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キューバへの海外観光客が最も多い国はカナダ [グローバルな問題]

 ハバナのホテルの滞在客の多くは英語をしゃべっている。ホテルの従業員も流暢な英語をしゃべる。これは、やはりアメリカの観光客が多いからかと思っていたが、実は私がアメリカ人観光客だと思っていた人達はアメリカ人ではないことが分かった。キューバの海外観光客を国別で多い順に並べるとカナダ、イギリス、ドイツ、フランスとなるらしい。その後はスペイン、アルゼンチンだそうだ。人の話なので、まあ信憑性はそれほど高くはないが、少なくともアメリカ人観光客は相当、少ないようだ。
 しかし、9月1日からはアメリカからの航空便がどどっと入ってくる。なんと、いきなり20便だそうだ。アメリカ大使館も60年ぶりに設置される。我々も新しいアメリカ大使館の前を車で通った。そういう意味では、アメリカ人観光客に侵食される前のハバナを体験することができたのかもしれない。
 

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メキシコでは英語が通じなくなっている? [グローバルな問題]

 15年ぐらい前、集中的にラテンアメリカ諸国の仕事をしていたことがある。ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、チリ、ウルグアイなどを訪れた。ほとんどの国で英語が通じなかった。英語は世界の言語とかいっているのは全くおかしいと、その時、知った。特に酷かったのはアルゼンチンで、ブエノスアイレスの比較的まともなホテル(ベスト・ウェスティン)で、私はチェックアウトが遅れることで遅延料金を払わなくてはいけないのかと英語が通じる受付の若い女子に言うと、それはいい、と言われた。しかし、いざチェックアウトしようとすると受付の英語が分からないおじさんに替わっていて、私の話が通じない。そして口論になったら、なんと警察を呼んだりしたこともある。ブエノスアイレスはタクシーの運転手で私の英語が通じたことも皆無であった。そういうこともあって、私は帰国後、スペイン語を勉強し始めるが、全然、ものにならなかった。
 それはともかくとして、そういう経験をした中、メキシコ・シティを訪れて感動した。英語が通じるからだ。さすがアメリカの隣国だけあるな、と感心をしたのだ。ホテルではまったく問題ないし、レストランでも通じる。南米に比べると、いろいろと動きやすいと嬉しく覚えた。それから、12年ぶりぐらいに再訪すると、なんか通じない。レストランでも通じる人もいるが、通じない人の場合が多い。というか、私をみても英語ではなくスペイン語で話しかける人がほとんどである。タクシーなどは、今回は私のなんちゃってスペイン語で多少は通じるので問題はなかったが、このなんちゃってスペイン語がなければ、けっこう困ったかもしれないなと思ったりもする。
 メキシコでは国際免許証で運転できない。一日で売買できるドルも300ドルという極めて少額に限定されている(企業はさすがにあり得ないと思われるが)。まったくいい加減で適当な推測なのだが、アメリカ離れが進んでいるような気がする。
 メキシコは日本の国土の5倍もある大国である。中米では圧倒的な存在感である。そういう大国の誇りのようなものが、ちょっと感じられさえする英語離れ(英語を実際、あまり勉強しなくなったのかは不明だが)である。いや、たまたまなのかもしれないが、メキシコ・シティの公共交通の充実ぶり、公共空間のアップグレードなどを目の当たりにすると、なんかプライド的なものが育まれる背景も充実してきたのかもしれないと思ったりする。
 ブラジルと比べても、まともな国家運営が為されているような印象をちょっと受けたりもするのである。
 まあ、英語離れも印象論にしか過ぎないし、相当、いい加減な感想論ではあるが、覚え書きとして共有させてください。

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メキシコ人は計算が苦手? [グローバルな問題]

 メキシコのデル・バジオ空港のファストフード店のようなカフェでクロワッサンと珈琲を注文した。146ペソであったので、201ペソを渡した。そしたら、店員をしていた若い女性はパニックをしてしまった。お釣りは55ペソね、と言ったのだが新手の詐欺と思ったのか、まったく私を信用せずに、iPhoneを取り出して、一生懸命計算機で計算をしたのである。ようやく納得して55ペソを返してくれたのだが、私は50ペソ紙幣を期待したのに、すべてコインで戻ってきて、そもそも何のために1ペソ加えたのかもよく分からない気分になってしまった。この女性は結構、真面目そうで地味な感じであったので、学校でも何となくしっかりと勉強しているような風貌に見える。ということは、勝手な推測だが、学校でちゃんとここらへんの計算を教えていないような気がする。日本だったら、コンビニの店員も務まらないだろう。
 さて、しかし、これはメキシコがダメということなのだろうか。そのように計算ができなくても店員がやっていけるという、このゆるい環境にむしろ価値を見出してしまうような自分がいる。というか、日本は他国に比べて、あまりにも窮屈すぎるのではないだろうか。もうちょっとゆとりが必要であるな、というように解釈してしまっている自分がいる。いかん、ブラジルとメキシコに感化されつつあるのかもしれない。
 というか、ゆとり教育の問題は、社会にゆとりがないのに「ゆとり教育」をしてしまったことに気づいた。ゆとりがない社会で、教育だけをゆとりにしたら、教育機会を奪われた子供達が苦労するだけのことだ。

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東京新聞の社説(7月22日)でのトランプ氏の批判は的を外している [グローバルな問題]

 本日(7月22日)の東京新聞の社説は、トランプ氏を米大統領選候補に指名した共和党が深刻な亀裂をさらけだしていると指摘していた。そして、採択された政策綱領が、「不法移民対策でメキシコ国境での「壁」の建設を支持」したことは、「少数派排除の主張」であると述べている。そして、「共和党は二〇一二年の前回大統領選の主な敗因を、ヒスパニック(中南米)系など少数派の取り込みに後れを取ったと総括した」ことを指摘し、「共和党は前回選挙の教訓を忘れてしまったのだろうか」と締めることで、あたかもメキシコ国境の「壁」は、アメリカで選挙権のあるヒスパニック系の反発を得るかのような解説をしている。
 このようなヒスパニック系の理解は間違っている。というのは、アメリカ人の平均に比べても、アメリカで選挙権のあるヒスパニック系はメキシコ国境に壁をつくることに賛成しているからだ。壁がつくられることに反対なのは、アメリカに住んでいない、将来アメリカに移住しようかと思っているメキシコやニカラグアなどのヒスパニック系であって、移住してしまったヒスパニック系の人達は、むしろ、これらの人に来てもらいたくないと考えている。ちょっと考えればすぐ分かると思うのだが、このような人達は自分の祖国が嫌だから抜け出したのである。祖国に対して多少の感情は有しているかもしれないが、アメリカと祖国でアメリカを選んだ人達なのである。しかも、人によっては命がけで脱出したような場合もあるだろう。
 そして、アメリカで無事、生活できるようになっても、人種差別等でなかなかアメリカに同化することは難しい。その同化の努力をしている中で、同朋とアメリカ人に思われているような人達が、アメリカの顰蹙を買うのは迷惑以外の何物でもない。アメリカで生活しているヒスパニック系にとって、新たに移民してこようとするヒスパニック系の人々は自分達にとって邪魔者以外の何物でもない。もちろん、自分達の家族や親戚、友達などの移住は協力したいと思っているが、それ以外のマジョリティに対しては反対なのである。
 そういう深層が分からずに、トランプを批判しているだけでは、なぜあれほどトランプが支持されているかが分析できる訳がない。

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イギリスがEUを離脱した時には、ロンドン・コーリングを聞きたくなる [グローバルな問題]

イギリスがEUを24日に離脱した。東証の日経平均株価は1200円以上も下落した。ということで、随分と将来は混沌してきた。どうなるんだろうなあ、人類。こういう不安な時に何か聞きたいな、と思った時に浮かんだのがザ・クラッシュのロンドン・コーリング。シングルは1979年12月に同名のアルバムと同時に発表された凄まじいメッセージ性を有した名曲である。
 ロンドン・コーリングは、ロンドンから発信しています、というような意味である。
 テームズ川の氾濫への不安、氷河期への不安、メルトダウンの不安、小麦の不作への不安・・・という不安だらけだけど、俺はおそれない、と歌っている。
「俺達は斜面を滑り落ちまいとあがき、爪の先で引っ掛かっている。誰も俺達を助けてはくれない」。

まあ、ここまでの状況になると、またパンクが必要だな、イギリスは。そして、おそらく日本も。

https://www.youtube.com/watch?v=4vHvzybkqfo


London Calling

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  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Sony
  • 発売日: 2000/01/27
  • メディア: CD


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難民をまるで危ないものを見るように思ってしまう日本人 [グローバルな問題]

