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コルコバードを訪れた [地球探訪記]

 リオデジャネイロは人口600万人以上を擁し、大都市圏では1230万人が生活するメガロポリスである。しかし、都心部に隣接するようにイパネマ海岸やコパカバーナ・ビーチが広がり、高層ビルの背景にポン・ヂ・アスーカルやコルコバードの丘などを含む片麻岩の山塊は、ここが600万人以上も抱える器を備えているようにはとても思えない。まるで、ハワイのホノルルとかオーストラリアのケアンズのようなリゾート地のような佇まいである。そのような豊かな自然環境を代表するのがコロコバードの丘を含むチジュカ国立公園であろう。世界遺産にも指定されている。
 それは都心部に隣接して、都市に周辺を囲まれているにも関わらず、豊かな自然を維持している。そして、この公園の凄いところはコルコバードの丘というキリストの巨大な像を鎮座する素晴らしい展望台を有していることである。ランドマークとして優れているだけでなく、そこからの展望は、都市が偉大な人類の創造物であるということを強烈に観る者に印象づける。リオデジャネイロという驚くほどの官能的な都市の最大の観光地であると言っても過言ではないだろう。
 さて、しかし、このコルコバードに訪れるのは結構、大変である。前回、といっても15年以上前に訪れた時は仕事できたこともあって訪れそびれた。今回は2泊3日というきつきつのスケジュールであり、最終日の午前中しか自由時間はなかったが、その間にコルコバードに行こうと考えた。
 コルコバードに行く交通手段は大きく3つあると思われる。登山電車、マイクロバス、徒歩である。タクシーでも行けるかと思ったが断られて、マイクロバスに乗れと言われた。マイクロバスは幸いにも、私のホテルのそばにあるフラミンゴ地区のラーゴ・ド・マシャドの地下鉄駅前の広場から発着する。取りあえずチケット売り場はすぐ見つかった。券売人は「セブン、ワン」と言ったので、てっきり7レアル10セントかと思ったら、なんと71レアルであった。随分と高いな、と思ったが、後でこれはコルコバードの丘の上まで行く入園料も含まれていることを知る。さて、このマイクロバスは丘の頂上までではなく、中間地まで運んでくれる。ここで、どうもコパカバーナ発着のバスと合流しているようだ。そして、また丘行きのバスに乗り換えて行く。所要時間は乗り換え時間も含めてほぼ40分ぐらいか。9時にラーゴ・ド・マシャドの地下鉄駅を出たので、比較的早かったと思うのだが、既に、丘は大勢の人で溢れていた。立錐の余地がないとは言わないが、突端のポン・ヂ・アスーカルとリオの市街地が広がる展望台は、もう前進することが難しいくらいの人混みであった。とはいえ、ここに来たら、ここで写真を撮影しなくてはならない。何のために盗難覚悟で一眼レフを持ち歩いているのだ。ということで、頑張って待って撮影する。ただ、光の都合で、ここからの写真は午後に撮影した方がいいものが撮れると思われる。一方でキリストの像はこの時間だと順光でしっかりと撮影できる。これは高さ40メートル、手を広げた幅30メートルという巨大な像で、その立地からして、リオデジャネイロのまさに守護神のようだ。その割には、リオデジャネイロ、あまりにも課題が多くて、守られていないような気がしないでもない。というか、この像のせいで、リオ市民が皆、神頼み的になってしまっているので上手くいかないのかもしれない。
 そのまま帰りもマイクロバスで途中駅まで行き、ラーゴ・ド・マシャドのマイクロバスに乗り換える。これは、タイミングが悪かったのか出発に20分ぐらい待たされた。しかし、駅には11時頃に着いたので、ちょっと駆け足ではあったが2時間でフラミンゴ地区からは往復することができた。

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(コルコバードからの素晴らしい絶景)

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(リオの守護神とも思われるキリスト像)
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リオでUBERの運転手を雇ったら大正解であった。 [地球探訪記]

 リオで移動するのに公共交通を使うことはあまりにも難しい。地下鉄やライトレールならばどうにか対応できるかもしれないが、バスだと時間はまったく読めないし、そもそもバスをうまく使うのは東京でも難しいのに、リオだとほとんど不可能である。当然、タクシーが候補になるのだが、これもいちいち拾ったりするのは大変だし、ポルトガル語で交渉するのも難儀だ。ということで、一日自動車を運転手付きで借りることを考えた。以前、ブラジルに住んでいた知り合いに相談をして、何人か日本人を紹介してもらい、メイルで連絡を取ったら次のような回答が戻ってきた。
「車の会社に問い合わせた所9時から17時までですと、乗用車でUS$270との事です。今ガイド料が9時からですと17時まででUS$250しますので車だけでもちょっと無理だとの事です。今リオデジャネイロは物がニューヨークや東京よりも物価は高いのです。日本でも8時間車をチャーターしてもUS$100 では済まないのじゃないでしょうか?」
 US100ドルというのは、こちらが提示した額で、これまでブラジル人に仕事を依頼した経験や、現地の人に事前に相談して決めたのだが、なんか一昨日おいで的な返答である。
 とはいえ、ガイドに一日で520ドルというのは自動車付きでもあり得ないでしょう。しょうがないので、ブラジル人の知人にお願いしてUBERをお願いする。US100ドルで9時から17時まで。うまく探してもらい、ホテルに9時に来てもらうことにする。
 ジュバンという名前のこの運転手はムラートで、30代中頃と思しき筋肉マンであった。9時ということだったが、10分ぐらい前にはホテル前に待機してくれたおかげで、10時15分に市役所の取材が入っていたのだが、9時20分頃に着いてしまった。ある意味、ラッキーだったので、周辺の官庁街の様子を撮影した。取材をした後は、市役所の担当者がオリンピック跡地を案内してくれるということで、彼の運転で回ってもらった。お昼後は、担当者は市役所に戻ったが、郊外にあるオリンピック競技場や、メイン会場にまで行ってもらった。
 そしてオリンピック競技場では、ここは治安が悪いからと言って撮影に同行してくれた。さらに、ここは鞄を持っている人がいると、狙う奴がいるからなどと確信的に言う。その地区はファベラなどではなく、しっかりとつくられた家々だったので、また殺気も感じなかったので、私はちょっと大袈裟なんじゃないかと思ったが、彼は「僕は16年、警官をやっているので、この地区のことはよく知っている。犯罪が多い地区だ」というようなことを言った(私のポルトガル語は相当、適当です)。「え!元警察官」。なんと、私は元警察官の運転でいろいろとリオを回っていたのである。なんという幸運。これでUS100ドルというのは本当に安くて有り難い。帰りは凄い渋滞で約束の時間を1時間以上もオーバーしたので50レアル余計に払ったら、凄く嬉しそうであった。
 そこで翌日のホテルからガリオン空港までもお願いしたら快諾してくれた。リオデジャネイロのような治安の悪い都市で、観光地ではないような開発地区を視察するためには、信頼できる運転手がとても重要である。英語がほとんど分からなかったのが難であったが、現在はiphoneで相当、会話ができる。間違えても520ドルを日本人観光ガイドに支払わなくて本当によかった。また、是非ともリオを再訪したいという気持ちになっている。

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コルドバのメスキータを訪れる [地球探訪記]

 コルドバのメスキータを訪れた。1984年に世界遺産に指定された785年にイスラム教の寺院として建設され、その後、13世紀にレコンキスタによってイスラム教徒が駆逐されるとカトリック教会堂として転用されたという、折衷建設である。
 メスキータは大きく、イスラム教寺院の「塔」であるアミナール、そしてオレンジの木が植えられた中庭、そして「礼拝の間」から構成されるのだが、圧巻なのは「礼拝の間」であろう。「礼拝の間」の規模は175メートル×135メートルの約2.24ヘクタール。そこには何と850本の柱が定間隔に並んでいる。入り口付近は特に光があまり入らず、薄暗いので、そこにいると、まるで森の中にいるような気分になる。
 この広大なる屋内空間は、しかしつくられた時代によって随分と様相が異なる。そもそも、最初はモスクとしてつくられていたのに、途中から大聖堂になってしまったので、イスラム教とキリスト教のデザイン・コンセプトが折衷されているので、ある意味では、ご飯にマヨネーズをかけたような違和感さえ覚えてしまう。コンセプトがしっかりとしていない幕の内弁当みたいな感じである。
 入り口から出口に向けて、建物が拡張していった経緯ごとに、スタイルや意匠、さらには採光による明るさまでもが変化していく。したがって、歩いていると徐々に空間が変化をしていくのを感じることになる。具体的には入り口から出口に移動すると、古い→新しい、イスラム教(モスク)→キリスト教(大聖堂)、暗い→明るい、オーセンティック(石とレンガが交互に貼り付けられている)→偽(レンガはペンキで塗られる)といった感じで変移する。私は個人的には入った直後の、薄暗くて、古めかしいモスク的な空間が最もオーセンティックに感じられ、気に入った。逆に、大聖堂の空間は、モスクに接ぎ木したような建築空間であり、どうも好きになれない。大聖堂はやはり大聖堂としてつくられた建築の方が迫力もあるし、また、同じモスクから大聖堂に転じたセビージャのものの方が、モスクとしての名残をそれほど残していないので返ってしっくりくる。
 とはいえ、この柱とアーチの連続性がつくりだす異様な空間は、まさに体験するのに値する。二つの文化が交わることが、必ずしも相乗的な効果をもたらしたとはいえないような印象を受けたが、宗教が異なるにもかかわらず、その価値をしっかりと認識し、モスクの形態を維持し、それを活かしてキリスト教の空間作りをしたという点は、神仏混淆をした日本などとも通じる寛容性かとも思われる。キリスト教もイスラム教も一神教であるが、そういう点はプラクティカルで私には好感が持てた。この空間にいると、今、中東で起きている宗教対立、またはトランプが主張しているムスリム教はアメリカから出てけ!といった発言がいかに偏狭なものであるかが理解できる気がする。

