。それでもう一日行くことにしたのである。二日目は平日に行った。18時過ぎに行ったのだが、流石に空いていて自分のペースで観ることができた。ただし、前回、見損ねたところを中心に観たにも関わらず、最後の展示コーナーに行く前に20時の閉館の時間を迎えてしまい、半ば追い出される形になってしまった。何が言いたいかというと、それだけコンテンツが多く充実しているので、見るの時間がかかるということだ。

ボウイのことはもちろん、その時代背景、ボウイが影響を受けた社会現象などまでもが、しっかりとした展示で解説されている。ボウイが時代の産物であるという認識をしっかりと持っていないと出来ない展示であり、キュレーターの理解力と展示力に感心させられる。確かに、ボウイは時代を映し出していた鏡であり、そういう意味でボウイとシンクロしていた時代性をボウイというメディアを通じて、音楽、ファッション、映像等で表現していた。しかも、ボウイはジョン・レノンやジム・モリソン、ジミ・ヘンドリックスなどと違い、70歳近くまで生きてくれたので、時代の変遷までもがボウイを通じて観ることができる。ジム・モリソンは現象であったが、ボウイはコンテキストなのである。そのように考えると、本当に我々20世紀後半に生まれたものにとっては、ボウイは時代の体現者としてシャーマンのような有り難い存在であったことを思い知る。

個人的にはトゥナイトの後、ボウイからは遠ざかってしまった。私の人生的にも社会人になって仕事に追われ始めたこともあるが、それからまた再び聞くようになった「ネクスト・デイ」までの空白の20年間は随分と勿体ないことをしていたのだなと痛感する。というか、サラリーマンの15年間は個人的には文化が無かった時代だから致し方ないのだが、それでも悔やまれる。ただ、会社に今でもいたら、このボウイの展示会にも行かなかったかと思うと、サラリーマンを辞められてよかったと思わずにはいられない。

さて、この展示会は改めて私のボウイへの意識を再検証させてもらう貴重な機会を提供してくれたことになるし、そのアルバムの背景をさらに深めて理解させてもくれて、これは個人的にも有り難いことであった。20年間の空白というものがあったが、私はやはりキャリア的にはStation to Station が非常に好きだということと、ベルリン3部作に惹かれるということである。あと、スペース・オディティは名曲であると強く思うのと、当然だが、ジギー・スターダストのアルバムとライブと一連の「現象」がいかに異例なイベントだということである。

あと、ジギー・スターダストのコンサートを素晴らしいショーだと賞賛するイギリスのおばさん達の見識の高さに感心すると同時に、展示の最後でボウイを語るタケシがあまりにも外していて、この人はいろいろな面で凄い才能の持ち主だが、ロック音楽に関してはほとんど何も分かっていないなということを再確認したことである。これは、オールナイトニッポンでロッド・スチュワートの「セイリング」を歌っていた時にも感じたことだが、何か根源的にロックの格好良さを分かっていないと思う。ということで、いろいろなことを感じ、考えさせられた展示であり、ボウイは死してなお、あの素晴らしきアルバムだけでなく、生き残ったものに貴重なプレゼントを残してくれて、そのことは涙が出るくらい感謝している。ロック・スターのまさに鏡である。

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(日曜日は入り口に長蛇の列ができていた)

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ボブ・ディランのノーベル賞受賞でちょっと考える [ロック音楽]

ボブ・ディランがノーベル賞を受賞した。多少、驚いたが詩人としての才能、彼が世の中に与えた影響力の大きさを改めて思い知らされた。さて、しかし、日本人はどの程度このボブ・ディランの歌から影響を受けたのであろうか。というのは、ロック音楽の歌詞というものは、メロディに乗っかることで、受け手は相乗効果的に感性を揺さぶられる効果があるのだが、これは歌詞が聞き取れなければ、その効果は半減というか、ほとんど無に等しくなってしまうからだ。これは、同じように歌詞がそのメロディの秀逸さとともに優れている椎名林檎の歌のよさを、なかなか外国人が理解できないことを考えれば納得できるであろう。すなわち、ボブ・ディランの詩の凄みというものは、右脳で理解してこそ、その偉大さが分かるのであるが、翻訳などを通じて左脳的に理解する日本人は、それを英語が母国語であるような人たちのようにアプリシエイトできないと私は思ったりするのである。そんな英語が聞き取れない人たちが、ボブ・ディランの真の価値を理解することが果たして可能なのだろうか。私は、ちょっと嫌われそうなことを書いているかな、との自覚はあるが、敢えて問題提起したいと思ったりする衝動を抑えられない。