「日本の家」には、知り合いの日本人を連れて行った。シリアの難民がいるので、あそこに難民も来ているよ、と教えてあげたら、まるで危ない人がいると言われたような反応をしたので、私もちょっと驚いてしまった。別に難民は危険な訳ではないし、シリア難民でドイツに来られて生活をしているのであれば、相当、裕福であるし知的レベルも高いはずである。まあ、この知り合いほどは賢くはないかもしれないが、平均的な日本人よりはしっかりしている筈だ。さて、ここで指摘したいのは、この知り合いを批判しようとしている訳では決してなく、ドイツやアメリカでもそうだが、世界的にはタブーであるような差別的意識を多くの日本人が平気で抱いていることに関しての杞憂だ。
 日本人の、特に団塊の世代とかに共通して見られる差別意識として、黒人は危ない人達であるというものがある。先日も、アメリカのある地域が貧困であることを指摘するのに、無邪気に黒人が多い、とかを外国人に述べていた日本人の学者がいたが、こういう指標を使うのは相当、気をつけないと行けない。少なくともカラード・ピープルとかマイノリティとか言って、ブラック・ピープルという言葉を避けるのがエチケットであると思われる。私とかは、あなただって非白人で変な英語をしゃべる人にしか見られていないのにな、と心の中でそういう発言を聞くと思ってしまう。
 支配層にある白人に媚びている気分もあるのかもしれないが、そういうのは、よほど親しくても有色人種としては言わない方がいい。移民とかも難民とかも、我々がドイツ人に対してとかく意見を言う筋合いはない。難民をほとんど受け入れない国が、積極的に受け入れる国に何を言うことができるのか。
 ちなみに、私がどうして、こういう考えを有しているか、というと外国で生活をすることを余儀なくされたからである。前述したような考えをもって、外国で生活することはほとんど不可能である。現地の人とある程度のネットワークと信頼を勝ち得ようとするのであれば。

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ドイツ人の研究者達と打ち合わせをして圧倒される [グローバルな問題]

 ライプツィヒにてドイツ人の研究者達と共同研究の打ち合わせをする。ドイツ側は7人である。そこには、研究所の所長もいた。さて、テーマは既にできている論文の案に関して、最終提出する前にいろいろと意見を出し合うということであったのだが、皆、非常に積極的に発言をする。若手もどんどんと意見を述べる。結構、皆、しっかりと傾聴している。納得がいかなければ所長の意見に対しても反対であると述べる。反対された側も納得がいかなければ反論をする。しかし、お互いが意見を出し合って、最終的にそのコミュニティとしての方向性を導こうとする。大変、建設的でドイツの凄みを知った思いである。
 私の意見も結構、聞いてもらえた。ただ、皆、この会議のために相当、予習をしていたが、私を含めて日本人サイドは予習をほとんどしていなかったために、あまり議論に参加できなかった。この点も反省すべきところだ。あと、このレベルでの会議になると英語はほとんどネイティブでないと無理かもしれない。私のように海外で10年近く生活しているとどうにか対応できるが、そうでないと議論に参加するのは難しいかもしれない。それほど議論をするレベルでの言語というのはマスターするのが難しいと改めて思わされる。また、マスターをしたとしても、この議論をしっかりとやるための流儀や予習をしっかりとすることなども必要であり、これはぬるま湯の研究環境に置かれている日本人にとっては辛いことなのではないかと思う。
 日本とかだと、ちょっと反対意見をされると面子を潰されたと立腹する人が多い。そういう立腹する人が、結構、国際派を謳っていたりするから私としては不思議である。おそらく日本に向けての国際派ということなのであろう。真の国際派は、そういうことを超越していると思われる。ただ、話に中身が伴わないとダメである。しっかりとした意見は、自分に都合が悪くても受け入れる。そして、コミュニティとしての最終的な判断とする。多くの対立を戦争という愚かな手法で解決しようとしてきた長い歴史への後悔が、このような対話術をつくりあげたのかもしれない、と思わせるほど今日のドイツにおける会議は見事であった。学ぶところ大である。
 

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日本に駄目出しを連発したフランス人と会話をする [グローバルな問題]

成田空港に京成線で向かう途中、押上駅でどの列車に乗ってよいか分からず迷っていた外国人の男性に、何を探しているのかと尋ねると、成田空港に行く列車が分からない、というのでじゃあ一緒に行こうと成田空港駅まで連れて行った。このところ、極度の寝不足であるのだが、座れることもできなかったので、ちょっと道中、会話をしたが、けっこう面白い意見を述べていて興味深かった。寝不足でなければもっと会話が弾んだろうに、今、これを書いていると残念な気分になる。

このフランス人はジュネーブのそばのフランス側の出身で、旅行がどうも趣味らしい。東京を皮切りにソウル、広島、京都、大阪を訪れる計画のようだ。フランス人からすると、東京とソウル、京都が同じ観光ルート上にあるというのがまず興味深い。我々だって、フランス行ったら、ちょいとドーバー海峡を渡るのは自然だと思われるが、自国でそのようにちょっと韓国に行って、また日本に戻ってくるというのは結構、新鮮な気分になる。

このフランス人は、日本はテクノロジーが発達していて、進んでいるというのを聞いてきたが、全然、進んでいなく、フランスより遅れているということを主張していた。ふうむ。どこでそう思うのかと聞いたら、CD屋、DVD屋があることだと述べた。今時、フランスではダウンロードが当然であり、CDやDVDなんてスーパーマーケットにしかないと言う。あと、ゲームセンターに40代以上のオヤジがいてあり得ない、と言っていた。フランスだったら、20歳以上はゲームセンターには行かない。日本人は何が楽しいのか、と馬鹿にした口調で言っていた。私はちょっとこれには納得できなかったが、こういう風に書いていると、もしかしたら彼はパチンコ屋のことを言っていたのかもしれない。まあ、総じて日本に来てがっかりだ、という気分のようである。

ちょっと一理あるけど、誤解が多いかなと思わなくはないけど、こういうように他国の人が日本をどう思っているのか、その本音を聞けるのはなかなか楽しいことである。

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琴奨菊の優勝報道にみる島国根性こそが日本が国際的でない側面である [グローバルな問題]

 琴奨菊が優勝した。日本出身の力士が優勝したのは10年ぶりだそうだ。そこで、随分とマスコミは「日本出身の力士」を強調している。なぜ、日本人ではなくて「日本出身」なのかというと、旭天鵬が帰化して2005年に日本人になったあと、優勝したからだそうだ。しかし、「日本出身」という括りも随分とおかしい。例えば、私の長女は日本人の両親のもとに生まれて、そのほとんどを日本で過ごしているが、出身地はアメリカ合衆国カリフォルニア州オークランド市である。日本国籍だけでなく、アメリカ国籍も有しているが、本人も周りも誰もがアメリカ人などと思っていないだろう。彼女がもしゴルフの大会に出て優勝したら、アメリカ人は「アメリカ出身」として彼女を持ち上げるようなことはしないだろう。
 さて、一方で女子テニスの全豪オープンで18歳の俊英、大坂なおみが大活躍をした。彼女の写真を新聞でみて驚いた。というのも、彼女は日本人離れをした顔をしていたからだ。そうしたら、彼女は母親こそ日本人であるが、父親はハイチ人であることが分かった。国籍は日本とアメリカらしく、母国語は英語で日本語もしゃべれるが英語ほどではないだろう。もちろん、オリンピックでははるかに出場しやすい日本で出る可能性もあるが、それをあたかも日本人が大活躍として紹介するのはおかしいであろう。というか、ちょっと違和感を覚えないか。
 そういえば、アメリカの女子バレーの代表選手のセッターであったヨーコ・ゼッターランドを私が初めて知ったのは、早稲田大学の堀江陽子としてであった。彼女は途中まで二重国籍であったが、結局アメリカ国籍を取得するが、このようなケースは、なんか巨人から中日にチームを移ったようにも思える。
 まあ、オリンピックとかは国ごとの括りでチームがつくられるので、国籍とかが重要な意味合いを持つのは分かるが、そもそも国籍をそんなに重視する必要があるのだろうか。
 このようなことを考えると、私が思い出すのはタイガーウッズがタイに行ったときのリアクションである。タイガーウッズのお母さんはタイ人であることもあって、タイではウッズを大歓迎したのだが、当のウッズは「僕はアメリカ人」といって、その歓迎ぶりに困惑を示していた。と少なくとも、アメリカのラジオの取材ではそう語っていた。私は当時、アメリカに住んでいたので、この発言を非常に興味深く聞いていたのでよく覚えているのである。
 同じことは、アメリカの大学院の同窓生で日本人とアメリカ人(正確にはアイルランド人)のハーフの子に、まああなたも日本人のようなものじゃない、と私が言ったら、すごく怒って「私は日本人なんかじゃないわよ(I am not Japanese)」と言い返されたので、そうか、こういうことはセンシティブなのだな、と思わされたりした。
 そういう文脈で捉えると、旭天鵬は立派な日本人であろう。日本出身とか断っているというのは、私のほとんど英語もできない長女がアメリカ出身として捉えられるのと同じくらい下らないことのような気もする。いや、相撲というのが日本の国技であるということが大きいのかもしれないが、サッカー発祥の地のイギリスなんて、ほとんどいつも他国の後塵を拝しているではないか。
 日本出身の力士が10年ぶりに優勝したのは、それだけ相撲が国際的になった証拠でもあり、日本出身の力士ということでマスコミが大きく取り上げること自体、この国がいかに国際的に遅れているか、ということを示唆している。英語がしゃべれないことが国際的ではなく、こういう島国根性にしがみついているところこそが日本が国際的でないことであると私は強く思う。

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遠藤五輪相の馬鹿発言に、この国の暗澹たる未来が見えるよう [グローバルな問題]

読売新聞(12月15日)から。

遠藤五輪相は15日、閣議後の記者会見で、日本スポーツ振興センター(JSC)が14日に公表した新国立競技場の2案について、「(白紙撤回される)前の案よりも、大変素晴らしい出来栄え。世界に誇れるスタジアムができると確信している」と評価した。

引用終わり。

馬鹿じゃないの。明らかにザハ・ハディドの案の方が素場らしいでしょう。自分達の失敗を責任も取らず、このように合理化する姿勢が日本を駄目にしているのだ。こんな政治家に任せているようじゃあ、この国はお先真っ暗である。