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(中庭とバックにはアミナール)

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(ライトアップされたアミナール)

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(最も古いパート。コンクリートとレンガを交互に置くことで、空間に特別な味わいをもたらしている)

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(最も古いパートは屋根も木でつくられており、キリスト教の教会堂と比べると質素で落ち着いた雰囲気)

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(教会堂の屋根は随分と派手で仰々しい)

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(新しいパートは、レンガ部分もペンキで塗られていたりして、神聖なる空間をつくろうとする意気がそれほど感じられなくなる)
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メキシコに驚くほどの高峰があることを飛行機から見て知る [地球探訪記]

 メキシコ・シティからハバナまで飛行機に乗ると、航路の南側に8月下旬であるにも関わらず雪に被われたとてつもない高峰が見えた。最初は山のような形状をした雲なのかと思っていたが、飛行機が近づくにつれ、間違いなく雪を被った山であることが分かった。それも富士山のような単独峰であり、凄まじい存在感を放っている。メキシコにこんな高い山があるとは恥ずかしながら知らなかった。
 ハバナに着いてネットで検索すると、それはオリサバ山であることを知る。標高は5636メートルという高さである。原住民は「雲に達した地面」と呼んでいたらしい。メキシコの最高峰であり、北アメリカでもマッキンリー山とローガン山に次ぐそうだから、大した山である。キリマンジャロに次ぐ高さの火山でもあるそうだ。
 こんな立派な山がメキシコにあることを知らなかったのは、無知の誹りを免れない。しかし、旅行をすると、そういう無知を克服する機会がたくさん転がっているので、そういう意味では人間のスケールを大きくさせてくれる。だから、なかなか旅は止められない。

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メキシコの国土は緑色だ [地球探訪記]

キシコ・シティとハバナの間を飛行機で往復したのだが、飛行機からの光景がずっと緑の絨毯のように広がっているので、ちょっと驚いた。こんなにメキシコが豊かな土地であるとは思っていなかったからである。どちらかというと、テキサスやアリゾナの延長線上で、乾燥した土地がずっと広がっているのかと思った。メキシコの国旗の緑色は「民族の運命における国民の希望」を示しているそうだが、この豊かなランドスケープの緑色は、まさに国旗の緑色と同じ色である。
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ハバナのあるバーに三日、連続して通う [地球探訪記]

 ハバナはバーとカクテルが有名である。ハバナは、革命前はアメリカ人のリゾート地として非常に享楽的な都市と化した。そして、多くのバーが立地したが、そこの常連として最も有名だったのはヘミングウェイである。ヘミングウェイがよく通ったエル・フロリディータ、ラ・ボデギータ・デル・ミディオ。私はハバナに4泊したので、ハバナに着いた時は、これらのバーに行くだろうなと思っていた。
 さて、しかし初日こそ疲れていたのでホテルで食事をしてしまったのだが、それ以外の3夜はすべてバーに行ったにも関わらず、上記のような有名なバーではなく、違うバーに通ってしまった。しかsも、すべて同じバーに行ってしまったのである。というのも、このバーがあまりにもよかったからである。いや、一つのバーにしか行っていないので、比較もできないのだが、我々の期待を十分に満たしていたので、上記のように『地球の歩き方』に載っていて、観光客が多くいて入るのにも苦労するバーに行く気が起きなかったということもある。
 それでは、我々が3夜も連続して行ったバーはどんなバーかというと、『Sloppy Joe』という店である。この店の雰囲気は抜群であり、しかも我々が宿泊していたホテルから近かったということ、また何故か、中心部にホテルから行こうとするとこのバーの前を通らなくてはならず、3日目は知り合いになったマスターと店の前で会ってしまったのでそのまま他店に行くこともできず、この店に入ってしまったということもある。しかし、それも「仕方ない」というよりかは、三度、この店に来られる理由ができて嬉々とした感じで入ってしまった。サービスは日本のバーのようにはよくないが、酒もしっかりしているし、料理もハバナの他の店に比べるとずっとクオリティが高い。後で知ったのだが、ハンフリー・ボガートが通っていた店であったそうだ。確かに、映画『カサブランカ』的な印象がするバーであった。上記のヘミングウェイ関連のバーを訪れた後に、ちょっと余裕があればここに来ることをお勧めしたい。
 まあ、ということで4夜もハバナで過ごしたのに、結局、入ったバーはホテルのバーとここだけであった。

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(ダイキリ、砂糖抜き)

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(三日連続して通った仲間達)
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ハバナ名物のクラシック・カー [地球探訪記]

 キューバのハバナ名物は、チェ・ゲバラ関連の施設、ヘミング・ウェイゆかりのバー、ハンフリー・ボガートを始めとするハリウッド・スターゆかりのバー、それらのバーにて提供されるハバナ・クラブのラムなどをベースとしたカクテル、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブなどで最近また広く世界的に知られるようになったキューバ・ミュージック、植民地時代の歴史建築物からなる街並み、そしてクラシック・カーであろう。
 このクラシック・カーはほとんどが公営ではなく、個人経営のタクシーとして利用されている。私は2台のクラシック・カーのタクシーに乗った。二台目に乗ったタクシーの運転手は、運転がとても丁寧で、しかもこのタクシーを紹介してくれた現地の人によると、キューバ人としては珍しく時間に正確である、ということなので、それ以降は空港から出発するまで、この運転手のタクシーで移動した。
 この二台にしか乗っていないので、あまり一般論として論じることは気が引けるが、まず言えることは、想像を絶したボロさ加減ということである。まず、ドアを開けるのには相当のコツがいるので、運転手に開けてもらうことになる。窓を上下するのも、ほとんどレンチで回すようにしなくてはいけず、これもコツがいる。メーターの類はほとんど機能していない。また、排ガス規制などをしていないので、乗っているだけでその煙でむせてくる。油の匂いも随分とする。一台目の車は、特に何も聞いたりすることはできなかったが、二台目に乗った車は1955年製のオールドモービルで黒色、テールフィンがついたアールデコ的なデザインの格好いい車であった。スピードは全然、出ない。というか、出したらそのまま分解しそうである。シートベルトの類は一切ない。
 それでも、アートデコのデザインが為された動かない時計、動かないスピードメーターなどは独特な空間をつくりあげていて楽しい。運転手は別にこのような車に乗りたいわけではなく、他に車がないために仕方なく使っているのだが、そういうこともあり、非常に丁寧に、大切に管理をしているそうである。代替することができないということは、人々のその所有物に対しての行動形態を大きく変える。
 居心地も悪く、安全性も低く、燃費も悪い、このようなクラシック・カーに、我々をはじめとした観光客が好感を抱くのは、そのノスタルジックな時代性を感じさせるだけでなく、その運転手達が大切に扱おうとするその心に共感を覚えるからではないだろうか。
 
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キューバでは両替ができるのはドルとユーロだけであった。 [地球探訪記]

 キューバに来た。事前にネットで調べると、キューバで両替できるのはユーロ、カナダドル、メキシコペソ、米ドルであることが分かった。そのネットの記事では、米ドルはレートが悪いと書いてある。メキシコからキューバにアクセスしたこともあり、メキシコペソを買い込んだ。そのうち、半分をメキシコ空港で両替した。3万円ちょっと相当である。残りの3万円はキューバで両替をしてレートの比較をしようと思った。ハバナの空港に着いたら、なんと両替をしてくれる場所がなかった。これは、ちょっと計算違いだし、私が事前に調べていたネット情報とも異なる。まあ、昔あったのが現在はなくなったのかもしれない。とにかく、なかった。どうしよう、と思っていたらホテルで両替してくれるわよ、とインフォメーション・センターのおばさんに言われる。ということで、ホテルに向かった。ちなみに、メキシコでキューバCUCを買っておいて本当によかった。タクシー代にも困るところだった。
 さて、ホテルは英語が完全に通じる国際的なホテルであったが、なんとメキシコペソは買ってくれないと言う。アメリカドルかユーロ。なんとカナダドルもダメなのだ。どうも、メキシコペソは最近、随分と下落したので見放されたようなのだ。しっかりして欲しい、メキシコペソ。それは大変、困った。そもそも3万円近くもこのためだけにメキシコペソを持っているのに、まったく無駄なことだ。途方に暮れていると、銀行だったら買ってくれるかも、というので銀行の場所をきき、そちらに向かう。しかし、18時までやっていると言われた銀行は17時前だったが既にしまっていた。
 幸いなことは明日は土曜日だが銀行はやっているそうだ。ということで、まだ希望は捨ててはいないが、キューバに行く人はこの点はよほど気をつけた方がいいかと思う。


