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飲み屋の店長について、ちょっと考察した [商店街の問題]

私は下北沢でよく飲む。とはいえ、下北沢の数多あるバーをくまなく行っている訳ではなく、常連のお店3軒を飲み歩いているだけなので、下北沢という街に惹かれているという訳ではなく、この3つのお店に惹きつけられているというのが正解であろう。もちろん、下北沢にいても食事はちょっと別のところでしたりする場合があるが、最終的にはこの3軒のどちらかに顔を出してから帰宅する。この3軒のうち、2つに関しては、英語版の拙著『Global Cities, Local Streets』(Routledge著)でも紹介している。
さて、この3つの店のうちの一つが店長が替わった。私はオーナーと友人であり、店長が替わったことで、ちょっとビジネス・モデルも変えなくてはと考えているらしく、いろいろと試している。私の家にも葉書が来て、ちょっと顔を出して欲しい、ということが書いてあったので、平日の早い時間、オーナーがいないことは分かっていたが、顔を出した。さて、新しい店長は常連客であったミュージシャンである。以前からお互い同士を知っていた。しかし、どうも私が気に入らないようで、私も気に入られていないことは分かっていたが、まあ、常連客が皆、仲がいい必要はない。店に迷惑がかからないように距離を置いていればいいだけの話だ。会社とか、学校とかでもよくある話である。
ただ、それは同じような立場の時においてである。同僚、お客同士であれば、個人の感情が露わになっても構わないと思うが、店対客であれば、そのような場合、ちょっと配慮があって然るべきであると私は思う。しかし、この店長は私が店に来ると、結構、あからさまに嫌な顔をした。そして、実際、用事があったのかもしれないが、そそくさと店を出て行った。ちょっと私は驚いたのと同時に、ここが例え友人がオーナーをしている店であっても、おそらくオーナーと一緒でなければもうここには来ないだろうなと思った。お金を出して、人に嫌がられる必要はない。バーに行くのは美味しいお酒を飲むことが目的である。お酒の味は、その場の雰囲気、一緒に飲む人によって変わってくる。だから、同じお酒を出していても流行る店と流行らない店があるのだ。
あと、新しく店長を務める人はなかなかのロック・ミュージシャンである。気骨のある人で拘りがあるのだろう。私のようなへぼなミュージシャンには愛想を振りまくたくないのかもしれない。その気持ちは分からない訳ではない。ただ、そこまで拘るのであれば、キャロル・キングとビートルズを店内でアルバム通してかけるようなことはしない方がいいのではないか。誰でもつくれるようなオムレツとハムを料理に出すようなことはしない方がいいのではないか。いや、キャロル・キングもビートルズも個人的には嫌いではないが、そのような一般受けする音楽を堂々とかける程度の個性であれば、客もそれほど選べない筈である。少なくとも、私はオーナーの友人であるし、比較的常連の部類であるかと思う。店が客を選ぶことはできると思うが、それは、強烈な個性を発揮できる場合だけではないだろうか。
例えば、下北沢にはイーハトーブという拘りの喫茶店がある。私は、このマスターにあまり良い印象を与えないような客のようで、結構、ぞんざいに扱われていると思う。しかし、そこで流れる音楽はいつも私を唸らせる。コンシェルジェというかDJとしてのマスターの能力が秀でているのだ。そして、そのこじんまりとした空間、さらにはしっかりと淹れている珈琲は、マスターの無愛想を気にさせない。というか、マスターの気に障らないように振る舞わなくてはと思わせる。こういう気持ちは、特別に美味い寿司屋などでも感じる。
まあ、前述した店長は、自分はそういう人間であると思っているのであろう。ミュージシャンであれば、そのような自意識も必要かと思うが、平凡な料理、凡庸な音楽を流すバーの店長であるなら、そういう自意識は捨てた方がいいかと思う。ミュージシャンとバーの店長はまったく違う仕事であると思うし、そしてミュージシャンであっても、多少、謙虚でいた場合がいい時もあるとも思う。

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竜馬通り商店街を訪れる [商店街の問題]

中書島の駅のそばにある竜馬通り商店街を訪れる。竜馬通り商店街は、伏見桃山の大手筋商店街から南に行ったところにある。どうも大手筋商店街周辺には7つの商店街があるようで、普通に歩いていると連続した商店街のようであまり気づかないが、確かに気をつけてみると看板や幟などが、そこがどこの商店街に属しているかを教えてくれる。さて、竜馬通り商店街はそのような商店街の集積でみると、端っこに位置している。23店しか加入していない小さな商店街だ。竜馬通り商店街というのは、近くに寺田屋があることからネーミングされた。あの坂本竜馬が襲われたという寺田屋である。
商店街の理事長である森さんは京都の商店街でも最年少の理事長だ。ということで、小さな商店街だが元気がある。フードイベントなどを積極的に展開している。京都といえば内外の観光客が来てたいへんな状況にあるが、ここ竜馬通り商店街は9割方がツアーで来るため、個人の観光客はほとんど来ないようである。ツアーのお客さんは月桂冠とか黄桜とか宝酒造とかの酒造巡りをするようだ。ううむ、日本を代表するまずい酒造にわざわざ観光で来ているのだな。すぐそばに伏見の美味しい日本酒をつくっている酒造があるにも関わらず。
基本的な路線は観光客などではなく、地元の人に愛される、飲食店が中心の商店街にしようと考えているようだ。確かに小売りで商店街が勝負できる時代は、よほど差別化できない限り難しい。パン屋とか豆腐屋とか珈琲豆とか酒屋とか、そのような勝負できる小売りもほとんどが食品関係である。
今回、取材をして意外だったのはテナントの家賃が高いということである。確かに大手筋商店街とかは空き店舗がまったくなく非常に人出も多い印象を受けるが、住宅の家賃を考えると商店街の家賃が河原町とあまり変わらないというのは驚きである。
あと、伏見も町家とか古い街並みは本当、感心する。私も龍谷大学に転職する前は伏見はほとんど来たことがなかったが、とても優れたコンテンツを有しているような印象を受ける。ただ、目の前の利益を優先させるマーケティング戦略とかが、せっかくの貴重なコンテンツをダメにしているような感じである。