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台湾の若者達がテキパキと効率よく働くのをみて、これじゃ日本は近いうちに衰退するな、と確信に近いものを抱く [グローバルな問題]

 台湾の桃園市で、桃園市のまちづくり大会のシンポジウムにて講演をした。そこで、つくづく感じたのは、台湾の主に大学生の若者達が非常に積極的にテキパキと働くことである。的確に状況を判断して、問題があるところをフォローし合って、プロジェクトを遂行させる姿は、非常に強いサッカー・チームの流れるプレーをみるようである。そして、日本やアメリカのように嫌々とやっているのを営業スマイルで隠しているのとは違い、前向きに仕事に取り組んでいるという印象を受ける。
 このように組織的に動けている人達に対して、日本はどうであろうか。私は大学の教員をしているが、学生達をみると、極めて利己的で組織的で動くのが本当に苦手であるな、と思う。うちのゼミ生は、飲み会にはまだ参加するが、他のゼミでは飲み会に参加することさえ忌避する学生さえいるそうだ。自分が何か積極的に価値をグループで創造することを嫌うどころか、消費することさえ、多少でも強制的な臭いを感じると嫌がる。私の学生でも、ゼミ活動で何かを購入する際に、1万円ぐらいの立て替えも嫌がり、私にお金を払わせる学生がいる。私はその時、ドイツにいたので、彼の銀行口座に振り込んだ。振り込み手数料で400円ぐらいが余計にかかったが、まあ、そのことを文句として伝えるのも疲れたので放って置いた。日本の若者も仕事をすることはできる。ただ、それはお金をもらう対価として、という意識を持っているからで、仕事をすること自体に何か喜びを見出すという人の割合は少ないと思う。結果、仕事を通じて新しい価値をすることはなくなる。言われたことだけしかやらなければ、新しい価値を生み出す余地さえ生じないからである。
 どうして、そのような違いが生じてしまったのであろうか。これは、こんな適当に思ったことを徒然と連ねているブログでいきなり、答えが見出せるようなものではないが、そもそも組織、社会、グループが貢献したいと思えないということもあるのかもしれない。そのような中で暮らしてきたので、もう最初から、そのような意識さえ持てなくなってしまっている。
 これは国としては、大変な損失であると思う。私と同様に、中国から招聘された大学の教員が「シンポジウムに関与している人々が、皆、素敵な笑顔で頑張っているので感銘を受けた」と挨拶をしたが、この台湾の人達のパワー、そしてそれを束ねられている組織のパワーは凄いものがあると思う。このパワーは国には集約されていないかもしれないが、しかし、国に人材は育っているという印象を受ける。個々の力もそうだが、コレクティブな力は凄い。この育った優れた人材に対して、日本の若者はどうなのであろうか。最近、世界に出ると、日本のガラパゴス化、駄目さ加減が気になるようになっている。せっかく、優秀な民族として頑張ってきた日本人であるが、それを受け入れる器がぼろぼろなので、それらの人材が全然、育たなくなっているのではないだろうか。ということを考えさせられた今回の台湾行きである。

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外国人向けの日本語教室を開催しているNPOの理事長の話を聞いて、多文化共生こそ日本の延命策ではないかと思う [グローバルな問題]

 豊岡市の外国人向けの日本語教室を開催しているNPOの理事長の話を聞く。 
 豊岡市の人口は85010人。外国人521人。外国人は中国人が多く、次いで韓国人、三番目はフィリピン人である。フィリピン人は配偶者として来る場合が多いようだ。それまではブラジル人が多かったが、リーマン・ショック以降は減り、代わりにベトナム人が増えている。とはいえ、全般的には2009年をピークに減少傾向にある。ベトナム人も配偶者として来る場合が多く、現在ではフィリピン人を抜いて3番目になっている。
 外国人は地域にとって極めて貴重な人材であるとこの理事長は話す。ただ、地域の事情を外国人に押しつけるのではなく、お互いが得ることが多いようなウィン・ウィンの状況をもたらすことが重要であるという。多文化共生とはそういうことだ、ということだが、多文化共生は、人口が縮小していく一方の地域にとっては、ある意味では、唯一と言えるような延命策なのではないだろうか。この理事長の話を聞いて、その思いを強くした。
 日本に来た時は外国人でも、時が経てば徐々に日本人になっていく。そもそも、日本人という定義はそれほど皆が思っているほどしっかりしていない。広く国家という観念を拡張させれば、単一民族国家という考えの偏狭さ、というか窮屈さが分かるであろう。日本という国自体を多文化、他民族化させることで、日本は生き延びることができるし、より発展もするであろう。アメリカやブラジルといった新世界の国々ほどではなくても、その発展のメカニズムを活かしてもいいかとは思う。人口が減少しているのであるから。

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中国人を馬鹿にするなら漢字を使うな [グローバルな問題]

ランチで寿司屋に入る。大衆的な寿司屋なので、昼のワイドショーを流している。私の隣に中高年のおじさんが座っていた。昼からお酒を飲んでいて、ちょっと羨ましい。おそらく地主さんなのであろう。昼のワイドショーでは、中国はこんな面白いことが流行っている、といったニュースを「中国人って変わっているようね」といったニュアンスで紹介していた。それは、変わっているよね、と思わせはするが、馬鹿にするような感じでは紹介してはいなかった。しかし、このおじさんは、しきりにテレビに向かって「なんだ、中国人のアホはどうしょうもないな」とか「こんな馬鹿は死んじまえ」と罵っている。しかし、中国人だから全員がアホということはない。そもそも、そんなに中国人がアホだと思って嫌っているのであるなら、中国人が発明した漢字を使うべきではないだろう。というか、紙も使うのは失礼なのじゃないか。火薬も使えない。三国志などを読んで楽しむ資格もないだろう。寿司は大丈夫かもしれないが、ラーメンやら炒飯やら餃子やシュウマイなどを食べる資格もないだろう。いい気分で言っているのかもしれないが、傍からはあんたこそアホだと思われていることに気づくべきである。

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安保法案が通ったことで、これで日本も米国の属国に相当近づいた [グローバルな問題]

安保法案(安全保障関連法案)が可決した。私はその強行採決のあまりの酷さ、醜悪さには強い嫌悪感を抱く(下記のウェブサイトを参照)し、この法案には反対である。

http://www.dailymotion.com/video/x375y4c

しかし、例えばSEALDsが主張するように「他国に行って他国を守るために戦争をする」ことを回避させるという観点からというよりか、この法案を通すことで、アメリカに対しての貴重な抵抗カードを失ってしまうという観点から、より反対というか強い危機意識を抱いている。

この法案を通しても、自分の都合で戦争はすることは容易ではない。ただ、アメリカ軍が戦略を展開した時に、日本はこの法案を通したことでより協力しやすくなる。いや、より協力することを拒否できなくなる。なぜ、動画のような醜悪な事態を晒してまで強行採決に急いだのか。それは、アメリカ議会で「夏までに」と安倍さんが大見得を切った手前だ。要するに、今回の法案はアメリカのために通したのであって、日本人のことを考えた訳では決してない。

私は、安倍さんほど「売国奴」であった首相は戦後、初めてではないかと思ったりもする。いや「売国奴」といったら安倍さんは怒るかもしれない。というのは、彼が「日本を取り戻す」といった時の主語は、安倍さんであって、まったくもって日本国民ではないからである。私が言う売国奴の国には、日本人が含まれている。アメリカから日本人の命を守っていた楯を使えなくした、という点から私は売国奴といっているが、安倍さんにとっては日本人の命なんて、自分の家族と仲間以外はまったく意味のないものなのであろう。

ただし、よくよく考えなくてはいけないのは、この法案は諸刃の剣であるということだ。というのは、一方で極めて売国奴的な、まさに日本をアメリカに売るような法案であると同時に、そのまったく逆な立場、すなわち極めて愛国的で右翼的な人達には、アメリカからむしろ独立するのに使えるような法案にも見えるからである。日本という国の独立性を極めて損なうことを促す法案であるにも関わらず、それとはまったく異なる独立性を高める法案としての期待も受けている。

ここがこの法案をどのように解釈すべきかが難しいところとなっている。気になるのは、アメリカのマスコミはこの法案に対しては好意的で、あまり批判していないことである。Associated Pressの記事は次のように紹介している。

Japan's military can now defend its allies even when the country isn't under attack - for the first time since the end of the World War II - and work more closely with the U.S. and other nations. Japan will also be able to participate more fully in international peacekeeping, compared to its previous, mostly humanitarian, missions.