民芸品市場でメキシコペソで両替ができた


タグ:キューバ
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キューバのオールド・ハバナで葉巻詐欺に遭いそうになる [地球探訪記]

 キューバのオールド・ハバナを歩いていると、親しげな顔をして英語で話しかけてきたおじさんがいた。ちょうど、両替所を探しているというと、こっちにあるから教えてあげる、と言う。一緒に行っていってやろう、というので、これは有り難いとついていく。歩きながら、彼は「葉巻に興味はないか」と聞いてくる。我々は、「興味はないことはない」といったら、「それはいい。今日は月に二回だけ、安く卸す日だ。そこに連れて行ってやろう」という。まあ、葉巻はともかく両替所は重要なので一緒に歩いていたが、私は連れの人に「ちょっと怪しいかもね」などと言うと、この彼は日本語が理解できるかのように、我々を振り返って「私は全然、怪しくない。私は、ホテルで働いているし、そこまで連れて行ったら私はすぐ別れるから。」という。お金も持っているし」と言って丁寧に財布の中身まで見せてくれる。そして、「今日は家族と一緒にビーチに行くんだ」と言って、財布の中の娘の写真までみせてくれる。ヴィクトリアというらしい。
 ホテルで働いているから英語が流暢であるのか、とこちらも納得して、信用する。さて、300メートルぐらい歩くと、「あそこの市場のようなところに両替所がある。こっちで葉巻が買える」と言って、番人が立っている建物に連れて行く。この彼は、番人とちょっと話をした後、別れを言って去っていった。番人が立っているというだけで、これはめちゃくちゃ危険である。我々は、ホテルマンという彼がちょっと離れた後、番人に「ちょっとお金を両替したらまた来るから」と言って、そこを去ろうとすると、番人は「いやいや、とりあえず中に入りなよ」と言ってくる。これはますます怪しいと思った我々は「いや、お金を両替したら戻ってくるから」と返して、その場を立ち去った。
 市場に行くと、確かにそこには両替所があって、ようやくメキシコペソをCUCに両替することができた。これに関して、彼は嘘をついていなかった。
 あの場所に入ったら何が起きたのだろうか。まあ、結構怖い思いをさせられたであろう。少なくとも劣悪な葉巻を法外な値段で買わされたであろう。今、振り返ると、いきなり「私は怪しくない」と弁解したことなど、後ろめたい気持ちがなければあり得ないのだが、とても愛想がよくて人がいい感じなので、思わず騙されるところであった。よく「地球の歩き方」に、こういう詐欺事件が紹介されているが、実際、体験すると、これじゃあ、騙されてしまうよな、というほど人がいい感じなのである。また、その出会いが偶然である、ということが、そのような詐欺師を信用してしまうのではないだろうか。
 人を見たら泥棒と思え、という考えで活動していると、あまり観光自体を楽しむことはできないが、やはり観光客はヴァルナブルな存在であるので、その点は強く自覚しなくてはならないと思わせられた。

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空港内のホテルに泊まるメリット [地球探訪記]

 メキシコ・シティでは空港内のホテルに泊まった。空港内のホテルは都市を楽しめないので、私はあまり好きではなかった。しかし、今回は大正解であったと思う。幾つか、そのメリットを箇条書きで整理したいと思う。
1)まず、メキシコ・シティ空港に到着してすぐ荷物を預けられるのが楽である。メキシコ・シティ空港から都心部までは時間距離が長い。専用バスレーンを走るバスで1時間はかかる。タクシーに乗ればもっと早いだろうが、それでも道路渋滞は大変であるし、タクシーに乗るのがストレスである。
2)他のメキシコ内の都市等に行くのに便利。今回はグアナファトに日帰りで行ったが、空港内のホテルに泊まったこともあって、朝6時20分発、夜22時着の飛行機でも特に問題なく行くことができた。6時20分発だと5時30分には空港にいたいが、その時間に空港に到着しようとすると相当のストレスを覚えると思うのである。空港に着いた時はさすがに披露困憊であったが、着いてすぐホテルに戻れるというのは本当に助かる。
3)メキシコ・シティ空港は空港内施設が充実している。特に為替交換所や銀行があるのは助かる。レストランも割高ではあるし、そんなに美味しいところはないが、とりあえずしっかりと食べることもできる。コンビニもある。よく「都市の中の都市」という形容がなされるが、このメキシコ・シティ空港こそは、「都市の中の都市」であるという印象を受けた。
4)都心との接続も悪くない。タクシーはちょっと面倒くさいし、地下鉄はちょっと歩かなくてはいけないが専用レーンを走るバスであれば空港に直結して停泊してくれるので有り難い。私はほぼこのバスで都心に行き、都心から戻ってきた。
 ということで、メキシコ・シティのような大都市で公共交通の便が(改善は随分とされたが)それほど優れていないような都市においては、空港で宿泊することは相当、便利であると感じた次第である。問題点はターミナルが2つあって、それぞれ離れていることだが、ホテルだとシャトル・バンのサービスもしてくれるのでこれも嬉しい。
 ただし、このように空港内ホテルが便利であるのは、やはり都市的機能が充実しているからだと思われる。さらには、鉄道といった陸上交通が不便で周辺の都市に行くのに飛行機を使わざるを得ない、というか飛行機の相対的利便性が極めて高いから使えるのではないかとも思われる。
 しかし、このように考えるとサンパウロ空港などはホテル利用が便利かもしれない。だけど、サンパウロはホテルに直結したホテルは確か、ないんだよね。こういうところがブラジルの不思議なところである。経済的合理性が働かないのだ。

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グアナファトを訪れて、その色彩の饗宴に心を奪われる [地球探訪記]