もう一つボブ・ディランのノーベル賞受賞が示唆することは、ボブ・ディランが受賞できるのであれば、その裾野はロック界に大きく広がり、候補は相当、増えるということである。すぐに思いつくのは、ポール・サイモンである。私としては、ボブ・ディランなんかより、遙かに叙情性にあふれ、美しい歌詞を紡ぎ出してきたと思う。もちろん、パイオニアとしての位置づけは、ボブ・ディランに劣るかもしれないが、その歌詞、さらにメロディ・メーカーとしての天賦の才はボブ・ディランに勝るとも劣らない。
Hello darkness my old friend, I have come to see you again (Sounds of Silence)
という歌詞のインパクトの凄さ。“Still crazy after all these years” の歌世界の、どうしょうもないような人を愛することの切ない苦しみ。そのような音と言葉の世界をつくらせたら、ボブ・ディランよりもポール・サイモンの方が個人的には優れていると思う。
 さらに、Bruce Springsteenの歌詞と曲の、こう人の心を揺さぶらせるパワー。Born to Runは、どんなボブ・ディランの曲よりも、少なくとも私にとっては影響力を有していた。
 別にボブ・ディランのノーベル賞受賞に難癖をつけるつもりは毛頭もないが、彼の受賞は、そのような多くの人たちに可能性を広げたことを認識し、彼だけが、ロック界の重鎮の中で傑出した存在ではない、ということを認識しておいた方がいいと私は思うのである。生きていれば、John Lennon やBob Marleyもおそらく候補に挙がったであろう。そして、これは個人的な見解ではあるが、日本では椎名林檎もノーベル賞候補になると思われるのである。もう一人をあげるとしたら、中島みゆきか。

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リチャード・アシュクロフトのコンサートを観る [ロック音楽]

リチャード・アシュクロフトのコンサートをZepp東京で観る。もちろん、The Verve時代のBitter Sweet Symphonyを生で聞くというのが一番の理由である。しかし、実はそれ以外の曲も随分と楽しめ、流石の貫禄というか、リチャードのロックンローラーぶりに深く感銘を覚えた。驚いたのは、イメージではリチャード・アシュクロフトは神経質でクールな天才的キャラクターで、どちらかというと孤高のアーティストといったものだったのだが、コンサートではやたらくねくねと動きながら歌い、平気で自分のことを「リビング・レジェンド(生きた伝説)」と言うなど、どちらかというと軽いキャラのアンちゃんであったことだ。アンコール最後のBitter Sweet Symphonyのリフと言ってもよい、人類史に残るような素場らしい旋律を聴くにつれ、この名曲を本当にこいつが作ったのか、という錯覚さえ覚えたが、歌声はまさに私が何度も聞いたのと同じであった。それにしても、このようなアーティストを小さな箱で観られてしまう2016年という時代と東京という都市の凄まじさは、改めて過小評価されているような気がする。

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スーパートランプ『パリ』 [ロック音楽]

スーパートランプのライブ二枚組。1980年のパリでのライブを編集したものである。このライブ・ツアーは「ブレックファスト・イン・アメリカ」ツアーと冠したものであったが、収録されている16曲のうち、同アルバムからの収録曲は3曲のみで、3枚目の「クライム・オブ・ザ・センチュリー」のアルバム8曲中のうち7曲が収録されている。しかし、全体的な統一感、そしてライブの演奏レベルは極めて秀でており、素場らしいライブアルバムとなっている。その情緒性、エスプリの効いた歌詞、アンサンブルの素晴らしさなど、スーパートランプの謙虚でいてしっかりとした力量が理解できる傑作。

Paris

Paris

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: A&M
  • 発売日: 2002/07/30
  • メディア: CD



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スーパートランプ「クライム・オブ・センチュリー」 [ロック音楽]

1974年に発表されたスーパートランプの3枚目のアルバム。それまで全く鳴かず飛ばずだったスーパートランプがこのアルバムでブレークして全英4位の売上げを記録する。スーパートランプといえば、1979年発売の全米1位までいった「ブレックファスト・イン・アメリカ」が有名である。これは本国では全英3位までしか上らなかったが、日本のオリコンではなんと2位まで上がる。そういう意味では、日本人好みのミュージシャンなのかもしれない。ドライではなくウエットな情緒性、フィギュア・スケートでいうとテクニックよりも芸術点で稼ぐような詩情溢れる音楽性が日本人の感性と合っていたのかもしれない。その「ブレックファスト・イン・アメリカ」に勝るとも劣らないのが、この「クライム・オブ・センチュリー」である。ほとんど外れ曲がないクオリティの高さ、録音の素晴らしさ、どこを取っても欠点がみあたらない大傑作である。

クライム・オブ・センチュリー(紙ジャケット仕様)