注目すべきところは「Work more closely with the U.S.」で、「アメリカとより協働して活動することができる」と基本的にアメリカにとってはプラスであると紹介していることである。より、パートナーとして一体化することを、この法案は「強制」する力を有しているのである。

アメリカというのは、相当やばい国である。特に資本主義が成熟化し、その行く末が混迷化している中、アメリカ自体が人を幸せにすることが困難になっている。そして、その困難を戦争によって、他国から富などを奪うことで、どうにか維持させようと目論んでいるろくでもない国だ。しかも、そのようなろくでもないことをしている癖に、アメリカ人でさえ幸せになれていない。そのような国とは、ある程度、距離を置いて付き合うことこそ正しいし、アメリカの軍事戦略に荷担できない、大変都合のいい言い訳としての憲法9条があったのである。それにも関わらず、その憲法9条を形骸化させるような、このほとんど憲法違反の安保法案を通すということは、安倍さんを始めとして、自民党議員の多くが、日本人のことをまったく守ろうとはしていない人達であることがよく分かる。まあ、西田昌司参議委員議員などは、「そもそも国民に主権があることがおかしい」と述べるくらいだから(http://togetter.com/li/419069)、随分と馬鹿正直に本音を述べている。

この法案を通すことで、日本をある程度、武力国家とさせることで、これまでのアメリカからの軍事的干渉に対しても抵抗できるような、大東亜帝国の再来を夢見ている人は、あまりにもアメリカをなめている(いや、こういうなめている人達が戦前の対米戦争を引き起こしたのでしょうが)としか言いようがない。

この国はあまりにも強大で、とても喧嘩をする相手ではないのだから、せめて喧嘩に一緒にいけない言い訳としての憲法は守るべきだったと思うのだが、まあ、この安保法案を通したことで、その言い訳はもう通用しなくなってしまっただろうな、と思うのである。

つまり、この安保法案に賛成していた右翼系の議員の思い通りには、事は進まないだろうと私は推測している。そのように事は進まないにも関わらず、つまり日本国としての独立性を確保したいがために通したにも関わらず、結果として、より独立性を失うことになると私は推察するのである。これは、何ともいえない皮肉である。

日本がより米国の属国に近づいた歴史的な分岐点になってしまうような日として、9月19日は記憶されるであろう。

残念だが、そのような経緯で成立した安保法案を今後、廃案にするのはアメリカの圧力のもとで、まず不可能である。アメリカはこれをきっかけに、どんどん日本を属国化する戦略を展開していくであろう。沖縄は日本の領土であると多くの人が思っているかもしれないが、今後、ほとんど政治的にはアメリカの領土になるだろう。

まあ、日本は本来的には太平洋戦争で、ほとんど国としては滅ぼされたも同然であった。しかし、何かアメリカは計算間違いをして、日本を平和国家として再生させるというシナリオを描いてくれた。この平和国家というのは、アメリカとしては相当、都合が悪いことになるのだが、対ソ連という構図もあったので、いい格好をしたかったんだろうね。この平和国家は、政府という暴力、そしてアメリカという暴君とから我々、国民を守ってくれることになった。それを、「国民が主権を持っていることがおかしい」という人達が、国民から奪った、というのが実態だろう。

どちらの立場にしろ、安保法案の可決が、我々国民にとってプラスになることは何一つない。しかし、「国民が主権を持っていることがおかしい」という政治家に票を入れる国民は、そのような報いを受けても然るべきであろう。ただ、悔しいのは、この安保法案に賛成している人達は同床異夢であることだ。戦争ができる国を目指したのはいいが、その戦争は、多くの右翼が夢見ていた自国の権益を拡充させることを目的とした戦争ではなく、アメリカのポチとしての戦争になることがほとんどであろう。まあ、アメリカにもいつか、牙を向けてやると思っているのかもしれないが、それは再び、この国を焦土と化す結果をもたらすだけではないだろうか。

前回の選挙で、自民党に政権を託した人々は、こういうことを本当に望んでいたのだろうか?

私は今回の法案を可決したことは、右翼の人達が思っているのとは異なり、日本が大きく失われた日になってしまったと思うのである。よりアメリカに近づいた日である。それは、大変、悲しいことである。

ちなみに私はアメリカで7年間暮らしているし、長女は意図的にアメリカ国籍を持てるようにした。ただ、そのような私でも、日本がアメリカ化することにはとても強い抵抗と悲しみを覚えてしまうのである。多くの日本人はアメリカという国の怖さをあまりにも過小評価しているのではないだろうか。
タグ:安保法案
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リスボンはマドリッドと結ぶ、高速鉄道をつくることに反対した。大阪はこのリスボンの判断を参考にすべきであろう。 [グローバルな問題]

 スペイン国鉄はマドリッドとリスボンを結ぶ高速鉄道の計画を策定したが、リスボンは断った。これは、マドリッドの方がリスボンより「クリティカル・マス」、絶対的な規模が大きいため、ストロー効果でリスボンの活力がマドリッドに吸収されてしまうことを恐れたからである。
 スペインとポルトガルを一体として捉えれば、これは経済的には損失であるが、ポルトガルだけを考えると、この鉄道はプラスよりマイナスの方が大きいのでリスボンの判断はまさに正しいと考えられる。
 これは、ほとんどの地方都市に言えることで、地方都市という枠組みだけで捉えると、大都市と道路や高速鉄道が結ばれると、ほとんどの場合、地方都市はプラスよりマイナスの方が大きい。
 現在、東京が一人勝ちしているのは、ほとんどのネットワークが東京起点になっているからである。大阪が衰退を始めたのは、梅田(大阪)ではなく、新大阪に新幹線の駅を設置し、さらに東海道新幹線と山陽新幹線を直通乗り入れさせ、新大阪駅を通過駅としたためである。なぜ、東京駅では東海道新幹線と東北新幹線(上越新幹線・信越新幹線)を直通運転させないのか。東京駅で乗り換えさせているのか。それは、圧倒的な東京駅のハブ性を維持させたいからであろう。大阪はネットワークのハブ性を、新大阪駅を設置したときから失ってしまった。そうであれば、少なくとも新大阪駅周辺を大阪の拠点として開発すべきであったのに、それをせずにただのホテル街にしてしまった。非常に中途半端な状況を50年間も放置してしまったのである。
 リニア新幹線の停車駅も新大阪になるそうだが、私は大阪のことを考えれば、圧倒的に梅田駅にするべきであろうと思うし、そうでなければ新大阪を大阪の拠点とするような都市構造の改変をするべきであると思うのだ。ただ、現状の大阪駅の広大なる空地というポテンシャルを考えると、既に再開発の計画はできてしまったのかもしれないが、リニア新幹線の駅をそこにもっていくよう国やJR東海と交渉すべきであろう。
 リスボンの判断は、鉄道のネットワーク化は、そのネットワーク内の都市の序列化を促すということを我々に再確認させるし、それを最小限にするためには、そのネットワーク内でのハブ性を高めることが極めて重要であると思われる。ドイツの諸都市は多少、鉄道の運行時間に犠牲があっても、そのようなハブ性を維持するためにターミナル駅を維持しているところが多い(ミュンヘン駅、フランクフルト駅等)。
 日本の諸都市も、ネットワーク化は国全体の経済性を高めることにはなるかもしれないが、地方都市の枠組みではむしろマイナスの方がプラスより多いことに関しては自覚的になるべきだと思われるのだ。



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中東の人たち(カタールとかサウジの人たち)は東アジア人を見下しているのではないか [グローバルな問題]

 コペンハーゲン駅で列車に乗ろうとすると、イスラム教の女性2人組が乳母車を列車に乗っけるのに手伝ってくれ、みたいなことを言う。言葉は分からなかったのだが意味は分かったので、手伝った。ここらへんはドイツとかだと普通の親切である。ただ、この乳母車が異常に重い。なんだ、この重さはと思ったら、子供が2人も乗っていた。ちょっとふざけるな、と思ったが、この女性2人はまったく御礼も何も言わない。世界にはいろいろな文化があるが、こういう時には「ありがとう」というのが万国共通であろう。もちろん、彼女たちの国にも「ありがとう」という言葉はあるはずだ。私は「ありがとうぐらい言えよな」と捨て台詞を吐いたが、それにしても、この状況で御礼を言わないのは不思議である。そこで、ふと思ったのだが、この人たちは、東アジア人(中国人、日本人、韓国人等)をお手伝いさん的な下流国民であると思っているのではないか、ということである。というのはヨーロッパの飛行場での荷物検査とかでも、中東の金持ちの人たちは平気で私を追い抜こうとする。私が文句を言うと、「何を偉そうに」、「何様だと思っているんだ」みたいなことを平気で言ってくる。この人たちは観察していると、ヨーロッパの人たちにはそういうことはしない。
 中東には多くの中国人が出稼ぎのように行って、サービス産業やお手伝いさんなどをしている。そういうことで、我々の東アジアの風貌の人たちを下に見下しているのではないだろうか。いや、私は大きく外しているかもしれない。ただ、日本人は国内では中国人や韓国人などを差別したり、いじめたりして得意になっているが、海外に行くとこういう理不尽な思いもさせられるのである。そういう中で、地球経済は回っている。自分が差別されたくないな、と思ったら人も差別するべきではないと思う。差別をする人は、それだけで品性下劣で人間としてもつまらないことだと思う。そういう下劣な人を社会としては許さない、ということで差別は法律とかでも規制されている国が多いのだ。ヘイト・スピーチを得意になってやっている人はそういうことも理解した方がいい。そのような下劣な考えを持つのは自由かもしれないが、それを発信したり表現したりしたら処罰されるということだ。それは表現の自由とかの問題ではなく、性器を人前でさらしたら罰されるのと似たような問題である。

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全日空での遅延処理のサービスは間違いなく世界一優れていると思う [グローバルな問題]