 グアナファトという美しい都市がメキシコに存在する。世界遺産にも登録されている。私の周りにはゼミの卒業生を含めて、多くの人がグアナファトを訪れたことがある。行っていないのは私だけだ、という気分である。さらに、この行った人が皆、異口同音に「素場らしい!」という。周りは雲丹を食べたことがあるのに、私だけが食べたことがない悲しい人のような気分である。ということで、今回、キューバに行くのにメキシコ・シティ空港をトランジットで使うので、数日間、メキシコ・シティに滞在して、グアナファトに日帰りで行くことにした。もちろん、都市の勉強のためである。
 さて、しかし、このグアナファトはアクセスが悪い。グアナファト州の州都であるし、人口は8万人ぐらいであるから、そんなに小さな都市ではないと思うのだが、メキシコ・シティからバスで行こうと最初、考えたのだが片道4時間以上かかるのと、またバス・ターミナルが都市から離れていて、そこからもタクシーを乗らなくてはいけないので、飛行機で行くことにした。といっても、グアナファトの飛行場というのが25キロメートルは離れたレオンの飛行場であり、そこからバスはなく、タクシーを使うしか交通手段がないことが分かった。アメリカだったら、こういう場合は100%レンタカーなのだが、なんと、メキシコは国際免許証でも運転はできないらしい。本当、もうタクシーに乗るしか手段はないのだが、メキシコのタクシー強盗(タクシーの運転手に強盗される)の話を聞いたりしていたので、これはもう大変に緊張したのである。
 飛行機は朝6時20分発というべらぼうに早い便であったが、飛行場のホテルに泊まっていたので、その点は大丈夫であった。空港に着いたら、なんとタクシーの会社がしっかりとチケットを売っていた。なんだ、自分で交渉しなくてはいけないのか、と緊張していたので返って拍子抜けである。タクシー代は485ペソであった。
 しっかりと会社のマークが描かれたタクシーに乗って、グアナファトに向かう。運転手はなんかマラドーナを彷彿させるような風貌の人であった。乗ってすぐに、ガソリンがほとんどゼロだということに気づく。これは大変だ、ということで伝えようとするのだが、ガソリンのスペイン語が分からない。ペトロールかガソリン、そのままでいいのか。とりあえず、ファルタ・ガソリンと指摘すると、運転手は笑って「大丈夫、大丈夫」という。よく見ると、エンストのマークが点塔しているのに走っている。つまり、ここらへんは壊れているということなのだろう。しかし、運転手はどうやってガスの過不足を把握しているのだろう。
 とりあえず、そんな適当なタクシーでグアナファトに向かう。タクシーの運転はともかく乱暴で、ちょっと命の危険を感じる。30分ぐらいでグアナファトに入る。有名な地下トンネルに入っていき、なんか気分は高揚する。ラパス広場まで、とりあえず行ってくれ、と伝えたのだが、この地下トンネル内で止まる。ええ!まじですか。この地下道は「地球の歩き方」で「ここを歩くことは安全上おすすめできない」と書かれている。とはいえ、どうも普通に人が行き交っているし、なんと、バス停まである。「安全上」とはいわれてもなあ、ということでタクシーの運転手に有り難うと伝えて、降りて、とりあえず地上に行く階段を上がる。
 まだ8時頃ということで、夏時間なので実質的には7時、さらには曇り空であったのだが、この地下道を上がった時には、そのカラフルな色彩の饗宴に心が躍った。確かに、ここは相当、素場らしい。いや、アルゼンチンのボカ地区や、それこそメキシコ・シティのコヨアカン地区なども建物の住宅を色鮮やかに塗っている。ただ、このグアナファトは盆地であること、そして、その周囲が広く見渡せ、そして、視覚に入ってくる、その圧倒的な色彩の量が他とはまったく違ってユニークなのである。
 さらに、これはしばらく歩いて分かったことだが、教会の類が多いのと、ポケット・パークのような公園があちらこちらにある。さらには、ファレス劇場やイダルゴ市場のような公共建築が圧倒的な質の高さを維持しているのである。しかも大学都市であるので、観光都市というよりかは、普通に人々が生活をしている、その生活感がまだ健在であり、都市という活力がしっかりと維持されているのである。これは、この都市の大きな魅力であろう。
 ということで、とことこ歩いて、地理感を養う。とりあえず、ピピラ記念像のある展望地を目指す。ここもやはり「地球の歩き方」が「道中には強盗もしばしば出没するので、歩く場合には、なるべく日中に大人数で出かけること」と書いてある。そんなことを言っても、私は一人である。そこらへんの人に「一緒に上って下さい」と声をかけたら、かけている私の方がよっぽど怪しい。ということで、一人で歩く。ちなみに、「道中」は普通の住宅地で、ここが歩けなかったら、ここには住めないと思う。普通のおばちゃんが「強盗かもしれない」と疑うような、疑心暗鬼の塊となって、歩いて行く。坂は相当きつく、登山慣れをしているが息が乱れる。坂の途中からも展望が開け、思わず、写真を撮影していた。そうしたら、後ろから英語で声がけされる。「すわっ、泥棒か」と思われたらが、アメリカ人でテキサスから来たナイスガイで、いろいろとグアナファト、そして周辺の町村の見所などを教えてくれた。彼女がグアナファト出身なので遊びに来ているらしい。この疑心暗鬼状態はよくない、と「地球の歩き方」の方が過剰なびびりである、と判断して歩いて行く。
 ピピラ記念像からの展望は絶景の一言。「絵葉書のような光景」そのものである。それぞれの建物の持ち主が好き勝手な色を塗ったと思われるのだが、それが見事に調和している。それは、我々に色彩の素晴らしさを思い知らすが如くの、美しさである。黒を除いて、ほとんどの色がここでは展開している。灰色でさえある。ただ、基調は煉瓦色、山吹色、レンガそのままの薄茶けたレンガ色、白色、そしてサーモンピンクである。これらを基調とするパレットに、インクを垂らしたかのように様々な色彩が自分達の存在をけなげに主張する。それは、色彩による交響曲のようでもあるし、また生物多様性に溢れる森林のようでもある。そして、それを優しく包み込む額縁のようにオリーブ色の山々が枠をつくっていく。さらには、この山の背景をつくる空。生憎、今日の空は灰色であったが、目が覚めるようなスカイブルーのときは、どれだけ、この街が美しく映えるのだろうか、と思う。
 呆けたように見とれて写真を撮影していたが、まだ色々と街中を観ないといけない、と今度はフニクラに沿った坂道を降りていく。ここが強盗が頻出する坂か、と思われたが、ちょっと危ない目つきをした工事作業員に途中、遭ったぐらいであった。拍子抜けである。とはいえ、メキシコだけでなくロスとかでも、強盗とは言わないが恐喝は日常茶飯なので、そういうことが起きる、ということだけなのかもしれない。
 坂を降りるとラウオニオン公園に出る。お洒落なレストランが幾つか公園に面して立地している。座るところが多い。そして、それらのベンチのデザインもいい。優しい公共空間づくりが為されている。中心道路のファレス通りや、また、それと並行するボジトス通りを行き来する。ただ中心通りといっても、ファレス通りの幅は車一台が通るのがやっとという程度である。ほとんどの交通はこの街の下を縦横に走る地下道で処理されている。鉱山都市であるから、こういうつくりが可能だったのかもしれないが、それにしても凄い都市だ。しかし、この交通を地下で処理できているおかげで、地上はまさに「人を中心とした」空間が現出している。
 ラウオニオン公園の前にはファレス劇場。その新古典主義の建物は、とても華麗である。その後、中に入ったが、内部装飾も金を豊富に使い、その絢爛さにはちょっと驚く。
 観光のポイントは、幾つかの博物館とこの劇場、教会群、イダルゴ市場となるが、なんといっても1番は、この街の景観と空間の質、そして空気であろうか。私は、この日、これらのスポットを訪れながら、太陽が顔を出すと、ピピラ記念像の展望台に再び上った。朝とは違った光景がそこでは広がっていた。太陽光がこれら街並みの色彩を賛美するかのように降り注ぎ、そして、これらの色彩は太陽光に感謝するかの如く、まぶしいように輝いていたのである。色彩も光の産物である。そして、その光をもたらすのは太陽である。アステカ人は太陽神を崇めていたことを思い出す。メキシコは、太陽の国なのだ。そして、太陽を崇める気持ちが、この多様なる色彩の街をつくりだした背景にあるのだ。それは日本文化からはなかなか生み出されない色彩であろう。
 そのようなことを考えさせられたグアナファトの日帰り訪問であった。
 帰りは流しのタクシーを街中で拾い、いくらで空港まで連れて行ってくれる?と尋ねると400ペソ、というのでそのまま乗って帰った。飛行機は遅れたのでメキシコ・シティに着いたのは23時近かったが、大変、充実した1日を過ごすことができたが、本当に歩きすぎて足は棒のようになってしまった。

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(地下道)

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(色彩豊かな街並)

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(色彩豊かな街並)

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(ピピラ記念像から)

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(ピピラ記念像から)

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(ピピラ記念像から)
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メキシコでは通関を通らないで出国できる(驚き) [地球探訪記]

メキシコ・シティの国際空港で出国する際、荷物検査をしてその後、てっきり通関があるのかと思ったら、そのまま通関なしで飛行機の搭乗ターミナルに出てしまった。出国カードも回収されていない。出国しないと次回の入国の際、問題になるのではと思い、航空会社のカウンターの人に尋ねると、飛行機に乗るときに出国カードも回収するので問題ないとのこと。まあ、去るものは追わず、ということかもしれないが、適当である。ルワンダやウガンダでさえ、出国はしっかりと管理していたのに随分と適当だ。実際、飛行機に乗るときには出国カードは回収されたのでよかったが、出国カードを紛失していたら、この時点で出国が許可されなくなるのだろうか。

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メキシコでチップは必要なのか [地球探訪記]

 どこの国に行っても気になるのはチップをどうするかである。アメリカは税金を抜いた金額の15%とほぼ決まっている。サービスがよければ上乗せするし、そうでなければ減額できるが、それほど支払う側の裁量はない。ドイツは10%とかいわれているが、タクシーは比較的その通りであるが、それ以外は適当に10%前後を料金に上乗せして、切りのいい数字にすればいいという印象だ。例えば、床屋とかだと19ユーロなのだが、これは20ユーロを支払えばいいと解釈しているし、実際、他の客もその通りに振る舞っている印象だ。ブラジルでは基本的にはチップはないが、高級レストランなどだとサービス料が加えられて請求されたりする。
 このようにある程度、頻繁に訪れている国だと、その勝手も分かるが、初めての国、もしくはあまり滞在期間が長くない国では困ってしまう。例えば、今いるメキシコ。しょうがないのでグーグル先生に尋ねてみると、メキシコはどうもチップ国のようだ。ということで、レストランにて10%程度のチップを支払ったら、随分とウェイターの愛想がよくなった。
 日本は「地球の歩き方」がその典型だが、とりあえずは疑わしい時はチップを払っておけ、というスタンスであるが、その割合が問題なのだ。ちょっと10%は高すぎたのか(お釣りの切り上げでもよかったのかも?)もしれないな、と思いつつ、現地に知り合いのいない私はちょっと困ってしまっている。

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久し振りにメキシコ空港に降り立つ [地球探訪記]