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商店街を利用しない大学生 [商店街の問題]

ゼミ生達を連れて、京都市役所の商業振興課を訪れ、商店街への補助事業などのヒアリングを行う。ゼミ生は説明をぽかんと聞いているので、商店街を利用しているか?と尋ねると13人中ゼロであった。京都市出身者が4名、下宿者も3名ほどいるが、1名は奈良県だが、残りの5名は大阪府である。まあ、枚方、高槻、豊中といった郊外居住者がほとんどだが大阪市東淀川区も一人いる。大学生であるということも関係しているだろうが、皆、買物に行くのはショッピングセンターやチェーンのスーパーマーケットである。致し方ないのかもしれないが、もったいない。消費者として、このようなチェーン店で物を買わされるのは、まったく都市文化の醸成にも貢献することがなければ、それらを享受することもしてない訳である。
 私も京都のマンションで寝泊まりしている時は、ほとんど家に帰るのが11時近くなので、スーパーで買い物をしてしまっており、その点は情けないところではあるが、東京だと肉や珈琲豆、パン、ケーキ、お酒(特に日本酒)などは絶対、スーパーとかでは買わずに個店で買う。魚もこれは、ちょっと城南地区でチェーン展開してはいるが魚屋で買っている。スーパーでは缶詰やパスタ、それに周辺には八百屋がないので野菜や果物は買ってはいるが、それ以外は買わない。チェーン展開しているスーパーで買う比率を「スーパー係数」とすると、これはもうエンゲル係数と同じように高いほど貧しさを示していると私は考えている。レストランもチェーン展開しているところで消費する割合を「チェーン・レストラン係数」とすると、これも高いほど食生活の貧しさを表していると考えられる。
 そして、スーパー係数、チェーン・レストラン係数は圧倒的に地方の方が東京よりも高い。すなわち、東京の方が豊かな食生活を享受できているのであり、これが私が最近、憂慮している東京と地方において広がっている格差なのだ。ちなみに、東京でも都心部と郊外ではこの指標に違いがあるので、東京圏であればどこも一律に豊かな訳では決してない。そして、大阪や京都はこれに関しては、相当豊か、すなわち「スーパー係数」も「チェーン・レストラン係数」も低く生活できるだけの機会があるにも関わらず、自ら、貧しい消費生活をしている大学生にはちょっと情けない気持ちになっている。まあ、私も大学時代は結構、貧しかったが、それでも食事とかはチェーンには滅多にいかず、個店で食べていましたね。そちらの方が美味しと思っていたし、値段も安かったから。

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シモキタザワテラスという名のチェーン店 [商店街の問題]

 シモキタザワテラスという名前のカフェ・レストランが下北沢の南口、元イタリアン・トマトのあったところに開業している。シモキタザワテラスという名称から、これは個店であると思いそうであるが、実はイタリアン・トマトが経営するお店であった。ちょっと興味深い。というのは、まずイタリアン・トマトの経営陣はなかなか下北沢のマーケティングが分かっている。というのも、下北沢の魅力はローカル経済で回している個店群であり、それらを経営している個性的な人々であるからだ。一部の人を除いて、多数の人は下北沢にきてチェーン店には入らない。チェーン店で消費したければ、二子玉川とか渋谷とかに行けばいいからだ。下北沢にしかない店を目指して、下北沢にほとんどの人は来るのである。イタリアン・トマトはおそらく、下北沢で店を経営していて、そういうことが分かったのであろう。とはいえ、当時のイタリアン・トマトにお客が入っていない訳ではなかった。私は、ちょっとどうして下北沢にまで来てイタリアン・トマトに来るお客がいるのだろう、と不思議に観察していたことを覚えているからだ。しかし、やはり、想定したほど入らなかったのであろう。
 ということで、名前を変えた。しかも下北沢の地霊を呼び込むかのようなネーミング。地名をそのまま店名にしてしまえば、なかなかチェーン店とは思えないであろう。いや、正確にいうと、ここはチェ−ン店ともいえない。というのは、他に「シモキタザワテラス」という名称の店はないからだ。ただ、運営形態はおそらくほとんどイタリアン・トマトなのであろう。
 また、興味深いのは、実際、ローカルの個店かと思って入ってしまうお客がいるからである。私は、この話を学生から知ったのだが、その学生は下北沢らしいお店に入ったつもりであったので、騙されましたと笑って言っていたが、消費者と街のブランディングという点からはこれは問題ではある。イタリアン・トマトが賢いことはよく分かったが、やはり、これはシモキタという街のブランドに乗っかったフリーライド的行為であるとも思うのである。
 こういうことを言うと、そんなショッピング・モールでもないのに商店街レベルでテナント・コントロールは無理だと思われるかもしれないが、例えばアメリカの商店街(カリフォルニア州のカーメルや同州サンフランシスコのウェスト・ポータル街など)はそうしているところもある。まあ、下北沢のように1200店も店舗があるところだと、そういうコントロールは無理だし、それほど目くじらを立てることもないかもしれないが、一つの商店街の抱える課題を提示しているとは思われる。
 

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