 全日空で羽田からパリへ向かう。パリからベネツィアへトランジットする予定だったのだが、定刻通りに出発した飛行機は日本海周辺で羽田空港に戻るという。どうも、整備不良があったようだ。羽田空港に着くと、3000円のミール・チケットをもらった。このミール・チケットは厄介である。というのも、羽田空港の出発フロアで3000円も使えるような店は無いに等しいからだ。いや、無ければ使わなければいいだけの話なのだが、せこい私は「うららか」といううどん屋に入って、1000円ぐらいの雄町米の里という純米吟醸の酒とつまみとうどんセットを注文して2990円使いましたよ。ちなみに、この雄町米の里というお酒は相当、美味しかった。さて、その後、ラウンジに戻り、10時40分に出発する飛行機は16時に出発した。ミール・チケットが配られた理由は、食事を解凍してしまったために、機内で食事が出るタイミングが遅くなるため、ということだったが、しっかりと食事も離陸して1時間ぐらいで出てきた。こんなことなら無理してミール・チケットを配らなくてもよかったのに、とラウンジを使える私は思ったりもする。まあ、しかし文句を言うモンスター消費者がいるからな。
 今回はエコノミーのチケットだが、勝手にビジネスにアップグレードしてくれたのでとても快適な旅であった。ぐっすりと寝られて、起きた時は自分がどこにいるか、一瞬分からなかったぐらいである。
 さて、しかし困るのはベネツィアへのトランジット便には絶対的に間に合わないことである。これに関しては、翌日の早朝便を確保してもらった。それは有り難いが、空港で一夜を過ごすのはこの年齢だと流石に疲れる。フライト・アテンダントに伝えるとパリの方で宿を確保してくれるとのこと。これは、有り難い。通常、実はこのような状況では航空会社は宿までサービスすることは義務ではない。したがって、海外だと猛烈に交渉することを強いられる。また、
ブリティッシュ航空とかは、後でホテルの領収書を送れ、といったので後日、送ったがまったく返金してくれないしね。まあ、そういうことも分かっているので安ホテルにこちらも泊まったりするのだが、それにしても本来的に泊まるために予約したホテルはほぼ全額、キャンセル代を請求されるので、こういう時は本当に不愉快になる。それに比して、全日空はホテルまでのバスも確保してくれている。しかも夕食と朝食とまで準備してくれるようだ。また、翌日の空港までもタクシーを準備してくれるようだ。至れり尽くせりのサービスだ。というか、ある意味でサービス過剰である。
 まあ、それはそれで消費者としては有り難いのだが、我々顧客が、その有り難さをしっかりと認識しないと、そのうちサービスは劣悪だけど料金は安い航空会社にやられてしまうことが心配だ。日本航空の二の舞になるかもしれない。

 そもそも、離陸した後、整備不良が見つかったということだが、すでに日本海を越えていたのだから、そのままパリまで飛んでしまうという選択肢もあった筈だ。経営的にはそちらの方がずっと賢明であったろう。今回、羽田に帰還したことの経済的損失を考えると、機長の判断はよっぽどのものがあったと思われる。乗務員も総とっかえしたそうだ。そういう風に考えると、よっぽどの整備不良があったということだが、それはそれで心配だ。まあ、サービスでフォローするのも重要かもしれないが、整備不良が全日空の問題点なのかもしれない。先週も旭川発羽田行きが整備不良で2時間以上遅れていた。とはいえ、整備不良を見逃さずに、安全優先という考え方をする全日空を顧客としては評価したいと思う。ただ、安全優先とか遅延に対するフォローのサービスの優れた質、などを顧客が有り難がらずに、目先の格安航空券に流れると、本当、市場からは駆逐されてしまうので、その点はしっかりと顧客として感謝しないと、と思わずにはいられない。

と書いた後で、どうもエンジンの氷を溶かす機械が壊れたことが判明した。ぐるぐると燃料を浪費していたのは不時着した際に、燃料が炎上しないように空にしていたためだそうだ。ということで、相当、危ない事態であったことが判明。それじゃあ、戻りますね。事故ったら、その方が遙かに経営的には大損失を被るからだ。

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中国人観光客を嫌悪する日本人は、自分達も海外では同じように見られていることを自覚すべきだ [グローバルな問題]

 北海道の夏には結構、多くの中国人観光客が来ている。中国人といっても本土だけではなく、台湾の人たちも多く来てくれているそうだ。そんなに大したところでもないのに、多くが来てくれて本当、地域経済を助けてくれて有り難い限りだな、と別に観光業とはまったく関係ない私でも思ったりする。
 さて、そういうことを阿寒湖畔のお土産屋さんとお話をしたら、どうも皆がそう思っていないことが分かった。中国人の観光客は、ちょっと振る舞いが日本人と違うので嫌だと思っている人が多いそうなのだ。私は、それが地元の観光業の方ではなく、周りの日本人観光客だろう、とその時、勝手に思ったのだが、もしかしたら観光業の方でもそういう感想を抱いているのかもしれない。
 さて、しかし日本人観光客が中国人の振るまいを嫌悪しているのは、随分と了見が狭い話である。なぜなら、日本人の観光客も随分と海外ではご迷惑と顰蹙を買っているからである。特に、私は日本人と海外に行ってレストランに入ると、お願いだからパスタを注文しないで欲しい、と強く願う。というのは、ほとんどの日本人はパスタを啜るからである。私の若い女子学生でも、平気でそばのようにスパゲッティをずずずっと啜って食べるものがいる。テレビ番組でイケメンの俳優でも、そうやって食べていたりするので、これはもう格好悪いとも思われないのであろうが、ヨーロッパでは相当の顰蹙ものである。私もドイツ人の友人やチェコ人の友人からその点を指摘されたことがある。「あの食べ方はヨーロッパでは許されないほど下品」と指摘をされている。
 まあ、あの啜り食べに関しては、実はちょっと知恵のようなものもあって、熱い麺もの、例えばラーメンのような料理は、ああやって食べると舌を火傷させないし、せいろのそばのような料理はあのように食べると、汁が飛び散らないで食べることができる。したがって、それはそれで合理的であると思われる。ドイツのラーメン屋は、スープが熱くないのだが、これはドイツ人が啜って食べられないので、通常、我々日本人が食べるような熱いラーメンだと火傷をしてしまうからで、私はこの点はドイツ人側が愚かであるとは思っている。しかし、スパゲッティを啜って食べる理由はまったくなく、ただ単に下品なだけである。とても言い訳は考えられない。まあ、松本人志であれば考えられるかもしれないが。
 あと問題があるのはスープである。日本人のほとんどがスープを啜る。しかし、スープは啜って食べない。口にスプーンごと含む。これが出来ている日本人はほとんどいない。実は私も意識している。意識しないと啜りそうになってしまうからだ。これも、スパゲッティの啜りほどではないが顰蹙である。
 まあ、観光客だから、現地の作法を知らずに恥をかくこともあるかとも思う。旅の恥はかき捨て、という言葉があるくらいだからだ。したがって、そういう風に我々もある程度、許されて海外旅行をさせてもらっているのだが、こんな大して楽しくもないような日本の観光地に喜んで来てくれる中国人観光客には、ちょっとでもよい思い出を持ってもらうように、我々も少しは地方経済に貢献するような行動を起こしてもいいのではないだろうか。


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ドイツのホテルで100ユーロ出したら、舌打ちされた [グローバルな問題]

ドイツのホテルのフロントでインターネット代を支払うために8ユーロを請求された。手元に細かいお札がなかったのだが、8ユーロでクレジット・カードも何だろうと思い、100ユーロを出したら、あからさまに嫌な顔をされ、細かいのがないのかを聞いてくる。財布をみせてないと言ったら、舌打ちをされながらお釣りを出してきた。ドイツは金を払う時にもこのように不愉快な思いを多くする。レストランでは金を払うために平気で5分ぐらい待たされることがある。もう、担当ではないウェイトレスに20ユーロ(料金は10ユーロぐらい)を無理矢理渡して出て行こうとしたら、嫌、私じゃないから困る、という。といって担当のウェイターは見て見ぬ振りをしているのか、単に意地悪をしているのか分からないが、本当に来ない。これでチップまで払わせられたりするからな。アメリカほど高くなくても。なんでこんな国の方が経済的な競争力を持っているのかがまったく分からない。

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プラハのイタメシ屋でパスタにケチャップをかけるインド人にむかつく(心が狭くてすいません) [グローバルな問題]

 チェコのプラハに来ている。夕食を外食する機会が2日あった。1日目はプラハ出身の友人に連れて行ってもらった。中央駅のそばのNota Beneという店でウサギを食べたのだが、なかなか美味しくて感心した。2日目は一人だったのだが、チェコ版食べログをチェックして、オールドタウン・スクエアのそばのツェレトナー通り沿いのPasta Frescaというパスタ屋に入った。ほうれん草入りのタリアテッレ(フェットゥチーネ)とサラダを注文したのだが、ここも美味しくて、チェコのレストランのレベルの高さを思い知らされている。確実にドイツのレベルを越えていると思う。というか、イタリアでこの2店より今ひとつの店に何回も入ったことがある。ポーランドに行った時も食事のレベルが高いなと思ったのだが、もしかしたら、ここらへんのスラブの人たちの料理文化は相当、高いのかもしれない。
 さて、今日、このブログでは多少、毒ガスを吐きたいと思っている。このPasta Frescaでは隣のインド人の4人家族が座っていた。両親と長女、長男といった構成である。長女はとても聡明な感じで、どうも彼女が一番、英語ができるらしく、すべての注文をしていた。お母さんはずっとiphoneをいじっており、長男はずっとゲームをしていた。それは、どうでもいい。問題はパスタがきたときにケチャップを注文したことである。しっかりとしたトマト・ソースでつくられたパスタにケチャップを注文するのは、レストランに対してあまりにも失礼であろう。しかも、この店は、値段は高くはないかもしれないが、人気店である。長女は「ツアー・ガイドが勧めてくれたの」と嬉しそうにウェイトレスに言っていたが、ケチャップをパスタに入れるようなら、そもそもいい店に来たいなどと考えるべきではないだろう。
 もし娘が小さい時に、まともなイタリア料理屋でケチャップを注文しようとしたら絶対、許さないし、そもそもそういう子供は連れて行くことさえしないであろう。娘ではなく、例えば沢尻エリカのような絶世の美女と万が一、デートをする機会があって、彼女がケチャップを注文しようとしても、私は許さないであろう。
 ケチャップというのは、開拓時のアメリカにおいてトマト・ソースをつくるのが面倒臭すぎるアメリカ男性が考えたものである。トマト・ソースの代替品とはいえ、それは同じものとはいえない。いや、オムライスのようにトマト・ソースよりケチャップの方が合うような場合もなくはない。しかし、しっかりとしたイタメシ屋でトマト・ソースに勝るケチャップなどあり得ないし、それは他国の文化への冒涜でしかない。
 この家族を睨んだら、父親が睨み返してきた。まあ、なんで私が睨んだか。それが分かれば、ケチャップなど注文しないだろう、私が不快を覚えたことは伝わったのではないだろうか。