 メキシコ空港に久し振りに降りた。ブラジルに行くトランジットのためなのだが着いたのが14時。飛行機の出発時間が23時過ぎなので2時間前に通関したとしても8時間は時間がある。まあ、実際荷物を取って、出たのは16時頃なので6時間ぐらいなのだが、トランクはサンパウロまで直通なので手軽だし、本来ならメキシコ・シティに出向くべきなのだが、その気力も体力もない。これは、飛行機でほとんど寝られなかったこともあるが、メキシコ・シティという大都市の喧噪と混乱に神経が堪えられそうもないからだ。それにしても、これからサンパウロを経てクリチバまで行かなくてはいけないのに、道半ばのメキシコ・シティでこんなに疲れているのは不味い。
 それはともかくとして、空港に降りて驚いたのは英語があまり通じないことである。空港の職員も完全、スペイン語のものもいる。流石にフード・コートでは英語がしゃべられる店員がいるが、そこらへんおおばちゃんはスペイン語オンリーである。南米諸国は英語がほとんど通じない。1997年の頃であるが、ブエノスアイレスのホテルの受付のおっちゃんと言い争いになって警察を呼ばれたことさえある。ブエノスアイレスではタクシーの運転手とコミュニケーションをするのも大変であった。
 そしてメキシコはスペイン語圏の国ではもっとも英語が通じる国といった印象を抱いていた。したがって、今回、2004年以来となる12年ぶりのメキシコ訪では、ちょっとこの英語の通じなさは意外である。
 エア・メヒコの機内食が相当、不味かったのでお腹が空いていたこともあり、空港のフード・コートで食事をすることにした。フード・コートには寿司屋をはじめとして中華料理屋、ピザ屋などがあったが、当然、地元のメキシコ料理屋で食事を注文する。興味深いのはこの店のメニューには、アメリカ料理であるブリトーはもちろんのことケサディジャやトスターダなどもなかった。ここらへん、テックスメックス(アメリカでのメキシコ料理)と本場メキシコ料理の違いは興味深い。私は唯一、知っているメニューであるタコスを注文する。タコスは、柔らかい円形のトーティジャの上に基本鶏肉をほぐしたものと豆をすりつぶしたものが乗っているという料理であった。本場で食べているせいか、ちょっとアメリカのタコスより美味しいような気がする。お好みで入れる具として大量の酢漬けの紫タマネギとライム、さらには辛子が3点ほどつく。赤、オレンジ、緑の辛子である。私は緑の辛子をグアカモリと誤解して、大量につけて食べたら強烈な辛さに舌が麻痺をした。それは、グアカモリではなくて、フェラピーノ系の緑唐辛子を潰したものであった。老眼になると、こういう間違いを多く犯すようになる。
 このフード・コートでは充電ができる。飛行機に乗る前にコンピューターが充電されていることは極めて重要なので有り難い。しかし、ワイファイがうまく通じないという問題がある。これは私のコンピューターのせいかもしれない。
 他に空港で発見したこととしては、メゾン・カイザーのイート・インができる店があったことと、セブンイレブンが複数あったことである。空港にセブンイレブンというのは、アメリカではあまり見かけないので、このセブンイレブンは日本系列なのではないかと思ったりする。あと、ファストフードはカールス・ジュニアが複数店舗、立地しているということである。こういうグローバル企業の国によって異なる流通状況は興味深い。

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(空港のフードコートのタコス)

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(セブンイレブン)

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(メゾン・カイザーのイート・インができる店)
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キューバ大使館を訪れたら、あまりにも牧歌的で驚いた [地球探訪記]

 キューバを8月に訪れる。キューバに行くのはちょっと面倒だ。まず、ビザはいらないがツーリスト・カードが必要だ。さらに、アメリカ系以外の旅行保険に入っていることが必須である。したがって、例えばATUのような旅行保険に入ってもキューバは入国させてくれない。
 旅行保険はカード会社のものに入っている。したがって、それを証明する英語かスペイン語で書かれた書類を出さないといけない。これは、カード会社に連絡をすると送ってくれるが、そのために日数を要する。ちょっと注意をしないといけない。
 もう一つはツーリスト・カードだ。これはどうもネットからでも申請ができるようなのだが、キューバ大使館は勤務先のそばなので、直接訪れることにした。麻布十番のそば、最寄り駅でいうと赤羽橋駅の東麻布にキューバ大使館はある。さて、住所を頼りに訪れると、そこは、なんか大変しょぼいところであった。みすぼらしい地元の歯医者ぐらいの待ちスペースに、窓を仕切りとして、事務スペースもまた大変狭いものであった。トータルのスペースでも五反田のブラジルの領事館の待ち合わせスペースにも及ばないであろう。それぐらいの小ささである。そして、そこで働いていたのは日本人の高齢の女性であった。
 多くの人が待っているのだが、整理番号も配られていない。適当に待っていなさいという感じである。ここらへんはキューバに行こうと考えるような物好きな日本人は、さすがに鷹揚としていて、皆、順番通りに申請を行っていた。ちょっと日本人が好きになるような秩序のよさがここでは保たれていた。
 さて、話が前後するが、申請書にはパスポートとパスポートのコピー、それに5センチ×5センチの写真が必要だ。写真を持って来忘れた私は、近くの写真屋で撮影しようと大使館を出た。とはいえ、東麻布の商店街には写真屋はなく、麻布十番の写真屋まで行った。大使館に着いたのは11時のちょっと前だったのだが、写真を撮影して戻ったら11時40分ぐらいなのに、もう受付は午後13時でないとしないとのこと。しょうがないので、昼食を取って、喫茶店で仕事をして、13時に戻った。それからも1時間以上は待たされたのだが、キューバに詳しい旅行代理店のおじさんがいたので、いろいろと情報を収集できたのがよかった。特に印象に残ったのは次の2点。1)飛行機のチェックインは出発3時間前に終わる。つまり、絶対、出発3時間前には行かなくてはいけない、ということだ。
2)ツーリスト・カードの半券を紛失すると出国できなくなる。
 また、ハリケーンだと平気で飛行機とかが運休になるということだ。私は結構、タイトなスケジュールを組んでいるので結構、心配だ。
 3時間以上かかってできたツーリスト・カードは、本当に粗末なものであった。しかし、これを滞在中に失うと帰ってくることができない。ちゃんと保管をしないと。
 

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エアフルトに泊まる [地球探訪記]

コットブスから、翌日の朝9時までにフランクフルト空港に着かなくてはならない。コットブスからだと始発でも無理だ。本当は、その日のうちにフランクフルトまで行きたかったのだが、フランクフルトのホテル代がべらぼうに高いので、その途中にあるエアフルトのホテルに泊まる。エアフルトまで行けば、朝6時の列車に乗れば間に合う。エアフルトは2回目である。

私のドイツ人の都市計画家の友人に以前、「ドイツで一番好きな都市はどこか?」と尋ねたことがある。ちなみに彼はドイツの都市を隅々まで知っているような造詣の深い都市研究者である。私はどこだろう?大都市であればベルリン、50万人クラスだとブレーメン、住んでいたこともあるがデュッセルドルフ、シュツットガルト、ドレスデン、20万人クラスだとレーゲンスブルク、ミュンスター、ハイデルベルグ、フライブルクとかであろうか。さてさて、このドイツの都市の専門家が何と答えるかとわくわくして気構えると、彼は「エアフルト」と答えたのである。え!エアフルト。私はこの答えがとても意外であった。エアフルトといえば、クリスマス・マルクトと2つの塔のある教会と、橋が有名なくらいである。私は訪れたことがあったが、それほど感動はしなかった。まあ、これはその前後にアイゼナッハとかヴァイマールを訪れていたからかもしれない。
 さて、しかし、久し振りに訪れたエアフルトは、なんかとてもいい感じに映った。以前、訪れた時に比べて都市デザイン事業が随分と進んでいて、日が暮れていたこともあるが、なんか19世紀に戻ったかのような雰囲気である。戦災を受けなかったチューリンゲン州の都市群は本当に素場らしい都市景観を有していることを改めて気づかされる。今回は、寝るだけで訪れたが、今度、機会があればゆっくりと訪れたいと思う。

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タグ:エアフルト
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フランクフルトのメッセ開催時のホテルの高さは尋常ではない [地球探訪記]

 フランクフルト空港からの午前中の便で帰国する。ということでフランクフルトに前泊しようとしたら、ホテルが尋常ではなく高い。シュタインバーガー・ホテルなど1泊16万円である。他も軒並み8万円ぐらいだ。その前日にコットブスのホテルは6000円前後である。これは馬鹿らしい、と考え、他の都市に泊まり、早朝、フランクフルト空港へ向かうことにした。さて、問題はどこに泊まるかである。
 フランクフルト空港には9時には着いていたい。そうするとコットブスは始発で出ても到底間に合わないので、なるべくフランクフルト空港の近くまで移動するべきである。ゲッティンゲンとかカッセル辺りで探していたが、エアフルトとゲッティンゲンとはフランクフルト空港からだとほぼ等距離であることに気づいた。コットブスからだとゲッティンゲンよりエアフルトの方が近い。ということで、エアフルトで一泊し、朝の4時30分に起きて、6時発のICEでフランクフルト空港に向かった。エアフルトのホテルも結構、高くて1万8000円したが、フランクフルトのホテルに比べれば遙かに安い。ちなみにICEはエアフルトでは空いていたが、フルダを過ぎたらほぼ満席であった。皆、フランクフルトのメッセに向かっているのであろうか。

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ウィーン空港への鉄道でのアクセスは面倒臭い(ウィーンの空港直結列車CATの市内側の駅は本当に分かりにくい) [地球探訪記]