クライム・オブ・センチュリー(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: USMジャパン
  • 発売日: 2008/09/10
  • メディア: CD



クライム・オブ・センチュリー

クライム・オブ・センチュリー

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 1991/09/21
  • メディア: CD



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パティ・スミスの朗読会に行く [ロック音楽]

パティ・スミスがギンズバーグの詩の朗読会をすみだトリフォニーホール・ホールでする。あまり関心はなかったのだが、私が敬愛する下北沢のロックバー『マザー』のオーナーに誘われたので行ったら、凄くよかった。何がよかったか、というとそれはパティ・スミスの圧倒的な存在感というかカリスマであろう。ギンズバーグの詩をフィリップ・グラスのピアノの伴走をバックに朗読するパティ・スミスには、とてつもなく惹きつけられるものがある。そして、詩の朗読だけではなく、People Have the Powerなども演奏した。ニューヨークのロックといえば、KissやNew York Dolls、Laura Nyroなどが浮かぶ。私はこの中では圧倒的にLaura Nyroが好きであったのだが、パティ・スミスをあまり聴いていなかったことを強く反省させられた。私の世界観を広げてくれるようなコンサートであった。

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くるり@神奈川県民ホール(2016.05.30) [ロック音楽]

 くるりを神奈川県民ホールで観る。くるりは二年ぶりぐらいか。椎名林檎を除くと、私が唯一、積極的にライブを観たいと思う邦楽バンドだ。今回のコンサートは前半は2004年に発表されたアルバム『アンテナ』の完全再現。そして、後半はジョゼのテーマ、飴色の部屋、ハイウェイ、さよなら春の日(シングル、ロックンロールのB面)、地下鉄、さっきの女の子。アンコールはHello Radio, かんがえのあるカンガルー、ふたつの世界、そして今度シングルとして発表するらしい「琥珀色の街、上海蟹の朝」。Now and Then のツアーでは『図鑑』バージョンが聴きたかったが、その次に聴きたいはこの『アンテナ』だ。私が最も好きなくるりの曲『ロックンロール』が入っていることが何しろポイントが高いが、今回のコンサートでつくづく思わされたのは『How to Go』の格好良さである。結構、ギターを歪ませて、弾きまくっているような激しいチューンが多い。また、後半部でハイウェイ、そして飴色の部屋をやってくれたのは嬉しかった。この2曲も私のくるりベスト10に入るようなお気に入りの曲なのだ。それにしても、今回のコンサートは改めて、くるりの守備範囲の広さと音楽センスの良さに感心させられた。
 それにしても岸田繁は器用だ。ジミ・ヘンドリックスとブラームス、ビートルズそして瀧廉太郎を彷彿させるミュージシャンは世界広しといえども岸田繁ぐらいではないか。新曲はなんかボビー・コールドウェル風のラップ音楽のようなものだったし。

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ディープ・パープルを武道館で観る [ロック音楽]

ディープ・パープルが来るというので1985年以来、観に行く。それまでも何回も来日していたのだが、まったく行く気も起きなかったのに、今回、行こうと思ったのは、デビッド・ボウイが亡くなったことが大きい。それ以来、「いつまでも生きていると思うな、親とロック・スター」という気分なのだ。ということで、このブログに書き忘れたが、先月もしっかりとクラプトンのコンサートに行ったし、来週もスティーブ・ハケットのコンサートに行く。さて、パープルといっても、オリジナル・メンバー的なのは3人だけである。イアン・ペイス、イアン・ギランそしてロジャー・グローバーである。パープルはジョン・ロードとリッチー・ブラックモアのバンドである。この二人がジョンとポールである。したがって、現在のパープルはリンゴ・スターとジョージ・ハリソンがビートルズと名乗っているような違和感をしないでもない。しかし、ジョン・ロードはもうこの世にいないし、最もパープルらしいバンドであることは確かである。少なくとも、イアン・ペイスはまだ、あの脅威のドラムを刻むことが出来ている。なんで、あの年齢で、という感じだが、今のうちに見るべきであろう、という気分にさせるには十分である。
 さて、曲目であるが最初がハイウェイ・スター、そして「イン・ロック」から2曲、「ストレンジ・カインド・オブ・ウォメン」。その後は、知らない曲が続く。よく考えると「パーフェクト・ストレンジャーズ」以降、聞いていないからな。初めて聴くということもあるが、どうも二流ヘビメタ・バンドのような感じの曲でがっかりする。ちょっとだれてきたが、「ミュール」そして「レイジー」というギラン時代の曲でまた気分が盛り上がってきて、「パーフェクト・ストレンジャーズ」、「スペース・トラッキン」、そして「スモーク・オン・ザ・ウォーター」。「スペース・トラッキン」、そして「スモーク・オン・ザ・ウォーター」は流石に来て良かったと思わせられた。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のリフは、これから200年後、300年後も人類は聴いていると思う。それは、ベートーベンの運命のようなものだ。
 アンコールは「ハッシュ」と「ブラックナイト」。70歳を越えたメンバー達は(スティーブ・モーズは61歳、ダン・エイリーは67歳)とっても礼儀正しく、流石にもう毒づくようなことや、アンプを壊したり、ギターを床に叩きつけたりするようなことはしなくなっていた。あと、バーンを始めとしたカバーデール時代の曲は一曲もしなかった。イアン・ギランにとっては、自分が歌った曲だけがパープルなのであろう。
 イーグルスのようにランディ・マイズナーが辞めた後も、彼がつくった「テイク・トゥ・ザ・リミット」をイーグルスのコンサートで歌うグレン・フライよりも遙かに潔い。などということを考えさせられたパープルのコンサートであった。