 私が注文した料理二品の写真をアップします。この写真からも、ケチャップかけないだろう、というのが分かってもらえるかと思います。

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ドイツのカフェに入って、そのサービスの悪さに懐かしさを覚える [グローバルな問題]

フランクフルト空港に着く。これから鉄路でライプチッヒ。しかし、二時間待ち。しょうがないから駅にあるカフェで待つことにした。テイクアウト以外ならテーブルに座ったら給仕するわよ、と言われたのだが1時間経ってもやってこない。サービスする気ゼロだな。流石、ドイツ。このサービスの悪さはちょっと懐かしいけどコーヒー飲みたい。給仕するわよ、と言った25歳くらいの女性は、あたかも私が存在していないかのように無視をしている。なんか、ドイツなんだし、ここで意固地になる必要もないのかな、とも思うが、日本のサービスに慣れている私としては、なんか癪になってきた。ということで、意地でもこちらからは声をかけないで、我慢比べ(というか、自分のコーヒーが飲みたい気持ちとの我慢比べなので、あちらは全然、我慢してない)をすることにした。とはいえ、よくよく考えたら、席代が無料という風にも解釈できる。しかもネットに無料に繋がっているので、仕事も捗る。得しているのか損をしているのか。ただ、流石に1時間15分経ったらコーヒーを飲みたい自分が意固地な自分に勝った。とはいえ、癪なので、近くにあったスターバックスに行って注文した。スタバならネットには無料で繋がるからな。さて、このスターバックスはドイツ人ではなくて東南アジア系の人であったが、全然、サービスがよかった。まあ、あまり人種差別的なことは書きたくはないが、本当、ドイツの人のサービスは悪いよね。こんなサービスが悪くて、一生懸命仕事をしなくても経済は好調だということが本当、不思議。というか、日本人は不毛なサービス競争をして、ただ疲弊してしまっているだけなのかもしれない。消費は快適だが・・・・。

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(あまりにも暇なのでフランクフルト空港駅の写真を撮影しました)
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なでしこの試合の動画ニュースがインターネットでは観られない!? [グローバルな問題]

 なでしこがオーストラリア戦に勝った。ということで、岩渕真奈のシュート・シーンを観たくなりインターネットで検索したが、全然、見当たらない。というか、試合の概要をネットで観ることがどうも出来ないようなのだ。女子サッカーを盛り上げる4年に1度の大チャンスに日本のメディア達は何をしているんだ。見損なった試合は260円のオンデマンドで観られるらしいが、そもそも260円をいちいち徴収しようとするNHKの銭ゲバ根性と、しかも、一日以上前のものしか観られないという対応の悪さに愕然とする。
 日本のスポーツ・メディアはまったくインターネットに対応していないのか。そのような疑問を持って、プロ野球の状況をチェックしたら、プロ野球はダイジェスト版が観られることが分かった。しかし、日頃、NBAの状況をチェックしている私からすると、随分とコンテンツが貧相だ。日本に住んでいても、メジャー・リーグの方がよほど多くの情報が得られる。まあ、私はプロ野球にはそれほど関心はないのだが、どうでもいいのだが、この日本のマスコミのスポーツに関するインターネット・コンテンツが貧弱な状況はどうにかならないか。
 と書いていて、ふと、海外のをチェックすればいいのか、ということに気づいてFOX Sportsをみたら、コンテンツは日本では観られないようにブロックされていた。何なんだ。ブロックするような対応をするなら、日本で観られるようにして欲しい。結局、FIFAのホームページでコンテンツは観ることができた。
 女子サッカーを盛り上げたり、減少する一方のプロ野球ファンを獲得したりするためには、NBAのように充実したコンテンツをどんどんと作成して、発信するべきだと思う。私は、NBAに関しては、全試合をインターネットで観られるための有料番組を購入しているが、そのコストに見合うだけのコンテンツを楽しめている。私はNBAに関心があるが、他のスポーツでもアメリカは充実したコンテンツを作成している。これが、スポーツ市場を大きく広めている要因であって、私も、このようなコンテンツ・サービスがなければここまでNBAをフォローしていないと思う。
 インターネットという画期的な、産業革命にも匹敵するようなシステムが普及しているにもかかわらず、日本だけが日本語という壁に守られて、NHKを始めとしたマスコミは既得権益の確保に執心している。その結果、日本のスポーツではなく、主にアメリカのプロスポーツに人々の関心がシフトし、日本のスポーツ市場は縮小していくのだ。というか、オリンピックをその是非はともかく、開催するのであるから、この点をしっかりとしないと、オリンピックでさえ、海外のメディアに日本の視聴者が奪われるような事態になってしまうのではないか。少なくとも、私はオリンピック情報をESPNとかをチェックするような気がする。まあ、日本で観ることをブロックするという姑息な手段でNHK等は対抗しそうだが。
 現によく考えれば、私は、ほとんど海外のメディアばかりを観ている。例えば、今回の女子ワールドカップの解説なども、日本のマスコミに比べてESPNやフォックス・スポーツは優れている。
 ただ、日本がもうちょっとしっかりとスポーツ・コンテンツを作成したら、私のような人間の関心もそっちに向かうと思うのだ。少なくとも、女子ワールドカップのコンテンツ(例えば、試合のダイジェスト版で構わない)がつくられたら、もっとなでしこへの興味も高まると思うのである。本当、しっかりして欲しい。というか、私がつくりたいぐらいの気持ちだ。

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羽田空港の国際ターミナルでのタクシー乗り場での日本人の態度の悪さは、とてもオリンピックをやれるような国民でないことを外国人に知らしめている [グローバルな問題]

羽田空港に朝の5時前に到着。タクシー乗り場で向かう。3組の外国人が私の前で待っている。タクシーにどうやって乗っていいか、ちょっと迷っていると、それを横目に日本人が平気で割り込んでタクシーに乗っていく。私は決して性格はよくない方だと思うが、さすがにそこまで恥知らずのことはできないので、前に並んでいた外国人に行き先を聞いて、東京方面のタクシーに連れて行き、この車に乗れ、と指示を出した。すると、私の脇を抜けて、後ろの日本人がタクシーに乗ろうとする。ふざけるなよな。流石に「並んでいるんですけど」と言ったら乗るのを止めたが、外国人で右も左も分からないのをいいことに、平気で列をすっ飛ばしてタクシーに乗るというのはあまりにも身勝手で下品ではないだろうか。オリンピックを開催したり、「おもてなし」の観光キャンペーンをする前に、国際人としての躾をもっとした方がいいのではないだろうか。しかし、この平気で列をスキップしている日本人達は、国際線に乗っているぐらいだから、それでも外国人の日本での立場とか、公共交通手段を使うのに困っていることぐらいは分かると思うのだが。私は、自分が外国の空港ターミナルでタクシーを待っている時、横入りを現地の人に平気でされたら、相当、その国のイメージが悪くなると思うのだ。場合によっては、いつか仕返しをしてやろうぐらいの気持ちになるかもしれない。自分がやられたら嫌なことは、他人にもしない。国際社会で生きていくうえでの基本中の基本の作法である。

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日本で働いていても、交渉になると英語を使う外国人は卑怯だと思う [グローバルな問題]

大学12年目で初めて、横浜校舎で講義。横浜校舎の教員ラウンジを使うのも始めて。さて、印刷をするのにコンピューターを使っていて、ちょっとトイレに行って戻ってきたら外国人の先生が使っている。隣のコンピューターが空いているのに!私が日本語で「すいませんが使っているんですけど」と言うと、英語で「I am extremely in rush」とか言ってきた。私は、こういう交渉事になると突然、英語を使うアメリカ人?の卑怯な対応にぶち切れて(だって日本の大学で教えていて日本語がしゃべれないことはあり得ないでしょう)、英語でまくしたてました。おそらく、彼女はこういう状況下だと英語をしゃべると日本人は卑屈になるという先入観があるんだろうな。勝手に利用中のコンピューターを使っているということよりも、英語をしゃべれば私が怯むだろうという、その姑息な考えに久し振りに怒りが爆発しました。

アメリカで問題があった時、交渉時に日本語しゃべる人はいないでしょう。楽天とか社用語を英語にしている企業とかがあるけど、語学は力ですからね。英語でコミュニケーションさせられるということは、バスケの選手なのに野球で勝負させられるような不利な状況に追い込まれるわけですよ。私は10年ぐらい海外で生活した代償として、英語で多少はしゃべられるけど、それでも語学でいろいろと不利な目に遭わせられているなと思うことが多いです。逆にいうと、このアメリカ人と覚しき先生は、交渉事で英語を使っていろいろと日本で得をしてきたと思うのです。だって、私は日本語でしゃべっているのに英語で返事をしたんですからね。本当に失礼な話だ。