ウィーンに来た。ウィーンでのホテルはシュテフェン・ドームのそばという好立地であった。行きは疲れていたこともあり、安易にタクシーで行った。43ユーロぐらいであった。帰りは流石にお金がもったいないこともあり、鉄道で空港まで行くことにした。ウィーン・ミッテというリングシュトラッセの外側にあるターミナルから、空港への直結鉄道CATが走っている。成田エクスプレスのようなものだと思われる。さて、ウィーン・ミッテまでは地下鉄で行った。地下鉄で行き、国鉄のホームで切符を空港まで購入する。次の電車まで10分はある。余裕だ。空港への直結鉄道は5番線ホームと書かれている。ということで、5番線ホームを探したのだが、5番線ホームはない。おかしいな、とホームの先を見ると、5番線ホームという矢印がある。安心して矢印の通りに階段を上がるとショッピング・モールに出てしまった。インフォメーション・センターのお兄さんに「5番線はどこ」と聞くと、まっすぐ行って右、と教えてくれた。これは分からない。余裕だと思った10分も既に3分になっている。ショッピング・モールの途中に、あたかも店舗のような感じで駅の入り口はあった。デザイン間違っているだろう。急いでホームに降りようとしたら、エスカレーターは上りのみである。トランクを持って階段を駆け下りたが、空港直結の電車としてはエスカレーターを上下設置していないのは間違っているだろう。とはいえ、どうにか列車には間に合った。なんと、ノンストップで空港まで16分である。ここまで来るのには不便だが、乗ってしまえば楽だ。さて、検札が来たので切符をみせると、その切符じゃダメだ、と言われる。そうか、失敗したな、と思い「どうしたらいいですか?」と尋ねると、「私から購入すればいい」と言われる。そして、「後で来るから」と言って去ってしまった。すぐ戻ってくるだろうと思っていたのだが、いつまでも戻らず、空港に着いてしまった。そうか、空港駅のホームで徴収するのだろうな、と思っていたら、私より先にエスカレーターで上の階に行ってしまった。結局12ユーロのところを4ユーロぐらいで行けてしまった。適当だなあ。しかし、CATで市内に入る人はともかく、空港に行く人は気をつけた方がいい。相当、分かりにくい。

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格安航空会社で台湾まで飛んだのだが、サービス・レベルがよくて驚く [地球探訪記]

 台湾の会議に招聘された。なんと、私が学生とつくった「ユルドル商店街勝手に盛り上げ隊」の話をしてくれ、との依頼だ。そんなものの話のために、わざわざ日本から呼ばなくてもいいのに、と思いつつも、有り難く承諾して、台湾に行くことにした。
 先方からScootという航空会社のEチケットがメイルで送られてきた。成田空港—桃園空港の片道切符で、値段は15000円である。新幹線で東京から大阪で行くような値段の安さに驚いたが、まあサービスは劣悪であろうと考えて、まったく期待しないで航空機に乗った。そしたら、予想に反して、サービスはまったく遜色がなく、アメリカの航空会社なんかよりは遙かにいいぐらいであったので二度、驚いた。
 まず、座席だが、なぜか前方のビジネス・クラスといったら褒めすぎかもしれないが、プレミアム・エコノミーなみの座席があてがわれていた。15000円でこの座席というのは不思議だが、まあ、快適である。そして、食事など出る訳がないだろう、と空港で軽く食べたぐらいだったのだが、しっかりと食事とドリンクのサービスがあった。ドリンクは一杯目に関しては無料で、ビールやワインまでも供していた。食事は美味しいとはいえないかもしれないが、チキンとご飯と野菜を蒸したような料理は、アメリカの航空会社の機内食よりははるかに食べられた。
 さらに、スチュワーデスだが、ボディ・コンシャスのユニフォームはまるでアンナ・ミラーズのような感じだが、皆、若くてはきはきしていて、英語も流暢で悪くない。これなら、高い料金を払って、日本航空などに乗らなくてもいいじゃないか、とさえ思うぐらいだ。いや、しかし、これで採算が取れているのだろうか。いろいろと考えさせられるが、これを一度、経験したら、格安航空から逃れられないのではないか。格安航空は、これまでなかったほど海外旅行の敷居を大きく下げているのでないか、と思う。

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モンペリエからパリへと向かう [地球探訪記]

 三週間に及ぶ大ヨーロッパ旅行もいよいよ終焉を迎える。帰国便の空港はパリだ。今回はグローバルパスを持っているので、パリまで列車で行ってもよかったのだが、モンペリエから飛行機に乗ることにした。これは、パリに列車で着いた後の空港までの移動が滅茶苦茶ストレスフルだからである。以前もTGVに乗って、パリのリヨン駅からシャルル・ドゴール空港まで行こうとしたのだが、タクシーの運転手が他の客も乗せて、遠回りをし、さらに道に迷ったりしたので、危うく飛行機に乗り遅れそうになったことがある。その時は、本当、私も心底、腹が立って、日本語で怒鳴りまくっていた。運転手は結構、びびったのだが、そのせいか、時速200キロぐらいで高速を走り、私もこれは死ぬかな、という思いをしたことがある。
 だから基本的にはシャルル・ドゴール空港は極力利用を避けているのだが、今回はいろいろと行程の都合でパリ便しか取れなかったこともあり、シャルル・ドゴールを利用している。ただし、タクシーには乗らないし、鉄道にも乗らない。鉄道も以前、利用したことがあるが、成田空港やヒースロー空港と比べてもはるかに不便である。ということで、飛行機でシャルル・ドゴールまで行けばいいんだ、ということに気づいて、わざわざモンペリエから飛行機に乗って、シャルル・ドゴールまで向かっているのである。まあ、私はパリにはそれほど行きたいとは思わないから、それでも構わないのである。
 モンペリエ空港へのアクセスだけが問題であった。タクシーでもいいのだが、そういう経験に加えて、以前、オルリー空港からパリ市内に向かったら白タクに乗ってしまい2万円ぐらいぼったくられたこともあるので、私はもうフランスでのタクシー恐怖症なのである。フランスではタクシーの運転手をみたら泥棒と思え、という格言までも勝手につくっているぐらいである。
 ということで、公共交通で行くことを考えた。ホテルは中央駅前なので、トラムに乗るのは便利だが、トラムは空港までは残念ながら行っていない。途中、ヨーロッパ広場という場所で空港バスに乗り換えなくてはならない。まあ、それでいいかとトラムに乗る。トラムは1.5ユーロ。空港バス乗り場はトラムの駅からちょっと離れていたが、すぐ見つかった。ちょうどバスが出発するところであった。このバスの料金は1.6ユーロと格安であった。5ユーロぐらいを覚悟していたので意外だった。このバスは荷物置き場もしっかりとしていて、なかなか乗り心地も悪くなかった。空港までは20分もしないで着いた。これは比較的快適である。また、シャルル・ドゴールを使う羽目になったら、なるべく、このルートを活用しよう。もちろん、リールやベルギー方面など、TGVでシャルル・ドゴールまで直結している場合は、そのまま鉄道で行きます。

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モンセラートに行く [地球探訪記]

 バルセロナに来た。二度目だ。あまり来る予定はなかったのだが、一緒にスペインを回っている人たちがバルセロナに行こうというので来たのである。しかも三泊もする。ということで、前回、来られなかったところ、どちらかというとバルセロナのマイナーな観光地を中心に回ることを考えた。サンパウ病院、モンジュイックの丘、コロネル・グエル教会(地下教会)、そしてモンセラートである。バルセロナのトップ10観光地には、モンジュイックの丘(9位)を除くと、どれもランクインしていない観光地である。
 モンセラートはガウディが多くのインスピレーションを受けた場所である。カタルーニャの聖なる土地でもある。ただし、バルセロナからは近いようで遠い。今回のように、ちょっと余裕がある時でないと訪れることはないだろう。ということで、モンセラートに行くにはいい機会であった。
 さて、モンセラートはエスパーニャ駅から郊外鉄道で行く。エスパーニャ駅には、モンセラートの登山列車とのチケットと合わせたものも売っていて便利である。結構、本数は少ない。郊外鉄道で1時間ぐらい乗っていくと、登山列車との乗換駅に着く。その一駅前にロープウェイの乗換駅があり、多くの人が降りるので、一緒に降りないように注意しなくてはならない。登山列車は、スイスのアルプスのような登山列車であり、相当の急勾配を登っていく。標高が1200メートルとはちょっと思えない。この登山列車の終点には、修道院がある。ブラック・マリアがいることで有名である。この修道院自体は、なかなか厳かな感じで、照明デザインなども工夫されており、訪れる価値がある。修道院からは、さらにフニクラに乗って、展望所まで行くことができる。この展望所から大西洋方面の眺めは絶景である。バルセロナの市街地もわずかだが展望することができる。
 帰りの登山列車で、郊外鉄道駅の一駅前の駐車場で間違えて降りてしまった。次の列車が1時間後だったので随分と時間を無駄にした。後で、この駅から郊外鉄道の駅までは600メートルぐらいであることが判明し、歩いて行けばよかったと後悔したが、後の祭りである。もし、訪問することを計画している人がいれば参考にしてもらえればと思う。

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(ガウディのカサ・ミラを彷彿させる岩山)

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(モンセラートの岩肌に刺さる夕陽が美しい)

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(修道院)

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(山からの展望)

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(鋸山といわれるモンセラートの山容)
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ガウディのコロニア・グエル教会に行ったが今ひとつであった [地球探訪記]