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NMEジャパンのグレン・フライに関する事実誤認の記事 [ロック音楽]

グレン・フライが亡くなられた。しかし、その経歴について、NMEジャパンが間違ったことを書いているので、ここに訂正したい。

元HPは下記。
http://nme-jp.com/news/12770/

そのHPでは、次のように書かれている。
「グレン・フライは、ドン・ヘンリーと並び、結成当時から現在までバンドに在籍していたメンバーわずか2人のうちの1人であり、“Hotel California”や“Take It Easy”、“Tequila Sunrise”、“Take It To The Limit”などのヒット曲を生み出している。」

ちなみにホテル・カリフォルニアを作曲したのはドン・フェルダーで作詞はドン・ヘンリーである。グレン・フライはほとんど何の貢献もしていないが、ドン・ヘンリーが詞をつくるうえで困っていた時に、ちょっとアドバイスしたのでクレジットされている。昔は、グレン・フライは作者のクレジットで一番、最後だったが、いつの間にか前の方に出世してきた。

あと「Take it To the Limit」は100%ランデイ・マイズナーが作詞・作曲しており、彼もそう主張している(https://en.wikipedia.org/wiki/Take_It_to_the_Limit_(Eagles_song))。

「Take it Easy」はジャクソン・ブラウンとの共作で、これに関してはまあグレン・フライの貢献もけっこうあるかもしれないし、Tequila Sunriseは彼の曲だとは思うので、これらの作者であると主張することには抵抗はないが、Take it to the limit や Hotel California は関係ないでしょう。

亡くなった時にこういうことを書くのは気が引けない訳ではないが、こういう間違った事実が広まるとあまりにもドン・フェルダ−とランディ・マイズナーが可哀想なので、ちょっと記させてもらう。

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渋谷陽一のブラックスター評を読み、流石だと改めて感心する [ロック音楽]

偉大なるミュージシャンが亡くなった時、大袈裟に嘆くのはとても格好悪いと思いますが、その偉大さに甘えてあまり感謝しなかった後悔はまさに先に立たずで悔しいものがあります。私が悔やむのは、亡くなる2日前に発売された新譜があまりにも優れているからであり、まるでボウイは私のような彼の偉大さが分からなかった者に最後に悔いるチャンスを与えてくれたのではないかとさえ思うぐらいです。しかし、「俺には過去のミュージシャン」とこの期に及んでも言っているアホがいて困ったもんですが、そういう輩にはこの渋谷陽一の下記の文章を読むことをお勧めします。さすが、渋谷陽一は理解している。

http://ro69.jp/blog/shibuya/137124
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デビッド・ボウイ『ブラックスター』 [ロック音楽]

デビッド・ボウイの69歳の誕生日である1月8日に発売された28枚目のスタジオ・アルバムであるブラックスター。そして、3日後にボウイは逝去するので、このアルバムは彼の遺作となる。これまでロック史上に燦然と輝く傑作をいくつも発表してきたボウイであるが、我々に最後に残してくれたこのブラックスターも心を揺さぶるような傑作であり、またボウイらしい新奇性に富んでおり、前衛的である。それは、成功を収めても、その成功に安住せずに自己刷新を繰り返してきたボウイの新境地を再び見させてくれると同時に、その転生のプロセスに終止符を打つものであった。そして、その無限の輪廻のような眩いばかりの作品群の最終章として、このブラックスターは何とふさわしいのであろう。7つの楽曲を聞き終えても、また聞き返したくなる中毒性。ボウイは我々、ロックファンに死ぬ間際にも、こんな素場らしい作品を残してくれたという事実に感謝の気持ちが溢れ出る。


Blackstar

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  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Sony
  • 発売日: 2016/01/08
  • メディア: CD



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