しかし、流石に私の剣幕に驚いたのと、自分に明らかに非がある(隣のコンピューターが空いているのに、私が使っている方がちょっと速いというだけで、私の方を使おうとした)ということに後ろめたさがあったのか、謝罪をしましたが。しかし、私はコンピューターを使ったというのではなく、こういう交渉事に自分が有利な言語でしようとする、そういうふざけた態度に怒ったのですが、これは通じたかどうかは分からない。
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安倍政権の意に沿わないマスコミ潰しが進んでいるが、海外メディアはなかなか潰すのは難しい [グローバルな問題]

安倍政権に対して批判的なマスコミを、安倍政権は形振り構わず、潰しにかかっている。昨年11月にはテレビ朝日「報道ステーション」のプロデューサーに放送内容を批判する文書を出していた。17日(今日)に開く情報通信戦略調査会の会合にテレビ朝日とNHKの幹部を呼び出すそうである。「言論の自由」をここまで軽視する人を総理に担ぐ日本人。さすが、第二次世界大戦のような馬鹿な戦争を始めた国のDNAを引き継いでいるだけあるアホさ加減さだ。

それはともかくとして、国内のマスコミ批判はどうにか封じることができても、なかなかそうはいかないのが、海外メディアである。日本外国特派員脅威会の機関誌「Number1 Shinbun」にドイツ人の特派員が、安倍政権の歴史観を批判した記事に対しての日本政府の反応を記事にまとめた。この記事を発表してから、フランクフルト総領事がこのドイツ人記者が働く新聞社へ抗議文を手渡し、この特派員は「中国ビザを取るために中国に好ましい記事を書いていたのでは」という妄想的な憶測まで伝えたそうである。

またアメリカのワシントン・ポストによれば、日本の外務省は外国特派員らに対して、政府に批判的な識者については「信用できない」と触れ回っているそうである。外務省は「政権に批判的な識者」として中野晃一上智大学教授は「知り合いの特派員が外務省職員から『中野は信用できない』と聞いたそうだ」と述べている(東京新聞2015.4.14)。私は、別にそのように「信用できない」という自分の噂は聞いていないのだが、そもそも誰にも「信用されていない」ので問題はないのだろうが、それにしても、こういうことは滅茶苦茶マイナスなやり方である。このようなことをしていると、どんどん海外における日本政府の信用が損なわれていくであろう。

そもそも、安倍政権がしようとしていることは、民主主義の否定である。アメリカから与えられた民主主義ということもあり、フランス人やアメリカ人のように自国民が民主主義を奪い取っていないためか、日本人は第二次世界大戦であれだけ、他国もそうだが自分達の人権も蹂躙されたにも関わらず、未だその有り難さ、大切さが分かっていないように思われる。まあ、そうでもないと自民党に票を入れようとは思わないからな。それはともかく、民主主義を否定する国はアメリカやヨーロッパの諸国からは「人類の敵」として認識される。政府はともかくとして、人そしてマスコミにとってはそうだ。IS(イスラム国)だって、政府や企業は石油とか本来的には「民主主義の敵だからやっつけてやろう」という意図とは違う裏の意図があるかもしれないが、その政策を国民に支持させるためには「民主主義ではない国から、人々をとりもどす」という目標を掲げなくてはならないからだ。そういう意味で、日本の政府が他のマスコミにいちゃもんをつければつけるほど、日本が国際的に孤立していくであろう。それって、第二次世界大戦の前と同じ状況ではないか。しかし、前回はアメリカなどの経済的包囲網に「切れた」ということもあるが、現在は自爆の道を勝手に突き進んでいる印象を受ける。こんな政府が、グローバル人材の育成などと言っているのは悪い冗談だ。

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曽野綾子の産経新聞での差別発言は、欧米であれば社会的に100%抹殺される自爆発言だ [グローバルな問題]

右翼作家である曽野綾子の発言が物議を醸していることは知っていたが、その中身は知らなかった。ちょっと気になって調べたら、私の想像を越えた差別発言であることを知って驚愕した。

それは2月11日の産経新聞のコラムであった。
「もう20〜30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった。」

さらに、「南アフリカでアパルトヘイト(人種隔離政策)の撤廃後、白人専用だったマンションに黒人家族が一族を呼び寄せたため、水が足りなくなり共同生活が破綻し、白人が逃げ出したという例を出し、「人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい」」と締めくくっている。

このような発言を欧米ですれば、まず社会的には100%抹殺される自爆発言である。私は、曽野綾子のような考えを一ミリも持っていないが、持っていたとしても絶対、公に言わない。完全な言い逃れのできない「人種差別者(Racist)」として社会的に抹殺されるからである。右翼発言は許容されるが、人種差別発言は許されない。そもそも、50年前ならいざしらず、現代において白人、アジア人、黒人と人類を分類できると考える遺物のような思考回路に愕然とする。例えば、私が関心を抱いているアメリカのプロ・バスケットボールの選手の多くは混血である。アメリカのプロ・ゴルフ選手のタイガー・ウッズは母親がタイ人、父親はアフリカ系アメリカ人であるが、彼はどちらに住んだらいいのだろうか。

そもそも、「白人専用だったマンションに黒人家族が一族を呼び寄せたため、水が足りなくなり共同生活が破綻し・・・」というのは、論理的でもない。黒人の方が白人より水を多く使うのであろうか。アメリカでもこのような事例は多く指摘されているが、多くは地上げをしたい不動産業者が、そこに以前から住んでいた白人を追い出して土地を安く取得するためというケースが多い(ここらへんは文献等に多く紹介されている)。また、上記の場合は、黒人より先にユダヤ人が入って、白人を郊外に追い出したというケースも多くみられた。あたかも、黒人を嫌って白人が逃げた、という書き方をしているが、別に当時の白人が嫌ったのは黒人だけでなく、同じ白人のユダヤ人やアジア人も含まれている。しかし、このような話も50年以上も前の話だ。確かに今でも人種差別的意識を持っている人がいないわけではない。そのような人が、自分と似た属性の人(この場合は、むしろ肌の色の違いよりかは収入であったりするが)と住みたがる傾向があるのは確かだ。金持ちが世田谷区の岡本とかに住みたがっても足立区の北綾瀬に住みたがらないようなものだ。これは、収入はまだ分かるが、肌の色は昔と違って、そのような人達を嫌った回避行動を取ろうとしても、取ることが難しいほど、現実社会は人種の混交が進んでいるからだ。

曽野綾子のこの発言は、そのような現実社会を的確に捉えていない一昔前の愚かなる考えを相変わらず引きずっていて、恥ずかしいが、それだけでなく、このように差別的な思考を本人が持っていることを露呈したことで、人間としても最低であることを我々に知らしめた。

私は高校時代、曽野綾子の「太郎物語」などを喜んで読んでいたりしたが、こんな人であったこと、そして、そんな恥ずかしい考えを平気で晒せる愚かで情がない人と知って、本当に悲しいし、腹立たしい気分にさせられた。

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日本の文房具が世界最高水準であることを日本人はあまり知っていないのではないか、ということを成田空港で考える [グローバルな問題]

 成田空港で文房具というかペンを買おうと、成田空港にある文房具店に入った。基本的に購入したかったものはサクラクレパスのPIGMAであった。結構、お洒落な文房具店だったので、これは置いてあるかなと期待していたら置いてなかった。というか、ここに置いてある文房具はドイツのステッドラーとかアメリカのBicとか、外来品ばかりであった。私は、この文房具屋の品揃えにとても驚いた。というのは、日本はいろいろと良質な商品を世に送り出しているが、文房具はその中でも傑出して優れているからだ。というか、間違いなくコスト・パフォーマンスを配慮に入れれば、世界一であろう。
 私は小学校四年生の時、アメリカの小学校に通ったのだが、多くのカルチャーショックの中でもCrayolaというクレヨンのあまりの品質の悪さには強烈なショックを覚えている。サクラ・クレヨンがとても懐かしかった。同じことは、消しゴムでもいえる。三菱鉛筆のMonoの消しゴムに比べれば、アメリカの消しゴムは糞である。同様のことはBicのボールペンでもいえる。というか、文房具に関しては1970年代時点でも日本はアメリカよりはるかに進んでいた。その後、大学院で再びアメリカで暮らすことになったが、私はランドスケープ・デザインというデザインの学科に所属していたので文房具は商売道具であった。この時点でも、日本の商品はダントツに優れていて、多くの学生の憧れでもあった。マーカーなどは、圧倒的にサクラクレパスのピグマが優れていたし、製図ペンも日本のものがコスパではダントツに優れていた。というか、ぺんてるのサインペンのように安くて優れたサインペンが世界中、どこにあるのか。現地の大手文房具店では、日本の文房具が宝物のようにディスプレイされて、日本よりずっと高い価格で販売されたりしていた。文房具店の大手であるイトー屋がサンフランシスコに支店を持っているのは、そこに需要があるからだろう。
 その後、ドイツで一年ほど暮らして、安いという理由でステッドラーの製品をよく使った。ステッドラーはアメリカの文房具に比べるとはるかに優れていて、私も嫌いでは決してないが、日本では買おうとは全然、思わない。ドイツで買ったのは、そちらの方が日本製品より単に安いという龍だけからだ。
 アジアの建築関係者やランドスケープ関係者が東京を訪れると、イトー屋などの文房具店に行きたがる。ブラジルのランドスケープ関係者も、どこに行きたいですか、と尋ねると文房具店と言った。それだけ、日本の文房具やブランドなのだ。
 もちろん、すべてが日本の方が優れているとは思わない、色鉛筆に関しては、スイスのカラン・ダッシュが私は個人的には一番好きである。
 さて、話を成田空港の文房具店に戻す。こんなにも世界中から憧れの品と思われている日本の文房具をなぜ、成田空港で販売しないのだ。文房具店がないならまだ分かるが、わざわざ成田空港でテナントを出して、しかもそこで海外の文房具を販売するとは何を考えているのだろうか。まず、成田空港に来る多くの海外の人々を顧客として捉えていないことは確かであろう。そして、今回はそのような理由ではないが、私はたまに日本の優れた文房具を海外への人のお土産に買うが、そのようなニーズにもまったく答えてない。また、成田空港にいる人は、ほとんどが海外に行くのだから、例えばステッドラーが好きな人はドイツで買うだろう。というか、銀座とか渋谷とかで営業しているなら分かるが、この成田空港で買うというのは一体どういうマーケティングをしようとしているのだろうか。摩訶不思議である。