 今回のバルセロナでは三泊したが、まだ一度もガウディを観ていない。ということで、最終日に列車の時間を遅らせてまだ行ったことのないコロニア・グエル教会を訪れた。というか正確には、その前日に訪れたのだが、日曜日であったので15時30分にはもう入れなかった。日曜日は15時に閉まるのである。ということで、まあリベンジも多少兼ねていた。
 コロニア・グエルにはエスパーニャ駅からMartorell行きの郊外鉄道で向かう。Colonia Guell駅までで、バルセロナ都心部からであればチケットはゾーン2だ。20分ちょっとで到着するが、列車の本数は昼間の時間帯はそれほど多くはないので、帰りの時間等はチェックした方がいいだろう。
 Colonia Guell駅からは、駅前のラウンドアバウトにある丘を越えてすぐなのだが、インフォメーション・センターで入場券を購入しなくてはならない。したがって、若干遠回りにはなるが、駅前にある青い足跡に従って行くといいであろう。入場券は7ユーロであった。ガウディの建築物としては安い。
 さて、人によってはガウディ最高傑作ともいわれているこの教会であるが、教会の周囲には緑の柵がされており、また、損傷が激しいのか、屋根の部分が雑に補修されていたりして、たいへん興醒めである。建築を観に来ているのに、その建築をしっかりと観てもらおうという配慮がゼロというだけでなく、その建築を台無しにする補修は何とも悲しい気持ちにさせる。もしかしたら、これは世界遺産に指定されていないのかもしれない(ガウディの市内の作品のほとんどがバルセロナのモダニスム建築として世界遺産に指定されている)。
 中に入ると、さすがガウディ設計の椅子は何ともいえない素場らしい意匠だし、錘を吊してできた形状を逆さにするというサグラダ・ファミリアでも使われたデザイン手法でつくられた内部空間は、静かに感動を起こさせる。ただ、窓のガラスはステンドグラスではなく塗られたものであり、また、そこかしこが剥げていたりするので、残念な気持ちになる。これは、このような政策意図があったのか、予算がなかったのか、時間とともに意図せず剥げてきたのかは不明だが、全般的に大切にされていないという印象を受けた。
 観光客は平日ではあったのでそれほどおらず、またその半分以上が日本人という面白い現象であった。まあ、ガウディ・ブランドではあるが、はっきり言って、よほど関心がなければ、そのアクセスの不便さなどを考慮すると、それほど来る必要はないかなと思われる。

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(日曜日の15時以降に来ると、汚い緑のフェンスで教会の写真をまともに撮影することもできない)

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(しかし、中に入れたとしても緑のフェンスが教会の全体像を視覚的に捉えることの邪魔をする)

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(こんなスロープを設計したおかげで、建物が醜くなっていしまっている)

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(スロープをあがると屋上があるが、これは何のためにあるのかも不明)

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(ただし、内部空間は素場らしい)

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(ガウディがつくった椅子も素場らしい)

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(ステンドグラスではなく、塗料が剥げているところもある)
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サンチャゴ・デ・コンポステーラを訪れる [地球探訪記]

 マドリッドから鉄道に乗って、サンチャゴ・デ・コンポステーラに行く。5時間ぐらいの長旅であったが車窓は変化が多く、楽しい鉄道旅であった。さて、マドリッドは晴れであったが、サンチャゴ・デ・コンポステーラに近づくと雲行きは怪しくなり、サンチャゴ・デ・コンポステーラに着くと雨が降っていた。この雨は2日後に我々が発つ時まで降っていたが、どうもスペインでも最も雨が降る地域らしい。というか、乾燥しているスペインにおいて唯一、あまり乾燥していない地域、それがサンチャゴ・デ・コンポステーラのようであった。
 サンチャゴ・デ・コンポステーラはキリスト教の三大聖地である。その巡礼ルートは世界遺産に指定されている。ちなみに巡礼ルートが世界遺産として指定されているのは、ここと熊野古道だけである。そして、この巡礼ルートの最終目的地が、ここにある大聖堂である。この大聖堂は、ほとんど宗教のテーマパークのようであった。あちこちに懺悔の場があり(人気のある神父とそうでない神父があることも興味深い)、多くの部屋で神父による講話が為されており、ヤコブの銀の棺をみるために行列ができたりして、信仰の厚い人にとってはたまらないサービスがたくさん提供されていた。もちろん、無料である。
 ただ、私はこのような大聖堂より遙かに街並みに興味を抱いた。サンチャゴ・デ・コンポステーラ自体が丘陵につくられているので、イタリアの山岳都市を彷彿させるのだが、何しろコンパクトなのである。階高も低いし、道路幅も相当、狭い。そして、煉瓦ではなくほとんどが石でつくられている。しっかりとチェックはしなかったがおそらく花崗岩であると思われる。スペインの都市というよりかは、イギリスの都市のような印象だ。これは、雨の多い風土と関係があるのかもしれない。
 あと、この都市で印象に残ったのは料理であり、魚料理を中心に食べたのだが、マドリッド、バルセロナ、ビルバオなどよりずっと美味しいと感じた。入った店がよかったのかもしれないが、馬刀貝(マテ貝)、蛸、鮪など、相当楽しめた。
 スペインという国の多様性を感じることができたサンチャゴ・デ・コンポステーラ行きであった。


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デンマークは遠かった。 [地球探訪記]

 シュヴェリーンからデンマークへ移動する。ハンブルクまで行けば一階乗り換えで済むのだが、時間短縮のためにローカル線を乗り継いでリューベック乗り換え。これで1時間は節約できるのだが、結局40分遅れたので、あまり変わらない。しかし、ほぼ6時間。この旅行では6時間の鉄道移動は、ボローニャからミュンヘンなどとほぼ同じだが初めてではないのだが、今回は随分と長く感じた。途中、フェリーでの移動なども含まれるので、そんなに退屈しない筈なんだけど、今回は厳しかった。まあ、このルートは何回も乗ったことがあるので(少なくとも5回以上)、車窓には関心がなかったというのもある。というか、ボローニャからミュンヘンのアルプス越えの車窓の美しさに比べると、平坦で車窓は退屈なのもその理由かもしれない。疲れていて、仕事もそれほど捗らないし、最近、老眼が進んでいるので本を読む気も起きない。
 コペンハーゲンのホテル代があまりにも高いので、今日はマルモ、明日はまた4時間かけてリューベックまで戻ろうと思っていたのだけど、クライアントに相談したら、コペンハーゲンの宿泊代を出してもらえることになった。本当、よかった。クライアントさん、有り難う。まあ、でもこれから正解はコペンハーゲンに用があったらマルモに泊まることかな。

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コペンハーゲン行きのICEは満車状態で座れない [地球探訪記]

コペンハーゲン行きのICEにリューベックから乗車する。グローバル・パスなので一等車にも座れるのだが、なんと一等車は満席であった。そんな馬鹿な、と思い二等車に移動したら、二等車はさらに混雑している。みんな、そんなにコペンハーゲンに行きたいのか。ちなみにコペンハーゲンの宿は信じられないほど高い。昨年、宿泊したユースホステルみたいなホテルは個室だと1泊3万円である。まあ、夏休みの大阪のビジネスホテルも1万8千円したけど、それにしても高すぎないか。橋を渡ってマルモに行けば1万5千円ぐらいで泊まれる。リューベックまで戻れば1万2千円ぐらいにまで下がる。最初は、そういうことをしようと計画したが、そもそも仕事で行くのに本末転倒である。クライアントに事情を説明して、コペンハーゲンの二泊分だけは出してもらうようにした。そうでもしてもらえないと、実は完璧に赤字である。どうにか、ブッキング・コムで中央駅そばのホテルを3万円で2泊押さえることができた。昨年泊まったユースホステルよりいいことを願うばかりだ。

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バード・クライネンからリューベックへ [地球探訪記]

 ドイツのローカル線旅行記第二弾。今日は午前中にシュヴェリーン市役所で取材。その後、この日のうちにコペンハーゲンに着かなくてはならない。時間は5時間強。ということで、シュヴェリーンのプラッテンバウ団地を再訪したい気持ちもあったが先を急ぐことにする。これは市役所の取材が終わったタイミングが絶妙で、すぐ列車に飛び乗ればそのまま、リューベックまで行けるからである。
 シュヴェリーンからコペンハーゲンに行くのはイメージ的にはハンブルク経由であるが、うまくローカル列車を乗り継いで、シュヴェリーンからバード・クライネン、そこから単線ディーゼル列車でリューベックに向かうと1時間ぐらい短縮できる。ただし、なんせローカル列車なのでタイミングを外すと全然、列車は来ない。
 ということで市役所の取材が終わって15分後には車上の人となった。シュヴェリーンからバード・クライネンまでは二駅。そこで、いかにもぼろいディーゼル列車に乗り換える。乗り換え時間はわずか2分。
 さて、ディーゼル列車はほとんど客を乗せないまま、リューベックへと向かう。昨日と同じように長閑な田園風景が広がる。メクレンブルク・フォアポメルン州はドイツの州の中でも人口規模がもっとも小さく、また人口密度も低い。草原と森林の光景である。この列車はリューベックまで1時間ほどかかるので、てっきり各駅停車であると思ったのだが急行列車であった。最初の停車駅はグレフェスミューレン。その後もずっと似たような風景である。ちょっと眠くなってくる。そして、ギーシェン、シューネブルクと停まっていく。私が勝手に自分に課した課題は、旧西ドイツと旧東ドイツの国境を見分けることができるかということである。注目しているのは道路と建物、そして土地利用である。道路は、旧東ドイツのものはおそろしく古いか新しいかのどちらかである。建物はやはり投資がされているかどうか。土地利用は、高度利用的にされているかどうかである。また、国境であれば、旧東ドイツ時代側につくられたそれらしき施設が残っている筈である。そして、ヘーンブルクという町に着く。住宅が明らかによくなっている。太陽光パネルが設置され、町の佇まいもよくなっている。ランドスケープというか土地利用はほとんど代わらないが、庭の手入れがずっとよくなっている印象が受ける。ということで、国境の施設の存在はあまりよく分からないが、シューネブルクとヘーンブルクという町の間に昔の境があったと思われる。などと書いて、外していたら恥ずかしいが、住宅の集積などからみても間違いない気がする。豊かさの余裕が違う印象を受ける。
 などと書いていたらリューベック中央駅に到着した。とてもローカルな鉄道ではあったが八高線というイメージか。それほど有り難みは感じない路線であった。
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ロストックからヴィスマールまで鉄道に乗る [地球探訪記]

 ロストックの市役所では思い通りに調査が進まなかった。宿はシュヴェリーンなので、まっすぐ帰らずに世界遺産の都市ヴィスマールに寄ることにした。ロストックの中央駅に行くと、ちょうど10分後にヴィスマール行きが出発する。ということで飛び乗った。ユーレイル・パスを持っている強みだ。さて、16:07分発の列車だったのだが、バルト海沿いの長閑な風景の中を単線のディーゼル列車がまさにとことこと走っていく。途中、Bad Doberanという駅に停まったのだが、隣を蒸気機関車が走っている。なんだ、なんだとちょっと自分の中でざわめきが起きる。蒸気機関車が出てきた車庫には「メクレンブルクのモーリー号」と書いてある。以前、バルト海沿岸で街中を走る蒸気機関車があることを雑誌か本で読んだことがあるのだが、これか!とちょっと嬉しくなる。まあ、いつか機会があれば乗ってみたいと思わなくもないが、ドイツに住んででもないと乗らなくてもいいかもしれない。日本でも蒸気機関車は多く走っている。さて、その後も変わりばえのしない呑気な景観の中を、ディーゼル車は呑気に走っていく。夏だと呑気な風景だが、冬だと相当、過酷な風景、例えばオホーツク海的な風景なのかもしれないなと思ったりする。
 30分ぐらいで着くだろうと思っていたら1時間以上もかかってしまった。とはいえ、本当、こんな水郡線のような列車に乗るコトなんて滅多にないから、まあいいでしょう。と書いて、水郷線に乗ったコトがないことに気づいた。もっと、日本のローカル列車にも乗った方がいろいろと知見が広がるかもしれない。とりあえず只見線あたりから乗らなくては。

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トスカーナ地方の景観はそれほど大したことがないと思われる [地球探訪記]

 フィレンツェからシエナまで鉄道で往復した。車窓には、トスカーナ地方の田園風景が広がる。私の持っている観光ガイドでは、この田園風景は素場らしい景観であると書かれているのだが、少なくとも車窓から眺める田園風景の景観はそんなに素場らしくない。農業景観としては、例えば北海道の富良野の方が背景に十勝岳などがあったりして、ずっと美しい。植物もちょっと興味を惹くのは糸杉と、葡萄畑くらいである。丘陵に葡萄畑が広がるのは美しいなとは思うが、このような風景でいえばドイツのモーゼス川流域、リューデスハイム周辺のライン川沿いとは比べものにならない貧弱さである。
 このような車窓からみられる田園風景としては、日本だと山陰線の車窓に展開する漁村風景は本当に美しいと思う。あと、車窓から見られるものはちょっと頭に浮かばないが棚田なんかも、田園風景としては美しく、トスカーナ地方のものよりずっと印象的だ。ただ、道路が少ないので、それは日本の田舎の風景よりも美しい。これはドイツもそうだが、ヨーロッパの田園の方が日本より美しいと思うのは、道路が狭くて、高規格でないため、風景に溶け込んでいるからだ。ただ、田園自体はどちらが美しいかというと日本の方に軍配は上がると思う。トスカーナ地方の田園風景が素場らしいと書いた「地○の○き方」の編者は山陰線とかで旅したことがないのかな、と思ったりする。
 まあ、私は、トスカーナ地方はやはり素場らしいかなとの印象を受けたが、過大評価は禁物である。料理といい、贔屓をせずに客観的に優れたところを指摘すべきであるし、トスカーナ・ブランドだからすべていいといった紹介の仕方には抵抗を覚える。

タグ:トスカーナ
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ボローニャからオーストラリアを越えてミュンヘンへ [地球探訪記]

週末にボローニャからゲッティンゲンにまで移動しなくてはならない。私の想定外だったことは、ドイツ鉄道が夜行列車の運行数を相当、減らしてしまった。したがって、なかなか1日で行くのは厳しい。まあ、そもそも夜行列車は時間的には節約されるが、それほど宿泊代の節約にはならないのと、年齢的にも厳しくなったので、途中1泊して二日の行程で行くことにした。

ちょうど、ボローニャからミュンヘンへノンストップの列車が走っていたので、それに乗ることにする。11:52ボローニャ発だ。さて、予約が必要と言われていたので、30分前にチケット売り場に行く。イタリアでは私が最も信頼している自動券売機は、この列車のチケットを売ってくれない。ちょっと絶望的な気分になるが、めげずに長蛇の列に並んで、とりあえず整理券をもらう。まだ30分はあったが、整理券を配っている黒人の血が入ったと覚しき美人は、「間に合わないかもね」と言う。なんで30分前なのに間に合わないの、と思ったが、彼女の予想はほぼ見事にあたった。あと3人ぐらいだったのだが、そこから全然、進まない。もうしびれを切らして、プラットフォームに向かい、列車に飛び乗った。ドイツ鉄道の運行のECだから、勝手は知っている。予約されていない席に座る。というか、よく考えたら、予約しなくても乗れるんじゃないか。とはいえ、多くの席がもう既に予約済であったので、それを考えると予約した方がいいことはいいだろうが、それで乗り損ねたらまったく本末転倒である。列車はさすがドイツ鉄道が運行しているだけあって5分遅れて出発した。まあ、しかし5分遅れを計算して指定席は売ってくれないからな。
 などと思って、乗車して2時間後、検札が来た。グローバスパスだと指定席券を払わなくてはならないとのことだった。11ユーロ請求されて支払った。車内で変えるのであれば30分も並ぶ必要はなかった。クレジット・カードでも払えるし、現金でも払えるが、あまりお釣りをもっていないようなのでカードで支払った方がいいかもしれない。こういうことは、なかなか情報が得られないので、ここに記しておく。
 今、トレントだ。これからアルプス越えである。車窓に展開する景色は、素場らしいの一言に尽きる。

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(ドロミテ山塊)

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(ドロミテ山塊の神々しい山)

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ロスアンジェルスがサンフランシスコを嫌いな理由を知る [地球探訪記]

ロスアンジェルスにいる。車を運転しながらラジオを流すのだが、音楽番組よりトークショーを聞くのが好きだ。今回もトークショーを聞いていたのだが、ホストはサンフランシスコの人達、フリスコの悪口を言い始めた。その内容が結構、興味深かった。

私はロスアンジェルスに4年弱、サンフランシスコに3年間住んでいるのだが、気分はもう完全にサンフランシスコ派であり、フリスコ気分である。自分もロスアンジェルスに住んでいたことがある癖に、ロスアンジェルスの悪口は自分でも言うが、サンフランシスコの悪口を言われるとムッとする。プロバスケットボールでもゴールデンステート・ウォリアーズは大好きだが、レイカーズのファンであったことは一度もない。ロスアンジェルスに住んでいた時は、ドジャーズの熱烈なファンであった。というか、プロ野球に興味を抱いていた期間は私の人生でも短かったので、ドジャーズしか熱烈に応援したプロ野球球団はない。当時の打順は全員、今でも記憶している。さて、しかし、今のドジャーズはどうでもいい。どちらかというとサンフランシスコ・ジャイアンツを応援しているくらいだ。

とういことで、圧倒的なサンフランシスコ派の私であるので、ロスアンジェルスの悪口のボキャブラリーは多い。「そもそもまともな都心がない。まともな都心がない大都市ほどつまらないものはない」。「人口密度が無駄に低く、エネルギーを無駄にする典型的な都市」。「お酒を飲むと飲酒運転をして帰宅しなくてはならない」。「水が不足すれば都市も蒸発する(ロスは北カリフォルニアから何100キロも水を運んでいて初めて成立している都市)。「消費だけで成立している享楽都市」。「渋滞ばかりで、人生の相当の割合を車の中で過ごさなければならない」。「食事が不味い」・・・・

さて、それではロスアンジェルスの人達は、サンフランシスコの人達をどのように悪く言っているのか。
「天気が悪い。霧ばかり」。「ビーチで泳げない」。「我々を見下している」。「我々を馬鹿だと思っている」。
ふうむ、なかなかサンフランシスコのことを悪く言うのは難しいということが分かった。まあ、ちょっとした妬みもあるのかもしれない。

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