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インフレは怖いということをブラジルで実感する [グローバルな問題]

 日本の経済政策はデフレ退治に一生懸命である。ただし、本当に一般市民が怖れるべきなのはインフレである。インフレは経済が成長するときに起きる。しかし、実質的な経済の成長を上回るインフレが起きた時、経済は崩壊の危機にさらされる。インフレは暴走するのだ。そして、まさにブラジルでそれが起きているのではないかと実感する。
 ブラジルは1997年頃から頻繁に訪れている。ほぼ毎年ぐらいのペースだ。1997年に訪れた時は物価の安さに喜んだ。この物価の安さは2006年ぐらいまでは続く。それが、特にここ数年で急激に増加している。
 インフレが起きる場合はどういう時か。通貨に比べてモノが少ない場合である。モノが少ない場合はどのような状況の時に生じるのか。それは、人口が増加するなどしてモノの需要が増えた時、というか需要と供給の関係性においてモノ不足が生じたときに起きる。一方で、勝手に通貨の供給を増やしても、通貨に対してモノが相対的に不足するのでインフレは起きる。しかし、その通貨で外貨を買ってしまえば、円の供給量は増えないのでインフレは起きない。とはいえ、円安にはなる。
 ブラジルではインフレが生じているので、レアル安が進んでいる。日本は輸出型経済なので円安のメリットを企業は受けることができるが、ブラジルはどうなのか。コーヒーなどは安くなると、国際競争力は強くなるが、ブラジルのコーヒーはほとんどアメリカ企業に牛耳られているので、別にブラジルの経済に恩恵をもたらすことはないであろう。また、ブラジルは資本主義とは言えないのほど公共事業体の規模が大きい。つまり、公務員が多いのだ。したがって、物価が上がっても、即、それが給料の上昇にはつながらない。小学校教員だけでなく、大学事務職員、大学教員、さらには警察官までストライキをする背景には、インフレに対応できていない給与体系への不満がある。
 このように考えると、インフレは怖い。というか、今、ブラジルで起きていることはスタグフレーションのような印象を受ける。ここらへんはあくまでも印象論ではある。ショッピング・センターには客が多くいるので、それなりに物価が高くても消費需要はあるのかなと思ったりもするが、知り合いのブラジル人は外食の回数は大幅に減ったという。
 日本は人口が縮小するという、そもそも国内マーケットが縮小している局面にある。これは、インフレが生じる人口増加とまさに逆のトレンドにある。そのような時に、政策的にインフレに向かうことは恐ろしく危険なのではないだろうか。しかも、インフレ対策として公共事業に手をつけているが、それらの資金は次世代から借りている。そうでなくても、我々国民に莫大な借金を背負わせておき、人口減少トレンドで、さらに借金を増やすことを疑問視しない人がいることが恐ろしい。世界的にも日本は特殊な状況にある。
 一般の人はデフレで損をすることはない。デフレで損をするのは、借金を持っている人や、輸出企業のオーナーぐらいだ。一般庶民はデフレで損をすることはほとんどない。経済が成長しないと大変だ、と指摘する人が多いが、株をもっていなければ経済が成長しなくても痛くもかゆくもない。本当に痛いのは、インフレで物価高になって、欲しいものが買えなくなるような事態が生じた時だ。そもそも、ユニクロやすき家、ドトール・コーヒーといったデフレ型リテイルがこれだけ跋扈していることが、デフレから脱却できない大きな理由だ。物欲はほとんど臨界点に達しており、もう値段を安くするしか需要を喚起できないほど市場は飽和している。これが経済が成長できない、すなわちインフレが進まない最大の理由であり、それは実はほぼユートピア的状況にあるのではないだろうか。日本は消費者天国なのだ。
 ブラジルは日本の消費環境に比べると、おそろしく未発達であり、まだまだ市場は未飽和である。経済が成長する余地は十二分にあるし、人口も増加している。日本と違って、ブラジルで消費者の立場にたつと、多くの不満を持つ。日本とは大違いだ。しかし、それでも現在の7〜8%のインフレは、実体経済を反映していない気がする。そして、それは、ブラジル国民の生活経済の破壊をもたらすのではないだろうか。デフレの日本では経済問題という言葉がまったくピンとこなかったが、ここブラジルでは怖いほど感じてしまう。インフレの国にいることの、将来がみえない恐怖は、アベノミクスにも近い将来においては通じるのではないかとも思ったりする。

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ブラジルの経済は相当、危ないかもしれない [グローバルな問題]

 ブラジルのクリチバに来ている。昨年の9月にも来たので、5ヶ月ぶり。しかし、この5ヶ月でもバスは2.80レアルから3.30レアルまで上昇。私が初めて来た時は、1レアルでお釣りがきていたと思う。つい最近でも1.50レアル前後だった。いつも行くショッピング・エスタシオンの量り売りのビュッフェ。6レアルぐらいのイメージを持っていて、最近は高いな、と思っていたけど今回は23レアル。もう既に日本より物価が高くなってしまっている。教員や公務員のストライキが頻繁に起きているけど、こんなインフレだと死活問題だ。物価上昇率は5%と予測されていたが既に7%を越えている。デフレは経済を停滞させるかもしれないけど、経済を本当に破滅させるのはインフレだな、ということが分かる。
 しかも世界的に原油安であるのに、ブラジルだけ石油の値段も上がった。これは、どうもブラジルは中東から石油を輸入していないためらしい。ブラジルの石油の産出が増えていないので、しょうがないかもしれないが、これだけ厳しい状況下での保護貿易の意味を考えさせられる。そして、エネルギーと水が不足している。特にエネルギー不足は深刻らしい。まあ、ブラジルの場合は、水力発電が主流なので水不足とエネルギー不足は連動しているのだが。
 ブラジルの経済、どうなるんだろう。私はブラジル銀行に口座を開設して、レアル貯金でもしようかと暢気に考えていたのだが、こちらで実態を知ると、なかなか投資をするような環境でもないなということに気づかされた。

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安倍首相の「日本はテロに屈することは決してない」発言に違和感を覚える [グローバルな問題]

 中東の過激派「イスラム国」を名乗る組織が後藤健二さんを殺害したとする画像をインターネット上に配信した。大変、惨たらしいことで、ご家族の悲しみを考えると、心が痛むし、慰めの言葉も見つからない。
 そして、それから一夜明けた2日午前、政府・与党は首相官邸で緊急の連絡会議を開いたそうだ。そこで、安倍晋三首相は「日本はテロに屈することは決してない。今後、政府・与党の総力をあげて日本人の安全を確保する」と表明するとした。
 この安倍首相の発言に私は、違和感を覚えた。まず、「日本は」と始まっているが、日本とは何なのだろうか。せめて「私」は、もしくは「日本国首相の私は」と言って欲しかった。喧嘩を売られても、のらりくらりと交わせばいいのだ。そもそも、今回の事件は、人質が取られているにもかかわらず、相手を刺激するような発言を現場意識もなく、発した安倍首相が引き金になっている。相手に突っ込ませる余地をなくす方が賢明なのに、わざわざ喧嘩を買うようなことを再び言って、何を得ようとしているのか。本当、自民党のぼんぼん二世政治家は、プライドばかり高くて困る。そんなプライド、犬も食わないだろうに、我々、国民は食べさせられている。元気が出ないわけだ。
 さらに「日本人の安全を確保する」と言っているが、テロ相手にそんなことが出来る訳がない。無駄に税金を使うだけだ。そもそも、日本人の安全を確保するなどとこの期に及んでいうのは、後藤さんと湯川さんをみすみす殺されてから言う言葉ではないだろう。私が、この被害者の家族であったら、その言葉を聞いたら憤怒するであろう。
 そもそも、このような事態を招いてしまったのはアメリカのグローバル戦略である。ブッシュ・ジュニア政権が、お父さんの敵とばかり、サダム・フセインを死刑にしてしまい、混乱をその地に招き、多くの無実の現地人を殺害したことが、イスラム国などという馬鹿げたグループを強力にしてしまったのだ。そのアメリカの言い分だけ聞いて、安易に尻馬に乗っかった安倍首相の責任は本当に重い。その結果、グローバル・チンピラを挑発し、このような状況に日本人をおいてしまったことを、真剣に反省してもらいたい。私としては、首相を辞任するぐらいの責任だと思っているのだが、そうは思わないのだろうなあ。しかし、この感性の無さが、テロリスト達が敵視する格好なターゲットとなっているような気がする。生まれてから50年以上経つが、日本人であることでこんなアンハッピーな気分にさせられたのは初めてである。悔しい気持ちでいっぱいだ。

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